目下のところ勝負あり。
「文句を言われた時は御主が説明するんじゃぞ?」
周回が始まった時点には五郎や六郎は現れないにしても、ウルフェや他の面々は当然いる。
そんな彼らを何度も消していると気付いてしまえばイリアスへの負担はさらに大きくなるだろう。
イリアスが仕切りなおそうと記憶を残さずに周回することもありえなくはなかったが六周目の投了でその可能性も潰えている。
最早イリアスは仮想世界を生きようとも思っていないのだろう。
金の魔王が卓に触れ、作業を済ませる。
するとイリアスとラクラがぐらりと動き出した。
「あ……れ……私は一体……」
「む……確か金の魔王の勝負で仮想世界に……」
「よう、起きたか」
「あれ、尚書様」
二人の様子は開始前とほとんど変わっていない、それもその筈。
二人が経験した仮想世界での記憶は二周目以降は全て金の魔王に回収させたからだ。
次の周回に移る際に仮想世界で得た記憶を圧縮し結果としての情報として残すなどの芸当ができる金の魔王ならば、その記憶の全てを回収することもできるだろうと金の魔王に交渉を行ったのだ。
結果として三郎、ついでに言えば四郎からの攻撃の被害はなし。
こちらが嫌な思いをさせられたが利用された立場からの報復だ、甘んじて受けておくとしよう。
三郎はその辺も考えていたのだろう、嫌な奴だねー全く。
「……ウルフェ達が目覚めていない、勝負の結果はどうなったのだ?」
「こっちは一周目で勝利、そっちは七周目――いや五周目でギブアップ宣言での敗北だ」
「敗北だと……そんな記憶はないのだが……」
「記憶は消してもらった。理由を言うとお前の心が折られたからだ、仮想世界の『俺』にな」
「なんと……いや……そうか……」
イリアスは反論しようとしたが、すぐに言葉を濁す。
仮想世界ではガーネの国王として立ち回る、こちらが敵にいることくらいはすぐに察せるだろう。
「金の魔王からすれば勝負終了後にお前等がそれを苦に自害でもしたら契約魔法云々は抜きにして、後味が悪いだろうからな。その辺の記憶は回収させたんだ」
「自害って、そこまで追い込まれていたのか私は……仮想世界の君は何をしてくれたんだ」
大よその展開を説明する。
二周目で仲間にすることを考えたが、怪しまれすぎて二周目の『俺』に裏切られ死んだこと。
三周目で素直に頼んだら、ふざけるなと恨まれて罠を仕掛けられた挙句に投了させられたこと。
四周目で現実世界と同じ関係を築かせられて、それを裏切る結果に持ち込まれたことで心が折られたこと。
五周目からは自分自身の手で心を折られていたこと。
詳細は省き、結果だけを伝えていく。
「……確かに今の君と同じ相手を裏切ると言うのはぞっとしないな」
「三周目に素直に話してしまったのが致命的だったな。仮想世界を超えて精神攻撃を続けようとするあたりロクな性格してないよな、本当」
「尚書様……同じ尚書様なのに酷い言い方なのですね」
「所詮仮想世界の同じ性格、同じ名前、同じ姿と言うだけに過ぎない。今ここにいる『俺』が今ここにいるイリアス=ラッツェルの友人であり、護るべき相手だってことを噛み締めておけ。その辺を事前に言いたかったんだが相談禁止だったからな」
人死にするゲームで大切なことはゲームはゲームであるということだ。
あくまでゲーム内の人死にはゲームを楽しませるスパイスに過ぎない。
それが原因で現実世界の人生が狂っては元も子もない。
影響を与えすぎるからと発売禁止になったらヘビーユーザーが悲しむではないか。
「……それで気楽に行けと行っていたのか」
「なんじゃ、やっぱり助言を与えていたのではないか」
「真意を汲み取れなきゃ無効だ無効。こちとら大切な仲間一人心を折られかけたんだからな」
「……すまない、私の実力不足だった。仮想世界でも君に頼ることを選び、失敗してしまったのだな……」
「気にするな、真っ当にやってたらターイズなんて滅ぼせないんだ。人に頼るって選択肢を取れただけ立派だろ」
できないと抱え込み何の成果も上げられず最後を迎えるのではなく、可能性を見出して足掻いたイリアスを責められるわけもない。
ましてや頼られた人間だぞこっちは、あと酷いことした奴のオリジナル。
