まずは料理。
「それで、紫の魔王に勝負を挑んだと」
「いやー悪い、堪え切れなかった」
他の面々は非常に渋い顔をしてくれている。
マリトも報告を聞いて頭を抱えているが口元がにやけているのが見えている。
立場としては咎めるべきなのだろうが、やはりマリトもこういう展開を望んでいたのだろう。
「あの場で君が殺されるとは思わなかったのかい?」
「そこはエクドイクを信頼していた」
「ふっ」
背後で偉そうに笑うエクドイクを全員で無視して現状を再確認する。
紫の魔王はその場で別れた、宿に戻ると言って去っていったのだ。
その際に最低限のルールを設けた、一つは言うまでも無く『籠絡』の力の使用の禁止である。
次に無関係である第三者への攻撃の禁止、これはこちらにも適用される。
紫の魔王は山に配備した悪魔を下げさせたとは言え悪魔達はいまだこのターイズ領土の未開の森の中に潜んでいるとのこと。
こちらがルールを破った場合には間違いなく人間と魔王の戦争が始まるのだろう。
向こうから提示してきたルール、それは紫の魔王の要望を『俺』が受けること。
無論自分の物になれと言った直接的なものではなく、そのために行う紫の魔王の策略を甘んじて受けろと言うものだ。
紫の魔王が提示したゲームへの強制参加、それがこちらの要望を飲むための取引要素となった。
それを快諾し、今に至るわけだ。
「紫の魔王がその気になり、ターイズ国民への被害が今のところ排除されたのは喜ばしいことだとは思うけどさ? これから君は紫の魔王の恋愛アプローチを受け続けると言うことかい?」
「そうはならないだろうさ」
「おや、それはどうして?」
「紫の魔王がまともな恋愛をしてきたとは思えない、そんな素人が何かしたところで人の心が動かないことくらいは向こうも承知の上だ。向こうが要求してくるのは対等な条件でのゲームさ」
紫の魔王が取りうる行動、それは色仕掛けで人を籠絡するような真似ではない。
恐らくはこちらが受けるであろう勝負内容を提示し、その景品に『俺』をベットしろと言い出すに違いない。
『籠絡』の力に頼らずにこちらを敗北させ、自らの力を証明するといった手法だ。
それならば長年不死の魔王として生きていた彼女にも勝機がある。
そこに不条理は無い、不条理に頼ることは『俺』の価値を下げることに直結するからだ。
「向こうが不利な条件をつけてくることはあっても基本は対等の勝負となる、その際に向こうが提示できる勝利の報酬としては――まあ悪魔の在庫だろうな」
「事態の向かう先、国としては悪くないけどさ、君を心配する俺達のことは置き去りなんだよねぇ」
「悪いな、貴重品扱いされた挙句に周りが苦悩する姿を許容せざるを得ない生き方はご遠慮願いたい」
「身の回りの者が無難に生きられれば君自身が苛烈に生きても良いと?」
「いいや、最終的には自分の人生だって穏やかにしてみせるさ」
「身勝手だね」
「放すなら今のうちだぞ?」
「まさか、そんな勿体無い真似をするとでも?」
その翌日、商館に現れたのは紫の魔王一人であった。
もはやトルトさんと言う隠れ蓑を使う必要も無い。
ただ互いの意思で会う、それだけなのだ。
「とは言え、トルトさんの心配をしたくはなるんだけどな」
「彼なら大丈夫よ? 元々クアマで商人をしていたことには変わり無いもの、放っておいた方がまともに生きられるわよ?」
「そうか、それなら良い……で、そちらは?」
紫の魔王の片隅に一人の紳士服の男がいる。
表情の無い仮面を被っており、しゃんとした感じの執事なのだがどうも不穏な気配が伝わってくる。
護衛のエクドイクも油断ならない相手と認識しているのか既に鎖を隠さずに何時でも動ける状態にしている。
「貴方がいつも護衛を連れているから私も一人くらいは見せようとね? 名乗りを上げる許可を出すわよ?」
「ありがたき幸せ、私の名はデュヴレオリ。主様の忠実なる僕でございます」
「デュヴレオリ――まさか、あの大悪魔のデュヴレオリだと言うのか!?」
「そちらの護衛の人間は私をご存知でしたか」
「名乗りを上げること以外は許可していないわよ?」
