目下のところこれが一番早いです。
「ターイズを滅ぼせだと!? ふざけたことを!」
提示された勝利条件に怒り、剣を構えるイリアス。
だが金の魔王は愉快そうな笑みを崩さずに続ける。
「仮想世界の話じゃ、別に現実世界になんら影響は及ぼさぬ。むしろこれはターイズの民である者にとっては有利な条件であるぞ?」
「何を――」
「御主等はターイズの内情を良く知っておる、その軍の強さもな。勝手知ったる相手ならば対策も思いつきやすいであろう? ガーネの強さを理解することもできるし国の欠点も見えるやもな?」
「何故私達がそのような真似をせねばなるまいと言っているのだ!」
国に忠誠を誓っているイリアスからすれば、遊戯であれど自国を攻めると言った真似を好まないのは当然だろう。
とは言えこのままでは埒が明かない。
「先も言ったであろう、妾と対話するに相応しい相手かその資質を見るためとな。剣を振るうだけの愚者に投げる言葉などありはせん、そのような者がわんさかおる国と仲良うする気もない。気乗りせんのであれば不戦敗を宣言するが良い、それくらいは認めてるぞ?」
「ならばそのような勝負、受け――」
イリアスの口をミクスが塞ぐ。
動いたタイミングは一緒だったがミクスの運動能力の方が格段に早かった。
「ラッツェル卿、立場を見誤るな。貴公はご友人の護衛としてこの場にいる。私情でご友人の立場を不利になさっては困る。兄様のご期待に二度も裏切りで応えるつもりか?」
「……っ」
当人に最も効果的な説得をしてくれた、そういわれた以上イリアスは私情を挟めない。
「金の魔王、失礼した。我等は勝負を受ける所存であります、そうですよねご友人」
「ああ、だがその前に付け加えたい条件がある」
「なんじゃ勝ち越せば妾が味方になると言うに、それ以上を求めるのかの? 体なら……別にどちらでも――」
「そうやって周囲を煽る真似は不要だ、勝敗の対応はそのままで良い。その前に具体的な流れを確認したい」
勝利条件、敗北条件は既に聞いている。
だがその流れはまだ不鮮明な点が多い、思わぬ落とし穴がないとも限らない。
「心配性じゃの、だがそれで良い。御主等には妾の作った仮想世界に精神だけを移して貰い、その仮想世界にて活動できる体を与える。立場は今の妾と同じと考えてもらって良い」
文字通りゲームの世界の住人になってプレイするということか。
しかし精神だけを移すとなると体はどうなるのやら。
「肉体のことなら心配せんでも良い。妾の作る仮想世界とこちらの世界では時間の流れが異なっておる。本来ならばもう少し圧縮もできるが負担の面も考慮し、一つの世界を統べるに一刻丁度が消費されるようにしておる。一つの世界を長々と愉しもうが光の如き速さで終わらせようがそこは変わらぬ。つまりは最大で半日も掛からぬ勝負となるの。また現実世界へと戻る時にはその仮想世界での記憶を圧縮し簡潔な結果として取得できるようにしておる。向こうの世界で十年生きようともこちらの体に戻る時に負荷はない筈じゃ」
仮想世界のガーネが一回滅ぶ毎に二時間が経過する、十回滅ぼせば合計二十時間が経過してタイムアップ。
中で膨大な時間を過ごしてもその記憶はゲームのリザルト画面の様な簡易情報へと変換され、その反動などは無く勝負に専念できるというわけだ。
「精神をこの中に送り込んでいる間、肉体は動けないんだろう? 身の安全は保障されるのか?」
「そこを疑われるのは悲しいのう。精神を送り込んでいる最中、一定以上の衝撃が加われば強制的に戻ることになっておる。妾も普段この中に精神を放り込んでおるのじゃが急な来客等には対応せねばなるまいからな」
外からの干渉があった場合、即座に戻ってこれるようにはなっていると。
安全面では大丈夫と見てよいのだろうか。
「無論一人ずつ暗殺すると言った狡い真似もせんぞ、念のため一人が強制的に起きるような事態に陥れば全員が目覚められるようにしておこうかの」
そういって金の魔王は卓を軽くぺちんと叩く。
「この衝撃以上が加われば即座に目を覚ませる。いつもは足音がこの玉座の間に響くだけでも戻ってこれるようしておるのだが……些細な邪魔で勝負を終わらせたくはないじゃろ?」
