さしあたってたくらみます。
自分の意気消沈ぶりを自覚し、我ながら騎士らしからぬ女々しさだと気が重くなる一方だ。
初めての護衛任務、自分の実力ならばどんな不逞の輩が相手でも後れを取ることはないと自負していた。事実単純な戦闘力ならばギリスタやエクドイク、そしてパーシュロにだって勝機は十分にあったのだ。
しかし結果はどうだ、護衛対象の彼を守ることができなかった。ギリスタとの一騎打ちにこそ勝利したが、パーシュロには苦戦を強いられ、彼の入れ知恵を活かしたウルフェが勝負を決めた。
そして再び彼の命が危険に晒された時にも私は何もできないまま、彼自身が事を終わらせてしまった。彼は無事だと思っていたがそんなことは無かった。彼は状況を打破するためにパーシュロ達の思想に足を踏み入れてしまっていたのだ。
ドコラと語っていた時のそれとは深さが違う。まるで人すら変わってしまったかのように思えた。もしも彼との邂逅の時にあの姿だったならば、私は決して彼を国には迎え入れなかったと断言できる。
死の間際にいたパーシュロに語りかけていた彼の顔を見て、手遅れだと思ってしまった程だ。だが彼は自力で戻ってこれた。私と目を合わせているうちにその濁りは元の輝きに戻っていたのだ。
きっと私の在り方を目印に深い闇の思想から還ってきたのだろう。だがそれは私がいなければ戻ってこれないほど、深く沈み込んでいたと言うことだ。
周囲には自分を容赦なく殺せる狂人達、そんな相手に捕らわれた彼は手段を選ばずにできることをやってのけたのだろう。しかし私は彼の守護と言う騎士としての勤めも、彼の歩む道を踏み外させないと言う個人的な決意すらも果たせなかった。
そして彼の口から考えないでいた事実も再認識された。あの時の陛下の怒りは本物だった。武力では遥かに先を行く私でさえ竦む程の怒りを向けられたのだ。彼がガーネに行く時、陛下が私を再び護衛の任に付けてくれる保障はない。今はこうして暫定的に続けていられるものの、そう長くは続かないだろう。そうこう悩んでいるうちに食事を済ませ、今に至る。彼は誰かと話していた気がするが誰だったか……。
「――帰るか」
「あ、ああ……」
私の落ち込みように彼のやる気も削いでしまったようだ。ますます申し訳なさが積もっていく。城の出口へと進んでいくと見知った顔と出合う。
「おや、そこにいるのはラッツェル卿ではないか」
「……レアノー卿」
最も多くの騎士を率いるレアノー隊、その騎士団長であるレアノー卿。私の立場を良く思わない人物の筆頭だ。
「そして傍に居るのは――なんだ君か!」
突如レアノー卿の表情が変わった。私に対する嫌みったらしい顔はどこへ行ったのか、まるで親友にでも出会ったかのような顔をしている。
「お久しぶりですねレアノー卿。城で会うのは初めてですね」
「まったくだ。いつでも顔を見せに来ると良いと言っているのに、一度も顔を見せずにつれぬ男だ」
「いやぁ、城に来る以上は陛下が優先ですからね」
「そういわれれば返す言葉もないがな。行くところがなければ私のところで重宝してやろうと思っていた矢先に、陛下の懐に居座るとはつくづく油断のない男だ。だが私の見込みに間違いはなかったようだがな」
レアノー卿は笑いながら彼と話している。この意外な展開についていくことができない。彼とレアノー卿が最初に出会ったのは兵舎で、山賊討伐の会議を開いた時だ。あの時レアノー卿は彼に対し、見下すような視線や口調でいたと言うのに……。
「なんだラッツェル卿、その気の抜けた顔は。聞いたぞ、彼の護衛を陛下から任されていながら、みすみすと不逞の輩に攫われたらしいな」
「……っ!」
ああ、流石に知られていないわけがない。ギリスタ達はあれだけ人目に付く場所で暴れたのだ。その話は他の騎士団にも伝わっているだろう。
私のことを嫌悪している彼らがそんな話を素通りしてくれる筈もないか。
「くだらん。失敗したことが事実であれど、貴公は彼を無事に救出したではないか。汚名をそそいでおきながら何様のつもりだ。もう完璧な騎士にでもなったつもりか」
