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まず一つ目の関門を突破。

 黒狼族の村が存在する隠れ森へ続く洞窟、そこは尚書様と商人のバンさんが一緒に見つけたとされる場所。

 伝令や調査隊の方達はこの洞窟を通って山を抜けたそうです。

 しかし試しにと探知魔法や浄化魔法を使用すると出るわ出るわで洞窟の影と言う影から無尽蔵に悪魔達が湧いてきます。

 たいした装甲もないので結界魔法の応用の切断術で一網打尽にはできますが次から次へと湧いてキリがありません。

 悪魔の死骸は魔力となって霧散していく場合が多いのですがその魔力も新たな悪魔の餌となり、このまま続けていては残りの悪魔が成長していく可能性もあるでしょう。

 対策として定期的な浄化魔法による魔力の浄化を行えばその魔力は餌にならず霧散していきます。

 ですが浄化魔法は魔力の消費が他の魔法よりも割り増しで高いのです、大物以外にはあまり使いたくありません。

 マーヤ様率いる聖職者の隊列は悪魔に対し一方的な攻撃が可能ですがその一人ひとりの体力や魔力は限りがあります。

 マーヤ様だけは群を抜いていますが他の方々は一時間以上の継続戦闘は難しいでしょう。

 それに聖職者達は身体能力がさほど高くありません、マーヤ様以外。

 レアノー隊の方々に近辺の護衛を任せ、聖職者達の魔法による遠隔掃討が今のところの最適解でしょうか。

 今頃尚書様は紫の魔王とイチャイチャしているのでしょうか、羨ましい。

 私だってこんな戦闘よりも尚書様とお買い物して美味しいご飯やお酒を頂きたいというのに……。

 あ、でも今はエクドイクさんが護衛なんでしたね、あの方はなんだか苦手です。

 こう、立場上抗い難いようなそんな感じがします。

 尚書様も似たよう感じはするのですが、さして私に何かを強要しないので一緒にいて楽なのです。


「つ、疲れましたー」


 そそくさとテントの一つに入り、敷かれていた毛布の上に腰掛けます。

 かれこれ3時間程続けて悪魔を掃討し続けましたが未だにその数に限りは見えません。

 このままでは今までに倒した悪魔の総数をあっさりと超えてしまいそうです。


「お疲れ様、レアノー隊が近くにキャンプを作ったからそこで休むと良いわ」


 マーヤ様も似た時間を戦っており、疲弊しているというのにきびきびと働いています、私には真似できそうにありません。

 しばらくくつろいでいるとレアノー卿がテントに入ってきました。


「お勤めご苦労、水や食料も用意してある。必要があれば補給すると良いだろう」

「ありがとうございますレアノー卿、それにしても大変なお仕事ですよぉ……私も後方で慎ましく援護に回りたいですー」

「文句言うんじゃないわよ、悪魔の単純な処理速度だけならあんたが一番なんだからね」

「マーヤ殿、そういってあげるな。このような過酷な戦場に女性が先陣を切っているだけでも我々としては面目ないと思っているのだ」


 レアノー卿はイリアスさんを毛嫌いしていたとされる騎士達の代表格の一人、尚書様曰く女性は女性らしくあれと言うこのターイズの古い風習を重んじているだけの真面目な方だとか。