二十時間も勝負していればルドフェインさんのような大臣が足を運んで来る可能性もあるだろう。
その介入で勝負が有耶無耶になるのはこちらとしても避けたい所だ。
「仮想世界内での内政、時間の操作方法などは既に用意してある妾の分身が説明を行うようにしておる。勝手が分からぬ時は何時でも相談するが良い」
ご丁寧にヘルパーも用意してあると、ゲーム初心者にも優しい設計である。
「そもそもの問題だが、今のターイズとガーネは互いに真っ当な統治を行っている。半年前から開始するにしても戦争なんて起きないだろう?」
「そこは抜かりない、こちらの現実世界の時間に追いついた場合に強制的に宣戦布告してもらう。そればかりは進行してもらうための必要な措置じゃ」
真っ当に国を運営し長期戦でのレースは無理があるか。
ターイズは田舎だ、時代に取り残されてからの文化的消滅もありかとは思ったがそれはダメらしい。
ともあれ準備期間は半年、軍備に関してはある程度の拡張はしているがやや物足りないまではあるな。
「他に御主等に有利になるような特典も用意しておる。その辺は中で確認すると良い、こんなものかの?」
「大体の流れは分かった、それじゃあ条件を追加したい」
「ふむ、まずは聞くとしよう」
「こちらは五人、当然だが政に詳しいものは少ない。五人で挑む場合、三人が条件を満たさねばならないと言うのはやはり厳しい」
「それで、御主はどう提案するのじゃ?」
「勝負の枠組みを減らしたい。三枠でどうだ」
この勝負、確実にどうしようもないのはラクラだ。
単純な戦闘ならいざ知らず、内政に戦争とマルチタスクのオンパレードに対応できる可能性は低い。
ミクスは可能性があるがそれでも一勝一敗、残り二勝をイリアスとウルフェ、こちらで取りに行くのは難しいだろう。
「一枠にせよと言い出したのならば拒否もしたが、奇数じゃしの三枠に減らすのは構わぬ。しかしの、残った二人はどうするつもりじゃ? 妾との勝負を受けぬのであれば出て行ってもらうことになるが」
「精神を送り込むことだけもできるんだろう? なら残った二人にはそれぞれ相談役として付かせたい」
「二人一組を二つ、残りは一人と言う組み合わせかの。それぞれ行動を行えるのは一人……まあそれくらいは良いじゃろう。それで内訳はどうする?」
「体を与えられた者は戦闘に参加できるのか?」
「無論できる。ただし体が死ねばその世界の勝負が付くまでの間は精神だけとなり、内政などの指示しかできん」
死亡しても勝敗条件を満たすまではゲームは終わらないのか。
永遠に続く可能性も考慮したが内政が行えるのならば最悪ガーネを滅ぼせば良い。
そうなると内訳はだいぶ楽に決められるな。
「よし、決まった。まずはイリアス、相談役にラクラ。次はウルフェ、相談役にミクス。こちらは一人だ」
こういうゲームに理解のある現代っ子は何とか一人で頑張るとしてだ。
知識のあるイリアス、ミクスは分けたい。
ラクラの置き位置は相談役に徹してもらうのが良いだろう。
当然戦闘力のあるイリアスはプレイヤーだ。
ウルフェとミクスでは良い勝負らしいのだがウルフェには経験が浅い分肉体的な面で頑張ってもらい、一歩下がった視点から見れる相談役の補佐を期待したい。
そうなるとこの形に落ち着いた。
イリアスとミクスを組ませるのが最も効果的かもしれないがラクラ達を捨て駒にする選択は今回は避けるべきだろう。
相手は魔王、何があるかわからないのだから。
「ご友人、命の危険性がないとは言え一人では……」
「妾も信用がないのう……心配なら契約魔法でも使うかの?」
契約魔法、文字通り契約を魔法で執り行い、相手の行動を縛るものである。
どれ程の束縛力があるのか互いに直感的に理解することが可能な魔法であり、重要な取引がある場合に時折使われているそうだ。
しかしこれを使うのは『私には信用がありませんし、貴方を信用できません』と宣言している者くらいなので仲介人専門の人物くらいにしか使い手がいない。
「そんな使っていて虚しくなる魔法、良く取得したもんだな」
