まず桁がおかしい。
「ご友人に異常は見られません、エクドイクも同様です」
姿の見えない暗部君の報告にひとまず息を吐くマリト、他の面々も同様に安堵している。
本日はラグドー卿の変わりにエクドイクが居る、後は尾行していた二人だ。
「結局同胞の名前を聞いただけで名前を呼ぶことは一度も無かったからな、今同胞と紫の魔王との会話を文章に書き起こす、少し待て」
そういってエクドイクは鎖を操り複数のペンを握らせる。
そして複数の紙に同時に高速筆記を始め出した、お前はタイプライターか。
いや、この場合優れているのは今までの会話を記憶し、それらを同時に出力しているエクドイクの演算処理能力の高さだろう。
一応念のためこちらもその文章を読む、一言一句間違いはない。
ついでに注釈としてどのような動きがあったか、それらを監視していたイリアスやミクスの観察経過なども詳細に書き込まれている、怖い。
「なあエクドイク、お前ターイズの暗部に志願したらどうだ?」
「確かに、これだけ優秀な人材はわりと欲しいかもしれない」
「俺にはラクラ=サルフの地位向上と言う野望がある、それが成し遂げられるまでは何者の下にも付く気は無い」
「うーん、そこは友に頑張ってもらうしかないなぁ」
拝啓ラクラ=サルフ様、貴方の為に優秀な技術と才能を無駄にしている男がいます。
別人になれとは言いませんがもう少し彼のために体裁を保ってやってあげても良いのではないでしょうか。
ちなみに本日のラクラの行動は家で自家製果実酒を製造中である、何やってるんだろうね。
でもまあ知恵を与えたのは誰かさんだけにあまり強く叱れない。
毎度毎度あいつの飲食店での酒代がリーズナブルの領域を超えてくるので、そんなに飲みたいなら家で飲みたい酒を造ったらどうだと提案したのだ。
入門書の本を与えた所、即座に行動に移しているあたり現金な奴ではある。
「ふーむ、思った以上に好感を持たれているね。ユグラは魔王にチキュウ人を好むように仕込みを入れているかのようだ」
「それは思った、でもまあ金の魔王は湯倉成也を嫌っているから違うとは思うがな」
「君の率直な感想を聞かせてくれ」
紫の魔王と接して分かったことを色々と喋る。
着目すべきは人間との関係構築力に乏しいと言う点だろう。
ユグラに与えられた力の強大さ故に、本来その箇所に必要な労力や経験がまるでない。
金の魔王が仮想世界を利用した高精度のプランニングができる反面、現実の事象に対する認識が希薄なのと同じだ。
そして本人が欲しているのはあらゆる実感、そのためにできることをしているが効果が大きい『籠絡』の力に頼ったせいで過去の惨劇が起きたのではないかと言う推論を説明する。
「随分と詳しく見立てているが……」
「心配するなイリアス、まだいつものは使っていない。これくらいは目の前にある簡単な情報からの推理に過ぎない。逆を言えばいつものあれを使っていれば確定情報に近い物として断言できたんだが今回は推論の域を出ない」
「そうか、なら良いのだが……使わずとも頭が回るではないか」
「そりゃあ当たり前だ、相手の感情や立ち位置にのめり込むかどうかの違いだけで情報整理をすることには変わりない。外法を使っていた強力な騎士が正攻法で戦ったからといって急激に弱まるわけでもないだろうに」
相手に成りきるレベルでの理解行為が無い以上、この推論が外れている可能性もある。
相手が知略に長けていればその裏を取られることもあるだろう。
今のところ紫の魔王の行動には一貫性がある、複数の手を持っているという感じはない。
「しかし何と言うか拍子抜けだね、これなら紫の魔王を黒狼族の村に同行させることは容易いだろう。後はどう決着を付けるかだね」
「そこは戦闘に長けているメンバーに任せる、こっちは専門外だ」
今日の夜には黒狼族の村に送った伝令が戻ってくる、正式なアポイントは取っているがこの話の後には破綻になるだろう。
トルトさんが元通りになるのであればそのまま交易させることはできるかもしれないが難しいよな。
思っていることを口にすべきか、しかし……。
「あまり浮かない表情だね、情に絆されたかい?」
