目下のところ凄い。
マリトに要請していたイリアスの休日の際に付けられる護衛だが、暫定的に決まったのはカラ爺であった。
メインとなる仕事がある以上週に1~2回が限度ではあるが十二分である。
「そういう訳で今日は一日よろしく頼むぞい」
「わーい、わーい」
「どういうわけか納得いかない。君は何故カラ爺相手だとそんなに喜ぶ」
朝、朝食を済ませた少し後にカラ爺が迎えに来た。
そんなわけで本日がイリアスの休日、久しくイリアスが私服姿である。
「ふぁっふぁっふぁっ! あまりイリアスの前で喜ぶのは止さんか、またわしの腰が被害に遭うわい」
「もうそういう真似はしない、ただ単純に彼の態度が気に食わないから溜まり切った不満は彼にぶつけるようにする」
「人に会うことを喜ぶことすら許されないとは心の狭い騎士もいたもんだな」
イリアスの方はこの後サイラと一緒に出かけるとのこと、待ち合わせは昼に広場なのだがサイラの奴既に広場にいないだろうな?
昨日誘われた時の喜びようといったら……足を運んでおくとしよう。
「しかしの坊主、お前さんも今日は休みと聞いておったが家でゴロゴロするつもりかの?」
「いえ、最近は家にいると羊皮紙とペンに手が伸びて休まらないので街を少々歩こうかなと。あとはバンさんの所ですかね」
「なんじゃ、冒険はせんのか」
「いやーなんか普段やらないことをすると大抵何かしら起きるもので」
「そうじゃのう……お前さん長生きするんじゃぞ?」
熟練の騎士に短命そうだと心配される異世界人、まあ確かに波乱万丈ではある。
そういったわけで外出、今日はラクラとウルフェもイリアスと一緒だ。
イリアスの交友関係の増加も大事だがそれはウルフェも同様だ、近しい年はサイラくらいなのはウルフェとて同じ、精神年齢を考えるとノラも良いのかもしれないが。
ラクラは……一人放置すると拗ねるし何をするかわからない。
最初はこちらの方についていくと言ったがバンさんの所に行くという話を聞くと本能的にある人物を思い出してか丁重に断りを入れてきた。
「ししょー、いってらっしゃいませー!」
「そっちも楽しんでこいよー」
まずは広場、流石にサイラが待っていると言うことは……無かった。
一安心、流石に待ち合わせ数時間前から現地に陣取っている奴はいないだろう。
「あ、お兄さんだ、おはようございます!」
……いたよ、丁度サイラと出くわす。
明らかにおめかしして重武装だ。
「……まさかとは思うが今から待つつもりじゃないだろうな? あいつら朝食後のお茶でゆったりしている頃だぞ」
「な、なーんのことかな? ちょ、ちょーっとこっち側に用事があっただけだよー?」
「悪いことは言わない、広場で待つくらいなら家に行って顔を見せてやれ。雑談した方が数段マシだぞ」
「で、でも待ち合わせすることも結構楽しいんだよ?」
「……暇を潰す道具くらいは用意しておけよな」
「それは大丈夫、いつも小物を作る道具を持ち歩いていまーす!」
じゃじゃんと籠の中から刺繍道具を始めとした物を取り出してみせるサイラ、買い物するんじゃなかったのかこいつは。
「ふぁっふぁっふぁっ、元気な娘じゃのう」
「あっ、カラ爺さんもおはようございます!」
以前まではドミトルコフコン卿と呼んでいたのだがカラ爺の奥さんが『犬の骨』の料理担当として働いていることと、カラ爺がすっかり常連となったことで随分と親しくなった模様。
「イリアスのことをよろしく頼んだぞ、あれは剣は優れておるが女子としては未熟者故な」
「はーいっ!」
元気一杯のサイラと別れ、今度はバンさんの商館へ向かう。
いつも通りに受付に話をつけて客間へ、そしてバンさんがやってくると言う流れだ。
「おお、本日はカラギュグジェスタ様もご同伴ですか。しかし鎧姿とは珍しい」
「イリアスが休日での、今日はわしが坊主の護衛なんじゃ」
