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目下のところ、取り返しのつかない選択を。

 それぞれの一周目の経過を覗いて元の世界に戻ってきた。

 リアルタイムで流れる風景を眺めたと言うよりも断片的な光景が浮かぶ空間を浮遊しての観測、そこからどのような選択と結果が起きたのかを直感的に知ることができた。

 より細かく見ようとするとその断片的な光景が動き出し、詳細を見ることができ、イリアスとラグドー卿の一騎打ち等は非常に見ごたえが――いやほとんど何してるか分からなかったわ。


「なるほどな、こちらの仮想世界の光景もこのように凄惨な記念写真と惨状の結果が並び、どれか一つを丁寧に見ようものなら吐く程だったわけか」

「いいや、妾一人で観測する場合はもう少し頭に流れる情報量が多い。御主への負担を考慮して観測できる情報量を事前に圧縮しておったのだ。妾自身が念のために減らしたと言っても良いの」


 つまりこちらが意識的に注視した際に見れた光景がデフォルトだったと言うわけか。

 そんな物を見せられたんだ、そりゃあ帰ってくるなり人にビンタの一発でも入れないと気が済まなかっただろう。


「しかしどちらも御主の仮想世界程では無かったの。何と言うか基本に忠実な感じじゃった」

「そうだな、イリアスはらしいし、ウルフェの方はミクスが知恵を貸していたと見て良いだろう」


 イリアスの一周目は文字通り様子見の立ち回りだった。

 ほとんどの内政を自動に任せガーネの兵力を最大限に増強。

 半年後の宣戦布告後には可能な範囲での全力戦闘。

 互いの純粋な力量差が浮き彫りになるような世界だった。

 イリアス自身が戦闘に参加できるというメリットも活かしており、何度も先陣を切っていたがそれをしっかりと対処できる他の騎士団長達の采配は見事だった。

 全般的なターイズの指揮もマリトが行っているのだろう、素人目でも分かるほどに一方的な戦争運びとなっていた。

 対するウルフェの方は完全な守り。

 宣戦布告までの流れは同じだったが、その後のガーネからの進撃は一切なし。

 先に宣戦布告した国が一切攻めないのだ、ターイズとしては罠を警戒して互いに睨み合う。

 しかし攻める気がないと判断したとたんにガーネへの侵攻を開始。

 その後は戦力差による敗退だ。

 数で勝り守りに専念していたガーネの堅さはなかなかのもので騎士達も攻め難い形になっていた。

 もっともイリアスを初めとした人外レベルの先陣によりその鉄壁の守備は徐々に溶解させられていったのだが……。


「どちらも全体の流れを確認するには良い感じだったが……、今頃はターイズとの力量差を実感して悩んでいるころだろうな」


 イリアスもミクスも正攻法で勝てないと判断するには十分な負け方だ。

 ここから先は発想の切り替えが大事になる。

 外道の限りを行うことはできないにしても何かしらの妙手は必要になる。


「ぬあああ!」


 突如叫び出す金の魔王、頭を抱えて一世一代のやらかしをしたような顔だ。

 そういう顔は天然物も嫌いじゃないけど、個人的には自作の養殖が好きです。


「いかん、えらい抜け道が存在してしておるではないか……」

「そうなのか?」

「御主じゃよ、御主がターイズを滅ぼす手法を取れるならば御主を引き抜ければ誰でも可能になるではないか!」


 ああ、そういや一番難易度が高いのがこちらの仮想世界だったのだ。

 それをクリアした当人がイリアスとウルフェの世界どちらにもいる。

 つまりは勝てる手段が世界にぽつんと転がっていることになる。


「確か他の世界の記録は過去の物に限り閲覧が可能だったな。その辺の機能くらいは気付くだろうし、周回が重なれば辿りつく可能性はあるな」


 そのことに気付けばあの四人だ、そういった発想が出てくるのは時間の問題だろう。


「……仕方ないのう、その点については諦めるとするかの」

「手を加えたりはしないんだな」

「公平な勝負に後だしの細工などしては魔王の名折れじゃ。それに既に御主に完全な形で負けておる、今となっては勝敗の数もさほど気にはならん」

「感心なことで、とは言えどそれでも苦労はするだろうがな」

