まず喋りすぎ。
「勝負に則ってフォークドゥレクラとの一騎打ちを行わせたいのだけれど……その前にお茶をしていかないかしら?」
との紫の魔王の提案だったがこれを了承。
フォークドゥレクラとの勝負に当たって知人たちには普段どおりの行動をするようにとの条件があったためにそれぞれが今国内にいる状態だ。
夕暮れには勝負が付くだろうとの見込みだったが時刻はまだおやつの時間にすらなっていない。
奴が逃げる可能性も考慮したが紫の魔王からは流石に逃げられないだろう。
そんなわけで暇潰しと言うことでお茶に付き合うことにした。
現在は客間にてエクドイクと金の魔王と一緒にくつろがせてもらっている。
「しかしの、『紫』の居城で悠長に茶とは御主も豪胆になってきたではないか」
「危険な場所であることには変わらないだろうが金の魔王と同じでルールは守ってくれるタイプのようだからな。そこは今のところ信用しているさ」
「そりゃそうじゃ、人間と違い魔王は数えるほどしかおらぬ。約束を違えると言うことは他の魔王全員からの信用を失うことに等しい。それを行って痛手にならぬのは『黒』と『碧』くらいなものじゃ」
地球では直接あったことの無い相手にも簡単に意思や言葉を投げかけることが可能だ。
関われる他人の数は圧倒的に多い、一人との関係が悪化したところで大した問題ではない。
むしろそれがどうしたと強気に他者への不義理を働けるような世界となっている。
だがそれが職場や所轄内、学校内やクラス内、と狭まるにつれてその人間関係の維持には神経を使うようになってくる。
今後関わる、世話になる相手に対しては自分の不利益に直結するからと慎重になるのだ。
無論それでも人間関係を気にしない者はいて、そこから虐めやら孤立、内部分裂などの症例は生まれてくる。
大きな理由として相手を脅威と思わないことが挙げられる。
極端な例で言えば銃を頭に突きつけてくる相手に勝算も無く罵詈雑言をぶつけ殴りかかる人間はいない。
前例は無いわけではないがそういった人間は既に生物として生存する機能が壊れている。
魔王というコミュニティも同様だ。
ユグラによって世界に強大な影響を与える特異な力を得た者達、不老不死であり互いに完全に滅することが難しい。
そんな相手から信用を完全に失うことは未来永劫に渡る敵を生み出すことに他ならない。
人生に刺激を求めている紫の魔王とて金の魔王とは小競り合いをしようとしていたが他の魔王を敵に回すような真似は控えていた。
それほどまでに狭い関係であり、影響力が大きいのだ。
ただ別の方向から見れば紫の魔王にも人並みの危機管理能力は残っているとも取れる。
この違いは大きい。
「さあ、お待たせしたわね? お茶と茶菓子をお持ちしたわよ?」
紫の魔王が腕に大きな盆を乗せたデュヴレオリと共に現れる。
盆の上にはティーセットとバスケットが乗っている。
デュヴレオリがてきぱきと準備を済ませ、テーブルの上にはお茶の用意が整っていく。
用意されたのは金の魔王とこちらの分、エクドイクは先に断っていた。
焼いただけの簡単な茶菓子、砂糖は使われていないため傍にはジャムの様な赤い液体が用意されている。
しかし形がやや歪に感じる、焦げた箇所はさほど見られないのだが……ひょっとして。
「頑張って用意したのよ? 召し上がれ?」
「手作りか……」
先の勝負が記憶に残る、とは言え前回ほどの惨状になりそうな予感はない。
早速ジャムらしき物体に焼き菓子をつけて一口。
焼き菓子にはほとんど味が無く、代わりにジャムの甘さがかなり強い。
しかし食べられない味ではない、普通である。
「……甘いな」
「お茶も一緒にどうぞ?」
言われて一口お茶を、甘すぎるジャムが砂糖の変わりになって程よい甘さになる。
金の魔王は警戒してかこちらの様子を見ていたが普通に食べられると判断したのか同じように食べ始める。
「どうかしら? 嘘偽りなく感想を述べて欲しいのだけれど?」
「不味くはない、格段に美味しいとも言わないが普通にお茶の時間として貰えたなら十分にありがたいと思う」
「貴様、なんだその態度は!」
「デュヴレオリ、口を開いて良いとは言っていないわよ?」
激昂したデュヴレオリを諌める紫の魔王、あまり良い評価ではないのだが結構満足そうだ。
「ただ前回の勝負の時の腕前からすれば凄い進歩だ、頑張ったんだな」