「それはそれは、それにしても貴方もこの短期間にすっかりと要人となられましたな。末恐ろしいものです」
「『拳聖』グラドナと同じ冒険者パーティにいたバンさんに言われるとまだまだ皮肉にしか聞こえませんよ」
「なんと、どこでそのことを!?」
ガーネでウルフェがグラドナに修行をつけてもらっていることを説明する。
無論金の魔王辺りの詳細は伏せる、ウルフェの才能を見込んだ者がパーシュロの一件と共にグラドナを紹介してくれたと言った体だ。
「ほほう、あの『拳聖』グラドナがウルフェの……末恐ろしいのう」
「カラ爺が言うと本当に恐ろしそうに聞こえますね」
「うむ、力関係が逆転したらと思うとひやひやもんじゃわい」
「ははは……それにしてもバンさんも凄い人物だったんですね」
「実力は最弱で斥候担当でしたよ、あとグラドナには毎度毎度酒代をせびられてました」
「それは……もうしばらくしたら来ますよ、ターイズに」
「なん……ですと……」
哀愁漂う顔から驚きの形相になるバンさん、なるほどそういう関係だったのか。
グラドナは実力は確かではあるが人格やら人間性は下の人間である、パーシュロを更正できるはずもなかった師匠だ。
宿にバンさんのところを利用する可能性も十分にありうる。
「良い情報を聞かせていただきました、恐らく奴は私の場所を根城にする可能性が高い。今のうちに専用の納屋――寝床を手配しておくとしましょう」
納屋って聞こえた、あのバンさんから客人を納屋に寝かせるって聞こえたよ。
やはり過去の友人? とはそれなりに砕けた関係なのだろう。
「それはそうとして、地質調査の方はどうですか?」
「そちらはエクドイク様が淡々と作業を進ませております。標本を次々と持ち帰ってくださっており助かっております。そしてなんと、こちらをご覧ください」
そういって机に広げたのは小さな布、中央には白い粒がある。
歪な形で何と言うか粗雑な感じがするが……これはまさか。
「塩……ですか」
「エクドイク様が洞窟の地下深くまで掘って進んで行ったところ、地底湖を発見したのです。その水の味にはしょっぱさが含まれておりまして、幾つか持ち帰った標本を煮詰めた結果……ご覧の通りです!」
おお、なんてことしてるんだエクドイク。
確かにアイツの鎖は万能だがドリルになっていやがった。
利便性におけるチートキャラのトップはあいつなんじゃないだろうか。
……今度魔法研究チームに入れるのもありかもしれんな。
「ただあまりにも奥地のために一般人に回収させる道を開拓するのには時間が掛かります。また海水と違って得られる塩の量は極僅か、ですが味が独特で塩本来のものよりも風味が違って区別は付けられますので嗜好品としては海の物より上品なものとして扱えるかもしれませんな」
普及させるレベルには少し足りないか……大規模な製造所を作った所で地底湖が枯渇しちゃ元も子もない。
「そうですね、これはその方向性で良いかと、そうなるとやはり塩の原価を下げる次の案としては運送技術を向上させる手法をとった方が良いかもしれませんね。ターイズの馬は他国よりも優れていると聞いていますし」
騎士御用達の馬は特殊な訓練を受けている、そういった馬を使えば高速かつ大容量を運搬できるトラック的な馬車の開発も可能だろう。
そういった研究チームが最近できている、私用に使ってしまっているような気もするが国が潤えば許されるだろう。
「それは期待しております。そうそう、後はそれなりに貴重な鉱石も何点か、山側になりますがエクドイク様が次々と報告してくださっております」
「まじか、優秀すぎじゃないかアイツ」
「ええ……何者なのですかあの冒険者、斥候技能で私が負けているなんてなかなかないですぞ。当人は自分のことをほとんど語ってくださらないのです」
