第3話 猫の学校
「あ~明日、学校行きたくないな~」
気の緩みか、つい本音を漏らしてしまった。
その独り言を素早くキャッチした
あの猫が急に机の上に飛び乗って
私の顔に近づいて鼻をヒクヒクして言った。
「だったら、僕の学校においでよ」
「ねっ猫の学校?」
猫は、真ん丸な目で真面目な顔で
確かにそう言った。
猫が勉強って、一体何を・・・・
さまざまな憶測が脳裏を横切る。
どうせ聞いたって、ろくな答えが返っては
来ないだろう。
「なんだか面白そうね。」
ちょっとコンビニに行くって
ママにチョッピリの嘘をついて
真夜中の外出。
風もなく蒸し暑い緑道を街灯を頼りに
猫の跡をヒタヒタとついていった。
「勉強って・・・何のためにするんだろうね。」
私は、こんなすべての学生がするだろう
一時的な麻疹のような質問を
前を歩く猫に、呟くように問いかけた。
「生きるためさ」
クールにそう答えた。
猫に説教臭いことを言われるなんて
夢にも思わなかったけど
こうして、夜の街を猫と歩くこと自体が
夢のようだから何となく納得もする。
学校に着いた。
家からそう遠くもない。
「って・・・ここって?」
私は驚きの色が隠せなかった。
「あれ知ってるの?猫の学校」
猫は振り返って言った。
「ここって私の通ってる学校じゃん」
「共学なんだね」
猫は、慣れた様子で
ヒョイと塀の上に飛び乗った。
共学って、そういう意味では使わないわよね・・
私は通い慣れた母校の
塀をよっこらせと乗り越えた。
校舎の窓が少し開いていた
そこから暗いだけで見慣れた
廊下に猫と忍び込む。
なんだかドキドキする。
真夜中の学校ってなんだか怖いもの
誰もいない音楽室からピアノの音が聞こえたり
理科室の人体模型が笑ったり
そうそうトイレの便器から手が・・・・・
なんて、どこにでもある
学校の怪談に怯えるもの
信じてはいないけど
ドキドキに拍車をかける。
守衛さんに見つかっても
ノート忘れましたっていえば
いいかな?
猫も、猫なんだから
こんな所にいてもそう違和感もないしね。
そんなことを考えながら
猫についていくと
私の教室に入っていった。
闇に目が慣れてきた。
いつもの教室には
猫が38匹。
数えなくてもわかる
だって私の席だけ空いているから。
猫たちは、椅子に座っていない
机の上にお行儀よく座っていた。
あの猫は、私の隣の席に
これまたヒョイと飛び乗った。
「あ~なんだか落ち着くわ」
私は、少しほっとした気持ちで
いつもの席に座った。
いつもの教室で、猫たちが
38匹の真剣な眼差しで、座っている。
人間の私をチラチラって見てる
やっぱり気にしている様子。
本当におかしな光景が広がる。
真夜中の教室。
私の隣には、いつもの猫。
いつもなら私の後ろには、
茶髪のポニーテールの
「みつちゃん」が座ってるはず。
でもそこには、茶色の猫
前の席には、暴れん坊の「こうじ」
悪戯そうな瞳の黒猫が座っている。
私を残してみんな猫になっちゃたんじゃ・・
って心配をする。
「ねえ、猫の学校って公認なの?」
私は、入学式以来の緊張感を
和らげるため、静まり返った猫の教室で
隣のあの猫に問いかけた。
「さあ」
やはりというか・・
なんだか味気ない答え。
突然チャイムが鳴った。
いつもの小うるさいチャイムではなく
静かな、まるで猫の首輪の鈴の音のような
「チャイムが鳴るっていうことは公認なのね」
ドアがから白いデブった毛の長い猫が入ってきた
貫禄がある
一目で猫の先生だとわかる。
「なんだいなんだい、人間の娘が紛れてるよ。」
喋った、デブ猫が喋った、
私を鋭い眼光で睨みながら。
私はびくっとした。
「ちゃんと音楽室のピアノ鳴らしてるのかい?
それは黒猫の仕事でしょ?
鍵盤に乗って、行ったり来たりしな。
間違っても猫踏んじゃったなんか
演奏するんじゃないよ!」
「それに茶色猫、理科室の模型の首
たまに動かさないと、人間の子が
猫の学校に来ちゃうからね」
デブの猫の先生は、まくし立てるように
生徒猫に向かって叱咤する。
猫仕業だったのね・・・・・
この調子なら世界の七不思議も
猫どもの仕業かもしれない。
「まあいいよ、たまにいるんだよね。
人間社会からはみ出て
猫になりたがるのがね」
「まあ、ゆっくりしていきな」
打って変わったように
急に優しい瞳になって私にそう言った。
私は、今までの張り裂けそうな
緊張の糸がぷっつりと切れた。
さてさて、猫の授業が始まる。
デブ猫の肉球で器用にチョークを取り
まるでアジア系のわけのわからない言語を
黒板にカッカッカと殴り書く。
「ねえ?なんの授業?」
私は、唯一の打ち解け合える
あの猫に喋りかける。
「ああ、魔法さ」
ええっ、あの憧れの?
映画や漫画だけの世界の?
