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とりあえずひでぇや。

 人の歩く速度は時速四キロメートル。走る速度は十二キロメートル程とされる。

 山を下り、森を歩き、道を見つけてからイリアスさんとこまで歩いて四~五時間程かかった記憶がある。

 つまりは茶目っ気で印をつけた場所から、十六~二十キロメートルを移動したというわけだ。

 夕暮れに城を出発し、その場所に到着した時間は一時間。

 うーん、人間って時速二十キロで走れるんだなぁ。

 騎士達は全身に鎧を纏い、各々が武器を携えている。

 剣、戦斧、槌、槍、どれも重量感溢れるものばかりだ。なんだこいつら。

 この世界の住人の平均スペックが非常に気になります。

 しかもイリアスさんは肩に成人男性を担いでいるんだ。

 あ、袋からは出してもらえました。


「日が沈みきる前にこれて良かった。確かこのあたりに……あった」


 夜になれば視界も変わる。内心見つけられるかとひやひやしていたが、やや特徴的な木だった為迷うことなく見つけることができた。


「こっちの方角だけど、この人数でまっすぐ上ると山賊に鉢合わせないかな? 頻繁に通っている感じだったけども」

「それもそうだな、逃げられては厄介だ」


 ふむ、と考察顔のイリアスさん。こういうときは凛々しい騎士に見えます。


「どうしよう」


 額に汗を流しながらまじめな顔で問いかけてくる。脳筋っぽい。


「どうするかのう」


 お爺ちゃん騎士達も思案顔。助け舟を出さざるを得まい。


「まずは少し離れた位置から上って川を目指そう。目的地よりやや横にそれた方向にある。そこで洞窟への道を見つけたから、そちらから行こう」


 川の形状も多少は覚えている。山賊たちも時折利用している川のようで、人が通った形跡の道はしっかりとあった。

 そういえば川を辿れば人の住む場所に着くと思っていたんだけども、川は結局途中で横にそれたのか湖という終着点があったのか、合流することは無かったな。


「なるほど。それなら探知魔法にもかかり難いな」


 何か聞きなれないワードが出てきた。え、なに山賊ってそんなの使えるん? 魔法騎士ならぬ魔法山賊なん?

 そして全員が悩んでいたことに合点がいった。

 こちらとしては潜みながら山賊に気づかれないよう進むのが難しいと言う考えだったのだが、彼らとしては周囲を探知できる相手の目をどうやって避けるかを考えていたわけだ。

 物音を立てても、隠れられれば良いという問題ではない。気になれば探知魔法を使い周囲を確認する。

 潜入ミッションのゲームでエネミーには視界が九十度程用意されているが、今からどうにかしようとしている山賊は全方位にアンテナがあり、障害物も透かして見てくると言うわけだ。

 それってかなり難易度高くない?


「探知魔法ってのがあるなら洞窟周囲で気づかれないか?」

「定期的に使用していれば間違いなく気づかれるだろう。だが使用されればこちらも気づける。道中ならば分断して逃げられるかもしれないが、巣にいるのならば宝を持ち出さねばならないし退路も狭い。一気に全滅させればいい」


 すごい自信だ。彼女らは脳筋気味に感じるが、そもそもそれで十分な場合が多いのだろう。

 実際時速二十キロでの行軍だったが、短距離走ならもっと速いに違いない。

 確かに道中で運悪く遭遇し、何らかの手段で情報伝達された場合、その場にいる者は捕らえられても遠くにいる仲間には逃げられる可能性がある。

 だが追い込んだ状態でなら、一気に殲滅する実力があるのだと言う。


「よし、行くぞ」


 イリアスさん達は人の手の入っていない森へと進んでいく。森を進み、山に入る。

 その速度にも驚かされた。

 下山するときは必死に蜘蛛の巣を払い、周囲の草木に体が引っかからないよう悪戦苦闘しながら進んでいたと言うのに、彼らはまるで物ともせず、そこに道があるかのように進んでいく。