大悪魔に育てられた対人間兵器ですとは言いづらい、ラクラ=サルフの熱狂的ファンですとは誰の為にもならない。
「メジス魔界にいる悪魔の技を身に付けた凄腕の冒険者です、少々世間離れしすぎていたせいで問題を起こしたりしていますがきちんと手綱は握れていますのでご安心を」
「なんと……道理で人外に見える技を使うと……」
トントンとカラ爺に肩を叩かれる、
「のう、そやつって収穫祭に暴れた手配犯じゃろ?」
「ギクッ」
「……わざとらしいのう、確か要人誘拐――お前さんを誘拐した犯人の筈じゃろうに」
「なんと……道理で荒んだ目をしていると……」
「よくそれだけエクドイクの怪しさを感じて手を組めてますねバンさん」
「いやぁ、貴方を同胞と呼んでいる方ですし凄くやる気があるというか……」
「カラ爺、そういう訳でターイズにはもう利益しか生まない奴なので内密と言うことで……一応マリトも知っています」
「陛下が黙認しているのならばわざわざ手は出さんがの、それよりもさっさと手配を解除してやったらどうじゃ?」
「あー」
言われて見れば、首謀者はラーハイトだし愉快犯のパーシュロは死亡、戦闘狂のギリスタも今は療養しつつの放浪中だ。
エクドイクって実際にはほとんど犯罪をしているわけじゃないんだよなー。
マリトからすれば友人を誘拐して命の危険に晒した犯人の一人だから許すかどうかは怪しいが、その有用性は理解してくれている。
相談してみる価値はあるかもしれない。
「今度マリトに相談してみます、確かにアイツも街を堂々と歩けた方が話が早いですからね」
「全くだ、闇に紛れるのは苦ではないが勘の良い騎士が多いこの国では移動も面倒なのだぞ」
「うおう、いたのかエクドイク」
いつの間にか扉の横に腕を組んでもたれかかっているエクドイク、多分本人は格好良いと思ってポーズを決めているのだと思う。
カラ爺が僅かに槍に手を伸ばそうとしていたが敵意が全く感じられないことを察したのか落ち着いた雰囲気に戻る。
「お前さんがエクドイクか、禍々しい魔力を感じるが毒気がほとんど感じられんの」
「当たり前だ、誰これ構わず襲うような狂人と一緒にしてくれるな。俺は殺したいと決めた奴だけを殺すし、そのために磨いた技を安売りするつもりも無い」
「それ洞窟を掘っていた奴が言う台詞じゃないよな」
「岩は構わん、修行と思えば良いだけのことだ」
「物はいいようだな」
「それで、こっちの騎士はなんだ。人を値踏みするような目で見てからに」
「カラギュグジェスタ=ドミトルコフコン、イリアスと同じラグドー隊の騎士だよ。一応お前を敵視はしていない」
「ほう、あの『神槍』か。噂は聞いたことがある」
まじかー、メジスの裏の冒険者にも知られてるのかー。
兜投げてワイバーン墜としたとか知られているのかー。
一回くらいこの国の騎士達の噂話を他人から聞いてみたい。
ボル爺の『破山』の逸話とかめっちゃ気になる。
「そうだ、お前がターイズに戻ってきたってことはグラドナはどうしたんだ?」
「ああ、奴なら……途中で落とした。いい加減イラついてな」
「そうか、落としちゃったかー」
超高度からの自由落下、まあグラドナなら生きているだろう。
死んでいたら今頃連絡の一つくらい来ているだろう。
「黒狼族の里の場所を聞いていた、ウルフェの一族の戦い方を見てみたいと溢していたから恐らくはそこに寄ってから来るだろう」
「大丈夫かそれ、グラドナってウルフェの境遇を哀れんでたからな」
「それは俺も同感だ、だが皆殺しにしたところでウルフェに良い影響がないことくらい俺でもわかる、奴が分からんわけがないだろう」
仲が悪いように見えて良いんだよな、こいつ等。
一応ターイズの者が憑依術を受けてあの村に一人二人滞在している筈だ。
言語の壁が原因での問題は起きないだろう、他はまだまだ心配だけども。
