さしあたって、見せてもらおう。
体の痛みで意識が戻る。ああこの感じ懐かしい。最近は筋肉痛もなく平和な日々だったが、さて現状はどうなっていることやら確認せねばなるまい。
目を開く。どうやら屋内に転がされている模様。外の明かりがほとんど入らずに薄暗く、埃の多い汚い部屋だ。誰かが住んでいると言う感じではない。恐らくは空き家だろう。メジスの暗部、ヘイド達も主人亡き家を利用していたしな。
体は……鎖ではなくロープでがっちり拘束されていて、腕と足は使えそうにない。この辺で記憶が鮮明になる。ギリスタとパーシュロとの戦いが始まったと思ったらいつの間にか現れた男に全身を鎖で締め付けられていた。
ギリスタは何と言ったか、エクド――そうエクドイクだ。手配書は捕まった際に落としてしまったので照らし合わせはできない。と言うより縛られているのだから何もできないですけどね?ただ雰囲気だけなら三人の中でぶっ飛んでやばそうだった。そう考えると今生きていることはなんて奇跡だろうか。
三人目の登場がギリスタやパーシュロで、こちらに危害を加えていたら今頃死んでいただろう。さらに気を失ったとは言え、それで拘束を解いたとは思えない。その後に何かしらのやりとりがあり、三人はイリアス達から逃げたと見ていいだろう。流石に二人が負けたとは……思いたくない。
脱出を試みたいところではあるが拘束はびくともしない。試しにもがいてみるが、体を倒せるかどうか程度だ。口を塞がれていないので大声を出せば助けを呼べるかもしれないのだが……今は止めておこう。声の聞こえる範囲に奴らがいる可能性が高い。
そうこうしていると先ほどの三名が扉を開けて入ってきた。
「あーらぁ、お目覚めかしらぁ? おはようの腕一本でも貰おうと思ったのにぃ、残念ねぇ」
「優しく起こしてくれる女性はこの世界にはいないのか」
「捕まってる分際で偉そうじゃねぇかガキがっ!肝は据わっている様だな」
「捕まっている分際で質問が許されるなら話を聞きたいんだが、ラーハイトからは殺せと言われたんじゃないのか?」
「そうよぉ、だからちゃぁーんと殺してあげるわよぉ」
「理由は簡単だ、お前を利用するためだ」
エクドイクが口を開く、なんだ喋れるのかこいつ。ってギリスタもパーシュロも凄い顔で驚いている。
「驚いたわぁ、貴方普通に喋れたのぉ?」
「ビックリして殺す所だったぞカスッ!なかなかの珍事だな」
「必要があると判断したときにしか話すつもりはない。お前らの様な狂人共と仲良く話すつもりがないだけだ。さてチキュウ人、ギリスタが言ったとおり俺達がラーハイトから受けた依頼はお前の抹殺だ。だがそれ以外にも自由に標的を選んで良いと言われている」
「……人質か」
地球人が希少なため、不本意ではあるが人質としての価値はそれなりにあると見て良いだろう。それはそれとしてエクドイクの存在はありがたい。ギリスタやパーシュロの二人との会話は疲れそうだからな。
「そうだ。ギリスタはイリアス=ラッツェルとの決着を付けるため、パーシュロはエウパロ法王を誘き出すためにお前を人質にする旨を了承してもらった」
「それで、エクドイクだったか。あんたはどうなんだ?」
「ラクラ=サルフを殺す。そのためにお前を利用させてもらおう」
ここでまさかのラクラ、あいつ何をしでかしたんだよ。この状況でつまらない理由だったら空気読めとしか言えない。
「ギリスタとパーシュロの目的は大体理解できるが、ラクラに殺意を向ける理由が知りたい。話せるなら聞かせてもらえないか」
「父の仇だ」
うーん逆に分からなくなった。あいつが人を殺すような人間には見えないのだが。無論実力はある。しかしあのラクラが生きていく上で人殺しという選択肢を選ぶだろうか?……いや、一つあるな。
「悪魔にでも育てられたのかお前は」
「――ラーハイトが警戒するだけのことはあるな。俺はある村で贄として父に捧げられた赤子だった。文字通り悪魔だった父は赤子を喰らうよりも育てる道を取った。自分達が差し出した赤子に村を滅ぼされる様を見てみたいと言う理由だけでな」
なるほど、悪魔みたいな考え、いや悪魔だったな。しかしそんな奴に育てられたと言うのに律儀に敵討ちか。随分と口が軽いようだがもう少し探れるだろうか。
