迷宮区『炎の塔』 二
「えー、では、炎の塔の最前線26階層攻略会議を始める!」
30代くらいの渋いおっさんの声に拍手が起こる。 集められたのは噴水広場というかなり大きな広場だ。 名前の通り、中央の美しい彫刻や噴水が目玉の場所だ。
「何人くらいだ?」
「えっと…………ざっと20人くらいかしらね」
「意外と少ないんですね」
過去、100人規模で攻略したという記録もあるくらいだ。 20人はかなり少ないだろう。
「ま、少ない方が都合が良いんだけどな」
主に役立たずはいらないという意味で。 魔力を見ても全員大したことはない。 天使にも及ばない奴らばかりだ。 リーダーの渋いおっさんがギリギリ天使に届くかもというところか。
「半数くらいまでにしてもらえれば命の保証も出来ますけど…………」
「守る方の負担が計り知れんなこれは」
それでもやはり死者は出したくないので守ることになる。 主に足手まといを。 俺達の仕事って実はこっちがメインで攻略は後回しなんじゃないか?
「放っておいても良いと思うけれど」
「後味が悪くならないか?」
「…………確かにそうね。 出来る限りは守ることにするわ」
フェシルも納得して俺達の方針は決まった。 というより決められた。
「えー、まずは…………」
そう言っておっさんは俺達の人数を数え始める。 つられて俺も数えるとおっさんよりも早く数え終えてしまう。
「俺達含めて21人だな。 3人の7チームに分けるのが効率的だろうな」
「そうね。 例年もチーム分けをしていたはずよ」
「私達、丁度3人ですね」
本当に偶然3人なわけだ。 しかし俺達の予想に反しておっさんはとんでもないことを言い始める。
「5人5チームを作ろう! それで丁度バランス良く分けられるだろう!」
「は?」
なんだそれ。 俺が数え間違えたか…………?
もう1度数えようとしたところでおっさんがまっすぐにこっちに向かって来る。
「キミ、困るな。 これは遊びじゃないんだ、ペットを連れて来てどうする」
「あん?」
ペット? 何言ってんだこいつ。
俺とフェシルの目付きが鋭くなる中、おっさんは続ける。
「獣人のペットは珍しいけどな? 見せびらかしたいのは分かるがあんまり––––––」
これ以上喋らせるのは腹が立つ。 一瞬にして刀を抜くとおっさんの首に突きつける。 フェシルも銃口を冷たい表情でこめかみに突きつけていた。
「な、ななななっ!? い、一体いつ動いて!?」
「シルヴィアは俺達の仲間だ。 お前みたいなゴミクズが馬鹿にしていい存在じゃねぇんだよ。 殺すぞ」
「私、あまり優しい人間ではないのよ。 躊躇いも遠慮もなくあんたを殺せるわよ」
俺達の殺気に挟まれておっさんの全身から冷や汗が噴き出す。 しかしだからなんだという話だ。 シルヴィアを馬鹿にした時点で俺達にとってはこいつは敵に等しい。
「お、お2人とも! わたくしは気にしてませんので落ち着いてください!」
シルヴィアに嗜められて俺達はようやく落ち着いた。 それぞれの獲物をしまっているとシルヴィアに抱きしめられる。
「駄目ですよ? 暴力は。 わたくしは気にしてませんので」
「…………あぁ」
「…………えぇ」
シルヴィアは嬉しそうに微笑みながら俺達の頭を撫でる。 なんだかんだ初体験を終えてから1番大人っぽいと思ったのはシルヴィアである。
「ですが…………怒っていただけるのが嬉しいです。 ですから…………」
シルヴィアは俺達を守るように尻尾で包み込んでくれる。
「わたくしも全力でお2人をお支えしたいです」
微笑んだシルヴィアは本当に綺麗だ。 俺達は2人してその様子に見入ってしまう。
「あ、あの…………そんなに見られるとお恥ずかしいのですが」
頬を染めながら恥ずかしそうに視線を逸らした。
あー、うん。 いつものシルヴィアだ。 でも、だからこそ俺は彼女を気に入っているのだろう。
「ま、シルヴィアにそう言われたら仕方ないな」
「そうね」
俺達はゆっくりとシルヴィアから離れるとおっさんを睨みつける。 先程の殺気が効いたのか俺達が視線を合わせただけでビクッとする。
「「リーダーチェンジで」」
口を揃えてそう言った。 まぁ通るわけもないがこいつがリーダーなのは腹が立つ。 それは俺達の変わらない意見だろう。 シルヴィアも苦笑いしていた。
結局予想通り3人7チームとなって後に役割分担を考える。 考える内容としては前衛・中衛・後衛だ。
「俺前衛で」
「わたくしが中衛です」
「後衛ね」
文句なしで一発で決まった。 というかそれ以外ないだろう。 はっきり言って俺達は全部の役割を担えるのだが、そこはやはり得意分野だ。
「長そうだな…………」
「そうね」
「そうですね」
初対面がいるチームは長くなりそうだ。 暇なのでどうしようか悩んでいたところ、丁度良いくらいのベンチがある。
「あそこで一休みするか」
「長いベンチですね」
「複数人が座れるようにとそう設計されたはずよ。 確か昔に座るところに困って喧嘩になったとかあったわ」
「なんだそのつまらない話は」
随分と変な話だ。 しかし俺達にとっては今は都合が良い。
「とりあえず座りましょうか」
3人で仲良くベンチに座る。 周囲は炎の塔攻略会議をしているせいか全く人がいないのだ。
フェシルとシルヴィアが左右で俺の肩に頭を乗せる。 しかしこの体勢、俺には結構きつくないか?