「そうかの? 御主はそこまでターイズに忠誠を持っているようには思えぬのじゃが、――あそこまで容赦ないことをやってくれたしの」


 ごもっとも、ターイズには恩はあれど忠誠心は無い。

 環境がいいから長居しているだけに過ぎない。

 この仮想世界の開始は半年前、ガーネからドコラが流れ山賊同盟を構築して暴れ始めている頃だ。

 そこからさほどたたずに異世界からの一般人が現れてと言う流れになる。

 あの時は一人で山を降り、森を抜けてターイズに向かっていたのだ。

 ターイズに流れ込まれれば回収も大変だろうがその前ならばただの行き倒れの浮浪者、助けるだけで恩は売れるだろう。

 いくつか問題があるのだが……そこはイリアスやウルフェの頑張りに期待だな。


「あの時はこの世界に来て間もなくて道も知らなかったんだ。反対の道に進んでいれば最初に行き着いたのはガーネだったかもしれないんだよな」

「ほう? その辺については詳しく聞きたいものじゃな。暇なんじゃから話しておくれ」

「そっちは情報を話さないくせに……、二勝していないうちは味方じゃないんだろう?」

「良いではないか、御主がユグラと同じ星の者であることは信じるにしてもどうやってこの世界に現れたのか、その辺はさっぱりなのじゃ。御主についての意見ならば妾の知識を分け与えても良いぞ」


 ふむ、やはり魔王にとっても地球人の存在は特異なものなのか。

 幸いにも金の魔王との個人間での交友関係は比較的よろしい状態ではある。

 泣かせておいて良好と言うのはおかしな話ではあるが……、たとえ今の態度が演技だとしてもその必要性があるくらいには価値を見出してもらっているわけだしな。


「そうだな、この仮想世界の開始時期から少し後になるな。地球から『黒魔王殺しの山』に突然飛ばされたんだ」

「なんとっ!? あの『魔喰(ましょく)』の巣に降り立ったと言うのか!?」


 知らない単語が出てきた、いや恐らくはあのスライムの正式名称なのだろう。

 また随分と中学二年生が反応しそうなシンプルな名前だ。

 魔力に反応しなんでも喰らうスライムだ、確かにその名前でしっくりくる。


「魔王でもあのスライムは危険なんだな」

「危険も何も、『黒の魔王』を滅ぼした存在なのじゃぞ。『黒』は魔王の中でも最強なのじゃからな」


 あのスライムの生命体カーストの地位がとうとう頂点から動かなくなってきた。

 最強の魔王を殺した魔物ともなれば周りの驚きも分からないでもない。

 てっきりうっかり属性の魔王と思っていたのだが最強だったとは。


「結局この世界に飛ばされた原因とかは不明で、周囲を歩いていたらあのスライムに襲われた。だからすぐにその区域からは逃げ出したんだ」

「何で生きておるんじゃ御主」

「生きていてすみませんね」

「そういう意味とは違うわ」


 このやり取りも懐かしい。


「魔力と振動に反応していたみたいでな。魔力への過敏な反応はあるようだが振動への反応はそこまでだったんだ」

「ふむ、こちらの世界では魔力はあって当然の物。それが欠けている御主は様々な点で利益と不利益を得ておるのじゃな」


 その後山を降りて森に出たこと、盟友こと初代蜘蛛巣薙ぎの剣によって道を決定してターイズに向かった話をする。

 あの盟友は既に薪としてくべられ、すっかり灰となったがその意思はこの木刀に継がれているという設定だ。


「棒倒し如きで御主の行き先がターイズになったとはの。ひょっとすればガーネに流れ着いていた可能性もあったのじゃな。残念な話じゃ」


 そう、あの時は二分の一の確率でターイズへと向かったがガーネが始まりの舞台であった可能性もあるのだ。


「距離を考えると道中で山賊に鉢合わせになって死んでいたとは思うがな」


 言語が通じるのであればワンチャンスでドコラに取り入り山賊の仲間入りをすることもできただろうが、マーヤさんの言語翻訳憑依術が無ければ話のできない異世界の服を来た珍しい珍獣だ。

 下っ端山賊ならばヒャッハーッ! と斧で斬り殺しに来ていただろう。 


「運よくガーネに流れてもこの世界の言葉をほとんど知らなかったんだ。今頃は第一層で言語の勉強をしながら小間使いをしている頃だろうな。そういう過程が省略できたからこそ今ここにいられるわけでもある」

