目下のところ師匠です。
何度目かの仮想世界、ご友人はおよそ一年前のターイズの森にやって来ています。
ラッツェル卿は現実世界の方で金の魔王の悪戯防止のためご友人の体の監視をしているのです。
この世界に体を与えられているのはご友人と私の二人。
金の魔王は精神体となって二人の精神に干渉できる形です。
「悪いなミクス、周囲の山賊とは話が通じないから護衛がいるんだがイリアスはターイズの騎士として有名で警戒される可能性が高くてな」
「いえいえ、構いませんとも!」
仮想世界とは言え護衛は必要と言うわけでもないのですがご友人の能力ではドコラの元にたどり着くのも一苦労、ラッツェル卿が出張れない理由があるために私がその役目となっている次第。
ラクラ殿はメジスの聖職者でありますからメジスの暗部であったドコラには当然顔が知られています。
ウルフェちゃんは……恐らくドコラ以外の山賊には圧倒できますがドコラ相手では苦戦するでしょう。
ドコラとの対話が目当てならば十分ではあるのですが、ご友人は私の方を選択したのです。
この辺には色々とご友人ならではの理由があるのでしょう。
兄様から紹介されたご友人、兄様が信頼されているとあってその特異性は私でも理解できるほど。
確かに男性だと言うのに戦闘能力が皆無と言う点は護衛として苦労が増えますが、ご友人はその辺を完全に割り切っておられるのです。
全ての戦闘行為を我々に任せるという采配、護衛冥利に尽きます。
ラッツェル卿がご友人の護衛に精が出ているのも納得と言うもの。
少々覇気の足りない方ですが私個人としても護りたいと思えるほどに好感が持てる方、時折見せる謎の行動力については心配ですがそこは私の頑張り次第でしょう。
それと兄様から個別に警告された件、そちらに関してはまだその意味合いが理解できておりません、もっと観察が必要なのでしょう。
「さて、ここからは下手に隠れるよりも堂々とした方が良いだろうな」
ドコラが潜んでいた拠点地を発見後はご友人は堂々と侵入、当然ながらものの一分で周囲を山賊に囲まれてしまいました。
このくらいならば私一人でどうにか、一部のテントの中に居る死霊術を受けている死体の存在が少々厄介と言った所でしょうか。
仮想世界とは言え、目の前で兄様に託されたご友人に危害を加えられるのは避けたいです。
「おい、なんだお前等!」
「怪しい者じゃない、とは言えないが敵意のある者じゃない。山賊同盟の首魁であるドコラに話をしに来た。面通しを頼みたい」
「ふざけんな! 頭がお前みたいなガキを相手にすると思ってるのか!」
「するさ、奴の死霊術に怯えているお前等よりもずっとまともな上客だ」
「こ、このガキッ!」
「早く呼べ、こっちの風貌を伝えりゃ向こうから会うって言い出すだろうよ」
うーむ、随分と高圧的な態度ですが……ああでも一人二人の山賊が中央の大きなテントへと向かって行きましたな。
暫しにらみ合っていると先程この場を離れた山賊が戻ってきました。
「――頭がお呼びだ、付いて来い」
実にあっさり、私の出番は無かったようです。
とは言えもう少し短気な山賊がいたら斬りかかられていた可能性は高いでしょう。
仮想世界だからここまで強気になれるのか、私がいたからなのか、そこは良く分かりません。
周囲を囲まれたままテントの中へ、そこには隻腕の男ドコラが無駄に大きな椅子に座って待ち構えています。
「随分とこちらの様子に詳しいようじゃねぇかお客人」
これがドコラ、兄様の国に流れ着き長きに渡って騎士団を苦しめた山賊の首魁。
既に故人であると自分に言い聞かせねば今にでも斬り殺してやりたいところ……。
ドコラはこちらを一瞥し、部下をテントから外に追い出す。
「それにしても後ろの嬢ちゃんは随分と殺気立ってくれてるじゃねぇか、冒険者風の出で立ちだが……いや元貴族……はぁん、王族か」
「――ッ!?」
私の風貌だけでそこまで!?
