とりあえずおまかせします。
情報を得た後、最初に取った行動は再び教会に向かうことだった。
山賊同盟の親玉の情報、隻腕の男。
新たに得た情報をマーヤさんに伝えた。これでさらに候補を絞ることもできるだろう。
マーヤさん曰く、間も無く情報が届くとの事で分かり次第伝えに行くとのこと。
情報が届くって、この世界ではインターネットよろしく遠距離での情報交換もできるのだろうか。
どちらかと言うと伝書鳩? 鳩に持たせるには情報量が多そうな気もするが、まあ任せましょう。
そんなわけでその帰り道、イリアスさんと今後の行動について話しながら城下町を歩き兵舎へと戻る。
城下町は活気にあふれ、市場には多くの国民達で賑わっている。
最初に教会に連れて行かれたときには袋詰めであったが、その時を除き二度この道を往復している。
国の繁栄は民の顔を見れば分かると言うが実にその通りだ。
日本の都会で歩く人々の多くが表情が硬く乏しい。
だがこの国は毎日が祭りであるかのように感情で溢れている。
眺めているだけで心の底に活気を分けてもらえるように感じる。
「この国の王様は良い王様なんだな」
そんな言葉が自然と漏れる。
「ああ、当代の王も先代の王も国の為、民の為に素晴らしい治世を行ってくださっている。その国に騎士としてこの身を捧げられる事はこの上ない誇りであり、喜びだ」
そう語るイリアスさんの顔は優しく、民達の活気を眺めている。
「これだけ栄えていれば外からの商人も増えるだろうな」
「ああ、だがそこに悪意を持って利益を得ようとする輩がいる。それを許すわけにはいかない」
「こちらが得た情報にはターイズ領に拠点を持つ山賊同盟一味の拠点の場所、大まかな構成人数があった。既に一箇所を潰した情報は伝わっているだろう。順に潰しては拠点を移動する可能性も上がる。情報を最大限に活かす為には、一度に奇襲を仕掛けないといけない。人手が必要だぞ」
「……私はこの国を護る騎士団、その団長の一人であるラグドー卿の部下にあたる。これからラグドー卿に事の顛末を説明し、ラグドー卿の騎士団員を召集する」
「数は?」
「……三十といったところだ」
少ないな。
先日の山賊討伐時には急な召集と言うことで十名程度だったが、三割近くも来ていたのか。
騎士団内の連携は高そうだが、あまりにも人員が少ない。
「ラグドー卿のと言ったな。他にも騎士団はあるんだろう? そちらへの協力要請はできないのか?」
「できなくはない……だが……」
その表情は苦虫を噛んだかのように、渋いものへと変わっている。
なにやらのっぴきならぬ事情があるようだ。
やはり部隊が違うならば互いへの確執などもあるのだろうか。
「現状の数じゃ足りないだろう? 前回は退路を塞いだ上での奇襲だった。だから山賊達も応戦せざるを得なかったし、逃走しようとした相手も容易に捕捉できた」
他の山賊の拠点は洞窟だけではない。
一部の森の中に小屋やテントなどを建て、小規模な集落として潜伏している。
つまり逃走経路は全方位、確実に対処する為には同等以上の数が必要とされる。
山賊同盟は現在五つの一味が結託している。
一つは先日壊滅した、残るは四つだ。
三つは前回と同様三十人から五十人規模、そして黒幕と思われる隻腕の男の一味は五十人とされる。
四つの集落、およそ二百人近い山賊全てを三十人で追い詰めるのは不可能だ。
「そうだな……第一に考えるべきは民のことだ。体裁を気にしている場合では無い。他の騎士団にも協力を要請しよう」
イリアスさんは賛成したがどうも引っかかる。
まるで協力要請することで何らかの問題が発生するかのような、そんな含みを感じる。
「イリアスさん、その前にいくつか聞かせておいてもらえるかな?」
◇
その後彼と別れた私は一人でラグドー卿の元へ行き、各騎士団の協力を得る為、ラグドー卿に他の騎士団長への伝達を願い出た。
「ふむ、いいだろう。だがイリアス、理解しているのか? 私の隊の者ならいざ知れず他の隊へ協力を求めればどういう事になるか」
「はい。ですが山賊達の数は想像を超える数。今回は上手く情報を入手しましたが再び同じようにいくとは限りません。今を逃せばまた多くの犠牲者が生まれます」
「……そうか。私が後ろ盾をしても良いのだぞ?」
「いえ、ラグドー卿はこの城と国を護る最後の砦であるべき象徴です。既に貴方には此度の機会を与えていただきました、これは私に与えられた試練だと受け止めています」
「しかし……」
「私とて既に一人の騎士としてこの国を護る立場です。いつまでも甘えるわけには行きません」
「そうか、そこまで言うのなら最後まで私は静観しよう」
