さしあたって露呈しました。
食事会当日、久々の礼服を身に纏いどんぶらこと馬車の中。しかしまあ、上流階級の食事会なんざこの世界に来てから行くことなんてないと思っていたんだけどなぁ。
最近気の抜けた生活が多かったせいで色々と表情筋が強張ってしまっている。余所行き用の笑顔はしっかり作れるだろうか。むにむにと自分の顔をマッサージ。そんな姿を見て不安そうな声で語りかけてくる同乗者。
「あの、お兄さん。やはり私にはこう言った席には……」
「何言ってるんだルコ。城勤めしてるんだから礼儀作法はこっちよりも詳しいだろう。ドレス姿も十分似合っているじゃないか、綺麗だぞ」
誘った相手はルコ、鉢植えの件で世話になったからと言うことで食事会に誘ったのだ。決して都合の良い相手だからとそんな酷い理由ではない、多分。
「ですが貴族の方々と上手く会話ができるかどうか……」
「大丈夫だ。ルコが用意してくれた鉢植えを贈った相手も来ている。贈り物はとても喜んでいたし、何より同じ園芸好きだ。窮屈そうならそいつと鉢植えの話をして時間を潰せば良い。それでも駄目なら食事と酒だけを楽しめば良いさ」
「まあ、お兄さんのご友人もいらっしゃるのですね。陛下に似た方と聞きましたが他にどんな方なので?」
他にと言われても陛下そのままだしな、まあ良いや。
「そうだな。普段はしっかり者なんだが、こっちに対しては気さくで子供みたいな態度で接してくるな」
「あはは、それはとても愉快な方なのですね。それでしたら私も肩の力を抜けそうです」
多分無理だろうなーでも良いや。せっかくなのでこういった場での礼儀作法を教えてもらいつつ、会場である貴族の屋敷へと向かう。
余談ではあるがこういった食事会の場所に選ばれるには娘がいない、いるにしても結婚済みや婚約が決まっている家に限られている。自分の娘を優遇してプロデュースできるような機会は用意させたくないからだ。
逆を言えばこう言った貴族はマリトの妃探しを必死に応援している愛国者が多い。つまりは参加者もしっかりと集めているわけですが、マリトの性格からして一対一のお見合いの方が合っているのではないかと思います、はい。
そうこうしているうちに目的地に到着、馬車は門の外で止まり降りることになる。先に会場の確認を行うために一人で降りる。すると既にマリトが待っていた。
マリトはこちらに気付くと嬉しそうに駆け寄ってくる。国王を門の外で待たせるというのはどうなんだ。入り口の執事さんガッチガチに緊張してるじゃないか。
「やあ友よ、一人で入るのは寂しくてね。首を長くして待っていたよ」
「普段からこういう場に顔を出しておきながら良く言うな」
「そりゃあ仕方ないだろう。初めて気楽に出れる食事会なんだ。やはり新鮮なのは良いね。気が重くなる食事会でも足早になってしまう程だ」
気持ちは分かる。気苦労の多い社交辞令の場に友人と一緒に行けるのだ。そういえば日本での数少ない友人である彼は元気にしているだろうか、最後に出会ったのは痴情の縺れで刺されて入院した時にお見舞いに行ったときだったか。軽く雑談をしていると馬車から声が聞こえる。
「あのう、お兄さん。私達も降りて大丈夫なのですか?」
「ああ、悪い悪い。大丈夫だ、つい話し込んでしまったな」
ルコが足元を気にしながら降りてくる。慣れない長いドレススカートに苦戦している模様。バンさんのところで着替えた際には何度も転んだとか。礼儀作法を学んでいるとは言え、こういった格好での参加は初めてなのだから仕方あるまい。
「ええとお兄さんのお知り合いの方ですよね、私の名前はルコと――」
こちらが気軽に話していたこと、相手が非常に砕けた喋り方をしていたのを聞いて安心しきっていたのだろう。足元を気にしながら歩み寄ってから挨拶をするルコ、しかし顔を見てしまい硬直。
「……お、おおおお、お兄さん?」
壊れかけのロボットの様な声を出しながらこちらにギギギと振り返るルコ、流石に王様の顔は知っていた模様。しかしこういう顔は大好物です、はい。
「なあ、友よ。ひょっとしてアレか?」
「すまんマリト、多分お前の名前出したら逃げると思ったから言わないでおいた」
「お兄さん!? へ、へへへ陛下じゃないですかっ!?」
「ああ、言ったろ陛下みたいな人だって」
「陛下まんまじゃないですか!?」
陛下を指して陛下まんまとはなかなか洒落ている。素早い動きで下がり、マリトに深々と頭を下げるルコ。
