優しき九尾の女性 四
俺達は互いに互いを教え合い、数日が経過した。 寄り道やら回り道やらを繰り返した為か、通常なら歩きで2日半で済むはずだった草原をようやく今終え、これから砂漠へと足を踏み入れるところだった。
「…………」
フェシルが無言で銃口を天使に向ける。 こちらに気付いて襲い掛かろうとしていたのだろう。 しかし…………。
引き金を引いた瞬間、バチバチと青い雷が衝撃波の如く撃ち出される。 いや、正確には青い雷を纏った銃弾だ。
俺同様超高速にして高威力のそれに、天使は為すすべもなく眉間を撃ち抜かれて瞬殺される。
「んー…………50点」
「は、85点です!」
「随分差のある点数ね…………」
俺達がその様子を確かめそれぞれ点数を出す。 シルヴィアはまた随分な高得点だな。
「た、確かに魔法は少し甘いと思いましたが、それでも出来ていたと思いますよ?」
「前に比べて撃つのが遅い。 威力は格段に上がったとは思うが、銃口見ただけで何処を撃ちたいのか俺には分かっちまったぞ?」
「…………そう。 もっと精進するわ」
少し落ち込んだご様子。 こういう時は毎回俺が頭を撫でると決まっている。
今回も頭を撫でると機嫌良さそうに左腕に抱きついてくる。 まぁいつもの光景だ。
「ん?」
砂漠の小さな坂を上がり、下ろうとした時だった。 俺達の目の前に背ビレが付いた何かが通過する。
砂の中に生息するサメ型の魔物だろう。 グランドシャークとかいうやつだったか。
奇襲が得意なだけで大したことはない。 相手にする価値もないのではと思うのだが。
俺の腕に抱きついている間はフェシルは使い物にならないのでシルヴィアに視線を向ける。 するとシルヴィアはにっこりと微笑んだ。
「グランドシャークは食べると美味しいみたいですよ。 どう致しますか?」
「美味いのか…………。 じゃあ今日の晩飯はそれにするか?」
「分かりました」
シルヴィアが地面に手を着いて茶色の魔法陣を展開していく。 ドスンッ!と地面が大きく揺れる。
するとザパーン! と気持ちの良いくらいの飛び方でグランドシャークが姿を現した。 もちろん全部砂なのでこちらに飛んできて少し痛い。 砂自体がサラサラしているので気持ち悪くはないが。
「ウィンドカッター」
続けてシルヴィアの腕から緑の魔法陣。 極力傷付けないようにする為か小さな風の刃が白いサメの顔面を切り裂いた。
「しかし割とでかいな」
「基本的なもので1m、大きいと2mほどあるようです。 こちらはおよそ1.6mというところでしょうか?」
「飯には充分だな」
飯の確保は終えた。 グランドシャークをバラバラに斬り落として細かく分ける。 それぞれの鞄にそれらを袋詰めにして入れていく。
「る、ルナさんは手際が良いですよね」
「そうか?」
「はい。 フェシルさんが器用だと言っていたのも分かります」
まだまだ詰まっていたりするがシルヴィアは俺のことを名前で呼ぶようになった。 夜中に名前を呼ぶ練習をしているという可愛い場面もあったが俺は見て見ぬ振りをしておいた。 一応今も続けているというところ本当に可愛い。
同じ時を重ね、同じものを見て同じことを経験する。 そしてまた仲間同士でお互いを分かり合う。
今のこの状況が心地良いもので俺は気付けばいつもその幸せに浸っている。 自然と頬が緩んでしまう。
「ルナ? どうして笑ってるの?」
「お前らがいるから」
「「っ!?」」
あ、何も考えずに素直に言っちまった。 2人は俺の台詞に赤面し、言った俺も顔が熱くなってくる。
「これは今日はついにあれよね」
「あれ、ですか?」
「えぇ…………砂漠の夜は寒いわ」
「そうですね」
そう、砂漠は昼と夜で気温の寒暖差が激しい。 夜はかなり冷え込むことを覚悟しなければならないのだ。
「なら自然と3人で一緒に寝ることになるわ」
「ん?」
え、そうなるの? マジで? 俺最近全くヤッてないから色々溜まってるんですけど。
「そ、そうだったんですか!?」
「えぇ。 ならやることは1つでしょう?」
「わ、わたくしに上手く出来るでしょうか…………?」
「大丈夫よ。 ルナは優しいもの」
何が大丈夫なのか全然分からん。 むしろアウトじゃないか?
