優しき九尾の女性 三
生命の泉があるダンジョン、名前は神秘の森と呼ばれるもので割と難易度の高いダンジョンである。
場所は草原の奥にある砂漠を超え、街が1つ。 その奥に少し小さめの森があり、そこを越えればようやく神秘の森の入り口が見えてくるのだという。
途方も無い道に俺達は少し倦怠感を覚えながらも歩き続ける。 予定では5日掛けて砂漠を超えるとのこと。 草原の2倍くらい広いじゃねぇか! とか思ったがあえて口には出さなかった。
つまり俺達は約1週間と半日掛けて隣町へと向かっているというわけだ。 だるくなるのも無理はないだろう。
「あの……テントとかはどうされるんでしょうか?」
「ん? 俺1人と女子2人じゃないのか?」
「え? ……私と一緒に寝てくれないの?」
「え? ……一緒に寝ないと駄目なの?」
確かにここ数日はずっと一緒のベッドで寝てましたよ? でもその間俺達は何をしていたでしょうか。 うん、ナニをしていたね。
「俺の理性が持たんからやめてくれ。 あとヤッてる最中の声、全部シルフォスに聞かれることになるぞ?」
「別にいいじゃない。 というかシルヴィアも混ざるんじゃないの?」
「えぇ!?」
「え」
まさかの3P宣言。 いやいや、おかしいだろその考え方は。
「た、確かに……素敵な男性なのは分かりますけど…………わたくし獣人ですし……」
やめて! ちらちらとこっち見ないで! 誘ってるようにしか見えないから!
「ルナは気にしないわ」
いや、気にしますから。 3Pは流石に気にするから。 なんで俺そんな図太い神経持ってると思われてんの?
「それにルナって器用だから。 私達2人でも遠慮なく相手してくれるはずよ」
この子の認識おかしいな…………。 確かに1度やったら止まれない感はいつもあるけど。 いや、ちょっと待ってくれ。
「流石に露出狂になるのは嫌だぞ? テントの中は狭いだろ」
「余計にくっつけて便利ね」
あ、これ駄目だ。 何言っても無駄なやつだ。
「流石に初対面で初体験は駄目だろ……」
「え? 私とも会って2日で経験したじゃない」
そうなんですけどね! あー、やっぱり無駄だ。 過去の自分が恨めしい。 でも後悔してないんでなんとも言えん。
「わ、わたくしは…………」
少し考え込んでは顔を真っ赤にする。 ちょっと可愛い。
「や、やっぱり駄目ですよぅ……」
「ということでナシな」
「そう…………」
いや、そんな残念そうな顔しないでくれよ…………。 どんだけ楽しみだったんだよ……。
「で、でも街に着いたらその……いいでしょう?」
「お、おう……」
「っ! やっぱり大好き♪」
そう言ってわざわざ回り込んで左側から抱きついてくる。 気を遣えるのに抱きついてはくるんだな……。
「フェシルさんは紅月さんのことが大好きなのですね」
「当たり前よ。 優しいし、格好良いし、最高の王様よ」
「あの、恥ずかしいからあんまり言わないでくれるか?」
「そういう謙遜するところも恥ずかしがり屋のところも素敵よ」
駄目だ、全然止まらねぇ。 フェシルは俺の腕に頬擦りをし始める始末。 まぁ黙ったので良しとしよう。
「あ、ブルの群れです」
「本当だな。 はぁ……やるしかないんだろうな」
「ルナはじっとしておくこと」
フェシルに釘を刺されて何も出来なくなっちまった。 仕方ないから大人しく観覧しとくか…………。
俺の腕から離れたフェシルはホルスターからハンドガンを抜いてブルの群れに銃口を向ける。
その後は言わずもがな、こちらに攻め入る前に全滅というあっけない最後となった。
フェシルは精製魔法においては超高速の発動速度を誇る。 その為に銃弾を使い切ったと同時に拳銃内で弾が補填される。 魔力が続く限り無限に撃ち続けることが出来るのだ。
「す、凄いです…………」
「そうだな」
本当に見事なものだ。 改めてそう思わされる。
「魔物も天使も神も全部私が仕留めるわ。 だからルナ、絶対に無茶しちゃ駄目よ?」
「いや、神は流石に無理だろ…………」
俺1人でも無理だろうけど。 あんまりフェシルにも無理はして欲しくない。
「お前も絶対に無茶すんなよ? お前に死なれたら俺は…………」
「ルナ…………」
「フェシル…………」
見つめ合い、熱い視線を送る。 その様子をすぐ横で苦笑いで見つめるシルフォス。
「お前もだぞ?」
「え?」
「お前も絶対無茶すんなよ? 何かあったら遠慮なく俺を頼れ」
「は、はい! ふふ…………」
シルフォスは嬉しそうに頬を緩ませる。 その笑みに俺まで頬が緩んでくるのは何故だろうか。