「そうするなら膝に寝てくれる方がありがたいんだが?」
「ほ、本当?」
「い、いいんですか?」
「あぁ」
頷いてやると2人は頬を緩ませながら俺の膝に頬を預ける。 俺はその2人に頭を優しく撫でる。
「あ、でしたらわたくしは尻尾で…………」
シルヴィアが尻尾を俺の首元に巻きつけてくれる。 強くもなく、しかし離れないような絶妙な力加減だ。 俺はそれに頬を預けた。
「なんか全員で眠れそうで困っちまうな…………」
「景色も良いですからね」
「そうね。 …………私だけしてもらってばかりで悪いわ」
フェシルは何も出来ない自分に少し悲しそうにしていた。 だからって俺の股間ガン見しないで。 こんな所でやめてくれよ…………?
「ねぇルナ、私に出来ることはない?」
「え? んー…………そんなに気にしなくてもいいんだがな」
「そう…………私にも尻尾があれば…………」
本当に悔しそうだった。 そんなフェシルにもシルヴィアは尻尾を伸ばす。
「フェシルさんも抱きますか? ルナさんもお好きなので大丈夫ではないかと思うのですが…………」
「る、ルナも…………」
俺と同じだというのは無駄な破壊力があったらしい。 フェシルはシルヴィアの尻尾に抱きつく。
「あ…………これ気持ち良いわね…………」
「ありがとうございます」
フェシルも気に入ったらしく何度も感触を確かめたり、無邪気な笑みを浮かべたりと楽しそうだ。
「ふぁぁ…………」
「ふふ、眠たいですか? ですが寝るのでしたらきちんと横になった方が良いですよ? 膝枕、代わりましょうか?」
「…………いいのか?」
魅力的すぎてつい聞いちまったけど普通は断るべきだったか。 今はフェシルもいるのに。
「あ、私も膝枕したいわ」
「あう、で、でしたらフェシルさんどうぞ。 わたくしはその…………また今度で良いので」
「え、い、いえ。 あ、私、1度やった事があるの。 だから今回はシルヴィアに譲るわ」
「い、いいんですか?」
2人して何やら相談中。 俺はそれを聞きながらボーッと空を眺める。 するとシルヴィアの尻尾がシュルっと離れていく。
「る、ルナさん、どうぞ…………」
上体を起こしたシルヴィアが自分の太ももをポンポンと叩く。 膝枕させて欲しいらしい。 めちゃくちゃ嬉しそうだもん。
「じゃあ遠慮なく」
シルヴィアの膝に頬を預けて目を閉じる。 シルヴィアは俺の頭を撫でながら尻尾でくるんでくる。
「あの、ゴム外しますね?」
「ん? いいのか?」
シルヴィアが俺の髪ゴムを外そうとする。 しかし本当にいいのか?
「何か駄目なのですか? ゴムがあると寝づらくなりませんか?」
「でもお前ポニーテール好きだろ?」
「へ?」
そう、シルヴィアはポニーテールが好きなのだ。 というか、だから俺がそうしてるんだけど。
「な、なんで知ってるんですか!?」
「いや、まぁ色々あってな。 というか、俺が初めてポニーテールにした時ガン見してただろ」
「そ、それは…………その、格好良くて…………」
うん、嬉しいことを言ってくれる。 ならばやはりヘアゴムは外すべきではないだろう。
「じゃあこのままでな」
「あ…………はい」
シルヴィアは優しげに微笑んだ。 最近分かってきたがシルヴィアは嬉しい時は感動して涙を溜めるか優しげな表情になるかのどちらかだ。
ちなみに恥ずかしい時はすぐに赤面する。 俺やフェシルもだけど。
「ルナ、私も撫でたい」
「ん? あぁ」
ベンチから降りて俺の目の前に顔を出したフェシルが俺の頬を撫でる。
「撫でたいって俺のことか」
「え? えぇ」
シルヴィアの尻尾の方かと思った。 いや、それならシルヴィアに許可を取るか。
「ルナさん、このまま寝てもいいですよ?」
「私の時は確かこのままエッチしたのよね」
「ふぇ!? そ、そうなんですか!?」
「えぇ。 …………ルナが可愛かったわ」
頬に手を添えて嬉しそうに微笑むフェシル。 そういえばそんなことあったな…………恥ずかしかった。
「羨ましいです…………」
「それならシルヴィアもしてもらえばいいんじゃない? ルナも嬉しそうだったし」
おやー、やっぱりバレちゃってるよ。 というかシルヴィアにしてもらっちゃうのか? アレを? そしてそこにフェシルも加わるわけか。 完璧だな!
「ん、お話終わったみたいですね」
シルヴィアの声におっさんに視線を向けると話がまとまっていた。 ということは今から攻略開始か。
「結局昼寝は出来なかったな」
上体を起こして大きく伸びをする。 結構気持ち良い。
「さてと、やりますか…………」
「えぇ」
「はい」
俺達は3人で立ち上がると冒険者の群れに向かっていく。 途中噂話をされており、内容が『あの男の子のハーレム』だとか『フェシル様が弱みを握られて』だとか『あんな可愛い獣人の主人とか!』などなど色々聞かされたのは全て無視した。