「……え」
「貴公が国民を庇い戦った話などとっくに聞いている。よもや貴公は彼らが死ぬべきだったとでも後悔しているわけではあるまいな?」
「そ、そんなことは!」
「ならば胸を張れ。民を守ると言う騎士道を貫きながらも失敗を取り戻せたのだ。貴公の立場でそれ以上を求めようなど、おこがましいにも程がある!」
これは……私を激励しているのか、あのレアノー卿が? だがどうみても侮辱されているようには聞こえない。むしろ若輩に指導している騎士そのものではないか。
「まったく、こんなしみったれた護衛がいては君を夕食に誘い辛いではないか。ではまた今度機会を設けてじっくりと話をするとしよう。ではな」
レアノー卿は最後に彼に笑いかけながらその場を去って行った。彼はその様子を見て、軽く溜息を吐いて私へと向き直る。
「意外だったか?」
「あ、ああ。君がレアノー卿と親しくなっていたことも、今の言葉も……」
「別に不思議じゃないんだがな。レアノー卿は元からああいう人間だぞ」
「いやしかし、君だってあの時のことは覚えているだろう?」
彼が覚えていないはずがない。私が他の騎士団から軽んじられている話を聞いて、彼がその対策を練ったのだから。
「そりゃあな。レアノー卿がイリアスのことを良く思ってないことは事実だ」
「では何故――いや、君がレアノー卿と親しいことに関しては私が聞く立場ではないのだが……」
「イリアス、確かにイリアスが他の騎士団の騎士達から疎まれていることは確かな事実だ。だがな、全員が全員同じ理由でお前を疎んでいると思っているのか?」
「……どういうことだ?」
私を疎む理由、それは私が女だからと言うわけではないのか?いや、それは間違いない筈だ。事実彼らの口にする言葉は『女の癖に』と決まっているのだ。彼は頭を掻きながら話を続ける。
「レアノー卿がお前を疎んでいる理由、それは女性が格式高いラグドー隊にいることだ」
「……私が女だからと言うことではないか」
「イリアスでなくともレアノー卿は同じように接すると言っているんだ。レアノー卿にとってラグドー隊は自分が騎士を目指した時から存在する理想の騎士団だった。古来から続いている騎士団を尊敬していたレアノー卿は悪く言えば古い考えに囚われた人間だ」
「……そうなのか」
そんなことを知っているのは間違いなくレアノー卿本人だ。彼はそんなことを聞きだしていたのだろうか。
「レアノー卿の心にあるのは男尊女卑の念ではなく適材適所、由緒正しきあるべき姿を重宝したいと言う意思だ。そこに新参で女性のイリアスが姿を現したから煙たがっているだけに過ぎない。あの場でもイリアスが他の騎士団長達を差し置いて全員を束ねようとしていたからこそ、その立場を奪おうとしていたんだ『女性が由緒正しき騎士団を集め指揮しようなどおこがましい!』とでも言いたげにな」
「しかし、それは他の者達も同じではないのか?」
「フォウル卿は私情だ。お前フォウル卿の部下の前で彼を打ち負かしたそうだな?」
そういえばそんなこともあっただろうか。軽く相手をしてやるとか言われ挑まれたことがあった。私はいつも通りに全力で挑んだのだが……確か私が一本取ったはずだ。
「新人を揉んでやろうと思った矢先に部下の前で恥をかかされたんだ。男女以前に恨みをもたれるのは当然だろう」
「いやしかし正式な勝負である以上手加減は……」
「イリアスにそういう空気の読み方ができるとは思っていない。だが起きた結果くらいは理解してやれ。男ってのは拘りの強い生き物なんだ」
「む、むう」
「他にも色々あるぞ、愛剣をお前との決闘でへし折られた者。溺愛する妹に尊敬する騎士は兄ではなくラッツェル卿だと言われた者。名前を間違えて呼ばれたことでその仇名が定着してしまった者。別にラッツェル卿とは因縁はないがラッセル卿と因縁があってついでに恨んでいる者――」
彼はつらつらと理由を挙げていく。そんなに様々な理由で私は嫌われていたと言うのか? 色々な意味でショックだ、と言うより私と関係のないことが混ざっていないか?
