優しき九尾の女性 五
「神力とは神に等しき力。 そう呼ばれていますが実際はただ魔力のもう1次元上の存在だというだけなのです」
「つまり子を産むことで受け継がれる神力が弱まり、結果として現在のシルヴィアには神力が受け継がれなかった。 しかし神力の代わりとして大量の魔力が変換されて有することになった、というのが話のまとめでいいのか?」
「は、はい」
なんとなく想像で言ってみたところ、見事に当たったらしい。 なんでも言ってみるものだな。
「あなたはセブンスアビス。 それもかなり強力な力を備えております。 そんなあなたが天使の子孫であるシルヴィアと一緒にいること。 それが神の耳にでも入れば…………」
「まぁ当然最優先で狙われるわな」
汚名というのは早々に消したいものである。 神々にとってシルヴィアは汚名とも呼ぶべきなのだろう。 しかし俺はそうは思わない。
「あいつが誰の子孫だろうと関係ないな。 あいつはもう俺の仲間だ。 手を出そうとした時点でそいつは殺す」
「…………」
強い殺気を込めた瞳を向けると少し驚かれ、その後にくすりと笑みを零される。
「ふふ……やはりあなたになら頼めそうです」
「…………?」
頼み? なんだろうか。 そういえばオーレリアからも色々言われたな。 俺は思念体と妙に縁があるらしい。
「シルヴィアはその特異な魔力から、獣人の中でも忌み嫌われ、あまり良い生活を送れておりませんでした」
「だろうな。 見ていて分かる」
怯えるあの様子、時折見せる悲しげな表情、孤独という言葉。 その全てがそれによるものだということはなんとなく分かっていた。 それでもなお前を向き、人の為にと動く彼女だからこそ俺は気に入ったのだ。
「色々努力をしていたんです。 誰かの為に動けば認めてくれると。 ですが、最近ではそれもほとんど諦めてしまっているようで」
「だろうな。 俺なら2回くらいでもう無理だと諦めるだろうし、よく今まで続けてたなと感心する」
努力家、という言葉が浮かんだが違うのだろう。 多分寂しがり屋という方が正しいのだと思う。 だが現実がその努力を認めてくれず、彼女は今まで独りだったのだ。
「あなたのような王様なら、あの子を任せられると思いまして。 今日はそのお願いも兼ねているんです」
「お願いって…………まぁ言われるまでもないんだけどな」
「そうですね。 無駄足だったんだなと思いました」
そして2人して呆れたように笑ってしまう。 子孫の為にこうして現れ、大量の魔力を消費してまで俺の中に入り、こうしてお願いまでしてくる。 この人も相当なお人好しだ。
「まだ少しの遠慮は見られますが、あの子はあなた方を認めて心を開いてくれています」
「…………そうか」
そうだとすれば素直に嬉しい。 本当に。 嘘偽りなくそう思う。
「独りの辛さは俺も、それにフェシルも知ってる。 だから俺達からあいつを手放そうとか思うことは絶対にないと思う」
「はい、信じます」
その表情は優しげだった。 シルヴィアの顔でそんなことをされればドキリとする。 俺も少し単純なのだろうか。
「ではそろそろわたくしは行きます」
「そうか。 悪いな、わざわざこんなとこまで」
「いえ、わたくしがしたかったことですから」
シルフォスの身体徐々に透けていく。 そのまま存在ごと消えてしまうのかというくらいに儚く。
「あぁ、それから最後に2点、伝えておきます」
「ん?」
「あの子は髪の長い男性はポニーテールが好きのようです。 後、初体験は優しく奪ってあげてください」
「なっ!?」
意味深な言葉と微笑みを残して彼女はその存在を消してしまった。 俺の中に残っていた彼女の魔力は消えてしまい、完全に消滅したのだと分かってしまう。
ゆっくりと、目を閉じる。 精神世界なんてものは曖昧で不確かだ。 しかし彼女の存在は確かに俺の中にあった。
彼女の言葉を胸に刻む。 いや、最後に伝えられた2点ではなくその前の言葉を。
信じてくれた彼女に俺が出来る唯一のこと。 それはシルヴィアと一緒にいてあげること。 そして笑顔にさせることくらいだろうか。
簡単なようで難しいようなお願いだ。 俺は苦笑いしながら現実世界を意識する。
「ん…………」
「ルナ!」
「ルナさん!」
ゆっくりと目を開けると俺の顔を涙目で見ていた2人から抱きつかれる。
「…………おはようと言えばいいのかただいまと言えばいいのかよく分からんな」
「な、何を言ってらっしゃるんですか?」
「そうよ! もしかして体調不良!? それとも敵の攻撃!?」
「落ち着けって。 味方の攻撃? だったから」
「味方ですか…………?」
キョトンとする2人。 俺はその2人の頭に手を乗せて優しく撫でる。
「まぁ夢かもしれんし微妙なとこなんだけどな」
自然と零れた笑みに2人が目を見開く。 辺りは暗く、少し肌寒い。 これからもっと冷えてくるんだろうな。
「とある人からシルヴィアのことを頼まれた」
「ふぇ? わたくしですか?」
「あぁ。 お前は確かにその人に愛されてたよ」
「……? ???」
全く理解はされない。 彼女も自分のことを言う必要はないと判断してシルヴィアに存在を明かさなかったのだろう。 彼女と触れ合えばシルヴィアは努力をやめてしまうかもしれなかったから。
しかし俺はそれでも彼女がいた証を残したい。 だからこそ、シルヴィアには自覚してもらわないといけないかもな。 自分は愛されていた、愛してくれる人はいたと。
「さて、今日はもうここまでにしちまうか。 フェシルもお望みだったしな」
鞄から紐を取り出して口に挟む。 自分の髪を掴むと結ってポニーテールを作る。
「…………」
シルヴィアはその様子をガン見してくる。 本当に好きなのな。 流石は先祖。 彼女のことならなんでもお見通しというわけか。
「寝るのにどうして髪をくくるの? というか、今までは全くくくってなかったでしょ?」
「まぁなんとなくだ。 それにまだ寝ないぞ? 言ったろ? お前が望んでたことをするって」
「っ!? もしかして!」
「そう、そのもしかして」
しかし嬉しそうにしすぎですよ? どうしてそうエッチな子になっちゃったのやら。
「でも病み上がり? なんでしょ? 大丈夫なの?」
「だから大丈夫だって。 味方から色々伝えられただけだから。 シルヴィア、お前もこっちに来いよ」
「ふぇ!? そ、そそそそそれって!?」
顔を真っ赤にするシルヴィア。 本当にこれでいいのかよ…………。
まぁとりあえずは先祖の言うことに従ってみよう。 今日は優しく奪ってあげることにした。
痛みに耐え、目尻に涙を溜めながらも少し微笑んだ彼女の顔を見て俺は思った。
彼女は幸せであるべきだ。 その幸せを崩そうとする奴がいるのなら俺が殺してやろうと。 …………別にヤンデレではない。