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異世界でも無難に生きたい症候群【完結】  作者: 安泰
邂逅編

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目下のところお前の出番はない。

 イリアス、ウルフェの二周目の結果を確認して現実世界に戻ってくる。

 ウルフェに関してはさらに試行錯誤を重ねて、もう半年長く戦争を続けての敗北だった。

 やはり印象に残るのはイリアスの方、見事に誰かさんに謀られていた。


「仮想世界とは言え御主に裏切られるとは不甲斐ないのぅ」


 金の魔王はようやく膝から下り、椅子を近くに出現させそこに座った。

 こっちの椅子よりいくらか豪華なのは気になるがそれは後にしよう。


「そりゃあお前のせいだ、金の魔王」

「妾のせいとな!?」


 椅子を回し互いに向き直る。

 膝がぎりぎり届かない程度の距離、背の関係でこちらの方が偉そうに感じてしまう。


「仮想世界では特殊な方法で内政や軍事の指示を出せていた。これは簡易的に処理を行えるメリットがある反面、現実的に考えると異様なんだ。お前が現実世界で政策を実行する時はルドフェインさん達大臣に直接指示しているんだろう?」

「うむ、それは当然じゃ。しかし仮想世界では一々呼び出して来るのを待つのも面倒じゃったからな。その辺は省略できるようになっておる」

「そこだ、その省略化が他国の者には異様に見えるんだ」


 金の魔王が設定している簡略化のシステムは金の魔王が指示する工程を簡略化している。

 ガーネの国王だから指示が通るのは当然のように感じるが本来ならばそこには様々な流れがある。

 快諾される時、理由を問われる時、意見を言われる時、反対される時、それらが簡略化され指示が通っているのが仮想世界のシステムだ。

 だがこれは国王がガーネ城に篭り、限られた人員を相手にするからこそ破綻せずに実現するシステムだ。

 

「実際に戦争を起こすと言われたらルドフェインさん達も理由を問い、反対し、思いなおすように口を挟むこともあるだろう。だが宣戦布告は強制的に行われ、そんな指示を仮想世界のルドフェインさん達は問題なく実行してしまうんだ。宣戦布告前からその様子を見ていた外の人間からすれば集団催眠に掛けられたのではとさえ思うだろう」


 ぺい、と持ってた枕を金の魔王に放る。

 金の魔王はそれをキャッチし、同じように放ってくる。


「なるほどのう、イリアス=ラッツェルは王でありながら外部の者である御主と接触した。そして突如の宣戦布告、その落差には顕著じゃの」

「ターイズへの宣戦布告の理由だってそうだ。あまりにも不条理な宣戦布告だからこそターイズはその宣戦布告を受け、ガーネを危険国だと認識し攻め返す。だが横からそんな光景を見せられてみろ。下手をすれば仮想世界の仕組みにも勘付けるぞ」


 突如平和主義から軍事国家の思想に切り替わるルドフェインさん達、しかしその中で変化のない王様代理のイリアス。

 これらを見たら果たして異世界人はどう思ったことだろう。

 そりゃあ黒幕だと思うわな。


「うーむ、仮想世界で他国への協力を願うことはあったがわざわざ他国の者を味方に取り込む真似はしておらんかったからのう。割と落とし穴が多いのう妾の力も」

「元々遊戯のための力じゃないんだからな。無論全部がお前のせいだと意地悪を言うわけでもない、こっちの特技が原因しているのもある」

「特技とな?」

「距離感の把握が得意でな、あるべき距離との差異に敏感なんだ。例えば事前に相手がこちらの話を聞かされていた人物がいて、良い印象や悪い印象を事前に植え付けられている時には『おや?』と思える。知人の関係の変化も同様だ。詳細は分からなくても良いことがあった、悪いことがあったと言う変化には気付きやすくなっている」


