さしあたって任された。
やがてパーシュロは地面に倒れ息を引き取った。心臓を抜き出されたのに、これだけの間生きていたというのも十分に凄い話ではあるけどね。
ギリスタは両腕を失い、エクドイクは全身へのダメージで立つのもやっとのご様子。まあそれ以上にこの両名は戦意を完全に失っているけども。
それじゃあ最後の仕上げと行こうじゃないか。我に返って駆け寄ってきたイリアスにこちらからも近寄る。
「一体、何が起き――むぐ」
何か言おうとしているイリアスを無視してその両頬を両手で挟み、凝視する。
「な、なにを」
凝視する。目を見て、瞳を見て、その奥を凝視し続ける。
「……」
息を吸い込み、吐き出す。――良し、切り替えはこんな物で良いだろう。最終的にはニュートラルな思考で終わらせたいからな。
「さて、ギリスタとエクドイク。二人ともこれ以上は戦うつもりはないと見て良いな?」
「……そうねぇ、なんだかやる気が全部なくなっちゃたわぁ。パーシュロが水差しちゃったしねぇ?」
「現在この周囲は騎士達が包囲している頃だ。逃げるならこちらが合流したタイミングを狙うと良い」
「なっ、君は何を――」
「ただし、口約束でも良いから今から言う条件を飲んで貰いたい。それができないのならばこちらはイリアスを止めない」
エクドイクとギリスタは互いに顔を見合わせ、再びこちらに向き合う。
「条件を聞こう」
「一つ目は以後こちらの脅威になってくれるなという話だ。エクドイクに関しては後述した話があるから信用できるが、ギリスタ、お前の戦闘狂については何らかの対応はしておかないといけないからな」
「その辺は大丈夫よぉ、この腕を治しても今までのように大剣を振るえるようになるには時間が掛かるものぉー」
「腕が治ったら、また武器を振るえるようになったらまた牙を剥くというのならば見逃すことはできない。他の戦い方を身に付ける可能性もあるわけだからな」
「わかったわよぉ、今後貴方には手を出さないわぁ」
「ギリスタ、そういうのは止めろ。交渉を終えるぞ」
そういう真似はこっちの専売特許だ、引っかかるわけがない。
「……脅威にはならないわぁ、これで良いんでしょー?」
「ああ、ありがとう。二つ目はラーハイトと手を切ってもらうことだ」
「問題ないわぁ、失敗した以上顔を出せる立場じゃないものねぇ」
「俺の目的を果たせるのならば条件を飲もう」
これで建前上ではあるがエクドイク、ギリスタとの和解が成立した。この二人が約束を守り通すかどうかは定かではないが約束はしたのだ。
現時点でラクラが口を挟まないということは本心から了承していると見て良いだろう、今ので安全は確保できたわけだ。今後の展開によっては約束を反故にして来ることもあり得るだろう。その時は迷う必要はない。
「ちょっと待てっ! 君は一体何をしているのか分かっているのか!?」
話が進み始めたところでイリアスが割って入ってくる。
「何って二人を見逃そうとしてるだけだろ。ギリスタは単純に強者との殺し合いを望んでいただけ、エクドイクは自分を育てた父親の名誉挽回を目論んでの参加だ。どちらも解決できる事案だろう?」
「だが奴等は君を攫い、殺そうとしたのだぞ!?」
「そりゃそうだ。だから見逃す決断をしても問題はないだろう」
「それは――」
「パーシュロの目的は権力者への謀反だ。だからエウパロ法王を指名していた。これはこちらの周囲に影響を与えかねないからな、処理させてもらった」
「ギリスタの殺人衝動も同じではないのか、見えないところで更なる犠牲者が出るかもしれないのだぞ!?」
その光景は想像に容易い。とは言えそこまでくると他人事でしか――いかんな、まだ切り替えが甘いようだ。顔を叩き、切り替える。
「ギリスタ、両腕が完治するまではどれくらいだ?」
「そうねぇ、繋げるだけならすぐだけど今までと同じようにとなるならぁー一ヶ月以上は掛かるかしらねぇ?」
「ではその間だけ人を殺すことを我慢してくれ。その間にお前のその衝動を抑える方法を見つける。駄目なようならイリアス、その時はお前が引導を渡せば良い」
「良いわよぉ、再戦を約束してもらえるのなら少しくらいは我慢できるわねぇ、でも私を信じられるのぉ?」
「ああ、信じられる」
