まず寝なさい。
その後エウパロ法王達を再び招き、無色の魔王についての説明を行った。
案の定とても難しい顔をしている。
「念のため尋ねるが……本当のことなのだな?」
「ええ、どうしても信用できないようなら一ヵ月後に呼び出せるのでその時にでも」
そういって渡されたスイッチを見せる、試しに押してみたがビクともしない。
裏には注意書きで『一ヶ月に一度だけ押せるぞ!』と書き込みがある。
ちなみに魔力の質を見れる聖職者から見るとこのスイッチには特異な魔力が込められているらしい。
「この特性の魔力はユグラ教、果てはユグラが残した秘伝の魔法によって変異した魔力が含まれておる。勇者ユグラが関与していることを認めざるを得んな」
どうも話を信じざるを得ないらしい、よくわからん。
「ともかく、突如現れた新たな魔王に関しては保留と言うことでよろしいでしょうか」
「ああ、ただ今の話が本当だとすると次にその者を呼び出す際には我々の陣営をある程度集めた状態で行いたい。可能ならばメジスを訪れて欲しいが……それも難しいようならこちらに集めることになるがターイズ王よ、構わないだろうか?」
「無論だ、ユグラの関係者との接触ともなればユグラ教にも知る権利はあるだろう。ただし責任は一切取れん」
エウパロ法王達の様子を見ていると無色の魔王への印象は金の魔王達に比べ幾分か寛容さを感じる。
こちらからすれば明らかに無色の魔王の方がヤバイ奴だと思うのだが、歴史の影響と言うのは大きい。
「ところでそのリストにはどのような物が書かれているのかね?」
「それは……言えません」
この世界の人間に教えてはいけないリスト、一応タイトルとして『禁忌関連に於ける秘匿義務を設ける項目』と書いてある。
何故秘匿しているのか理解に苦しむ情報もあれば言うまでもなく伝えるべきでない情報も書かれている。
およそ6割は専門外だが4割は何かしらの知識や原理への理解がある。
「そうか、それも仕方ないことだろう。だがユグラが定めたリストともなればそれを知ることは禁忌に手を伸ばすことだ。我々はそれを知ろうとは思わないが君がそれを他者に伝えないように危惧する必要がある」
言うことは尤もだ、ユグラ教は禁忌への関与を阻止するという目的を持っている。
そして今地球人に渡されたのは禁忌への道のりその物だ。
恐らくはこれらの知識をどうこうすれば蘇生魔法などにも辿り着けるのだろう。
現に大悪魔は無色の魔王を呼び出すほどに迫ったのだ。
ユグラ教としては地球人の身柄を確保したいとさえ思うだろう。
「彼は今はこちらの所有物として管理している、ターイズを信用できないというのならばこちらは論争する用意もある。いつでも討論に応じよう」
「賢王にそういわれては返す言葉も選ばなくてはな、今の我等に言えるのは彼を見失うことのないようにと釘を刺すくらいだ。それができぬと判断された場合には動くとしよう」
「ええ、その頃にはそちらの内部も綺麗に掃除が済んでいることでしょう」
ターイズで二度も人質になったことを揶揄され、内部に魔王の関係者が潜り込んだことを揶揄し返した会話。
ここに大臣とか中間管理職がいたら胃に穴が空きそうだな、本当。
この日は城に留まることを命じられた、紫の魔王への信用がガタ落ちになった以上民家に寝泊りするのは得策ではないとエウパロ法王が指示したからだ。
マリトもそれを快諾、内心部下を制御仕切れなかった彼女を信用しなくなったのだろう。
イリアス達にはエクドイク経由で連絡をしてもらうことになった。
今回の勝負が解決するまではどうやら城暮らしになるようだ。
後日、城壁の外にて大悪魔との一騎打ちを行う為に両陣営が揃う。
こちらは一騎打ち担当のヨクス、その応援に来たリリサさん。
あとはエクドイク、ミクス、カラ爺、ラクラ、金の魔王と言ったメンバーだ。
対する紫の魔王陣営は当人とデュヴレオリのみ、他の大悪魔は宿で留守番か影に潜んでいるのだろう。
対面後ヨクスが前に出て剣を抜く。
「我が名はメジス聖騎士団団長、ヨクス=シェスフェラード。此度の一騎打ちは私が相手となろう、姑息なる手だろうと私は正面から受けて立つ!」
「そう……デュヴレオリ、お願いね?」
「――御意に」
デュヴレオリが自らの影に手を伸ばし、そして影の奥にまで腕を潜り込ませる。
そして一匹の大悪魔を引き出した、ハッシャリュクデヒトである。
現在は汚れた布で全身を雁字搦めに拘束されているようだ。
