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セブンスアビス  作者: レイタイ
出会い編
2/90

プロローグ ニ

 心地の良い風が頬を撫でる。 柔らかい草花がクッションとなって俺を包み込んでいる。

 目を開け、上体を起こすとそこはどこかの草原だった。 いきなり都会の喧騒から静かで辺り一面草花に溢れた空間に連れて来られ、一般の人間ならば間違いなく混乱するだろう。 だが俺の場合は違った。


「異世界、か…………」


 思わず呟いてしまう。 創作の中では異世界転生や転移などは良くあることだ。 しかし俺はこの世界の痛みや絶望を知っている。

 頭を押さえると流れ込んできた記憶が鮮明に蘇る。 民を守ろうと剣を抜いた少女を。 その民に裏切られ絶望の中死んでいった苦しみを。

 上体を起こし、立ち上がると身体の節々が痛む。 どうやら結構な時間眠ってしまっていたらしい。


「とりあえずは状況の整理をするか…………」


 まず先程も思ったがここは異世界。 それもアニメや漫画によくあるような化け物、つまりは魔物が生息していたりダンジョンと呼ばれる迷宮区画が存在するような世界だ。

 そして今の俺の状況と日本に現れたあの謎の穴。 あれは7つの深淵(セブンスアビス)と呼ばれるものだ。

 別名、王の深淵。 つまりはセブンスアビスとは王を選定する為の穴というわけだ。

 あの穴は世界中、地球やこの異世界、その他の世界全ての中から7人が選定され、この異世界へと引きずり込む為の穴だ。 そしてそれをする際に1人の偉人の記憶を、技術を全て受け継ぐ。 突然誰かの記憶が入ってきたのはその為だ。

 この異世界には必ず7人の王が存在する。 つまりはセブンスアビスが死ねばその分だけ別世界から補充されるという仕組みだ。 争いはなくならないという歴史を繰り返しているような穴なのだ。


「…………はぁ」


 以前までは普通に高校生をしていたというのに、今ではこうして色々なことを知った王となったわけだ。 そして言わずもがな、王となったからには他の王から狙われることとなる。

 理由は簡単。 その空間に王は2人もいらないからだ。 7人などもってのほかだろう。

 出来るだけ、自分が王であることがバレてはいけない。 その上で仲間を集め、戦力を確保する必要があるわけだが。

 ふと、裏切られた記憶が頭をよぎる。 嬉々として主人を殺す民の姿を。 自分の記憶ではないというのに自分の記憶のようで嫌になる。


「なんでこんなことになってんだろ…………」


 頭が痛くなってきた。 いきなり異世界に連れて来られたと思いきや他の王からは狙われるし。 そしてそんな王を殺す存在だっている。

 王殺しの神々。 どちらかというとセブンスアビスはその神々を殺す為の対抗兵器として生まれた世界の真理とかなんとか。 俺にはどうでもいいが命を狙われるのは勘弁して欲しいものだ。

 戦力を増強するのも本能的に恐怖を覚える。 しかしそうしなければ王の前に神々によって殺される可能性がある。 どちらにせよ死ぬわけだ。


「ま、考えても仕方ないか。 とりあえずここどこだよ」


 異世界のことは分かってもこの場所自体は知らない。 どこだよこの草原。 近くに何もないし。

 あ、何もないわけではないな。 魔物大量にいるし。 何この平原。 魔物の巣窟なんじゃないのか?


「ブルル!」


 まるで猪のような魔物が大量に生息していた。 なんだっけ…………ぶ、ブル? 名前うろ覚えだけどまぁいいか。

 そのブルと目が合ってしまった瞬間、勢いよく突っ込んできた。 動きも単調で読みやすい。 あと遅い。

 ブルの突進をさっと横に避ける。 ブルは止まれないのかそのまま前方へと走り去ってしまう。 何これ? 何かの罰ゲーム?