「……ええ、ありがとう」
勝負から三日、大悪魔が気を失う味から普通に食べられる味まで進歩したと思えばその進歩は素晴らしい。
飯が不味い系の個性は個性と認めない人種だけにここは素直に評価したい。
「のう、妾の分が妙に少なくないかの? 形もより歪じゃし」
「貴方の分を出してあげるだけ感謝なさい? それとも悪魔達に処理させている分でも食べたいのかしら?」
ここまでの過程にできた物は悪魔達が処理していた模様、スタッフ達の奮闘に心の中で敬礼。
「それで、貴方達からは誰をフォークドゥレクラにぶつけるつもりかしら?」
「少し悩んでいる、人に成り代わり騙すことに関しては欠陥が見つかったわけだが戦闘ともなれば話は別だ。基本性能が並び、魔力の差では『駒の仮面』がある奴の方が高い」
エクドイクによる分析によると現状『駒の仮面』で強化された大悪魔に拮抗できる魔力を誇っているのはイリアスとウルフェ、ラグドー卿とグラドナくらいなものだ。
技まで同等に使えるのならば魔力の差による持久戦ともなるがフォークドゥレクラにその辺の対策が無いとも言い切れない。
「まてよ、自分自身になるならこっちになって貰えれば魔力に頼れない非力な人間同士の戦いにできるな」
「御主よ、その場合変身せずに戦えば良いだけではないのか?」
「それもそうだな」
一瞬名案と思った自分が恥ずかしい、真顔で切り抜けたからよしとしよう。
「話は変わるが紫の魔王が最初に名乗っていたユカリと言う名前は湯倉成也から教わった言葉か?」
「ユグラは今でも聞くけれどナリヤの響きは懐かしいわね? ええそうよ、確か紫と言う言葉を貴方の世界で発音したときの響きなのでしょう?」
「ああ、他にもムラサキとかシとか読むけどな。呼び方に好みはあるのか?」
「ユグラから教わった名前に未練なんてないわ、『紫』か紫の魔王で良いわよ?」
「そうか、そうさせてもらおう」
「思えばユグラの星の民がいると言う地にその名を名乗るのは安易過ぎたわね?」
「ほぼ確信を得たからな、実際の名前は違うんだろう?」
「ええ、だけど私達魔王には名前はないのよ? 蘇生魔法の対価として記憶から、歴史から消えてしまったのよ?」
ふむ、新たな追加設定か。
蘇生魔法は死者を蘇らせ魔王にする。
不老不死となるが同時に本来の名前を失うとのことか……それってあれだよな。
「と言うことは『籠絡』の力って魔王には使えないんだな」
「ええそうよ? でも代わりにユグラからはその力に関連する詳細な知恵を与えられているわね?」
魔物の力を引き出す『駒の仮面』がそうなのだろう、二段階のクラスアップは強大だが本来の与えられた力と比べればパッとしない。
いやまあすっげー強いんだけどね。
「貴方も私の魔族になれば制約無しで『駒の仮面』を与えるわよ?」
「それを決めるのは勝負次第だろう……制約が無いってことは付けることもできるんだな」
「ええ、大悪魔達は素直じゃないのよね? だから忠義の程度に応じて『駒の仮面』の力を調整しているのよ?」
「デュヴレオリが特にその制約が緩いって見ているが、どうなんだ」
「ええ、デュヴレオリは私の要請に即座に応じた聞き分けの良い大悪魔。そこにいかなる感情があれど従順なのは評価しているわ? だから『駒の仮面』の最大限の力を引き出せるのはデュヴレオリだけね?」
他の大悪魔と比べ格の違いを感じていたのはそこからか。
そして今は紫の魔王の護衛としてここに立っている。迅速な決断力が見事に功を奏していると言った所か。
デュヴレオリとも最終的には対決する羽目になる。用意しておく必要があるだろう。
時刻は夕方過ぎ、場所は再び城壁の外。
フォークドゥレクラと相対するのはラクラだ。
色々悩んだのだがふとラクラに相談した所『それって大したことありませんよね?』と軽い返事。
本当かよと思いつつラクラを選ぶことにした、本人は自分が働くことを嫌がったので地球産の手料理一回で手を打った。
ベグラギュドを屠ったとされるだけあってかフォークドゥレクラは警戒心を見せている。
対するラクラは欠伸をしている。
一応『駒の仮面』やら奴の特徴とかを説明したのだが、本人は知らぬ顔である。
紫の魔王はさして変わった様子は無いがデュヴレオリのラクラに向ける視線もやや観察を目的とした感じが見受けられる。
一方熱い視線を向けているのは言うまでも無くエクドイク。
