とりあえず狙い通り。
最初の切っ掛けを口走った山賊は悩んでいた。
あの若造を見た時、こいつは弱いと侮っていた。
探知魔法を駆使し、獲物の選定を行う内に魔法を使う前から相手の強さを見極める技術が身についていた。
若造を見た感想として、体の作りもそうだが強者特有の気配と言うものが何も感じられなかった。
力を隠しているという様子も見られない。唯の一般人に過ぎないと。
それ故につい、この程度ならわかるまいと口走ってしまった。
それがどうだ、俺達は今揺さぶられている。
戯言で誤魔化しているわけではない。こちらが気づけなかった盲点を突いてきたのだ。
山賊を束ねている隻腕の男のことを思い出す。
突如現れ山賊同盟を持ちかけてきた。
ボスのギドウは内心隻腕に恐れを抱いていたのだろう。提案を素直に呑んだ。
テリトリーを分け合うと言うデメリットはあったが、それ以上の物をこちらに与えてきた。
商人たちの情報、探知魔法による索敵術、魔封石を使った逃走術や洗脳魔法への抵抗法。
今まで以上に安全に仕事をこなし、利益を得ることができた。
だが楽を知れば欲深くなるのが人間、それが山賊を生業としているならなおのこと。
中には隻腕の提示した条件を破り、好き勝手に行動し始める一味もいた。
だが隻腕にとってそれは必要な材料でしかなかった。
『そうそう、同盟内でのルールを破った者の末路について詳しい話をしていなかったな。粛清するといったが具体的にどうなるかを教えてやろう』
そう言って死霊術によって無残な化物として使役された同業者を見せられた。
以前見たことのある顔が、微かな面影を残している。
それだけじゃない、奴らは自我を残されていた。
泥水のような汚れた液体を眼から流して、うわ言のように呟いていた。
『死なせて……死なせてくれ……』
山賊として生きてきた以上、死ぬことの恐怖は乗り越えたつもりだ。
だが死してなお惨たらしく生き続ける姿を見せられ、それを超える恐怖を刻み込まれた。
だからこそここで死のうとも、あの姿になることだけは避けねばなるまいと心にした。
しかし若造の言ったことはその決意を揺るがしてきた。
見つかるはずの無い洞窟に騎士達が攻め入った事、偶然だと言ったが確かに起こったでき事なのだ。
ならば今後同じように他の一味の情報が偶然漏れる可能性もある。
そうなった場合、真っ先に疑われ粛清されるのは誰なのか。
体が震える、頭が惑う。
仲間と相談したい。だが今は一人引き離されている。
どちらもリスクのあることには変わりない。ならば自分達を処刑する騎士達に利益を与えるようなことはしたくない。
でも人として死ねる可能性はこのまま死ぬよりも……。
「ダメだ、今は休もう。もっと時間を掛けて考えるべきだ」
そう、あの若造はこちらの取る手段の欠点を伝えてきた。
ならば提案してきた内容にも落とし穴がある可能性もある。
まずは落ち着き、冷静に考えられるように休むのが最善の行動なのだ。
「おう、そろそろ交代だ」
部屋の外から騎士達の声が耳に届く。見張りが替わるようだ。
「おう、誰か吐いた奴はおるのか?」
「いーやどいつもこいつもダンマリしてるの」
そうだ、そう簡単に吐くわけがない。
その言葉に安堵の息をつく。
仲間達も考えていることは同じなのだろう。考えなしの馬鹿というわけではない。
「じゃがの、本当に処刑日を伸ばすつもりなのか?」
「うむ、そのようじゃぞ」
「食わせる飯とて民が汗水たらして作った物だというのに」
「その点なら問題ないぞ」
「ふむ?」
「処刑日を延ばすのは三人までだそうだ。他はさっさと処刑し、その分浮いた食料をまわせば負担も減るとな」
呼吸が止まる。心臓の鼓動が高まる。
聞き捨てならないことを聞いた。
今、何と言った?
「しかしまたなんで三人なんじゃ?」
「七人全員が情報を吐いても同じ情報が被るだけじゃろ。事実確認や食い違いなどを考察するだけなら三人いれば十分と坊主は言っておったぞ」
「それもそうじゃな」
あ、ああああ!
あの若造が提案した事の落とし穴はこれか!
そうだ、あの若造は一度として『全員の』と口にしていない。
確かに数人いれば嘘やでまかせの確認もできる。全員の吐露を待つ必要は無い。
なんて容赦の無い奴だ。これじゃ四人は確実に最悪の展開になる。
情報を吐く代わりに確実に裏切り者扱いになるが、隻腕が死ぬまでは安全を確保される。
情報を吐かないことで裏切り者扱いにはならないが、隻腕の気分しだいで死霊術の餌食になる。
どちらにも望みの一端があるからこそ悩めた。
だが三人、情報を吐いたらどうなる?
三人は保護下になるが四人はすぐさま処刑される。
そして七人全員が裏切り者扱いを受ける。
隻腕は言った、『どこにいても、死んでいようが必ず報いは受けさせる』と。
四人は情報を吐く場合、吐かない場合、両方の悪い点だけを背負わされることになる。
無事に人間として死ねる椅子に座れるのは三人までなのだ。
「お、おい看守! 情報を吐く! あの若造を呼んでくれ!」
扉を叩く。この事に他の奴らが気づけば間違いなく情報を吐く!
