まず新手。
地面に残った腕も煙を上げて消滅していく、ググゲグデレスタフは完全に消滅したようだ。
エクドイクは周囲に残った鎖を回収し、元の腕を覆うサイズにまで戻してこちらの元へ。
「これで溜飲の一つは下がった、機会を与えてくれた同胞に感謝する」
「お、おう。しかしお前強かったんだな」
ググゲグデレスタフの強さの程は十分に伝わっていたが、終わって見れば圧勝である。
スペック差だけで言えば向こうが上手だったが戦い方の巧さが歴然であった。
なんでこいつはラクラに負けたのか、相性って大事なんだなー。
「何を言っている、このラクラ=サルフと戦った時にはもっと必殺の奥義を使っていたぞ」
「人を指差しながらこのと言いつつフルネームは止めてください」
最高の硬度、触れた相手の肉と骨を溶かし、体内に猛毒と呪いを嫌と言うほど流し込むとか言っていたな。
まあ当たらねば意味はないのか、ラクラは常時結界で身を守っているから油断もなにも無かったのだろう。
「でもさっきの眼は使っていなかっただろう?」
「使っていたぞ、無力化されていたがな。これは戦闘において一切の油断が無かったぞ」
「ふふん、当然です」
……ラクラ、恐るべし。
冷静に考えれば『盲ふ眼』を持ったベグラギュドを他の悪魔と同じように屠ってるわけだから対策くらいできても不思議ではないのか。
虫乗せられて泣いてた奴とは思えんな。
胸を張って自慢げなラクラを無視して紫の魔王の方との会話を始める。
「これでまずは一勝、次の勝負を決めよう」
「ええ、そうね?」
紫の魔王が地面に手をかざすと彼女の服の一部が蠢き、体を離れ小さな机となる。
――これも悪魔なのだろうか、と言うことは彼女の服全てが……全裸に悪魔でも纏ってるのだろうか、考えてみると凄い話だな。
紫の魔王は以前使ったカードを再び並べる、今度は十枚。
こちらは特に迷わず一枚を選択して裏返す。
「『偽者探し』……なんだこりゃ」
「あら、それを引いたのね? フォークドゥレクラ、貴方の出番よ?」
紫の魔王の影から一人の男が現れる、『駒の仮面』をつけていることは同じだが人としての姿が巨大だったググゲグデレスタフとは真逆で小柄な男だ。
「『空目する背中』フォークドゥレクラ、ここに」
「最初に貴方の力の説明をお願いね?」
「御意に」
フォークドゥレクラの姿が一瞬揺らいだように見える。
そしていつの間にか悪魔の姿へと変化している。
しかし小さい、中級悪魔のそれに近い。
「同胞、見た目に惑わされるな、『空目する背中』フォークドゥレクラは大悪魔の中ではその魔力や身体能力は低いとされているがその分知恵が働く、我が父が気をつけるべきだと言っていた大悪魔だ」
「ベグラギュドからそこまで買われていたか、それは重畳。では我が力をお見せしよう」
フォークドゥレクラがこちらに背中を向ける、その背中を視界に入れたことでその異質さを理解する。
奴の背中には、禍々しい額縁に飾られた背中と同じ大きさの鏡が張り付いているのだ。
そして鏡がエクドイクへと向けられたと同時に鏡が眩い輝きを放つ。
「……うお、眩しくなるなら先に言えよ」
一瞬の閃光に目が眩み焦ったがすぐに視界は元に戻る。
しかし先ほどの光景と明らかに違う点がある、エクドイクが二人いるのだ。
「これは……鏡に映した対象になりきる能力なのか?」
「ええ、フォークドゥレクラは対象の姿を完全に模倣する能力を持つのよ? 声も匂いも、魔力の波長さえ変化させられるの、凄いでしょ?」
エクドイクが共に静かに見詰め合っている、先ほどの位置を覚えていなければ特定することもできないだろう。
「どうだエクド、自分で見て差異は感じるか?」
