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さしあたって勝負は分からない。

 世界への想いが色褪せたのはいつの日だったのか思い出せない。だがそれは記憶が汲み取れないほど昔と言うわけではない。きっとそんな日は無かったのだ。

 少しずつ、少しずつ削れて行くように、その価値は壊れていった。いや、世界の価値は変わってなどいない。変わったのは世界への価値観だろう。

 美しい光景にまた見たいと心ときめく時がある。美味い食事にまた食べたいと心残す時がある。素敵な者達にまた会いたいと心傾く時がある。世界の価値を知っている、理解している。

 だと言うのにどうしてこうも色褪せて見えるのか。世界の醜悪さを知ってしまったからだろうか。世界の恐ろしさを味わってしまったからだろうか。世界の闇に身を委ねてしまったからだろうか。いや、そうだとしたら良き物を認める価値観なんて残ってないだろう。

 きっともっと簡単な話なのだ。光だの闇だの、正義だの悪だの、そんなところを行き来して世界と向き合うことに辟易(へきえき)してしまったのだ。

 自分よりも恵まれた者がいる、不幸な者がいる、優れた者がいる、劣っている者がいる、何と言うかもう様々な者がいる。様々な要素の組み合わせ、時と場合による変化、それらを把握し理解して活用する。ならば疲れもするだろう。

 熱を上げることも、拘ることも、意固地になることも、ふとした切っ掛けでその活力を失うのだ。だからこんな生き方を望むのだ、気楽だと、心地良いと噛み締めるのだ。些細な願いを踏みにじらないで貰いたい。ただ無難に生きたいだけなのだ。

 適度に選んで、適度に行動して、適度に感動して、適度に満足できればそれで良い。それすら邪魔をすると言うならば――


 --------------------------------------


 ターイズには幾つかの広場がある。最も広いのは中央の広場だが他の広場も民に愛される憩いの場としてその歴史を持っている。この広場とて、本来ならば収穫祭の出し物で賑わっていた筈の場所だ。だが今ではまるでと言うほど人気がなく閑散としている。

 この場所が指定された後、即座に撤去活動が行われた。民達への説明には虚偽の理由が配られ、周辺の家々の者達も避難させられている。広場の周囲には誰も居なくなった。

 ある程度離れた場所には騎士達が待機している。万が一があれば彼らがこの場所を制圧するのだろう。だがそうなる時は彼が、そして私達が命を落とした時だ。

 ここにいるのはウルフェ、ラクラ、そして私の三名。エウパロ法王がこの場所に駆けつけることは叶わなかった。まずはそのことを理由に彼に危害が及ぶことを避けねばなるまい。