「そうだ、ちなみにこのバンさんだけどそのグラドナと昔同じ冒険者仲間だったんだ」
「なんだと……貴様っ! 苦労しているなっ!」
「わかっていただけますか!」
「なんだこの茶番」
がっしと手を組む二人、そういやこいつらロクにお互いのこと知らないんだった。
人は好きな者が一致すると仲良くなれるが、嫌いな者が一致するとさらに団結できる。
ある意味良いペアになってくれるのかもしれない。
「どこまで話したっけ、ああエクドイクが希少な鉱石を幾つか発見したって話だったか」
「ああ、せっかくだから洞窟を俺好みにしようと拡大させていたら色々と目に付いたのでな」
「そろそろ一度お前の住処見に行った方が良いかもしれんな」
下手すると地下帝国が作れる場所が何箇所かあるかもしれない、恐るべし。
こいつの拗らせ方だと『俺が新たな魔王だ!』とか言い出しかねない。
「今回はターイズに戻ってきたことを報告しに来ただけだ、他に用事が無いならばもう帰るぞ」
「凄い律儀な理由だったのか、ラクラの勲章の話は流したのか?」
「無論だ、いまや奴は冒険者の噂のトレンドだ。奴の立場を失われていく苦悩の表情が目に浮かんで愉快でたまらん!」
すっげぇ愉しそうな悪人笑顔、でもやってることが噂流しなんだよなぁ、小物なのか大物なのかいまいちわからん。
「坊主の知り合いは変人ばかりじゃな」
「なんだと!? いや、そこは否定できんな」
「なんでだよ」
「俺一人の常識人が増えた所で同胞の周囲の異常さは否定できんだろう」
「お前が変人扱いされてんだよ!?」
「なんだと!? おい『神槍』、勘違いするなよ、俺はそいつの知り合いの中では行動的ではあるが人格としては至極真っ当な部類だ。『拳聖』グラドナやラクラ=サルフと一緒にするんじゃない!」
そうなんだよな、こいつラクラが絡まないときは優秀な奴なんだよな。
話が分かる、実績は出す、人格者でロクでなし共に振り回されてもなんやかんやで付き合ってくれるし命だって惜しまない……あ、大物だったわこいつ。
「むう、そこを言われると痛いのう」
「痛くないだろ、どこも。マリトとかイリアス辺りを引き出されたら困ってくれよ」
「いや、グラドナの破天荒さはわしも知っておるからの。あのラグドー卿と殺しあった者じゃぞ」
そうだった、この国で有名なカラ爺の上司である騎士のライバルだった。
言うまでも無くラグドー卿に挑もうと言う者はいない、表向きではターイズ最強の男なのだ。
そんな最強と並ぶグラドナ、その横に並べられるラクラ。
奴も最終的にはそのくらいになってくれるのだろうか。
「とりあえずはエクドイクが本国でも自由に動けるように何とかしてみる。今後労働力を雇って鉱石の採掘や運搬を行うにしても護衛は必要になる。それらに騎士達が使えないのは困るだろうしな」
「ありがたいと言えばありがたいが別に無理する必要は無い。俺は洞窟で静かに暮らせてラクラ=サルフの名声が耳に届いてくればそれで良い」
「もうちょっと人生にやりがい増やそう? ラクラに人生を捧げてたらラクラが好きでしょうがないようにしか聞こえんぞ」
「それは困る」
うわ、めっちゃ真顔。
粉微塵も愛情持ってねぇなこれ。
一応あいつ美人だしスタイルも良いんだけどな、性格ダメだけど。
「同胞、それは困る。何かないのか」
「二度も困りやがったな、別にエクドイクはエクドイクでやりたいことを増やせば良いだけだろう」
「やりたいこと……そうだな、今の所はウルフェの大成の手助けをしてやりたいな」
「ブリーダー気質あるなお前、割と動物の世話とか向いてるんじゃね?」
「動物だと? 洞窟にいつもいつもやってくるが煩わしいだけだ。人が肉を食わないからと調子に乗る畜生どもだ、寝る時の暖にしかならんわ」
それめちゃめちゃ懐かれてるんじゃね? ちょっと羨ましいよ?