「ありがとうございます。それでは本日夜に城外の兵舎にて、作戦会議がある旨を協力受理者の代表に伝えていただけるようお願いします」
「此度の山賊討伐は王命だ。城の会議室を使用しても良いのだぞ?」
「いえ、一人外部からの協力者がいるのですが、彼曰く『成り行きで協力しているような外部の者がそうほいほいと城に入るのはいかがなものか』と言い、兵舎を希望したのです」
「なるほど、謙虚なものだな」
「そうだと良いのですが」
「?」
今私がラグドー卿に伝えた彼の言葉に嘘はない。ただ彼はその後こう続けていた。
『その場にいることができないとやりにくいからな』
◇
時刻は夜、兵舎で最も広い部屋にところ狭しと様々な騎士が集まっていた。
イリアスさん、カラ爺さんがこちらの代表。
後は各騎士団の代表が姿を現していた。
部下を差し向けたものもいれば、騎士団長が直々にやってきた隊もある。
前者は正直気にする必要は無く、純粋な協力者と思って良いだろう。
だがこの場に直接やってくる騎士団長様となれば……。
この場所は城に比べれば狭く、小汚いのだろう。
しかめっ面で部屋の汚れを気にしたり、椅子にけちをつけている者もいる。
あの辺が恐らく動くのだろう。よく見ておかねば。
集合を希望した時刻を回り、イリアスさんが立ち上がり話し始める。
「夜分遅くに集まってもらい感謝します。それでは此度の山賊騒動についての経緯、現在の状況を説明させていただきます」
相手には上官と同じ騎士隊長もいるのかその口調は固さを感じる。
そして今までの経緯を説明、外からやってきたこちらの話は適度に端折っている。
しかし、イリアスさんが協力要請を快く思わなかった理由がよく分かった。
カラ爺さん達のようなラグドー卿の隊の者はイリアスさんに対して好意的だった。
だが今この場にいる騎士達のほとんどの目つきが冷めている。
中には全力で感心する者、山賊を追い詰めたことを素直に喜ぶ者もいるが……おい、今舌打ちした奴、覚えておくぞ。
こう怒りを覚えると自分もイリアスさん贔屓によっているんだなと思いつつ、話を聞く。
「そして各拠点の位置を聞き出す事に成功しました。よって明朝を以て全ての拠点に対し襲撃を行う為、各隊の協力をお借りしたいと思います」
「もう発言しても良いかね?」
一人の赤色マントの手が挙がる。
通常の騎士と騎士隊長の違いはマントの質 である。
騎士は隊を象徴する色をマントとして鎧の装飾品としている。
隊長格はマントにターイズ国の紋章が刺繍されている。
ちなみにラグドー隊の色は青緑色である。
「レアノー卿、どうぞ」
「協力に関して、兵力を惜しむつもりは無い。我が国に仇なす山賊共を屠るのだ、当然のことだろう。もっとも中には煮え湯を飲まされた者など、私情を挟む者もいるようだが」
黄色のマントの男がギラリとレアノー卿と呼ばれた騎士団長を睨む。
あー、前任者はあの人だったのね。
「話が逸れたな、失礼。ラッツェル卿、此度の山賊討伐へのラグドー隊の隊員の参加人数はいかほどかね?」
「三十程です」
「ふむ、隊員数が最も少ない隊にしては良く出ているではないか。だが此度我らがレアノー隊は三百の騎士を投入する予定だ。そちらの十倍だ」
「感謝します」
「気にする必要は無い。先も言ったが賊の討伐は、私にとっても早急に解決すべき事案なのだからな。しかし、だ。各隊から集まる大勢の人数を指揮するにあたって、少数の隊が手綱を握っていては不便だとは思わないかね?」
「それは……」
「我らがラグドー隊は少数精鋭の兵達じゃ。一人でも貴公の隊の十倍以上活躍してみせようぞ!」
とカラ爺が割って入るがレアノー卿の余裕の表情は崩れない。
「それは重々承知している。だからこそだ。猛勇の貴公らが戦いではなく、指揮系統に回られては宝の持ち腐れではないのかね? それに我が隊だけでも三百名はいるが、どう統率を取るつもりか?」
「ぬ、ぐ」
「此度の討伐隊の総指揮は最も隊員の多い隊がすべきであろう。さて、他の隊の諸君はいかほど用意できるかな?」
「百」
「七十」
「百八十」
「百二十」
ざっと計算して八百か、十分な数は揃ったようでなにより。
そしてこのレアノー卿、最初からそのつもりで大量に兵を用意してきたな。
「ふむふむ! であれば、此度の山賊討伐の総指揮は私がとっても問題ないだろう?」
「異議は無い」
「同じく」
「レアノー卿であれば問題ないでしょう」
「細かい指示がこちらで出せるなら言うことはない」
黄色マントの男を含め、全員が賛成の意思を見せた。
イリアスさんから聞かされた話、それは彼女が女性であるが故に軽んじられていると言う点であった。
この国では女でありながら騎士を目指すものは少ない。