高い能力を持っていたという話は聞いていましたが、これほどとは……。
「一体どうやって――」
「簡単だ、まずは武器、冒険者が使うには少しばかり装飾が豪華だ。次に香水の匂い、奴が考える際に鼻での呼吸が自主的に見られた。恐らく一般市民が使う物とは少し違う筈だろ。ついでにその殺気が余程因縁があると言わんばかりだぞ」
「……」
「お前さんの言う通りだ、ついでに言うならその顔つきはどこぞの賢王にどこか似ているからな」
元メジスの暗部、兄様の顔くらいは知っていて当然だろうが……性別の違う私にその面影を見出していたとは……。
ご友人もドコラがどう言った点からこちらの素性を調べ上げたのか素早く気付いている、この二人は似ている。
「王族の嬢ちゃんを引き連れて話し合いとは穏やかじゃねぇな」
「なんだ、話し合いに応じる気の無い騎士を護衛に連れていた方が良かったか? 生憎イリアス=ラッツェルくらいしか呼べないが」
「そいつはご勘弁だな、話し合いには応じるがまずはこちらの質問からだ。どうやってここが分かった」
「この周囲には複数の洞窟がある、第二第三の隠れ家を想定して拠点を作っていると仮定した場合に丁度良さそうな位置だからな」
「……洞窟なら別の方角の森にもあるだろう」
「そうだな、だが一番逃げやすい場所はここだ。テントに仕込んでいるアンデッドを陽動に使えば囲まれたところで逃げられるだろうからな」
ドコラはご友人をジッと見つめている、ご友人もまたドコラの眼を……っ!
ドコラのこちらを見透かす様な目と同類、いやそれよりも……。
兄様は『彼の目が濁り過ぎないように気を払ってくれ』と言う警告をされていた。
この目……兄様が警告していたのはこのことですか。
もしもこの目のままでの初対面を果たしたならばきっと私はご友人のことをこのような目で兄様を見つめていたと誤解し警戒していたでしょう。
「どこまで知っている、いやお前は追っ手なのか?」
「いや、お前の腕を奪った奴とは敵対関係にある。ついでに言うならチキュウ人だ」
「……はっ、俺の知りたいことをポンポン答えてくれやがるな。しかも本当にいやがるとはな!」
「ドコラ、お前がラーハイトを追跡して『緋の魔王』と奴が接触している場に居合わせたと言う話は調べがついている。率直にその情報が欲しい」
「その情報はそいつ等から仕入れたと言う訳ではないよな、別の奴……はぁん、お前別の魔王の部下か何かか」
この男、どこまで察しが良いのでしょうか……。
兄様が苦戦を強いられる筈です、戦う者としての強さではない、見る者としての強さを持っている。
「部下じゃないがな、ガーネを統治している魔王の知人と言ったところだ」
「おいおい、冗談――じゃねぇのか。まじかよ、そんなにまでこの世界は侵食されてやがったのか」
「既に『黒』を除く魔王が復活しているとのことだ。それでこちらは今他の魔王の所在やらを調べている最中だ」
「なるほどな、魔王共も一枚岩ってわけじゃねぇんだな。良いぜ、情報の交換といこうじゃねぇか」
ご友人とドコラは互いの持つ情報を淡々と交換していきます。
驚きのリアクションこそ見せますがその情報の真偽を一切確認しません。
この二人は理解しているのでしょう、目の前の相手が嘘など吐かないと。
「あの本書いたのがユグラ本人だったとはなぁ……そんな昔からこの世界は腐ってやがったのか……山賊になって正解だったな」
「そこまで腐っているわけでもないだろう、地球の世界なんてもっと酷い」
「だろうな、目を見りゃ分かる。巨悪が存在するだけじゃねぇ、右も左もクズだらけって感じなんだろうな。生きていて辛くならねぇもんかねお前さん」
「人間意外と慣れてしまえるもんでな、この世界はまだマシだ。人類の怨敵である魔王の一人がまともに国を育てているくらいにはだいぶマシだ」
「はっはぁーっ! なるほど、そりゃあ救いがありすぎて泣けてくるわな!」
ドコラにいたっては今日初めて彼と会ったというのにまるで旧友と酒を飲み交わしているかのように上機嫌。
ご友人の方も同様です、その目の濁りは変わらないがドコラに対する警戒心などが一切感じられません。
そして他愛の無い会話まで二人は始めました、ご友人の世界の話、ドコラがメジスの暗部でどう言った任務を行っていたか、オススメの酒はなんだとか。
それらが一通り終わるとご友人は立ち上がりました。
「知りたい情報は手に入った、助かったよドコラ。信じてもらえるかどうかは分からんが『俺』がこれからお前達に危害を加えることはしない」
「信じるっちゃあ信じるがな……いや……これは……なぁ突拍子もないことを聞くんだが……この世界は本物なのか?」
「……」
――何と言うこと、この男は……この世界が仮想世界であるということにすら勘付いたと!?