「ブルァ!!!」

「面倒くせぇー…………」


 何度も何度も突進を避けながらとりあえずは一方向にどんどん進んでいく。 こうすればいずれは何か見えるだろう。

 ひたすらにその道を歩く。 苦行とか試練とか修行とかそんなことが頭をよぎる。

 俺はいつから修行僧になったのだろうか。 それほどまでに長い時間歩いた。 ブルのせいで眠ることも許されず、ただひたすらに足を進め続ける。


「っ!」


 咄嗟に感じた殺気。 遅れてやって来た炎の弾丸。 まるで雨の如く降り注ぐそれらを避けながら空を見上げる。


「さっすが王様〜♪ このくらい簡単に避けちゃう?」

「…………」


 その人物は白いローブに天使のような白い翼を生やしていた。 長い黒髪に長い睫毛、美少女と呼ぶに相応しい。

 天使というのは神の使いのようなもの。 神の従者なら当然王としては。


「…………まぁ敵だよな」

「フフフフ。 そうだね〜? でもキミカワイイネ? その長い黒髪も、瞳も赤色で綺麗だよ?」

「そうかよ」


 獲物がない今の状態での奇襲は正直最悪だ。 元々俺が受け継いだ偉人は剣の達人。 剣がなければその力は半減どころでは済まない。

 逃げる、としてもこの広い草原でどちらに行けばいいのかも分からないというのにそれは悪手だ。

 やるしかないか。 今ここで。 やるのは初めてだが、俺はセブンスアビスだ。 抵抗するだけの力は持っている。 …………まぁそのセブンスアビスが故に今この状況なのは皮肉もいいとこだな。


「炎の弾丸だけだと思わないでね?」


 その天使は指で銃を作る。 そしてその銃口を俺に向ける。 赤い魔法陣が展開されたかと思った瞬間、弾丸は幾つも発射される。

『赤い弾丸だけだと思わないでね?』という台詞の後にその魔法を使うというのはどうも気に食わないな。 舐められているようにしか見えない。


「フフフ、反撃して来ないの?」

「…………」


 弾丸を避け続けながら思考する。 ちなみにブルまで襲って来て面倒くさい。

 反撃のチャンスは充分与えられているのだが、逆に無防備過ぎて攻められない。

 それを嘲笑うかのようなあのクソ天使の笑みには腹が立つ。 あと飛んで上から攻撃というのも腹が立つ。


「こうか?」


 俺は指で銃の形を作る。 赤い魔法陣を展開し、銃弾の真似事をしながら撃ち返した。


「あらあら、それは私の真似?」


 翼を優雅に動かし銃弾を避ける天使。 しかし俺への銃弾の嵐は一時的に止んだ。 その隙は見逃さない。


「っ!? いつの間に後ろへ!?」


 天使が避ける瞬間、銃弾に視線を向けたその時間を利用した。 雷の魔法による高速移動。 その一瞬で背後に回り込んで跳躍しただけだ。


「落ちろ」


 後ろから翼を掴んで地面に叩きつけるように投げつけた。 しかしこんなことで神の使いにダメージを与えられるとは思っていない。

 だからこそ、俺が狙うべきは天使を地に落とし、同じ土俵にすることだ。 そして現状俺は空中だ。 それも天使の真上に位置する。


「…………雷殺拳」


 雷を纏った左腕が追撃を仕掛け、天使の腹部を貫く。 地面に大きくヒビが入り、天使の全身に黒い雷が駆け巡る。


「痛いじゃない…………何するの……よっ!」

「っ!」


 伸ばされた長い足が俺の腹部にめり込んだ。 俺は口から血を吐きながらバックステップで距離を取る。


「全く…………これだから王は。 嫌になっちゃう」


 まるで傷などないかのように立ち上がる天使。 確かに俺の拳は腹部を貫いた。 しかしその傷は塞がっており、破れた白いローブから可愛らしいヘソが見えていた。


「…………高速再生ってか? 天使ってチート過ぎるんじゃないか?」

「あら? 私の魔法が上手く伝わらない?」

「伝わってるよ。 ペッ! お陰で蹴られた程度で血を吐いちまっただろ」

「その耐久力…………王も大概チートじゃない?」


 いや、そんなことはないのだ。 王とは神々を殺す為の対抗兵器。 それが天使相手に同等の力では話にならない。 天使を総括しているのが神なのだから。


「けど本当に可愛い顔して容赦ないのね? 服がビリビリになっちゃった♪」

「恥ずかしいならこのまま大人しく見逃してくれないか」

「嫌よ♪」


 物凄く可愛らしく返された。 まぁそうだろうなぁ。 大人しく帰って来ましたじゃ面目丸潰れだろうからな。 どの道俺を殺すのは諦めてくれないわけだ。


「それにもう同じ技なんかで騙されないわよ?」

「あ、そう」


 さて、どうしたものか。 刀でもあれば瞬殺してやるんだが。 流石に素手では分が悪いか。


「ふぅ…………雷殺拳」


 両手に黒い雷を纏わせながら構える。 左腕を引き、右腕を前に突き出す。 肩幅まで足を開き、全身の力を抜く。

 必要最低限、必要以上の力を使う必要性などない。 ただ相手を殺せるだけの力があればいい。 再生しようと何しようとそこには必ず上限が存在する。 無限などというものはこの世には絶対にあり得ないのだから。