「確かに御主の中には面白い精霊が放り込まれておるの。ふむ、運よくルドフェイン辺りに拾われ良い勉学を受けれたとしても……難しいものじゃの」


 残念そうに溜息をつく金の魔王。

 この世界の王様は地球人への初期好感度が高いですねほんと。


「妾が気紛れで外を散歩して、息絶え絶えの御主を見つける。優しい妾ならその風貌を珍しがり拾って世話を付けるくらいはしたかの。ユグラの星の民かもと言葉を投げかければ気付けることも……」

「そういう過去のもしも話は良い想像に持って行けば持って行くほどに虚しくなるぞ」

「良いではないか、未来を選べる妾でも過去は変えられぬ。過去に思いを馳せるのは人と同じ性なのじゃ」


 一度死んで魔王になった者の言葉だけあって説得力がある。

 過去が変えられるのならば一体どのような選択を選んだことやら。


「そろそろ二周目が終わる頃か」


 卓の横に置かれている砂時計を見る。

 いつの間にか金の魔王が用意していた物だが二時間の間隔らしく、今丁度上部の砂が流れきった。

 ウルフェ達の様子を見る、起き上がるものはいない。


「二周目もダメだったか、見に行きたいんだが頼めるか?」

「うむ、では行くとするかの」

「ところでそろそろ膝から降りて――」


 とそこで意識は落ちていく。

 気付けば先程と同じくリザルト世界。

 イリアスが挑んでいる仮想世界の方の結果が流れているようだ。

 膝に乗せていた金の魔王に手を引かれふわふわと空間を漂う。


「ほう、早速開戦前からターイズに向かっておるようじゃの」

「そのようだな」


 二周目のイリアスの取った行動、最初はウルフェの救出だった。

 一冒険者としてターイズに潜り込んだイリアスは黒狼族の村へ行きウルフェを救出。

 その光景を初めて見たこともあり、結構荒々しく黒狼族の者達を痛めつけていた。

 助け出されたウルフェはイリアスに対し警戒心全開で、ひたすらに心を閉ざしていた。

 切っ掛けはマーヤさんの言語翻訳憑依術でこちらの言葉が伝わったことなのだ。

 それがない以上言葉を知らない時期のウルフェとはあらゆる意思疎通ができない。

 その後ウルフェはガーネ城にて保護下に置かれることとなる。

 次にイリアスが行ったのは言語翻訳憑依術の取得だ。

 ウルフェの件でこちらとも意思疎通ができない問題に気付いたのだろう。

 こちらの登場まではもうしばらく時間があるために野生の獣相手に特訓を始めていた。

 精霊への魔力を与えられることが可能になっていたラクラがその仕組みを理解しており、試行錯誤を繰り返しての研究を行う。

 ラクラと言う天才のサポートがあるとは言え大司教であるマーヤさんのオリジナルの魔法だ、そう簡単にはいかなかった。

 ターイズに冒険者として訪れ、マーヤさん本人から伝授してもらうという方法を取ろうとしたようだが今のイリアスはガーネの国王であり、過去からの接点のあったイリアスではない。

