目下のところ小話。
毎日投稿のために予約投稿をしていたらウッカリ一日に二日分投稿してしまいました。
今日の分を投稿しないのもアレなのでちょっとした日常会話をかきかき。
「よし、キリの良い所だし休憩にするか」
「おおう、疲れたのだ……」
ぐったりと机の上に伏しているノラ。
いよいよ始動した魔法研究、とは言ってもそうほいほい成果が出ると言うわけでもない。
魔封石の性質に関してはひたすらに効果を試しての実験結果の観察の繰り返し。
地球文明の再現に関してもこちらからノラへの説明、およびノラからこちらへの魔法の知識の説明の繰り返しである。
『ヘイ、こんな仕組みを魔法で再現してくれ』『OK!』とは行かないのである。
ノラは魔法に関する知識は高いが他はそうでもない、大賢者の下では色々と雑務やらもこなしていたようで一般的な常識もあるにはあるのだがやはり年齢相応な所も見受けられる。
集中力は素晴らしいのだが、純粋に長期間の作業を行える気力が無いのだ。
小中学校で行われる授業は一回45分、休憩15分、それが高校生になれば50分から1時間前後へと伸びる。
大学の講義ともなれば90分も当然となる、一方この研究には時間制限なぞ設けていない。
何が言いたいのかと言えば幼い少女であろうと無かろうと延々と続く座学は心身共に疲れるのだ。
ルコとミクスも同様疲弊している、イリアスに至っては突っ伏している。
……別にこっちの教え方が眠くなるとかそんなことは無いはずだ。
「三日三晩寝ずに戦えると言っていたクセに数時間の勉強でダウンとはどういう了見だ」
「そうは言うがな、これはなかなかにきついぞ……。どうして君の体力でここまでできるのか謎なくらいだ」
「体力消費で言えば座ってるだけだろうが、体が凝り固まることを除けばな」
「牢屋に繋がれた者はこのような苦痛を味わっていたのかと思うとそれなりに罪悪感が湧いてくるな」
「比較に出す例えにお前の素直な感想が伝わってきてくれるな。この世界では投獄の刑はほとんどないだろうに」
この世界に刑務所なる施設は存在しない、捕まえた悪人と捕らえておく牢獄などは兵舎や城にも存在するのだがそれらは尋問を行うための一時収容施設の様なもの、警察署の留置所の様なものだ。
罪を犯せば地位や私財の没収、肉体的な処罰、果ては処刑と言うのが基本である。
「投獄する刑なんてあるのか」
「地球の世界では人命への配慮が強いからな、死刑に反対する民が多いんだ。代わりに懲役刑や禁固刑が与えられる。どちらも一定期間専用の施設にある牢屋で生活させられるものだ、自由を奪うと言う意味で自由刑の一種だな」
「罰せられずに牢にいるだけなのか、随分と甘い沙汰だな」
「そうでもないぞ、例えば懲役刑は常に決められた時間での行動、労働を義務付けられ生き方を長期間に渡って矯正される。山賊が騎士と同じ生活習慣になるまで続けられると言えばその大変さも理解できるだろう」
「ふむふむ、改心させるための刑と言うわけなのだな。確かに悪人からすれば大変かもしれないな」
「禁固刑は一応本人の過失が軽い者に下される刑で労働の義務などはない、ひたすらの牢屋生活だ」
「そちらの方が優しいのだな」
「ところがどっこい、人間労働は嫌いでも本当に何もさせて貰えないのはさらに嫌になるんだ。禁固刑を受けた者の大半は刑期中に労働を希望する。退屈は人を殺せるからな」
「……確かに一日二日ならさておき、それを刑罰として与えられては気が狂いそうになるな」
「ちなみに数年から数十年だ、当然牢獄で一生を終えるものもいる。数年でも社会的に不利な状況からの再起だ、数十年にもなると時代に取り残される。人生を棒に振る行為とは良くいったもんだ」
「しかしご友人、それだけの長期間の投獄ともなると専用の施設の規模も相当なことになりませぬか?」
「なる、刑務所って言う施設が地球の世界にはある。罪人の行き着く先の代名詞でもあるな」
「はぁ、囚人の為の施設と言うのはあまりピンと来ませんね」
ディストピアな世界観の代名詞などにもなっており、自由への渇望を題材にする際の背景にも使われている。
脱獄もののドラマや映画って人気なんだよねぇ。
