まず仮面の強さ。
意識がはっきりとする、目に映るのは大きなお山二つ……。
「あら、気がついたかしら?」
現状の把握、どうやら料理を食べた後意識が飛んでしまい気絶していたようだ。
そして今長椅子に横になり紫の魔王の膝枕を受けていると……飛び起きたいけど頭が埋もれそうで動けない。
「ああ、どれくらい気を失ってた?」
「十数分くらいかしらね?」
紫の魔王が顔を上げたタイミングにあわせてこちらも起きる、掠ったが余計なことは考えないようにしよう。
目の前にはホッとしているミクス、エクドイクとウルフェもこちらを静かに見つめている。
遠くには調理用の酒を飲んでいるラクラとグラドナが見えたが無視。
どうやら一部の面子に心配を掛けた様だ。
「いやぁご友人が気を失ったときは焦りましたよ!」
「ししょー、あれはたべものじゃないです」
ウルフェがぷるぷるしている、味見してしまったのだろうか。
哀れに思っていると紫の魔王が改めて向き直る、いつの間にか背後には大悪魔二体も揃っている。
「さて、これでようやく勝敗の結果を実行できるわね?」
「くっ、主様の料理が敗北するなど……」
「そう思うなら全部食べてから言いなさい?」
「……元はと言えばググゲグデレスタフ、貴様が先に票を投じないからだ! 貴様が先に主様に投票していればまだ勝機はあったというのに」
いや、それはないわ。
デュヴレオリ、お前も気絶していたから偉そうなことは言えんぞ。
「――茶番の結果にどうこう言われる覚えは無い、紫の魔王よこれで俺は自由になるのだな?」
ググゲグデレスタフが威圧するように紫の魔王に詰め寄る、紫の魔王は表情一つ変化させることなく静かに答える。
「ええそうよ? 貴方はこれから駒としての最後の役割を果たす、彼等と戦いその結果にかかわらず貴方は得た力を持ったまま自由となる――今後私は貴方の生き方に干渉しないと約束してあげるわよ?」
半ば強制的に連れて来られた大悪魔達が素直に従っている理由はそれか。
紫の魔王は何らかの方法で奴等に力を与え、今回の勝負の駒になることを命じた。
紫の魔王が負ける都度に一人の大悪魔が正面切っての戦いを受けさせられる。
だがこの勝敗に関係なく彼等の責務は終わる、新たな力を得て帰ることができる。
こき使われることを除けば悪い取引ではない。
「良いだろう、では人間共よ俺に挑む者を選べ。別に全員掛かりでも構わんがな」
「あら、強気ね? でも正々堂々と戦わせると言った手前そちらも一人が筋よね?」
正直全員掛かりでやりたかったがそこまで甘くは無いよな。
少なくとも大悪魔とだけあってその実力は本物だろう、ユニーク討伐経験のある人物を考えればラクラかグラドナが安定だ、ミクスの実力はあまり詳しく知らないしウルフェの成長度合いもわからない。
エクドイクは同じ大悪魔から指南を受けている立場、やや厳しいか。
そう思っているとエクドイクが前に出てくる。
「同胞、この勝負俺に任せてくれないだろうか。ググゲグデレスタフとは多少なりとも因縁がある」
「エクド……あったのか、因縁」
「ああ、そのググゲグデレスタフは我が父ベグラギュドの死を嘲笑った許せぬ相手の一人だ」
大悪魔でありエクドイクの育ての親であるベグラギュド、その悪魔は広大な土地を支配しており他の大悪魔にも一目置かれていたのだがラクラによって討伐された後にその評価はずたぼろになっている。
無名だったラクラが相手だったと言うのも理由の一つだが他の大悪魔達の誹謗中傷も影響が大きかったのだろう。
「ベグラギュドだと? さては奴が戯れに育てていたと言う人間の小僧か。メジス魔界から姿を消したとは聞いていたがよもやこんなところにいたとはな! 名の知られていない聖職者の下っ端風情に殺された大悪魔の面汚しの名残がこのググゲグデレスタフの前に立ちふさがるだと?」
ちなみにその聖職者の下っ端はお酒を飲んでいます。そろそろシリアスに入るのだからしゃんとして欲しい所ではあるんですがね。