エクドイクは自身の目的を優先している傾向が強く感じられる。この場にいる者はラーハイトに従っていると言うよりは利害が一致しているタイプの人間だ。そうなればこれはラーハイトとの心理戦ではなく、目の前にいる三人とのやりとりでしかない。奴から言葉を探るために必要そうな切り口は――
「愛情を育まれたようには見えないが、そうなると名誉の挽回が理由か」
「その通り。父は人間である俺を愛することはなかった。それでもわが身可愛さ故に赤子を差し出すような存在よりも遥かにマシだった。こうして今も生きながらえているのは父によって鍛え上げられた故だ。だが尊敬する父は未熟な聖職者、ラクラ=サルフによって殺された。それにより父の名誉は傷ついた。人間からの評価も、悪魔からの評価さえもだ」
「攫った理由はそれか、ラクラを正々堂々と打ち倒したいために戦う理由を作ったわけだな」
「あの時ラクラ=サルフが結界を破壊して現れた。できればあの時に決着を付けたかったのだが、他の付随品が邪魔だったからな。それで今に至るわけだ。喜べチキュウ人、奴らを誘き寄せ殺すまでは生かしておいてやる」
「そいつはありがたくて涙が出るね」
気絶している間に起こった流れは大体理解できた。こちらが気絶してすぐにラクラが人払いの結界を破り乱入、続いて騒ぎを聞きつけて集まってきた騎士達が多数あの場に現れたのだろう。その後三人は逃走を開始、まんまと逃げおおせ空き家の中に隠れたと言ったところか。
「心配しなくてもぉ、ちゃぁーんと私が殺してあげるわよぉ。どんな死に方が良いかしらぁ、斬り殺されるぅー噛み殺されるぅーそれともベッドの上で昇天するぅ?」
「あ、最後のでお願いします」
そりゃ選べと言われたら最後のを選ぶだろう。男なんですから。
ついでに言えばその殺され方が決定されるなら、ことが終わるまでの間は無事を確保できるだろうしな。
「……ぷっ、あっはっはっはっはぁっ! 素直な子ねぇ?」
「正直じゃねぇかガキがっ、だが希望があるならそれで良いだろう」
「ところでぇエクドイクぅ、この子を今すぐ殺さないのは良いんだけどねぇ?逃げられないように足を削いでおいちゃダメかしらぁ?」
目の前に大剣が突き立てられる。うぞうぞと蠢く表面が実にバイオチック、それは止めてくれ、止めてください。
「こちらは脆い生き物なんだ。足なんて斬られたら死ぬぞ」
「だぁいじょうぶよぉ、私こう見えても止血魔法とかって大得意なのぉ」
別に意外さは感じないけどね。冒険者だし嗜虐趣味にも使えそうだし。とは言えこのまま足を斬られては堪らない。心が折れかねない。他の二人は止める様子は見られない。こりゃダメだ。こうなれば仕方がない。痛い思いで五体満足ならそれで良い。
体を強引に傾け大剣に向かって倒れこむ。大剣はびくともしないがこちらの体が大剣の牙にひっかかり肩を負傷する。すっごい痛い、思った以上に牙が鋭かった。薄皮どころか肉も少し削れたかもしれない。肩から血が零れる。服を濡らし、地面に垂れている。
「あらあらぁ、何をしているのかしらぁ?」
「うおお、いってぇ……。いやなに、そこまで得意と言うなら先にその止血魔法を見せてもらおうと思ってな。嘘だったら嫌だしな」
「心配性ねぇ、その位の怪我なんてほらぁ、この通り――あらぁ?」
ギリスタはこちらの肩に何らかの魔法を使用したようだが、傷には何の変化も現れない。血は全く止まっていない。試しておいて良かった本当。
「なんだ使えねぇなクズがっ、どうしたお前らしくもない」
「体質上魔力が少ないんだ。治癒力を上げる回復魔法などの恩恵は得られなくてな。失血死する前に証明させてもらった」
「――ギリスタ、こいつは大した力もない。衣服も調べたが武器はそこの木刀だけで拘束を自力で解くことはできない。今の拘束だけで十分だ」
「残念ねぇ、きっと良い声で泣いてくれると思ったんだけどねぇ?」
はは、怖い怖い。怖すぎて冷や汗が止まらないですよほんと。だってこいつらやると言ったら絶対躊躇ないもん。
極道さんやマフィアだって必要とあればそういうことをやれるだろうけど、娯楽でやるのはその中でもさらにぶっ飛んでる連中だけだ。