 この特技があるからこそ、エウパロ法王の世話役リリサに成りすましたラーハイトの存在に気付けたのだ。

 初対面だと言うのに異様な親密感、自分がモテている等と言った自惚れなどは持たない。

 現代社会でも大いに役立つ武器、数少ない人に負けない技能である。


「なんでそんな特技が身についておるのやら……」

「それは簡単だ。金の魔王、もしもお前の前に見ず知らずの者が訪ねて来た時、相手が必要以上にこちらの情報に詳しかった場合に何を思う?」

「――良く調べてきておるの、と思うの」

「ではその調べた理由はなんだと思う?」

「それは……妾の気分を損ねないためか……何かしらの企みがあるのじゃろうな」

「そういうことだ、見知らぬ他人の情報を調べつくす理由なんてほとんどが企みありきなんだ」


 他人を警戒するのは処世術としての基礎、自分に詳しい他人など以てのほかだ。

 だから不用意な詮索は行うべきではない、信用関係を築く上でも当たり障りのない関係から互いの了解を取りながら構築すべきなのだ。

 尤も巧みな者ならば偶然を装いその情報を利用してくるわけだが。

 巧い人間が多く、その大半が悪人ともなればこういうスキルも身に付くさ。


「仮想世界の異世界人はイリアスと会話してその異様な距離感に常時警戒状態だったんだろう。その上で不条理な宣戦布告やらその協力要請、信用なんてできやしない」

「御主も難しい年頃なのじゃな――うぷ」

「やかましい」


 返す枕に少し力を入れる、金の魔王は掴み取れず顔面に枕を受ける。

 この仮想世界の欠点、それはリアル過ぎると言うことだ。

 存在する人々に意思がはっきりと存在している。

 それら検証や考察のために生み出し、使い捨てるのだ、規模が逸脱している。

 仮想世界とこの世界では、人々の世界への価値観が明確にずれている。本来ならば接触するべきではないのだ。


「しかしそうなると仮想世界の御主を仲間にするのは無理なのかの?」

「嘘を完全に見抜けると言うわけではないが矛盾があれば気付ける。感情の擦れ等にもな。そこから信用を失えば協力することはないだろう。ついでに敵と認定した相手は滅多に評価を変えないぞ」


 我ながら面倒くさい人間だ、誠実な人間関係以外では疑って当然を貫いているのだからな。

 この世界には誠実な人間が多いために人間関係の衝突は少ないが、それでも時折心配されるレベルだ。


「ふむ、では事情を全て話すのはどうじゃ? 御主はなんやかんやでお人好しじゃろ、誠意を持って接すれば信用も得られるのではないかの?」

「――それは一番の悪手だ、『俺』なら確実に敵対する」

「どうしてじゃ?」

「立場を置き換えれば分かるだろう、例えば今お前に『この世界は仮想世界だ、この世界での勝負で隣国を滅ぼす必要がある』と言い出したらどう思う?」

「それは――信じられんじゃろうが……」

「信じられた後はどうする?」

「……おおう」


 枕投げを中断し、金の魔王が情けない顔を見せる。

 仮想世界を生み出せる魔王だからこそ、自分の世界が仮想世界だったらと言う発想には今まで至らなかったのだろう。

 だが今の勝負ではこう言った事実が飛び交うのだ。


「『この世界やお前たちは余興のために存在し、必要が無くなれば消えて無くなる』なんて事実を叩きつけられて諸手を挙げて協力をするわけなんてない。むしろ怒る、絶対に許さないだろうよ」


 ラクラをプレイヤーに指定すべきだった、嘘を見抜けるラクラならばこちらの嘘の協力に気付きやすかっただろう。

 イリアスの強さに依存して決定したこちらのミスだ。


「……三周目が終わったか」


 砂時計が空になったのを確認してひっくり返す。

 起き上がる者はいない、三周目も失敗に終わったようだ。


「ふむ、それでは見に行くかの。イリアスが御主を口説く光景を特等席で見せてやろうではないか」


 金の魔王が立ち上がり、枕と共に飛び込んでくる。

 またしても先程のポジションだ。


「別に触れて無くてもできるだろ」

「なんじゃ、恥ずかしくて照れておるのかの?」

「……」


 このまま意識が落ちるときに体重を掛けて押しつぶしたろうか、そう思っていると意識が落ちていく。

 今度は趣向を変えてウルフェの三周目の結果からだ。

 ミクスの指示だろうか、鉄壁に拍車が掛かりさらに守りに徹している。

 だが結局は騎士団に突破される未来は変わらない、もう半年の延長を果たしてガーネは滅亡していた。


「大した変化も無くてつまらんの」


 退屈そうに記録の中を進んでいく金の魔王、確かにこれと言った見せ場が全く無い。

 ウルフェが先陣に出て戦うと言う姿もなく、その大半を王座の間で過ごしていた。

 ミクスはマリトへの忠誠心があるとはいえ、この勝負を捨てていると言うわけでも無い。

 だが勝つための試行錯誤の様子がほとんど無い。

 時間を稼ぐ手段だけを考えているようだ。

 