 そもそもマーヤさんの様子がだいぶ違っていたようだ。

 イリアスの両親は存在していたらしいのだが過去に魔物との戦いで殉職していたのは変わりない。

 親友の忘れ形見のイリアスと言う存在がマーヤさんにとっては大きな影響を与えていたのだろう。

 普段の飄々とした態度は無く、大司教の風格と厳格さに溢れていたマーヤさん相手に事情を隠したままの交渉は不可能だった。

 それどころかそれらの挙動を怪しまれ、ターイズから逃げ出すことになる。

 憑依術の取得が未完成のままついに異世界から誰かさんがやって来た。

 既に近くの森で潜んでいたイリアスは森から姿を現し、木に落書きをしようとしていた誰かさんを確保。

 言葉こそ通じなかったが身振り素振りでの肉体言語で救出の意思を伝え、食料、水を与えてガーネに連れ帰ることに成功した。

 あの時は誰でもいいからまともな人に会いたいって思っていたからな、そりゃあ運よく出くわした人に会えれば素直についていくだろうよ。


「多少難色を示しておるがここまでは順調ではないかの?」

「――いや、多分これは不味いな」

「ほう?」


 ウルフェと同じように保護下に置くことに成功し、言語の勉強をさせつつもイリアスは憑依術の取得を再開する。

 個人での取得に難があると判断した結果、ガーネにいる魔法専門家を動員。

 ラクラからの理論の説明もあってか、宣戦布告の少し前には言語翻訳憑依術が完成、二人への憑依を済ませることに成功した。

 しかし宣戦布告から半年後、ガーネは滅んだ。


「これは……御主……」

「あーうん、やると思った」


 イリアスは他でもない、『俺』に裏切られて死ぬことになったのだ。


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 二周目の世界が終了し、三周目に入る。


「んっふっふっ、三周目スタートじゃの」


 玉座で呆けていると小さな金の魔王が湧いて三周目を告げてきた。


「(イリアスさん……)」

「……わかっている。私は何か致命的な間違いを犯してしまったんだ」


 前の世界の記憶はほとんどを圧縮され断片的な結果の記憶だけしか残っていない。

 ウルフェと彼を助け、憑依術を取得したまでは良かった。

 マーヤとのことは色々思わされることもあったがそこは得るものもあった。

 問題は彼が私を裏切り、ガーネは一周目よりもあっけなく滅んでしまったことだ。

 憑依術で言葉のやり取りが可能になった時点ではいつもの彼だったはずだ。

 戦争が始まり、協力を承諾してもらってからしばらくして突如彼は染まりきった。

 私が普段から忌避していたあの濁った目で生活を送るようになり、戻ることが無くなったのだ。

 そしてある日城の外に呼び出され、気付いた時には死んでいた。

 彼はいつからか私を敵として認識し、冷徹に排除したのだ。

 その後なだれ込んだターイズ騎士団によってガーネは滅んだ。

 座ったまま体を前に倒し、自分の肩を抱きしめる。

 悪寒が止まらない、彼が敵になるということはこれほどまでに恐ろしかったのか。

 陛下の圧倒的采配やその影響力、ラグドー卿の絶対的な戦闘力の方が脅威であることは間違いない。

 だが彼の恐ろしさは脅威の質が違う、アレは私だけを排除するためだけに全てを注いでいた。

 あらゆる者を斬れる名剣とは違う、イリアス=ラッツェルだけを殺せる毒針へと変異していたのだ。

 自分を殺す、そのためだけに理解されることの恐ろしさは今まで味わったどの恐怖とも違う不気味さを感じた。

 ドコラやパーシュロが死の間際に感じた彼への思いはこういう物だったのか。


「(尚書様は……多分中にいる私にも気付いていた気がします)」


 彼にそういった特異な能力はない、だが気付いていた可能性もあるだろう。

 そういう素振りは見せてはいないつもりだったのだが……。


「とは言え、彼を引き入れることは可能だった。これは必要なことのはずだ」


 一周目では彼の姿は無かった、死んでいることはないだろうからターイズにはいるのだろう。

 もしも彼がターイズの騎士、それ以上との立場との交友関係を築けていれば敵として現れる可能性があるのだ。

 圧倒的なターイズの騎士達を突破してもその先には彼も控えているということになる。

 回収をしておく必要はあるだろう。

 