「も、申しわけありません陛下、知らずとは言え無礼な真似を――」
「ああ、良い。この場は無礼講――と言う訳でもないが友の悪戯故であろう。不問に致す」
「そうだぞルコ、そんなに畏まってたら身が持たないぞ。今日の食事会はマリトと過ごしてもらうんだからな」
「……」
凄い顔で固まっている。でもこれが普通なんだよなぁ。マリトのこちらに対する態度があんまりにもフランク過ぎて感覚が狂っているのだが、こいつは王様であり、無礼を働こうものなら国で生きていけなくなる物騒な人物なのだ。
動けなくなっているルコを見て、マリトは呆れ顔でこちらの肩を組みヒソヒソ声で話しかけてくる。
「確かにこういう子なら一日大人しく過ごせるだろうけどね。限度があるだろう?流石に石像と一緒にいるのはどうかと思うんだけど」
「そこはお前の器量次第だろ。話し相手には丁度良いと思ったんだがな」
チラとルコを見るマリト。ルコは混乱していてピクリとも動けない。
「いや、会話にならない気がするんだけど? 共通の話題とかほとんどないでしょ、これ」
「そうか? お前に贈った鉢植えを作った女性なんだけどな」
「――それを早く言いなよ」
くるりと振り返りルコの元へ歩み寄るマリト。そしてルコの手を握り優しく笑いかける。
「君があの鉢植えを作った者か、いやあ一度話をしてみたいと思っていたところだ!」
「え、あの、ええと、ああ!? お兄さん!?」
どうやら自分の用意した鉢植えが陛下に贈られたことに今気付いた模様。そうだよの意を示してサムズアップ。
「素晴らしい贈り物だった。贈ってくれた友にも感謝したが、君にも感謝したい」
「いえ、あの、その……」
「そうそう、贈られた鉢植えの説明書きを読んで気になったことがあるのだが、相談を――」
口調こそ平常運転のマリトだが、その活発さはこちらに向けるものとほぼ同じテンション。ルコも矢継ぎ早に話してくるマリトに畏まり以外の戸惑いを感じているようだ。
「マリト、玄関で話を済ませるなよ」
「ああ、そうだった。寒空に立たせるのも失礼であったな。では中で話の続きをするとしよう」
マリトに手を引かれずるずると連れて行かれるルコ。僅かながらに助けを求めていた気がしたのだが、多分気のせい。放っておいても大丈夫だろう。
「……ところで、早く降りて来いよイリアス」
その声にコツコツと聞きなれない靴音を立てて降りてくるイリアス。食事会ということでイリアスもきちんと着替えてきているのだ。
気恥ずかしいのか馬車内では一度も喋っておらず、マリトの前に出る勇気もなかったようだがいい加減覚悟を決めたようだ。
「君と言う奴は……ルコも可哀想に……」
どちらかと言うとマリトとルコのやり取りでどうでも良くなった模様。
「ルコへの感謝とマリトへの機嫌取りに丁度いい組み合わせと思ったんだがな」
「私が同じ立場だったら生きた心地がしないぞ……」
「まあイリアスの方は気楽なもんだろう?」
「そうは言うがな、こんな格好初めてなんだぞ……」
サイラの用意した私服も悪くなかったが、こういった晴れやかな姿のイリアスも悪くない。むしろ良いくらいだ。
「似合っているぞ。普段が田舎騎士丸出しの格好だけに新鮮だ」
「そうかありがとう。君が普段私をどう思っているのか良く分かった」
どこか背筋に冷たい物が流れそうな笑顔で応えるイリアス。しかし、それはどうなのだ。イリアスの腰にはいつもの剣がしっかりホルダーで固定されている。心なしかドレスが傾いている気がする、いや傾いている。布地が悲鳴上げてませんかねそれ。
「何でドレス姿に剣を差しているんだよ」
「格好は仕方ないとして、君の護衛の任は継続中なのだぞ。剣を持たずしてどうする。陛下の目に入るかもしれんのだぞ」
そういわれると強くは言えない。しかし悪目立ちもいい所だろう。
「貸せ、こっちが持つ」
「いやしかしだな」
「必要になれば何時でも抜けるよう傍にいれば問題ないだろう?」
「それはそうだが……」
「そのドレス、破れたら弁償するのは誰だと思っているんだ」
イリアスがこういったドレスを持っている筈もなかった。母親のドレスくらいは探せばあるのだろうが、イリアスと母親の服のサイズは違うらしい。そういったわけでこちらもバンさんからのレンタルです。
「ぬう……仕方ない」
そういって剣を受け取る、重っ!?西洋剣って重くて3キロ程度じゃないの!?