逃げ出すことは不可能で今できることは少ない。だがゼロではない。イリアス達とて動いてくれる。その間こちらもやれるだけやるとしよう。
最後の一人であるエクドイクの目的、思考が理解できたことで多少の安心感は得られた。奴の口ぶり、ラクラへの怒り、仲間ですら会話をしないというのにこれ程の雄弁さ。
ギリスタやパーシュロの戦闘以外での側面もそれなりに見ることができた。ああ、こいつらは常識人と比べたらだいぶ狂っている。知れば知るほど、その異常さは際立ってくる。
だが知ることができると言うことは理解できると言うことだ。それならやることは変わらない。少しばかり立場が危険なだけで支障は何もないのだから。
「……あらぁ、そんな目もできるのねぇ?」
「――不快に思ったならもう少し自分を省みてくれないか。職業病で相手を見ていると自然と似てくるんだ」
「そんなことないわぁ、私はその目好きよぉ?」
「ああ、だろうね」
「不気味なガキだなクソッ、ラーハイトが殺したがる理由が良く分かる」
こちらの変化に相手も反応を示してきたようだね。だけど今ので目当ては付いた、君を狙わせて貰おうか。
「そう物騒な話をしてくれないでもらえるかな。『私』は只の弱者だ。君達の誰もが造作なく殺せるとてもとても弱い存在だよ?」
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彼が攫われてしまった、護衛を任されておきながら何と言う不甲斐なさだ。突如現れた第三の敵に彼が捕らえられ、あわや殺される寸前だった。だがその手は突如止まる、ラクラが人払いの結界を破壊して現れたからだ。
彼女曰く所持金が尽きて彼を探していたところ、妙にきな臭い気配がした方角に進んでいた所に騒ぎが発生。急いで向かうと、騒ぎの場所に向かおうとしていて近寄れない騎士達を目撃。そのことから人払いの結界の存在に気付き探知、破壊を試みたとのこと。
ラクラが現れたことでもう一人の男、エクドイクは夥しい殺気をラクラに向けていた。一触即発は免れないと思いきや、現場に多くの騎士達が集い始めた。戦況が不利と見るや三人は彼を連れて逃走を開始した。
魔封石を所有していたようで探知魔法では追えず、今に至る。エクドイクは去り際に『邪魔が入った、追って連絡する』と言い残した。彼は恐らく人質として生かしてあるのだろう、だが……。
「イリアスさんは悪くありません。あちらの人数が多かったのだから仕方ありませんよ。あ、尚書様を入れるとお揃いですけどむしろ尚書様は足手まといですし」
「ラクラ、ししょーのわるぐちだめ!」
ウルフェも先ほどから一度も座っていない。先ほどから周囲をうろうろしており、ピリピリと怒りと不安の感情を表に出している。
「うう、ごめんなさい。それにしても何であの鎖男さん、私にあんなに殺気を向けていたのでしょう?あそこまで恨まれる覚えはないと思うのですが……うーん」
確かにエクドイクから感じられた気配、あれは明らかに裏の世界に生きている者が持つものだった。表舞台で活躍しているラクラとの接点はあまり考えられない。
「奴らは悪党だ、関係者を捕らえたとかそういう関係だろうか」
「対人戦なんて訓練でしかやったことないですよぉ。魔物や悪魔退治ならそれなりにやっていますけど」
「だが何にせよあの場でラクラが現れたのは助かった。あのエクドイクという男は間違いなく彼を殺す直前だった。恨みを持ったラクラが現れたことで矛先が君に向かい、騎士達の到着によって場を仕切りなおそうと彼を生かしたまま連れて行ったのだ」
「尚書様の命を救えたのは嬉しいですけど、素直に喜べませんねぇ……」
エクドイクからは強い意思を感じていた。恐らくはラクラを自らの手で始末したいと思っているのだろう。ギリスタも同様だ。私と戦うことに対して執着心を持っていた。再戦を挑んでくる可能性は十分高い。
「でも心配ですね。話の通じるようなまともな方々には見えませんでした……尚書様が生きている可能性は高いとしても、果たして無事なのでしょうか……」