しかしそういうことでは仕方ない。エクドイクにも勝機はあるのだろうし任せてみるとしよう。
大悪魔達は何らかの力を与えられていると見て良い。それは恐らく奴らが被っている仮面に関係していると見た。
さすがに大悪魔揃って同じ仮面を装備しているのは目立つしな。
「一騎打ちの勝敗に関してはこちらから参ったを言えばそこで終わりにしたいんだが」
「そうね、こちらは大悪魔と貴方達の好きにさせる予定だけどそれだけは認めてあげるわ? 聞こえたわねググゲグデレスタフ」
「ふん、良いだろう。だがその言葉が遅れた場合の文句は聞かないがな」
大悪魔の戦闘速度を考えると確かに難しいかもしれない、ミクス辺りに素早くケアに移れるように頼んでおこう。
こうして場所を移動し城壁を背景にしてエクドイクとググゲグデレスタフの勝負が始まる。
「開始の合図は私デュヴレオリが行わせていただきます、両者構え!」
エクドイクは両腕をだらりと下げて地面に鎖を広げていく、対するググゲグデレスタフはその姿を異形の大悪魔へと変貌させていく。
恐らくはあれが本来の姿、散々見た他の悪魔達よりも大きく、そして禍々しさを感じる。
注意すべきはあの禍々しい爪が並んだ左腕だろう。
「始めっ!」
デュヴレオリの合図、そして同時にエクドイクの姿が消え背後の城壁で爆音が響く。
視線を移してようやくその意味が理解できた。
ググゲグデレスタフの腕が異様なまでに伸びている、それこそ今立っている位置から城壁まで届くであろう長さだ。
あまりの速度に目が追いつかない、音すらも遅れて聞こえていた。
つまり音速以上の速度でエクドイクはあの左腕に――
「ふん、つまらぬ相手だ」
「早急に決着をつけようと言う考えは理解できるがそれは格下相手にすべきだぞググゲグデレスタフ」
「――ほう」
ググゲグデレスタフの伸びた腕の上にエクドイクが着地する。
見たところケガはない、咄嗟に回避したと言うのだろうか。
「『穿つ左腕』のググゲグデレスタフ、貴様の左腕のことくらい聞き及んでいる。警戒していれば当たるものではない」
いや、音速超えた攻撃は普通避けられないと思いますよ?
周囲には砕かれたであろうエクドイクの鎖の残骸が散らばっている、完全な回避と言うよりは鎖を盾にしての受け流しと言った所だろうか。
「ならばこれではどうだ!」
ググゲグデレスタフの左腕が十数メートル程度まで縮小し、それを鞭の如く自らの周囲で振り回す。
その速度は一瞬で左腕が喪失したようにしか映らなくなる。
だが周囲の地面が時折爆ぜていることから絶えず奴の周囲で振り回されていると見て良い、つまりはこれは結界のようなものだ。
エクドイクは鎖を伸ばしググゲグデレスタフへと攻撃を仕掛ける、しかしその鎖は途中で強大なハンマーに叩き潰されたかのように軌道を変形させられ、砕ける。
「ふははははっ! そんな鎖如きで鉱石すら砕く我が爪の鞭を打ち破れると思うな!」
「確かに硬さは一流だな、だがその爪を振るう腕はそうでもないようだがな」
「何を――ッ!?」
突如ググゲグデレスタフの腕が縮小し、視界に収まる長さまで戻った。
所々から煙らしきものが噴出している。
そして煙の出ている箇所には砕かれたであろう鎖の欠片が突き刺さっている。
「ぐオオ……」
「元々鋭利な欠片になるように細工した鎖だ、砕きやすかっただろう? 欠片が宙に舞っている最中も振り回していれば爪と同じ速度で動いている腕には良く刺さるようだな。浄化魔法が腕に染み渡る感覚はどうだ」
ご丁寧に説明してくれている。確かに視界にも映らぬ速度で振り回しているのは爪だけではない、皮と肉に覆われた腕もその対象なのだ。
鞭のように動かす以上、硬さを与えるには限度がある。
エクドイクはそこを見事に突いてきた。
「この程度、なんの支障も――」
「ではその左腕貰おうか」