「少しな……金の魔王程度ならば見逃してやれないかと言いたいところでもあるんだがな、過去の被害の規模を考えるとちょっとな」
マリトはこちらの考えを見抜いている模様、そりゃそうだ。
こちらの一日のやり取りを読んだのだ、マリトであればこちらの感情の変化にも気づけるだろう。
金の魔王の罪状は僅かな魔界を作っただけ、その後はユグラに瞬殺されている。
それに比べ紫の魔王はどの魔王よりも人間の領土を奪い、今もなお多くの被害を生み出す魔界を生み出してしまっている。
抗っていた人々にとって頼れる英雄達を籠絡し、裏切らせた。
湯倉成也によって断罪され一度命を失ったとは言え、その罪を許す者はほとんどいないだろう。
「この世界に生まれなかった君からすれば紫の魔王に対する偏見も少ないのだろう、そうならざるを得なかった人生を想像し情が移っても仕方のないことだよ」
過度の理解行動の際には完全に割り切って相手を理解するようにしている、そうしなければ悪人や狂人の思考に染まった後に戻ってこれないからだ。
だが今回はそれを封じている、純粋な今の状態で彼女の境遇を感じているのだ。
なまじ想像力が豊かなだけに魔王となった彼女の孤独な人生が目に浮かんで辛い。
ウルフェの例が無ければ踏みとどまれたかどうかも怪しいところだ。
和解できるものならそうしたい、しかし既にターイズに侵入している以上は最善の手段で解決せねばならない。
「順当に進んでいる以上はこれでいくしかない。自覚は無いが『籠絡』の力の影響下に無いとも限らない。接触を行ったこちらとエクドイクは駒として使ってくれ」
「わかった、君は駒として役割に専念してくれ。殺意は俺が向ける」
あまり深くかかわるべきではない、そう思っていたのだが事態は予想外の展開に動く。
翌日になっても黒狼族の村から伝令が戻ってこなかったのだ。
黒狼族の住む森に向かう為には森に入り、山にある洞窟を抜ける必要がある。
発見以来騎士達の手によって森の木々が大まかに伐採され小振りな馬車程度であれば通れる程度には道を作られたと聞く。
荷馬車ともなれば時間は掛かるが軍馬にもなれば一日あれば往復も可能なレベルの筈だ。
伝令は軍馬での移動を行っている、取り急ぎマリトの指示で五名の騎士が黒狼族の村へ向かう。
しかし、昼過ぎとなっても戻ってくる気配は無い。
「何かあったとしか思えないね、これは」
こちらはそろそろトルトさんと待ち合わせの時刻、黒狼族のオババの署名を持った書類を持参すると話は付けてあるのだがこのままではそれも叶わない。
「今戻ったぞ」
エクドイクが姿を現す、五名の騎士を向かわせた後に念のため後続を追わせていたのだ。
「エクドイク、伝令や調査隊はどうした?」
「無事ではある、だが少々困った事になっている」
「困ったこと?」
「悪魔だ」
エクドイクの話によるとターイズにある山の洞窟内にて無数の悪魔の存在が確認されたらしい。
黒狼族の村に向かった五名は行き道は何事も無く抜けられた、すると村に留まっている伝令を発見。
そして洞窟から抜けようとすると悪魔に襲われ、村まで逃げざるを得なかったとのこと。
実際に五名と伝令が再び洞窟に向かうと闇の中から夥しい数の悪魔が道を塞ぎ攻撃を仕掛けてきた。
異常過ぎる物量に圧され、黒狼族の村側の森まで撤退したところ悪魔の追撃は無かった。
騎士達は今もなお黒狼族の村にいるとのこと。
「エクドイクはどうやって戻ってきたんだ?」
「飛んできた」
「そうだったな、それができるんだったなお前」
エクドイクは状況を把握した後に空を飛び、山を上から越えてターイズに戻ってきたのだと言う。
実に人間離れしている男だ。
「数人なら連れて帰れたがあくまで隠密に尾行しろとの連絡だったからな、一人で戻った」
「それで良いさ、しかし悪魔か……数や質はどうだった?」
「取るに足らん下級の悪魔ばかりだな、しかし数が異常だ。ざっと感じた気配では千を超えていた」
「あの狭い洞窟にどうやってそれだけの悪魔が潜めるんだよ……」
「悪魔は基本としてその姿を闇に溶け込ませることが可能だ、行き道で気づかれなかったのはそこだろう」
「エクドイクはよく悪魔に気づかれずに尾行できたもんだな」
