迷宮区『炎の塔』 三
1日と数時間を掛けて草原を抜け、森へと出てきた。 この森から炎の塔はもう目前まで見えている。
炎の塔と言っても塔自体が燃えているわけではない。 塔の中で出現する魔物が炎属性が多いというだけの話なのだ。 あと若干暑い。
塔は円柱で太さはおよそ10mくらい。 しかし中は色々な次元が重なり合っており、広大なダンジョンが広がっていることだろう。
「もうすぐ炎の塔だ。 しかも俺達の目的は最前線を攻略することだ!」
「「「「オォー!!!!」」」」
「必ず攻略するぞ!!!!」
「「「「オォー!!!!」」」」
「進めぇぇぇぇ!!!!」
「「「「オォー!!!!」」」」
うるさいくらいのそれは全員の気合いを入れるのには充分だったらしい。 当然俺達は馴染めずに置いてけぼりなわけだが。
「…………俺たちも行くか」
「そうですね…………」
「私達にあのテンションは無理ね」
俺達も若干引きながらダンジョンの中へと入っていった。
結論から言うと1階層は大したことはなかった。 というのも出てくる魔物が1種類なのだ。
真っ赤に燃えるスライム。 ただそれだけだ。 俺達だけでなく周りの冒険者もここは余裕そうだった。
「長い岩造りの洞窟だな…………」
「とても自然に出来た産物とは思えないわね」
「明らかに人工的ではないかと…………」
考えるのはダンジョンのこと。 岩が揃えられて、いや、切り取られているかのように綺麗な正方形だった。 人工的にならば分かるのだが、自然現象で出来るものとは思えない。
ダンジョンの生い立ちは全く分かっていない。 一説にはこれは大きな魔物だ、とか。 別世界に繋がっている、とか。 根拠のない話ばかりなのだ。
そのまま歩いていると燃えるスライムことバーンスライムが数体現れる。 ドロドロに溶けた形の不確定な赤いスライムだ。 まるでマグマのように真っ赤な身体をしている。
「フェシル」
「えぇ」
全員が構えようとする中、フェシルが銃を抜いて全てを射殺する。 その一瞬の動作にぽかーんとしながら口を開ける。
「え? …………え??」
「お、終わった?」
周りは少しパニック状態だ。 しかし俺達はさも当然の如く前に進み始める。
「…………何をしているの? 早く上の階へ行きたいのだから案内してもらえる?」
フェシルが淡々と告げる。 まぁその通りだろう。 こんな低レベルの階層で足止めを食らっている暇はない。 どうせ迷うならもっと上の階からだろう。
それからはサクサクと進み、というよりほとんどのバーンスライムを俺達が引き受けて更に上の階層へ。
2階層も特に変わらず。 バーンスライムが襲ってくる頻度が少し増えたかな、という程度だ。 こちらもサクサクと超えていった。
続いて3階層、4階層、5階層と当たり前のようにどんどんと進み、19階層の階段手前くらいに来たところでようやくお休みタイムとなった。
「時間は…………日が変わる直前くらいか。 丁度良さそうだな」
寝るタイミングとしてはぴったりだ。 もちろん飯のタイミングには遅過ぎるが。
全員が食卓を囲う中、俺達は少し離れて3人で食事をしていた。 シルヴィアのことを馬鹿にするような奴らと食うのは嫌だと俺とフェシルが断った為だ。 シルヴィアもあまり良い気分ではないらしく食事は素直に離れて取ることにしたみたいだった。
「美味いな」
「本当?」
「あぁ。 食ってみるか?」
「いただくわ」
それぞれ3人で味の違うスープを食べているのだ。 流石はギルド。 簡易的に楽に食事が出来るものを用意してくれていた。 簡単に言えばレトルト。 まぁ水や火は魔法でどうにかしなければならないのが少し難点だったが俺達には全く問題はない。
スプーンで掬ったスープをフェシルの口元へと持って行く。
「え!?」
「ふぇ!?」
「…………? どうした? 口開けてくれよ」
なかなか口を開けてくれない。 フェシルも、そして何故かシルヴィアまでもが頬を染めていた。
「こ、これ。 あ、あーんというやつよね?」
「え? あぁ、そうだな。 …………俺の使った後は嫌だったか?」
「まさか! そっちの方がいいわ!」
「あぁ、そう…………」
なんだよそっちの方が良いって。 心の中でツッコミを入れながらフェシルにスープを食べさせる。
「幸せ…………」
「そこは美味しいじゃないのか」
なんだよいきなり。 俺が苦笑いを零しているとシルヴィアが俺の服の裾を摘んだ。
「ん?」
「わ、わたくしも…………お願い致します」
「別にいいけど」
俺がスープを掬った瞬間、フェシルはそのスプーンを奪って俺の口の中に突っ込んで来た。
「ん!? なんだいきなり」
「私が使った後になってしまうでしょう。 私達はルナと間接キスがしたいだけよ!」
「お、おう…………」
確かにこのままシルヴィアに渡せばなんとなくフェシルと間接キスになっちまうだろうけど。 そんな怒らなくても。
「フェシルさん…………ありがとうございます!」
「えぇ、問題ないわ。 旦那の鈍感をどうにかするのは私達妻の役目よ」
「はい!」
「いや、はいじゃなくてだな。 …………もういいや」
面倒になったのでとりあえず全部流した。 シルヴィアの口にスープを突っ込んだ後に自分の食事に戻ろうとする。
「ルナ、あーん」
「ん? あーん」
フェシルからスープを飲ませてもらう。 濃厚な魚の出汁のようでかなり美味い。
「る、ルナさん…………わたくしも」
「あーん」
シルヴィアからも飲ませてもらう。 こちらは少し酸っぱめの大人な味だった。 こちらもかなり美味い。
「美味いな」
「まだまだ欲しかったら言ってよ?」
「どんどんしますから!」
「お前らの分がなくなっちまうだろ…………」
このように結局3人だけでも賑やかだった。 いや、いつも通りだったというべきか?
