とりあえずやってみよう。
「死者の魂に干渉する魔法? イリアス、あんたどんだけ坊やを追い込んだんだい? 可哀想に」
「私がそんなことをする人間に見えるのか!」
山賊達の中心にいる人物、暗躍してると言えばしているのだろうから『黒幕』と呼ぶことにしよう。
黒幕は山賊達に互いの情報を漏らさせないように脅しを掛けている。
それは自分達を虐殺する程強さに差のある騎士達に拷問を受けても、なお有効とされている。
マーヤさんは聖職者、人の傷を治癒し魂を導くとかそんな謳い文句を語ってくれていた。
ならばその道の逆にある非人道的な魔法、人の人格や魂に悪影響を及ぼす魔法にも知識はあるのではと教会を訪ねた次第だ。
「山賊達は情報を話した後の報復を恐れている。だけど処刑を恐れてはいない。そうなると死後でも効果のある脅しであると推測したんです」
「うーん、禁忌とされる魔法の中には、死者の魂を呼び出すことができる魔法も無いわけじゃないよ」
「やっぱりそういった類の魔法はあるのか。死者を生き返らせる闇魔法とかそんな感じですか?」
「蘇生魔法は闇魔法じゃないわよ。禁忌ではあるけどね」
「……皆が欲しがりそうな魔法ですね」
「そんなこと他で言っちゃいけないよ。国によってはそれを欲するだけで死罪になる事もあるんだ」
そういうマーヤさんの表情は、初めて見るほどに厳しい目線になっていた。
「そんなに危険視されているんですか?」
「ああ、最悪の結末を生み出したからね」
「最悪の結末?」
「過去に蘇生魔法で蘇った者達は確かにいたのさ。だけどその全てが人に仇なす魔王になっちまったのさ」
「魔王……」
スライムの生息地でも耳にしたが、やはりこういう世界では魔王はいるのか。
「王は国を造り、民を導く存在。だけど魔王は国を壊し、人間を滅ぼす存在なのさ」
「雰囲気は理解できますが、そもそも何故死者が蘇ると魔王になるんですか?」
「それは分からないよ。私は使ったことも使われたこともないからね。だけど過去の歴史は蘇生魔法に手を出すことで、より多くの命を奪う魔王を幾度も生み出してきた。そしていい加減に学んだのさ」
魔王と聞いてその危険度を理解できないわけではない。
一般的な魔王のイメージといえば人類の敵、多くの犠牲者を生み出し勇者に倒される悪の親玉。
人一人生き返らせるたびにその人物が魔王となっては、使うことも使わせることも禁忌としたくなるのは当然だろう。
とはいえ山賊達が魔王になることを恐れるというのはどうも腑に落ちない。
「山賊達が恐れているのは蘇生魔法……いや、それは無いか。マーヤさん、もっとこう使われたくないって感じの魔法はあります?」
「そうだね……死霊術とかかね」
物凄く嫌そうな顔でその言葉を口にした。
「名前の響き的に死者の魂を操るとかそんな感じの魔法です?」
「完全な形の蘇生なんてせずに強引に死者の魂を引きずり出し、現世で辱める魔法さ」
「そう聞くと蘇生魔法よりかは難易度は低そうですね」
「そうだね。蘇生魔法はさらにその先にある頂の魔法の一つ。だからその道に繋がる魂への干渉を行う魔法は禁忌とされているのさ」
この辺に来ると脅す材料としては有益なのではないだろうか。
死んでも蘇生されて魔王になるなどでは、むしろ成り上がりを期待する者もいるだろうし、何より山賊業に勤しむ黒幕にしても魔王誕生は喜ばしいことではないだろう。
だが死霊術ならばどうだ? 『裏切ればたとえ死んだとしてもその魂を引きずり出し未来永劫苦しめてやる』的な。
あの山賊の言葉の意味もしっくり来る。
「死霊術で呼び出された魂はどのように使われてきたんですか?」
「外道のすることだからね。人の魂を人扱いすると思うかい? 供物に使ったり、腐った体に戻され魔物のように使役されたり酷いもんだよ」
「その時呼び出された魂には自我があると思います?」
「……坊や、恐ろしいことを聞くね」
マーヤさんの眼はこちらを品定めするかのように鋭くなっている。
彼女からすれば忌むべき敵の魔法を知りたがっているわけだから、気にするのも分からないでもない。
だが山賊達を崩すにはカマ掛けで失敗なんてことが起きてはいけない。
「必要な情報だと判断して聞きたいんです。知りたいのは死霊術の使い方じゃない。その恐ろしさです」