 私としてもこういう扱いは歓迎ですのでむしろ好感が持てます。


「それでマーヤ様、尚書様からの返事はあったのですか?」

「あったわよ、殲滅に拘らず被害を出さないことを最優先に悪魔の動向を探るようにってね。あとラクラなら既にある程度の法則性は見出しているだろうともね」

「法則性ですか……ええまあ一応は」


 悪魔と戦っていて分かった情報をお二人に共有、これで少しでも楽になれば良いのですが。

 悪魔達が人を襲う条件、それは洞窟内でなんらかの手段で悪魔に干渉した場合と戻ってこようとする場合です。

 特に後者に関しては悪魔の増殖度合いが激しく、中途半端に進んでしまえば黒狼族の村の方へ逃げるしかないほどです。

 次に統率が取れていないということ、中級や上級の悪魔がいないのか悪魔達の攻撃には規律が感じられませんでした。

 ひたすら数による圧殺攻撃です、メジスの魔界ではこのような状況はまずありません。

 下級悪魔だけならば周囲の同類が瞬殺されると同時に逃げ出す固体もいますが今回逃走を行っている悪魔が一匹も見られません。

 これは格上の存在に命じられている兆候と同じです、しかしその指揮している存在がいないのか統率が取れていない。

 これから分かるのは何者かがこの無数の悪魔全てに同じ命令を下していると見て良いのでしょう。

 そしてなにより人間を餌としか見ていないはずの悪魔達がこちらに対して殺意を持っていないというのが一番不気味です。


「『干渉してくる者を追い出せ』『入るものは拒むな、出るものは絶対に逃がすな』とかそんなところでしょうか。あまり殺意を感じませんからね」

「……そうね、私も近い分析だったわ、それで何か良い案はあるかしら?」

「数が数ですからどうしようもないです、騎士の皆さんの錬度なら注意している間は負傷者もほとんど出ないでしょうけども……それは悪魔達が洞窟内で大人しくしている間だけです。途中命令が書き換われば最悪撤退も強要される事態になるかもしれません」


 悪魔達は今は受身です、主人から与えられた命令に忠実に従うだけの意思無き獣。

 その全てが潰えるまで主人が行動を取らないとは思えません。

 元々黒狼族の村の方々は森の中で自給自足ができています、多少長引いた所で向こうの方々の人命に影響が出ることはないとは思いますけどやはり不安といえば不安ですね。

 髪の色が白いといったウルフェちゃんを忌み子として酷い虐待を与えるような方々ですから入り口を悪魔に塞がれたとなれば何かしらの不吉な予兆と捕らえるやも知れません。

 こういうときに物を考えるのは尚書様なのです、やはり尚書様に頼りましょう。


「尚書様やマリト陛下の指示を待つしかないですね、その間負担のない範囲での悪魔処理をする形でどうでしょう」

「ふむ、陛下と彼か……確かにそれが良いだろうな」

「レアノー卿は尚書様のことも買っておられるのですね」

「無論だ、陛下が認めている男だ。騎士団長の私が見極めなくてなんとする」


 その寛容さをもう少しイリアスさんにも向けてもらえればよろしいのに、ですが今はそういった話をしている場合ではありませんでしたね。


「坊やからはもう一つ連絡があるわ、今日の夜には援軍を送るから上手く協力するようにと貴方にね」

「援軍ですか?」

「そう、俺だラクラ=サルフ!」

「ひぃっ!? 出たっ!?」


 にゅっ、っと人の影から湧いてきたのはエクドイクさんです、心臓に悪い方です。

 咄嗟に反撃しそうになりましたよ……危ない。

 