「――申しわけございません」
デュヴレオリは紫の魔王に頭を下げ数歩下がっていく。
今まで隠していた大悪魔を惜しみも無く登場させてきた、これは力の誇示だ。
紫の魔王は一人くらいは見せようと言った、それは他に大悪魔がこのターイズに存在していることを示唆している。
既に国内には大悪魔がいつでも暴れられる状況にあると、勝負を仕掛けた以上は正々堂々と戦わねばこの国は戦場になるのだと。
「本当、悪魔って自己主張が激しくて卑しいわね? でもデュヴレオリはまだマシなのよ? 私の要請に一度で応えた忠臣ですものね?」
「その様子じゃ他にも大悪魔がメジスからやってきてるってことか」
「ええ、全員連れてきたわよ? 今私の手元には11体の大悪魔がいるわ」
その言葉にエクドイクの表情がいっそう険しくなる、偉大であると思っていた育ての父ベグラギュドと同格の大悪魔がこの地に勢ぞろいしているともなれば無理も無い。
「あっさりと手の内をバラすんだな」
「せっかくだからこの子達を駒とした遊びをしようと思ったの、私が賭けるのはこの大悪魔達よ?」
「賭けの内容を聞こうか」
「私が提案した勝負、貴方はそれに自分自身を賭けて勝負してもらうわ? 私が勝てば貴方は私の物、貴方が勝てば大悪魔達と正々堂々戦わせてあげるわよ?」
「勝ってようやく挑戦権を得られるのか」
「メジス魔界を統べる大悪魔達、これらを排除できればメジスにとってとても利益になることよね? その機会を与えてあげるのよ?」
11体の大悪魔を賭けた勝負、これが紫の魔王のライフと言うわけか。
確かに大悪魔という存在があるからこそメジス魔界は今でも世界最大、最も人類にとって危険な魔界として存在している。
聖職者達が大悪魔に挑む為には魔界に進み、無数の悪魔を駆除してそれぞれの拠点へと向かわねばならない。
それを成し遂げられるのは運よく巣窟に辿り着けたラクラの様なラッキーな者程度だ。
もしも大悪魔が排除できればメジス魔界はユニークすらいない統率のない雑魚だけが集まる地域となる。
人類にとってはかなりのメリットとなるだろう。
対するこちらは人一人のベット、破格と言えば破格なのだが後が一切無い。
「何と言うか、人一人を得るために自分達を賭けの材料にされてちゃ大悪魔達から恨まれそうだな」
「世間的に見れば貴方は勇者ユグラと同じ星の民、その価値は勇者と同格とも見れるわよ? 私からの価値だって大悪魔程度とは比べ物にならないのよ?」
「物は言いようだな」
「勝負の内容を決めたら三日の準備期間、その後に勝負と行きましょうか?」
「異存は無い、ちなみに勝負の内容を聞いての拒否権は?」
「そうね、基本認めないけども貴方が勝負の不平等さを明確にできるのならばルールの追加や変更を行っても良いわよ? 私が勝負にならないと認めた場合には拒否することも認めるわ?」
「ちなみに大悪魔と戦う人員は誰を選択しても良いのか? こっちは戦闘力皆無なんだが」
「その人物が了承すれば構わないわよ?」
「それで、最初の勝負はなんだ?」
紫の魔王はどこからか幾何学模様の描かれたカードを机の上に並べていく。
その数は全部で11枚。
「さあ、お好きな運命を選んでどうぞ?」
こちらの運命に任せると言うことか……中にはえげつない勝負もありそうだ。
勝機を見出しやすい勝負なら良いのだが……。
直感に任せてカードを裏返す、そこにはこの世界の文字でこう書かれていた。
「……『料理対決』?」
「詳細を説明するわね? お互い主軸となる同じ食材を使っての料理を行い、より美味な方の勝利よ? 審査員は私と貴方、それと大悪魔を一人とするわ?」
一瞬拍子抜けしたがそれは非常に不味い。
「そっちの陣営が二名でこちらが一名と言うのは不公平だと思うんだが」
「大丈夫よ、私は素直に審査するし大悪魔には嘘偽りを述べるなと命令するわよ?」
これは……勝負と言う前に、こちらがどれだけ紫の魔王を信用できるのかという話になる。
大悪魔に関してはそもそも信用できないが、『素直に評価する』と言う紫の魔王の言葉を信用できなければ受けられない勝負。