「なんでこんなに重いんだ!?鉄の密度超えてるってレベルじゃないだろ!?純金製か!?」
「並みの鋼鉄では私の全力についていけなくてな。非常に希少な鉱石を用いて造られている。我が家で一番高価な物だな」
どう見積もっても10キロ近い。2キロのダンベルだって振り回すのは苦労すると言うのに。これをぶん回してるんだよな、このゴリラ。しかも場合によっては片手で振り回してるんですよ?
それはさておき、こんなもん腰につけてたらズボンがずり落ちる。イリアスのドレスは良く頑張ってたよ本当。ホルダーを腰ではなく肩に回し、剣を背負う形にする。
取り敢えず執事さんには事情を説明しつつ入ることになった。食事会に冒険者みたいな剣の持ち方をして入るのって恥ずかしいなおい!
入り口で色々あったとは言え、食事会は滞りなく進んで行く。最初こそ背中に剣を背負った人間がいることに戸惑いを見せた貴族達だが、社交辞令は慣れたもの。挨拶と共に軽い雑談をして別れるの繰り返しだ。
流石にマリトが出席する食事会だけあって若い女性陣はあまりこちらに興味を示してくれないものの、その親である貴族達とはそれなりに顔見知りの関係になれた。
マリトの方はと言うとやはり人気者のようで次々と若い女性が挨拶に近寄っている。しかしルコを常に近くに連れまわしているだけあってかそう長く話すこともなく会話を切り上げている。そんなやり取りがしばらく続くと周囲の者達もマリトの意図を察したのだろう。強引に近づくものは減ってきた。
今は自由に園芸の話で盛り上がっているようだ。ルコも戸惑いと緊張でガチガチだったが、趣味の話題になると楽しそうな顔でマリトと話せている。これなら後で文句を言われることは――あるだろうがそこまでではないだろう。
しかし、着飾ったイリアスが護衛にいる時点でこちらは進んで女性に声を掛け難い。この辺は考慮すべきであったと反省。今日は出会いよりもイリアスと息抜きを楽しむとしよう。
「ん、楽器の音か?」
耳に響く音色に視線を向けると小規模ではあるが楽団が現れ、演奏の準備をしている。執事達が中央のテーブルを片付け、ものの数分でダンスフロアへと変貌していく。そして指揮者の登場と共に、食事会は舞踏会へと移って行く。
周囲の者達がそれぞれの相手と踊り出す。テレビの中でだけ見るような優雅な景色が目の前で繰り広げられている。正直、この中に加わりたいという気持ちも湧いてきた。しかし、現実とは非情なのだ。
「……なぁ、聞くまでもないと思うが……踊れないよな?」
「ああ、小さい頃に習った記憶はあるがすっかり忘れてしまっている。君はどうなのだ?」
「酒を片手に眺めて格好つけていた記憶しかないな」
「そんなところだろうな、君らしい」
周囲の若者のほとんどが踊っている最中、踊れない二人が立ち尽くしていた。マリトでさえルコを連れて踊っていると言うのに。こんなアウェー感を味わうのも実に久しぶりである。ダンスパーティなんて滅多に行かないもんなぁ。
「それにしても踊らないことが逆に目立つとは思いもしなかったな」
「そうだな」
「……今度覚えるか」
「そうだな……」
田舎者二人は虚しい決意をするのであった。そんなこんなで食事会は終了。最後に虚しいオチはついたが食事はそれなりに美味しかったし酒は十分楽しめた。貴族の娘達もマリトにほとんど流れていたが眼福にはなったと思います。イリアスのドレス姿も悪くなかったしね。帰りの馬車ではそういった余韻に浸りつつ静かに――
「お兄さん! 酷いですよっ!?」
いかなかった、やっぱり怒られました。ちなみにマリトは満足して帰りました。そりゃあ面倒な食事会で女の子に長時間拘束されることなく、趣味の話で盛り上がれたのなら言うことないだろうよ。
