目下のところ難題だ。
新王になってから国外の者は誰一人として足を踏み入れたことの無いガーネ城の門が開いていく。
素肌を見せない門番がいるが彼等は全く動かない。
ルドフェインさんが手をかざしただけでその門は勝手に開いていった。
恐らくは魔法の力で動いているのだろう、ファンタジー感満載である。
怪しさ満点のガーネ国王の居城へと呼び出されたのだ、イリアスとミクスはこちらの傍で常に警戒を怠らない。
ラクラは物珍しそうに周囲を見つめ、ウルフェはいつもより数割増しに堂々としており気合十分のようだ。
先頭を行くルドフェインさんの表情には困惑の感情が見えている。
過去にこういったでき事はなかったのだ、今自分が行っていることが正しいのかどうか揺れているのだろう。
王の前に他国の人間を引き連れて進んでいる、しかも武装を許可した上でだ。
ルドフェインさんに与えられた命令、それは玉座の間にこちらを招待すること。
五人全員、いかなる条件を持っても構わないと。
それだけでも異質だと言うのに武人であるイリアスやミクスがピリピリしているのだ、その異常さがさらに際立っているだろう。
表立った戦闘にもなれば逃走する選択肢もある、だが対話の席を設けられた以上は臆して逃げるわけにも行かない。
こちらとしては安全をとって逃げても良いのだが、そうなるとガーネに来た目的がそもそもという話になる。
「しかし誰もいないんですね、ルドフェインさん」
「はい、陛下の居城には私の様な大臣、将軍と言った陛下に直接謁見する資格のある者以外の立ち入りがありません。ですがどう言ったわけかこの城は常に清潔で、空中に舞う埃すらないのです」
言われて見れば空気が非常に澄み切っている。
通路の隅々を見渡しても汚れらしい汚れが無い。
まるで昨日今日建てられた城と言われても信じそうな清潔さだ。
「……心中お察しします、こちらとしては荒事にしたい気持ちはありませんが……その、護衛の二人が……」
「警戒されるのも尤もです、私も陛下に後日にされてはと進言したのですが今すぐにと……」
溜息をつくルドフェインさん、イリアスやミクスの実力は肌で感じられるだろうにこの余裕は少々気になる。
「我々を信用している――と言うわけではありませんよね? それなのに武器の携帯に何も言わない辺り、ガーネ国王はかなりの実力者なのですか?」
「――それは分かりません、しかしこの形態を陛下がお決めになった際に多くの者から反対の声があったのは事実です。身の回りの世話役はおろか、護衛の一人も置かないなど前代未聞でしたから」
「それはそうでしょうね、こちらの立場でさえ護衛がいらないと言えば口煩い非難の声が飛び交うくらいですから」
イリアスが睨んでいる気がするが今は放っておこう。
「ですが陛下は将軍達を呼び寄せ、話をしたそうです。すると皆が護衛を付けることを諦めたのです。私達大臣も世話役についての進言をしていたのですが陛下には不要でした。一体どうやってこの城を維持しているのか……魔法に長けた方なのではとは思いますが、不思議の多い方なのです」
「そこまで不思議な存在で良く王になれましたね」
「先王が突如推薦なさったのです、反対の声はもちろんありましたが一年間の実績を見た上で是非を訴えよとの先王の王命がありまして……」
「それで誰も文句の言えない発展を遂げ、今に至ると」
「はい、その手腕は先王が推薦するに足りる存在だと誰もが認めざるを得ませんでした」
領土内の犯罪者の激減、人口国益の増加、今のガーネ国王の躍進はターイズの若き賢王マリトすらも凌駕している。
傑物のマリトの手腕をこの目で見ているが正直人間業ではないと思うときもある。
それを上回るなど、果たして人間であるかどうか……。
「着きました、この先が玉座の間です。私は皆様と一緒に入る許可を得られませんでしたのでこちらで失礼致します」
縦長の巨大な扉の前に到着する。
いかにもな入り口、近くにセーブポイントがあっても驚かない。
ルドフェインさんは一礼し、その場を離れていく。
内心色々思うこともあるだろうに、業務的な人だ。
「……で、これどうやって開ければいいんだ?」