「なんじゃ騒がしいの。素直になるのは良いことじゃが明日にせい。坊主からは明日から話を聞くと言ったじゃろ」
「ふっざけんな! 今すぐ話してやるって言ってんだろ!?」
「うるさいのう。坊主もとっくに眠っておる。ほれ紙をやるから何を話すかリストでも書いておれ。朝一で渡してやるわい」
そういって扉の下から一枚の羊皮紙を、格子窓から細長い炭を渡される。
このまま訴えていてもあの若造を呼び出すことは無理だろう。ならどうすれば他の奴より先に椅子に座れる?
炭を手に取り、紙に文字を書き始める。
奴らが欲しがる情報を少しでも多く、興味を引いてもらえるように。
◇
「七人中五人が情報提供の旨を伝えてきた。これが話すと言った情報のリストじゃ」
起床後、兵舎で朝食を取っているとカラ爺さんが羊皮紙の束を渡してきた。
それを流し読みしながらイリアスさんに渡す。
「どの情報が役立つか分からない。聞けるだけ聞くとしよう」
「しかしどれも鬼気迫ったかのように……」
最後の仕上げ、それはカラ爺さんやイリアスさんに『情報を受け取るのは三名まで』という話を山賊達に聞かせることである。
人は限定された物に弱い。そういった物に手を出しやすい生き物だ。
そしてその情報は偶然的に入手したものであればあるほど効果的だ。
セールスマンが『今しか買えない、手に入らない』と謳い文句を語ったところで食いつくのは思慮の浅い者だけだ。
考える人物ならばそれが買わせる手段なのだと気づき警戒心を持つ。
だが第三者から偶然的に耳にした情報ならばどうか?
メディアを通して知った情報と、偶然自分で知った情報の場合ではその信憑性に差が出る。
これは与えられた情報ではない。自分が得た情報なのだ。
それ故に信じてしまう。偽りの情報だろうとなんだろうと。
そういう詐欺も一時期流行ったものだ。
「それはともかく」
強く信じ込ませることにより彼らはより焦っただろう。
そして、どうすればより確実に情報提供者の椅子に座れるか考えただろう。
そこに渡された紙と筆記用具。
最後にできるアピールポイント。
一つでも多くの情報を持っていることを、より重要な情報を持っていることをこちらに示そうとする。
結果、その場で伝える以上に彼らは自分の持つ引き出しを開示してくれる。
「カラ爺さん。十時から話を聞くことを全員に伝えておいてもらえます?」
「全員まとめてやるのかの?」
「いえ、こちらは別の人の話を聞いていると言う事を伝え、全員それぞれ別の騎士達に話を聞いてもらいます。十一時に」
「またなんでじゃ?」
「自分が二番目三番目と思ってた方がよりよく語ってくれると思いますから」
「徹底しておるの……まあ分かったわい」
カラ爺さんは部屋を出る。
イリアスさんは神妙な顔でこちらを見て語りかけてくる。
「君は元の世界でどういう風に生きてきたんだ?」
「また漠然とした質問だな」
「君の世界には魔法が無いという話は聞いた。だがそれ以外はほとんど聞いていない。君が今回とった行動は私からすればどれも……」
「騎士道に反している、人として好ましい方法ではない?」
「そうだ。人の弱みに付け込み、利用する。そんな方法を自然と選択している。この世界でそういう事ができるのは悪知恵の働く商人や犯罪者、もしくはそういった者達と関わった者だ。聞かせてはもらえないだろうか」
「無難に生きてきた」
「それはない、どうみても――」
「無難って言うのは誰からも非難されず、平凡に暮らせているという事だ。そういう風に立ち回って来たんだ。この世界と元いた世界の大きな違いとしては接する範囲だ」
水を飲み、一息いれる。
「他人を知る機会が、手段が多く存在している。多くの人物と接すればその違いの差異を知る機会も増える。その中には当然良い人間も悪い人間もいる。悪い人間は悪意を持って人に害を成し、自ら得しようとしている。そういった悪人が多すぎて油断もままならない世界だ」
「……」
「そういった世界で平凡に暮らす為には、悪人から身を守る知識がいる。狙われないように立ち回る手段がいる。そしてその行為によって他者に非難されないよう配慮する術がいる。そういったわけで無難に生きてきたよ」
「私には君というものがうまく理解できない。マーヤや私達と接する時と山賊達を前にした時、どちらが本当の君なんだ?」
「どちらもだ。どちらも紛うことなく自分だ。君だって民を前にする時と悪人を前にするときでは態度は違うだろう。君の場合はどの場合でも騎士であるイリアスとして接している。自分の場合は相手によって在り方も変えている。それだけだよ」
「それは悪を前にするときは悪になるという事か」
「悪を理解した在り方をすると言う事だよ」
「……歪な鏡のような生き方をしているのだな、君は。なるほど、合点がいった」
ふぅと溜息をつくイリアスさん。
その表情は幾分か力が抜けているようだった。
「相手の在り方に合わせて自分の在り方を変える。よくもまあそんな面倒な事ができるものだな」
「無難に生きるのも大変でね」
その後、山賊達からの情報収集は成功した。
中には他の山賊との伝達役もいたらしく、他の一味の拠点の情報なども入手できた。
そして『山賊同盟』なる協力関係を築いた死霊術を使う隻腕の男の話も上がってきたのだった。