「ところで尚書様、尚書様は一周目でターイズを滅ぼしたのですよね? その様子ですと記憶は残っているのですか?」
「ああ、聞きたいのか?」
「ええ、それは。私達が二人で音を上げた勝負をどうやって突破したのか興味あります」
「そうだな、圧倒的差があるはずのターイズを滅ぼせたのだろう? 金の魔王がそれを参考に悪さをしないとも限らない」
「絶っっっっっっっっ対に真似せんわっ!」
叫ぶ金の魔王に驚く二人。
その光景を思い出したのか青い顔に、目には再び涙を浮かべぷるぷると震えている。
「――それで、聞きたいのか? 内容を確認した魔王が嘔吐した内容だからあまり詳しく言うのは気が引けるんだが」
「止めておきます」
「ああ、喋るな。抱えたまま墓場に入れ」
喰い気味に遠慮されてしまった。
そりゃあ見せられた光景ではないのだが、やや寂しい。
もっとこう、感想戦とかタイムアタックの話題で盛り上がれる相手が欲しいところです。
「それで、残るはウルフェ達か。様子はどうなんだ?」
「三周目まではミクスの采配で防御に専念、随分長い時間を耐えていたな。一周目が三年、二周目が三年半、三周目が四年だ。ちなみにお前等はどれも二年未満だ」
単純な戦争ならば一年もしないうちに戦況が決するほどの差だ。
引き伸ばすことだけを考えたとは言え素晴らしく立派だ。
マリトと同格視されていただけあってミクスの能力は高い。
「凄いと言えば凄いのだが……耐えるだけなのか?」
「四周目、ウルフェ達の国は半年後の宣戦布告後十年持ちこたえた」
「な……」
「五周目では二十年、六周目では三十年だ」
驚きの表情を隠せないイリアス、その気持ちも分かる。
しかし三十年て、楽しみすぎだろうウルフェは。
「いやいや、待て待てそんなことが可能なのか!?」
「できるさ、ウルフェとミクスも勝つための秘訣を理解しているからな」
「勝つための……秘訣?」
「一つ目は仮想世界であると言う認識をしっかりと持つこと。現実世界と切り離せないと人生と同じ難易度として捉えてしまうからな。イリアスはここができず、ついでに言えばそこを突かれて心が折られた」
いつもながら羊皮紙とペンを取り出し、縦線二本、横線二本を引く。
現代日本では知らない者の方が少ない有名なゲームの一つ、マルバツゲーム、三目並べと言うものだ。
早速中央に丸を描いてイリアスに渡す。
「イリアス、結構前に教えた遊びだがこれを覚えているか?」
「あ、ああ。簡単な遊びだからな。お互いが最善手を指せば引き分けになるのだろう?」
訳の分からない顔でイリアスは斜め右にバツを描きこむ。
そう、これが引き分けに持ち込む定石だ。
この勝負は互いに最善手を指せば引き分け、指せなければその方が負ける。
だから熟知している者同士がこの遊戯をすれば決して勝てない。
ただそれはルールに縛られていたらの話だ。
再び自分の描いた丸の上に新たな丸を描き、続けて下にも丸を描く。
当然ながら一列が揃い、先行の勝ちとなる。
「おい、それはずるだろう!?」
「これでターイズは滅んだ。そういうことだ」
「……なんだと」
「極端な例だがこれくらいの感覚でやるのが正しいんだ、もちろん中には物語を語る遊戯もある。そういった話の内容に一喜一憂するのも悪い遊び方ではないんだがな。別にガーネ国王の立場で国を動かすからと言って、本当に国の面倒を見る必要なんて無い、仮想敵国として現実的な勝利を得る必要は無いんだ」
こちらの取った手段、それはガーネの未来なんか知ったことかとターイズと共に心中しかねないハチャメチャなプレイングをしたことだ。
これが現実でまともな統治者ならば行うはずのない愚行、だがそれだからこそ勝てたのだ。
「現実世界ならば絶望で頭を抱えるしかないがこれは遊戯だ。思考を縛る要素なんて捨ててしまえば良い。イリアスは遊戯の中に人道と騎士道、正義やらを色々持ち込んだ結果自分で自分の首を絞めてしまったからだ」
「……耳が痛いな」
「話を戻すが遊戯で勝つ秘訣、それは楽しむことだ」
「……楽しむ?」
「ああ、金の魔王、あれを出してくれ」
「うむ」
金の魔王が卓の中から一冊の本を浮かび上がらせる。
それは小さな金の魔王が使っていた操作パネル代わりの本と同じ物。
