迷宮区『石の洞窟』 一
「…………」
俺達は再びギルドに呼び出されていた。 奥の部屋のソファに座り、3人でイチャイチャしまくっている。 イチャイチャなのかはよく分からないけど。
原因は鍛冶師だ。 刀についてめちゃくちゃ怒られた。 パンチまでされたし。 その慰めにと2人が甘やかしてくれるのだ。 つか頬が痛い。
「ルナ、いつでも胸に飛び込んでもいいのよ?」
「ルナさん、痛いところ、尻尾で撫でれますよ?」
「いや、もう気にしなくていいから。 そろそろギルド員も来るぞ」
言葉とともにドアに視線を向ける。 2人も俺につられてドアに視線を向けた。 するとガチャリとドアが開く。
「凄いです。 タイミングぴったりです」
「そうね。 ルナ、気配探知の能力が上がったんじゃない?」
「なんとなく、な」
本当になんとなくそんな気がした。 いや、当たっていたし気配探知のスキルが上がったか? まぁこれも一種の成長だろう。
「お疲れ様です」
「…………あぁ」
入ってきたギルドの女性は淡々としている印象があったのだが。 今回は少し労われた? お陰で少し反応が遅れてしまった。 フェシルとシルヴィアは完全に口を開けて固まってしまった。
「まずはあなた方にこちらを渡すよう言われております」
「これは?」
何かの巾着袋を受け取る。 ヂャリ、と鈍い音が聞こえた。 しかも意外と重い。
「炎の塔の報酬です」
「…………? 攻略は失敗したはずだが」
「ブラッドミノタウロスの件です。 炎魔という報告がされました。 あなた方が仕留めたという報告も受けております」
あの炎魔の件か。 あれってそんな偉業だったのか?
袋の中を覗くと割と大金が入っていた。 これなら数日分生活するのに問題ないくらいだ。
「それともう1つ、こちらはギルドからの正式以来です」
「ん?」
そして渡されたのはいつかに見た招待状。 しかし内容は全く違っていた。
「石の洞窟の調査依頼? あの洞窟はもう既に攻略された後でしょう?」
「はい、そのはずです。 あまりに簡単なダンジョンなので特に危険視もされていないはずですが…………」
そうなのか。 俺はこのダンジョンを全く知らない。 記憶にすらない。 比較的新しく発見されたダンジョンなのだろうか?
「実はそのダンジョンで先日新たな通路が発見されました」
「通路?」
「はい。 未知の通路です。 先遣隊をお送りし、報告を待っているのですが…………」
「帰って来ないと」
「はい…………」
石の洞窟というのが簡単なダンジョンならばかなり軽視した可能性がある。 しかしダンジョンは危険な空間だ。 それこそどのダンジョンにも神や天使は近付かない。 あいつらにとっては行くメリットがないからだ。
魔物というのは人の多い所、もしくは質の高い魔力に反応する。 俺達が頻繁に狙われるのも、炎魔が俺達を無視して多人数の方へと向かったのもそれが原因だ。 どちらを優先するかは知らないが。
神力とは魔力の上位互換という話をシルフィスから聞いている。 そう考えると魔物に狙われる1番の標的は神や天使になるのだろう。 そんなところでセブンスアビスを襲っても不利になるだけということか。
「…………」
「ルナさん、どうしますか?」
「新しい通路…………危険過ぎないか?」
そう、何が起こるか分からないというのが不安なのだ。 分断され、気付けば殺されていた、なんてことがあった時には…………。
「それは大丈夫よ」
「それは大丈夫です」
「へ?」
2人がにっこりと微笑みながら俺の手を握る。 もしかしなくても考えを読まれたらしい。
「私達はどこまで行っても3人一緒よ」
「そうですよ。 今更1人欠けても駄目ですよ?」
「…………」
それだけは自信を持って言える。 そういうことなのだろう。
「…………そうか。 なら、その依頼受ける」
「はい、ありがとうございます。 ですが、イチャイチャするのはやめていただけますか?」
「「「…………」」」
この人本当に空気読めないな! まぁいいんだが。
「何時頃出発されますか?」
「明日、だな」
「では明日に。 優秀な調査員を1名こちらで派遣しますがよろしいでしょうか?」
「1人ならまぁなんとか問題ないかもな。 実は20人とかはやめてくれよ?」
流石にもう懲り懲りだ。 俺の発言にギルドの女性も珍しく苦笑いを零した。
「申し訳ありません。 こちらも色々とありまして」
「まぁそうだろうな。 …………来る途中で色んなギルド員を見たが、どいつもこいつもロクな奴がいない」
「個人で妙なパイプを持っていたり、上からの重圧もあるようです。 …………私も人のことは言えませんが」
「そうなのか?」
おかしいな。 この人からはどうもそんな雰囲気がしない。 別に気に入らないというわけでもない。 しかし気に入ったというわけでもない。 微妙なところだ。
「えぇ。 あなたと、こうして少しですがパイプを持ってしまっていますから」
「…………はは、確かにな」
そういうことか。 この人は善悪を抜きにして接して来るのだ。 だから人の文句も言うしこうして頼んだりもする。 それが人間にとって必要なことだからと。
それは決して優しさなどではないのだろう。 ただそれが今の自分に必要なことだから。 それだけの話だ。
そう思うとこの淡々とした性格も良く思えて来る。 自然と笑みを浮かべてしまった。
2人も俺と同じ思いなのかにっこりしている。 本当、俺の周りにはこんなにも良い奴らがいるわけで。
「ま、これからも何かあったら出来る限りは引き受けよう。 その方があんたも都合が良いだろ?」
「良いのですか? 私も無茶な依頼を出すかもしれませんが」
「俺はセブンスアビスだぞ? その程度何とかしてやるさ」
きっと何とか出来ないこともあるのだろう。 しかし俺は誰かに慕われたいのだ。
『皆から慕われる良き王であれ』
この想いは絶対に俺の中では揺るがない。 そう確信している。
ならばどんな無茶だろうと、どんな困難だろうと俺は立ち向かう。 その為に仲間にも協力してもらう。
遠慮をすることは距離を作ることに他ならない。 不安や恐怖に1人で立ち向かえないのなら、周りを頼ってもいい。
かつてのオーレリアのように。 そして、良き王に仕えたハグロウの気持ちを胸に。
「あらためて、俺は紅月 ルナだ」
「フェシル・スペクロトゥムよ」
「シルヴィア・シルフィスです」
「私はジーナ・ヤトラと申します」
こうして俺達は新たな仲間を得た。 決して力が強いわけではない。 だが芯が強いと言えばいいのだろうか。
俺にとってはそちらの強さの方が重要だ。 どれだけ力を持っていても、それがなければ全て無駄だから。
「これからよろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
俺達は握手を交わした。