イリアスさんのように騎士団隊長の椅子に近しいものは尚更である。
イリアスさん自体は軽めに言っていたが後にカラ爺さんに聞いたところ、予想以上に陰湿な物である事が分かった。
女性でありながら国で上位に入る武勇、最古参であるラグドー卿のお気に入り。
男の騎士達から見れば、彼女の躍進は嫉妬の象徴なのだろう。
平均年齢の高いラグドー隊としては、好々爺が孫娘を見守るかの扱いで差別的行為は無いらしいのだが、逆を言えば他の隊はほとんどが青年、壮年の騎士達だ。
今回の山賊討伐は既に他の隊が成果を上げられなかった難問、それを女であるイリアスさんが請け負った。
それに異を唱えるものはいなかったそうだ。
失敗すれば当然の如く非難の口実に利用し、成功しそうになろうものならこうして最大の功績を奪おうと手を出してくる。
いやぁ、器が小さいもんだ。
男だとか女だとか、そんなプライドなんて棄ててしまえばいいものを。
イリアスさんは脳筋ゴリラだが良い騎士だ。
そこに男も女も関係ないだろうに。
まあ、こうなる可能性があると示唆されていた為、既にカラ爺さんと相談し、色々準備を行っていたわけですがね。
「なあ坊主、お主からも何か言ってやってくれんか?」
「ん、そうですね」
「おや、気には止めていたが君は誰かね? 見たところ騎士でもないようだが」
「今回の件での情報提供者です。色々あってラッツェル卿に協力させてもらっています」
「それで部外者が、私が指揮を取る事に何か意見でもあるのかね?」
「そこに関しては別に。伝令に人員を割ける隊がいるならその隊が中心となった方が他の隊との連携も楽でしょうし」
「なっ……」
「なんだ、わかっているじゃないか」
「ただ指揮を執る以上、きちんと情報は把握してもらわないと困りますかね。そういうわけでこれを」
絶句しているフリをしているカラ爺さんをスルーしつつ、用意した羊皮紙の束をレアノー卿へ渡す。
それにしてもカラ爺さん演技派だ。
「これは?」
「先ほど話した山賊の拠点のある位置、そして彼らが使っている移動ルートなどをまとめた地図。他にはそれぞれの一味の情報などをまとめた資料です」
レアノー卿はパラパラと資料の確認をしている。
「ほう、これは良いな。森や山に入る際に進行が楽なルート、おおよその見張りや斥候の巡回ルートまで記載されているのか」
「せっかく苦労して聞き出したこれらの情報を無駄にされて、闇雲に突撃されるのは避けて欲しい所ですね。意見としてはそんな所です」
「なるほどなるほど。確かに貴公らの努力は使ってやらねば失礼と言うものだな。しっかり使ってやろう」
「こちらに大き目の地図も用意してあります。せっかく各隊の代表もいらっしゃってますし、この場で他の隊のルートも決めておいてもらって良いですか?」
そう言って大きめの地図を取り出し机の上に広げる。
「準備が良いな。手間が省けて助かる。では手早くすませるとしよう」
「レアノー卿は首謀者がいると言われてるこの拠点を中心としますよね?」
「無論だ、危険を冒さぬ臆病者の隊ではない」
良く言う。功績が欲しいだけだろうに。
「では後は他拠点にそれぞれ割り振るとして、ラッツェル卿率いるラグドー隊はどこの隊と組ませます? 組みたい方いますか?」
そう言って全員に目配せするが返事をするものはいない。
まあ、こう言うリアクションを期待していたんだから助かるだけだ。
「では交易路付近で後方支援として待機。万が一戦況が厳しい隊がいた場合、レアノー卿の隊員に伝令を頼んで動けるようにしておけば人員補強もスムーズでしょう。良いですかレアノー卿」
「もちろんだとも」
「他の方々も異論はないですね? ではそれぞれの拠点への配分をお任せします」
今度は全員が頷く。余程の窮地が無い限り、呼ぶことなんて絶対ないだろう。
こうして作戦会議は淡々と進み、各代表はそれぞれの編制を行う為その場を後にした。
「さて、こちらも準備を進めるとしよう」
「……」
イリアスさんは渋い顔だ。
そういえば詳しい話はカラ爺さんにしかしてなかった。
任せろと言っておきながら後方支援に回されたのだからそれもそうだろう。
「カラ爺さん、今のうちにラグドー隊の面々に秘密作戦の内容を伝えておいてもらえます? こっちはイリアスさんに説明しておきますので」
「おう、任せとけ!」
「秘密作戦?」
「ああ、先に戻ってから色々考えてカラ爺さんと一緒に考えた悪巧みさ」
そして作戦内容を話す。
「君は……本当に悪知恵が働くんだな」
「相手が悪知恵を働かしていたから五分だよ五分。それにきちんと旨味は残してあげているんだ」
計画通りに事が運んだことで口がにやける。
その顔を見たイリアスさんにドン引きされるのであった。