「溶け込む魔法の質が違う、奴等は物陰にしか潜められんが俺は人の影にも隠れられる」
ターイズに現れる魔物に悪魔系は存在しない、当然ながら紫の魔王の仕業と見て間違いない。
原因はなんだ、こちらの意図に気づいたのだろうか、それにしては行動がおかしい。
行動に意味があると考えて、何が起こるかを想定しよう。
……おっと、そういうことか。
「紫の魔王の目的は時間稼ぎか、伝令が戻らなければトルトさんを連れて黒狼族の村に向かうことができない」
「そう考えるのが自然かもしれないけど随分と大胆な方法に出たね、遅らせることに意味は……あー、ひょっとして君と一緒にいる時間を伸ばしたいとか?」
黒狼族の村へ行き、商談が纏まればトルトさんは支店を作りクアマに戻ることになるだろう。
紫の魔王も当然一緒に戻ることになる筈だ、仮にこちらと一緒にいたいのであれば支店の店長にでもなれば会う方法はいくらでもあるのだが……。
いや、恐らくはこちらから会いに来て欲しいのだろう。
「そこまで好かれていたとはな」
「しかしこれは由々しき事態だよ、既に黒狼族の村への洞窟は悪魔に占拠されている。こちらとしても急いで騎士隊を編制する必要があるね」
「悪魔退治ならユグラ教の聖職者であるマーヤさんの出番だな、あとラクラ」
ラクラの出番と聞いてエクドイクの表情が明るくなる、これでラクラが嫌いなんだぜ、信じられるか?
「おお、ラクラ=サルフの貴重な出番と言うわけだな!」
「でもあいつ千を超える悪魔が相手とか言ったら逃げないかな」
「それはないだろう、我が父ベグラギュドのいた悪魔の巣窟には万を超える悪魔が存在していた。そこには中級上級、そして大悪魔である父もいたのだ」
「それを殲滅したラクラも大概すげーな」
即座にレアノー隊、そしてユグラ教のマーヤさんを始めとした聖職者隊が編制されることになる。
ラクラは果実酒の漬け込みが終わっていないとゴネたがマーヤさんに強制連行されていった。
その後こちらは再びバンさんの館でトルトさんとの対談、もちろん紫の魔王も一緒だ。
二人の様子に変化はない、紫の魔王の視線が熱いくらいだ。
「実は黒狼族の村に向かった伝令の戻りが遅くてですね、少し村に向かうのが遅れそうなんですよ」
「それはそれは、向こうと何か問題でも起きたのでしょうか?」
「交渉に手こずっているのかもしれません、待たせてしまうことになり申しわけありません」
「別に構わないわよねトルト? 黒狼族との取引は欲しい所だけどもこちらに支店を作る利点くらいあるわよね?」
「そうだな、目玉商品が無くともターイズとクアマの交易の橋渡しにはなれるのだから問題は無い。無論彼等との交渉は続けて行きたいところですが」
「でも経過報告は都度欲しいところよね? その辺を貴方にお願いしてもよろしいかしら?」
「それは大丈夫ですよ、支店作りも兼ねて当面は長い付き合いになるでしょうがよろしくお願いします」
やはりこちらとの接点の維持が目的と見て間違いないか。
トルトさんの用意した資料の相談が終わった後、トルトさんは足早に撤退し再び紫の魔王と二人きりとなる。
一応三人ではあるのだが、エクドイクの背景スキルが凄い。
視界内にはいてくれるのだが気配を完全に断っているのか視線から外れるといるような感じがしない。
完全に裏方に回っており紫の魔王もそのことを気に入っているようだ、単純にエクドイクに興味が無いだけかもしれないが。
再び街を巡る、先日だけでは回りきれなかった場所を含めて色々と歩いていく。
伝令に関する話題も持ち出したがさして気にした様子も無く切り替えられた、その際の動揺などは一切感じない。
慎重なのか大胆なのかその両方なのだろうか、こちらに対する行動も淑やかでいて積極的だ。
こちらとの時間を純粋に楽しみたいという意図だけが共に続いている。
彼女は目的を遂行する行為に一貫性が無いというだけでその意思は一途なのだろう。
その笑顔を見ていると、こちらが謀る為に接触している罪悪感がチリチリと熱を持ってくる。
「さあ、次はどこに――あそこは?」
「あそこは本屋ですね、何冊か合間の退屈しのぎに買っていかれてはどうですか?」
「そうね、貴方がいつも側にいてくれるというわけではないものね?」