「それが私の対戦相手か」
「いいえ、違うわよ?」
その言葉と同時にデュヴレオリの手刀がハッシャリュクデヒトの首を刎ねた。
生々しい音を立て、静かに崩れ落ちるハッシャリュクデヒトの体。
「……これは何の真似だ?」
「ハッシャリュクデヒトは主様の勝負に水を差した、よって互いの面前での処刑が妥当だと主様の判断です」
「これはケジメみたいなものね? もちろん一騎打ちは行うわよ? 希望の相手を選ばせても良いわ?」
デュヴレオリはハッシャリュクデヒトの死体に火を放つ、物言わぬ死体は容易く燃え上がり灰となっていく。
フェイビュスハスのことを考えるとハッシャリュクデヒトも同様にこの勝負での自分の扱いを快く思わなかったのだろう。
そして一縷の望みとしてこちらを人質にしようとした。
多少なりは同情したくもなるが、この場にその大悪魔達に感傷を持つものはいないのだろう。
ヨクスは剣を紫の魔王に向ける。
「そうか、ならば私は貴様を指名したい」
「残念だけど私は彼との勝負を受けた身、でもどうしてもと言うのならば……デュヴレオリに勝てれば特例として受けてあげても良いわよ?」
デュヴレオリが二人の間に入る、主に剣を向けたヨクスに対し素人でも感じられる敵意を放っている。
「そうか、ではそうしてもらうとしよう」
こうしてメジス最強の騎士と紫の魔王の配下最強の大悪魔との勝負が始まった。
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ヨクスと名乗った男、その強さは先日に戦った両名にも匹敵し他の大悪魔ならば容易に殺されていただろう。
だが呆気なく勝負は着いた。男は全身血塗れで地面に倒れている。
デュヴレオリには命は取るなと命じていたので戦った男は辛うじて息をしている。
男の敗因はデュヴレオリを他の大悪魔と同等として扱ったことだ。
『駒の仮面』は私の魔力を制約と共に与える為の道具に過ぎない。
確かに大悪魔達は私の魔力を直接与えられることで格段に性能が向上している。
しかしデュヴレオリはその枠に留まっていない。私自身が直接魔力を使って加工しているのだ。
知性を持ちながら身の程を知らぬ大悪魔達が『駒の仮面』を手にした程度で慢心し増長する可能性は考慮していた。
そんな者達に私が持つ全ての恩恵を与える筈がない。
とは言えデュヴレオリとの力量差を感じていながらあのような愚行に動くとは予想できなかった。
予想の遥か下を行く大悪魔達には辟易とした。
それ故に――アレの名前は何と言ったか、いやもうどうでも良い。
他の大悪魔への見せしめとして処理させた。
これでもう下らぬ真似をしようと企てる大悪魔はいないだろう。
そんなことよりも、今私が最も注意せねばならないのは彼のことだ。
報告を受けた時彼は私に敵意を向けていなかった。私の策略や計略である可能性を考慮しないほど思慮の浅い方ではない。
それこそ今打ち倒された男のように私への不信感を滲ませても不思議ではないのだ。
彼は多くを語ってくれない、そして感情を見せてくれない、教えてくれない。
内心では私のことをどう思っているのだろうか。ああ、今回の一件で彼に幻滅されたかもしれない、いや最初から私への敵意で溢れているのかもしれない。
取り繕わねば、取り繕わねば、今のこの時を失いたくない。
彼の内心はどうあれど、私の期待に応えてくれている。なのに私が彼にできることが何も思い浮かばない。
どうやって、どうやって、より簡単な勝負を提案し気持ち良く勝たせるべきか、彼がどうすれば喜ぶのかわからない。
さらに大悪魔を供物に捧げるべきか、しかしこれ以上捧げれば彼との残りの時間も――
「この一騎打ちはこちらの負けだ。次の勝負を決めよう」
彼が歩み寄ってくる、ああ、どうする、そうだ、まずは勝負の内容を決めなければ。
「――ええ、そうね?」
カードを取り出す、手が震えそうだ、デュヴレオリが勝利したことで彼は一体何を思っているのだろうか。
彼の仲間を瀕死に追い込んだのだ、内心何かを思っているに違いない。だけれどああしなければ私と彼の時間はもう終わってしまうのだ。
他に何か良い方法はあったのだろうか、ああ違う違う違う違う、既に起きた事に対して別の手段を考えている暇など私には無い、この先のことを考えなければならない。
「一騎打ちに勝ったデュヴレオリは自由になるんだろう、これからどうさせるつもりだ?」