「約束の時刻だ!いるのならば姿を現したらどうだ!」

「あーらぁ、あらあらぁ、指示した面子にしては足りないんじゃないのぉ?」


 ギリスタ、そしてパーシュロが現れる。彼とエクドイクの姿はまだ見えない。


「俺の指定は無視ってかクズがっ、違えると言うことはそういう意味で構わないのだな?」

「エウパロ法王は朝からこの国の外、村々を巡っている。物理的に来れる状況ではなかった。計画的に呼び出すのならばそれくらいは把握しておいて貰わねば困る」

「あらやだぁ、パーシュロォー私達の無計画さがバレちゃってるわぁ?」

「そもそもお前が考えなしにおっぱじめたからだろうがボケッ!逆を言えば今はエウパロ法王はろくな警備もなしに外にいるという訳だ」

「そうねぇ、こっちが終わったら法王様を殺しに行くのもありよねぇ?」

「人の獲物を齧るなバカがっ、だがもう一つの獲物はきちんと来たようだから楽しませてもらうとしよう」

「ししょーはどこだっ!」


 ウルフェが怒りの形相でパーシュロに食いかかる、だがそれで怯むような二人ではない。


「ごめんなさいねぇ、あんまりいい眼で見つめられちゃって我慢できなかったのぉ、ほら彼の血の匂いがするでしょう?」


 ギリスタが大剣を向ける。怒りに飲み込まれてはいけない。確かに真新しい血の跡はついているがごく僅かだ。致命傷とは思えないし、そもそも彼の血ではないのかもしれない。

 だがウルフェにはその血が彼の物だと匂いで分かったのだろう。弾けるように飛び込もうとしたのをラクラが抑える。


「ああもう、ウルフェちゃん!あんな安い挑発に乗っちゃダメですよ!?」

「そうだぞウルフェ、落ち着け」

「――ッ!? ししょーっ!」


 彼が姿を現した。良かった無事だったのか。肩には包帯を巻いているものの、それ以外は特に異常はないように見える。これといった拘束もされておらず、安堵の息が漏れる。とは言え背後に凄まじい殺気を放っているエクドイクがいると言う点に目を背けるわけにはいかない。


「エクドイクッ!てめぇなんでそいつの拘束を解いてやがるアホッ!? 自由にするメリットなどないだろう?」

「知れたこと。お前達がこの場で求めることは闘争だ。人質がいるから本気になれなかったと言い訳されたいわけでもないだろう?この場から逃げようとしたのならばその時に殺せば良い」

「それもそうよねぇ、私はイリアスと本気で殺し合いを楽しみたいのだからぁ、そういう枷は要らないわよねぇ?」

「もしも逃げるようならパーシュロ、お前の炎で焼け。確実に捉えられ、庇われても一人は倒せるだろう」

「それでお前らの獲物が焼かれても知らねぇぞボケッ、そういうことだから大人しく見ていてもらおうか」

「ああ、最初からそのつもりさ」


 彼が危険な位置にいることは変わりない。もしも彼を逃がそうとしたり、彼が逃げようとすれば第一標的が彼に移り危険性が増すだけだ。しかしあの様子では上手く立ち回ったと見ていいのだろう。


「周囲に人払いの結界を張って来た。これで勝負中の邪魔はない」


 エクドイクは両腕を大きく持ち上げ振り下ろす。すると夥しい鎖が腕から大量にずれ落ち、地面へ広がる。


「さあ、我が父を殺したラクラ=サルフ!父の名誉のために死んでもらおうか!」

「……あのー、エクドイクさん、私人殺しの経験はないのですけれどもぉ」


 場の空気をまったく読まないラクラ、いや今の発言を心当たりのないまま受け入れたくはないだろう。


「ラクラ、そいつはお前が昔退治した悪魔の一人に育てられたらしいぞ」

「なんと!それでエクドイクさんからは人ならざる存在特有の嫌な感じがひしひしと感じられたのですね」


 悪魔に育てられた。そんなことが在り得るのか?だが仮にそうだとすれば悪魔狩りを行っているラクラへの恨みはあるだろう。それにしても彼はそんなことまで聞き出せていたのか? 


「そうだ、あの日お前が倒した大悪魔ベグラギュドこそ我が育ての父! 司祭の地位にありながら、戦闘以外が完全無能という屈辱の烙印を捺された貴様如きに敗北し、全てを失った父の名誉を俺が取り戻す!」