エクドイクが軽快に片足を地面に打ち付けるのと同時にググゲグデレスタフの腕に突き刺さっていた鎖の欠片が爆発した。
爆発の衝撃で体が仰け反るググゲグデレスタフ、そして奴の左腕は肉片となり爪の部分だけが地面に突き刺さった。
遠隔操作による起爆、本来ならば魔力での接続が無ければできない行為、しかしエクドイクには類稀なる魔力操作の知識がある。
恐らくは片足を地面に打ち付けた際に魔力波を飛ばし、それに呼応する爆発魔法の構築を鎖の欠片に練りこんでいたのだろう。
実戦派の魔法構築、とてもじゃないが脳筋ターイズの騎士達には真似のできないトリッキーさだ。
「貴様ァ! よくも!」
「浄化魔法の痛みに気をとられ、鎖に仕込まれていた他の魔法の存在を疎かにするからだ。さてググゲグデレスタフ、お前の自慢の左腕は無くなったな。よくもそんな体たらくで父を侮辱できたものだ」
大悪魔が相手だというのにエクドイクはまるで臆していない。大悪魔でもピンキリなのか、それともエクドイクが純粋に強いだけなのか。
ググゲグデレスタフは忌々しそうに唸っていたが、やがて冷静さを取り戻す。
「ふん、取るに足らん雑魚と侮っていたがどうしてやりおる。だがその程度の小細工、我が大悪魔――いやそれすらを超越した俺には通用せん!」
突如ググゲグデレスタフの被っていた仮面から紫色の靄が立ち込める、素人の視界にすら可視できるほどの膨大な魔力なのだろう。
その靄がググゲグデレスタフの全身へと伝わっていく。
「何をするつもりか知らんが左腕を失った貴様に何ができる」
「左腕? どれのことだ?」
千切れた箇所の肉が隆起し、際限なく膨張していく。
やがて巨大な腕、さらに枝分かれする木々のように無数の腕が生えてくる。
新しく増えた腕のいずれにも鋭利な爪がカチカチと音を奏でている。
悪魔は人型を模していた、だがこの姿はもはや人の範疇にあらず、人の形を使っただけのクリーチャーだ。
「――それが貴様の新たな力か」
「そうだ、紫の魔王より与えられた『駒の仮面』、創造主としての純粋なる魔力を注ぎ込むことで魔物としての格を向上させるアーティファクトよ。これによりあらゆる魔物は一段、いや二段上の力を得ることができるのだ!」
随分と丁寧に説明してくれちゃってまぁ……。
しかし納得、恐らくは上級悪魔にその仮面をつけて大悪魔達を力尽くで従えたのだろう。
ユニークである大悪魔に装備したとして、二段階……もはや名称すら存在しない領域に跳ね上がっていると言うことか。
これ以上の戦闘は不味い、いくらエクドイクと言えど相手が悪い。
ここでの投了は奴をみすみす逃がすことになるが無駄死にさせるわけにも行かない。
「エクド――」
「慌てるな同胞、確かに奴の内在魔力は桁違いに増えている。恐らくは左腕の速度も破壊力も段違いになっているのだろう。文字通り過去に存在したどの大悪魔よりもその能力は高いと見える」
エクドイクはそこまで実力を分析した上で、大きく溜息を吐く。
そして全員に聞こえるようにはっきりと言葉を口にした。
「だが雑魚だ」
「――ふ、ふはははは! 圧倒的な力の差を前に虚勢を張るしかなくなったか小僧!」
ググゲグデレスタフが左腕を高々と上げる、そしてその腕は一瞬で膨張し周囲から太陽の光を奪う。
奴の肩から無数の腕でできた山が現れた。
「――デュヴレオリ、全員に障壁を張りなさい?」
「はっ」
デュヴレオリの仮面から僅かに紫色の靄が出現したと思った矢先、観戦していた全員の周辺に半透明の膜が張られた。
ラクラ達の結界と似ているようだが、やや禍々しさを感じる。
「これで巻き込まれても大丈夫です。ググゲグデレスタフめ、主様まで巻き込むとは――後で処分します」
「必要ないわ、ただのそよ風くらい見逃してあげなさいな?」
「――御意」
どうやらこちらへの被害は大丈夫そうだがエクドイクは流石に不味いのでは――あ、あの目は見覚えがあるぞ。
「虫けらのように潰れて死ねっ!」