ルコとて途中からはそこそこ楽しめていたようには見えたが、それはそれと謀られたことへの怒りを絶賛主犯格にぶつけている。イリアスはその様子を笑いながら見ている。助け舟はない。
ちなみにルコの素性はマリトにはしっかりとバレていた。どこかで見た顔だということくらいは覚えていたようだ。とは言えマリトも城勤めのメイドと踊ることになるとは思いもしなかっただろうがな。
酷い目に遭わされたルコだったのだが、彼女にとっては心臓に悪いことばかりではなかった。園芸マニアであるマリトの会話にしっかりと付いてこれたことでマリトに気に入られ、庭園を任されている職人に指南を受けられるようになったのだ。
庭園の管理に加われる日はまだまだ遠いだろうが、より憧れが現実的な物へと昇華できたのである。それを考えればここまで非難されるのはいかなものだろう。色々手配した立役者として許しても良いのではないでしょうか?
「それはそれ、これはこれです!」
ダメでした。やはり戸惑うルコを見て愉しんでいたのがバレたのが致命的だった模様。叱られ、感謝され、そして叱られるという良く分からない飴と鞭を味わいながらの帰路となった。
翌日、晴れやかな笑顔で出迎えてくれたマリト。
「その笑顔が憎たらしいな」
「笑顔で出迎えてそんなことを言われたのは初めてだよ。何か悪いことでもあったのかい?」
「ルコに散々どやされた。おかげで夢の中でも叱られたぞ」
「はっはっはっ、それは自業自得と言う他ないけどね。だけどそのおかげで良い娘に出会えた」
「全くだ、これでルコも園芸の仕事につくと言う夢に一歩近づけたと言うのに」
「うん? 君は彼女を妃候補で紹介したわけじゃなかったの?」
「え? ……あーうん、そういえばそういう形になってたな」
そういえばマリトに女性を紹介すると言うことはそういうことだった。こちとらマリトを喜ばせたルコの働きに恩返ししようと言うことで、マリトに良い立場に回してもらえるよう取り計らったつもりだったのだ。
「でもルコはこの城に勤めるメイドだぞ、流石に周りの声が許さないだろう?」
「構うもんか。候補に入れてはいけない者について言われた覚えはないからね」
「そりゃそうだろう。暗黙の了解と言う奴だしな。と言うよりだ。ルコを女性として気に入ったのか?」
気になる点としてはそこだ。趣味が合うからだけならば園芸や庭園を嗜む貴族の娘ならいないわけでもないだろうに。
「野心はあるが人を利用する気はない。夢を抱きその努力を怠らず現実的な生き方も忘れない。教養も礼儀作法も最低限以上にしっかりしている。趣味の話をどっぷりとしても引かれないどころか顔負けの知識を持っている。容姿も着飾れば十分に映えるし、活き活きと話す時の笑顔はとても眩しい。戸惑った顔は特にそそる。一体どこにケチを付けろと言うんだい?」
生まれを除けばマリトにとってプラスだらけでしたか、あの子は。――最後の場所が決め手じゃありませんように、そんな王様が居座る国は嫌だ。
「とは言え妃候補になったとなれば、ルコの方が重圧で逃げ出しそうな気がするぞ?」
「それはそうかもね。そこは俺が上手く口説き落とせば済む問題だろう?」
自信満々なマリト。どれだけ自信があるんだよ、お前は王様か、王様だった。
「ただ怒ると意外と怖いからな。あまり追い詰めてやるなよ」
「君じゃあるまいし、怒る余裕なんて与えないさ」
やだ、何このイケメンまじ王子、王様だった。ルコはこの後どのような少女マンガ的ストーリーを送るのだろうか、ちょっと気になるけど下手に突っつくのは危険だろう。
「とりあえずよろしくやってくれ、後は知らん」
「わかっているさ。しかし君に先を越されるとはね」