「あー、後ろの嬢ちゃんの反応で察しちまった。こう言うこともあるんだろうな……泡沫の夢ってところか」
「……ああ、この世界はそう長く持たない」
「そっちの世界の俺はもう死んでいるんだろう?」
「……ああ、『俺』が追い詰めて殺した」
「そうか、色々合点がいった。俺はお前に本を託して死んだんだな」
「……ああ、おかげでこの世界の裏を知ることができた。今も」
ドコラは葉巻に火をつけゆっくりと吸い、大きく煙を吐き出す。
「まさか山賊稼業の中で死ぬどころか、善行して世界ごと消えるとはなぁ……。悪人のまま死なせてくれりゃ良かったのによ」
「大丈夫だ、本当の世界ではお前は悪人としてしっかり殺されている」
「そうだろうよ、それが因果ってもんだ。今利用されているのも俺に相応しい末路だろうよ!」
ラッツェル卿はこの世界が仮想世界であることを知った仮想世界のご友人によって心を折られたと聞きました。
仮想世界のご友人は自分の置かれた世界に対し恨みを持っていたと。
だがこのドコラはどうでしょう、この清々しい表情は……。
「おう、そこの嬢ちゃん。お前マリト=ターイズの妹だろ」
「……はい、ミクス=ターイズです」
「ああ、そういや冒険者でそんな名前を聞いたことがあったな。せっかくだ、もう一度くらい国に迷惑を掛けた賊の首を取ったらどうだ。俺みたいな悪人が満足して消えてちゃ寝覚めも悪いだろう?」
「……いえ、この世界の貴方は私の世界には関係の無い存在ですから。むしろ情報提供を行ってくださった恩人でもあります」
「王女様にそこまで言われちまうか。可笑しいもんだな、散々悪事を働いたって言うのによ」
「悪事の清算をしにきたわけじゃないさ、だがお前が残してくれた世界への思いはそれなりに役立てさせてもらうがな」
「おう、そうしてくれ。世界を良くしてくれりゃ悪事を働いたことを後悔できるからな」
ドコラはふてぶてしく笑います。かつてはこの男も国のために様々な暗躍を行い、その手を汚してきたのでしょう。
そして人生を捧げてきた世界が既に腐りきっていると絶望し、世俗を捨てた。
決して赦される所業ではない、それは分かっているのです。
ですが、何故私はこの男に向けていた殺気を失っているのでしょうか。
何故ご友人の目は濁りを失い、元に戻っているのでしょうか。
「殺してもらえねぇなら今からでも騎士様達に喧嘩でも吹っかけに行くか。それくらいは持つのか?」
「ああ、大丈夫だ。最期に大暴れして来い」
「おう、じゃあ行ってくるぜ。見といてくれよな」
ドコラは笑う、この男は最早この世界にすら未練を残していないのでしょう。
「よく笑えるな、凄いよあんた」
「名前、聞いてもいいか?」
「……ああ」
こうして私達はこの場を後にする。
ドコラは突如山賊同盟を引き連れてターイズへと侵攻を開始します。
他の山賊や用意していたアンデッド全てを導入しての総力戦でした。
その戦いはあまりにも一方的で、迎え撃つ騎士達によりドコラ達はあっという間に全滅。
それを見届けた後、ご友人はこの仮想世界を終わらせました。
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ドコラから得られた情報はこの世界でも役立つ物がいくつかあった。
この疲労感も無駄では無かったということだ。
「帰ってきたか、金の魔王が案の定悪さをしようとしていたぞ」
「そんなことはないぞ? ちょっと添い寝しようとした程度だと言うに、融通の利かない護衛よ」
「何故貴様に融通を利かせる必要がある、利かせるのは刃だけで十分だろう」
「わいのわいのと騒がしいな、別にそれくらいなら構わないだろうに」
「そうじゃそうじゃー!」
「君の服を脱がそうとしてもか」
「それはアウト」
イリアスと金の魔王の言い合いを適当に聞き流しているとミクスがこちらの肩を叩いてくる。
「ご友人、少しばかり二人で話をしても良いですか? 先ほどの件で少しお話が」
「ああ、構わない。イリアス、少し情報をミクスとまとめてくる。金の魔王との言い合いはそれまでにすませておけよ」
「任せろ。このふしだらな狐にガツンと言って置く」
「待て、何故剣を抜いておる? ガツンてそういう意味かっ!?」