「――声を掛ける相手を間違えてるな、人間」
エクドイクと思った方の姿が揺らぎフォークドゥレクラへと変身する。
いや、そんな筈は……さっきこの場所には本物のエクドイクが……入れ替わったのか。
「我が力は姿形を真似るだけでなく、位置の交換も任意で行える。いかがだったかな?」
「凄いもんだ、しかしエクドは入れ替えられたのに一言くらいリアクションを取ればよかったのに……エクド?」
エクドイクは何も言わずに立っている、静かにフォークドゥレクラを見つめていたままだ。
ちがう、これは動けていない――
「失敬、フォークドゥレクラの力を見せる際にすぐに反応されては困りましたので私が動きを止めさせていただきました」
そういってデュヴレオリが指を鳴らすとエクドイクがハッとしたように動き出す。
すぐさまデュヴレオリを睨む。
「貴様、良くも――」
「ですから失敬と、ググゲグデレスタフの無様さがあまりにも酷いものでしたから少々大悪魔の本来の力と言うものを誇示させていただきました」
大悪魔であるググゲグデレスタフに圧勝したエクドイクをあの一瞬で動きを封じた、エクドイクが油断するような人間とは思えない、つまりデュヴレオリの実力の高さと言うことになる。
『駒の仮面』で強化された大悪魔の存在に驚きつつもエクドイクの活躍で安堵した矢先、その安堵を払拭してきた。
やはり一筋縄でいく相手ではないようだ。
「三日後にフォークドゥレクラが貴方の知る人物の一人に成り代わるわ? 貴方はそれを見つけるの、ただし回答権は一回よ? 制限時間は正午から始め、日没までにしましょうかしらね?」
知り合いに変装するから見つけろ、偽者探しとはそういう意味か。
しかし姿形、声まで変化できると言うのは厄介だ。
ファンタジー世界の住人じゃないから魔力の感知とかはできないんだよなぁ。
「この三日間は貴方の準備期間だけじゃなくフォークドゥレクラの準備期間でもあるわ? 上手く変装できる様に数人の動きを観察すると思うのだけれどそこで手出しをしたらダメよ?」
「日常に介入してこなけりゃ文句は言わないさ」
こうして第二の勝負が決定し解散、マリトの元へと向かうことになった。
「それで無事一体目の大悪魔を倒したのかい、メジスには連絡を入れておく必要があるね。俺個人としては君の作った料理を食べてみたいところだけどね」
マリトは初戦の勝利を喜んでくれる、ウルフェとラクラ、グラドナは一旦帰宅。
イリアスはラグドー卿と鍛錬中だったようで合流はなし、ちらりとみたがイリアスはかなり疲弊していた。
あのイリアスが疲弊するとはなかなかに恐ろしい特訓なのだろうか、考えたくは無い。
そんなわけでここにいるのはマリトとエクドイク、ミクスもいるのだが置物である。
「ただ注意すべきは『駒の仮面』だろうな、魔物の格を二段階も上げるアーティファクトなんてズルも良い所だ」
「魔物は元々獣と比べて魔力保有量が高い、悪魔はさらに高く、その最上位の大悪魔がさらにと来ているからね。ユニーククラスの二段階上位って下手をすれば魔王の域にも届くのかもしれないね」
「単純な身体能力だけならそうかもしれないな、比較対象が金と紫の魔王だけだから何とも言えないが。エクドイク、デュヴレオリに何をされたのかは理解できたのか?」
「見当は付いている、奴は『頤使す舌』デュヴレオリ、奴の言葉には他者の行動を縛る力があると言われている。あの瞬間奴の声で『動くな』と聞こえた」
人を言葉の通りに操る力か、レジストできる可能性も高いが戦闘中であれど行動に妨害が入ってくるのは厄介な相手だろう。
大悪魔達はどうも体の部位のいずれかに特異な力を持っている模様、二つ名に含まれている部位には要注意と言った所か。