普段愛用している本屋、ここには基本誰かと一緒に入ったことはない。
我が家で本を読まない者はいないが買うものは一人だけ、ウルフェは基本借りた本ばかりである。
本屋の中は静か、店員である爺さんも静かに本を読んでいる。
「色々な本があるのね……何かオススメはあるかしら?」
「何かやってみたいことがあればその入門書を買うのがオススメですね。やりたいことの具体的なイメージとかが掴めますよ」
「あまりこれといった趣味はないわね? その辺も見繕ってもらえるかしら?」
「ではちょっと一回り見て見ますね、ユカリさんも気になる本がないか自由に見て回ってください」
「ええ、そうさせていただくわね?」
地球の趣味がエアチャームだった自分としては趣味入門の本だけでも随分と満足が得られる。
流石にウルフェにもその真髄を理解させるのは酷なため野菜を育てさせてはいるのだが。
しかし紫の魔王が好みそうな趣味か、ぶっちゃけ日本の書店なら恋愛小説でも勧めればハマりそうな感じではある。
園芸は少し合わないな、美しい花は似合ってもそれを育てるといった感じではない。
物語に出てきそうな姫様って感じだ、あまり汗水を流すような趣味はなぁ……。
タイトルを眺め、紫の魔王がその趣味に没頭するイメージを浮かべ次の本を探していく。
黙々と繰り返しどうにかこれだと言う本が一冊見つかる、ついでに暇つぶしになりそうな雑学的な本も見つけた。
ユカリさんのことを少し探し、角で本を眺めているのを見つける。
どうやら一冊の本を手に眺めているようだ、何の本……うわ、メジスに関する歴史の本だ。
あの本は一度読んだことがある、割りとポピュラーな奴でウルフェの勉学にも使われた奴だ。
メジス魔界が及ぼした被害とかも書いてあった筈だ、当然紫の魔王に対することとかも。
自分が人間の歴史においてどのような扱いを受けているのか、それを初めて読んでいるのだろうか。
表情だけではどのように感じているか読めないが……。
「お待たせしました、メジスの歴史書ですか?」
「ええ、私昔はメジスの周囲に住んでいたものだからつい気になったのよね?」
「一緒に買われます?」
「――そうね、お願いして良いかしら?」
購入を済ませ再び広場でくつろぐ、今日は体を預けたりはせずに買った本を読んでいる。
メジスの歴史書、当然ながら小説のように盛り上がったりするものではない。
淡々と書かれた歴史を読むだけの学習作業、想像力豊かな人ならばその光景を思い浮かべることもできるのだろうが、はてさてユカリさんはどうなのか。
「ねぇ貴方はメジスの歴史をご存知?」
「ええ、多少ですが。知り合いにユグラ教の聖職者もいますので」
「そう……紫の魔王のことも知っているかしら? 貴方はその魔王についてどう思っているのかしら?」
「世界最大のメジス魔界を生み出したとされる魔王ですね、こちらはメジス出身でもないのであまり意識したことはありません。家族が魔物の被害に遭ったということもありませんから魔物や魔界、魔王への強い嫌悪感などはありませんね。ただ――」
「ただ?」
「どの魔王も皆同じ理由で人間界へ侵攻していたのだろうか、とは疑問に思ったことはあります」
「あら、魔王なんて皆人間に害をなす存在じゃないのかしら?」
「勇者ユグラが討ち滅ぼしたとされる魔王、そのどれもが様々な場所に魔界を生み出してはいますが人間達の住む領土まで攻め込んだ魔王もいれば僻地に陣取っただけの魔王もいます。紫の魔王は陣地を拡大することを優先していたとされていますが黒の魔王は人間を虐殺することだけを繰り返していました。こういった違いを見ていると魔王達もそれぞれ目的が違うのではないか、そう思ってしまうのです」
憎悪、闘争、安寧、その目的は様々だ。
金の魔王に至っては周りがやっていたからというしょうもない理由だ。
彼女から聞いたユカリさんの目的は絶対の支配を欲していたとのことだが、果たしてそうなのだろうか。
確かに紫の魔王の陣地の拡大の速度は他の魔王と比べ異常だ、まともな戦闘を行わず『籠絡』の力で各所を落としていけば当然の話でもある。
より広大な陣地、そして多くの者を支配に置きたかったと考えることも不思議ではない。