「この身で統治者にもなると信用問題の解決が面倒になる時も多いからの、不服だが身に着けておるのじゃ」
「それじゃあこの勝負事の間、肉体的損害を与えないと言った契約でもやっておくか」
「最初からそうしておれば良かったの」
契約魔法は互いに使用する物と対象にのみ掛ける物がある。
今回は金の魔王にのみ勝負中にいかなる相手にも危害を加えられないと言う契約を処置する。
これならば魔力を持たないこちらへの契約も可能。
契約の内容がこちらの頭の中に反芻され、その拘束力が金の魔王を縛れるものだと理解させられる。
これで文字通り金の魔王は勝負事の間にこちらを攻撃することが不可能となった。
イリアスとミクスも契約魔法の内容を確認したのか先程よりも警戒心が収まっている。
しかしまあこういうのには穴があったりするんだがな……。
「そういう顔をするでないわ、あんまり信用してもらえぬと妾も悲しさで泣くぞ?」
本当は精神的損害を与えないと言う契約も欲しい所だが遊戯の内容の時点でイリアスには精神的ダメージは避けられないだろう。
ゲームをゲームだと割り切れるか心配だがそこはラクラに期待しよう。
金の魔王は自分の力と言う土俵を利用した上での勝負を望んでいる。
それを円滑に行うためのルール説明や条件の提示、契約魔法なのだ。
要するにこいつは遊びたいがために相手を説得する材料を大量に用意している可哀想な奴なのである。
「金の魔王が勝負を楽しみたいと言う意図があるのは理解できているさ、ただ他の奴等が安心して勝負事に専念するには胡散臭すぎるんだよな」
「ぐすん」
大丈夫に見えるように準備をすればするほど怪しまれる、策士オーラが漏れる奴は大変なのだ。
そもそもゲームの内容が相手の神経を逆撫でするようなもの、仕方ないよね。
「長くなったがそろそろ始めるとしようかの」
「その前にウルフェとイリアスに話をしても良いか?」
「それはダメじゃな。これは御主とだけの勝負ではない、それにその二人には相談役もおるのじゃ」
この手のゲームの攻略法を伝えたかったが、それはダメか。
暗に伝えて機嫌を損ねるのも危険だが……ふむ。
「じゃあ金の魔王に個人的な確認だ。勝利条件はガーネが滅ぶよりも先にターイズが滅べば良いんだよな?」
「うむ、そういっているではないか」
「滅ぶと言う条件が気になってな、例えば国王であるマリトを暗殺したとしてもターイズは継続するだろう?」
「ご友人!? 兄様はご友人のことを信じていらっしゃるのですぞ!?」
「例えばの話だ、泣きそうな顔で見なくて良い」
「そうじゃの、確かにそれだけでは滅んだとは見なされんじゃろうな。逆を言えばターイズ国王が戦争に負け、国の統治を諦めガーネの支配下になれば被害が無くとも滅んだと見なされる。その辺は色々試してみるが良い」
よし、ヒントは配れた。
国が滅ぶには様々な要素がある。
単純に戦争に勝つだけが全てではないと植えつけられたのならば十分効果があっただろう。
「じゃが御主の質問はそれで打ち切りじゃぞ、妾とてそこまで甘やかす気はないからの?」
ばれてら、だが許されたからセーフ。
人数分の椅子が用意され、前に倒れても大丈夫なようにふかふかな枕が用意される。
イリアスとミクスは背もたれに体を預け、ウルフェとラクラは枕に体を預けている。
器用な寝方ができるわけでもない、こちらも枕に体を預けるとしよう。
「それじゃあ気楽に行くとしよう、これも良い経験だ」
「なんというか助言な気もしなくは無いが……では行くぞ!」
卓が輝くと共に意識が体から離れていくような感覚に陥っていく。
先の見えない深い奈落の底へと意識が落ちていく。
どれ程の距離を沈んでいったのか、それすらも分からなくなる頃には意識は完全に途絶えているのであった。
「――ほれ、起きんか」
頬を突かれる感触、体が僅かながらに重く感じる。
うっすらと目を明ける、そこはガーネの玉座の間。
どうやら自分は玉座に座っているらしい。
先程見た卓は存在せず、それどころか周囲にはイリアス達の姿すらない。
しかしなら今起こしたのは誰だ?