彼が私に質問をした、答えなければ、応えなければ、確かに勝利した大悪魔は私の支配から解放するという話を最初にしておいた。
ならばデュヴレオリも同様にしなければならないのか、本人は――
「私は主様の下に望んでいるだけ、元より支配を望んでいるのです。自由を与えられたのならば再びその自由を主様に捧ぐだけのこと」
「――だそうよ?」
「そうか、今すぐ行方をくらましてこの国や周囲に手を出さないってんなら決着は今度ってことになるな」
「そうなりますね。私は逃げも隠れも致しません、今は主様との勝負に専念なさってください」
今のデュヴレオリの言葉、彼に失礼は無かったか、彼の機嫌を損ねることは言っていないのか。
――大丈夫、大丈夫な筈だ。
現に彼も安堵したような返答をした、はたして本当だろうか、わからない、言葉だけじゃもうわからない。
そうだ、今はカードを並べよう、カードを持つ手が震えそうだ。
一度シャッフルして心を落ち着かせて並べよう、次の勝負は決まっているのだから大丈夫だ。
カードをシャッフルし、並べる。
並べたカードの枚数は6枚、二体分の大悪魔を失ったせいで残り勝負の回数が残り半分近くまで減ってしまった。
彼は並べられたカードから無造作に一枚を裏返す、これで次の勝負内容が彼にも伝わったはず。
ああ、どうして、どうしてこんなことに、彼との時間がこんなにも短いの。
これも忌々しい大悪魔のせい、いや、そうなのか、灰になった大悪魔の名前も姿ももう思い出せない。
「そういうことか」
「――どうしたのかしら?」
彼は私の質問に答えるように、他のカードを一枚裏返した。
――あ、そんな。
二枚目のカードの文字を読み取った彼は次々と残るカードを捲っていく、まるで残りの時間が一瞬で失われていくかのようなそんな感覚になる。
「やっぱり全部同じ内容か」
「どうして……わかったの?」
彼は二枚目のカードを捲る前から確信をしていた、つまりは私の意図を完全に見抜いていたということなのだろうか、わからない、わからない。
彼は少しの間だけ沈黙する。しかし少しの溜息の後に言葉を搾り出した。
「今までの勝負の内容、それは紫の魔王が『俺』にやりたいこと、して欲しいことを組み込んでいた。初めの料理勝負は手料理を食べてもらいたい、次の偽者探しは自分の家に訪ねて来てもらいたい。そして前の隠れ鬼では自分を探してもらいたい。この勝負もそういう意図が見えている」
裏返しになったカードに書かれていた勝負内容は『嘘当て』、人間達の中で時折遊ばれている勝負。
真実を五つ挙げ、嘘を一つ混ぜる。
互いに質疑を行いその嘘を見破るという勝負だ。
彼の言うとおり、私はこの勝負で彼のことをさらに深く知りたいと思い、私のことを知って欲しいと思って――
「紫の魔王、カードを並べる前にシャッフルをしたな。今までは一度もしなかったのに、こちらが毎回無造作に選ぶことを理解していて、それでもなおシャッフルをした。本来する必要が無い行為、それをしたと言うことは何かしらの精神的な動揺があったからだ。恐らくは残り勝負が減ったことに関して何かしら思っていたんだろう」
「――避けたい勝負内容があったかもしれないわよね?」
「ならこちらが選ぶ時、カードを捲った時に何故注意深くカードを見なかった。見る必要が無かったんだろう。内容が全部同じなんだからな」
なんてこと、私の姑息な真似が、偽りの行動が暴露されてしまった、どうすればいいの、どうするのが正しいの、私は――
「私は――」
「ま、だからと言って何だって話だけどな。演出っぽく見せるならちゃんと最後まで気を払うもんだぞ」
「……怒らないの?」
「なんでだよ、勝負の内容を決めるのは元々そっちだ。選ばせて緊張感を持たせるって言う演出が拙いから注意しただけだろ? 最初に11通りの勝負内容が思いつかなかったからって見栄で誤魔化そうとするからだぞ」
見栄……ああ、そうか。
私は彼に本気で勝負に挑んで欲しいと思って、緊張感を少しでも与えようとカードを用意した。
だけど大悪魔を賭けた11通りの勝負方法なんて一度に思いつかなかった。
その中には彼を本気で手に入れるための物も含めなければならないのだ。
彼が最初にその選択肢を選んだら彼との勝負が一気に決着してしまう。
そうなれば彼の価値が下がってしまう、そう思ってしまったのだ。
だから一つずつ、一つずつ……。