「(そうですね、ターイズは宣戦布告の時期まで山賊相手に苦戦しておりましたし、尚書様をこちら側に連れて行くだけでも結構な効果があると思います)」


 そう、彼が発端でドコラの山賊同盟は瓦解したのだ。

 一周目にはやや遅れ気味ではあったが既に掃討されていた。

 二周目では宣戦布告時にも健在で戦争中にも山賊の妨害があったらしい。

 だがそれだけでは決定打としては弱い、やはり彼に協力してもらうことが必要なのだ。

 まずは言語翻訳憑依術の研究を行わせる、細かい記憶が残らないためほぼ最初からのやり直しだがその方法や成功した結果は残っているのだ。

 幾つかの方向から研究させ最短の方法を見つけ出せるようにしておくのも良いだろう。

 次にウルフェの救出を平行して行う。

 一周目に彼女の惨状を初めてこの目で見たときは黒狼族の者を全員斬り殺してしまいそうになった。

 事実痛めつけた黒狼族には二度と武器を握れぬ者もいただろう。

 そのことは反省したが言葉が通じない以上はどうしても強攻策に出ざるをえない、争う必要もないため夜のうちに忍び込み彼女だけを手早く回収することにした。

 そして朗報として彼がこの世界に現れる前に言語憑依術が完成した。

 これならば彼との交渉ももう少し時間を掛けて丁寧に行えるだろう。

 ウルフェに憑依術を使用して彼女には安静にしてもらうことにした。

 彼女の才能は捨て置くには勿体無いがこの世界で大成するには時間が足りなさ過ぎる。

 ラグドー隊の騎士達との訓練があってこそ今のウルフェの強さだ、ガーネの将軍が相手での成長速度は実用には程遠い。 

 それにこの世界の彼女は私に心を開いてくれないのだ。

 村から解放したことは変わりないが彼の取った方法は彼女に大きな影響を与えていたのだろう。

 二周目でもウルフェは彼の背後に隠れていた。

 彼女を本当の意味で救うには彼をあの村に連れて行く必要があるのだが協力してくれるカラ爺達がいない以上同じ結果になるかどうか。


「次は彼だな……」


 そして現在、ターイズの森にて彼を迎えに行く。

 通行人を装うために一人で馬に乗って彼と出会えるように進む。

 即座に彼に憑依術を使おうとも思ったが私が憑依術を取得するにはそれなりの訓練が必要となる。

 憑依術を開発したガーネの魔法専門家を連れて行こうとも思ったがそう都合の良い展開を用意しては彼に怪しまれるだろう。

 なので私自身に憑依術を掛けてもらった。

 建前としては過去に黒狼族の村でウルフェを発見、その過酷な環境のあまりに連れ出した。

 誘拐と言う形になるが話をつけるために言語翻訳憑依術を使用して村に向かったその帰り、という形だ。

 嘘にならないために黒狼族の森にもう一度向かい村長に憑依術への干渉を行わせた。

 彼等は突如現れた私に驚いていたが話はすんなりと済んだ。

 ウルフェを連れ去ったことに関しての非難などは一切なく、それだけで怒りが湧いた。

 冒険者の立場でターイズとの橋渡しができない以上話はそこまでだった。


「さて、そろそろ彼が出てくる頃か」


 時間は以前と同じタイミングを計り、彼を無事発見した。

 森からふらふらと現れた彼は道を見つけたことに歓喜している。

 そのことに気を取られていてこちらの接近にはまだ気付いていない。

 その後は近場の木に落書きをしようとする、ここまでは同じだ。


「そこの者、顔色が優れないが大丈夫か?」


 声を掛ける、驚き振り返った彼は嬉しそうな顔を作る。

 今の私は憑依術を受けているが彼の魔力がこちらの精霊に浸透していないために彼の世界の言語は話せない。

 だが彼の言葉は精霊が翻訳し、理解できる筈――

 

「――――?」

「え?」


 彼の口にした言葉はまるで聞き取れない、憑依術が失敗したのだろうか

 いや、黒狼族の言葉は確かに聞き取れたのだ。

 彼の供述と一致する。

 ――そうか、彼は魔力がほとんど無い。

 精霊は相手の魔力を感知しその魔力に馴染んだ言語を発するという仕組みだった筈だ。

 ならば魔力のない彼の言葉を精霊が認識できていないと見て良いのだろう。

 彼に憑依術を行えば会話はできるのだ、ならば連れ帰るまでだ。

 食料と水を渡し、保護を身振り手振りで伝え馬に乗せてガーネへと連れて行った。

 


「いやあ、助かりましたイリアスさん」


 ガーネにて憑依術を施し、彼との交流が可能となった。

 現段階では彼はこちらへ感謝の意思を持っている、ここまでは大丈夫な筈だ。

 

「(尚書様の対応が違うと言うのはやっぱり慣れませんね)」


 確かに、いつもの様な気楽な関係ならばどれだけ楽なことか……。

 二周目の記憶が脳裏に過ぎりつい緊張気味になってしまう。

 まずは彼と友好関係を築くことからだ、初めて会ったときと似たように接して宿を与える。

 ついでにウルフェの事情を説明し、面倒を見てもらえるように頼んだ。

 最初こそ抵抗のある表情を見せたがウルフェと出会わせると間もなく了承してくれた。

 彼女の方は彼にも警戒心を緩めなかったがそう時間が掛からないうちに打ち解けることとなる。

 師弟の関係にはならなかったが兄妹のように仲良く話している。


「(羨ましいです、私もウルフェちゃんのモフモフを撫でたいですー!)」

「気持ちは分かるがこの勝負が終わるまで肉体はないのだぞ」

「(うう、私が参加者ならば……)」

「本来の目的を達成してくれるならば是非とも代わって欲しいものだがな」


 イリアス=ラッツェルとして彼と友好関係を築きたいが今はガーネの国王と言う立場だ。

 ルドフェイン達が私の姿をそう認識している以上はそう接するしかない。

 彼は驚いたがそれでもある程度の距離感までは近寄れた。

 