先を越されたのはこっちなんですがね?ああいや、取り決めの話か。
「別に強引な手段でこの国に繋ぎ止められるのが嫌で提案した取り決めであって、どちらが先に相応しい相手を用意するかの競争じゃなかったろ」
「俺の中では勝負と思っていたんだよ。くやしいなぁ」
「あのなぁ……そうだ、負けたんだったら一つ頼みごとを聞いて貰おうじゃないか」
「それはもちろん。別に勝ち負け関係なく君の頼みなら聞いてあげても良いんだけどね?」
親友の愛が重い。まあそれは後々ルコに流れるだろうから気にしない。
「イリアスを許してやってくれないか?」
「……」
うん、一気に表情が王様らしくなった。やはりこういった場でなければ取り付く島もなかったと判断したのは間違いなかった。
「君は良くラッツェル卿を許せるものだね。君の命よりも他者の命を優先し君を危険に晒したと言うのに」
「そもそも周囲の人間を守らせるように戦わせたのはこっちだ。捕まったのは第三者がいる可能性を忘れて孤立したこっちの責任だろう。ちゃんと責任は取ったつもりだぞ」
「それでラッツェル卿は大した活躍もなく終わったわけだけどね。そこは自覚しているのかい?」
いやまあ、イリアスもギリスタを倒したっちゃあ倒したんですけどね。あの三人で一番強かったのは誰かと言われれば恐らくエクドイクかパーシュロだ。エクドイクは相性の差が如実に出てラクラに完敗したものの、パーシュロは素の実力でイリアスに苦戦を強いたのだ。
最終的にはウルフェが決めたとは言え、イリアスがいなければパーシュロは倒せなかっただろう。
「イリアスが一番の功績を挙げなければ許されないと言うのならそうしていたさ。まあその時はこうして話せていた保障はないけどな」
「言うね。まあそうなっていたら今頃はラッツェル卿は騎士ですらなくなっていただろうけどさ」
君こそいうね、しれっと怖い話をしてくれる。こんな即死まっしぐらな紙キャラの護衛をさせて守れなければ人生破滅だなんて容赦ないにも程がある。
「だが躊躇無く人命を見捨てるような奴に護衛をして欲しくはないな。そんな奴を付けるくらいなら単身でガーネに行くぞ」
「仲間割れを引き起こした癖に甘いことを言うもんだね君は。もうちょっと芯をもったらどうだい?」
「芯ならあるさ、無難に生きたいって歪な芯がな」
この辺は世界が変わっても変わりない。平常時だろうが、正義に燃えようが、狂人の思想に染まろうが変えるつもりがない。むしろ今更変えちゃいけないことだ。
「……はぁ、わかったよ。ラッツェル卿の護衛は当面継続だ。ただしガーネに行く際にはもう一人護衛を用意するけど文句はないよね?」
「落し所としては十分だ。ちなみに誰を付ける予定なんだ?」
「それは当日までに考える。実力はさておき、君を守ることを第一に優先にできる者を用意するつもりだ」
許しはしても根には持つ模様。この辺はイリアスの今後に期待するとしましょ。
「ラッツェル卿、入れ!」
マリトの呼び声にしばらくしてからイリアスが執務室に入ってくる。消沈した表情こそないが緊張しているのは目に見えて分かる。
「話は聞こえていただろう。貴公に命じた護衛の任は継続だ。だが次はないと思え。故にその芯に抱く騎士道を賭けて臨め!」
「――はっ!」
「イリアスの人生を賭けられるとこっちへの重圧が辛いんだがな」
「そう思うなら君も細心の注意を払ってくれ。君が攫われたと聞いてどれだけ心配したと思っているんだい?」
「――悪かった」
マリトの真剣な目つきに圧され、素直に謝る。こういう時のプレッシャーは騎士や狂人の持つ風格や脅威とは別次元の何かを感じる。
マリトもまたこの世界に存在する化物の一人なのだとしみじみ実感する。普段からこんな圧を向けられている騎士達は大変だろうな。