就寝時間、寝落ちした2人に挟まれて身動きが取れなくなっているとおっさんがこちらに歩いてくる。
「き、キミ達は一体何者だ? 何故あんなにも力を…………」
「別に。 色々訳ありなだけだ。 お前には関係ない」
「そ、そうか…………」
冷たく突き放したのにこいつ全然どっか行く気がねぇ。 今の俺は動けないしな…………魔法で吹っ飛ばすか?
「どうしても謝罪をしておきたくて。 午前中のことはすまなかった…………」
「あ?」
「いや…………彼女を、キミ達の大事な仲間をペットと言ってしまって」
なんだそのへっぴり腰は。 謝るなら正々堂々謝れよ。 いや、俺達が脅したのが悪いのは分かってんだけど。
「本人も気にしてねぇらしいし、その件はもういい。 蒸し返して俺を怒らせたいならいいけどよ」
「っ!? す、すまない。 これで許してくれとは思わないが、それだけを言いたくて」
「あぁ、そう」
実は案外悪い奴ではないのか? いや、しかしシルヴィアを馬鹿にしたのは事実だ。 それは絶対に許さない。
「見張りは俺がやっておく。 キミも休むといい」
「俺がお前を信用するとでも?」
「…………しないだろうな。 そこは好きにしてくれ…………」
俺と話すのは疲れたのだろう。 俺もちょっと疲れた。
おっさんが離れた辺りで一息吐いて日課となったシルヴィアの尻尾にぎにぎ。 フェシルとは手を繋いだ。
ダンジョンという冷たい空気の中、温かくなってくる。 実際に温度は高い方なのだろう。 しかし死と隣り合わせのこの空間は妙に冷える気がした。
少し2人と繋がっていたいのだと思う。 いつ何が起こるか分からないから。 そこに温もりもあることを心に刻みつけたかったのだ。
「俺もまだまだお子様だな…………」
なんて、自分で自分を笑ってしまう。 普段からセブンスアビスだの王だの言っていて少し恥ずかしいな。
「大丈夫ですよ」
「へ?」
突然の声に目を見開いた。 視線を向けると目を開けたシルヴィアが微笑む姿があった。
「わたくしがしっかり支えますから」
「私もよ?」
「っ!? お、お前ら起きてたのか!?」
2人が起きていたらしい。 同時に離れたと思った瞬間、挟まれるように抱きしめられた。 これがおっぱいサンドイッチというやつか。
「あんな話されたら起きますよ」
「そうよ。 何1人で見張り役引き受けようとしているのよ。 私達も巻き込みなさい」
「巻き込めって…………なんか変な言い方だな」
でも現実問題として誰かはきちんと起きて周囲を警戒しておかなければならない。 そしてフェシルとシルヴィアは魔物が来た場合応戦すると魔力を消費する。 休息の意味がなくなってしまうのだ。
「いつもエッチの時は徹夜するじゃない。 問題ないわよ」
「そうですよ。 それに昨日はしてませんし…………」
昨日は今日の為にとエッチは控えたのだ。 そして素直に就寝したのであまり眠気はないらしい。
「まぁ俺達は寝る時は盛大に寝るし、起きる時はずっと起きてるもんな」
中途半端、というのがほとんどないのが良いのか悪いのか。
「それにルナさん、お1人で数時間もお暇ですよね?」
「それはまぁ…………お前らの寝顔を見ているくらいか?」
「それは恥ずかしいからあまり容認出来ないわ」
いや、もうすでに結構見てんだけど。 それでもやっぱり恥ずかしいのか。
「明日から20階層、気を引き締めないといけないわね」
「そういや20階層からやたらと強い魔物が出てくるようになるんだっけか?」
「そうみたいですよ。 ここの方々は大丈夫でしょうか?」
「まぁなんとかするだろ、多分」
一応はギルドから集められた精鋭達みたいだし。 多分だけど。
「一応色々と対策は考えておいた方がいいわよ」
「そうだな。 俺達も危険かもしれないしな」
「分かりました」
そうして俺達は話し合いを始める。 皆が寝静まりおっさんが俺達の話に耳を傾けているようだったが無視して3人での作戦会議を続けた。