高さ三メートルを越え、中央には縦にラインが入っている扉だ。
左右に取っ手がないことから押して開くタイプだろう。
とりあえず試しに押してみる。
これだけ巨大な石の扉だ、当然ながらビクともしない。
それを見てイリアスが押してみるがダメらしい。
「壊すか?」
「止めろ」
剣を握ろうとしたイリアスを抑えて思案する。
「『ひらけゴマ』」
日本語で有名なオープンセサミ、しかし反応無し。
「……よし帰るか」
いやー開かないのなら仕方ない。
言い訳も立つだろう、反転してその場を――。
「あ、横に動かしたら開きました」
ラクラが扉を横に開けてくれていた。
どうやら縦のラインその物が取っ手代わりだった模様。
先入観は持つべきものではないな、うん。
玉座の間は天井の高い縦長の部屋であり、左右の壁には照明石が間接照明として等間隔に並べられている。
暗さが残るが書物を読むことくらいはできる明るさだ。
視線の先には数段の段差の上に王の姿を隠すための帳があり、巨大な玉座のシルエットがうっすらと見える。
既に玉座に座っているのならばこちらの姿は見えているのだろうか。
ここまで来た以上引き返すわけにもいかない、流石にいきなり戦闘という流れでもないだろう。
意を決して前に進み、普段通りの声が届く距離まで近づいていく。
近づくと帳の奥、玉座の上に誰かが座っているのが分かる。
その姿ははっきりと見えないが、どうも豪華な衣装を着ているように感じる。
「遠路遥々、ターイズ――いや異世界から良くぞ参った旅人よ」
帳の向こうから声が響く、女性の声だ。
ガーネ国王は女王だったのか、そういえば聞いていなかったな。
「妾の試みからその正体までを見抜くその聡明さ、実に興味深い。どれ顔を良く見せてもらおうかの」
帳が徐々に巻き上がっていく、当然ながら他の人物はここにはいない。
今更そのくらいのアクションで驚くことはないが警戒心が高まっている今では過敏に反応してしまう。
そして帳の下からガーネ国王の姿が現れた。
「妾はガーネ国王、そして『金の魔王』である」
目の前にいるのは十二単の様な晴れやかな和服のデザインを髣髴させる装束を身に纏った亜人だった。
肌は透き通るように白く、髪と耳、そして背後に見える巨大な尻尾の毛並みが眩いほどの金色で輝いている。
ウルフェが狼ならば目の前にいる者は狐だろうか?
「うむ? どうした皆の者。魔王である妾が姿を見せたのだ、もっとこう歓喜に震え――」
それは一瞬、直前まで視界に映っていたのはこちらを迎えようと両手を広げた金の魔王。
その光景が抜剣したイリアスが剣を振り下ろさんとしている光景へと差し変わる。
この距離からでも分かる、イリアスは本気で斬り込んでいた。
だがその剣は金の魔王の目の前、数センチの所で止められている。
「……血気盛んな騎士様じゃな、だが心地よい殺気じゃ」
金の魔王は一切剣に触れておらず、まるでイリアスが寸止めしたかのようにしか見えない。
その愉快げな笑顔に警戒をしたのかイリアスが素早く距離を取り、一足でこちらまで戻ってくる。
「イリアス、お前本気で斬ろうとしてなかったか?」
「いや、本気で斬った。両断するどころかその体を一片も残さず消しとばす程の魔力を込めていた筈だ」
「その護衛物騒すぎんかのっ!?」
金の魔王は自分に向けられた一撃の恐ろしさに今頃気付いた様子。
つまりは今の攻撃は金の魔王の意思で止めたものではないということだ。
というか急にカリスマが下がった気がする。
「――コホンッ、まあ落ち着け。別に妾は御主等を取って喰おうと言うつもりで呼んだ訳ではない。じゃからその剣を――」
喋っている最中の金の魔王にイリアスが再び斬り込む、しかし剣は途中でピタリと止まる。
「ダメかっ!」
「のう、話聞こう? な?」
「イリアス、そのとりあえず隙だらけだから斬ろうって行動は止めておけ。多分だが金の魔王の意思ではなく、この建物の影響で防がれているぞ」
「何、そうなのか?」
再び距離を取るイリアス、その場で数回剣を振るい感触を確かめている。
「察しが良くて助かるぞ御主。そうこの城その物が妾を守護する結界、妾に危害を加えようとしてもその者の力が抑止力として働き、その攻撃を打ち消すようになっておるのじゃ」