動物から見れば悪魔に育てられたってことで野生児のような感じなのだろうか。
鎖を鞭のように扱うし、魔物使いっぽいんだよな、ウルフェもその辺の奴よりも懐き度合いが高い。
「てか肉食わないのか。この前の補給物資に干し肉入れてたけど抜いた方が良かったか?」
「ああ、できれば果物を増やしてくれ。邪魔だと獣に投げてやったら奴等何度も欲しがって寄ってくる。投擲にも使えん」
「それ餌付けって言うんだよ、動物寄ってくるのそれだわ」
「馬鹿な……悪魔は自分で獲物を取れないことを屈辱に感じると言うのに……奴等に誇りは無いのか!?」
「ねぇよ」
うーん、悪魔って意外と誇り高いのね。
いや、だからこそ親悪魔を殺されたエクドイクがここまで必死に動いているわけなのだが……。
その後バンさんに適度な雑貨品やら果物を用意してもらい去っていくエクドイクに持たせた。
そして謎の決めポーズをして去っていくエクドイク、最後が良ければ全てよしとは行かないんだがな。
マリトとあいつも大概仲良くなれる気がする、早めに交渉してやるとしよう。
「何と言うか……アホじゃったな」
「そういってやるな、根が凄く良い奴なんだよ……アホだけど」
そしてバンさんとしばらく談話したのちその場を後にする。
その後は転々と街をぶらつき、休日を満喫する。
イリアスは何かと小言を言ってくるがカラ爺は一緒に楽しんでくれる、実に気が楽だ。
せっかくだからイリアスがいては行けないところにも行っておきたい。
「そんなわけでやってきました公衆浴場!」
「なんじゃ、風呂か」
この世界には公衆浴場がある。
個人の家での入浴は難しく水浴びや沸かしたお湯に浸したタオルで体を拭くのが一般的である。
井戸から水を汲み、沸かすという作業が手間なのだ。
日本みたいに薪で沸かせる風呂があるわけでもない。
当然足を伸ばせる風呂を用意するだけでも重労働になる。
だが家に風呂が設置されている家庭もある。
イリアス家がそうだ、魔法で水、火を使うことができるため比較的手早く浴槽にお湯を張れるのだ。
ただこういった基礎魔法を習熟しているのは一定以上の階級、しかも騎士や執事等だ。
利便性があるために基礎魔法は騎士のサバイバルの基礎、メイドの嗜みの一つになっている。
一般人としては足が延ばせるような風呂に入るにはこういった公衆浴場の存在が不可欠だ。
地下水に頼っているターイズにとって多少贅沢な品ではあるが水や火に関しては魔法や魔石を使えば色々とどうにかなるのだ。
そういったわけで公衆浴場の運営者は大抵が魔法を学んでいる、魔法で水を出し、魔法でお湯にする。
保温対策には熱を吸収、発熱する特性のある魔石を使用している。
日中に日光を当て夕方頃に湯に放り込むと高い保温性を発揮してくれるのだとか。
常時お湯を張り替えるわけではなく、衛生面も気になる所ではあるがそこも魔法で営業時間ごとにお湯の中に溜まったゴミを取っ払っているのだとか。
ちなみにそこに現代人が入れ知恵をして色々と手を入れている。
身の回りの文化には積極的に動きますよ、はい。
だけどそれらが実用的になってきていざ満喫しようという段階でイリアスが護衛になったのだ。
おかげでこの改装された公衆浴場には一度も足を運べていなかったのだ。
「いやあ、イリアスが護衛になってからはこういった場所には来れないですからね」