触れることはできないが手の動きに合わせて開いていくホログラムの様なものだ。
ぱぱっと操作してもらい該当するページを開いてもらう。
「これは一周目のウルフェ達の操作記録、これが二周目、三周目といった感じだが気づくことはあるか?」
「……守りを固めていることは良く分かる。最後辺りに急に多くの行動を取っている気もするが」
「それは次の周回に持ち越すための記録だ、その周回中に思いついた方法を完璧でなくても実行して次の周回に残していたんだ。イリアス達も三周目で似たような方法を使っていたんだがな」
イリアス達は祝日や祭りの名前に情報を記入して記録に残していた。
ウルフェ達はそこまで考えが回らないにしても、次の周回に使えるであろうと気付いたり考え付いた手法を箇条書きのように実行して次の周回のヒントにしたのである。
「なるほど、言われて見れば次の周回で最後に連打している政策を次々に取り入れているな」
「ちなみに一番着目して欲しい所はそこじゃないんだがな」
再び操作して今度はイリアスの一周目の記録を出す。
「これがイリアス達の一周目の記録だ。一周目の記憶はあるだろう?」
「ああ、そうだな。こう言うことをしたと言う記憶と、どのような結果になったかは辛うじて残っている」
「どうだ、ウルフェ達の記録と比べて違和感はないか?」
「……こちらは宣戦布告後に攻めているからな、それなりに違いは多いと思うが」
「イリアスさんが何度も出陣していますね、最後はラグドー卿に首を刎ねられちゃっていますけど」
「そうだな、対するウルフェは防衛線でも一切戦闘を行っていないな」
「……はぁ」
溜息がこぼれる、こんなに分かりやすい違いがあると言うのに……。
「む、違うのならば説明したらどうなのだ!」
「これだよこれ」
イリアスの操作記録の一箇所を指差す、それはいたるところで使用されている操作だ。
「これは……早送りか?」
「そうだ、じゃあウルフェの記録を見ろ」
ウルフェの記録に切り替え、二人に見せていく。
「……ないな。ちょっと待て、と言うことはウルフェは――」
「そうだ、ウルフェ達は一度たりとも早送り機能を使っていないんだ」
仮想世界の最大の特徴である時間の早送り機能、これがあるおかげで精神的負荷を受けずに淡々と勝負に専念できるのだ。
だがウルフェ達はその早送り操作を一切していない、知らないわけではないのだ。
意図的な長期間のプレイ、これはウルフェの意志である。
「ウルフェはな、この仮想世界を満喫しているんだ。本を読んだり、修行したりと日常を行っている」
三周目まではガーネ城からほとんど出ずに修行などをしていたようだが四周目からはついに外に出た、というか冒険者になっていた。
イリアスもターイズに潜り込むために身分を偽っていたのだがそれとは全くの別。
完全に一冒険者として世界を満喫していたのである。
「いやいや、ガーネは半年後に宣戦布告するのだぞ!? 何もしなければ滅ぶに決まって――」
「国が成り立つ条件は大きく三つ、領土を持ち、国民がいる、そしてそれを統治する主権があることだ」
常識と言えばそうなのだが、このことについては小さな金の魔王から得られる情報から知ることもできる。
仮想世界の勝負と言うのはこれらの状態の維持を勝敗条件としていた。
国王が死んでも主権が残っている間は国は滅ばない。
国があっても国民が死に絶えれば国ではなくなる。
これらの条件を満たせなくなったことにより『滅んだ』として処理されていたのである。
「ウルフェ、ガーネの国王かルドフェイン達の様な統治を行える国民が健在の時点で主権の存在は維持される。土地は一軒家のスペースが確保されていればそれで良い。国民については……ぶっちゃけ国王一人生きていればセーフだ」
こちらの一周目でのプレイングではマリトは騎士に守られており死ぬことは無かった。
国民達はほとんどが死に絶えたが騎士達には生存者もいる。
国民の存在としてはセーフ、主権についてもマリトが健在である。
だが悲しいかな、マリトはアンデッドだらけになったターイズ領土を放棄して国外に逃走をしてしまったのだ。
その時点でターイズは三つ条件の内の一つを満たせずに滅亡と言うことになったわけだ。
「……いや、ありなのかそれは」