「……昔、死霊術を使う邪悪な術士を討伐したことがあってね。ソイツは自分が殺した人間を死霊術で魂を奪い、化物の体に融合させていた。私らは術士だけでなく生み出された化物も駆除することになった」
「……」
「多くが断末魔の叫びを上げ死に絶える中、一匹だけあたしに言ったんだよ。『ありがとう』とね」
「ありがとうございます」
これで確信が持てた。死霊術が山賊達を縛る鎖なのだ。
同じものとは限らないが手段は似たようなものだろう。
仮に、『そうなった山賊』を見せられれば、彼らはその結末より速やかなる死を望むだろう。
「マーヤさん、今この国にいる山賊達はガーネから流れてきた山賊達が主なんですよね?」
「そう聞いているね」
「過去ガーネで死霊術に関わりのありそうな犯罪者の情報とかって調べられます?」
「坊やはそいつが今回の山賊達に関わってると思うのかい?」
「一応この後山賊達に確認を取るつもりですが、多分確信に近いと思います」
「わかった、調べておくよ」
「ではこれにて」
切り崩す材料は手に入れた、後はそれを武器にできるかの勝負だ。
マーヤさんに頭を下げ、教会を後にした。
◇
イリアスは始終口を挟むことなく彼とマーヤの会話を聞いていた。
彼はこの世界に来てまだ間もない。しかし必要だと思う情報を集め死霊術へと辿りついた。
最初彼は賢いのだと思ったが、そうではない。
「イリアス、あの子をちゃんと見ておくんだよ」
「あ、ああ」
「あんたが今思っていることは私も思っているよ」
「それは……」
「あの子は悪意に慣れてる。そういう世界への理解がある」
そう、あの青年は賢いが故に迅速に死霊術を使う存在に気づいたのではない。
近い発想を持ち合わせているからこそ、自然に思いついたのだ。
イリアスは彼のいた世界には魔法がないという話を聞いたが、その世界がどのような世界なのかを知らない。
そもそも彼がどのような人間なのかも良く分かっていないのだ。
禁忌とされる蘇生魔法の話を聞いたとき、何気も無く誰もが欲しがるだろうと口にした。
マーヤが渋い顔で話した死霊術を受けた者の成れの果てを聞いて、顔色を変えることなく頷いた。
「だけど……」
「分かっているよ。あの子は悪い子じゃない。それは確かさ。だけど簡単に道を踏み外せる。危うい子さ」
イリアスは頷き、彼の後を追うのだった。
◇
兵舎に戻った後、捕まえた山賊達全員を集めた。
「さて、自己紹介をしよう。新しい尋問担当の――」
「うるせーぞクソやろう! 全員並べてなんのようだ! 殺すならさっさと殺しやがれ!」
名乗らせてさえもらえない。悲しい。
でも負けないんだもんね。
「殺せ殺せと、そんなに死霊術の餌食になるのが嫌か?」
OK、これで確信は確証に変わった。
全員が凄く分かりやすい動揺した顔を見せてくれた。
「なん――」
「気にしなくて良い。それよりも話を続けよう」
山賊達のこちらを見る目つきが変わる。
敵意からほのかに不安や警戒の感情が滲み出ている。
ハッタリで同じ穴の狢だとか言っておけば恐怖で脅すこともできそうだが、実際に使えない以上黒幕よりも効果は薄いだろう。
「さて、あんたらの立場を理解した上で新たな交渉をしたいと思う」
「交渉だ? 話せば逃がしてやるとかか?」
「それはできない、そんな権限があったとしてもしない」
「じゃあ何だってんだよ」
「『処刑日』を変えてやる」
「……なんだって?」
「情報をくれたら、あんたらが恐怖に怯えている死霊術士を処分した後に処刑すると約束しよう」
「それに何の意味があるってんだ!?」
「人間として死ねる」
山賊達の顔色が変わる。
さあ、ここからはプレゼンタイムだ。
「これは交渉だ。交渉というのは相手に利益があって意味がある。この場合は君らが人間として死ねるかどうかだ」
山賊達にゆっくりと歩み寄り、丁寧に説明をする。
「さて、君達に今後の展開を説明しよう。まずはこちらに情報を提供した場合、当然ながら君達は死霊術を使う黒幕の怒りを買うことになる。当然だね?」
まずは相手が理解していることを再認識させる。
最も問題視している点を意識させる。
「だが君達はまだ死なない。城門の奥にある牢に繋がれ必要最低限の食事を与えられ生かされる」