 そして山を登るのに、人一人を息も切らさずに担いでいるこの女性をなんとも言えない表情で見つめるのであった。


「川があったぞ」


 日は既に沈みきった。月明かりが木々の隙間から照らす光だけが頼りとなっている。

 だが彼らは松明を使用することなく進んでいる。

 今降ろされて歩いたら、後ろをついていっても転倒する自信がある。

 暗視魔法とかあるんだろうか、と言うくらいにはスムーズに進んでおられる。


「もうちょっと上ってもらえないか。以前見た場所より広く感じる」


 川をしばらく上り始めると記憶に見た川の細さに似てきた。

 後は川側を観察しながら以前見つけた場所を見つけるだけなのだが、こう暗いと探すのも一苦労だ。


「この辺だと思うんだけどな……ん?」


 ようやく降ろしてもらい足元を注意深く観察しながら進んでいると何かを蹴飛ばした。

 嫌な感触にビクッと反応しながらもその蹴飛ばしたものを見る。


「――ッ!?」


 息が止まるかと思った。そこには人の腕らしきものが転がっていたのだ。

 山賊達を見た時の記憶が脳裏に過ぎる。

 そう、洞窟にいた山賊の一人が人の腕を持っていた。

 あの時みた腕には煌びやかな装飾品がつけられていたが今転がっている腕にはそれが無い。

 恐らくはこの川で取り外され、邪魔な腕だけを棄てて行ったのだろう。


「これは……恐らく襲われた商人の腕だな」

「惨いのう。どれ、持ち帰ってやるかの。獣の餌にするには哀れすぎるからの」


 一人の騎士が軽く祈りを済ませたあと腕を拾い、川で泥を洗い流し所持していた袋に丁寧に入れた。

 周りの騎士達の表情が厳しいものへと変わっていた。

 腕のあった周囲に道はあった。

 この先に洞窟がある。

 無言で道を指すと騎士達は武器を構え、静かに歩み始めた。


◇ 


 山の中にある洞窟、そこには山賊の一派が拠点を構えていた。

 洞窟の入り口には見張りが一人、退屈そうに立っている。

 こんな山奥で見張りをする意味は、野生の獣がこの場所を嗅ぎ付けやってくる場合のみだ。

 だが彼らにとってこの山に住む獣は、皆取るに足らない存在だ。

 四メートルを超える熊であろうと奇襲さえ受けなければ対処できる。

 さすがに山奥のさらに奥にある『黒魔王殺しの山』に行こうという命知らずはいないが。


「くあぁぁ……うん? 交代か?」


 欠伸をしていると別の山賊が中から出てくる。


「ちげーよ、ションベンだよ。交代にはまだはえーよ」

「頼むから俺の視界内でしてくれるなよ」

「へいへい」


 そういって仲間が一人近くの木陰に入っていく。

 見張りは溜息をつきつつ懐から葉巻を取り出す。

 以前商人が持っていたものを奪ったものだ。

 指を鳴らし指先に炎を発生させ着火させる。


「あーたまにはグラマラスな女でも貪りてぇなぁ、デブの商人ばっかじゃ殺してもたのしかねぇや」


 月を見ながら煙を吐く。そして半分ほどすったところで床に落とし踏みつける。


「おせーな、クソもしてんのか」


 仲間が消えていった方向を眺め、文句を呟く。

 だがその時見張りは妙な感覚を覚えた。

 闇夜の中、草木の奥。

 何かがこちらを見ているような。


「……」


 見張りは探知魔法を使用する。

 疑わしきは徹底的に探れ、それが鉄則。

 探知魔法を使用すると、周囲五十メートルにある魔力を知覚することができる。

 それが人ならば人の形を象り、居場所を特定することができるのだ。

 そしてその人物が持つ魔力量でおおよその力量も測れる。

 ただしそれが魔力をさほど持たない獣ならば、僅かなもやが宙に見える程度である。

 どうせ奥にいる仲間がズボンを下げて出すものを出しているシルエットしか浮かばないんだろうが、と見張りは思う。


「……へ?」


 いくつもの色濃い魔力を象った人型がこの入り口を包囲していることに気づいた時には、投擲された槍によって頭を吹き飛ばされていた。 