「次はイリアスの所にいこうかの?」

「いや、その前に小さい金の魔王は出せるか?」

「それは可能じゃが……、妾を愛でたいならこの場におるではないか。ほれほれ」

「はよ」


 不満げにブーイングをしながら金の魔王が片手を上げるとこちらの目の前に小さな金の魔王が現れる。

 この機能の中に確かあの情報があった筈だ、ええと……ああ、これだ。

 この仮想世界では過去に戻ることはできない、だが自分が行った操作の履歴は確認できる。

 この世界の中では一年以上の時が過ぎるのだ、最初付近で何をしたか等を覚えているのは難しいからね。

 しばらく記録を調べていると本体が横から顔を突っ込んでくる。


「操作記録かの、何をやったかはこの空間を進んだ時に把握できたじゃろうに」

「それで分からないこともあるんだよっと、ほらこれ見て気づくことがあるだろう?」

「……ふーむ、別段変な操作はないではないか」

「そうか? 異常過ぎるんだけどな」


 そう、この記録は異常だ。

 その意図を考える、これはミクスの考えではない。

 内政や軍事の指示は間違いなくミクス、ウルフェにこういった真似はできない。

 だがこの操作はウルフェが行っていると見て良い。

 その理由は……やはり真面目なんだな、ウルフェは。


「むむぅ? わからん」

「そうか、多分四周目もこういう感じになるだろうから記録が取れるなら取っておくといいぞ」

「なんじゃ、教えてはくれんのか?」

「戻ったらまた二時間近く喋るんだ、その時の話題にするつもりだ」

「ふむ、それも良いの」


 ウルフェの記録を後にしてイリアスの三周目の世界の記録に入る。

 イリアスは再びこちらを仲間に取り込もうと行動していたようだ。

 ウルフェの救出、憑依術の取得も二度目とあってかスムーズに行っている。

 そして異世界人を救出、ガーネにて交流を行う。

 どうやら人間関係の構築を丁寧にやろうという魂胆の模様。

 正直あまり良い感じとは思えない。

 こちらとウルフェとの距離は現実世界よりえらい親しくなっている、だがその分イリアスとの距離が開いてしまっているように感じる。

 そして宣戦布告を控えた数日前に、イリアスはやらかした。


「赤裸々に全てを話してしまっておるの」

「ああ、やらかしたな」


 仮想世界の誰かさんは協力の対価として根掘り葉掘り情報を聞き出し、部屋に篭った。

 そして二日後にイリアスにその作戦内容を伝えていた。

 それを聞いてイリアスが取った行動、


「ガーネを自らの手で終わらせたじゃと……」

「そのようだな」


 イリアスはしばらく内政を行った後にガーネの統治の終了を宣言、要するにこのゲームにおける投了(リザイン)をしたのだ。

 当然その時点で世界は終了、戦争が始まる前にこの仮想世界は役目を終えてしまった。

 その後現実世界へと戻る。


「……はぁ、我ながら酷い手段を取ったもんだ」

「ほれ、さっさと説明せんか」


 尻尾でぱしぱしと要求される。


「説明もなにも、聞いていただろう。仮想世界の『俺』の話を」


 仮想世界の『俺』の提案、それを聞いてイリアスは納得した。

 そして三周目ではそれを成し遂げられないと次の周回へと移ったのだ。

 これは保険を兼ねた提案だ。


「理屈で言うならば間違っちゃいない、宣戦布告直前から行動しろと言われても時間が足りないからな。だから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 仮想世界の自分自身などどうでも良い、そんなドライな異世界人がこちらです。