「それで、次の勝負に関しては勝算はあるのかい?」
「そこは何とかできるとしてもその後の大悪魔との一騎打ちが問題だな。勝てれば良いが負ければその場で大悪魔が強大な力を得たまま逃げ出す恐れがある。気紛れな奴ならこのターイズの害にもなりかねん」
「メジスからの応援が着けばその辺の対策も練れる、とは言えあと四日は掛かるだろうね」
「同胞が勝てるのならば俺一人で残りの大悪魔全員を倒せば良いだけだ」
「あのなあ、お前の戦い方は技巧に頼ってるんだ、残り十回も手の内見せたら対策されるだろうが。力のごり押しが通じないことはお前がググゲグデレスタフを倒したことで全員理解してるんだぞ」
「――ならば残りは全部ラクラ=サルフにやらせるか」
「何戦かは良いと思うがな、流石に全部押し付けたら奴は逃げる」
「確かにな……」
大悪魔のスペックは高い、同じ人間で何度も戦えば対処されてしまう可能性もある。
イリアスとラクラは採用するとしても他の面々の実力も確認しておく必要があるだろう。
この辺の手順も踏まえてマリトと相談を開始する。
しばらく話を進めていると一人の兵士がやってくる、城の内部にいる見張りの兵だ。
騎士ではあるのだがどの隊にも所属していない、何て名前だったかな忘れた。
「失礼します、陛下にお会いしたいと言われる方が城門前におられるのですが」
「その者は手形を持っていないのか、今日は誰とも会う予定は無い筈だが」
「それが……その……自分はガーネの国王だと……黄金色の亜人です」
そんな馬鹿なと思いつつもその人物を執務室に通したマリト。
そして現れたのはモフモフ尻尾の金色狐娘、ガーネ国王兼金の魔王。
相変らずのご立派な尻尾だことで。
「おお、御主もおったか! 遠路遥々妾の出迎えしてくれたのであろう、愛い奴じゃのう!」
「マリト、この国の警備見直せよ」
「そうだね……」
自分が知る限りこの国にやってきた招かれざる者達のリストを上げるとするとだ、他国の暗部、裏社会に生きる冒険者達、魔王の犬、大悪魔10体以上、そして魔王二人。
この国の門番が仕事をしたのは異世界人を捕らえて牢屋に入れたくらいなのではないだろうか。
「それで金の魔王、招かれざる貴様が我がターイズに何用だ。今は立て込んでいるのだからさっさと帰って欲しいのだがな」
「なんじゃ客人に対してその態度は、ターイズの賢王の器は小鉢か何かかの?」
「そうか、雌雄を決したいのであれば応えてやるとしようか『黄』の魔王」
「望む所じゃ!」
「うるさい、後にしろ」
「ひょぅわっ!?」
金の魔王の尻尾の根元をごりっと鷲掴みにする、ちなみにこのポイントは非常に感覚が繊細なので撫でられることを嫌がる箇所だ。
当然非力な異世界人の握力でも非常に痛い思いをさせられる。
「お、おおお、御主、やって良いことと悪いことがあるぞ!? せめて優しく掴まぬか!」
「変な声出されても嫌だからな、それで何しにきたんだよ」
「むぅ、実はうちの国民に悪魔に接触されて情報を抜き出された者がおっての。どうも御主等のことが紫の魔王に勘付かれたようなので警告しに来たのじゃ」
「遅い、もうとっくに遭遇してるし勝負してるわ」
「なん……じゃと……」
驚愕の顔をしていた金の魔王にこれまでの経緯を説明する。
来客用ソファーの上に座っているのだが、隣に座ってくれず人の膝の上を定位置にしてくる。
「ふーむ、あの紫の魔王がそうなったとはの。あれも妾と同じく乙女と言うことじゃな」
「お前よりも数段色っぽいがな」
「ふんすっ!」
「尻尾で叩くな、と言うより一人で来たのか? ルドフェインさんくらいは一緒に来ても良かったんじゃないのか」
