目下のところ決断を。
「そんなつまらぬことで連絡を寄越したのか」
事情を聞き、つい呆れた声が漏れた。
突如ラクラ=サルフから通信用水晶を通して連絡が来た、傍にはラッツェル卿もいるようだがその声は聞こえない。
取り急ぎ相談があると言われ彼の病状が悪化したのではと焦ったが何のことは無い、ラッツェル卿が彼の事で彼と衝突しただけである。
「つまらないことと言いますけど、結構剣呑な雰囲気なのですよ?」
「どうせラッツェル卿が彼のやり方に異議を唱え、彼が距離を取っただけだろう?」
「それは……良く分かりますねマリト陛下」
「分かるに決まっているだろう、友人を自称しているのは伊達ではないのだぞ」
話の全容はこうだ、金の魔王の仮想世界で彼の『理解する』方法を体感してしまった者達がそれを咎めた。
すると彼は反論することも無く『好きにしてくれ』と屋敷にある自室に篭ってしまった。
もっとも出てこないと言うわけではなく、静かに療養の続きを行っているとのこと。
そしてどう対処すべきなのか判断に困ったラッツェル卿がラクラ=サルフ経由でこちらに連絡を寄越した。
「彼のやり方はとっくに彼本人から聞いている、無論それが自己の確立を重宝する騎士にとって芳しくない方法である事も理解している。いずれはその手法を知ったラッツェル卿と衝突することもな」
「尚書様のことを随分とご存知だったのですね」
「アレは彼の持つ武器だ、歪ではあるがな」
彼は相手を深く理解しようとする際により詳細に行動を読むべく内面に相手の精神性を構築する。
要素となる材料や情報の多さ、掛ける時間に応じてその精度は高くなる。
ただし相手に成りきる際に完成された自我は邪魔になる、だから彼は一時的ではあるが自我すらも手放すのだ。
自分が得たこれまでの価値観等を全て白紙に戻してまっさらな零から構築し直す。
成長するべきである人間からすれば狂気にも見える行動だが理には適っている。
さらに彼はそれらの工程で得た情報を最大限に活用すべく自己の立ち位置の調整を行っている。
効果的に行動できる心理状況を選ぶのだ、ラッツェル卿はその状態の彼を染まっていると表現している。
彼の一人称の変化は程度の度合いを象徴する物、それを意識しているからこそ彼は普段から一人称を『こちら』と言ったおかしな言い方をしているのだ。
強い意志を持って行動する際にのみ一人称を用いて自分の立ち位置を強く意識する。
機能化しており、利便性が高いと言えば聞こえはいい。
だが実際は単一の自我で臨機応変に対処ができないからこその対策なのだ。
彼は弱く臆病、だがそれでも成すべきことを効率的に行うために彼はあのような手法を用いている。
「ですがあんな方法は明らかに心を病んでしまいますっ!」
「親でもなければ配偶者でもない貴公等に彼の生き方を否定できる権利が与えられていたとは驚きだな」
「そんな言い方はっ!」
「別に皮肉で言ったわけではない、本当に与えられているから驚いたのだ」
「……どういうことですか?」
「彼は『ここまでだ、好きにしてくれ』と屋敷の部屋に篭ったのだ、『ここまでだ、もう関わるな』とは言っていない。そういうことだ、貴公等の判断に委ねると彼は言っているんだ。丁寧にも考える時間まで今現在与えているではないか」
「……そういう、意味なのですか?」
「貴公等との関係が煩わしく思ったのであればラッツェル卿にご苦労だったと言えば済む話だ」
本来ならば自分がそういう立場になりたかったものだが、生憎こちらは執務で忙しい身だ。
正直惚気話にしか聞こえない、不満を少しばかり織り交ぜても文句は言われまい。
「彼は現在の関係を終わらせようとしている、自分の在り方で貴公等に心配を掛けている現状をな。好きに選べば良い、今まで通りで良いと言えばそのままにできるし二度とその手法を使うなと言えば彼はそれを受け入れるだろう。彼は貴公等に自分の今後を委ねたのだ」
「……」
「ただし彼は私の友人だ、ターイズに残ってもらう選択をしてもらう。彼に出て行けと抜かすなら私が貴公等に出て行けと命ずるぞ」
「そんなこと……言いませんよ」
「最後に、選択は慎重に行え。私は彼が武器を失おうとも彼の人格を気に入っている、友として扱うことに変わりは無い。だが武器を失った彼の弱さは今見る影すらも無くなるだろう。獣の爪と牙、四肢の筋を切断し野に放つ行為だと言うことは理解しておけ」