「……そう、じゃあ頑張って守るわねぇー」
イリアスはラクラに視線を向ける。ラクラはコクコクと頷いている。
「それじゃあ解散といこう。長話をしていてはいつ騎士達が流れ込んでくるか分からないからな」
こうして今回の件は終了した。パーシュロは死亡、ギリスタとエクドイクは逃走した。パーシュロの死体、装備していたガントレット、ギリスタが置いて行った大剣は城へと運ばれていった。
騎士達は逃亡者を追ったが消息は掴めず、闇に生きる者達の影を捉えることは無かった。一部不穏な噂が流れたものの、収穫祭は再開され無事に最終日を迎えたのだった。
その後、マリトに呼び出され来賓室にいる。他に呼ばれたのはイリアス、ラクラ、そしてエウパロ法王とウッカ大司教だ。そこで一連の流れを説明した。
「ラーハイトめ、法王様をついでのように狙うとはっ!」
「騒ぐなウッカ。しかし被害も最小で済んだのは良かった。パーシュロと言えば『拳聖』グラドナの弟子だった男だ。良くぞ無事に済んだ」
これまた後から凄い設定が増えていくパターンだな? 実際イリアス相手にもほぼ互角に渡り合っていたのだ、驚きはしないぞ。
「しかし何故残り二人を逃がしたのだ?再び敵となる可能性のほうが高いだろうに」
「ラーハイトの性格からして、同じ者を送り込む真似はしてこないでしょう。少なくともラーハイトの刺客としてならば処理は済んでいます。他に理由を挙げろと言われるのであれば情報を得るためです」
そういってウッカ大司教を見つめる。
「わ、私が何か?」
「ウッカ大司教には情報の汲み上げにご協力いただいて感謝しています。情報の内容としては重要な物はありませんでしたが、それでもラーハイトを知る上で役立てています。今回もそれと同じ理由で両者を逃がすことにしました。あの二人は操られていない。素の状態でラーハイトと接しているため違った面を覗くことができるはずです」
洗脳魔法を使用した相手への接し方、普段通りでの接し方、これらの違いはラーハイトという人物を立体的に浮かび上がらせてくれるだろう。
もちろん当人と直接接触することが一番の近道なのだが、ラーハイト自らがこちらの前に姿を現すことはまずないと見て良いだろう。
「そうかもしれないが、しかし奴らが素直に情報を吐くと思うのか?」
「そこは抜かりありません。エクドイクとは後日に山賊達が根城にしていた洞窟で落ち合って情報交換を行う予定です。協力条件としてラクラをどうにかして欲しいというものがありますが」
「私ですかっ!?」
ここでエクドイクの目的を話す。悪魔に育てられたエクドイクは自分を見捨てた人間を毛嫌いしていて育ての悪魔に尊敬の念を抱いている。その父親をラクラが倒したことでラクラへの意識が向いていた。しかしラクラが普段からポンコツなせいで評価が低いことにやきもきしているのだ。
人間内どころか悪魔内ですらラクラの評価は低い。そんな奴に負けた悪魔、その息子ということで彼の自尊心はボロボロになっているのだ。
「そういう訳で奴が満足するにはラクラの評価を上げてしまえば良いわけです」
「しかしな……それはとてつもない難題ではないのか?」
「法王様っ!?」
「ええ、正直吐き気を催すレベルです」
「尚書様っ!?」
「ですが方法がない訳ではありません。人間内でのラクラの評価はどうしようもない次元ですが、悪魔内となれば話は別です。悪魔達にとって脅威的であることを示せば良い訳ですから」
実際エクドイクがこの案を受け入れた最大の理由がラクラの実力を知ったことだ。結果としてはエクドイクはラクラにかすり傷一つ与えることなく完敗。さらに言えば『殺したくない』と散々手加減された上での決着だ。彼の中でラクラへの評価はだいぶ上がっているだろう。正直そこだけを上げ尽くすだけでも良いレベルだ。
「ふむ、ではラクラを魔界に送れば良いわけか」
「良くないですよっ!?」
「そうして欲しいですが、そこまでしなくても実力の発揮できる前線に送り込めばそれだけで十分でしょう。むしろ何故何度も悪魔退治で実績を残しているラクラを前線から遠ざけていたのですか?」
至極当然の疑問を投げかける。ラクラの戦闘技術は実際に評価されているのだ。そして他が駄目と言うことは前線で使ってくれと言っているようなものだ。それに応えられるのは直属の上司であるウッカ大司教だろう。