「貴方の見立てでは紫の魔王はどのような理由で世界を滅ぼそうとしたと思っているのかしら?」
「少なくとも人を恨んでいるようには感じていません、いや恨む恨まないではなくあまり興味が無かったんでしょうか」
「あら、どうして?」
「人の生き方と一緒ですよ、浅く広い関係を持とうとする人がいれば深く狭い関係を持とうとする人もいる。深く広い関係と言うのはなかなか難しいですから、そこは本人の器量次第ですが。紫の魔王は兎に角領土を広げていった、しかしその際の人間に与える被害は他の魔王に比べて少なかったと学んでいます。恐らくは人間にあまり関心を向けていなかったのではないかと」
「――そうかもしれないわね?」
「話を戻して目的ですが……多分無かったんじゃないでしょうか」
「理由も無いのに世界に大きな傷痕を残したと?」
「はい、多分そうしたのはそうできたからだと思います。多くの魔物を支配し、人すらも支配できた。だから支配した。何かを求めたのではなく、そうすることで何かを得られるのではと思って動いていたのではと」
と言うのがこちらの現段階の分析だ、果たして反応してくれるだろうか。
ユカリさんは本をパラパラと捲りながら、そして静かに頷く。
「ええ、きっとそうなのかもしれないわね? だけど紫の魔王は何を得たのかしら?」
「恨み辛みならいくらでも得ていそうですが……本人が得たものはほとんど無いんじゃないですかね。魔王の力は強大で様々なことが容易にできる、できてしまうからこそそれで得た物に価値を見出せなかった。それでも何かが得られると」
反応を見ている限りではほぼ正解と言ったところか、ユカリさんは静かに話を聞いてくれている。
「貴方の語る紫の魔王と言うのは、まるで私のようね?」
「規模は違いますけどね、ですがユカリさんのその髪や瞳を見ればそうだと言われても信じてしまえそうですが」
紫色のアメジストを連想する髪と瞳、紫の髪をもつ者はこの世界ではさほど珍しいというわけでもない。
すぐ傍にいるエクドイクも暗い色の紫色をしている。
だがここまで輝く紫はユカリさんくらいなものだろう。
初見であろうと紫の魔王だと自己紹介されれば納得してしまう妖艶さだ。
この話で何か満足したのか、ユカリさんは宿へと戻っていった。
再び検査を受け、セーフ判定。
恐らくではあるがユカリさんは意図的に『籠絡』の力に頼ろうとしていない。
それに頼らずにこちらとの関係を楽しみたいと思っているのではないだろうか。
傀儡にしてしまえば、それは意のままに返事をするだけの人形と変わらないのだ。
「それでマリト、洞窟の様子はどうだ?」
「あまり芳しい話ではない、通信用水晶を通してマーヤから連絡が来た。浄化魔法に反応して悪魔達は反撃を開始、洞窟内での長期戦等は不可能と判断し撤退。悪魔達が過度に溢れない程度の距離を保ちながら今もなお戦闘を行っている。レアノー卿の指揮の影響もあり死者はいないがそれなりに疲弊してしまっている」
やはり狭い洞窟内では満足な実力は出せないのだろう、ラクラとてどこまでやれることやら。
しかしアンデッド相手にも引けを取らなかったレアノー隊が疲弊するとはやはりその数は異常なのだろう。
「ラクラの様子はどうだ?」
「レアノー卿の開いた口が塞がらない程に優秀だ、騎士達が剣を振り上げ降ろす間に視界に映っている大半の悪魔が死滅しているとな」
「わお」
下位の悪魔ともなれば野生動物の少し上と言った程度、そうなると一体一体を圧倒できる騎士よりも魔法で複数同時に処理ができる聖職者の強さが引き立つのだろう。
そして戦闘だけはラクラが人生で本気で磨いてきた技術だ、その錬度はイリアスにだって引けを取らないだろう。
「ラクラに任せれば早くケリがつくかもしれないな」
「いや、そのラクラも早々と撤退しマーヤに言ったそうだ。この洞窟にいる悪魔の総数は千どころではないとな」
エクドイクの見立ててでは千を超えると感じた程度だったが、専門家のラクラにはその総数に見当が付いたのだろうか。
「それはどれくらいだ?」
「――ラクラが確認できた規模だけで一千万、既に洞窟内に無数の亀裂を生み出し今もなおその数が増えているとのことだ」