「酷い言われようっ!?」


 確かに父親の仇敵がラクラだったらと思うと、その滾る気持ちは分からないでもない。私も似たような感じになりそうだと思うと多少同情してしまう。


「あのー、ついでにもう一つお聞きしたいのですがよろしいですか?」

「なんだ」

「その大悪魔ベグラギュドさんってどんな悪魔でしたか? 恥ずかしながら今まで滅ぼした悪魔は()()()()()()()()()()()()」 

「……決めた、貴様は考えうる限り惨たらしく殺すっ!」

「何故にっ!?」


 何と言う煽りっぷり。ワザとならば大したものだが恐らくは天然だろう。エクドイクの表情は一層険しくなっている。


「エクドイク、その無自覚なバカにお灸を据えてやれ!」

「尚書様までっ!?」


 彼もいつもの調子のようだ。こんな時だと言うのに……緊張が少し抜けたが、気合は入れなおさねばなるまい。

 そう思った瞬間、エクドイクがラクラに仕掛けた。大地に降ろした鎖が意思でもあるかのようにラクラへと飛び掛かる。しかしラクラの張った結界が鎖の突撃を防ぐ。

 同時にギリスタ、パーシュロも動き出す。誰もが広範囲への攻撃を得意とするタイプ、混戦だけは避けなければならない。ギリスタが動く前に飛び込む!


「猛烈ねぇ? 嬉しいわぁ!」

「嬉しがっているところ悪いが、遊びはなしだ!」


 戦いの火蓋は切られた。

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 イリアスとギリスタ、ウルフェとパーシュロ、そしてラクラとエクドイク。エウパロ法王が来れないことは知っていたので、この状態は予期していた展開その物だ。

 イリアスに関しては単純に信じるのみ。ラクラの実力は測りきれていない。エクドイクの戦闘スタイルも初見なので祈るばかりだ。

 問題があるとすればウルフェだ。パーシュロの強さは本物、以前倒した暗部よりも格上と見て良いだろう。正攻法では間違いなく勝てない。イリアスの合流を待つか奇策を練る必要がある。

 攻めているのはウルフェ、パーシュロは攻撃を丁寧に捌きながら時折牽制を入れている。ウルフェは普段から格上相手に鍛錬していて、その影響もあり大技を狙わない傾向がある。徐々にエンジンの回転数を上げるように手数で猛攻を仕掛ける。一発逆転を狙うのは追い詰められ、窮した時のみ。

 対するパーシュロは最初は様子見、そしてある起点を以て攻めに転じる。力の差は歴然だが、噛み合うスタイルだ。あとはウルフェが自分のポテンシャルをどこまで発揮できるかどうかだが、()()()()()()()()()。不測の事態にのみ備えて助言の用意をして待つとしよう。

 --------------------------------------


「さぁーっ! 削り食べてあげるわぁ!」


 ギリスタは数合打ち合った後、すぐに魔剣の力を解放してきた。獣の口のように開いては閉じる大剣。その攻撃を回避したとしても周囲の魔力を喰らっている。

 一度に削られる魔力量は一割未満だが、長期戦に付き合うのは下策だ。と、普通なら思うところではあるのだがそうもいかない。

 打ち合いの最中、ギリスタは時折隙を見せる。だがその隙は攻めてはいけない、罠だ。大剣を振り回す腕力、その狂気に染まった振る舞い、それらとは裏腹な綿密さが彼女にはある。これ見よがしな隙を作り、そこを攻め込ませ確実に返す。

 攻めなければじりじりと相手を消耗させる、速攻型ではなく持久型なのだ。無論攻めなければ勝てないのは当然のこと、ウルフェのこともある。

 ならばどうするか、用意された隙を突かず、隙を作れば良い。ギリスタの周囲を動き回り手数で牽制していく。


「その大剣、かなりの大きさだがそれ以上に異質なのは重さだ。比重が鉄よりも遥かに重い」

「そうよぉ、とっても重いのよこれぇー」

「そうだろうな。魔力強化で腕力を底上げしなければ持ち上げることすらできないだろう。そしてそれを振るうには相応の踏み込みが必要になる」

「それがどうし――ッ!」


 ギリスタの体が沈む、言葉通りの意味だ。今彼女の周囲の足場は土ではなく砂になっている。


「土魔法の一種だ。その体重で砂場の上で踏ん張れるか」

「狡い真似をするのねぇ?」

「ワザと隙を作るのと大差あるまい!」


 踏ん張りの利く大地からの踏み込み、そして一撃を加える。ギリスタは剣を振るうが砂場に足を捉われバランスを崩す。立て直す為に強引に地面に大剣を突き立てる。これで剣は封じた、引き抜く暇など与えない。一気に飛び込み、剣を振り下ろす。


