目下のところ邂逅。
エクドイクの突発的な発言に飲んでいた果実酒を噴出し、ついでに咳き込んで咽る。
「……君な」
「わ、悪い。エクドイクが急にぶっ飛んだことを言ってきたもんでな」
とりあえずイリアスにハンカチを渡し、サイラに拭くものをお願いする。
なんかしれっとイリアスが同じ酒を注文していたが気にしない。
「違うのか?」
「そりゃあ違うだろう、何でそう思ったんだよ」
「同胞がここまで協力する理由がそれしか思い浮かばなくてな」
「一応色んな奴に協力してるんだけどな」
ラクラの地位向上のために動いてはいるが、誰かの為となるとイリアスの立場の改善やウルフェの自立のために動いたりもしている。
「イリアス=ラッツェルには恩義がある、ウルフェには同情心と将来性を感じている、ノラやミクスはむしろ協力者だ、その辺の関係は把握している」
「分析が丁寧なことで、ラクラに関してはエウパロ法王に任されたし、お前が敵に回らないようにするためだって前に言ったろう?」
「しかし今ならいざ知らず当時から考えれば俺を生かす価値は薄い。エウパロ法王にもさほど恩義があるわけでもない。つまり同胞はラクラ=サルフに個人的な目的で協力していることになる。ラクラ=サルフに対して何故そこまでできるのだ? 娶るくらいしか利点がない気がするのだが」
なるほど、分析としてはまずまずと言った所か。
確かに当時のエクドイクは敵、深手を負っている状態にまで追い込めたのだから殺してしまった方が早い。
エウパロ法王にも依頼はされた、マリトと二人掛かりで任されて拒否権は無かった気がするが保留のままにする手段もある。
「別にラクラに利点なんて求めちゃいないさ、人の場所が居心地良いって居座っているだけの奴だ。見返りなんて求めてたらそれこそ居心地が悪くなるだろう?」
「そんな理由なのか?」
「そんな理由なんだよ、そりゃあラクラがいない方が色々上手く行く事柄も多いかもしれんがそんなことはこちら側から依存してない限りは大抵の奴には言える。例えばマリトと友人じゃなければターイズに拘る必要も無くなりこの世界を自由に冒険できていただろうしな」
「解せんな、不利益ばかりだと言うのに見限らないのか」
「利益ならあるさ、こっちの居る場所を居心地が良いと思ってくれて態度にまで表してくれているんだからな」
ラクラの憎めない所はそこだ、ふらっと人の場所にやってきた上に居心地良さそうにしている。
色々荒らしてくれるがふとした瞬間に和めるのだ。
「ああ、猫みたいなもんだな」
「観賞用に獣を飼うようなものか。あんなもの、見ていて疲れるだけだろうに」
「慣れたら可愛いもんだ……そういや地球でも元気にしてるかなーアイツ」
ラクラの生態を考えていると地球でも似たような奴がいた、人間ではないが言われて見ればラクラと似ている。
もっともラクラと比べてずっと賢いし、気高い奴なんだが。
「ん、君は猫を飼っていたのか?」
「いや、野良猫だ。プルトンって名前をつけてたんだけどな、すっかり人の家に居ついていたんだ」
「それは餌をやっているからではないのか?」
「いいや、人間の食べ物は味が濃いからやらなかった。わざわざ野良猫に猫用の餌を買う気も無かったしな。気位が高いのか近所の奴が餌を上げようとしているところは何度か見てるが一度も食べてなかったな」
「それなのに君の家に居ついていたのか」
「ああ、暑い日は涼みに、寒い日は暖を取りに、雨を凌ぐために、静かに寝るためにとな。ちなみにビックリするほど懐いてくれなかった。十秒以上撫でると逃げるんだ」
基本はベランダがメインだから今も居る可能性はある、それとも別の場所に拠点を移したのだろうか。
風格あったし、他の場所でも元気にやっているだろう。
「――その猫の話をすると随分と優しい顔ができるのだな」
「そうか? いつも通りなつもりなんだがな。ま、そんなもんさエクドイク。自分の場所を認めてくれる奴ってのはなかなか憎めないもんだ」
「しかし良いように利用されるだけではないのか?」
「そうかもな、でもこっちが平気なうちはそれでも良いのさ。甘えた要求はウルフェのためにならんから突っぱねるがな」
イリアスやウルフェは真面目だ、本来不真面目なラクラにとっては居心地が良いとは言えないだろう。
それでもラクラは二人と仲良くなれている、人の居場所を気に入ってくれている。