「別の方はいないのですか? グラドナさんとか来てくれると心強いと思うのですが」

「グラドナの存在はまだ気取られたく無いとのことだ、未だ下級悪魔しか湧いていないがそのうち上級も姿を現すかもしれないというのが同胞の意見だ」


 そのことに関しては大いに同意できます、これだけの下級悪魔を用意できる人物ならば中級や上級悪魔だって使役できるでしょう。

 それらが未だに姿を一切見せていないともなれば警戒せざるを得ないのは仕方がありません。


「ふむ、君は……確か彼の護衛だったか。何者かがここに現れたのならば真っ先に私に連絡が来るはずなのだが」

「エクドイクだ、悪魔に意識が向いている騎士の隙に潜り込むことなど容易いことだ」

「普通に来たらどうなんですか」


 恐らくはそういった行為が格好良いとか思っているんですよこの人は。

 レアノー卿は逆に感心してしまっているようです、なんなのでしょうか。


「ですがエクドイクさん、あの数の魔物はどうしようも無いですよ? 倒す先から湧いてきますし……」

「貴様は何時も通りに倒すしか能が無いのか、無いのだったな。ならば見せてやろう、俺の技をな」


 さりげなく罵倒されましたが、代わりに頑張ってくれるというのならばありがたいことです。

 彼の好きにさせることにしましょう。

 そういう訳で再び洞窟入り口へ、悪魔達は今は潜んで気配すらありません。

 戦闘の跡だけが僅かに残っているといった形でしょうか。


「奴等は洞窟内部に湧く、干渉を行うか向こう側からこちらに移動する際に姿を現すのだったな」

「多分そうだと思いますよ」


 エクドイクさんはだらりと腕を降ろします、すると大量の鎖がジャラジャラと地面に零れていきます。

 普段からあの量を持ち運んでいて、重くないのでしょうか。


「つまりは触れなければこちらから向こうまでは問題なく届く」


 そして鎖の先端を蛇のように操り、洞窟の奥へと進ませていきます。

 移動させる先から鎖の量を増やしているようで鎖は伸びきることなく延々と進んでいきます。

 しばらくして鎖の動きが止まります、反対側に出たのでしょうか。


「この長さは多少骨が折れるが……まあ問題ないだろう……はぁっ!」


 掛け声と共に鎖に多くの魔力が流れていくのが分かります。

 鎖はブルブルと震え出したかと思うと見る見る太く、巨大になっていきます。

 細いロープ程度の太さの鎖はあっという間に洞窟の内部を埋め尽くす程の大きさにまで伸びました。

 これならばドラゴンだって縛れるかもしれませんね。

 しかし巨大化させすぎでは、洞窟内部でギシギシと音が響いているのが聞こえてきます。

 悪魔達は……湧いてきません、物理干渉では反応がないので当然といえば当然なのですが。


「マーヤ、この鎖に浄化魔法を流し込め」

「なるほど、そういうことかい。ちょっと他の者達も手伝っておくれ!」


 マーヤ様と他の聖職者達が鎖に浄化魔法を掛けていきます、すると鎖は見る見る白く輝き出します。

 その輝きは洞窟内に、するとその光に干渉を受けた悪魔達が姿を現していくのですが隙間無く埋め尽くされた浄化済みの鎖、触れるだけで悪魔達は断末魔と共に死滅していきます。

 そして次から次へと悪魔達が湧いているのでしょう、洞窟内から物凄くけたたましい音が響き始めます。


「浄化魔法には幾つかの使い道がある、一つは直接悪魔や死霊系の魔物に使用することだがこれは広範囲に使用可能ではあるが相手の数が多ければ使用回数も増えるために魔力の消費量も大きい。もう一つは武具に浄化魔法を掛けることで武器に聖なる加護の力を与えることができる。これは武器に浄化魔法の特異性を持たせることができ、魔力効率が優れているが武器の効果を発揮する為には武器で攻撃を行う必要があるためやはり数が多いと肉体的に負担が大きい」

「それでこうしたわけですね」

「この規模の鎖に浄化魔法の強化を施すにはそれなりの手間は掛かるが、最高率で悪魔を誘き寄せ浄化する仕組みの完成と言うわけだな」


 まるで尚書様の言っていた飛んで火に入る夏の虫と言う言葉みたいな感じですね。

 悪魔達は鎖の浄化の力に反応して姿を現し、洞窟を埋め尽くす鎖に触れてしまい浄化。

 それが絶え間なく連続で起こっているのです。

 

「さて、これで放置していれば下級悪魔の数は減る一方だ。時折の浄化魔法の掛けなおしは聖職者達に任せる。ラクラ=サルフと騎士達はこれからが本番だぞ」

「本番とは?」

「こんな速度で悪魔が死滅していけば何かしらの効果的な策を使われたと気づくのが自然の理だ、つまりはそういうことだ」


 エクドイクさんは上空を見上げます、つられて空を注視すると轟音と共に夜空から何かが降ってきます。

 騎士達の方も皆臨戦態勢に入ります、降って来たのは悪魔達です。

 洞窟内の悪魔達より少しばかり大きいでしょうか、あと微妙に魔力が多く感じるような感じないような。


「洞窟外に待機させていた悪魔、見たところ中級だらけ――いや上級もちらほらいるな。規模は少ないが迎え撃つぞ!」

「それでも夜空一面に見えるのですが……」

「開けた場所ならばお前の独擅場だろう、さあ活躍してもらうぞラクラ=サルフ!」

「うう、人使いが荒いです……」


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 浴槽に浸かりながら天井を見上げる、脳裏には配下の悪魔からの連絡が相次いでいる。