それは分からない。街中で無関係な者達を平然と巻き込み利用する外道達だ。彼を人質として扱う際にまともな対応をしてくれるであろうか。逃げられないように四肢を斬り落とすくらいは平然とやれるだろう。嫌な想像を脳裏に浮かべ手に力が入る。彼の意識が早く覚めれば上手く立ち回ることができるかもしれないのだが……。
「イリアス様!このような手紙が門の見張りの元に!」
飛び込んできたのは番兵の一人だ。門ならば番兵が必ずいる。連絡を取るのであればその周囲に来る可能性は十分あった。だがその様子からそれ以上の進展は見られないと判断して良いだろう。手紙を受け取り、開く。
『日付が変わる時、ラクラ=サルフ、イリアス=ラッツェル、エウパロ=ロサレオの三名を西の城壁側の広場にて待つ。同行者は白い亜人のみ可とする。周囲にそれ以外の気配を感じた場合、人質を即座に殺す』
ラクラを指名したのはエクドイク、私を指名したのはギリスタだろう。エウパロ法王に関してはパーシュロ、またはラーハイトの指示と考えて良いのだろうか。ウルフェの同行を可とする文面に関しては……パーシュロだろう。決着を付けたくば来い、と言わんばかりである。
「私達に関しては問題がない。だがエウパロ法王の指名は……」
彼が捕まったことは既に陛下に伝えてある。陛下は私達三人に同じ場所での待機を命じた。奴らが再戦を望む可能性は高いと判断しての処置だ。その考えは見事的中している。だがエウパロ法王はこの場にはいない。それどころかターイズ本国にいないのだ。各村で行う収穫祭の道具の運搬に同行して外出してしまっている。今から早馬を走らせ、事情を説明し駆けつけて貰ったとしても、指定の時刻には間に合いそうにない。
「早馬は出す。だが後はラッツェル卿達だけで行くしかあるまい」
「陛下っ!」
陛下が姿を現す。その表情は穏やかではない。当然だ、陛下にとって彼は有益な人材であり友なのだ。それを分かっていながら私は……。
「後悔も反省も後回しにしろ。奴らとてこちらが彼の安否を確認してくることは折込済みの筈だ。手段を選ばずに動かれて困るのは奴らだけではない」
そういって陛下は私達が取るべき行動を指示する。
「ラッツェル卿、こうなった以上は貴公の責任として戦い抜く他ないだろう。ユグラ教のラクラには彼女の補佐を頼みたい。相手は姿こそ人間だが中身は魔物以上に醜悪な者達だ」
「はい、わかりました。尚書様を無事助けられるよう尽力いたします」
ラクラは既に戦闘に応じる気だ。彼のために命を張る覚悟を即座に決めた。私も悔やんでいる場合ではない。全力を持って彼を救わねばならない。
「ウルフェ、君は残るんだ。君の同行を許可したのは恐らくパーシュロだが奴の強さはかなりのものだ。技術だけで言うならばギリスタを超えている」
「いやだ、ウルフェもいくっ!」
「しかし――」
「イリアスもいくなといわれたら、いかないの?」
「……相手は強い、ウルフェを守り通せる自信はないんだ」
「まもらなくていい。わたしたちはししょーをまもりにいく。それだけっ!」
決意の目だ。過去この目をした者を説得できたことはない。今のウルフェにとっては彼がすべてと言っても過言ではない。彼がウルフェの今を、未来を与えたのだ。彼のためだけではない、ウルフェ自身のために彼女は戦う決心をしている。それを止めることはできない。行かなかったことを後悔させない方法など存在しない。
「正攻法で勝てる相手ではない。全力で勝つ方法を模索するんだぞ」
「うんっ!」
「それはラッツェル卿にも言えることだ。戦闘だけならば正攻法で勝てたとしても、彼を救うためには不利な状況を打破する必要がある。騎士の誇りが邪魔するようならば捨てる覚悟で挑め」
「……はっ、この時だけは彼の救出を第一に考えます」
騎士として彼を守りきれなかったのだ。今更誇りを気にしている場合ではない。何よりも彼を救うことを考えなければならない。……だがそれ以上に懸念していることがある。
彼はドコラと会話している最中に奴と似た雰囲気を纏い始めていた。もしも彼があの狂人達と接していて、彼らを理解しようとした場合、彼がどこまで染まってしまうのか。願わくは無事でいて、平穏なままで事を済ませたい。装備の確認を済ませ、私達は指定された場所へと向かうのであった。