ラクラのために色々助力している理由なんてそんなもんで十分だろう、自分の周りが無難に生きられればそれで良いのだ。
「あまり理解はできないが今後の課題にするとしよう。だがそうなると同胞はどの女を娶る気なのだ?」
「どのって拘るなお前、……今の知り合いにそんな相手はいないな」
「好みがいないと言うことか、どういう女が良いのだ?」
「えらい推してくるな、何か企んでいるのか?」
「企みと言うよりかはこちらからも恩返しをしたい、大した利点も無く俺の目的のために尽力している同胞に何かできないものかとな。良い大人なのだからそろそろ妻の一人や二人得ても良いのだろう?」
「マリトみたいなこと言ってくるな……あんまり好みはないな、個性を潰してまでこっちの好みに変わられるのはかえって見苦しいもんだ」
「なるほどな、だが多少はあるのだろう?」
「女性はかくあれなんて風習は持ってないからなぁ……ああでもミステリアスな女性は惹かれるな」
ほら、こうスパイものの映画とかで色々過去が深そうで正体がつかめない感じの女性っているよね。
謎のヴェールと言う者は想像力に働きかけてくれるから一緒に居ると頭が良く回りそう。
日常的に相手をするのは気苦労があるので付かず離れずな関係が好ましいが。
「ミステリアス、正体不明な女が良いと言うことか」
「その言い方だと人間じゃない奴になりそうで怖いな、おい」
「何を考えているのか分からない奴」
「うーん、ちょっとクレイジー入ってそう。この話はもう終わりにしようか、多分お前にゃ無理だ」
エクドイクが紹介できそうな女性ともなれば真面目か物騒かの二択になりそうだしな、ギリスタとか紹介されかねん。
ギリスタも割りとミステリアスというか艶やかな感じはするのだが、それ以上にサイコパスだ。
結局こうしてエクドイクとの語らいは終わる、今後はイリアスとラグドー卿の鍛錬スケジュールを見ながら事前に連絡しての護衛交代となる。
連絡手段についてはエクドイクの鎖に特定の魔力を込めると本人に簡易的な呼び出し通知がいくとのこと、その方法はウルフェに教えているのでそこを経由するようにとのことだ。
もう何でもありだよなこの鎖、そのうちこれを起点に瞬間移動くらいしてきそうだ。
エクドイクと別れ夜道をイリアスと二人で歩いて帰る。
『犬の骨』では飲み潰れる寸前まで行っていたイリアスだが、夜風に当たってからほろ酔い状態にまで戻っているようだ。
当人曰くその気になれば魔力を張り詰めれば酔いは誤魔化せるとのこと、魔力って凄いね。
「それにしてもエクドイクが護衛になることに関して思った以上に抵抗が無かったな。嫌な顔はしていたがな」
「私とて自らの未熟さは理解している、意固地に今の状態を維持するよりかは少しでも成長してより強くなった方が将来的に良いと判断してのことだ。嫌な顔はするがな」
「それは殊勝な心がけだな、うかうかしているとウルフェに追い越されないとも限らないしな」
「そうだな、……ところでさっきの話を蒸し返すようだが君は思ったよりもラクラのことを好いていたのだな」
「好きか嫌いかで言えば好きだろうよ」
「同居をアレだけ嫌がっていたのにか」
ラクラが教会を追い出された日、イリアス家に上がりこもうとした時に唯一反対したのがこちらです。
結局家主の鶴の一声でラクラの同居が決定したわけなのだが。
「あの時はそこまでの関係じゃなかったしな、身近になるとなんやかんやで好感度はあがるもんなんだよ。イリアスだって最近は随分親しげじゃないか」
「確かにな、性格は真逆なのだがどうも憎めない。ラクラはそういう奴だな」
「緩やかではあるが互いの関係ってのは変わってしまうものだ、変えようと思おうにも思わないにもかかわらずにな」
「そうだな、私と君との関係も最初を思い出せばすっかりと変わってしまったものだ」
「全くだ、お前のことを理解させろだの私を理解しろだのそんな関係夫婦でも滅多にないぞ」
「むぐ……」
今更ながらに赤面するイリアス、酒のせいもあってかかえって精神的に受け止めやすくなっているのだろうか。
「それだけ重要視されているのはありがたいけどな」
「――私と君の関係はどう言い表せば良いのだろうな」
「唐突だな、……端的に言えばラブよりライクだろうが」
「良く分からない単語を使うな」
「愛より好きってことだ、異性としての恋愛感情と言うよりは互いに人間として好ましく思っている。互いの長所を気に入り、短所はどうにかできないものかと悩んでいる。愛なら短所だって受け入れるものだからな」