 とは言えもうこいつは同じ人間と思っちゃダメだな、うん。

 三周目だし三郎とでも呼ぶとしよう。

 三郎は異世界に飛ばされ、困惑している中イリアスに助けられた。

 そしてウルフェと共に短いながらも互いの仲を深め、親しくなっていた。

 ウルフェの環境を知ればそりゃあ現代日本人としては思う所もある。

 周りの人も悪人と言うわけではない、親しくなれただろう。

 だがそこに来てイリアスの暴露話だ。

 地球から飛ばされた世界は創られた仮想世界で、戦争が終われば消える。

 そして本来の世界にいる存在の真似をしろと言われた。

 『お前は偽者で、本物の自分のためにこの世界を終わらせる協力をしろ』と少しながらも心を開こうとしていた相手、イリアスからそういわれたのだ。

 即座に投了させたのは三郎からの意趣返しでもあるのだろう。


「自分は絶対に協力してやらない、この世界が仮想世界で戦争が終われば別の世界に行くというのであればその世界の自分を利用しろ。その方法は教えてやる、だからさっさとこの世界から出て行けってな」

「別の世界の御主への迷惑はまるっきり考えんのじゃな」

「そりゃあな、自分は自分だ。仮想世界だろうが平行世界だろうが別の世界にもう一人の自分がいればそれは他人だ」


 この場合危ういのはイリアスだ。

 イリアスが現実世界のこちらと親しいことを三郎は知った。

 つまりはこちらに飛び火するような嫌がらせを考えていてもおかしくは無い。

 少なくとも自分と同じ存在がいたとして、『俺』は絶対にそいつのことを嫌うだろうし、敵と認識する。

 

「――ま、三郎の考えはそう難しくない。なんたって自分自身だからな」

「サブロウ? あの仮想世界の御主の名前かの」

「同じ名前と言うのも吐き気がするからな、同族嫌悪だ」


 三郎からすれば親しくなれたはずのイリアスという立場を占領しているこちらを毛嫌いし、こちらとしてはイリアスにこれから酷な手段を取らせようとしている三郎を毛嫌いしている。

 素晴らしい関係じゃないか、本当に。


「しかしあんな情報の残し方をするとは考えたものじゃの。複雑な記憶は持ち越せぬというのに」


 次の世界に移る際には記憶を結果のみとして圧縮され次に持ち越される。

 つまり三郎からターイズを滅ぼせるような方法、平たく言えば誰かさんが一周目でターイズを滅ぼした手法などを教えてもらえたとして、それを実行しなくては記憶に残らない。

 印象に残った光景こそ脳裏には残るがその前後の記憶はほとんど無い。

 前の世界の自分がどういう行動をとったのか、どういう結果になったのかと言う情報だけが残るようになっている。

 そうでないと憑依術を取得したまま次の世界に渡れたり、戦闘の経験値を得た上で次の世界に流用できてしまうからだ。

 とは言え憑依術を誰に研究させた、どういう風に研究させたなどの分岐があればより効果的な選択肢が結果として残るのである程度の応用は利く。

 三郎はそのシステムを利用してきた。

 祝日の名前を情報にしたのだ。

 『――に、――――の理論を以て憑依術を完成させることができる祭』と言うふざけたイベントを用意させ、記録させたのだ。


「金の魔王のシステムそのものをメモ帳にするとはな。確かに何周かしてたら思いついていたかもしれんが」


 こちらは一周目でクリアしてしまった以上記憶の引継ぎ問題は無かったのだ。

 つかこれってズルに近いよな。

 とにかくこれでイリアスは三周目で持ち運びたい記憶を記念日や祭りとして内政の予定とさせることで記録として残すことに成功、四周目へと移行した。

 ただし三郎は具体的な案をほとんど言わなかった。

 伝えたのは四周目、四郎を利用する方法だけである。

 イリアスがこれから先行う悪事に加担するのは四郎であって自身ではないと言わんばかりだ。

 我ながら責任転嫁が巧いこと、身内が巻き込まれているだけあって反吐がでる。


「金の魔王、今から言うことはできるか教えて欲しい」

「ふむ?」


 三郎の仕掛けた罠はとっくに見破っている、だがそんな物を許す気は粉微塵も無い。

 三郎の弱点はイリアスからしか情報を得られなかったことだ、そんな情報弱者がオリジナルに勝てるわけもない、この場に三郎がいれば話は別だろうがな。


「できなくはないが……妾にそのことをする義理はないと思うんじゃがの」

「二勝すれば味方になってくれるんだろうが、その時は味方のよしみって奴で頼む」

「しかし二敗する可能性もあるのじゃぞ、その時はどうするつもりじゃ? 妾としては御主の誠意が見たいのう?」

「その時は個人的に嫌わないでやるし、個人的な友好関係を残してやる」

「何でそんなに上から目線なんじゃ!?」


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 四周目、三周目の彼の知恵により好調な滑り出しが行われていた。