「上じゃ上」
言われるままに顔を上げ、声の方向を見る。
するとそこには金の魔王――のえらく縮んだ姿があった。
小人化したのだろうか、ふよふよと浮かぶ姿は可愛いが何と言うかコメントに困る。
「んっふっふっ、先に言うておくがこの妾は本体の記憶を植えつけられ、自動応答機能を施された特殊な魔力の塊の様なものじゃ。事前に用意しておった答えられる内容に関しては返答を返せるがそれ以外には愛でることしかできぬからの!」
小さい金の魔王はふんぞり返っている。
自分をマスコットキャラにするあたり自分の美貌への自負の表れを感じる。
取り敢えず暇つぶしに情報を聞き出すと言った行動は無理だと言いたいのだろう。
「おっと、服を脱がせたり乱暴するのはなしじゃぞ? そういうのは本体の妾に――」
「特典の説明」
「特典を知りたいのかの? 良いぞ、では話そう」
話をぶった切ってシステマチックに質問をしてみたところ、素早く切り替わって処理している。
どうやら金の魔王の意思で動かしていると言うわけではなさそうだ。
つまり先の会話は事前に仕込んだと言うことになる、細かい芸だ。
「御主は現在ガーネの国王として君臨しておる。しかしその肉体は御主が本来の世界で持っていたものと性能がなんら差し支えのないものじゃ。腕に自信があるのなら存分に武勇を振るうが良い!」
「どこが特典だ!?」
なんつー酷い特典だ、こちとら戦闘力ゼロの一般市民だぞ。
せめて魔王とは行かなくても将軍くらいの武力は欲しかった。
そこまで行くと別のゲームになりそうだけども……。
「ちなみにこの仮想世界では御主自身は存在せぬことになっておるぞ。同じ姿、同じ名前、同じ実力者が二人もいては混乱を招くからの。それ以外はほとんど正史と変わりないから安心して楽しむように!」
あーなるほど、特典と言えば特典だ。
主にイリアスにとっての特典だろう。
ガーネにイリアスクラスの騎士が追加され、ターイズからはイリアスが居なくなる。
イリアス二人分得しているというわけだな。
自分と言う敵が存在しないのは実力者にとっては大きい。
ウルフェも多少はと言った所か。
こちらは一般人が一人いないだけである。
ウルフェを見つける機会が失われるためにウルフェが敵に回る可能性は低いだろうがイリアスは間違いなく敵として出て来るだろう。
「機能解説」
「何ができるか知りたいのかの? 良いぞ、ではこの本から気になる項目を選ぶと良い!」
小さな金の魔王がどこからか本を取り出す、そこには様々な目次が書かれていて色々な機能があることが分かる。
まずは説明書を読みふけることから始める。
実際にこの仮想世界の検証システムは非常に優秀だ。
まずあらゆることが視界に浮かび上がるグラフィカルユーザインタフェースで選択できる。
内政モード、外交モード、戦争モードといった大雑把な項目から今日の軍人の昼飯のデザートまで変更ができる。
基本的にはオートモードにて高水準のAIが機能していて、細かいカスタマイズが可能。
初心者から玄人まで遊べるハイスペックゲームと言った所か。
欠点を上げるなら細かすぎてライトゲームユーザーにはついていけないと言うところだろう。
きっとウルフェやイリアスは苦戦している最中だな。
とは言えミクスやラクラも同時に情報を聞けている分、状況理解等の処理速度は悪くないだろう。
特出すべきは早送り機能、時間はリアルタイムで流れているようだが倍速から十六倍速までの加速機能がある。
他にも分単位や日単位、月単位でのスキップ機能まであった。
ただし一時停止や巻き戻し機能が無いために過度の加速は危険だろう。
ひとまずは従来のオートモードを継続させ、必要な知識を得るとしよう。
「ガーネ軍の資料」
「ガーネ軍の詳細を知りたいのかの? 良いぞ、ではこの本から気になる項目を選ぶと良い!」
わりとボキャブラリーに乏しいマスコットだ。
最初のコメント辺りで飽きが来たんじゃないよな?