「そうだな、……私の短所とはなんだ?」
「粗雑で野蛮なところ」
「言ってくれるな、では長所は?」
「人の短所を知ってなお長所を好いてくれるところ」
どんなに好感を持てる相手でもふとした瞬間に幻滅することは多々ある。
イリアスはこちらの短所と言える部分を見て拒絶したにもかかわらず、今もこうして隣に居ようとしている。
理解できない、許容できないことを知ってなお受け入れると言うことは心の強さの表れだ。
誰かさんが同じ立場に自分の心身を投影しなければできないことを自己を保ったままにやっている。
「……改めて言われると恥ずかしいことだな」
「酒でも入ってないとなかなかな」
「――私は自分には無く君が持っているものに惹かれている、きっと君のことが好きなのだろうな。騎士を目指す傍ら、君の側で君を守り続けられる強さが欲しいと思っている。これはおかしな事なのだろうか」
「信頼できる相棒にしたいとか、そういった欲求はそう珍しいものじゃないさ」
「相棒か、そういわれるとその立場がとても望ましく感じるかもしれないな。私は外道を許せないが君は許せる。君は正道を歩めないが私は歩める。私には剣があるが君には知恵がある。互いを補うには丁度良い匙加減なのかもしれないな」
「反対なだけならむしろそりが合わないと思うんだがな」
「それもそうだな……ではどうしてだと思う?」
「単純に、根本的な箇所で似ているんだろうよ。大切なものへの想いとかが近しい、だから違いがあっても受け入れられるし、その違いを補い合える」
「難しい話だな」
「難しい話だ」
エクドイクが隣に居た時は口数が激減していたイリアスだが、随分と今日はお喋りだ。
奴に触発され、そして今の自分の立場や感情に答えを求めたいのだろう。
そんなもの、一時的な理解に過ぎないのだが求めてしまう気持ちは昔よく体験したものだ。
「私と君は恋仲になったりするのだろうか」
「酔いが激しいようだな、そろそろ止めておいた方が明日に後悔せずに済みそうな話題になっているぞ」
「茶化すな、私にはそういった感情はわからないが無関心と言うわけではない。どうなんだ」
目が据わっておられる、イリアスさんって酔った記憶持ち越してる感じがするからあんまり問題発言をさせると今後の関係に支障が出そうなんだよな。
取りあえずはまともな話のまま終らせるとしよう。
「互いに好いているならそういうこともあるかもしれないな、これくらいの距離感で夫婦になることだって珍しいわけじゃない。こっちの世界だともう少し恋愛感情に発展しないと難しそうではあるがな。こればっかりは読みようが無い」
「そういうものか」
「意識するだけ無駄だぞ、人間恋に落ちるときは突然だからな。意識したところでそうポンポン進むわけでもない。なるように任せるのが一番だ」
散々意識しておいて相手がその気にならずに終わり、疲弊して冷めたところで相手が意識し出すとか良くあることだ。
イリアスがその辺を意識して行動したとしてこちらがその気になるとも限らない、その逆も然りだ。
無駄に意識して丁度良い関係を崩すと言うことも十分にありえる。
「その言い方では君は恋をしたことがあるのか?」
「あるさ、顛末に関しては一人身であることから察して欲しい」
「振られたのか」
「口にしやがった、自重しろよ酔っ払い」
異性を好きになり、意識することはそう珍しいことではない。
それが恋なのか愛なのか、振り返ってから分かることもあればうやむやなままもある。
「今の私にはまだ早そうだ、恋や愛に気持ちを流して騎士の道を捨てたいとも思わない……。今は君のよき相棒になれることだけを考えるとしよう」
「一番の相棒はこいつだけどな」
そういって腰から下げている木刀を指し示す。
普段から相棒と呼んでいるのはこいつだけだ、二代目ではあるが。
「これが私の宿敵か……折るも燃やすも容易いな」
「お前な、これの価値が分からんようならお前はこいつには勝てんぞ」
「価値か……初心を思い出すとかそういった話は聞いたが」
「それだけじゃないさ、これにはこれの良さがある、トールイドさんだって言ってただろう」
「言っていたな、私には良く分からないが……貸してみろ」
「絶対やだ」
「ケチンボ」
普段のイリアスですら嫌なのだ、酔っ払った勢いで折られては堪らない。
覚えているぞ、エクドイクの鎖の断末魔をな!