 憑依術が開始日から数日で完成、開発した専門家が苦労した箇所の説明を祝日の名前として記載していたおかげだ。

 そして私は今、ターイズにいる。

 冒険者として訪れ、そして今騎士としての試験を受けている。

 三周目の彼の話はこうだった。

 元の世界の彼が一周目でターイズを滅ぼせたのはターイズで過ごした期間があるからだ、だから四周目の自分にもその記録を可能な限りトレースさせろと。

 そのまま戦争を行い、頃合をみて知恵を出してもらい次の周回に利用すれば良いと。

 言われて見れば確かに彼は陛下の元で長い交流を行い、この国のことを熟知していた。

 他の騎士団長とも顔見知りとなっていてラグドー隊の面々とも親しい。

 金の魔王が最初に言っていた、私達はターイズを熟知しているから有利なのだと。

 だが三周目の彼はガーネでしか過ごしていない、だから詳細が分からない。

 潜り込むにあたって両親を名前の知られていない元メジスの騎士と言うことにし、実際の私とほぼ似た経緯で騎士を目指したと言うことにする。

 メジスの騎士を選んだのはラクラがいるために話を合わせやすいからだ。

 そして無事に騎士として同じラグドー隊に加わることに成功した。


「(ふと思ったのですが、イリアスさんがいないのは当然として私もこの世界にはいるのでしょうか?)」

「どうだろうな……」


 運がいいことに本来の家が空き家のままだったのでそこを拠点として今は生活している。

 適度に早送りをしているため時間の流れが非常に速い。

 夜に早送りをして朝にすると体力もすぐに回復しているのだ。

 精神的な疲労は残るが元々騎士として鍛え上げた根性だ、時折休めば大丈夫だろう。

 警邏の仕事を希望し、どうにか彼と出会う前と近い環境を整えられた。

 しかし多少の違いは発生してしまっている。

 一つは私への周囲の態度が優しいと言うことだ。

 中には女性だからと侮蔑の目を向けるものもいるが親しげな態度を取る者の方が多いのだ。

 彼から私が嫌われている理由は聞かされていた、その大半が騎士として己を鍛えている際に他者に意識を向けなかったことによる努力不足であると。

 無論、意識的に改善しているつもりは無かったのだが昔と今では心の余裕が違っているのだろう。

 そもそも過去に私が起こした問題が無かったことになっているのだ。

 初期状態に近い関係がこれほど穏やかとは過去の私を叱ってやりたい。

 最初から皆とこのような関係でいられたのなら、私はもっと――


「いかんな、この世界に未練を残してる場合では無い」

「(でも確かに周囲の目は変わっていますよね。マーヤ様とは疎遠なのですが……)」


 マーヤについてはやはり接触し辛い。

 嘘を見抜けるマーヤ相手に身分を偽った騎士が会いに行けばなにかしらのボロが出てしまう可能性がある。

 それに長い付き合いだったからこそ距離感を見誤りそうになってしまうだろう。

 サイラあたりとの接触も行いたかったが今は我慢だ、彼がいたからこそできたことは彼に任せたい。

 ウルフェについても三周目の彼がはっきりとお前は動くなと言ったのだ、辛いが耐えるしかない。

 問題のもう一つと言えば山賊同盟の件だろう。

 私が警邏になって彼と接触できればそこから同じ展開には持っていけるのだが、今回はラグドー卿から任されてはいないのだ。

 ターイズに来て日が浅い騎士だ、ひょっとすれば名前も覚えてもらっていないのかもしれない。

 陛下は私が功績を挙げたことに着目し、その協力者である彼の存在を嗅ぎつけていた。

 彼をどうにかして陛下の元へ近づける必要がある。

 だが私程度の策略ではその意図が読まれてしまう可能性がある。


「どう立ち回ったものかな……」

「(イリアスさんは元々女性と言うことで騎士の中で立場がよろしくなかったと言うことでしたから、尚書様を助けた後に今の立場の話をされてはいかがでしょうか?)」 

「……そうだな」


 三周目の彼は言った、私がガーネ国王の代わりに君臨している話はすぐにするべきではない。

 そうなると同じ行動を模倣することはできないだろうと。