「……ありがとうございました、マリト陛下」
通信が終了する、結局ラッツェル卿は一言も話さなかったか。
助言は最低限行った、これ以上はこちらの干渉することではない。
踏み込んだのはラッツェル卿なのだ、事態を収拾すべきは当人等に委ねるべきだろう。
「でもなー、こういうのは友情ありきなんだからさー、俺が担当したかったなー!」
「それでしたら彼が国内にいるうちに彼と衝突すれば良かったではないですか」
視界内からの声、だがその姿は見えない。
普段喋ることは無いのだが、周囲に人気の無い時にたまに声を出して存在が虚構でないことを伝えてくる。
存在を気取られないことが絶対条件である護衛らしからぬ行為ではあるがこれがないと完全に存在を忘れてしまうのだ。
とは言え、彼用の口調をしたときに割り込むのはやめて貰いたいものだ。
「コホン、衝突すると言うのも難しい話なのだ。彼のやり口を私は評価している、武力も魔力も知力も足りていない彼がこの世界の者達に喰らい付くまさに渾身の技と言っても良い。そして評価している以上、本気でぶつかることはできない。それに否定するだけではいけないのだ、彼のために彼を否定する。そんな境遇などなかなか至れぬのだよ」
「まあ私達は良き理解者としての立場ですからね、彼とぶつかるのは若い者に任せましょう」
「そうだな……いや、人を年寄り扱いしてくれるな。年齢で言えばラクラ=サルフと同じくらいだぞ」
「彼と一緒に居る際の陛下は年相応ですが執務中は二十歳は老けて見えますからね」
「なんだと……」
慌てて鏡を手に取る、皺とかまだできていないよな?
ううむ、もう少し笑顔を取り入れるべきだろうか、だがなー威厳無くすのはなー。
「ルコ相手くらいはもう少し砕けても良いかもしれんな」
「いやー陛下が急に態度変えたらあの子『えっ、何か悪いことしました!?』って怯えますよ?」
「……うーむ、どうしたものか」
「私が射止める方法を伝授しても良いですが」
「言葉を抜くな、意味合いが物騒にしか聞こえん」
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さて、かれこれ三日程経過したわけだが未だに沙汰がない。
うーむ、こちら側から接触を……いやでもなー。
ミクスはマリトからの命令を忠実に守る選択をした、こちらへの行動は今のところなし。
ウルフェは存外に平気そう、今日もグラドナに修行をつけてもらいに行く際に元気良く挨拶をして来た。
金の魔王は『なんてもの見せてくれたのじゃ!』と尻尾で叩いてきただけで話は終わっている。
深く気にしているのはイリアスとラクラか。
いや、ラクラはイリアスの様子を心配しているといった感じが強い。
一応は年の功、年上として他者の面倒を見る行為ができるのは偉いことだ。
「放置してる奴が偉そうに言うなと言う話だがな」
体調もほぼ治っている、本来ならばガーネの観光でもしたいところだが護衛の任務がある以上ミクスかイリアスは引き連れなければならない。
ミクスならばそこまで気まずいということもない、なんなら一対一で話した方が良いまである。
とは言えミクスだけを連れて行けば護衛としてのイリアスの立場が狭くなる。
イリアスだけを連れて行けば気まずくて観光どころではなく、二人を連れて行くのは想像したくも無い。
そういう訳で自主待機を決め込んで部屋でくつろいでいるわけです。
安易に見せるべきではなかったか、だがそういうわけにもいかないんだよなぁ。
元々イリアスはこちらのことを心配していた、そう遠くないうちにこう言った機会は訪れていただろう。
なあなあで誤魔化し続けることもできなくはない、だが元々その変化を隠す気が無いやり方だ。
小出しで延々と心配をかけ続けると言うのも酷な話である、やはりどこかできっちりと話し合うべきなのだ。
……あー嫌になる。
結局自分のことを正当化しているだけだ、心配を掛け、不快な思いをさせ放置しただけの情けない男でしかない。
自分からイリアスとの関係を終わらす勇気も無いからって丸投げは良くないだろう、マリトが知っていたら呆れている頃だろう。
そして響くノックの音、期待と不安が同時に湧き起こり咄嗟に声が出ない。