無機物であるはずの鎖が断末魔らしき悲鳴を上げて弾けた様は今でも夢に出る。
「ほら、さっさと帰る……うん?」
視界の先、気分でも悪いのだろうか一人の女性が道の端に寄りかかって座っているのが見えた。
イリアスもそれに気づいたのか、もう何段階か酔いが覚めているようだ。
お互いに顔を見合わせて頷く、そして女性の下へ歩み寄り声を掛ける。
「あの、大丈夫ですか?」
観察その1、女性の服装は貴族の令嬢等が好んで着る物でありそれなりに裕福な人間である。
しかしこの時間帯、かつここは一般層が集う地域だ。
『犬の骨』等に立ち寄る貴族は居るが帰り道としては逆である。
観察その2、女性の髪の色は艶やかな紫色、近しい色は多々見受けられるが照明石の灯りの中宝石の様な輝きを放つのは初めてみる。
観察その3、スタイルはよろしい、ラクラにも負けてない。
「――ああ、ごめんなさいね? 少し道に迷ってしまって……休憩がてらに座っていたらうとうととね?」
女性が顔を上げる、多少不健康そうな色白の肌に整った顔立ち、そして髪の色よりもさらに煌びやかな紫の瞳。
端的に言えばとても艶やかな美女、久々に初見でドキリとした。
「貴族の方ですか? あまり見ない顔ですけど」
「ええ、ターイズには先日ね? 商人の友人につきあって観光しに来たのだけれど……彼は商談の付き合いでいなくてね? 一人は退屈だったのよね?」
イントネーションがおかしいと言うか常に疑問系で語っている感じなのだろうか……。
はて、こんな特徴の人物どこかで聞いた覚えがあるのだが。
「道に迷ったなら案内しますけど……失礼ですがお名前は?」
「――ユカリ」
女性はそう名乗った。
イリアスは反応していない、する筈が無い。
紫と言う漢字をユカリと読むなんて知識がこの世界にはないのだ。
その知識を持っているのは日本人程度のもの。
他に日本人であるのは湯倉成也、その人物だ。
その関係者かつ紫を連想する人間ともなれば……いや人間と言うべきなのか。
「ユカリさんですか、付近の建物や光景は覚えていますか?」
「そうね? 貴族の住む地域で噴水の見えた広場の近く……教会も途中通ったかしらね?」
「教会となるとマーヤさんのところか、確かその先に広場があったよな?」
念のためイリアスの名前は伏せる、イリアスはそんなこと特に気にした様子も無く頷く。
「ああ、多分そこで間違いないだろう」
「それでは案内しましょう、本当は馬車を手配できれば良かったのですが……時刻が時刻ですからね」
「それは嬉しいのだけれど……実は靴が壊れてしまったのよ?」
そういってユカリと名乗った女性は足を見せる。
細く白い肌の足の先に履いている靴、確かにヒールの部分が片方折れている。
「差し支えなければ背中を貸しますが……」
「ええ、お願いするわね?」
流石に初対面の状態でイリアスに背負わせるわけにもいかない、不自然の無いように背負う形になった。
……うん、ラクラより大きいかもしれん。
煩悩を払いつつ、目的の場所まで先行して進んでいく。
「ユカリさんはターイズへの観光は自然がお目当てですか?」
「ええそれもあるわね……静かな森は大好きよ? 後は人探しかしらね?」
「人探しですか、知人でも?」
「どうかしらね? お世話になったかもしれない相手がこの国にいるかもしれなくてね?」
「どう言った方です?」
「黒い髪、黒い瞳、異国の言葉を知っている殿方なのだけれど知っているかしら?」
「この国では会ったことはありませんね」
その男、今貴方を背負っていますね。
現在魔法の影響で髪の色と瞳の色が変化しているせいもあって気づいてはいないようです。
しかしそこでイリアスがハッとしたように立ち止まる、演技下手糞か。
「よそ見してないで早く行くぞー」
「あ、ああ。なあ――」