「打ち込んだ筈の魔力の倍近い消耗はそのせいか……ではこの城を破壊し尽くせば――」
「すまぬがその者を大人しくさせてもらえんかのっ!?」
「イリアス、どうどう」
こちらが宥めてようやく剣を降ろすイリアス、しかし鞘には仕舞わない。
ミクスも同じように飛び掛るかもしれないと思ったのだが、常にこちらの傍から離れていない。
脅威の排除よりもこちらの護衛を最優先にしてくれているようだ。
ただ殺気がチリチリと漏れていて肌が痛い。
「しかし良く分かったの、探知系の魔法を使った気配は感じとれんかったが」
「ルドフェインさんから将軍達の護衛を諦めさせた話は聞いていた。それで今の様子とあんたのリアクションから思ったまでだ」
「ほう、細かい所から拾い上げて考えたか。ちなみに城に攻撃をしても同じじゃ、とは言え心象的には好ましくないから止めるように」
「あの、ウルフェもためしていいですか?」
挙手するウルフェ、金の魔王はきょとんとした顔をするがすぐに笑って頷く。
「うむ、一回だけなら良いぞ。やはり自分で試してみたいという気持ちは――」
ウルフェの拳が金の魔王の目の前で止まる。
ガントレットの魔力放出機能をフルに活かした一撃だが完全に威力を消されている。
「おおー」
「話の途中は止めよ、な?」
何と言うか軽く涙目になっているのは気のせいか。
こういうプロテクトがあるということは金の魔王自体の戦闘力はそこまで高くないのだろう。
目の前で自分を殺しかねない一撃を間髪入れずにやられていたら恐怖も感じるわな。
「妾は早く対話を始めたいのじゃがの、他に試したい者はおるか? 後からはするでないぞ?」
「私は面倒ですから結構です」
「私もご友人の護衛に専念したいので遠慮するです」
「よし、ではもう良いな?」
「待て、もう少し試したい。次はもっと本気で行く」
「もう二度やったじゃろ!?」
ここにルドフェインさんがいたらどんな顔をしていただろうか……。
それはそうとその結界の凄さとやらは興味がある。
こちとらファンタジーな光景は何度も目撃しているが体感した経験は少ないのだ。
「悪いがこちらも試してみて良いか? こういった機会はなかなかないからな」
「御主もか……まあ良い、妾は寛容じゃからな」
とてとてと金の魔王はこちらに歩み寄ってくる。
背はウルフェより少し小さいくらいか、これが魔王と呼ばれる存在なのだろうか。
亜人であることを除けば只の綺麗な女性にしか見えない。
そんな相手に木刀を全力で振り下ろすのは気持ち的に気が引ける。
「ほれ、遠慮せずに来ると良い」
力んで無駄に終わるのも気恥ずかしい、軽く小突く程度で良いだろう。
木刀を手に取り、軽く頭を小突いてみる。
「あたっ!」
「あ、すまん。痛かったか?」
「う、うむ優しくせよ! ……うん?」
……うん?
首を傾げる。
続いて軽く腰辺りを突いてみる。
「あたっ、ちょっ、待て待てっ!?」
「何で当たるんだよ!?」
「こっちの台詞じゃっ!」
どうも結界が機能していない模様。
こういう現象はちょいちょい経験がある。
多分そういうことだろう。
「……当人の魔力を抑止力に使うってことはだ、当人に魔力がないと抑止力は機能せずに攻撃できるってことなのか?」
「……そのようじゃな、盲点じゃった」
気まずい沈黙が流れる。
金の魔王は絶対の防御結界を誇っている。
だからこそこちらの武装を許可し、護衛もつけていないのだ。
それを出会って早々に弱点が発覚してしまった。
「よし、私の剣を取れ! 取り敢えず喉を狙え!」
「ま、待て待てっ! 妾は悪い魔王ではないぞっ!?」
「魔王に善も悪もあるものか!」
「落ち着けイリアス、確かにこっちには結界の効果は働いていない。だが金の魔王だって魔力が全く無いというわけではないんだ。がむしゃらな抵抗だけでもこっちの身が危ういんだからな?」
「……はっ!」
「……はっ!」
ハッとする金の魔王とイリアス。
「そ、そうじゃぞー妾の魔力はなんかこう凄いんじゃぞー!」
「――問題ない、私が君の盾になれば良い」
「護衛が危険な橋を渡らせるな!」