まずは呼吸を整え……うん大丈夫だ。
「どうぞ」
部屋を開けて入ってきたのはイリアスだ、なんとも覇気の無い顔をしている。
奥にちらりとラクラの姿が見えたが一緒に入ってくる気は無いようだ。
扉を閉め、イリアスはこちらを静かに見つめている。
こちらはつい手元の本に視線を逃がしてしまった、こうなると戻し難い。
「……」
沈黙が痛い、読んでいる本の内容もまともに頭に入らないが演技でページを捲ってしまう。
後でもう一度見直さなきゃな、いやそういう場合でもないのだが。
イリアスは口を開かない、時間だけが過ぎていく。
これはこっちから動くしかないのだろうか、流石にこのまま現状維持で時間が過ぎるのは胃に悪い。
「言葉に迷っているのか、それともこちらからの言葉を待っているのか、はっきりして欲しいところなんだがな」
「……両方だ」
「そうか、希望があるならこちらが主体になって話しても良いが、どうする?」
「……頼む」
思ったよりも悩みが深いようで、なら仕方ない。
言葉が出やすいように誘導するとしよう。
「まずは素直な感想を述べればいい、次は要望を、後は返事を待つだけだ」
「君のやり方が嫌だ、止めて欲しい」
「そうか、分かった」
……会話はこれで終わりか、作文の宿題ならリテイクを出されるところだな。
「……待つ暇も無かったぞ」
「焦らした方が良かったのか、それは悪いことをしたな」
「私は君に唯一の武器を捨てろと言っているのだぞ、どうしてそんなに簡単に了承できる」
「勝手に唯一の武器にしてくれるな、イリアスだって剣を失っても戦えるだろうに」
「……君に他の武器があるのか?」
酷い言い草である、いやまあこれ以外の武器なんて見せたこともないけどさ。
当然ながら現代で使える武器なんてのは限られている、物理的なものは言うまでも無くNGだ。
相手を理解するだけなら他に方法はある、別に役者のように相手になりきる必要はないのだ。
素人齧りではあるが経験則や過去の事象からのプロファイリングの真似事だって不可能ではない。
本格的に習得しているわけではないのでその分精度や実用性は大幅に落ちるだろう。
「手段なら色々あるさ、だいぶ弱くはなるだろうな」
「それなのに手放せるのか……君はそうやって、自分にとって価値のある物を簡単に捨ててしまえるのか」
「この世界に通用する貴重な手段を失うのは正直痛手だ。だが止めろと言われた以上は止められる」
「私の言葉にそれだけの価値があるとでも言いたいのか。私にとって価値のあるものは確かに価値があるものなのだ。私は君の価値に対する思い入れの無さが理解できない、だから君の感じる価値が信じられない、信じることができないのだ!」
「なら信じなくて良いだろ、相手の価値観を全部抱え込むことは土台無理な話だ。中には理解できないこともあるだろうさ。なんで無理に理解しようとする、それこそイリアスが嫌っている方法でも使わないと簡単には理解できないことだ」
「だが理解したいと思ってしまうのだ!」
「何だ面倒な奴だな!」
つい思ったことが口に出てしまった、逆ギレは良くないだろうに。
しかし理解できないのに理解したいと言われればそうも言いたくなる。
「それはこっちの台詞だ! 君はいつもいつも肝心なことを隠す、見せない、理解させようともしない、そのくせ危うさばかりを見せびらかして!」
「弱点ばかりの奴に危うさを見せるなとか無茶を言うな!」
「挙句に好きにしてくれだと!? 君こそ私にどうして欲しいのだ!?」
「大層なことを望んじゃいないんだよ! そのままの意味に決まってるだろ!?」
「じゃあ私の言うことならば何でも聞くと言うのか!?」
「そこまで言ってないだろ! 最大限の譲歩をするって意味だ!」
「何だ面倒な奴だな!」
「それはこっちの台詞だ!」
ダメだ、売り言葉に買い言葉状態だ。
一旦呼吸を落ち着かせよう……。
イリアスも同じ考えなのか、目を閉じて大きく息をついている。
「いきなり君の今後を丸投げされて、私にどうこうできるわけがないだろう……卑怯だぞ」
「卑怯て……騎士から言われたら悪役認定な台詞ランキング上位な単語だな、おい」
「悪役だろう君は、騎士である私が言うのだから間違いない。……君は同じ悪は理解するくせに、私のことは理解してくれないのか」