 彼とて陛下には誠意をもって接していた、そこに一物を持たせては何か良からぬことが起きてしまう可能性もある。

 あまり深く考えず、騎士としての生活を全うすべきだろう。

 そして月日は進み、ついに彼との接触を果たした。

 憑依術を取得したガーネの魔法専門家には私の姿を見せておらず、内政での指示でターイズへと向かわせていた。

 そして警邏中の私がその素性を訪ねておき、彼と接触後に心当たりとしてその専門家の所へ連れて行った。

 その後の流れはほとんどが同じであった。

 彼の発言から山賊の拠点を知った段階でラグドー隊の皆と共に制圧する。

 捕虜への尋問でラグドー隊は苦戦したが彼が自ら進言し、同じ方法を行って見せた。

 彼は僅かな時間からカラ爺と親しくなっておりその進言もカラ爺が採用したのだ。

 彼に死霊術の知識を与えるマーヤとの接触ができないことについては、私がラクラからメジス視点での話を伝えることでなんとかなった。

 ドコラの資料についてはガーネから手配書を回し、ターイズに届け彼の手元へ運ばせた。

 そして迎えるドコラ討伐の前日、部隊配置を決める際には彼が先に動いた。

 人数の少ないラグドー隊を遊撃に回し同様の形に持っていったのだ。

 世話になった私への恩返しとのことを彼は後で語ってくれた。

 

「(尚書様って恩を感じやすい方ですよねぇ)」

「そうだな、現実世界でも私のために――」


 感傷に浸るのは今度にしよう、今はやれることをやるだけだ。

 ドコラとの決戦も無事に終わる。

 できれば彼とドコラを会話させたくは無かったが、この会話が無ければ彼は本を手に入れることができない。

 少しだけ我慢をし、そしてドコラの首を刎ねた。

 その後は同じように家に招き、部屋を与えた。

 この時は何度もすれ違った、一日を待機して待たされることもあった。

 その気になれば合流もできるが仕方なく我慢するとしよう。

 彼は『犬の骨』に私を連れて行き、仲良く酒を交わした。

 ここで酔いつぶれる必要があるのは流石に大変だったがこれも再現のためだと割り切った。

 カラ爺と共に散歩をしていた話も聞けた、本の回収もできたのだろう。

 そして時間はほとんど同じように過ぎていく、違いがあるとすれば彼が以前より活発的に動いている点か。

 確かマーヤの憑依術は失敗で副作用があったと聞いている、その影響だろう。

 だがその影響が変化を生むことは無く、彼は無事ウルフェを助け出した。

 この世界のウルフェは私に懐いてくれた、三周目まで決して心を開かなかった彼女だがやはり彼に救われたことが大きな意味を持っていたのだろう。

 物悲しい気持ちもあったが、それでも嬉しかった。

 そして私へドコラ討伐の褒賞を与える式典が行われる。

 結局カラ爺からラグドー卿へと彼の話は伝わっていたようで同じ形で彼は立食会にも呼ばれ、陛下と対面した。

 

「なんとか順調にここまで来れたな」

「(うう、こんなに長い期間お酒が飲めないなんて辛いです……)」


 既に四周も繰り返しているのだ、記憶は圧縮されて負担は無いとは言えラクラも辛いだろう。


「……そうだ、次はラクラが来るんだったな」


 ラーハイトに催眠魔法で操られていたウッカ大司教によって本の回収を命じられていたラクラ、その後追いで来るメジスの暗部達。

 ここもなかなか大変な作業だが何とか頑張らねばなるまい。

 それから数日後、村々の教会の様子を調べるためにメジスからユグラ教の司祭が訪れたとラグドー卿からの話が来る。

 そして彼はその司祭と共に村々を尚書候補として回る事になった。

 どうやらラクラは無事にいるようだ、肉体の制限を受けていたのは主体となって国王代理をする私だけの模様。

 やはり少し物寂しいものだ。


「(やっと私の出番ですね!)」


 そして当日、私はマーヤの教会で出会った司祭の姿を見て絶句することとなる。


「ラーハイトと申します、此度はよろしくお願い致します」

「(何でぇっ!?)」


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