「そうですぞラッツェル卿、私達の第一優先はご友人の身の安全なのです!」
「くっ、殺したいっ!」
そんな殺意溢れるだけのくっ殺はいりません。
イリアスの両親は魔物との戦闘で命を落としたのだ。
その魔物を生み出す要因となった魔王に対しての憎しみは高いのだろう。
とは言えそれではこちらの目的が果たされない、再びイリアスを宥める作業へと入る。
「良いか、今回は話し合いに来たんだ。仮に今金の魔王を討伐したとしてもガーネの国民に説明できる話じゃないだろ?」
「それは……」
「そうじゃそうじゃ、妾の正体を知っている者はこのガーネにはおらんのじゃぞ! 妾を殺せば間違いなくターイズと戦争になるのじゃぞ!」
「ぬぐぐ……」
「全く、こんなにか弱い妾を寄ってたかって殺めようなどと、とんだ蛮族共じゃ。のう?」
「全くだ、いつもこうなんですよ」
「おい、誰と抱き合っている、手を繋ぐな」
つい冗談が過ぎた、反省。
「ところで『金の魔王』と言う名前は初耳なんだが。てっきり『緋の魔王』がいるかと思ったしな」
「なんじゃ、『緋』は確かにガーネ領土に接しておる魔界を生み出したが別に人間の国を統治するような変わり者ではないぞ?」
自分で言いますか。
しかしそれを言えば過去に人間の領土に攻め入った魔王は聞けど統治した魔王は聞いたこともない。
「私も『金の魔王』という存在は聞いたことがないな……」
「イリアスも知らないのか? ミクスは?」
「いえ、私も知らないです」
歴史に詳しいイリアスや、事情通なミクスも知らないと来た。
新種の魔王なのか?
魔王に新種もあるのかどうか知らないのだが。
「ラクラは?」
「いえ特には――ああ、もしかして『黄の魔王』では?」
『黄の魔王』、確かマーヤさんから教わった記憶がある。
どこかの国で魔界を作った矢先、ユグラに滅ぼされた魔王だ。
既にその魔界の浄化は済んでおり、痕跡もないとのこと。
「貴様っ、その名を口にするなっ!」
「ひえっ!?」
突如人が変わったかのように怒り出す金の魔王。
殺気こそさしたるものは感じないが全身の毛が逆立っている。
相当激怒しているのが分かる。
「ええい、忌々しいユグラめ! 人間共に間違えた名を伝えよってからに! 妾だってもっと知名度を上げてから滅ぼされていればその名を全土に刻めたものをっ!」
――黄と金って……ああ、そういうことか。
どうやら本人は金を名乗っているのだが、勇者ユグラが黄の魔王として討伐してそれが歴史に定着したようで。
本人としては煌びやかな金が好きなのだろう。
ターイズ騎士団で黄色をモチーフにしているフォウル卿は金より黄だけども。
「あー、取り敢えず『金の魔王』って呼べば良いんだよな? 確かにその綺麗な黄金色の毛並みならそっちの呼び方が似合っているからな」
「――うむ、うむ! 本当御主は話が分かるのう! 気に入った、妾の魔族にしてやっても良いぞ!」
ころりと機嫌が良くなる、しかし魔族て。
ラーハイトの目的を先に果たしてしまいそうで困る。
それにイリアスが凄い目で睨んできているんで、そういう発言は控えてもらえませんかね。
「そろそろ真面目な話をしたいんだが」
「おっとそうじゃな、ではそちらに立つが良い。妾はこっちにっと」
最初の立ち位置に戻り、金の魔王は玉座に座りなおす。
「しかし何と言うか疲れたわ、明日にするかの?」
「誰のせいだと、いや発端はこっちの護衛だけどさ」
「コホン、では話を始めよう。妾が御主等を呼んだのは単純に興味あってのこと、御主と語り合いたいと思ったからじゃ。御主も話をするつもりであのような伝言を送ったのであろう?」
「そうだな、話し合いに応じてくれるならばありがたい。こちらが知りたいのは復活するとされている魔王達の素性や目的などだ」
「なんじゃ、やはりあの本にはその事が書かれておったのか」
さして驚きもない様子、そりゃあ当人が復活している上にこちらもその事実を既に確認しているのだ。
復活する事実確認に関しては今更言うまでも無いだろう。
「あんたの性格からしてラーハイトがあんたの部下じゃないことは察した。できればその辺の情報も知りたい」