「簡単な範囲でなら理解しているつもりだ」
「本気では理解してくれないのか」
「……」
「おい、目を逸らすな、答えろ。私の全てを理解してはくれないのか!?」
イリアスが掴みかかかる、腕力はだいぶ加減してくれている気がしないでもないがそれでも筋肉質の男に掴まれるよりずっと強い。
それ以上にこちらを見つめる目力が強い。
「何でそう恥ずかしい台詞を惜しげもなく言えますかね!? 言葉の意味分かってます!?」
「それがなんだ、言葉の意味だと? そんなものは……そんなものは……」
お互い気まずい沈黙に包まれる。
何だこの空気、いやイリアスのせいだけどさ。
聞き耳してそうなラクラとか勢い余って扉開いてくれませんかね。
「……今のは忘れてくれ」
「流石にそれは無茶がないですかね」
「では開き直っても良いのだな?」
イリアスが見慣れた顔になっている。
こういう時のイリアスは容赦ないことを言ってくるパターンだが……これ以上の問答をする気力もない。
「……好きにしてくれ」
「ならば君は私を理解しろ、私に君を理解させろ、ただし真っ当な方法でだ。それが要望だ」
「どちらもこっちの手間になってないか?」
一瞬相互理解に努めようと言った流れかと思ったのだが、こちらのアクション要求だけである。
ずるい、それはずるいです。
「君にできることなんてほとんどなくなるのだ、一つ二つの手間で文句を言うな」
「なんと理不尽な」
「返事は?」
「……前向きに検討させていただきます」
「いまいち信用のならない返事だな、やり直せ」
おかしいな、何故わかる。
いや、剣に手を掛けるのはなし、暴力で訴えるのは良くないよ?
「……誠心誠意尽くして頑張らせていただきます」
「よし、これからは君に遠慮することなく言わせて貰う。毎度君のことで胃を痛めるのはうんざりだ」
元から言ってませんかね、いやそれを口にする勇気は今はないんですけど。
しかし今のイリアスはまるで相手を斬り伏せたような満足感を覚える顔だ。
斬られた本人は一方的な要求を叩き付けられたんですがね。
「と言うわけだ、心配を掛けたなラクラ」
「そういうわけだ、耳を当てて聞いているんだろうラクラ」
「……なんで分かるんですか?」
「それは我々のこともお見通しと言うことですよラクラ殿」
ガチャリと扉を開けてラクラが姿を現す、ちゃっかりミクスもいた。
いや、ミクスは護衛だから傍にいるのは当然っちゃあ当然だった。
とりあえず変な会話はしてないよな――うん。
その後過度な理解行動への制限を設けられる、これに抵触しそうになる場合には必ずイリアスへ相談をする事となる。
相手への深い理解ができない以上悪人相手に優位に立ち回ることは難しくなり、真っ当な善悪の判断基準を持った状態での対処を余儀なくされる。
これにより上手く立ち回れる一般人から只の一般人へと降格、いやこの世界の基準で言えば最弱が最弱らしくなっただけである。
慎重な行動を心がけねばならない、迂闊にリスクのある行動を選ぶことはできないのだ。
異世界人は現代で使用していた武器すらも捨て、このファンタジーな世界でより無難な生き方を模索することを強いられる。
幸いにもこれまでの過程で身の回りの危険はある程度排除できた。
衣食住の確保を初めとして人間関係も大よそ良好。
こちらの命を狙っているラーハイトの一件はあるが情報を得た以上マリトに任せることができるだろう。
人間界に攻め入ろうとしている『緋の魔王』や『紫の魔王』の脅威も既に一部の知るところになった。
一般人の出番は終わり、後は国を運営する者達が頑張ってくれるだろう。
結局、本筋は変わらない、こちとら無難に生きれればそれで良いのだ。
イリアス達との関係が少し近づいた、その対価ならば安いものだろう。
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クアマにある有力な商人が私財として持つ屋敷の一つ、そこを紫の魔王は住処として利用している。
紫の魔王は人を惑わせ、従わせる能力に秀でている。
かつては多くの人間を籠絡し、兵士として、悪魔達の贄として、忠実なる下僕として自在に支配を行っていた。
しかしその侵略速度が余りにも目に余り、ユグラによって『不平等であった』と真っ先に滅ぼされてしまった。