「さて、早速だがガーネについての報告があった。結果は『異常なし』だ」
「そうか、だがさっきの話だとガーネに向かっても良いような言い方だったじゃないか」
ガーネに異常が見られればマリト公認でガーネに向かえると言う話だっただけに異常なしと言う結果は予想外だった。
「異常なしと言っても、そもそもガーネには異色なことが多い。異常がないと言うのはガーネの王が変わってからその治世に関して変化がないというだけの話だからね」
ガーネの王が変わったのは数年前、問題のない異常なしと言うわけではないわけか。あまり深く考えるとないないのゲシュタルト崩壊が起きそうだから止めておこう。
「結局最初から許可は出すつもりだったわけだな」
「そりゃあどっちの決定でも君はガーネに行っただろう?だったら鎖を繋げられる方を選ぶさ」
堂々と言いやがるなこいつ。まあ今更だから気にしないけどさ。
「それで、向こうへの交渉はもう始めているのか?」
「既にガーネ国王への交渉は済んだ。有望な人材にガーネの統治を学ばせたいと言う話で長期の滞在、大半の施設への入出許可を取ってある。奴さん軍事資料だって好きに見てくれて構わないだとさ」
「そりゃあ大歓迎だこと」
同格ならば軍事に関しての情報は秘匿するのが当然だ。それをどうぞ見に来てくださいということは露呈しても問題がなく、真似される心配もないということ。それほどまでに自国に対しての自信があるということだ。
しかし手が早いなマリト、最初から国王相手に交渉していたとは。
「そんなわけだから君にはラーハイトの件を追うついでにガーネの視察もお願いしよう。その方が演技にもならないから本筋を隠す理由にはなるだろう?」
「ついでのように言ってくれるな……そんなに治世に詳しいわけじゃないんだが」
「そこはほら、もう一人の護衛には頭の回る者を用意するから心配しなくて良いよ」
それは助かる。一般人に隣国の凄さを調査しろと言われても『すごかったです!』とか語彙力のないコメントしか残せないからな。イリアスなら軍事に詳しいかもしれないが……『倒せそうだ』くらいの脳筋コメントしか出ない気がする。
「ラーハイトの痕跡を追うことは止めない。だが深追いはしないように。力が必要ならばこちらは騎士団を出す用意だってある。こっちの力を頼ってくれよ友人」
「ああ、ラーハイトが目の前を歩いていたらイリアスに斬らせるが、それ以外は存分に頼らせてもらうぞ友人」
こうしてマリトの助けによってガーネへの調査の準備が整った。発端はたった一冊の本。その本を巡り闇に埋もれていた事実の多くが露呈した。
この先に控えている事実はそれらを凌駕することになるのだろう。関わりたくもない話だが、半端に触れたままで済めばこれ以上平穏を脅かされないわけでもない。
非常に不本意だが世界の平和のため、果ては心の安寧を満たせる幸せな生活のために頑張るとしよう。
------------------------------------
この場所がどこなのかを正しく知る者はこの場にはいない。嘗て『全能』の力を持った『黒の魔王』が生み出した特異な空間。そこには巨大な円卓が添えられている。椅子は無く、八色の水晶が等間隔に並べられている。
その中で輝く色は金色、蒼色、碧色、紫色、無色、そして緋色。黒色と白色の水晶だけはその輝きを失ってくすんでいる。
「件の本はメジスに再び封印されることになった。報告は以上だ」
緋色の水晶から重々しい声が響く。それはラーハイトと通じていた『緋の魔王』の声。
「結局本を奪うことはできなかったのね……、私のことが書かれている本なのに……嗚呼、恥ずかしい……死にたい……」
氷のように透き通り、今にも消え入りそうな声が蒼色の水晶から響く。