「お前は飲みすぎでふらついているんだ、余計な口を開くと以前みたいに吐くぞ。酔いを醒ましながらちゃんと付いて来いよ」
「……わかった」
流石に色々不穏な気配を感じ、話を合わせる事を理解してくれた模様。
あまり下手な詮索は止しておくか、話題を変えよう。
「ところでご友人である商人とはもしかしてクアマの?」
「あら、良く分かったわね?」
「その商談相手の商人が知り合いでして、確かこちらに支店を作るとか聞きましたけど」
「ええ、この地方で珍しい亜人が住む村が発見されたと聞いたのよね?」
「黒狼族ですね、時折この街でも見ますね」
「一度その村にも行ってみたいのだけれど……私みたいな普通の人間が入れるのかしらね?」
「どうでしょうかね、個人での観光は難しいと思いますけどご友人の付き添いでなら可能性はあると思いますよ」
その後は他愛の無い話をしていった。
分かったのは先日ターイズに友人である商人とこの場所を訪れたと言うこと。
現在は空き家となっていた屋敷を間借りして支店を作るまでの仮住まいとしていること。
ユカリさんは好事家であり、貴族であった親の財産をゆったりと使って生活しているとのこと。
その程度の話をしてようやく目的の場所に辿り着いた。
見覚えのある場所に出たらしく、後はすぐに歩いていけるとのこと。
「とても助かったわ……お名前を聞いても良いかしら?」
「いえ、名乗る程のことはしていません。もしもまた会うことになりましたらその時は名乗らせていただきますよ」
「そう……ではまた会うことを楽しみにしているわね?」
そういってユカリさんと別れ、イリアスと共に再び帰路に着く。
しばらく歩いているとイリアスが口を開いてきた。
「あの者は誰だ? 君のことを知っていたようだが」
「多分『紫の魔王』だ」
「……なっ!?」
「変に慌てるな、まず周囲に尾行が無いか確認してくれ」
「……気配は感じないな」
念のため小声で気付いたことを話す。
ユカリと言う名前は紫を指し示すこと、クアマにいて日本の知識に触れた機会を持ち、そして現在ターイズにいる黒髪、黒目の男を探している人物。
そして金の魔王から聞いた各魔王の話し方の特徴など等、これらから絞られるのは紫の魔王ではないかと説明する。
「ラーハイトの刺客の線も考えているけどな、髪と目の色が変わっていて丁度良かった」
「そうだな、――君は彼女が紫の魔王と気づいて背負ったのか?」
「仕方ないだろ、出遭ったのは偶然だ。だけどあの場で正体を問い詰めて戦闘になってみろ、どうなったものかわかったもんじゃない」
紫の魔王、無数の悪魔を従える存在だと金の魔王からは聞いている。
イリアスが気づいていないと言うことは近くに悪魔が潜んでいた可能性は低いが万が一もある。
そもそも最弱である金の魔王の実力しか知らないのだ、他の魔王単体の実力がどれ程なのかも分からない。
金の魔王同様に内政向けの超越能力ならば良いが戦闘に流用できるのならば洒落にならない。
民家が側にある場所で即座に戦闘に持ち込むわけにも行かない。
「これからどうするつもりだ?」
「多少なりとも詮索してしまったからな、今から向きを変えてマリトのところに行けば尾行されていた場合に怪しまれる。明日朝一で相談しに行くさ」
もう関わるまいと思っていたのに、よもや魔王が単身でやってくるとは思いもしなかった。
紫の魔王は人間界への侵略に率先して動く側の魔王、その存在が既にターイズに根を下ろし始めている。
この邂逅は幸運と見るべきだろう、もし向こうが先にこちらの存在に気づき行動していた場合を考えるとなかなかに頭が痛い。
無難に生きたいだけなのに、異世界に移動してもトラブルは付きまとうものである。
ラーハイトどころの騒ぎではない、そういやあいつ今頃何してるんだろうな。
これにて三章終了です。
次回からは第四章となります、ここまでのご愛読ありがとうございます!




