目下のところ順調なのか?
※三章スタートです。
章管理による追加はお昼ごろに行います。
馬車に揺られながら空を見上げる。
快晴の青はやや目に眩しいが嫌な気分にはならない。
森の道を抜けターイズを抜けた先、平野の広がるガーネ領を目下のところ進行中。
道中国境を通った際に何かしらの手続きがあるかと思ったのだが驚くほど何事も無く、番兵に会釈して素通りして今に至る。
あちこちで散々暗躍してくれたラーハイトが『緋の魔王』の関係者ではないかと推測し、嘗てその魔王が現れたガーネにて情報を集めると言う目的なのだがこれと言って手がかりらしい物はない。
強いて言うならガーネの新王が行う統治が革新的な速度で進んでいると言う点が歴史の中では異質らしい。
そういったわけでターイズの尚書候補の肩書きはそのままでガーネの視察も行うわけです。
そしてそんな旅に追随しているメンバーはこちらの通り。
まずは護衛として継続して傍にいるイリアス、彼女に関しては言うことはない。
次にウルフェ、置いて行く選択肢もあったのだが家に一人きりにするわけには行かなかった。
つまりラクラ、こいつを連れてくることになったのだ。
連れて行かない方が良い人物筆頭であり、ウルフェという監視を残す理由にもなったのだが残念なことに必要性が発生してしまった。
それは現在進行形でお世話になっている自動翻訳機能を持った精霊の憑依術、その維持である。
マーヤさんが開発しその憑依術の維持魔力を補充してもらっていたのだが、当人はターイズの大司教でガーネへ連れ出すことはできなかった。
一度に一ヶ月の魔力を補充してもらおうとも思ったのだが、この魔力の欠片もない体で一定以上の魔力付与は危険性が高いとのこと。
イリアスに学ばせようとしたのだが加減の難しい処置であり、出発までに取得できたのがラクラのみだったのだ。
イリアスも補充する手法までは身に付けたのだが、加減を知らないゴリラなので油断するとこちらが風船のように破裂する可能性があって断念。
ウルフェは惜しい所までは行ったのだが残念ながら及第点には届かなかった。
そんなわけでイリアスとラクラを連れて行くことになり、ウルフェを一人残すのはいかがな物かとウルフェも同行する結果になったのだ。
結局はいつものイリアス家四人組が総出でガーネへと向かうのだった。
ただし、この旅にはもう一人の同居人がいる。
「さー! 間もなくガーネ本国ですー! 聞こえておりますかご友人ー!」
至近距離だと言うのに馬鹿でかい声で吼えるこちらのショートカットの似合う女性、名をミクス=ターイズ。
そう、ターイズ国の国王であるマリトの妹に当たる元王女様である。
文武両道でマリトにも引けを取らない傑物とされており、先王がマリトを跡継ぎに選ぼうとした際にもミクス派の者達が多数抗議を申し立てていたほどらしい。
しかしミクスはマリトへの壮絶なる敬愛精神を持っており、ミクス派を黙らせるために即座に自らの地位を捨てたのだった。
マリトに次ぐ序列二位でありながらマリトが国王になるやすぐに国を出奔、その後はしっかりと有能な冒険者としてその名を馳せていた。
その結果もありマリトの国王就任は磐石のものとなったのだ。
行方が常に不明という放浪癖のあったミクスだが最近になり捕獲され、現在こうして二人目の護衛として共に旅をしている。
ちなみに本人はマリトの頼みと聞いて二つ返事で了承、兄様の唯一無二の友人ならばこの命に代えても! と意気込んでいる。
「聞こえているぞミクス、むしろ声が大きすぎて聞き取り辛い」
「まったまたー!」
ミクスは愉快そうにこちらの背中をバシバシと叩いてくる、痛い。
こう、常にテンション高い系のキャラとの交流はこの世界では初めてなのだが……正直疲れる。
ちなみにミクスは放浪の身、立場など一切気にせず誰にでも同じように接してくる。
道中絡まれ続けたラクラはとっくにダウン。
ウルフェとは相性が良いものの、イリアスからすれば元王女だ。
顔が上がらず、そのテンションの高い会話に呑まれっぱなしになる。
おかげで馬車にはぐったりとしている二人、いやこちらも含めれば三人がガーネはまだかと空を眺めているのだ。
「ご友人、馬車は苦手なのですか? ラッツェル卿やラクラ殿も酔い止めの薬をどうぞどうぞ!」
「お前に酔っているんだ、そっとしてやってくれ」
「なんとまあ! もう、ご友人は女性を口説くのが上手なのですな!」
照れた顔ではにかみながらバシバシと叩かれる、痛い。
イリアスほどの怪力ゴリラではないが名を馳せているという話は嘘ではないようだ。