「んっふっふっ。しかしの、妾は『金の魔王』じゃ。そう簡単に妾から情報を引き出すことはできんと思うが良い」
仕切りなおした記憶が無ければ策士感溢れる笑みの金の魔王。
とは言えだ、金の魔王のあの表情からして素直に情報を話すようには見えない。
「話をするにあたり、御主の質問に答えねば互いに有意義な対話はできぬよな。しかしの、他の魔王の情報を売れと言われ対価無しに得られるとは思うておらんよな?」
「何らかの余興があるなら受ける用意はあるから説明を早く頼む」
「察しが早いのは嫌いではないがの。しかしの、男女の蜜月は丁寧に愉しむのが長続きの秘訣なのじゃぞ? まあ良い、その辺は追々深め合うとしようかの。すまぬが全員あと五歩程下がってもらえぬか」
言われるままにその場から下がる。
すると先程までに立っていた場所から大きな卓が床をすり抜けて現れる。
卓の上には巨大な標本が配備されている、これはガーネを中心とした立体地図だろうか。
非常に細かく再現されており、家の外には米粒よりも小さい人間達が設置されている。
金の魔王も玉座を立ち、卓の反対側へと歩みを進める。
そしてその手を標本に当てる。
するとなんと、目の前の標本が動き出したではないですか。
こまごまとした施設が動いているのが分かる。
それどころか上空に流れる雲すら現れている。
極小の人間達がわらわらとガーネ内を動き回り、国を経営している。
リアリティは比較にならないが建国や街の経営をするゲームの画面を見ている感じだ。
「先に妾の説明だけはしておこうかの。妾は『統治の金』、統治に長けた魔王と思ってもらえば良い。これはその統治に必要な妾が作り出した世界じゃ」
「世界? 標本ではないのか?」
「んっふっふっ、妾の力は仮想世界を生み出し、その未来を見据えることができる」
標本から同じ規模の半透明なホログラムが浮かび上がり、左右の空中に浮かび上がる。
それぞれが同じように動いている。
「同時に複数の想定を検証し、その結果を確認し最も良い結果を知ることができる。後はこの世界で実行すれば問題のない統治となる」
「……精度はどれくらいなんだ?」
「今まで検証違いの結果は生まれておらぬ、凄いであろう?早送り機能も万全じゃ」
「ああ、凄いもんだ」
金の魔王の力、それは間違いなく人外の力、間違いなく魔王と呼ばれるに相応しい。
「あの尚書様、これって凄い事なのですか?」
「政治の検証など机上でもやるものだろう?」
イリアスとラクラはどうもぴんと来ていないようだ。
だがミクスは……理解できている、王族だけあって今目の前で行われている行為の凄さを実感している。
「御主よ、その者等に妾の凄さを説明して欲しいのじゃが」
「そうだな……イリアス、ラクラ、お前の目の前に二人の男がいる。それぞれ裕福な男、貧乏な男だ。結婚するならばどちらにする?」
「それはー、その二人から選ばなくてはならないのですか?」
「説明の中の話だからな、この二択のどれかだ」
こんな時に貴方ですとかそういうジョークはいらないからなと念を押す。
「ではやはり裕福な方ですね」
「ラクラは裕福な男と結婚する。だがその男は実は猟奇的な殺人鬼でラクラは人知れず殺されてしまった。ハズレだ」
「酷いっ!?」
「では私は貧乏な男にしよう。質素な生活も悪くないからな」
「イリアスは貧乏な男と結婚する。だが上流階級との格差に劣等感を持っていた男は年を取るごとに卑屈さを増し、幸せと呼べる家庭は築けずに一生を終えた。ハズレだ」
「おい!?」
二人が恨みがましい目で見てくる。
「どちらもハズレではないか!」
「まあ待て、では同じ質問をもう一度しよう。どちらと結婚する?」
「同じ結果ならどっちとも結婚しませんよ!」
「そう、それができるんだ。今お前達は選択肢を選び、その結果を知った。それぞれの流れがどうなるかを知った。つまりは第三の選択肢を導き出せたり、選択肢の先を改善することができる。裕福な男と結婚しその男をすぐに殺してしまえば遺産が残る。貧乏な男と結婚しその男を出世させたり、価値観を変えることで結果は変わってくるだろう」
「それは……」