「そりゃそうじゃな、鎧のまま側にいられては羞恥どころじゃないわい」
ちなみに混浴はない、ユグラ教の教えがキリスト教よろしく男女の関係について説いているせいもあって世間の常識は分浴である。
湯倉も百年くらい前の人間だしな、混浴の時代ではない。
わざわざ教えに残して公序を操作しようとしている辺り、この世界は昔は混浴だったのかもしれないな。
そこに関してはありがたいと思っておこう、そりゃあ混浴がデフォルトならば楽しめるだろうが性欲が抑えられる自信が無い。
中に入り料金を支払う、割と現代と似たレートとは言えこの世界の人からすればやや割高だ。
一般人の利用頻度は週に一度が平均くらいだろうか。
好き物は趣味として利用しておりその回数は増えている。
家に風呂があっても銭湯が好きな人がいるのは変わらないのだろう。
脱衣所で服を脱ぎ、浴室へ。
「とは言えやっぱりこの辺は新鮮だよなぁ」
当然ながらタイルが敷き詰められている温泉と言うわけではない。
石造りで照明もやや暗い、いきなりサウナにでも入ったのかと思うほどだ。
まずは木製の椅子を手に取り、湯船の側に座って体を洗う。
日本でも作法としてあるものだがこの世界ではルールに近い。
と言うのも風呂に入る間隔が短い日本では掛け湯で済まされるのだがこの世界は間隔が長く、ここに来る者達は大抵汚れているのだ。
魔法で定期的に綺麗にしてるとはいえ、衛生上よろしい話ではない。
備え付けの垢すりまである、流石に自前を使うが。
シャンプーやトリートメントが欲しくなったのは最初だけである、臭いだけならお湯洗いでも取れるし香り用の香水や油で風呂上りに整えれば良い。
むしろこの世界の公衆浴場に来て毎度感じること……それはどいつもこいつも良い体をしている。
別にそっちの気はない、でも大半の体が羨ましいくらいに絞れているんだよな。
貴族にもなると肥満系の人間はいるが一般人達は日夜肉体労働がメインである。
車なんてないのだ、毎日徒歩での移動である。
食事も森山で取れる質素なものが多い、そりゃ太らないわ。
ちなみにその中でも異質なのが騎士達だ、見るだけで騎士って分かる体をしている。
カラ爺も背は低めだが何だこの筋肉達磨って感じだ、素手で熊殺せると言われても納得する。
「なんじゃ、人の体をじろじろ見よって」
「鍛えられてるなーと」
「お主のほうは貧弱そうじゃの、女に変装する時は楽そうじゃな」
そんなの嬉しくない、そもそも骨格的に厳しいのは変わりません。
異世界に来てからと言うもの、多少の筋肉は付いたと思うし贅肉も減った。
だからと言って腹筋が割れたり、筋肉が皮膚の下から自己主張するほどではない。
標準体型なのだが、この世界ではもやしっ子にしか感じられない。
イリアスとか腕の筋肉凄いんだろなー、心折られそうであんまり見たくないけど。
体を洗い終えて湯船に入る、大勢の人間が入れるだけあってか広々入れる。
イリアス家の風呂も足は伸ばせるのだが両腕は湯船の外でしか伸ばせない、やはり銭湯と言うのは良いものだ。
「おや、そこにいるのは我が友ではないか」
「……なんでいるんだよマリト」
湯船の様子は湯気で見えなかったのだが湯船に入ることで自分の視界が湯気の下に入ったのだ。
そこにいたのはお湯も滴る良い男、ターイズ国王、マリト=ターイズその人である。