「それはだな、功績の褒賞を与える際に本人の強い希望で前線を離れたいとだな……」
「……」
全員がラクラを白い目で見る。
「いやその……前線ってご飯も美味しくないですし、お風呂もないじゃないですか、寝床も硬いし不衛生ですし……」
「そこはせめて戦うことの恐怖とか虚しさを語れよ」
「あ、ではそれで」
「……」
こいつは自分の才能を発揮できる機会を自分で潰していたのだ、自分の平穏のために。だが戦場の最前線と言えば過酷なのは事実だろう。命の危機に晒され、満足のいく生活も送れない。そんな中で生活水準だけを気にして、前線を離れたラクラはある意味大物なのではないでしょうか。
「よし、ラクラは君に託そう。君ならばきっと彼女を更正させられるだろう!」
「待って、最高責任者が問題を押し付けて逃げないで!」
エウパロ法王がそう決めてしまえばユグラ教に逆らえる者なんていなくなるのだ。それはずるい。ある程度の干渉は覚悟していたが、人の人生全部を投げつけられるのは困る。
「いや逃げてなどいない。私達ではラクラを活かしきれなかったのだ。君ならばきっと彼女を素晴らしい聖職者へと導いてくれると確信した! そう思い込むことにした!」
「最後に本心出てるぞ!?」
「では法王の命を以て君にラクラの未来を任せよう」
ずっるい、いや気持ちは分かる。けどずっるい。ここまで露骨に権力を使って来るのは酷い。それでも人の上に立つ者か!?
「待て、いや待ってください法王様! ラクラは物ではありません、道を選ぶ権利はあります!」
こうなれば人道を説いてラクラの立ち位置を法王側に釘付けにする! やればできるはずだ、思考回路を全力で回せ!
「ふむ、一理あるな。ではラクラ本人に尋ねるとしよう。ラクラ、わしはお前の意思を最大限に尊重しよう、お前はこの先どちらに身を委ねたい?」
「私ですか……」
「言っておくが任される以上は容赦なくやるぞ。今の生活が続くと思うなよ?」
「うっ、そうなると法王様の方が……」
「ちなみにわしは今日にでもお前を魔界に送りつける気だ」
「尚書様でお願いしますっ!」
「ずっるぅ!?いや法王が脅すのは酷くないか!?」
「脅し? 何を言う。彼女の実力を最大限に活かせる方法ではないか。君も先程そうして欲しいとか言っていたではないか」
「な、ならこちらも」
「メジス領土に隣接する魔界への侵入にはメジスの許可が必要となる。将来有望な若者を死地に追いやるなど人として許可できるわけなかろう?」
「自分の直前の発言思い出そう!?」
ああ言えばこう返される、ダメだ。この人に舌戦を挑むならそれなりの用意がないとアドリブでは勝てない。それ以上に立場に差がありすぎる。向こうは何でもありでこっちはできる範囲しかできないのだ。
「別に厄介者を押し付けたいという気持ちだけではない。マーヤ大司教からも話は聞いていたのだ。君はラクラにできる仕事を見つけ与えていたそうだな」
「それは……」
「言われて見れば当然のことでも我々は気付くことができなかったのだ。それ故にラクラの才能を無駄に埋もれさせてしまっていた。我々は頭が固過ぎるのだ。だからこそ柔軟な発想を持つ君に託してみたいと心から思ったのだ」
そういわれたら返す言葉は――あるに決まってるだろう! 何を良い話でまとめようとしてるんですかねぇ? こうなれば上等だ、最後の最後まで討論してやろうじゃないか。
「そういう訳でターイズ王、君からも頼んで欲しい。ターイズとメジスとの友好のためにも」
「そういわれると……すまんな友よ」
「マリト、お前もか!」
国王と法王という二大勢力の相手を前に一般人の訴えなど通る筈もない。ラクラ=サルフは名実共にイリアス家の住人となったのであった。
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法王様の決定により私は尚書様の元で自分を磨くことになりました。それにしても人を押し付けあうなんて酷い人達です。
そりゃあ自業自得で、厄介な相手だからと認識されているのは自覚しています。だからと言ってあんな扱いをされたら誰だって嫌に決まっているじゃないですか。