「あの小僧、確かラーハイトとか言うたかの。『緋』がさっさと魔族にしてやらんから、本当『緋』は人使いがなっておらんの」
愉快そうにからかいの声を響かせるのは金の水晶。
「『金』ったら、そんなことを言ったらダメでしょう? 魔族は自分の後継者と成るべき存在なのよ? 慎重過ぎて、焦らして我慢ができなくなるまで勿体ぶって、それくらいでも過ぎないのよ?」
妖艶な声を響かせるのは紫の水晶。無色と碧の水晶は輝きこそすれど沈黙を保っている。
「ラーハイトの失態についてはどうでも良い。成果なきは恩賞もなしで済む話だ。望みが続くならばいずれ功績を持ち寄るであろう。だが少々興味深い報告を聞いた」
「ふむ、なんじゃ?」
「かの本を解読できる者が現れたと連絡がきた。その者はユグラと同じ星の民であるともな」
しばしの沈黙、顔のない円卓だがそこに渦巻く感情は様々だ。そこに第三者がいれば混沌とした気配に気が狂いそうになっていただろう。
「それって……私の全てが……嗚呼、死にたい……」
「確かに乙女の秘密を読むのは失礼よね?」
「ユグラが妾達のことをどこまで赤裸々に記したのかは知らんが、妾達が討ち滅ぼされても蘇ると知られた日には大事よな」
「ユグラは細かい性格だったからね? 書いてあるかもしれないわね?」
「仮にそうだとして、現在そのことを知っているのはターイズとメジスの者だけだ。奴らが動くようならばこちらも動けば良いだけのこと。いまさら体が鈍って動けないと言い訳をする弱者はこの中にはおるまい?」
「妾は肉体労働は苦手なんじゃがの……『闘争の緋』は構わんくても妾は戦線に立ちとうないぞ」
「『金』はひときわ弱いものねぇ?ユグラにも一撃だったかしらぁ?」
「うむ、あっけなさなら『全能の黒』に続く自信があるの」
「下らん自虐は止せ、『統治の黄』」
「『金』じゃっ!『黄』は止めよと言うておろうがっ!まったく、ユグラも妾の好みを分かっておらんからにっ!」
「それで話は終わりか『緋』」
碧の水晶より凛とした声が響く。その声で周囲の喧騒は一瞬で静まり返る。
「なんじゃ、起きておったのか『碧』」
「うたた寝の中を貴様らの騒音で不快にさせられれば口も開く。それ以上報告がないのならばさっさと終わらせろ、それとも終わらせて欲しいか」
「……話は以上だ」
緋の水晶の輝きが消えた。それに続いて蒼、紫も消える。
「恐ろしいの。魔王共を一喝できるのは『黒』か『碧』くらいなものよな」
「……」
「なんじゃ『碧』、お前さんが最後まで残る必要はないじゃろ。最後の番は『黒』に続く妾に任せて快眠の続きを貪れば良かろう?」
その言葉をどう受け取ったのか、碧の水晶の輝きも消えた。
「怖い怖い。何を言うても『碧』は不快に感じてしまうからの。これでは取り繕うこともできんわ」
静寂が訪れる。既に言葉を発した水晶は『金』だけだ。
「のう色無し、お前さんも偶には口を開いても良いのじゃぞ?」
『金』は未だに輝いている無色の水晶に語りかける。しかし無色の水晶は何を言うまでもなく、静かにその輝きを消した。
「ぬう……妾、嫌われるようなことを言ったか? どの魔王も気難しいのは変わらんの。しかしユグラの星の民か、実に興味深い。ターイズにおると聞いたが……此処ガーネを訪ねて来てはくれんかのう? んっふっふっ」
愉快そうな笑い声を残し金の水晶も輝きを失った。その空間を照らす光は何もなくなる。黒い闇の中に円卓は包まれ、ただ静寂だけが残った。
地球からやってきた異世界人が魔王たちの存在を露呈する最中、彼の存在もまた魔王達にその存在を露呈されているのであった。
第二章終了です。
第三章はターイズの隣国、ガーネが舞台となります。