「イリアスのそれはウルフェのような統一迫害とは違う。相手を嫌う理由にも様々あるんだ。最も数が多い『女だから』と言う理由が建前となっているが、そこに固執している者ばかりじゃないのさ。その数が増えすぎたからイリアスの目にはどれも同じ風に見えるようになっていたわけだ」
「しかしそれだけのことをいつの間に……」
「式典の日、イリアスが出番の際に舌打ちしていた奴がいてな。そいつの素性を調べているついでに色々調べ上げた」
「あの日から……?」
「なぁに、舌打ちしていた貴族に関しては追々後悔させておいたからイリアスは知らないことにしておけ」
陰でそんなことを……まあ彼とて常識の範疇でやっていると信じよう。
「嫌なことは怒りに変えて力にしろだと言いながら、君は手を出していたのか……仕方のない奴だな」
「イリアスが怒りに任せて手を出したら拗れるだけだろう。だがこちとら友人をコケにされたんだ。手を出しても良いだろう?」
彼は意地悪そうな笑顔を作る。本当に仕方のない奴だ。だが私を友人と見ていてくれたこと、私のために動いていたことを知れたのは……悪くない。
「しかし……私はそんなに多くの理由で嫌われていたのか……」
「そりゃあ幼少期から友人も作らずに鍛錬ばかり、人間関係の構築の仕方もろくに学ばず周囲には目もくれない。そのくせ実力が高く他の者達のお株を奪ったりこれでもかと目を引けばな」
聞く耳が痛い。言われて見れば彼らとて最初から私を毛嫌いしていたわけではなかったのだ。だが私は他人との関係よりも自分を磨くことだけに専念して生きてきた。ただ良き騎士を目指そうと……いや、人を見ないで好き勝手にやっていれば嫌われるのも当然だろうな。良き騎士を目指す前に人として当たり前のことが欠けていたのか私は。
「幼少期で親を亡くし、心の余裕もないまま自分を磨き続けたんだ。今さらそこを責める必要はないさ。ただ今はもう違う。友人だってできただろう? 焦らず色々学んでいけば良いさ」
「――そうだな、君と言う友人ができたのだ。もっと他人にも目を向けても良いのかもしれないな」
「……あーいや、サイラのことだったんだけどな」
「……君とて私のことを友人と言っていたではないか!」
「そうだったか?」
「言ったぞ! 私と友人であることに不都合や恥ずかしいことでもあるのか!?」
「面と向かって言われるのは恥ずかしいだろ常識的に考えて」
私は確かに失敗していた。だがそれで全てが終わりと言うわけではないのだ。くよくよしていてはそれを取り戻すどころか更なる失敗に繋がりかねない。完全に切り替えるのは難しくても前を向かねば進めないのだ。
「まったく……ともかく礼を言わせてくれ、ありが――むぐ」
手で口を塞がれる。いやそうされると喋れないのだが。
「礼なんていらん。世話になっているのはこっちでその恩返し中なんだ。その恩も返しきっているわけじゃない。どうしても礼を言いたければそれを返し終わってからにしてくれ。何か世話を焼く度に礼を言われてちゃ返しきれないだろうが」
「……君は随分細かいことを気にしているのだな。別に言われたからと減るものではあるまいに」
「減るんだよ。礼を言うのだって立派な恩の返し方なんだからな」
「――本当に、男とは拘りの強い生き物なのだな」
彼がそうしてくれと言うのならばそうするか。この感謝の気持ちは彼が満足した時に取っておくとしよう。……だがその時には礼の一つで済む話になるのだろうか、現状でもこちらの方が尽くされていないか? だ、大丈夫なのか?
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レアノー卿の登場によりイリアスの気分が幾らか晴れたことは良い。しかし他の騎士団との交流を深めていたことを気付かれたのは焦った。イリアスの人格を疑うわけではないが、やはり当人を好ましく思わず嫌がらせをしている相手と仲良くしていると思われるのは気まずいものがある。
イリアスの場合何でもかんでも一緒くたにするのだ。イリアスへの友情とレアノー卿への友情を同じに見られては困る。そもそも狭く深くの交友関係が好きな身としては広い交友関係を作ると言うのは案外苦労が多いのだ。それに顔が広くなると色々面倒も舞い込んでくる。今のように。
「貴方が陛下と頻繁にお会いになっている尚書候補ですね?」
「ええまあ、そうですね」
目の前にいるのはターイズ国に居を構える貴族の娘。名前は――今後出会うことになれば覚えるとしよう。貴族の屋敷に呼び出され、何用かと言われれば――
「用件とは、私と陛下が結ばれるように取り計らって欲しいのです」
とまあそんな私欲にまみれた用件です。騎士達との交流を広めるためにマリトとの仲の良さを利用している本人が言えた義理ではないのですがね。