「ちなみにちょっとした面白い話をしよう。懲役刑といった刑期の長さは罪の重さで変わるのは言うまでもないが、最長はどれくらいだと思う?」
「それは……やはり死ぬまでだろうか?」
「いいや、懲役刑に『死ぬまで』と言う制限は付けられないんだ。無制限の無期刑や、地球の国にはないが死ぬまでと言う条件の終身刑は別にある、加算される範囲での長さの話だな」
「む……では……五十年とかか?」
「世界記録では14万年だ」
「……は?」
「ここまで極端な例は珍しいが百年から万年の懲役も結構あるんだよな」
「いやいや、そんな期間生きているはずがないだろう……それこそ死刑と同じではないか」
重罪を犯したもので死刑に適応されない者に対してはこういった間接的な死刑判決が下されることも歴史では多々ある。
そこまでするのならば終身刑や無期刑にしたらどうなのだと言う意見もあるがこれはこれで立派な見せしめである。
人生何回分も牢屋に突っ込んでやりたいと言うなかなかにブラックなジョークだ。
「地球の世界の人間は百を超えれば長寿だ、長い人はそこから二十年は生きる。刑期を全うすりゃ牢から出れるんだ、不老不死なら割と普通に刑期をこなせるかもしれないよな」
「何と言うか……冗談みたいな話ですなぁ」
「医学が随分と発展していると聞いたのだが、寿命はそこまで差がないのだな」
「そこは魔力の差だろうな、魔力がまったく無い人間たちがそれだけ生きられると想像してくれ」
「……凄まじいな」
「凄まじいですね」
二人とも現代人の肉体を体験しているだけにこの体が百歳まで生きられるとは到底思っていないのだろう。
まあ自分でもそこまで生きられるかは怪しいと思っています。
「にーちゃん、ちょっと外の空気吸ってくるのだ!」
「おう、外で会った相手には挨拶を忘れずにな」
「ついでに飲み物を用意してきますね」
そういってノラとルコは一緒に部屋を出て行った。
魔法研究チームはできて間もない、一応マリトの友人である誰かさんが主体となっている噂は広まっているためにそこまで目くじらを立てている者はいない。
だがノラと言う幼い魔法使いがその研究を行っているともなればやはり奇異の眼で見られることは避けられないだろう。
そういったわけでなるべく人付き合いは丁寧に行う必要がある。
イリアス程になるとなかなか取り戻せるものではないが、ノラほどの子供相手ならば愛想良くしていればそれなりに上手く立ち回ることもできるだろう。
こういった面で最も頼りになるのはルコだ、礼儀作法を特に叩き込まれたメイドさんの処世術は非常に役立つ。
イリアスは騎士道に人生捧げている様な奴だし、ミクスは王女の座を捨てて冒険者になった破天荒、ノラはまだ子供と色々と社交性に難ありなメンバーなのだ。
気苦労は多いだろうがそこは頑張ってもらいたい。
「不老不死か、難しい話だよな」
「金の魔王のことでも思い出しているのか?」
「まあな、アイツはその正体がバレない限りガーネの国王として統治を続けるだろう。見た目を変えたり、娘だと言い張って世襲を続けたりで人間として君臨する方法はいくらでもあるからな。万が一正体が明るみになって国から追い出されてもアイツならまた新たな国を盛り上げられる。だけど最期がないと言うことはそれが延々と続くわけだ」
「……不老不死に憧れる者も世の中にはいる。だが確かにそのあり方を考えるとあまり羨ましいとは思えんな」
「なにせ魔王だからな、一生恨まれて生き続ける立場だ。現世が地獄ならば終わりのない無期懲役にもなる」
「そう考えると、なかなかに哀れな人生に思えてきますな」
尤もその世界の中で自由に生きられるのだから一緒に投獄されている一般人にとっては傍迷惑な存在でしかないのだが。
「湯倉成也みたいなレベルに成長できれば蘇生魔法を解除する方法も模索できるんだろうがな、なんで地球人のクセに魔法使えるんだよって話だ」
「そこはやはり本人に確かめてみるほかないのでは?」
「できれば会いたくない人間ランキング上位に上がってるんだよなぁ」
「同郷で勇者だと言うのにな」
「個人としてはお前等が怖がらないでくれることがどれだけありがたいことかと……」
「ご友人を気味悪がることはありますが、恐怖はさして感じませんな」