尚書様は法王様とマリト陛下に言い負かされたことで意気消沈での帰り道。
「はぁ……」
「尚書様、そんなに溜息なんてつかないでくださいよ。私の方が酷い扱いを受けているんですからっ!」
こんなことを言ってもどうせ返って来る言葉は想像できる。『お前のは自業自得だろう』『その巻き添えを食らっているんだ』とかでしょう。
「お前の人生を背負わされる身にもなれ、ウルフェに続いて二人目だぞ!」
あら、違いました。尚書様の言葉は普段は予想できるものが多いのに、たまにこうやって予想と外れるものが出てきます。
尚書様のウルフェちゃんへの溺愛っぷりはとても羨ましいものです。ウルフェちゃんが尚書様に直向きな忠誠心を持っているからというのもあるのでしょうけど、それだけではないのでしょう。
「ウルフェちゃんのように扱ってくれれば私もやる気が出ますのに……」
などと心にもないことを口にしてしまう私、自堕落な性格なんて早々に変えられるものではありません。この二十五年間、自分はほとんど変わっていないのですから。
「同じ扱いなんてしてやるか、ウルフェはウルフェでラクラはラクラだ。大体お前の性格がそう簡単に変わるものか!」
ごもっともです。私は自由に、そして楽に生きたいだけなのです。色々考え始めるといつも酷いことばかり起こしてしまって、周りに迷惑を掛けてしまうのです。
真っ当にお仕事をするくらいなら悪魔退治の方が気が楽なくらいです。まあその悪魔退治だって自堕落な生活に比べればほとんど魅力がないのですけど。
「変わらないと思っているなら、そういうものだと諦めてくだされば良いのに……更正なんて無理ですよぉ」
「あのなぁ、お前の根底は変わらなくても環境は変えられる。そのままでも活かせる方法は作れるんだ」
「そんなの大変じゃないですかっ」
「だから溜息ついてるんだろうが、これから先の苦労が分かってるんだからな」
……これだ、尚書様は何で私を見限らないのか。私の本性なんてとっくに気付いているだろうに。普段なら体裁良く立ち回ろうとしているが最近ではそれすらもしなくなっているのだ。だというのに嫌な顔をするだけで結局は見捨てない。
「私相手にそんな苦労しなくたって良いですよ。私も楽したいだけなんですから」
「見捨てる時には見捨てる。今そうしないのはまだ手立てがあるからだ」
「それでもダメなら見捨てるんですよね?それに付き合わされる私も大変なのに」
「そう悲観ばっかりするな。お前は変わっていなくてもお前を見る周りの目は少しずつ変わっているだろうが」
それは尚書様が私のことを理解した上で役立つように動かしているだけに過ぎないのです。確かに仕事を回してもらえるようになったのは面倒でも少しばかり嬉しいと思ってたりはしますけど……。
「それでも限度はあると思いますよ。エクドイクさんが満足する程って到底無理にしか思えません」
私は彼の育ての悪魔を殺してしまったらしい。罪悪感はほとんどない。そうだったのですね、間が悪かったのでしょうねとそんな程度です。
そんな彼は私が父の仇に相応しくないことにお怒りのご様子。ほんと迷惑です。尚書様曰く、私が有名になれば彼も納得がいくと言われましたけど、私はほとんど変われていないのです。
私は自堕落な聖職者、これは変わりません。真面目にもならないし勇者になるわけでもありません。
「今のままじゃ苦労は絶えないだろうな。だが人間は不変じゃない。変わらないままでも周囲の目が変わるなら、内面の僅かな変化でも外の変化は相当なものになるさ」
「変わらないと思いますけどねぇ」
「変わるまではつきあうさ」
……もう、仕方がありませんね。実績がある以上否定はできませんし、何より心からそういわれては私みたいなのでは引き離すこともできません。変わるつもりはありませんけど、付き合うくらいは頑張りましょう。
「それって一生面倒を見るってことですか?」
「最終的には物理的に改造してやる。腕に付けるのは鉤爪と剣どっちが良い?」
「そんな変化嫌ですよっ!?」
口も悪いし扱いも酷いですけど、素のままでいられてこれだけ居心地の良い場所は他に知らないのです。だから当面はこの人のお世話になりましょう。