「陛下はとても奥手な方。食事会には顔を出しても、今までどの女性とも個別に会おうとしておりませんの」
それは単に興味のある女性がいなかっただけだと聞いております。
「私は名家の出、教養も気品も陛下に相応しくなるよう磨き上げてきました。そう、私こそが陛下の妃になるべきなのです!」
その自信を部屋の外で待機させられているイリアスに一割でもわけて欲しいですね。あとラクラに半分ほど、そうすればお互い丁度良くお淑やかな女性になれると思います。
「陛下に気に入られ、日々会話できる貴方ならば私と陛下が二人きりになれるように計らえる筈です」
「それはできるとは思いますが」
「では頼みましたよ、なるべく急ぎでお願いしますわ」
こちらの都合なんざこれっぽっちも聞いちゃいない。
「受けるとは言っていませんが」
「いいえ、貴方には断れません。貴方は庶民の友人に衣服の仕立てを学んでいる者がおりますわね?」
「ええ、まあ」
「その者が最近私の家の息が掛かった仕立て屋で修行していることはご存知?」
「それは初耳ですね」
「貴方は友人の未来を潰したいのかしら?」
自信満々なお嬢さん。こりゃまたストレートな脅迫だこと。技術を要する高級な服を作る店ならば貴族との関係が深くても不思議ではない。
仮にサイラが今の場所を追い出されてもバンさんに頼れば新たな修行場を提供することはできる。だがサイラは今の場所を良い場所だと言っていた。上の都合で掻きまわされるのは迷惑だろう。それにサイラに辛い思いをさせたくはない。
見た目こそ自負するだけあって綺麗なのだが、選民思想を拗らせた者の末路とは悲しいものだ。まずマリトとこちらの仲を履き違えているところからしてダメ過ぎる。庶民と王様が友人関係になっているなんて微塵にも考えていないのだろう。この辺を指摘するだけでも効果はありそうなのだが……下手に刺激をしても面倒だ。
「仕方ありませんね。では今日の夕食を陛下と二人でできるように取り計らいましょう」
そういう手合いにはそういう手を使わせてもらおう。マリトには悪いが件の取り決めを利用させてもらおう。
その日の夜、早速呼び出された。貴族のお嬢様はあまり良い顔をしていない。そりゃそうだろうよ。いきなり食事の席を設けられたマリトが好みでもない女性と仲良くできるわけもない。王様相手に強気に出れるわけもなく、何の策略もないお見合いデートなど失敗して当然だ。
「その様子だと芳しい結果ではなかったようですね」
「いいえ、まだ最初なのだから陛下がそつないのも当然のことです! 貴方にはまだまだ動いてもらいますわ!」
「――残念ですがそれはできせん」
「なんですって?」
「お嬢さんはどうして一庶民であるこちらが、陛下の夕食の席に他人を推薦できるか考えなかったのでしょうかね?」
「それは――それがなんだというのです!?」
不穏な空気を感じ取れる危機感は持ち合わせているようだ。何も感じない無神経な人間なら話を通じさせるのに苦労するからね。
「陛下とは二人の間で幾つか決めごとをしているのです。『紹介する女性には必ず会うこと』、これが一つ目です。それだけ陛下はこちらを信用しているのですよ」
「だったら二度目三度目でも!」
「これが知れ渡る。そうなると貴方みたいな人が出てくるでしょう? だから二つ目『この取り決めを利用しようとした者、その人物はマリト=ターイズに害なす者とする』。つまり貴方に次はありません」
「なっ、そんなのでまかせに決まってますわ!」
懐から一枚の羊皮紙を取り出す。そこには先の取り決めの内容を記した文章が書かれている。そしてサインの箇所にはマリトの名前と貴族ならば知らない筈のない王族だけが使用できる印鑑の跡がある。
「こちらがしつこく同じ女性をあてがわれては陛下にとっても迷惑。それ故にこのような取り決めになっております」
「そんな……」
「陛下とは互いに良き相手を見つけようと言う間柄でしてね。ただそれを滞りなく行うには第三者の干渉が邪魔だったのですよ」
マリトとの取り決めにおいて、まず紹介する女性に会うことが前提条件となっている。忙しいから会えない。だけどこっちは紹介するではフェアではないからだ。ただこの方法を他の者が知ってしまった場合、特にマリトに接触を試みようとする者は増えてくるだろう。
それこそ今のように立場の弱い平民を脅してでも出てくる輩はいるのだ。そのための特例措置。平たく言えば『友情を利用する奴は許さん』という内容だ。
「お嬢さんが先に脅してきたのでこの辺の説明は省かせていただきました。ですがしっかり適用されていますのでご安心を。ああ、別に今すぐどうこうするつもりはありませんよ。これは手当たり次第に女性を罪人にするためではなく、二度目を防止するためのものですからね?」