ゴッズの腕力よりも上だと思います。
騒がしさを加味して表現するのならばポジティブチンパンジーだろうか。
元々濃いメンバーだと自負していたのだがさらに濃い奴が来るとは予想だにしていませんでしたとも。
それはさておき、平野とだけあってそれなりの距離からでもガーネ本国が視界に映る。
一言で言えばでかい、ターイズ本国は周囲を巨大な城壁に囲まれていたのだがガーネにはそれがない。
中央に位置するガーネ城の周囲には立派な城壁も見られるがそこから先は一定間隔で仕切りのように建てられた小規模な塀くらいだ。
何故外敵から国土を守るための防壁を用意しないのか、それは広大な平野に存在するガーネ本国は今もなおその領域を拡大しているためだ。
広さだけで言えばターイズ本国の五倍はあると見て良いだろう。
視界の端から端まで家、田畑、家と際限がない。
また中央には巨大な河川が流れており、巨大な橋や川を進む船などが見える。
最も手前に見える風景は土木作業に勤しんでいる住民達の姿だ。
「凄いもんだな、段階的に領地を広げているようだが何層あるんだこの国」
「城の城壁を抜いて七層、先王の時は五層でしたから二段階の拡張を済ませていますな」
歴史が作り上げた領地を数年で四割り増しと言うことか、そら凄い。
真っ直ぐ道を進んでいると簡易的な木造の関所へと辿りつき、入国の手続きを済ませる。
基本塀すらない第一階層から第四階層までは誰でも自由に出入りができる。
この区域だけで大抵の施設が揃っており、旅人達はこの辺を行き来して滞在している。
第五層は許可制の商業地域、大掛かりな商売を初めとする信用取引が許されている特区だ。
他にも様々な産業系の施設が密集していてガーネの産業の要となる地域だ。
第六層は武器庫や馬舎等の軍事施設地域。
第七層は城を含む富裕層となっている。
地域の格差があると思いきやそういったわけでもなく、第四階層まではほぼ似た街並みが広がっている。
強いて言うならば第三階層からはやや味のある建物が多く、都度改修工事が行われている景色が視界に入る。
中央に流れる川は多くの水路に引っ張られ、ほぼ全域に水を供給しているようだ。
現代のインフラ程ではないが、その規模は見事と言える。
文明の発展が未熟な状況では、水源の確保の有無が文明の繁栄にとって重要な要素になっていることは間違いないだろう。
手続きを済ませ第五層、ここを通るとターイズが田舎だと言うことがひしひしと伝わってくる。
バンさんの商館の様な立派な建物がごろごろと並び、身奇麗な商人達があくせくと歩き回っている。
これがスーツ姿ならば現代社会に戻ってきたのではと錯覚していただろう。
この光景に他の者達も目を奪われている。
「おおきい!」
「これほどの大きな商館が並びに並んでいて商売争いは起きないのだろうか?」
「それは当然起きていますとも、ガーネは実力至上主義。より巧みに商売ができる者だけが生き残る国なのです。ターイズの場合互いの領域はある程度保障しあう形ですがこちらは商売枠の喰いあいですからな」
うーん、現代社会に近しい雰囲気を感じるなぁ。
時代の先を行っている感が凄い。
先取りし過ぎて空回りしそうな状況を既のところで留めている、そんな印象だ。
だがこれが噛みあっている内はガーネは世界でも有数の商業国家の地位を保てるだろう。
そしてさらに厳重な手続きを行い第六層へと向かう。
「これは……圧巻だな」
ターイズ城の周囲にも騎士団ごとのテリトリーがあり、多くの騎士達が鍛錬を積んでいた。
だがここにいるのは正しく軍隊。
一糸乱れぬ隊列、響きわたる号令。
夥しい訓練兵達がその技と連携を磨いている。
「忘れてはならないのは今訓練しているのが徴兵の年齢に達した若者達だけということですな。今まで通った各階層にいる一定年齢層全てがこの訓練を経ている兵士なのです!」
「有事になればガーネの国民全てが武器を手に取れ、一定以上の統率と錬度で立ち向かえると言うわけか。恐ろしい物だな」
確かに個の錬度で言えば騎士達の方が上だと素人目にも分かる。
実際に一対一なら勝てるかもしれないと思うほどだ。
しかし忘れてはならないのは現代人における『勝てそうだ』と言う相手は基本格上である、自惚れてはならない。
テレビでボクシングの試合を見て『そんなパンチ素人でも避けられるわ!』とか文句を言う人間は一度プロの拳を生で見ると良い。
スパーリングも兼ねれば自分の発言の浅はかさを身にしみて理解できるだろう。
とは言え騎士と比べれば確かに格下ではあることには違いない。