「っ! ルナ、シルヴィア、敵よ!」
「へ!? は、はい!」
「…………」
その気配に気付いたフェシルが俺達に警戒を促すよう声を掛ける。 もちろん俺は気付いていた。
「フーッ! フーッ! セブンスアビスセブンスアビスセブンスアビスセブンスアビスセブンスアビス!!!!」
ムキムキに膨れ上がった身体と伸び切ったままの髪の大男。 黒人のように全身が黒く、服装は何故か腰に布を巻いただけの簡単なもの。 背中に生えた黒い翼が禍々しく羽ばたいていた。
口からはよだれが垂れまくっているし目は瞳がなく白目。 明らかに意識がない。
「堕天使、か」
自分の主人である神に逆らった天使は堕天し、我を失うと聞く。 実際に見るのは初めてだがこうも禍々しいとは思わなかった。
「堕天使…………?」
「神を裏切った天使の末路だな。 もうこいつに意思もなければ慈愛も何も残ってないだろうな」
「そ、そんなことが…………」
フェシルは冷静に俺の話を聞き、シルフォスは悲惨な表情を浮かべていた。 しかしこうなった以上容赦は出来ない。
俺が動くより先にフェシルが銃口を向けた。 鳴り響く銃声にシルフォスがビクッ! とする。
「セブンスアビスゥゥゥ!!!!」
しかし銃弾は全て堕天使の筋肉に弾かれる。 全くと言っていいほどにダメージはなかった。
堕天使は叫びながら爆発するかのような加速で俺達に向かってくる。 咄嗟にフェシルはステップで横に避ける。
俺も避けようとしたものの、シルフォスが怖がって足をガクガクさせていた。 無理もない。
「ルナ! シルヴィア!」
「雷殺拳」
堕天使の顔面に雷を纏った拳を合わせる。 しかし俺の拳に纏った雷が堕天使に触れた瞬間弾ける。
「っ!」
「ルナ!」
そのままタックルを食らい腹部に堕天使の頭が突き刺さるかの如くめり込んだ。
咄嗟に左足を地面に強く踏み込ませ、右足の力は抜く。 回転するかのように突進はシルフォスから避けられる。
「ゲホッ!」
口から血を吐きながらも背中の剣を抜く。 そのまま首に突き刺すように切っ先を向ける。
「死ね」
剣を振り下ろすと堕天使はまるで見えているかのようにバックステップをし始める。 後ろにはシルフォスがいる。
「っ! シルヴィア!」
「レッドテイル!」
堕天使の背にシルヴィアの燃える尾が叩きつけられる。 セブンスアビス並みの魔力を誇るシルヴィアだ。 その威力は言わずもがな、絶大だ。
「あ、ああああ紅月さん! わ、わたくしのことを名前で!?」
「あ、つい。 というか呑気だな、おい…………」
俺が名前を呼んだだけで赤面し始めた。 気持ちは分かる。 俺も最初にフェシルに名前で呼ばれた時はドキドキしたものだ。
「セブンスアビスゥゥゥゥ!!!!」
それでも堕天使はまるでダメージを感じていない。 いや、感じていないわけでもないのだろう。 ただ、痛覚そのものがないだけだ。
「ルナ! 避けて!」
「…………」
再び突進。 俺はフェシルの言う通りステップで楽々避ける。
耐久力、というよりは忍耐力? それとも自暴自棄? は凄いのかもしれないが知能がなければただの体力馬鹿だ。
俺に気を取られているうちにフェシルがスナイパーライフルへと銃を変える。 銃口から狙いは顔面だろう。
流石に幾ら耐久力があろうとスナイパーライフルで顔を貫かれば死ぬだろう。
「セブンスアビスゥ!!」
「死になさい」
再びの突進。 その隙に引き金が引かれる。 撃ち出された銃弾が見事に堕天使の頭を捉えた。
「これで…………!」
これで終わる。 そう思った瞬間だった。 顔面に当たったはずの銃弾が弾かれた。
「っ!?」
「あの弾丸もか…………」
そのまま突っ込んで来る堕天使をヒョイっと避けながらも考える。 流石に俺も予想外だった。
「グランドプレス!」
シルヴィアが突進途中の堕天使を左右から土の魔法でプレスをする。 もちろんそれ自体はダメージにはならないが動きが一瞬止まった。
「ブレスハリケーン!」
続けてまるで竜巻のような風魔法で堕天使を飲み込んだ。 連続の魔法に俺もフェシルも呆然とする。
「…………まだ終わりませんか。 では……ホーミングフレイム!」
空中に飛ばされた堕天使に更に追い討ち。 50cm程の炎の弾丸が10発。 追尾するように堕天使に全弾命中し、宙で爆発を起こす。
「…………」
本当に彼女はセブンスアビスじゃないのか? そう疑ってしまうほどの強さを持っている。
しかし堕天使は相当セブンスアビスに恨みがあるらしい。 無意識とはいえ狙って来るのは毎回俺だ。 ということはつまりはそういうことなのだろうが。