「……」
このことを知っていればこの取り決めを利用して接触してくる女性などマリトを確実に落とせる自信のある女性か、暗殺者くらいなものだろう。無論マリトの傍には優秀すぎる暗部君がいるため後者は問題ない。前者とて一度目が不発に終われば食い下がる勇気はないだろう。
それでも食い下がるのであれば目障りだとマリトに排除されるだけのこと。
ちなみに逆の立場、マリトが同じ女性をしつこく紹介しようとした場合には縁を切るという旨の文章が書いてある。他には紹介できるのは最大で週一人ずつ、互いに興味を持った場合のみ追加で紹介可能など。
あとは『お互い取り決めの穴を突くような小賢しい真似はやめようね』と言った内容も含まれている。これは互いに即納得した。
この貴族のお嬢さんとはもう会うこともないだろう。そういう訳で名前を覚える機会はなしということで。
翌日、マリトの執務室にて後日談。
「いやぁ、あそこまで自惚れの強い娘は久々だったねぇ。そういえば何度か前の食事会で見たことあったかなぁ」
「顔は良いから覚えていると思ったんだがな。とは言え迷惑を掛けさせて悪かったな」
「『ハズレだが会って欲しい』だなんて笑ってしまったけどね。君には余計な真似はしてないかな? 友人を脅しただけでも俺としては許せないわけなんだけど」
「世間知らずのお茶目の一度目くらい見逃してやれ。良い勉強になっただろうよ。っと、そうだ今日はこれを持ってきた」
そういって布に包んだ贈り物をずずいと前に出す。賄賂――ではなく例のブツ、これもどうだろう。
「気にはなっていたけど、なんだいそれ?」
「迷惑の詫びとしてな。気に入らなかったら持ち帰る。個人的には気に入っているからな」
「どれどれ……」
マリトが包みを解き、そして感嘆の声を出す。それはルコに頼んで作ってもらった鉢植えだ。観葉植物のパキラの様な鉢植えで華々しさというよりは温かみのあるインテリア向けの物だ。
「これはまた……希少な物だね」
「そうなのか?知り合いに頼んで一日二日で用意してもらった品なんだがな」
「そうは言うけど、これは市場でもなかなか出回っていない品の筈だよ? ああ、でも黒狼族の森なら見つかる可能性があるからそこからかな。でも俺に育てられるかなぁ」
「ああ、そういう可能性も考慮してか育て方の説明書を用意してくれてあるぞ」
なるほど、ルコが説明書を用意したと聞いてそこまでする必要があるのかと思ったのだが、希少な品ならば必要なのも頷ける。しかしその説明書を見たが非常に細かくびっしりと書かれている。まだ若いのに老眼鏡が欲しくなったぞ。これ育てさせる気あるのかね?
「凄く熟知しているなぁ……でも読んだ感じ、置き場所や環境にだけ気をつければ片手間でも育てることはできそうだね。寝室にでも置くとするよ」
「執務室でも良いんじゃないか?」
「いや、こういうのは気持ちを落ち着かせたい場所におく物なんだ。しかし実に良い贈り物だね、本当に嬉しいよ!」
これが演技なら人間は信じられないと言わんばかりのテンション。マリトはとても気に入っているようだ。ルコのセンスはとてもよろしい模様……ふむ。
「マリト、今回の件でこっちの紹介の番を使ったんだが今のところそっちから紹介できる女性はいるのか?」
「残念ながら、君の好みがいまいち掴めなくてね。破天荒な妹でも紹介しようかと思っているんだが、何せ国土にいないからね。捕まえるまで待ってもらえないかい?」
「一緒にいて疲れる女性は悩ましいな。それじゃあ次の食事会に一緒に参加するとしようか」
「本当かい? 女性比率が多くて気苦労してるんだよね。来てくれるなら助かるよ」
そもそもそういう食事会に参加するのに抵抗がある云々で持ち出した話だ。こちらの参加は喜ばしいことだろう。二人の取り決めがあるとは言え、マリトはある程度は婚活を余儀なくされているのだ。そのストレスは減らしてやりたいところ。
「だがそれでも囲まれることには変わらないんだろうがな」
「そうだろうねぇ。ウルフェちゃんでも貸してくれない?」
こちらの用意した女性と一緒にいればマリトとしては気が楽だろう。ウルフェという人選も悪くはない。互いに恋愛感情は遠くても多少は顔馴染みではある。それに黒狼族との交流云々という言い訳も立つ。だがそれはまた今度と言うことにしよう。
「ウルフェにはまだ早い。だがマリトが疲れない相手なら連れてこれるぞ」
「そうかい?借りてきた猫のように大人しければ文句は言わないさ」
「そうだな、きっと大人しくなるだろうな」
「なんだか企み顔してない?」
「なに、相手の驚く顔が目に浮かんでな」
こういった悪戯好きな面はマリトを前にしているからだと思いたいものだ、うん。