「前半はいらない情報だな、でももしもユグラのように魔法を多彩に使えていたらどう思う? 『ああ、こいつも蘇生魔法とか禁忌を生み出すのでは』とか思ってたんじゃないか?」
「それは……君の性格を考えるとそれ以上の禍々しい禁忌を生み出す可能性は大いにありうるな……恐らく今以上に厳重な扱いになっているだろう」
イリアスの見立ては間違っていないだろう。様々な異世界の知識を保有していながらもその命が非常に脆い存在だ。
だからこそ御しやすい、いざとなれば誰にでも殺せるのだ。
それが勇者と同じスペックで現れたのならば第二の魔王製造機としてその動向を注視せざるを得ない。
今までに得られた人間関係もどこかギクシャクとしたものになるだろう。
そう考えれば弱者としてこの世界に来たことは悪い話だけではない。
特技を気味悪がられていることに関しては置いておくとしても、異世界人をここまで頼り友好的に接してくれるのだ。
時折人の優しさに涙が出そうになる、出ないけど。
「ちなみにミクス、ルコと接してみて感じはどうだ?」
「それはもう、素敵な方だと思います! さすが兄様が認めた女性です、兄様に近づく女性には基本殺意しか向いてなかったのですがここまで牙を抜かれた方は初めてですとも!」
「しれっと怖いことを聞いたな。まあ打算ありきで接触する相手が多いだろうから、その気苦労も分からないでもないがな」
「ですが……兄様の傍に立つ分にはよろしいのですが、兄様を支えると言う立場では少々心もとない気もします。その辺の成長は期待したいところですがやはりもう何人か妃が欲しいところです」
うーん、その辺の感覚はちょっと分かり辛い、一夫多妻制は身近じゃないからなあ。
ミクスの中で神格化しているマリトを支えていくのは一人では足りないと言う感じなのだろう。
ブラコンを拗らせているのだがその規模がなかなかに巨大だ、愛憎が混じってなくて本当に良かった。
ミクスが現代社会出身ならば間違いなくヤンデレ化待ったなしだ、ありがとうファンタジー世界。
「そういう訳でご友人には第二、第三の妃候補も見つけていただかねば!」
「そんな魔王を生み出すような……」
ふと思ったのだが、他のメイドとか調べていけばマリトの好みに合う者って意外に見つかりそうじゃね?
……職場の部下に手を出しまくる王様、流石によろしくないな。
「まずはルコの立場からだろうよ、ミクスは気づいているだろうがルコが魔法研究の代表に抜擢されたのはその地位を固める為でもあるんだからな」
「ええ、それはもちろんのことです! ですので身を粉にして朝から朝まで働かせていただきますとも!」
「……有給制度作っておくか」
やりがいだけで働き続ける危ない職場にはしたくない、今度ルコとスケジュールの相談をしておくとしよう。
「あ、でもご友人とのこう言った共同作業が楽しいのも頑張れる理由の一つでありますからね!」
「それは良かった、イリアスは既に音を上げそうだからな」
「ぬう……」
イリアスの本職はこちらの護衛、とは言え安全な城の敷地内で護衛することなどほとんど意味がない。
必然的にこの魔法研究に加わるのだが、脳筋のイリアスにはだいぶ負担の多い仕事なのである。
魔力の量だけならばノラを超える有望人材なのだが細かい制御はできていない。
そもそも騎士達はそういう生き物なのだ。
肉体強化の魔法を取得し、それを魔力だけで再現する方法を鍛錬で積み上げる。
そしてそこからさらに独自の強化を身に着けて己を磨き続けるのだ、それはアスリートがプロの指導を受け己を鍛えていく作業に近い。
その過程で基礎的な魔法も学習するが専攻するわけではない、小中学校の義務教育的な範囲である。
サバイバルに役立つ魔法に関してはしっかり学んでいる辺り、才能がないというわけではない。
ちなみにノラの才能は言うまでもない、魔力が安定していない筈の幼少期から自在に魔法を使えるのだ。
現段階の欠点を上げるのであれば肉体的な面が弱い、将来的にもラクラと同じ程度になるだろう。
魔力の最大量も異質と言うほどではないらしい、今の段階から磨き上げればイリアスと同等以上にはなれるらしいのでそれだけでも十分ではあるのだが。
「ま、イリアスには今後役立ってもらう研究も多々ある。無理についてくる必要は無い、やれる範囲で十分さ。十分凄いぞ」