 洞窟に仕込んだ下級悪魔が異様な速度で消滅している。

 様子を確認しに向かった上級悪魔が洞窟周辺に何らかの策略を行っていた人間達の集団を発見、交戦に入った。

 流石は賢王の統治する騎士国家ターイズ、たった一日でここまでの対処をしてくるとはクアマとは大違いだ。

 それに比べ上級悪魔達の思慮の浅さには呆れすぎて溜息も零れない、そもそもそんな物の為に何かをするということ事態無駄な行為だ。

 溜息ならば彼を想って溢すだけで十分だ。

 そこまで大事にするつもりは無かったのだが、やはり洞窟内に下級悪魔を詰め込み過ぎたか。

 上級悪魔に門番をさせた方が効率的だったかもしれない、コストの安い方を先に使ったのが裏目に出たということだろう。

 報告にあった中で目立ったもののリストを脳内で反芻する。

 紅の騎士、この国の騎士団長の一人レアノー卿。

 修道女の二人組、共に大悪魔を滅ぼした経験のあるマーヤ、ラクラ。

 そして謎の鎖使い……エクドと言う彼の護衛を思い出す。

 可能性は大いにある、あの男は常に傍にいながら気配を断ち認識の外にいた。

 彼との時間に水を差さない優秀な護衛だと評価していたが、その実力の高さも今思えば評価すべきだっただろう。

 そうなるとこの現状は彼も知るところなのではないだろうか?

 あまり彼を心配させるのは気が引ける、しかし伝令を帰してしまえば彼がこちらに会いに来てくれなくなる。

 優先すべきは後者だ。


「いっそ伝令を殺してしまう? ううん、どうせ他の伝令が現れちゃうわよね?」


 画期的な手法を考える必要は無い、成すべきことはこちらのもちうる資源を使っての時間の延長だけで良いのだ。

 下級の悪魔は多少減ったがまるで問題は無い、クアマとメジスから今もなお数を集めている最中だ。


「やはりただの上級悪魔じゃダメね? 多少知恵は回るのだけれど本質は何も理解していないのよね?」


 獣に利潤を求める知恵が付いた程度、良かれと思って交戦を行ったのだろうが連絡一つ寄越せばこちら側で下級悪魔への命令変更だけで済んだ話なのだ。

 出世欲に目が眩み勇んで挑んだ挙句に、苦戦を強いられて助けを請うなど不快でしかない。

 

「姿を見せた愚か者は精々戦って散りなさい、他は待機よ? 洞窟内の下級悪魔には別の指示を出すわ?」


 知恵の回る上級悪魔にもなれば自分の死期を察すれば逃亡もするが上級悪魔全てには『籠絡』の力を重ねてある。

 こちらが死ねと言えば泣き喚き、命乞いをしながらも敵陣に特攻していくだろう。

 およそ十体そこらの上級悪魔を失う事になるだろう、痛手かといわれればそこまででもないがターイズ国も警戒心を増してくるだろう。

 『蒼』の本を巡っての騒動があり、それを読めるユグラの星の民がいるのならば魔王復活の事実は知っているのだろう。

 悪魔を主体とした魔物の軍勢が潜んでいたともなれば紫の魔王である自分の復活に関連付けすることも難しくは無いだろう。

 ――ああ、そういえばこの国にはユグラの星の民がいるのだった。

 すっかり忘れてしまっていた、興味を持って来たはずなのだがそれ以上の興味の対象が見つかってしまっていたのだ。

 

「こちらの方も探してみるべきかしら? いや、今は良いわね?」


 彼と共にいる時間を大切にしたい、彼と共に探すことも考えたが他の男を捜すなんて彼の気を悪くするかもしれない。

 ひょっとすればユグラと同じく強大な力を保有しているかもしれないのだが今のところ戦闘時に姿を現している様子も無い、知略だけならば脅威に数えるほどでもないだろう。

 甘く見ているというよりは指揮者としては既に有能な賢王がいる、そこまでの差は出ないだろうという話だ。

 明日は明日で新たな対策を試行されるだろう、伝令の帰還は阻止できずとも悪魔の気配さえ漂わせておけばこちらの黒狼族の村への移動許可は下りないままにできるのではないだろうか。