試しに頭を撫でて見る。
「んっふっふっ、もっと撫でるが良いぞ!」
尻尾を引っ張ってみる。
「こら、止めよ! 撫でるだけにせんか!」
……きっと隠しコマンドとかあるんだろうよ、休憩時間にでも遊ぶとしよう。
ガーネの軍の資料を見る。
オートモードの影響もあってか進行形で強化されており、一定期間後の成長予測値なども見れる。
「ターイズ軍の資料」
「ターイズ軍の詳細を知りたいのかの? 良いぞ、ではこの本から気になる項目を選ぶと良い!」
同じように出て来たがこちらの資料はあまり多くの情報が無い。
流石にこの辺は手探りで頑張れと言ったところか。
しかし現実世界の経験から騎士達の強さをある程度理解しているのだ。
そして名の知れた騎士に関してはある程度の資料があり、こちらの将軍と性能差を比べることもできた。
これならば大よその戦力差は把握できる。
まずは冷静に互いの力量関係を知るべきだろう。
およそ半日を掛けて資料に目を通し、そして現状の過酷さを思い知らされる。
「……これは……してやられたな」
まともに戦争を行った場合、ガーネに勝てる見込みはほとんど無かったのだ。
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「んっふっふっ、今頃奴等はどんな顔で絶望しておるかのう?」
精神を仮想世界へと送られ睡眠と同じ状態にある五名の姿を見て自然と笑みが零れる。
ガーネの軍は統率も取れており、全軍ともなればその数はターイズ軍の百倍にも匹敵する。
しかしそれでもターイズという国は常軌を逸しておった。
仮想世界にて戯れにと宣戦布告をやってみたのが切っ掛け。
結果は惨敗、その後何度も試してみたが勝てた例がない。
可能性が皆無と言うわけではない、じゃがそのことに専念し検証を重ね続けなければ到底達しえぬ所業と気付いて手を出すのを止めた。
「だいたいなんじゃ、あの騎士共は! 最早人間ではないわ!」
騎士として任命された者達の強さは見習い上がりでも異質な次元であった。
その鍛えられた魔力強化により射られた矢が鎧に刺さっても肉に届かず、正面から打ち合えば武器を持つ腕が破壊される。
睡眠食事を取らずとも長期間の連続戦闘を行え、疲労による戦力低下がほとんど無い。
さらに互いの連携こそ不出来だが騎士団長の号令が関わると異様なまでに士気が向上し、本来以上の性能を発揮し出す。
馬までもが特殊な訓練を受け、その速度は空を翔る飛竜に並ぶ。
騎士単体だけならば包囲することで数で押し切れぬ相手ではない。
しかし規律を重んじる者達は不用意な孤立をせぬ。
孤立するような者は単体で軍を相手にできる化物だけ。
その一人であるイリアス=ラッツェル、あの娘と直接会うのは初めてではあるが仮想世界において三度この城まで乗り込まれておる。
言うまでも無く城の護りを行っておった将軍達は皆彼女一人に斬り捨てられた。
本当、美しい娘だと言うに、なんなのじゃあの蛮族。
あの娘の属するサルベット=ラグドー率いるラグドー隊もそう。
後先短い老騎士だらけと言うにその全てが熟練の達人、こちらの将軍との一騎打ちで誰一人落とせたことが無い。
そしてその騎士団長ことサルベット=ラグドー、もうアレはユグラと同格の域じゃろ。
ユグラは勝てるであろうが、あれに正面から挑んで勝てる見込みのある魔王は『黒』、『碧』、そして『緋』までであろう。
何せこの鉄壁を誇る結界城の中で普通に首を落とされたのだ、もう分からん。