「貰った!」

「こっちがねぇ!」


 突如大剣が激しく蠢く。そしてこともあろうか大剣は直角に捻じ曲がり、開いた。魔剣は地面に突き立ててあった状態から両顎を広げこちらを待ち受ける形へと姿を変えたのだ。鋏の様な頑強な印象を与えておきながら、その実は自由に捻じ曲がる軟性を併せ持ち、自在に相手を迎え撃てる。それがこの魔剣の正体。

 既にこの勢いは殺せない、魔剣は再び頑強さを取り戻しその顎を閉じる。


「残念だったわねぇ」

「そっちこそな」

「――ッ!?」


 魔剣の動きが止まっている。こちらは無事だ。軟体に変化することは想定外であり、隙を突いたつもりがしてやられてしまった。だが硬くし直したのは失敗だったな。

 魔剣の顎はこちらが放った鞘をつっかえ棒にして、その動きを止めている。鋼鉄の鞘が徐々に歪んでいく。やれやれ……またトールイドにどやされるな。

 ギリスタを見据える。初めてみせる焦りの表情だ。魔剣を軟体に変化させるまでの予備動作や変化に掛かる時間は既に把握している。


「この――」

「遅いっ!」


 一閃、ギリスタの両腕が宙を舞った。

 --------------------------------------


 ラクラとエクドイクの戦いは矛と盾の戦いだ。夥しい長さの鎖を自在に操り叩きつけるエクドイクに対して、ラクラは結界で防御する。全方位から絶え間なく襲い掛かる鎖の猛攻だが、結界を突破することは叶わない。


「あのー、止めにしません?私は人を殺める気がないのですが……」

「俺は悪魔の息子だ。戦う理由ならそれで十分だろう聖職者!」

「そういわれましても、人間じゃないですか貴方」

「――ッ!」


 攻撃は激しさを増すばかり、エクドイクはどんどん逆上していく。ラクラの言葉一つ一つがエクドイクの神経を逆撫でしている。こいつワザとやってないか?

 しかし相性とは大事だなとつくづく思う。回避を許さぬ範囲攻撃。一撃の威力は大地を容易く抉り取る。一般人が巻き込まれようものなら一瞬でひき肉になっているだろう。もしもエクドイクがウルフェと戦っていればウルフェはとっくに敗北している。


「うえーん、尚書様ぁ!この人聞く耳持ってくれませんー!」

「いや、戦ってやれよ……」

「だっていつも魔物や悪魔相手だったんですよ!? 加減とかできないんですよぉ!?」

「貴様ァッ!」


 エクドイクの鎖が宙で形を構成する。鎖は家すら両断可能になるであろう巨大な斧と変化する。


「潰れて死ねぇ!」

「もうっ、危ないですね!」


 ラクラは結界を解除、そして斧に向けて手をかざす。すると振り下ろされた斧が命中する寸前に停止する。良く見れば斧の周囲に結界が張られ、その動きを阻害されている。


「物騒な武器はこうですっ!」


 ラクラが手首を返すと結界内に縦横に等間隔の線が無数に入る。そして掌を閉じた。

 すると線が面と変化、結界が無数のブロックとなり互いの表面を滑り空中でバラける。まるで人体切断マジックを透明な箱、かつタネなしで見せられたような気分だ。ラクラは結界を発生させ対象の動きを封じ、さらに結界を分断して対象までも一緒に分断してしまったのだ。巨大な斧は無数の鎖が絡まって作られた物、それを縦横無数にぶった切ってのけた。

 結界の解除と共に、多くの切断された鎖が地面へと落ちていく。なるほど、あれを生物に使えば大抵の存在なら殺せてしまうだろう。

 欠点があるとすれば自身を守る結界は一瞬だが、遠距離で結界を発動し操作するのにはタイムラグがあるという点か。相手が素早く動くのなら捉えることは難しい。だが相手が慢心していたり、巨大な場合はその限りではない。だが今のは初見の相手を高確率で倒せる技、エクドイクの武器を無力化させるためだけに使ったのは迂闊だろう。