ユグラに胸を貫かれた時、自分は支配者、されど絶対者ではないのだと紫の魔王は己の立場を省みた。
それからはガーネの国王となり統治を行っている金の魔王とは別の形で人間世界に上手く溶け込んでいる。
だが生まれ持った傲慢な性格はそう容易く矯正されるものではない。
造兵することの繰り返し、その退屈のあまり思いつきで金の魔王が統治するガーネへの攻撃を企ててしまったのだ。
正体は明かされぬだろうと高を括っていたところ見事に暴かれ、挙句にどの魔王にも伏せていた居場所を金の魔王に探られる結末を迎えた。
クアマには彼女の拠点が幾つもあり、あの日も即座に場所を移動したのだが逃げ切れたと安堵はしていない。
せっかく用意した白兵戦力も今は碧の魔王の配下の肥やしになっている。
目論見である他の魔王達の苦悩も、以前味わった序列の呪いを再び受けることも叶わなかった。
紫の魔王は事実上、金の魔王に完敗したのだ。
しかし自分の迂闊さを呪うことはしない、この屈辱とて彼女にとっては掛け替えの無い経験なのだ。
出資が多すぎたが得るものはあった、そう割り切るだけだと紫の魔王は浴室にて湯船に浸かり、噛んだ唇の痛みを思い出す。
「そう、この程度……生前に比べれば甘露よね?」
誰かに問いかける様に紫の魔王は呟く、その声に応えるように紫の魔王のいる部屋に存在する影と言う影が蠢く。
それは夥しい数の悪魔、そのどれもが最上級とされる大悪魔の一歩手前の上級悪魔である。
紫の魔王の魔力が浸透したこの屋敷は既に魔界と同じ性質を持つ、魔物が自然発生するには広さが足りないが紫の魔王は儀式によって魔物を生み出すことができるのだ。
魔界と言う蠱毒の壷で育ったユニーククラスである大悪魔は然う然う作れるものではない。
だがその手前程度ならば供物さえ手配できれば容易い。
幸いにも人はそこら中に生まれいずるのだ、紫の魔王の拠点全てには多くの悪魔が息を殺してその時を待っている。
現在の兵力でもクアマを転覆させることは容易だろう。
だが以前よりも少ない数で人間界を攻める真似はしない、経験を得て退化するなど愚の極みだと彼女は謙虚に事を進める。
「だけど……妙よね? あの金の魔王がよくも私の事を理解できたものよね?」
金の魔王の事は知っている、かつてユグラが魔王を集めその智恵を授けた際に出会っているからだ。
世間を知らぬ狐の亜人、統治の力を得てからもその力を示すことなくユグラに殺された無能、それが当時の評価。
だが復活後は人間の王となり歴史に残る名君として君臨している、そして先日の件である。
多少の変化が見られるのは納得しよう、だがそのような変化を経た金の魔王が自らを理解できようか。
意図的に複雑に組み上げた魔界で生み出した魔物、アレは紫の魔王の自信作であった。
強さとしては及第点付近でしかないがその秘匿性は確かであったと今でも自負している。
他の魔界の魔物を捕まえ、それ等を調査したところで自身へと繋げることは容易ではない。
そんな真似を統治の力だけでできるとは思えない、それこそ『全能の黒』やユグラでもなければと。
「そういえば『緋』がターイズにユグラと同じ星の民がいると言っていたわね? ひょっとして? どうなのかしらね? 別段することもないものね? 少し調べてみようかしら?」
湯船から出て、一歩を進む。
途端に闇が紫の魔王に纏わりつき、妖艶な紫のドレスへと変貌していく。
身に纏っているのは自らが選定した上級悪魔、意思と自我を剥奪し機能だけを持たせた彼女の武装でもある。
『籠絡の紫』の二つ名を持つ紫の魔王、勇者ユグラを以ってしても頭を潰すだけでその兵力の全てを削ぐことはできなかった。
今もなお多くの被害者を生み出している世界最大の魔界、そこに生まれる魔物全て使役できることに変わりはない。
しかし最も危険なのはその破綻した性格にある。
他者を侮る傲慢さを持ちながら警戒する謙虚さを持つ。
屈辱を与えることを、与えられることを好み、嫌う。
命知らずな行動に迷いなど無く、保身のために諦めを受け入れる。
二律背反な人格、そこに常識など存在しない。
「人語を話せる賢い悪魔を少々、手足となる愚鈍な悪魔はどれくらい必要? 十? 百? それとも億かしら? 慎重に動かなきゃね? 国一つくらいは平気よね?」