そして極めつけはターイズ国王、マリト=ターイズ。
若くして賢王の名を持つ人間、魔王の力で仮想世界を生み出し確実なる統治を進めるこちらに匹敵する知恵を持ち合わせている稀代の王。
繰り返して攻め方を変えていると言うのに素早く効果的な対処法を取って来よる。
さらには騎士達にとって士気を高め続ける絶対的な象徴として君臨し続けており、長期戦になるとその影響はさらに増してゆく。
坊主は奴を暗殺すればと言っていたがそんなことは既に試しておる。
送り込んだ刺客はたったの一度として帰って来ておらぬのだ。
本人の武勇が優れておるのか、それともサルベット=ラグドーに匹敵する護衛がおるのか……。
「田舎騎士だと言うに、末恐ろしいのう」
この遊戯の勝敗はほぼこちらの勝ちと見て良い。
とは言えあのイリアス=ラッツェル本人がこちら側につく世界、マリト=ターイズに匹敵していたと言われるミクス=ターイズが相談役にいる世界である以上何かしらの偶然はあるやも知れぬ。
あの坊主は……特典が何の意味もなしておらぬ。
妾と同じ状況での試行錯誤を余儀なくされておる、公平どころの話ではない。
見込みはあるし気に入っているのも事実じゃ、詫びを入れ勝敗関係なく愛でてやろう。
「それはそうとこちらも楽しまねばのう?」
目の前にいるのは眠ったように動かぬ者達、女子はどれも一級の美しさ。
雄も雌もどちらも愛でられる妾にとってこの状況は愉しめと言う他ない。
契約魔法のせいで過度な可愛がりはできぬが触れることも舐めることも可能なのよな。
「んっふっふっ、危害は加えぬとも。危害はな?」
焦る必要は無い、時間は大いにある。
五分もあればその回の流れを見に行ける。
二回目辺りから様子を見ながら起きる前までにたっぷりと愉しむとしよう。
まずは眼福なこの者らを眺めながらお茶でも飲むとするか、こっそりと隠しておいた菓子もある。
せっせとお茶の準備を行う。
女王ではあるがこういう時間は愉しいものなのだ。
自分だけが動ける世界で自由に余興を愉しめる、うむ苦しゅうない。
丁寧に準備を重ね、気付けば一刻が過ぎようとしていた。
「坊主は最後にするとして、どの娘から味見しようかのう?」
一人ひとりを眺め、優しく撫でながら品定めをしていく。
仮想世界でも世話になったイリアス=ラッツェル、誇り高き女騎士も眠りに落ちてしまえば只の可憐な小娘の一人。
鎧が邪魔ではあるが隙間から手は入りそうだ。
ラクラ=サルフ、メジスの司祭で名の知れた大悪魔払いの聖職者、体のできはこの中で最も豊かである。
心地良さそうに眠るその体、さわり心地もさぞかし良いであろう。
ミクス=ターイズ、国王の血筋でありながら冒険者といういでたちの格差が実にそそる。
がさつな様でその奥に覗く高貴さは涎が零れる。
そして白き黒狼族の娘ウルフェ、この者の魔力量は実に素晴らしい。
妾と対を成す白銀の髪、少しばかり咀嚼してもばれぬであろう。
「……なんと言うかドン引きだな」
「ん?」
視線を向ける、そこには妾の姿を見つめ軽蔑の視線を向けている坊主の姿が。
……なんで!?
「な、ななな、何故目覚めておるのじゃ!? まだ一刻も――」
いや、一刻は過ぎている。
散々お茶の準備に時間を掛けて一刻の手前だった、今は一刻が過ぎた頃。
一刻、つまりは一回目のガーネの仮想世界が終わった時刻。
「言われた通り、ターイズを滅ぼしたぞ。一周目でな」