「ありなんだよ、金の魔王の設定が雑過ぎていてな。ウルフェは四周目ではふらりと冒険者となっていた。家として森の中にひっそり秘密基地を作っていたんだが、ガーネ本国が陥落後もそこが領土として認められていた」
結局その秘密基地が第三者に見つかり破壊された時点で領地を失った判定で滅亡処理となりウルフェは四周目の敗北を迎えてしまったわけだが。
五周目ではその辺を対策して長々と人生を謳歌して行ったわけだ。
森の中に小規模な集落を作り、ガーネとは別に手作業で運営を行ったのだ。
ターイズはガーネ城を落とし、国民を解放すればそれ以上大きく動くことはない。
無論突如宣戦布告を行うようなガーネ国王を指名手配して探すことはするだろう、だが表舞台に顔を出してこなかったガーネ国王を見つけるのは土台無理な話だ。
「しかし、それではいつまでたってもターイズには勝てないではないか。仮想世界のウルフェが死んでしまえばそれで――」
「王様が死んでも主権が残っていれば国は残る、五周目と六周目はウルフェが冒険者として無謀なことをして割と早い段階で死んでいた」
五周目でウルフェは小さな集落を作り、それで大丈夫だろうと冒険者業を再開したのだ。
そしてよりにもよってパーシュロを探し出し、一騎打ちを持ちかけていた。
『拳聖』グラドナの弟子であり、気紛れで犯罪を重ねる男。
ウルフェの世界には異世界人もイリアスもターイズにいる。
ラクラもいるのだ、ラーハイトとの一件も再現されていた筈なのだが……どういうわけかパーシュロは生存していた。
そして世界のどこかにいるのをウルフェは聞きつけ、見つけてしまったのだ。
よもや死因がターイズと全く関係の無いでき事が続くとは予想もしなかったね、うん。
五周目は敗北、六周目は十年の修行をつけてリベンジ、それでも敗北してしまっている。
どうも誰かの指南を受けているようには見えない。
ミクスの入れ知恵くらいはありそうなのだが、それも感じられない。
恐らくは自力で倒してみたいと我流で頑張っているのだろう。
ウルフェはターイズを滅ぼすと言った目的を完全に忘れ、純粋に仮想世界を満喫しているのである。
一応本人が死ねば作った村は創立者を失う事になる。
五周目六周目もそのことが原因で数年後に消滅してしまいガーネの滅亡と言う形になっている。
ガーネの大臣達には簡易操作による内政指示を行えるがその辺から集めた人材での村運営では死後に干渉できないのだ。
村を残していくと言う行為は簡単なことではないのだが、そこはミクスという賢王互換が相談役でついている。
言うまでも無く次の村はさらに永く継続するだろう。
「そして、この事態はこの勝負における急所を突くことになる」
「急所?」
「そうだ、何故金の魔王が強制的な宣戦布告を行わせたのか。それは短期決戦を行わせるためだ。その理由は勝負を持ちかけられる前に言っただろう?」
「ええと……ああ、勇者ユグラに倒された云々で検証できる未来には限りがあると言う話ですね?」
頷く、金の魔王の仮想世界は統治を行う上で選択肢による試行を行うためのシミュレータだ。
使い捨てのシミュレータとして創られている以上、過度なスペックは必要としないのだ。
「金の魔王。再度聞くがお前の仮想世界は何年先の未来までを見通せるんだったか?」
「……御主等との勝負で使っている仮想世界は五十年じゃ」
「それじゃあ……」
「ああ、仮想世界のタイムリミットは宣戦布告から五十年しか持たない。五十年後は仮想世界は崩壊する」
金の魔王は制限時間が来ることなど想定していなかった、つまりはタイムアップによる敗北を設定していないのだ。
仮想世界が崩壊してもプレイヤーが共に消滅するわけではない。
仮想世界が崩壊してから、プレイヤーは移動することになるのだ。
「ではその時、世界の崩壊はどこを主軸とするのか。それは現実世界に居る者達、ウルフェの立っている場所を主軸とするんだ」
つまり、ウルフェは世界が崩壊する直前までガーネの国王として君臨している。
視線の先にある砂時計が世界の崩壊を告げる。
「ん……」
ゆっくりとウルフェ、ミクスが起き上がる。
時刻はまだ七周目、つまりはそういうことだ。
ウルフェ達は見事ターイズを滅ぼしたのだ、仮想世界もろとも。