ガツンガツンと騒がしい玉座の間を出て通路に出る。
ガーネ城には小間使いの様な者達がいないおかげかまるで深夜のように静かだ。
「――そんなに心配しないでもドコラのことで気に病んでたりはしないぞ」
「……はい、ご友人は色々とお見通しのようですね」
「そんな顔されたら誰でも気付く。他の連中に心配を掛けたくないだろうし、言いたいこと聞きたいことがあれば言葉にしてくれ。答えるとは限らないがな」
「ご友人はドコラを殺めたことを後悔しているのではないですか? ご友人とドコラは非常に仲良く話しておられました、まるで兄様を前にしているかのように……」
いきなりざっくりと来てくれたものだ、良いんだけどさ。
ミクスと一緒に居た期間は短い、そろそろイリアスと同じようにこちらのことを理解し始めるころだ。
ミクスならばそのうち斬りこんでくるだろうとは思っていた。
「仲良くなれる相手だったと再確認できたことは事実だよ。だけどこの世界ではイリアスに助けられターイズの味方となったんだ。だからドコラとは敵として相対する以外の道はなかった、名残はあるけど後悔はない」
「そうですか……」
「それにさっき話したのは仮想世界のドコラであって現実世界のドコラじゃない。そういうものだと割り切れって前も言っただろう?」
「それにしてはご友人は仮想世界のドコラに感情移入をしていました」
ドコラと話している間、ミクスはずっとこちらの様子を窺っていた。
こちらのことを少しでも理解しようとしていたのだろう。
「感情移入はするよ、だけど終われば切り替える。本の物語を読むときと同じ要領さ」
「そう簡単に切り替えられるものなのですか?」
「もう慣れてしまったよ」
「ご友人にはご兄弟がいらっしゃるのですか?」
「それについては答えない、悪いな」
「……そうですか、では私の思ったことだけを。ご友人は見ていて非常に危うく映ります。兄様が言った通りご友人は様々な立ち位置に存在できる方です。ですがそのどれにも染まらない、揺らがないと言うわけではありません。簡単に染まり、大きく揺らぐ方です。私はそれがいつか戻ってこなくなるのではと不安になります、きっと他の方も同じように思っているでしょう」
イリアスやマリトが普段思っていそうなことをズバズバと言ってくれる子だ。
踏み込むことを恐れない、勇気がある。
個人的にはやり難い相手だ、どう対応すべきか……そうだな。
「この生き方ばっかりはどうしようもないな。人並みに感動もしたいし怒りもしたい、だがそれが邪魔になる時もある。それ等に臨機応変に対応し時と場合に合わせて自分の在り方を変化させていくとその切り替わりが上手になってしまうのは当然のことだ。仮面を素早く取り替えるのと似ているけどもどれも等しく同じ自分なんだ。そのどれかを否定をしてしまえば望む自分が浮き彫りになるかもしれないが……望まない自分も同様になるだろう」
この世界の現状味方である者達はこちらの在り方の変化を異質に感じている。
善人を前にした時に善人になり、悪人を前にした時悪人になると言うスタンスに理解がないのだ。
自分は自分、アイデンティティの維持がデフォルトなのだ。
とは言えこの切り替えるスタンスも個性の一つではあるのだが……。
もちろん自覚している副作用もある、とは言え治そうとは思っていない。
「ご友人は相手によって自分を変えてしまって、疲れないのですか?」
「態度を変えることは誰にだってある、そこに価値観や主観の変化も加わっているだけのことだ」
人を騙すことを許せない人格では人を騙す相手に対して怒りを覚えその判断を曇らせてしまう。
それ故に相手と同じ立場に立って迎え撃つのだ。
毒を以て毒を制す、毒が無ければ自分が毒になれば良い。
現代社会で無造作に向けられる悪意に対しての防衛策の一つであり、身に付けた自分のスタンスだ。
「……わかりました、ご友人のその在り方は変えられないのですね」
「染み付いたものだからな、矯正には苦労するだろうよ」
「ですが全く方法がないとは思いません、例えば常にラッツェル卿が傍にいればご友人はラッツェル卿にとってのご友人で居られ続けるのですよね」
「まあ、そうなるな」
「では私にとって好ましいご友人であり続けてもらうためには皆に常にご友人の傍にいさせれば良いだけのことですね!」