そして別の結末があることを理解させる。
「交渉により黒幕が捕まり、死亡するまで拘束は続くがその後は無事処刑され人生を終えることができる」
山賊一人ひとりに視線を合わせながら、優しく諭すように。
「無意味な拷問も無く、今までの人生を振り返りながら死ぬことができる」
「お、お前らが、できるとは限らねぇじゃねぇか! それに交渉だって信じられるか!」
「死霊術で化物として生き返る可能性がある以上、急いで処刑するメリットはない。相手の駒を増やすだけの行動をとるくらいなら喜んで日程を遅らせてくれるだろうさ」
「そうだとしてもだ! 情報を吐かなきゃそのまま死ねるんだ! てめぇらの拷問程度わけねぇんだ! そんな危険を冒す必要なんてねぇ!」
「そうだそうだ!」
他の山賊達もこちらの否定に躍起になる。良い傾向だ。
今まで彼は頑なに一つの道を選び、動くことは無かった。
だが今はどうだ、新たに見せられた道と今いる道を比較し始めたではないか。
「危険を冒す? それはそうだが、君等は今の立場に危険がないと本気で思っているのか?」
「な、に?」
「君達から情報を得る他に我々には手段が、機会が、偶然がないと思うのかな?」
「そ、それは」
「実は今回君達の拠点を見つけたのは偶然だった。しかし君達は何故見つかったと考えた? 『誰かがヘマをした』『誰かが俺達を売った』そんなことは頭を過ぎらなかったかな?」
「……」
「もし我々が運よく別口で情報を得て黒幕達に迫った時、彼らは何を思う? 『誰かが情報を話したのでは』『それは誰だ』――誰だろうね?」
比較し始めたのならば後は簡単だ。
選び続けていた道の価値を下げてやれば良い。
今選んでいる道が思ってた以上に安全ではないこと、ちょっとした偶然で最悪の結末を迎えること。
「君達が恐れている存在を野放しで信じるか、より早く取り除くか。これはそういう選択肢だ」
山賊達は互いに視線を交わしている。
揺らいでいる、後は仕上げるだけだ。
「そんな提案をするので明日以降その気になった者は是非勇気を出して欲しい。今日はじっくり考えられるよう取り計らおう。以上だ」
その後七名の山賊達は事前に騎士達に頼んだ通り、それぞれ別の場所へと移される。
一段落ついた後、大きく息を吐き出す。
いやぁ、疲れたー! 睨まれ続ける中でプレゼンするのってしんどいわー!
振り返るとイリアスさんとカラ爺さんが残っており、なんとも言いがたい顔をしている。
「はぁー、あんな風に追い詰めるやり方もあるんじゃのう。坊主、お前さん将来あくどい商人になりそうじゃの」
「恨まれる人生なんて真っ平ごめんです。無難に生きられればそれで良いんですよ」
「しかし、何でまたバラバラに分けたんだ?」
「保険を掛けられないように、かな。あの状況で一番安全な道は全員で示し合わせて、嘘を吐くこと。そうすれば裏切りにもならないし、処刑の延期も尋問の回避も得られる。こちらには嘘を見抜けたとして、それを暴いてしまうと次の口述が得られるまで時間が掛かる」
「なるほど、しかしこれで情報を吐くだろうか」
「吐かないだろう」
「なっ、それじゃあ――」
「そこでカラ爺さんに頼みごとがあります。少しばかり悪いことなんで申し訳ないんですが……」
「ふむ、言うてみ?」
「お耳を、ひそひそ」
「お、おい、私にも聞かせろ!」
イリアスさんとカラ爺に最後の仕上げを耳打ちで説明する。
カラ爺は目を瞑り唸り、イリアスさんはなんて奴だと言いたげな顔でこちらを見ている。
「なんて奴だ」
言われた。
「清々しい悪党じゃな」
「悪ガキの発想程度ですよ。ただこれはカラ爺さん達騎士にだけできるお仕事です」
「背に腹は変えられぬしの。良かろう。共犯になってやろう」
「ううむ、しかし……だが民の為なら……仕方ない」
交渉で相手の譲歩を受ける手段は様々だが、対等の立場であるのであればまずすべき事は相手に得があることを理解させる事。
具体的なメリットを理解させてこそ、人は新たな物を受け入れようとする。
次に損となる部分もきちんと説明すること。これを怠った場合相手に不信感を与えることになる。
少し考えれば分かるような損の情報ならば、先に伝えておく方がこちら側の誠意が伝わるというものだ。
そして最後の一押し、これを忘れてはいけない。