「金の魔王の力はそういう力だ。複数の選択肢を選んだ結果を知り、知った上で選び直せるし新たな方法を選べるんだ。国の統治ではどの選択肢が絶対正しいという答えはない。結果を知れるというのが何より大きいんだ」
結果が分かれば比較的にマシな選択肢を選び、その選択肢で発生する問題を事前に対処することで選択の質を上げることもできる。
そして金の魔王は言った、今までに仮想世界での検証結果と現実での差異は存在していないと。
「うむ、分かりやすい説明感謝する。妾の偉大さを理解する者は愛いのう、褒めてつかわす」
「現実世界の時間と言う制限時間がある以上、検証、選択、再思考に割り振れる時間に限りがあるとしても統治者が持つ力としては破格と見て良い」
「う、うむ。短所まで良く分かっておるではないか」
「過去にユグラに倒されたという話から未来を見通す期間には限りがあり、強大な力を持つ相手の行動は予知できないという欠点もあるだろうがそれでもだ!」
「あんまり妾の秘密を漏らさないでもらえるかの!?」
説明しろといわれたから力説したのに、注文の多い魔王だ。
しかし統治者としては万能に近い力を持つことは事実、だがその力を使ってガーネを繁栄させている理由がわからない。
魔王は魔界を生み出す、ならばその統治の力は魔界を統べるために使うべきではないのだろうか。
まあこの辺の質問に答えて欲しければ――ということだろう。
「コホン、それでは説明するかの。今から御主等が妾と話すに相応しいかその資質を試したい。それにはこの仮想世界を使おうと思うておる」
「彼は既に資質を見せたと思うが」
「きちんと勝負事にしたいのじゃ。それにその者だけは良いとしても他の者の資質も計りたいからの、斬り付けられて不満はたっぷりなのじゃぞ」
「ぬぬ……」
ぬぬ、じゃないですよイリアスさん。
普通なら挨拶もせずに斬りかかる蛮族となんて語り合いたいと思いませんからね?
「それではルールを説明するぞ、御主等にはガーネの運営を任せる。無論仮想世界のガーネじゃ。内部に入り込み妾の代わりに統治を行ってもらう」
ふむ、政治手腕を見せろということか?
しかしミクス以外は初心者もいい所だ。
ラクラなんて妲己よろしく酒池肉林しかねん、肉は恥ずかしがってしなさそうだが。
「五人それぞれに運営を任せ勝敗を決める。勝利条件はこちらの提示した条件を満たせば良い。敗北条件は……十度じゃ、十度ガーネを滅ぼしたら敗北とする」
「随分と多いな、ありがたいと言えばありがたいが」
「国の運営を素人に任せ一回こっきりでは公平さの欠片もないじゃろ? 一度滅んだら最初の条件からやり直しじゃ。ただし十度のやり直しを認めるのじゃ、その回での巻き戻しは行えんから注意するんじゃぞ?」
ガーネの運営を行い、勝利条件を満たせ。
ガーネが滅んだらやり直しで十回滅んだら負けというルール。
条件クリアか滅ぶまでノンセーブでのプレイだ。
本当ゲームじみてるな。
「妾の立ち位置は御主等の結果に掛かっておる。半数以上が勝利したならば妾は御主等の味方を宣言しても良い。しかし逆ならば味方にはならぬ、敵になるつもりもないが、その可能性は付きまとうであろうな」
「随分と遊戯の結果に委ねるんだな」
「妾はこういう性分だからの。ああ、負け越したとしても御主は妾の物になっても良いぞ?」
「それはどうも」
だがここまで来るとその勝利条件がきな臭い。
金の魔王とはそれなりに会話をし理解した。
自身の力を示し、公平な勝負を持ちかけ勝敗のいかによっては味方になっても良いと言う程。
だがその性格の裏を考えると……一つの答えが導かれる。
「舞台は……そうじゃの、今から半年前のガーネからスタートじゃ。既に妾の手によって好調に発展している時期、余程下手を打たぬ限りは内乱も起こらんからの。条件の達成に専念するには丁度良かろう、そして勝利条件じゃが――」
「ターイズを滅ぼせ、だろ」
こちらの発言に金の魔王はきょとんとした表情を見せる。
しかしその顔はすぐさま愉悦を欲する妖狐のように歪む。
愉悦に興じる狂いし統治者、それがこの魔王の本性だ。
「んっふっふっ。その通りじゃ、御主等にはこれから自身の国を滅ぼしてもらう」