 そうするとなるとそれなりに強力な悪魔が必要になる、ただの上級悪魔では弱い。

 

「私が動いたらどうかしら?」


 自分がその場に赴き、悪魔達の真の姿を解放させて戦闘を行えば戦況は一瞬で変わる……姿は悪魔の仮面を被れば十分隠せるだろう。

 だがそれでは彼との日々を過ごした後に記憶を反芻し噛み締める時間が削られてしまう。

 彼との時間を欲するためにあの場所に悪魔を配置したのに、自分がそこに赴いて時間を費やすのは本末転倒ではないだろうか。

 『籠絡』の力を使いこの国の強者を操ればそれも効果的だろう、しかし彼との間にその力は使いたくないと思っている。

 彼に直接使わないのであれば構わないのではと考える自分もいるが一度タガを緩めればあとは解けていくだけだ。

 力に頼ったからこそ、それで得た物に価値を見出せなくなった、彼はそういった。

 今彼との時間に価値を感じている以上、それを失うかもしれないような真似は避けたい。


「そうなると他に出せる物を出すしかないわよね?」


 ユグラによって魔王に与えられた魔物を統べる力、これこそが魔王が魔王たる所以。

 世界に生み出された生物を全て自在に支配できるという力だ。

 この力の影響力は強いが一つだけ欠点がある、それは高い魔力を保有する魔物だけはその呪縛を逃れられるのだ。

 それに該当するのは自ら名前を持つ存在、ユニークと呼称される者達である。

 メジス魔界におけるユニークと呼ばれる存在は大悪魔と呼ばれる個体、後は異形の怪物が何体かと言ったところ。

 彼等は確固たる意思と自我を持ち生きているが元は忠実な下僕であったことには変わりない、多くのユニークは魔王に付き従っている場合が多い。

 しかしユグラに滅ぼされてからはクアマに身を隠していたせいもあってメジス魔界に座する大悪魔はこちらの支配下から解放されており、独自の陣営として活動しているため容易く動くとは思えない。

 無駄に狡猾に進化し人のように身勝手になりつつある、『籠絡』の力を使わねば使役することは難しいだろう。

 こちらに来るよう要請をしたところで過去に大悪魔を滅ぼしている人材が二名以上いる場だ、二の足を踏む臆病者ばかりだろう。

 

「……だからと言って私の物が私に逆らえるわけがないのだけれどね?」


 ユグラに滅ぼされ復活してから初めて上級以上の存在達に命令を飛ばす。


「さあ、三度だけ貴方達にも呼びかけるわ? 私の駒となるためだけにこの地にいらっしゃい?」


 