 洞窟内にいた山賊達に緊張が走った。

 見張りが探知魔法を使用した。

 これだけならばまだ良い。何かの気配を感じたら即座に探知魔法で周囲を探知するのが仲間内でのセオリーだからだ。

 だがその探知魔法が突如消えた。使用されて十秒もすれば自然に消えるものが、使用されて数秒も無いうちに強制的に打ち消されたのだ。

 考えうるのは二つ、一つは魔封石による解除。

 そしてもう一つは術者の死亡。

 仲間内で使用している探知魔法を妨害する行為は考えられない。

 つまりどちらが理由だとしても、


「敵襲だ!」


 寝ていた山賊達も飛び起き、各々が武器を手に取った。



 戦いの幕は上がった。用を足しに茂みに入った山賊一名を騎士の一人が背後から首を絞め、速やかに処理。

 そして各々が入り口周囲を固めていたところ、突如一人が槍を投げ見張りを殺害した。


「探知魔法を使用された。声を上げる術者は始末したが、奴さんらもすぐ気づくぞ!」


 槍を投げた騎士が声を上げる。

 それに合わせて他の騎士達が飛び出し、洞窟へと突入していった。

 その速度たるや豹が駆け抜けるが如く。

 間もなくして洞窟内で叫び声が上がり始める。

 どう聞いても騎士達の声ではない。


「私達も行くぞ。あまり離れるなよ」

「お、おう」


 イリアスさんと共に殿として洞窟内に入る。

 先に仲間が突入し激戦を繰り広げていると言うのに急ぐ様子は無い。

 洞窟内は最初数名が並んで通れるか程度の通路であったが、すぐに大きな空洞へとたどり着いた。

 周囲には至る場所に松明が設置されており、内部は比較的明るい。

 それゆえに中の光景がはっきりと見えてしまった。


「うお……」


 そこでは騎士達と山賊達が戦いを繰り広げていた。

 いや、戦いと言うにしては一方的過ぎた。

 山賊達の動きは野生の動物よりも速い。そして数がこちらの三倍はある。連携も行っているようで一人の騎士に対し一対一で戦うことはなく、タイミングを計って襲撃している。

 だと言うのに、騎士達は強すぎた。

 前後から迫る斧を槍の一振りで山賊の腕ごと吹き飛ばす。

 盾を掲げ、攻撃を受けようとしていた山賊を盾ごと槌で叩き潰す。

 雄々しく振り回される戦斧の一撃は、届かぬ位置にいた山賊を風圧で壁に叩き付けた。

 山賊達が正面からやりあわないわけだ……一人でも騎士が相手なら挑もうと言う気すら無くなる。

 スプラッターな虐殺シーンを見せられつつ、吐き気がこみ上げる。

 だが耐えることができた。

 騎士達の戦う姿はどれもが心を打たれるほど見事だったのだ。

 恐怖よりも憧憬の念が勝っていた。


「無力化して生きている者にトドメは刺すな。だが逃げる気力がある奴には容赦するな!」

『応ッ!』


 イリアスの号令にピタリと合わせて騎士達が声を上げる。

 山賊達は最初こそ必死の形相で反撃していたが、既に勝敗は決していた。

 決して癒えぬであろう深手を負いうずくまる者、既に物言わぬ肉片にされた者。

 戦う意思を未だに持ち続ける山賊はもう――


「騒がしいな」


 洞窟が揺れ騎士達の動きが止まる。

 洞窟の奥にはさらにいくつかの空洞が見られたが、その一つから筋骨隆々の男が現れた。

 でかい、いや、でかすぎる。

 一瞬距離感が狂ったのかとさえ思うほどその男は巨大だった。

 なにせ以前であった巨大熊よりでかい。五メートルはあるんじゃないのか、あれ。

 片腕には成人男性よりも巨大な岩を、幾重もの鎖で結びつけた石槌を握っている。


「か……かしら……」

「んだよ、騎士共が俺の寝床を荒らしやがって……」


 アレが山賊の親玉。イメージとしては一際力持ちっぽいものが浮かぶのだがあれは種族が違いません? 巨人族っているの?

 騎士達が下がる。流石にこの男の異質さには警戒せざるをえないのだろってあれぇっ!?