「さあ、もう諦めてください。貴方の武器はもう壊れましたよ!」

「壊れた?どこがだ?」


 エクドイクの握り締めていた鎖が動き出し、周囲の散らばった鎖を絡め取る。すると千切れていた鎖は一瞬液状になったかと思うと再び鎖の形へと戻っていく。それだけではない、最初は奴の腕を覆い隠す程度の鎖だった筈だ。だが今の鎖の量はどうだ、明らかに増えている。その総量は既に家一つの内部を鎖で埋め尽くせるほどだ。あの鎖もギリスタの魔剣と同様、通常の理から外れた存在なのだろうか。


「まあ、便利ですねぇ」

「この鎖は我が怒り、我が怨念! 決して潰えぬ無限の連鎖!」


 再び波状攻撃がラクラに襲い掛かる。ラクラは瞬間的に結界を張りなおし防御に専念する。 


「うう、尚書様ぁ!どうにかしてくださいよぉっ!?できたら代わってくださいっ!」

「そこに一歩でも近寄れば死ぬわっ!」

「じゃあヒントをぉ!なんでも良いですからぁっ!」


 ラクラはエクドイクを人として見ている。そして人を決して殺さないと決めているのだ。傷つけることにすら抵抗を持っている。自分が殺意に晒されてもだ。

 聖職者らしいと言えばらしいのだが無力化する術くらい持って――いや、対人間の訓練を一切やっていないと言うことはラクラが持っている技は全て必殺の物なのか。ラクラの使う魔法はどれも一級品、その威力が段違いなのだ。どれを使ってもエクドイクを殺してしまう危険性がある。だから攻められないのだ。


「お前の攻撃で倒せないなら他の攻撃で倒せ!」

「ええっ!?……イリアスさーん!」

「他の仲間に頼るなっ!」

「どうしろとっ!?」


 鎖の波が結界ごとラクラを飲み込む。そして大地を削り完全に全方向を包み込んだ。


「このまま魔力が尽きて圧死しろ!」

「うわあああんっ!うごうごしていてムカデみたいいいいぃっ!」


 ……よし、あれは放っておこう。イリアスがフリーになったらウルフェを助けて、その後余裕があったらどうにかしてやろう。

 以前の状態と一緒だ、結界を解けば即座に即死する攻撃が襲い掛かる。解いた瞬間に魔法を打てばどうにかなるかもしれないが、結界内で打てば自身が危ういし、解除してからの動作が遅れたならば間違いなく死ぬだろう。