そもそも魔法の専門家であるノラと異世界人の知識交換の場に一介の騎士が喰らい付いている時点でイリアスの努力は言うまでもないのだ。
しれっと付いてきているミクスの存在はあるのだがこいつはあのマリトの妹と言う点を忘れてはならない。
ちなみにルコは外側だけを丁寧に学んでいる感じだ、自分の役割を非常に良く理解してくれている。
「付いていけていないのに褒められるのはあまり嬉しいものではないのだがな……」
「手っ取り早くこの場にカラ爺やラクラ辺りを放り込めば『ああ、頑張ってるな私』って思えるけどどうする?」
「……他者を見下してまで満足はしたくないな。今の賛辞を素直に受け止めることにする」
「偉いもんだ」
「そっちは偉そうだな」
真面目で頭の固い奴だが、清々しい時は本当に見ていていい気分になるもんだ。
これからも長い付き合いになるのだから、イリアスとは良い関係を保持していかねばな。
「ところでご友人、今朝兄様に話していた別の護衛が欲しいと言っていた件はどうなったのでありますか?」
「あ、このタイミングで言っちゃうか」
「おいちょっと待て、詳しく話せ」
「ミクス、言い方、刺激しない言い方考えような?」
イリアスにがっしと肩を掴まれる、久々に痛い。
「……ああ、申しわけありません! 確かに今の発言はラッツェル卿にとって不安にさせる物言いでした! 違いますぞラッツェル卿、ご友人はラッツェル卿の休日の相談をされていたのです」
「私の休日?」
「ミクスは護衛を外されたんだ、国内でも護衛を付けざるを得ないのは理解しているがそれをイリアス一人に任せていたら色々不便に決まっているだろう」
「そんなことはない、君一人を護ることに専念しているのだから負担はさしたるものではないぞ」
「目に見える変化が目立つから対策しようとしているんだよ」
「そんなものは無いだろう、あるのなら言ってみろ」
「まず鍛錬時間が減ってるだろう、風呂の時間も出会ったころに比べ半分以下になっているよな」
「うぐっ」
「護衛になってから何度一人で外出した、あの時サイラと一緒に出かけたっきりじゃないのか? サイラの誘い何回断った?」
「うぐぐっ」
「清々しいまでに自分の時間を犠牲にしていますな」
こちらが四六時中イリアスに護ってもらっていることを自覚できていると言うことはそういうことなのだ。
警邏に比べれば仕事量は減っているが拘束時間が朝から晩までなのである。
暗部君のように姿を消しているのならばまだしも周囲を見渡すと必ずいると言うのはなかなかに気になるものである。
「そういった個人の時間を大切にしないイリアスに休日を与えて、手の空いた人物に護衛の代わりをさせられないかとマリトに相談したわけだ。無論快諾されたぞ」
「むしろ何故今までって感じですな」
「……隠し事はしないと約束しただろうに」
「隠してない隠してない」
ミクスやマリトが傍にいる時にはイリアスも席を外す時がある、その時にふと話したのだ。
ミクスからは自分がいる時は同じ護衛同士と思って行動して欲しいと言われており、マリトからは暗部君がいるからその時は護衛は不要だとのこと。
ぶっちゃけマリトはイリアスが傍にいない方がテンション高い、砕けた態度を取りやすいというのがある。
イリアスを嫌っているわけではないのだが、男同士のやり取りに女性がいるのは的な思考なのだろう。
「イリアスは騎士であって暗部じゃないんだ、息抜きの一つや二つ取ってくれないとこっちの気が重くなる。もう少しウルフェやラクラ辺りとも交流関係を築きなさい」
ウルフェやラクラからすれば既に親しい感覚ではあるのだがイリアスから絡むことがほとんど無いのだ。
その辺あの二人は寂しがっている気がする、特にウルフェ。
「未熟な身で息抜きと言われるとどうもな……だが確かに君以外の者をないがしろにしていては今までの繰り返しにもなるかもしれん。甘んじて受けるとしよう」
「そうしてくれると助かる、サイラが断られた後に毎回落ち込んでいるのを見るのは辛い」
「なっ、そうだったのか!?」
「アレだけ分かりやすい落ち込みを見て分からないのはどうかしているぞ」
「むう……しばらく休日はサイラのために使うか」
「そういう極端な思考は止めような」