「最初はそうしようと思ったのじゃがルドフェインの奴め『良いわけないでしょう』と許可してくれんかったのじゃ」
「そりゃそうだろうね、しかし無用心にも程があるだろうに。ガーネ城じゃなければ自動防御の結界も使えないんだろ?」
「んっふっふっふっ、そう思うじゃろ? エクドイクよ、軽く妾に攻撃してみるが良い」
「ああ、良いだろう」
そういってエクドイクは無造作に鎖を金の魔王に向かって射出する、しかしその鎖は金の魔王に触れる寸前で止まる。
これはガーネ城でも見た物と一緒だ、つまりは遠く離れた地でも同様に防御結界が機能していると言うことになる。
「ガーネ城じゃないと使えないと言う設定はどうなったんだよ」
「基本はそうじゃ、しかし色々と弄って遠隔でも同強度の結界を張れる様にしたのじゃ」
「そんなに簡単に弄れるものだっけ」
「ひとえに愛の力じゃ、無論制約もある。いつもはガーネ城に貯蓄してある妾の魔力でほぼ無尽蔵の結界が張れるのじゃがこの田舎では妾本人の魔力を消費する。有限性となるわけじゃ」
「つまりイリアスに延々と殴らせればそのうち死ぬってことか」
「否定はせぬが容赦なく妾を仕留める方法を考えるのは止さぬか」
「そんなことはしないさ、今仕留めてもガーネが混乱するだけだし復活するだろうしな」
「せめてそこは愛しい妾を手に掛けるのが辛いとか言って欲しいの」
金の魔王単体ならさっさと仕留めたい方は多いのだが今コイツを亡き者にすると困るのはガーネである。
既に時代を先取りした政策で成功を収めているガーネではあるのだが、ここで金の魔王を失うと前にも進めず、発展した分後退もできないと言う非常に不安定な国家になるだろう。
ある意味では世界最大の人口国を人質に取っているようなものだ。
「しかしの! 勝負の景品が御主とはどう言う了見じゃ! 妾とて御主が得られるなら勝負を仕掛けたいぞ!」
「もうお前とは決着しただろう、それとも約束を反故にする気か?」
「それもありじゃ――いや、やらん。その目はやめい、地味に怖い」
「裏切り者には容赦しないからな」
「ひぃっ」
紫の魔王は人生に色を感じていない、金の魔王は人生に現実味を感じていない、それぞれ過酷な人生と湯倉成也に与えられた力のせいでその辺の感覚が麻痺してしまっているのだろう。
紫の魔王についてももう少し情報を得る必要があるな。
「それで、もう情報は聞いたし帰っていいぞ」
「せっかくじゃからこの国にしばらく滞在する予定じゃぞ?」
「どこに住む気だよ、うちは既に部屋が満員だから置けないぞ。マリトの方は――」
「ガーネ国の意思に反してやって来た他国の者を持て成すことはできんな、隠れて匿えば外交問題になる」
「だそうだ」
当然ミクスも受け入れる気はない。
金の魔王は額から汗を流しつつしばらく考え、こちらを上目遣いで見てくる。
「……のう御主、妾はの、とても抱き心地が良いのじゃぞ?」
「生憎ウルフェの毛並みの誘惑に勝るほどには一人で寝る安寧を求めているんでな。そうだエクドイクの洞窟はどうだ?」
「既に獣達で満杯だ、これ以上の獣はいらん。紫の魔王の宿にでも転がり込んだらどうだ」
「妾の命が危ういわ!」
「そっか……ああ、昔の知り合いが橋の下に住んでいたんだが今は空いていると思うがどうだ」
「泣くぞ、妾がみっともなく泣くぞ!?」
結局イリアス家のウルフェの部屋に相部屋になることで決着した。
最初は悩んでいたウルフェだが、金の魔王の尻尾が持つ誘惑に負けてしまったようだ。
昼寝の時くらいは良い枕にはなると思うんだがな、あの尻尾。
12月12日 うっかり紫の魔王達の前でエクドイクと呼んでいた箇所を修正しました。