「あ、でも虫じゃないなら怖くないですね。ていっ!」


 鎖が吹き飛び、周囲に残骸が舞う。突風がこちらまで届いてくる。風魔法の一つだろうが……あいつ、躊躇なくやりやがった。


「虫の時は無理だとか言ってたくせに……」

「虫を吹き飛ばしたら体液が飛んでくるじゃないですかっ!」

「そんな理由かよ」


 だがこれでラクラは再び動けるようになった。とは言えエクドイクの攻撃は終わらない。再び鎖を再生させている。


「終わらせるものか、何度でも何度でも何度でもっ! 我が怒りの重さを思い知らせてやる!」

「もう十分わかりましたからっ!ううん、どうしたら……あ、そうだ」


 ラクラが魔法を発動する。足回りに奇妙なモヤが見えるようになる。


「死ねぇっ!」

「嫌ですよっ!」


 ラクラが跳躍する。身体能力の低いはずのラクラが遥か上空へ飛び上がる。

「跳躍魔法か! 逃がすかっ!」


 鎖は即座に空中へ伸び上がりラクラへと襲い掛かる。ラクラは空中で何度も跳躍し、鎖の猛攻を回避する。いいなーあれ、便利そー。

 それはさておき、結界を使用しない理由はこちらの助言に気付いたのだろう。こちらが意図を察した時、ラクラはエクドイクの真上にて周囲を完全に囲まれている。


「さあ、逃げ場はもうないぞっ!」

「まだありますよっ!」


 ラクラは再び風魔法でさらに上空に逃げ道を作り、跳躍魔法にて遥か上空に逃げる。だが繋がっている鎖はすぐさまラクラを追いかけどこまでも伸びていく。


「どこに逃げても無駄だっ!」

「いえ、この辺で十分でしょう」


 真下から伸び上がる鎖がラクラに触れる瞬間、結界に阻まれる。ラクラはその結界に着地する。


「また結界かっ! 自分の身を守ってばかりでいい加減戦えっ!」

「嫌ですっ!それにこの結界は私を守っているわけじゃありません」

「何――」


 エクドイクが現状に気付く。ラクラの張った結界、それはラクラの周囲を守る物ではない。エクドイク、そして伸びた鎖を覆う縦長の結界なのだ。


「これで閉じ込めたつもりか! どんなに強固だろうとお前の魔力が尽きるまで攻撃を加えれば――」

「貴方の鎖、魔力を大量に吸った影響か普段の状態よりも質量がかなり増えていますよね?」


 縦長の結界に横の断線が次々現れる。先程斧と化した鎖を断ち切った物と同じ技だ。


「貴方の鎖はどんなに断ち切っても、その手から魔力を通せば再生する。でも逆を言えば貴方と触れていない鎖は只の鎖ですよね?」


 断線が面へと変化し、縦長に伸びた鎖を連続して輪切りにする。そして、切断面のみ結界が解除される。


「なっ!?」

「鎖から魔力を通して再生するのに数秒程、ですが数秒もあればこの大量の鎖を貴方に落すことは簡単ですっ!」

「ラ、ラクラ=サルフウウウゥゥッ!」


 左右に避けることも叶わない。短くなった鎖ではまともな防御も無理だろう。膨大に増えた鎖の雨がエクドイクの断末魔ごと飲み込んだ。


「思いを重いと知ったのは貴方でしたね。……尚書様っ!助言通りやりましたよっ!」

「いや、これ死んでないか?」

「……じ、自滅はセーフですっ!私は悪くありませーんっ!」


 殺さずの精神ではなかった。ただ自分の手を汚したくないだけのクズだった。感心した思いを返せ。

 鎖に埋め尽くされていたエクドイクだが、死んだか気を失ったのだろう。増加した鎖が見る見る縮小していく。残ったのは適度な長さの鎖と、倒れて動かないエクドイクの姿だった。無事ラクラは勝利したようだ。

 他はどうか。イリアスに視点を向けた。同時にギリスタの腕が吹き飛んだ。どうやら優劣がついたようだ。

 ウルフェの方へと視線を向けるが今だ展開は変わらずだ。だが、周囲に変化があった。つまりは、来る。


「かあっ、使えないクズばっかりじゃねぇかっ! 仕方ない残りは俺一人で倒すとしよう。遊びは終わりだ亜人ッ!」


 パーシュロの両腕に黒炎が発生する。相手の魔力に引火して燃え上がらせる特質の炎、パーシュロもやる気を出してきたようだ。

 奴の気まぐれには外的なスイッチが関係している。条件は何でも良い。ただ周辺に大きな変化が起きた時に奴は気分を変える。エクドイクの撃破、ギリスタが深手を追うことが同時に起こったことで気分のスイッチが切り替わったのだ。

 ウルフェの様子は――悪くない。だいぶ温まって来ているようだ。髪が徐々に発光を強めている。体内の魔力が活発に動きだし、外に溢れ出しているのだ。これならばあの技も通用できるレベルで使用できるはず。まだ勝負は五分五分だ。


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