ああ、彼はこんなにも私の考えを見抜き、挙動を見て、その内面を見つめてきてくれるのに。
何で私には彼のことが何もわからないの。
「ええ、つまらない見栄だったわ……それで勝負は受けてくれるのよね?」
「いや、受けない、拒否権を使わせてもらう」
頭が、まわらなくなってきた。
言葉の意味、そう、今彼は勝負を受けないと、拒否すると。
彼に拒否権は基本無いはず、私があまりにも不平等な勝負を仕掛けた場合にはその理由を持って……だけどこんな勝負不平等でもなんでもないのに。
何がいけないの、何が彼を、何が、どうして、どうして――
「どう……して、そんなの認められないわ」
「ならば紫の魔王、『俺』に勝てる勝負を今すぐ一つ提示してみせろ」
――何、この目は。
喜怒哀楽のいずれも感じない、ただまるで私を観察するかのような深い深い黒い瞳。
今彼は何と言った、そう自分に勝てる勝負を提示しろと、提示しなければ、いやでもさっきの勝負を拒否する理由をまだ聞いていない、そう、だけど彼が提示しろと、彼に勝てる勝負、何を、どうすれば、彼の価値を守りながら、彼に勝てるであろう勝負を、思考が混乱して、何がなんだか――
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「あ、主様!?」
崩れた紫の魔王を咄嗟に抱きとめる。
動揺が極端に表に現れ、思考がままならない感じがしていた。
こちらの言葉への反応も悪く、会話も上手くかみ合っていない。
まともでない精神状態ではフェアな勝負にならないと拒否権を使用したがその理由すら勘付いていなかった。
思考能力を試そうと質問を投げかけたのだが、まさか気を失うとは……。
突然のでき事に対応が遅れたデュヴレオリが駆け寄る。
幸いにも敵対行為とは見られていないようで何よりです。
「貴様っ! 一体何をしたっ!?」
「何もしてないっての、気を失っただけだ」
そういいながら紫の魔王の身柄をデュヴレオリに渡す。
デュヴレオリは紫の魔王の容態を確認し、無事なことに安堵の様子を見せる。
「説明をしろ人間」
「説明すんのはそっちだ、紫の魔王は何日寝てないんだ?」
元々口数の少ない上に蒼白に近い肌色のせいで気づくのが遅れたが、明らかに疲労の傾向が見られている。
精神的な物にしてはその動揺の幅が大人しい。
考えられるとすれば、睡眠不足と思うのですがどうでしょうかね。
「それは――」
「少なくとも昨日は寝ていないだろう。緊張で気を失うほどともなれば謎を考えている期間――下手をすれば勝負を挑んだその辺からほとんど睡眠をとっていない可能性がある」
紫の魔王はその能力や見た目からして肉弾戦を得意とした魔王ではない。
ならば金の魔王と同じく身体能力に関しては一般的な範囲であると見てよいだろう。
イリアスの様な鍛錬を積んだ騎士ならば三日三晩の戦闘も可能だがそんな常識外れな奴は置いておく。
「拒否権の理由はこの通りだ、こんな状態の紫の魔王との勝負、そっちに不平等すぎるだろ」
「……そのようだな、だがそれで良いのか人間」
「ヨクスを生かしてくれた礼だ、後日改めて勝負を受ける。今日は静かに寝かせてやってくれ」
ヨクスとデュヴレオリの戦いは一方的だった、ヨクスの強さはイリアスにも負けないと聞いていたのだがそれでも止める間もなく勝負が付いてしまったのだ。
デュヴレオリは持ち前の『頤使す舌』を使うことなくそのスペックだけで圧倒して見せたのだ。
今ヨクスはリリサさんを始めとした皆さんの回復魔法にて治療中、非常に慌しいが命に別状は無いとのこと。
デュヴレオリ個人の判断ではなく、紫の魔王の命令だろう。
正直ヨクスが死んだかと思って内心滅茶苦茶冷や汗かいてましたとも、はい。
「――こちらからも礼を言っておく」
「いいからさっさと連れ帰ってやれ、寝顔を見られるってのはあんまりいい気分じゃないんだからな?」
デュヴレオリは紫の魔王を抱えたまま影の中に消えていった。
しかしまあ勝負を自分の願望の為に使うことと言い、勝負に我を忘れて睡眠不足でぶっ倒れたりと……魔王の方々はどこかしら人間としての機能が麻痺しているようで。
それだけ想われているのだろうか、想われているのかもしれないがそれは紫の魔王が人として当たり前の感覚を持っていないからだろう。
いや、持てなかったのだろう。
悪い気はしないのだが、今後を考えると悩ましいところです。