しかしこの数を相手にすれば並大抵の騎士はその実力を発揮することなく数の暴力によって飲み込まれていくだろう。
「千人くらいならいけるか?」
などと横で呟いているゴリラはノーカン。
イリアスならゲーム画面で無双する豪傑の如く戦って見せるのだろう。
そんなのは最早個戦力とは見なさない、災害である。
剣、槍、弓、それぞれが綺麗に分かれて鍛錬している様子を眺めつつ、ようやく目的の第七階層前へと到着する。
馬車を止め、ミクスが書状を番兵に渡す。
暫し待たれよとの言葉で馬車を降ろされ十分程待機させられる。
すると第七層へ繋がる門が開き、奥から馬に乗った一人の女性が現れた。
ややきつめなクールビューティといった感じの女性は馬から降りてこちらに挨拶をして来る。
「ターイズ国から遥々ようこそガーネへ。私はガーネ国の大臣、ルドフェインと申します。此度は皆さんの案内を務めさせていただきます」
「若輩者ですがよろしくお願いしますルドフェインさん」
握手に応えつつこちらも挨拶を行う。
それなりの立場の相手がつくとは聞いていたが大臣様が出てくるとは驚いた。
大臣ともなれば国の政治を動かす部門ごとのトップだ。
「本日は宿のご案内、そして今後の滞在スケジュールのご確認を行いたいと思います。それではご案内いたしますのでどうぞ付いてきて下さい」
そんなわけでルドフェインさんに併走しつつ馬車を進める。
第七階層は富裕層、文字通り豪邸並ぶ貴族達の世界だ。
建物、橋、道に至るまで全てが豪華絢爛と言うに相応しい眺めになっている。
本来ならばこういった豪邸は各地域に点々とあるべきなのだがよもやガーネ城周辺にこうも密集しているとは。
ターイズの貴族達がとたんに田舎貴族に感じてきて軽いカルチャーショックだ。
「ルドフェインさん、この地域に住む富裕層の方々はどう言った経緯でここまでの生活を手にしたんですか?」
「この地域に住まうのはガーネでも有数の商館を持つ商人、他の階層の土地の所有権を持つ貴族、軍事において優秀な実績を残している軍人と言ったこの国を発展させる上で偉大な功績を残した方々です。貴族にもなれば何世代も続く名家が名を連ねておりますが、商人や軍人ともなると一世代で成り上がった方もいます」
貴族の場合領地ごとに住み分けているイメージだったのだが、この国では階層ごとにそれぞれの土地を管理していると言うわけか。
まるでマンション経営みたいだな。
「その基準はルドフェインさんの様な大臣達が選定しているのですか?」
「いえ、この第七階層に住まう資格を得るためにはガーネ国王の承認が不可欠です。さらに逆を言えばガーネ国王の判断によりその資格を奪われる名家なども存在しております」
王様の眼鏡に適う実績を残した者がこの地域に住むことを許され、逆に地位に甘んじて堕落しようものならその場所を奪われると言うことか。
つくづく競争が好きな国家だ。
だが成り上がりたい、地位を維持したいと言ったハングリー精神があってこそ国が栄えるのだ。
最下層と言われる人々の生活でさえそう悪いものではない。
周辺の村々に比べても高い水準だ。
しばらく進んでいくと遥か遠くから視界に映り続けていたガーネ城の城壁の目の前へと到着する。
国が広いと移動も大変だよなぁ、これ。
「皆様の宿は城門そばにある来賓用の屋敷となっております。皆様の家と思い自由になさってください」
通された屋敷もやはり豪華、門を潜り、庭を通り、ようやく屋敷の前に到着する。
貴族御用達な内部に目が疲れそうだ。
これを自分の家と思うのは無理がある。
しかしイリアスとミクスは平常心、そういえば元々貴族と王女でしたねこの人達。
それに対してウルフェはその圧倒的広さに困惑している。
親近感を感じ、優しく頭を撫でる。
その意図を理解していないようだが尻尾を振って応えてくれた。
荷物は屋敷に控えていた使用人達がそれぞれの部屋に運び、こちらはそのまま来賓室へと案内される。
滞在スケジュールの調整はほぼ事前に打ち合わせてあったことの確認と変わらなかった。
第一から第六階層までを数日単位で視察していき、その後は階層ごとの役人などに話を聞くといった具合だ。
第七階層は富裕層が住む土地と言うことだけなので視察は省略である。
第四階層までは自由に見て回れる、視察ついでに色々調べられれば良いのだが。
後気になる点と言えば、やはりこれだけの大国を統治する新王だろう。
「国王陛下への謁見などは叶いませんか?」