 ------------------------------------


「――この感覚は……まさか、そんなことが!」


 メジス魔界に存在する大悪魔の一人ググゲグデレスタフ。

 勇者ユグラによって紫の魔王が打ち滅ぼされた時に生き残った上級悪魔の成れの果て、最古参の悪魔の一体である。

 数百年ぶりに感じる創造主の命令、錯覚などではない。

 かの魔王が自分達を呼んでいるのだ。

 支配下にない悪魔達が異様な行動を見せていたことには勘付いていたがそれにも全てが納得がいった。

 ググゲグデレスタフは考える、この命令には強い拘束力を感じるが今の自分ならば十分に抗える。

 永い時を経て、他の悪魔や人間を喰らい続け力を蓄えた自分の力は既に紫の魔王を凌駕するであろうと言う自負がある。

 下された命令は『我が下集いて駒となれ』である、はたして今更そのような命令を聞く必要があるのだろうか。

 中には魔王の帰還を喜び駆けつける輩もいるだろうが……ググゲグデレスタフは今の地位に満足している。

 ベグラギュド程ではないが広大な土地を支配し、配下も順調にその数を増している。

 ここは我が王国なのだ、それを今更蘇った魔王の為に駒となれと。


「冗談ではない、勇者如きに不覚を取った愚かな女のために尽くすなどありえぬ」


 その一時間後、再び同じ指令が脳裏に流れ込む。

 恐らくはほとんどの大悪魔が返事をしなかったのであろう、当然の選択だ。

 王である自分に命令を下すなどと忌々しい存在だ、『二度目、我が下集いて駒となれ』などと。


「ふん、余程切羽詰っていると見えるな、無様な」


 さらにその一時間後、『三度目、我が下集いて駒となれ』と脳裏に言葉が流れる。

 その口調は変わらない、淡々としたものだ。

 少しは悲痛な声にでもなればこちらの気が紛れるだろうに、気分が逆撫でされていく。


「くどいっ! 忌々しい力を使いおって! やはり身の程を分からせてやらねばならぬようだな!」


 一度の命令ならず三度までも、ググゲグデレスタフは魔王の命令に容易く抗うが命令されること自体が不快で堪らない。

 この数百年一度たりとも命令をされず、支配だけを続けてきたものにとっては耐え難い侮辱であったのだ。

 過去の記憶を掘り起こし紫の魔王を思い出す、命令を下すばかりで人間達との戦闘をロクに行わない紫の魔王。

 その身を守るのも悪魔頼り、自らの強さなどほとんど感じなかった。

 誰もが(かしず)く妖艶さこそあったがその実力はどうだ、ぽっと出の人間によって容易く滅ぼされたではないか。

 今ならば負ける気はしない、いっそかの魔王の首を切り落としこの名声を上げるのも悪くない。

 そうと決まれば話は早い、次の要請にあわせて宣戦布告をして堂々とその首を狙ってやろう。

 紫の魔王の戸惑う姿が目に浮かぶ、あの感情無き魔王がどのような狼狽を見せるのだろうか。

 そして再び一時間後、要請は来なかった。

 

「なんだ、もう諦めたというのか?」


 しかし同時にググゲグデレスタフは違和感に気づく。

 何者かがググゲグデレスタフの領域に侵入したのを感知したのだ。

 まさか本人と言うわけではあるまい、使いの者を寄越したのであろうか。

 ならばその使いの者の亡骸を土産に向かうのも悪くない。

 それにもしかすればそれなりに礼儀を尽くしてくるやもしれないとググゲグデレスタフは嗤う。

 侵入者は堂々とこちらに進んでくる、部下の悪魔に指令を飛ばし玉座まで手を出させぬように命じた。

 現れたのは一匹の悪魔、姿形からして上級悪魔の一匹だろう。

 特徴的なのは顔を覆う表情無き奇妙な仮面をつけているという点だろうか、紫の魔王の配下と言うことで与えられた品であろうか。

 

「ここがこの俺ググゲグデレスタフの領域と知っての侵入だろう、何用だ?」

「ググゲグデレスタフ……アルジガオヨビダ……ツレテイク……」

「……ふっ、ふはははは、はっはっはっはっはっ! まさか貴様が連行しに来たというのか!? 紫の魔王は我等をなんだと思っているのだ!」


 懇願のために言葉を持たせた悪魔を寄越したのだと思えば、よもやこの様な悪魔一匹に力尽くの蛮行を行わせるとは予想だにしなかったとググゲグデレスタフは嗤う。

 