ググゲグデレスタフが巨大な左腕を振り下ろそうと、勢いよく胸を前に突き出す。
そして逃げようの無い一撃がエクドイクに――
「――ッ!? 馬鹿なっ、貴様、一体何を……!?」
振り下ろされない、ググゲグデレスタフの動きが止まっている。
藻掻くググゲグデレスタフだが完全に動きが封じられているようだ。
エクドイクの眼は冷めている。
あの目はラクラのダメっぷりを見た時と同じく、他者を見下す目だ。
「貴様がどれくらい雑魚かを分かるように説明してやろう。貴様はこちらがわざわざ魔法に長けていることを見せてやったというのに何の警戒もしていなかったな。我が父ベグラギュドの得意としていた技すら忘れていたか」
「ベグラギュドの――まさかっ」
エクドイクの瞳の形が変化している、通常ならば円形だが今はそれが横に伸びている。
悪魔の表現に使われる山羊の瞳のようだ。
「そうだ、『盲ふ眼』のベグラギュド。我が父の眼は他者の目を盲目にする瞳術を自在に操る。俺はその力を分け与えられている」
エクドイクが虚空に手を掛ける、するとその箇所から鎖がその姿を現していく。
現れる鎖は縦横無尽に広がり続け、その在り様を完全に現す。
ググゲグデレスタフの周囲に六つの鎖でできた塔がある、それらから無数に伸びた鎖がググゲグデレスタフを雁字搦めにしている。
上空に高々と掲げられた山の様な左腕すらその面積の大半を鎖で覆われている。
「ドラゴンすら拘束する『鎖縛の六塔』、重力魔法、力場魔法、障壁魔法、結界魔法、封印魔法、再生魔法を織り込んだ鎖で編みこんだ塔だ。いかなる質量も、力も、魔法も、鋭さも、特異性さえも縛り、外的な衝撃からも再生を続け相手を拘束し続ける俺の奥義の一つだ。この奥義の弱点は仕掛けるまでの時間が非常に長い、しかも相手を特定の位置に留めて置かねばならないと言う致命的欠陥が目立つものだ」
そりゃあこれだけの規模の塔を作っていたら誰だって避けるよな、ググゲグデレスタフは一歩も動いていなかったけど。
「開始の合図と同時に貴様には俺の魔力を感じられぬよう『盲ふ眼』を使わせてもらった。同時に不可視の魔法を使用しながら『鎖縛の六塔』を構築、後は貴様の体験した通りの展開だ。頭が回ればこちらの時間稼ぎを察して移動くらいしただろう、それがお前が雑魚だと言う証明だ」
「こんな鎖……俺は大悪魔すら超越した存在だぞっ!」
「そうか、つまりは名前すら与えられぬ取るに足らない存在と言うことだな」
エクドイクが鎖を握り締める、すると六つの塔が呼応するかのように鎖の束縛をさらに強化する。
その締め付けに泡を出しながら堪えるググゲグデレスタフだったが左肩付近への圧が強く巨大な左腕とその体は引きちぎられてしまう。
「ごあアッツ!?」
「流石に頑丈だな、その体を絞め殺すのは手間だ。ならせっかくだ、貴様の手を借りてやろう」
「な、なにを!?」
鎖の拘束によってググゲグデレスタフが地面に伏せさせられる。
それはギロチンによる死刑を行われる死刑囚のような姿勢。
宙に浮く左腕の切断面に新たな鎖が巻きついていく。
白く染まった鎖、浄化魔法を練りこんだ悪魔を倒す為の鎖である。
鎖は複雑に絡み合った後、先端の尖った錐の様な形へと変貌する。
「それだけの質量があれば貴様を穿つには十分だろう、自分の左腕に穿たれて死ね」
その言葉と同時に宙に拘束されていた左腕への拘束が緩む。
重力魔法によりその圧倒的質量を軽減していたのだろう、それが星の重力を受け入れ自由落下を行う。
先端には浄化魔法の錐、そしてその先にはググゲグデレスタフの頭部。
「や、やめろ、降参だ、降参する!」
「そうか、勝負はこちらの勝ちで良い。だがそれとは別に死ね」
「ひっ、やめ、やめ――」
轟音と共に左腕が地面へと落下する。
突き刺さった左腕は蠢いたかと思うとその姿を見る見る縮小させていく。
残ったのは巨大なクレーターに残された白と黒の鎖だけであった。