私のテンションが跳ね上がった。
「いいかい、みんな念じるんだよ。
この世の中、空想や仮想が可能なもの
それは、全て現実のものとなるのさ」
デブ猫が最もらしいことを言う。
「にゃブラにゃラブラ」
猫の先生に続いて
猫の生徒たちが一斉に
「にゃブラにゃラブラ」
魔法の呪文ね
「にゃブラにゃラブラ」
猫の先生に続いて
猫の生徒たちが一斉に
「にゃブラにゃラブラ」
魔法の呪文ね。
もしこの世で欲しいモノが
こんな呪文だけで手に入るなら
私たちは、どんなに幸せなことか。
世界から争いも、なくなるよね。
私も、猫たちに混じって
「にゃブラにゃラブラ」
と唱えてみた。
「さてと、みんなわかったかね?」
デブの猫先生が、教壇に座って
生徒猫に問いかける。
黒板には、わけのわからない文字
その横には、魚の絵が描かれている。
「魚を出す魔法ね。」
その証拠に、周りの猫たちは
身を乗り出して羨望の眼差しで前を見る。
中には、ヨダレを垂らす猫も。
「初歩的な魔法だよ」
あの猫は、余裕の表情で言った。
「あなた、使えるんだ」
私もこの魚を出す魔法を
マスターしたら・・・・・
う~ん・・・猫がより一層
よってくるだけかもね。
少しだけ自慢できるかも。
「はい、白猫のとぽちゃん
前に出て、やってみなさい」
白い猫がしずじずとデブ猫の
前に進み出た。
と、その瞬間
ビュ~ンと黒板の横のロッカーに
飛び乗った。
「へ?」
私は唖然とした。
白い猫は、私も背が届かない
ロッカーの上で何やらやっている。
前脚をしきりに動かし備品の入った
ダンボール箱を押そうとしてる。
魚は出てこない。
「降りてらっしゃい、70点」
デブ猫は、上を見上げ白猫に言った。
白猫は、まんざらでもない表情で
ほかの生徒猫の真ん中を
しゃなりしゃなりと通って
自分の机の上に座った。
「次はしっぽなちゃん」
デブ猫に指名された
アメリカンショートヘアの猫が出てきた。
教壇に向かってダッシュ・・・
と思いきや今度は後ずさりして
前脚を広げデブ猫が見下ろす
教壇にパッパっと前脚を
閉じたり、また開いたり・・・・
もちろん魚は出てこない。
「う~ん・・・・50点ね」
てっ点数の基準がわからない。
そういえば、まだ小さい時
猫を飼っていた。
その時の思い出がよみがえる。
「なんだか餌が欲しい時の
行動に似ている。」
次々と生徒猫が
出てきては戻っていく。
猫先生の表情が険しくなった。
「じゃあ、お手本といくかね」
猫先生が重い腰を上げたかのように
むくっと立ち上がった。
そして、前脚を少し上げ
首を15度ほど傾げる
瞳を真ん丸に開いて
上目遣い。
「かっ可愛い」
さっきまで不機嫌そうに
生徒猫を睨んでいた
あのデブ猫のはずなのに。
別の生き物のようだった。
「にゃブラにゃラブラ☆」
次の瞬間、猫先生の周りが
真っ暗になり
前脚から色とりどりの星が
スポポポ~っ止めどもなく出てくる。
「眩しい」
猫の魔法だ
私も生徒たちも
猫先生の魔法に釘付けだった。
次の瞬間、教室の
ドアがガラっと開いた。
そこには見慣れた顔・・・
「せっ先生??」
私の担任の初老の口うるさい紳士が
忽然とした表情で立っている。
手には、ほかほか弁当?
こんな摩訶不思議な
猫の世界を見たら
気が動転するだろうに
担任の目はボーッとしている。
意識があるのかないのか
抜け殻のようにフラフラと歩いて
デブ猫のいる教壇に
お弁当を置いて
またフラフラと出て行った。
「先生、宿直だったのかな?」
デブ猫先生はというと
お弁当箱の蓋をペラっととって
生徒たちに中身を見せながら
「ほら、魚さ」
食べかけの弁当箱の中には
シャケがふた切れ。
にゃーにゃ~にゃ~~
生徒猫たちが、一斉に鳴き始めた。
まるで「凄い凄い」と喝采するかのような
ハイテンションの猫の鳴き声。
猫の鳴き声に混じって
「さすが先生、すごいにゃあ」
「見た~?先生の魔法すごいにゃ~」
「何にもないとこから魚が出てきたにゃ~」
あの猫も得意げに私に向かって言った。
「ね、猫の魔法☆すごいでしょ?
無から有を作り出すんだよ。
念じたら不可能はないんだよね」
どうやら、私のクラスの担任の姿は
猫たちの目には見えていなかったようだ。
そういえば、猫は視野が狭い
獲物の対象物以外には、注意が散漫だ。
だからよく車に撥ねられる。
「なるほど、これが猫の魔法か」
興奮気味の猫たちの中で
妙に納得した私だけが、取り残されたようだった。
家に帰ると、案の定
カンカンのママが待っていた。
私は、とっさに
首を15度に傾け、手をクイッと曲げて
「にゃブラにゃラブラ」
と猫の呪文を唱えた。
ママは、可愛娘ぶってもダメと
言ったけど、ちょっぴりの小言で許してくれた。
猫の魔法が少し効いたようだった。
おしまい