「貴様があのベグラギュドを倒した女か、貴様を倒せば我が名声が上がるだけでなくベグラギュドの残した土地も支配しやすくなるだろうて。精々無残に死んでもらうとしよう」
「はあ、そうですか」
「それでは、両者構え! 始めっ!」
デュヴレオリの開始の合図と共に距離を取り、すかさず背中の鏡をラクラに向けるフォークドゥレクラ。
一瞬の閃光、そして奴はラクラと寸分違わぬ姿へと変身していた。
「ほう、肉体としては虚弱だが魔力の潤滑が恐ろしいほど早い。使える浄化魔法の数も質も見事! なるほどこれならベグラギュドを倒せたと言うのも不思議では――」
とそこまでの台詞は聞こえたのだが、次の瞬間に変身したラクラの胴体が二分割される。
ラクラの得意技である結界を利用した切断術だ、
「――えっ、ちょっ、まっ」
命乞いをしようとしたのだろうか、しかし言葉を出す前に全身に線が入るのが見えた。
知った顔がミンチになるのは流石に見たくないと咄嗟に視線をそらした。
断末魔すらなく、肉片が地面に落ちる音が微かに響く。
「人の姿で死なれるのも嫌なものですね。あ、元に戻りましたね」
その声で恐る恐る視線を戻すとフォークドゥレクラのいたであろう場所には煙が発生しており、何らかの残骸が消えていくところであった。
全員が言葉を失っている、僅か数秒で大悪魔の一柱が死に絶えたのだ。
背伸びをしながらラクラがこちら側に戻ってくる。
「終わりましたよ尚書様、さあ約束は守ってもらいますからね!」
「あ、ああ。それにしてもお前自身に変身したのに全く意に介さなかったな」
「私に変身するなら私が防げない速度でささっと倒せばいいだけじゃないですか。殺し合いの真剣勝負の最中に背中を向けて、変身後も悠長に喋ってたんですから」
ラクラ曰く、最初に距離を取られた後に即座にフォークドゥレクラの周囲に巨大な結界を設置。
変身後にさっさと二等分、動きが封じられたのを確認して残りの結界内部に線をいれて更なる分割処理。
以上で終了である。
体を切断された衝撃でフォークドゥレクラは抵抗する為の魔法構築を行う集中力が奪われ無抵抗のまま殺されてしまったのだ。
変身前に終わらせられたが、変身後に体の調子を確認する作業もあり、肉体的な防御力も落ちるだろうとあえて変身させたとのこと。
ラクラの強さ、それは魔法の発動速度や術の質と量だけではない。
戦闘時における判断に一切の躊躇が無いのだ、殺すと思い武器を振るのではなく殺すと思いながら武器を振るっている。
しかも大悪魔と対峙したのにそのことに対する動揺も、警戒もなにもない。
ただ少し硬いだけの魔物一匹を冷静に処置しただけに過ぎない。
エクドイクの育ての親であるベグラギュドを殺した記憶が無いと言っていた理由もはっきりと分かった。
確かにこんなに一瞬で仕留めていては記憶にすら残るまい、観察することも会話することも無く作業として処理したのだから。
いくらフォークドゥレクラが同じスペック、さらにはそれを凌駕する魔力を保有していたとしても戦う者としての格が違いすぎた。
「どうかされましたか尚書様?」
「いや、希望はあるか?」
「あのお芋のなんでしたっけ、ピュアとかそんなのが欲しいですね!」
「ピュレな、あれバターがないと作れないからな。次の時に作っておくとしよう」
「わーいっ」
ラクラは先日の黒狼族の森へと続く洞窟の悪魔殲滅の際も驚くほどの戦果を挙げていた。
それこそ女性は下がっていろと言わんばかりのレアノー卿が言葉を失うほどにだ。
こと戦闘に対する心構えだけならばイリアスよりも上かもしれない。
その集中力とかを普段からもう少し他の事にも回せていればラクラの評価も高かったのだろうが……本人が地位や名声に興味が無く、やる気も無いので仕方が無い。
せいぜい実力相応の地位が得られるようにこちらでこっそり支援することに努めるとしよう。
なおエクドイクは腕組みをしてうんうんと頷いていた、今回の戦いでほぼ全ての大悪魔にベグラギュドを倒したラクラの実力を見せ付けることができたのだ。
人間界での評判は今後の課題だがメジス魔界におけるベギュラギュドの立場は『駒の仮面』を装備した大悪魔すら瞬殺するほどの実力者に敗れたと言うものとなったのだ。
少なくともベグラギュド単体を侮辱する者はもういないだろう。
良かったねエクドイク。