「ルナは胸が好きなのよ。 それと胸ではなくおっぱいと言った方が興奮するわ」
「いらんこと言うな!」
それ以上人の性癖暴露するのはやめてもらえませんか!? というかそんな話したことないだろ!? なんで知ってんの!?
「あ、あの…………お、おっぱい好きにしていいので。 や、優しくお願い致します…………」
「いや、なんでなんだかんだノリノリなんだよ」
「ひぅ…………フェシルさん、わたくし激しくされちゃうかもしれません…………」
「ちょっとルナ!」
「いや、そっちにツッコミは入れてねぇよ」
「突っ込まれてませんよ! わたくしまだ処女です!」
「そういう意味じゃねぇよ」
なんだかもう頭痛くなってきた。 こめかみを押さえながら溜息を吐いてしまう。
「はぁ…………もういいか?」
「あ、あの、もしかして怒ってますか?」
「いや、怒ってないけど疲れた」
少し無愛想に見えたか。 しかしなんだろうか、この疲労感は。
「うっ…………」
少し視界が歪んだ。 倒れそうになったところを慌てた様子のフェシルとシルヴィアに支えられる。
「ルナ!?」
「大丈夫ですか!? 顔色悪いですよ!?」
「大丈夫だ…………痛っ…………」
頭が痛む。 視界がぐちゃぐちゃする。 耳も遠くなってきて2人の声が聞こえなくなってきた。
精神負荷系の魔法? いや、そんな感じはしないな。 ということは神の仕業か?
「っ! ぐぅ!」
頭の痛みがピークに達したのか猛烈な痛みとなって襲ってくる。 立っていられず、頭を押さえながらその場に片膝を付いてしまう。
そのまま世界が反転した。 いや、俺が気を失い別の空間に意識だけが持っていかれた。
頭の痛みが治まり、周囲を見回す。 そこは小さな花畑だ。
「精神転移魔法なんて聞いたことねぇな…………」
「これはわたくしの力です」
「っ!」
気配がなさ過ぎて全く気付かなかった。 しかしそこにはたしかにシルヴィアが立っていた。
「…………何故お前が?」
「勘違いされているようなので言っておきましょう。 わたくしはシルヴィア・シルフォスではありません」
あれ、違うのか。 しかし見える魔力や外見はまさしくシルヴィアそのものだ。 魔力量はシルヴィアに劣る、というよりももう限界近く消費していた。
言われてみれば雰囲気が少し違う。 いつものおどおどしたような雰囲気はなく、どこか凛としている。
「わたくしはシルヴィアの祖先、セルヴィア・シルフォスと申します。 今は精神思念体とも呼ぶべき存在ですが…………」
あぁ、そういうことか。 降霊魔法の一種か似たようなものなのだろう。
「簡単に受け入れるのですね」
「許容範囲には自信があるもんでな。 それで、シルフォスは俺に何の用だ?」
「まずは謝罪を…………頭、痛くありませんか?」
「もう大丈夫だな」
あれは恐らくはこの人が俺の精神に入り込もうとした結果だろう。 セブンスアビスが故に抵抗力も強かったのだろうと思う。
「ふふ、優しいのですね」
「それよく言われるけどそんなことないからな?」
「あれだけの痛みで怒らないのはあなたかシルヴィアくらいのものではないかと」
そんなことは…………いや、確かに痛かったけど。 そんな程度この世界では常識の範囲内だろう。 多分。
「申し訳ありません。 時間がありませんので謝罪はこのくらいでも良いでしょうか?」
「謝罪の時間を聞かれても…………。 元々気にしてねぇし。 いいぞ、話進めて」
「ありがとうございます」
シルフォスは礼儀良く、そして深々と頭を下げる。 この辺り、シルヴィアは色濃く受け継いでるな…………。
「あなたに伝えたいのはシルヴィアのことです。 伝えた上で、どうされるかはあなたにお任せ致します」
「はあ…………」
何やら重要な話をされるようだが。 何にしてもシルヴィアはもう俺の仲間だ。 何があろうとその事実は変わらない。
「まずシルヴィアはわたくしと天使との間に生まれた子の子孫です」
「…………へ?」
突如告げられたその事実に妙な声を出してしまう。 今現在、俺の目は点となっているのではないだろうかというほどに驚くべき言葉だった。
「事実です。 魔眼で見られているようですので分かるかと思いますが、シルヴィアの魔力が高過ぎることを知っていますよね?」
妙に説得力はあった。しかし天使は神力であって魔力とは違う。 …………はずなのだ。
何やら混乱してくるような話だ。 俺は警戒とは別の意味で気を引き締め直してじっとシルフォスの話の続きを待った。