ここでごねればルール変更も可能だろう、だが暗に『お前を信用できない』と宣言することにもなる。
勝負を持ちかけたこちらの覚悟が試されるというわけだ。
「わかった、受けよう」
「そう嬉しいわ? 料理を作るのは私と貴方だけ、手助けは禁止よ? 使用する材料は……デュヴレオリ、あれを見せてあげてちょうだい?」
そういうとデュヴレオリが前に出て机の上に食材を置く、それは芋だ。
メジスでは比較的良く取れる芋で味としてはジャガイモに近い。
ゴッズの『犬の骨』で最初に用意したフライドポテトやチップスに使ったのもこの芋だ。
魔界の食材を出されたらどうするか悩んでいたがその心配は無さそうだ。
「あまり高級食材やらを使っても貴方には難しいかもしれないから平等性を持たせるためにシンプルな食材を選んだわ?」
「これなら確かにちらほら使っているな、だが悪魔はこういった食べ物を食べられるのか?」
「さぁ? 悪魔の食べ物の好みとか知らないわよ? 知りたいとも思わないわ?」
さぁ? て、審査員に食えない物でも出す気ですか貴方。
ここでデュヴレオリの表情が読めないのが非常に気がかり、内心どう思っているのやら。
「でも審査員させるんだろう?」
「ええ、食べさせるわよ? 生のままだろうと食べさせるわ?」
ひっどい、悪魔に人権は無いらしい。
この様子だと紫の魔王は純粋に料理勝負を持ちかけるつもりなのだろうか。
実は料理スキルが異常に高いとか、意外性はあるが退屈な人生を料理に費やしていたとなれば話は別だ。
流石に料理のプロ相手では厳しいものがあるだろう。
「余談だが料理の経験は?」
「無いわ、でも今朝本屋で料理入門の本を買ったから大丈夫よ?」
初心者の模様、これはいろんな意味で負けられない。
イリアス家の食卓を彩らせている立場として初心者に負けるわけにはいかない。
かくして勝負は決定し、三日後に勝負することになったのであった。
「それはそれとして、今日もお買い物一緒に行きましょう? まだ街の案内できる所あるわよね?」
「……あー、はい」
勝負を挑んだ、それはそれ、これはこれと言わんばかりに紫の魔王が人の腕に抱きつき街の案内をせがんでくる。
どうやら未だに嫌われてはいないらしい、嬉しいやら複雑なのやら。
気になる点としてはデュヴレオリも同行していると言う点か、エクドイクにも匹敵する隠密能力で気配は消えているが視界に映るとちょくちょく神経が過敏になる。
「そうそう、途中逃げられるのは困るから毎日顔を見せることも条件に入れようかしら?」
「悪魔に監視させればいいだろう、国の人に危害を加えないのであれば平気だ」
「嫌よ、悪魔の監視なんて信用できるわけがないでしょう? 私の目で貴方を見つめていたいの」
「……さいですか」
とは言え、立場を互いに偽って接する必要もない分互いに気楽に回ることはできた。
人間開き直ると堂々とできるものである、紫の魔王の誘惑が辛いのは変わらないが。
本心から求められていることには変わらない、そう思えば紫の魔王を嫌える理由がない。
勝負に勝ち続けたとして、長期戦になれば彼女の魅力に惑わされてしまいそうだ。
……そうだよな、嫌う理由がそもそも無いんだよな。
この世界の人間からすれば多くの犠牲者を生み出した憎き魔王には違いない。
だがそんなことは地球人であるこちらにはなんら関係がない。
この世界に来てからの実害はほぼ無いといっていいだろう。
無論このままならばやがて衝突する原因はできてしまうだろう。
そうなる前にこちらが紫の魔王を受け入れてしまえば楽なのかもしれない。
――いかん、始まったばかりだと言うのに籠絡されかかってどうする。
頭を振り、邪念を払う。
その様子を見た紫の魔王は不思議そうにこちらを覗きこんでくる。
「あら? どうしたのかしら?」
「――なんでもない、ちょっとあんたに目が眩みそうになっただけだ」
「ふふ、いくらでも眩んで良いのよ?」
紫の魔王は優しく笑う、ああ屈託の無い笑みとはここまで厄介な物だったとは。
帰ったらラクラの堕落っぷりを見て現実に帰らねば。