なんだか妙な流れになっている気がする……まあ言わんとしていることは分かる、煩わしさを感じる面もあるが拒絶したいとも思わない。
「ミクス達の心配を理解していないわけじゃない、だからなるべくは自重するけどさ。……まあ心配料としてそのお節介は甘んじて受けるよ」
「はい、そうしてください! 兄様を心配させることはご友人でも見過ごせません! 私自身もご友人には良き方であって欲しいですから!」
「この世界の連中はそんな恥ずかしい台詞をよくもまあペラペラと言えるもんだよな」
感化されやすい自分としてはこういった真っ直ぐとした言葉は弱いのだ、本当勘弁して欲しい。
特にイリアス、搦め手が得意な人間に腕力の一撃は反則なんだよ。
「思ったことを伝えるのは大事なことではありませんか」
「それがな、地球の世界じゃ迷惑になる場合が多くてねー」
「なんと、そ、それでは私の今の思いの丈もひょっとして――」
「いや、とても嬉しいよ。ミクスを選んでくれたマリトに感謝しなきゃな」
あまりこう言った感情を持つ機会は無かった、居心地の良さに怖くなるからだ。
蝙蝠野郎にとってこの世界の住人の想いはなかなかに堪える、だがこのくすぐったい気持ちも悪くは無い。
ミクスはこちらの見せた顔に驚いたのかしばらく固まっていたが慌てて動き出す。
「あ、あの、その、今のご友人は私を前にしてのご友人と言うことなのですよね?」
「ああ、そうだよ。少しはこっちの気恥ずかしさが伝わってくれると良いね」
「……こちらも少しは気をつけますです」
そうしてくれ、我に返ると悶える自分にはなるべくなりたくないのです、はい。
その後、もう一度仮想世界に入りドコラから得た情報の裏取りを行った。
机上の空論での推察にも行き詰まった頃、エクドイクがついに帰還してきた。
どう言う訳か肌が少し小麦色に焼けている、本当に何があった。
「はぁっはっはっ! 待たせたなラクラ=サルフよ!」
「そんな、尚書様の見立てでは後数回は高笑いをしないと聞いていたのにっ!?」
うん、確かにそう思っていたのだがエクドイクの変化が予想以上に早い。
もう少し分析しなおす必要が……馬鹿らしいから止めとこ。
「同胞よ、言われていた品確かに揃えたぞ」
「まさか数日で集めきれるとは思わなかったがな、どんな移動速度だよ」
「我が鎖は自由に姿形、特性を変えられる。つまりはこうすれば良いだけの話だ」
そういってエクドイクは鎖を自在に操り、なんと翼を作ってしまった。
バサバサと動かし、浮きやがった。
なるほど、空を滑空できるなら馬よりも速い。
日焼けの原因はこれか……人目に付いて魔物と勘違いされてないだろうなこいつ。
さておき頼まれていた品はガーネ城にある牢屋に運ばれている。
第四層に囚人の収容施設を作ってから一切出番のない牢屋と言うことでせっかくだから利用することにした。
「それじゃあ早速検証するか」
「ああ、その前に別の依頼についての報告をしておこう。まずギリスタを見つけ伝言を伝えこちらの鎖を渡しておいた。今後はこちらから会いにいけるようにしてある」
女性に発信機を付けるような所業である、これはあまり褒められたものではないのだが相手が相手だし仕方あるまい。
この世界には携帯電話なんて便利なものは……まあ近い物はあるのだが普及はしていないのだ。
「そして件の人物とも連絡が付いた、話すまでは苦労したが事情を説明したら思ったより興味を持ってくれた。最初の依頼の途中で交渉を済ませておいたからひょっとするともうガーネに足を運んでいるかもしれないな」
「おお、本当か!」
そっちの件は間違いなく吉報だ、ひょっとすればひょっとするかな程度の期待でエクドイクに依頼していた内容だけに思わずテンションが上がる。
「ししょー、どなたかおよびしたのですか?」
「ああ、ちょっとウルフェに会わせたい人がいてな」
ウルフェが鎖の特訓をしながら近寄ってくる。
エクドイクに自分の進捗を見せたいのであろう。
「ウルフェに……ですか?」
「おう、期待半分だったが本当に来てもらえるとはな」
「あのー尚書様、いまいちピンと来ないのですが……どちら様を?」
「『拳聖』グラドナ、あのパーシュロの元師匠だ」