「フフ、持久戦覚悟? 無駄よね〜? もう少しで私の仲間が来るんだから」

「いいからとっとと掛かって来いよ。 ぶっ殺してやるから」

「…………その冗談、笑えないわよ」


 天使は笑う。 否、嗤う。 挑発したつもりはなかったのだが、そう取られたらしい。 俺には関係のない話だ。


「死になさい」


 天使が右手を突き出す。 赤い魔法陣が展開される。 炎が噴き出すそれは高密度の魔力。 いや、天使だから神力か? それらが込められていた。

 赤い瞳、魔眼がそれすらも見抜き、次の攻撃のパターンを予測する。 俺の意思とは無関係に。


「っ…………!」

「バーニングブラスト!」


 それは前方を爆破する魔法だった。 広範囲かつ高威力。 爆発系統の魔法は炎系の魔法の上位互換とも呼ぶべきものだ。 流石は天使。 そういうのも当たり前のように使用して来る。


「雷殺拳・飛雷」


 爆発を避けるように天使の斜め後ろへと移動、拳を振る。 遠距離から飛んだ黒い雷がジグザクと予測の出来ない動きをしながらも真っ直ぐに天使に向かっていく。


「フフ、サークルフレア」


 天使の周囲に赤い魔法陣。 そして出来上がった円形の炎は雷を防ぎ、溶かす。

 魔力そのものを溶かす天使の能力。 相性は完全に向こうの方が上というわけだ。 だがそれだけだ。


「拡大するわよ?」

「っ!」


 円形の炎がいきなり眼前に迫る。 俺はそれを上体を逸らしてギリギリで避ける。 咄嗟のことでそんなことをしてしまったのだ。


「フフ、隙だらけ♪」


 そこに突っ込んで来る天使。 やはり素人。 こういう体勢になる場合は何かしらの警戒をすべきなのだ。


「水脚」


 俺はそのままバク転するようにして足を上げる。 水を足下に貼り付け、滑らせることで速度を上昇させた。 天使の顎を蹴り上げながら一回転して距離を取ると同時に体勢を立て直す。


「雷殺拳・捻」


 間髪入れずに踏み込んで天使の胸元に雷を纏った拳を入れる。 更に腕を捻ることで威力を倍増させ、黒い雷を追撃を持ってその命を焼き尽くす。


「コホッ!」


 黒い煙を口から吐きながら白目を向いて倒れる。 しかしこいつは再生するのだろう。 この死は一時的なものに過ぎない。 ならばまだ追い討ちを掛けるだけだ。


「雷殺脚・顎」


 足を思い切り天に伸ばし、空を切るように振り下ろす。 簡単に言えば踵落とし。 しかしその踵落としは地面を大きく崩れさせ、天使の全身を粉々に吹き飛ばす。 赤い血が周囲に舞い散り、俺の頬へと付着する。


「はぁ…………」


 多分まだ生きてんだろうな。 面倒くさいことこの上ない相手だ。


「まだまだぁ!」


 再び地面から突き出される。 しかし今度は足ではなく腕だ。

 俺はそれを半身になって避けると同時に掴んだ。


「雷伝」

「がぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 雷を伝えることで全身を内側から焦がす魔法だ。 零距離でしか使えないのがアレだが今の俺の攻撃は全て零距離なので問題ない。

 天使は全身を焦がし、再び口から黒い煙を吐き、白目となって気を失う。 まるで死ねない拷問のように。

 俺はそれを冷たく見下ろすだけだ。 先に喧嘩を売ったのはこいつだ。 そして殺して来たので殺した。 法律のないこの世界には関係ないが、日本では正当防衛となるくらいだろう。


「雷殺拳」


 そして俺は何度も拳を振り抜く。 天使の限界が来るまで。 何度も何度も何度も何度も。

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