 イリアスさんがすたすたと山賊の頭の方へ進んでいっている。


「貴様が山賊の頭か。報告には無かったがその木偶っぷりでは確かにおちおち下山もできんな」

「あん?」


 男が豪腕を振るい石槌を振り下ろす。

 万事休す。いやイリアスさんだって騎士だ! ヒラッと避けて――

 洞窟内に激震が走る。

 同時に唖然とする。

 こともあろうかイリアスさん、片手で石槌を掴んでます。


「どうした、その巨体は飾りか」

「この――」


 亀裂が走る音、そして爆音と共に石槌が砕け散る。

 握り壊したよ、あのゴリラ。

 流石の怪力に山賊の頭も驚き顔。


「その図体では連行するのも手間だ。これまでの罪を今ここで清算しろ」


 イリアスさんが剣を取る。

 あれ、鞘が付けっぱなしじゃないですかね。

 と疑問に思った次の瞬間、巨体が弾けた。


「お……が……」


 胸から上を残し、腰から下を残し、まあ要するに腹部が吹き飛んだ事により山賊の頭の体は重力に従って地面へと倒れこんだ。

 同時に騎士達から歓喜の声が上がる。


「探知魔法で逃亡者がいないか確認を怠るな。生存者は捕らえろ」


 何事も無かったかのようにイリアスさんはこちらに戻ってきた。


「どうやら無事に終わりそうだ」

「こっちは心にトラウマができそうだ」

「む、騎士の活躍だぞ? そこは感動してもらいたい所なのだが」


 やや不満げな顔で抗議してくるイリアスさん。


「最後なんで剣を抜かなかったんだ?」

「……あの程度の輩の血でこの刃を汚したくはなかったからな」

「そうか。抜こうとして鞘が引っかかって抜けなかったから、そのまま殴った気がしたんだけど気のせいか」

「……」

「……」 

「……あの程度の――」

「わかった、わかったから剣を持ち上げるな」


 逃亡した山賊はいなかった。

 頭を含め三十四名の山賊のうち捕縛したのは七名、他は全て死亡。

 奪われた金品も無事奪還。

 こうして山賊退治は無事終了し、下山を行うのであった。

 無論一般人は担がれたままだ。行きよりもその怪力を怖がっていたのは言うまでもない。


◇ 


 ターイズ領にある森の奥、そこに山賊の拠点があった。

 伐採され開けた場所に簡易テントがいくつも並ぶ中、目立つのは中央にある一際大きなテント。

 そのテントの中、最も豪華な椅子に座った隻腕の男が部下の話を聞いていた。


「ギドウの一味がやられただ?」

「へい、斥候が様子を見に行った時には中は死体だけで、ギドウの死体も転がってたそうで」

「宝は?」

「残念ながら、どうもターイズの騎士共が襲撃した後回収していったようで」

「あの場所はかなりの山奥だ。場所が分かってなきゃ見つけるのに数ヶ月は掛かる。それまで騎士共がばれない様に捜索していたって可能性は薄いな」

「後を付けられたんですかね?」

「いや、ギドウは馬鹿だが部下には俺が教えた方法を徹底させていた。尾行対策は十分の筈だ」


 この隻腕の男、名をドコラという。

 以前は隣国ガーネで有名な盗賊だったが、新王に代わって以来異常に国力を増したガーネに危機感を覚えターイズへと生業の場を移す。

 そして同じような環境でガーネ領土から逃げだした山賊の一味を束ね、『山賊同盟』を結成した人物である。

 平野が多く逃げ隠れの難しかったガーネと違い、人の開拓の手が入っていない山森が多いターイズは彼らにとって格好の餌場であった。 

 ドコラはある国の暗部として生きていたが、知ってはいけない事を知り命を狙われた。

 その際片腕を失い、暗殺業に限界を感じ盗賊へと生き方を変えた。

 これらの経験からドコラには追跡術を含め、様々な隠密技能のノウハウがある。 

 その一部を山賊達に共有させることで同盟一味の拿捕の確率低下、情報交換による略奪行為の効果上昇などターイズの騎士達が手をこまねく原因を作ったのだ。


「なんだがなぁ、奴らどういう手を使ったのやら」


 魔力を持たない子供が偶然山に迷い込んで洞窟を見つけた? どんな確率だ。


「他の一味にはしばらく派手な行動を控えるように通達しろ。こちら側で相手の動きを探りつつ様子を見る」

「へい、それと気になるのがギドウのところの死体を数えたらどうも捕まった奴らもいるみたいでして……伝達役もその中に……」

「拷問され、こっちの情報を吐かないか心配ってか? そいつは大丈夫だ。あいつらだって馬鹿じゃねえ。騎士達の拷問よりも、俺らの報復の方が何倍も恐ろしいって事は熟知している。情報を吐いて残りの人生を俺らの恐怖から逃げ続けるより、拷問で死ぬことを選ぶだろうよ」


 ドコラは各一味全員に裏切り者の末路を実演で見せている。

 それはドコラが暗部として活躍していた拷問術などを駆使したものだ。

 綺麗で真っ直ぐな騎士様の拷問なんて、早く殺してくれるだけのサービスに過ぎないと言うことを理解させている。


「魔封石の仕入れを増やしておけ。仕掛けを増やしておく」

「へいっ」

「さて、ターイズのお手並み拝見と行こうか」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 剣を抜くのに手間取るのがカッコ悪いと思ったんだろうな
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