「まあ良い、上級悪魔並みの知能しかないということも分かった。貴様の首を土産に紫の魔王の元に馳せ参じてやるとしよう」


 ググゲグデレスタフは左腕を突き出す、同時にその腕が膨張し音よりも速く使いの悪魔に向かっていく。

 その腕の先にはあらゆる鉱石よりも硬いとされる悪魔の剛爪がその体を貫かんと切っ先を向けている。

 一秒にも満たない一瞬の攻撃、それで勝敗は決した。


 ------------------------------------


 寝室で本を読む、彼が私に似合うだろうと探してくれた本。

 はたしてこれが自分にとって似合う趣味となりえるのかは分からないけども、それが似合うと彼が思うのならばそう染まるのも悪くないのかもしれない。

 最初に読んだ歴史書と違い、読めば読むほど嬉しい気持ちになっていく。

 彼が望むことを叶えている気分になり、気持ちが高揚していく。


「王よ、他の者が到着致しました」

「――人の読書の邪魔をしないでくれないかしら?」


 影から響いた声に現実に引き戻され、幸せが打ち砕かれたかのような不快な気持ちになる。

 声の主はデュヴレオリ、一度目の要請で馳せ参じた唯一の大悪魔だ。

 その忠誠心から此度のことは見逃すとしよう。


「申しわけありません、最後まで読み終えたように見えましたのでつい……」

「娯楽とは何事においても余韻を楽しむべきなのよ? 目先の快楽だけで満足する獣で満足したいのかしら?」

「いえ……ご高説痛み入ります。他の者は既に他の部屋に」


 読書を再開したいところではあるが、するべきことは先に済ませてしまおう。

 ゆっくりと立ち上がり、別室に足を運ぶ。

 部屋の灯りは無く、月明かりだけが室内を照らしてくれている。

 そこにはデュヴレオリを含めた11体の大悪魔が膝を付き自分を迎えていた。


「王に忠実なるデュヴレオリを始め、メジス魔界に存在しうる()()()()()揃いましてございます」

「そう、感心ね? 少々暗いから灯りをつけてもらえるかしら?」

「御意に」


 デュヴレオリが魔法で部屋にある蝋燭に火を灯していく。

 浮かび上がるのは他の十体の大悪魔、そのどれもが無様な傷を体に刻んでいる。

 目を抉られ、顔を引き裂かれ、手足を切り落とされ、爪を砕かれ、膝を突いているだけでも息絶えそうなほど弱っている者もいる。

 大悪魔達の背後にはその同数の上級悪魔達が控えており、そのどれもが私の仮面をつけている。

 どの大悪魔も多くの上級悪魔を従えその力を誇示してきた名前のある存在、その全てが今力に屈して風前の灯ともなっている命を惜しみ膝を突いて震えている。

 ――なんて、みっともない。


「本当に感心よね、だって誰も死なずに連れて来られたのだから、野生に帰った獣の分際で名を名乗るだけのことはあるわよ? ただ少しばかり私の世界で生きているという自覚が足りないわよね?」


 自ら名前を持つ程に自我の発達したユニークレベルの悪魔を生み出すことは自分にもできない。

 生き物に自我や意思を与えるというのは簡単なことではないからだ。

 それ故に稚拙な知性を持つ上級悪魔を生み出すのが精一杯、だからこそユニーク達を呼びつけたのだ。

 ユニーク達は優れている、だがユニーク程度が魔王の御業に勝るはずも無い。

 上級悪魔達に取り付けられたのはユグラより賜った魔界を生み出す術、魔物を生み出す術、そして支配する術を元に生み出した『駒の仮面』。

 自らの力を分け与え、より強固な兵として使役するためのアーティファクトである。

 製造に多大な魔力と時間を要するため全ての上級悪魔に与えるほどの数は用意していない、だがこれがあれば全ての支配下に置かれている魔物は二段階ほどの性能向上が見込める。

 上級悪魔に装備させればその上である大悪魔のさらに一段階上の存在となりうる。

 自分は戦闘に長けた魔王ではない、されど用意さえあれば勇者と他の魔王以外には負けないと言う自負はある。 

 本来ならば三度の召集に応じなかったこの10体は間引いて餌にしても良いのだが事は急を要する、この程度で妥協せざるを得ない。


「それじゃあ貴方達には私の駒になってもらうわね? もしも万事が上手くいって功績を立てて生き残れたなら――またしばらくの間は箱庭の王として君臨させてあげるわよ?」


もう一つの連載、女神『異世界転生何になりたいですか』 俺「勇者の肋骨で」がコメディー部門で日刊週刊ランキングに乗りました。

毎日書いているこちらを抜きそうでなんともいえない気持ちです。

ですがそちらも是非どうぞ。


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― 新着の感想 ―
[一言] こいつほんまなんでもできるやん、万能すぎる
[一言] 見返すと改めて感心するエクドイクの優秀さよ 残念モードでもこの働きぶり
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