「セブンスアビスでもないのにそれはなんというか…………これが本当の英雄ってもんなのか?」
英雄といえど元は普通の人だ。 つまりは英雄の記憶を受け継ぐセブンスアビスだがその記憶の主は当然努力と才能を開花させたものま。 彼女もその1人なのではと思ってしまう。
「セブンスアビスゥゥゥゥ!!!!」
「…………」
そしてあの堕天使。 あれも異常だ。 全く攻撃が効いていないように思わせる。
「仕方ありません…………魔力を大量に消費しますが」
シルヴィアの腕に大量の魔力が込められる。 一瞬で分かった。 大技を使うつもりなのだと。
「ゼロバースト」
撃ち出されるは魔力のビームだった。 高密度かつ高濃度の魔力の塊。 俺の絶対に切断される黒い魔力に酷似した技だ。 つまりはセブンスアビスの対神用の技と大差がない。 一応は炎魔法に属する攻撃となるらしい。
「セブンスアビス!!!!」
叫び続ける堕天使を飲み込んだビームはその存在がまるでなかったかのように掻き消していく。 死体も残らない程の圧倒的な攻撃力で持って堕天使そのものを殺害した。
「…………」
その様子を悲しげに見上げる彼女。 たった今確信した。 彼女はセブンスアビスではない。 なれないのだと。
王とは常に何かを選び、家臣と共に歩むもの。 しかし彼女はその選ぶこと自体に恐怖しているのだろう。 言わば優し過ぎるのだ。 優し過ぎるが故に誰も傷付かないという理想を求めている。
しかし彼女はそれが叶わないことを知っているのだろう。 だからこそ諦め、堕天使を殺した。 その選択は彼女にとっては悪なのかもしれない。
俺は誰かを殺すことを仕方ないと諦めている。 いや、元々そういう性格だったのかもしれない。 だからこそ、王として選ばれた。
彼女が選ばれず、俺が選ばれたのは選択する意志、ただそれだけなのかもしれない。
「シルヴィア、大丈夫か?」
「え? は、はい、怪我はありませんよ?」
確認するとキョトンとされる。 そういうことを聞いたわけではなかったのだが。 もしかして天然過ぎて王に向いてないとかじゃないだろうな?
「…………」
フェシルは悔しそうに俯いてしまう。 自分の最大火力も通用しない相手。 気持ちは分からなくはないが、今回は相手が異常だった。
「ルナ」
「ん?」
「その…………私に魔法を教えてもらえないかしら?」
「魔法を?」
珍しいこともあるものだ。 魔法を覚えるということは戦略が広がるということだが、いきなりどうしたんだ?
「今のままだと攻撃力不足だから…………。 ルナがいつも使っているような魔法を……教えて欲しいわ」
つまりは俺の使う剣技を銃バージョンにするということ。 確かに可能だし攻撃力は上がるな。
「あぁ、それは別に構わないんだが…………俺もお前ら2人に教えて欲しいものがあるんだが?」
「ふ、2人ってわたくしもでしょうか?」
「あぁ。 フェシルは精製魔法を、シルヴィアには魔法を教えて欲しい」
「ま、魔法を? ですが紅月さんは既に使えて…………」
そう、俺は既に魔法を使っているようなものだ。 剣技としてそれに組み込んでいるからだ。 しかしそれはあくまで剣技というカテゴリー。 メインは完全に剣なのだ。
「俺も多分威力不足なんだろうな。 神との戦いでそれを思い知った」
あの時、俺は手数で完全に負けていた。 更には攻撃速度も。 ならば威力を更に上げ、速度も上げるつもりだ。 その為にもまずはきちんと魔法を勉強する必要がある。
「俺もシルヴィアに教えられることは出来るだけするから。 頼めないか?」
「わ、私も。 お願いするわ」
2人して頭を下げる。 シルヴィアは慌てたようにおどおどしていた。
「わ、私で良ければ構いませんから顔を上げてください! あ、紅月さんは王様なんですから!」
「こういうのは王も何も関係ないと思うんだが…………でもいいのか?」
「はい、構いませんよ。 わたくしに出来ることなら」
この人マジで優しいな。 実はこの人が神なんじゃないか? いや、女神か。 狐女神。
「その…………わたくしも紅月さんの複数魔法使用と中距離戦闘の仕方を教えて欲しいですし…………」
全員がそれぞれ違う分野で欠けている。 俺達はそれを補うようにチームワークを取ればいいだけの話なのかもしれない。
しかし1人で戦うこともこの先必ずあるだろう。 ならば覚えておいて損はないはずだ。
あくまでも個の力を求めてしまうのは俺達の性なのかもしれないが。 それでも前に進めるのなら、それで良いと俺は思う。