「――陛下はもっと早くに彼と友人になれたというのに……」

「(イリアスさんは元々交友関係狭いですからね)」

「耳が痛いな……」


 そしてついにターイズとの戦争が始まる。

 ガーネからの宣戦布告が自動で行われるのだが内容に関しては事前に設定ができる。

 だがこれが最も難しい問題だ。

 元々ターイズとガーネは先王の時にはそれなりに交流があったのだが金の魔王に代わってからは疎遠気味になっていた。

 そこで突如の宣戦布告、大義名分などないのだ。

 二周目ではとにかく彼に頼み込んだ結果了承を得たが裏切られたのだ。

 冷静に考えれば突如非のない他国に攻め入る王など信用できる筈がない。

 彼を本当の意味で味方に引き入れるにはこの辺の説得材料が必要になってくるだろう。

 ラクラと相談し、その理由を考える。

 このことばかりはルドフェイン達に相談できない、彼等は反発するも受け入れるだけなのだ。


「……そうか、ここが原因なのか」

「(うーん、かもしれませんねぇ)」


 突如宣戦布告するガーネ国王、周囲の大臣達はそれに大人しく従う。

 彼から見ればその光景は怪しいと思わざるを得ない。

 ……良案が浮かばない。


「このままではまた彼に……ラグドー卿に首を刎ねられた方がマシだな……」

「(そうですねぇ……そうだ、いっそのこと尚書様本人に相談してみるのはどうでしょう?)」

「どう相談すれば良いのだ……この現状を信じてもらえる筈もないだろう」

「(いやぁ、尚書様って察しが良いですから。もしかするとってことがあるかもしれませんよ?)」


 宣戦布告が行われた以上、ターイズはそう遠くないうちに動く。

 彼を説得しきる時間は限られているのだ。

 今の所勝算も何も無い、ただ長考のまま三周目が終わっては残りの周回も同様だろう。


「……話してみるか」


 このことで彼が私を敵として認識するかもしれない。

 堪らなく嫌なことだが、それで何かが得られるかもしれない。

 心を痛める覚悟が無ければ、きっと彼には通じない。

 彼を玉座の間に呼び出し、全ての事情を話すことにした。

 彼は驚きを見せたが始終黙って話を聞いていた。


「この仮想世界で魔王との勝負に勝つため私はこの世界のターイズを滅ぼさなければならないのだ……。だが私にはその力が無い、しかし現実世界の君はそれを可能にしたのだ。だから君の助力が欲しい」

「……そうか、なるほどな。少し待ってくれ」


 彼はしばらく思案する、だが困惑した顔ではない。

 私に向けられている目は既に濁っている、もう私への友好の気持ちは潰えているのだろう。

 たとえ目の前にいる彼が仮想世界の別の存在だとしても、そのことが堪らなく胸を痛めつける。

 こんなことはこれで終わりにしたい……。


「――別の世界であんたは『俺』と親しい関係なんだな?」

「ああ、私は元々騎士であり、君の護衛だ。君とウルフェと、そしてこの場にいないがラクラと言う者と一緒に住まいを一緒にしている」

「……必要の無いウルフェを助けた理由はそういうことか。わかった話を全て信じよう。その上で協力する」

「ほ、本当か!?」


 思わず言葉が出る、だが本心から喜ぶことができない。

 彼の濁った眼差しは私を見つめたままで何も変化していないからだ。

 

「まずはその使える機能を全部説明してくれ、分かる情報を片っ端からだ。その上で計画を立てる」


 彼が事情を知った以上隠すことなど何も無い。

 小さな金の魔王を見ることができない彼のためにその場での操作を何度も繰り返し説明を行う。

 彼は得られる情報を次々と引き出し、金の魔王の姿まで聞き出してくる。

 それだけではない、現実世界で彼との出会いからどのようなことがあったのかを、彼と何を話したのかを何度も尋ねられた。

 彼自身の意思との間に齟齬(そご)がないかの確認なのだろう。

 一通り話を終えた後、彼はしばらく自室にて考えると部屋に篭った。

 そして二日後再び玉座の間に現れ、さらに濁った目で私にその計画を伝えた。


 その後三周目のガーネは滅び、私は四周目の玉座に着く。


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― 新着の感想 ―
[一言] 鬼畜ゲームのルナティックモードを前知識なしでプレイしているみたいな感覚で面白い
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