「申しわけありません、国王陛下はご多忙の身。それ以外にも理由はありますがお会いになれるのは国内の限られた役職の者達だけとなっております」
マリトと違いそのセキュリティは非常に高いようだ。
いや、マリトには良く分からない次元のセキュリティがあるからどちらが上かと言う話は決められないのだが。
事前に知らされていたガーネの異色さで最も濃い部分、それはガーネ国王の姿を知っている者がいないと言う事だ。
先代までの王はその姿を公に晒していたと言うのに、他国の者で現在のガーネ国王に謁見した者は誰もいない。
式典や祭りにさえも姿を見せず、常にガーネ城から動かない不動の王。
まあ異色だわな。
「ターイズ国王陛下の願いを快諾して下さったお礼を是非とも伝えたかったのですが残念です」
「ご安心ください、皆様のお言葉は私が陛下に必ずお伝えしますので」
流石にルドフェインさんのような大臣クラスならば会える模様。
まあ大臣が会えないなら誰が会えるんだって話だよ、弟しか会えない卑弥呼じゃあるまいし。
「それでは本日は長旅でお疲れでしょう、一日ごゆっくりと体を休めてください。私に用がある場合には使用人に伝えて貰えれば急いで駆けつけますので」
話し合いが終了しルドフェインさんは屋敷を後にした。
こちらもガーネへの長旅でそれなりに疲労している、特にミクスのせいで。
ゆったりと休むとしよう、明日からは見つかるかも分からない探し物をしなければならないのだ。
「よし、それじゃあ休むか」
振り返るとラクラがいない。
そういえば屋敷についてから視界に入れた記憶がない。
「ラクラなら打ち合わせの前に眠るといって部屋に行っていたぞ」
「……まあ、問題を起こさないなら良いか」
などと安堵していると、使用人達がなにやら慌しい。
聞き耳を立ててみよう。
「食料庫が荒らされて酒が何点か盗まれているだって!?」
……よし、急いであの女を突き出そう。
その後自室にて勝手に拝借した酒で一人酒盛りをしていたラクラを捕まえ、使用人達の前に突き出し謝罪を入れさせる。
当人は『自由にしていいと言われたのだから問題ないはずですっ!』と無実を訴えたがその要請は却下。
メジスからの刺客は暗部だけではなかった、このラクラという女はターイズの品位を躊躇無く落としてくるのだった。
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一行と別れたルドフェインは城の最奥にある玉座の間へと足を運ぶ。
「本日ターイズからの視察の一団が到着しました。現在は来賓用の屋敷にて休息を取らせています」
「そうか、それでどのような顔ぶれじゃ?」
玉座に座るガーネ国王は愉快そうな声で訪ねた。
その姿は帳によって見ることは叶わないが楽しそうな顔をしていることは想像に容易いだろう。
「……どのような顔ぶれか、ですか? 一人はあのイリアス=ラッツェル、ターイズでも五本の指に入ると言われる女騎士です」
「おお、その者の噂は聞いておる。それで美しい女子であったか?」
「え、ええ、とても凛として美しい方でした」
「うむうむ、それは良いことじゃ! して他の者達はどうじゃ?」
ルドフェインは次々とターイズ視察団の情報と容姿を説明していく。
ユグラ教司祭、大悪魔祓いのラクラ=サルフ。
元王女兼流浪の冒険者のミクス=ターイズ。
白き髪の狼を模した亜人、ウルフェ。
「選り取り見取りの一団ではないか、特に白狼の亜人は珍しいの」
「それで最後に紹介にあった尚書候補の男性です。名前も聞いたことの無い方だったので念のため握手をし、その力を視ましたがどうもただの一般の方のようです。ただ何らかの魔法への抵抗のためにか下位の精霊を憑依しているようでした」
「それだけ豪華な一団じゃ、一人くらいは凡夫が混ざっておっても調和は取れるじゃろうな」
「そうですね、ただその男性も黒髪に黒い瞳と特徴的ではありましたが」
「ほう、ほう? ほうっ!?」
シルエットだけが映るガーネ国王が飛び上がるように立ち上がった。
「へ、陛下、どうなされましたか?」
「いやいや、よもや、しかし偶然と言うことも。むう、どうしたものかの」
ぐるぐると玉座の前を回り、ぶつぶつと呟くガーネ国王。
だが何かを閃いたようでルドフェインを指差す。
「んっふっふっ、奴等は明日は視察をするのであったな? ではその後にこの言葉をその者に言うて見よ」
ガーネ国王はゆっくりと口を開き、一つ一つを丁寧に発音する。
「は、はあ、何かの符丁か何かですか?」
「うむ、心温まる呪いの言葉じゃ。気持ちを込めて言うのじゃぞ? んっふっふっ」