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さしあたって不味い。

 いよいよターイズ本国での収穫祭が開始された。本国での収穫祭は三日間連続で行われる。まず初日は開催の儀を大広間で行う。その後使用された道具を各村に運び、今年の豊作を祝い、来年の豊作を祈願する。

 村々ではその祈願を行う日に一日の収穫祭を行う模様。そして最終日には全ての村を回り終え、本国へ使用された道具を集めそれを燃やして締め括りとする。その間本国では日夜ドンちゃん騒ぎといったわけだ。

 既に初日に行われる開催の儀は終了し、街は出店や余興で賑わっている。いつもとは違い、普通の露店が激減し、でき合いの物を提供する露店が増えている。

 もちろんお祭りよろしく遊べる露店もある。輪投げ、ナイフ的当て、硬い実の叩き割り、ドッグランに騎士達による剣術指南。文明に差はあっても祭りを楽しもうと言う意思はこちらとなんら変わりない。

 そういう訳で楽しまなきゃ損だ。イリアスとウルフェを連れて適当に見て回ることにした。

 ラクラは収穫祭当日の仕事はない。と言うのも下手に何かをさせれば却って邪魔になる。用意できる単調な仕事もそう多くは無い、ならばもう外に放置した方が良いとのこと。そして暇を持て余して戻ってこないようにとお小遣いをユグラ教から貰ったそうだ。そんなわけでラクラは一人この祭りを満喫している模様。

 多分お小遣いを使い切ったらこちらにやってくるだろうからそれまでの祭りを楽しまなくてはならない。そんなわけではあるのだが……。


「君はさっきから何を読んでいるのだ」

「ウッカ大司教の記憶の汲み上げが終わったらしくてな。調書の写しを貰ったんだ。後は別個で頼んでおいた手配書だ」


 現在ターイズ本国には多くの来国者がいる。収穫祭に合わせて店を出しに来た商人、祭りを楽しもうとやってきた隣国の道楽者や冒険者。これだけ新顔が増えるとなると門番の仕事も万全とは言えなくなる。

 もしもラーハイトが本の奪還を試みているなどでこちらへの悪意を向けている場合、こういったイベントに乗じて何らかのアクションを行ってもおかしくはない。事実ウッカ大司教の記憶に関する調書を読んでいるとラーハイトは結構細かく行動するのが好きなようだ。小まめにウッカ大司教と接触し、常に新しい情報を得ようとしていた。

 果報は寝て待てというタイプではないのは明白、そうなると既に次の手段に着手している可能性もある。そこでいくつかの可能性を考慮した上で用意してもらったもう一つの資料がこちら。メジス、そして周辺国で悪名高そうな冒険者の手配書だ。

 本体での戦闘でウッカ大司教に敗北している以上、ラーハイトの戦闘能力はさして高いとは思えない。これは別にウッカ大司教を低く見ているのではなく、ラクラの話から推測する状況だ。

 ウッカ大司教は技術などに優れているが大司教の中ではシンプルに才能がないらしい。実戦における強さだけで言えばラクラの方が上だとか。

 つまりはラーハイトの実力は高く見積もったとしてラクラ前後と見て良いだろう。戦いよりも頭を使うタイプでそれだけなら十二分ではあるのだが、そこは置いておこう。

 ラーハイトは現在自分の体以外を使っている。つまりは戦闘力はかなり落ちており直接行動することはないだろう。そうなると人を使うのは確実と見ていい。次に考えるべきはどう言った人材を使うかだ。

 既にメジスの暗部達はユグラ教の監査が入っている。新たな人員を引き抜くことは難しいだろう。そもそも頭脳タイプの奴が一度破れた手段を好んで使う可能性は低い。無論、その発想を考慮した上で意表を突くこともありえなくはないのだが、暗部を再び手中に収める手間が途方もない上に効果が薄い。その辺が容易に想像できてしまう以上選択肢からは外してくるだろう。

 ではメジス以外の国の暗部を利用するのはどうだろうか?これも可能性は低い。と言うのもメジスが周辺国に暗部へ干渉を行い勝手に操作する輩がいると言う話を伝達済みなのだ。魔王の犬関連は伏せているが洗脳魔法を得意とし、国家間のトラブルを引き起こそうとしていたという話は伝わっている。

 ただの隣国からの忠告ならば聞き流すだろうが相手はメジス。各国に多くの信仰者を持つユグラ教の総本山がある国だ。ユグラ教を認可している国ならば危険性があると多少なりとも警戒はするだろう。

 そういったわけでラーハイトの手駒になりそうなのは冒険者、もしくは悪人付近に絞られる。だが悪人と言っても山賊や盗賊程度では話にならない。

 実戦経験のある暗殺者などが好ましいがそれではほぼ暗部と似たり寄ったりだ。別の切り口で攻めるならば冒険者、それも強者を選ぶだろう。だが真っ当な冒険者がラーハイトのような胡散臭い男に従うとは思えない。

 洗脳魔法で手駒にする可能性もあるが、ターイズの城門には魔封石が設置してあり、真っ直ぐに入国させれば洗脳魔法は解けてしまう。一度こちらに進入したのだからそれくらいは知っていると見て良い。つまりは金や地位といった褒賞で操れる連中、悪名が知られた冒険者に視点が行く。そんなわけでそういった連中がこの国にやってきた場合に気付けるように手配書を貰っているわけだ。


「しっかし、どこの世界にも悪名高い奴ってのはいるもんだな」

「冒険者と言っても様々だからな。国に登用されるような英雄もいれば国から追われ犯罪者に堕ちる悪党もいる」


 手配書に書かれているのはその人物の風貌、そしてどのような悪名があるかなどだ。国に指名手配こそされていないが、冒険者ギルドからは危険視され出禁になっている者も多々いる。血の気の多さから多くの人間を殺している者、他の冒険者と利益争いを行い多大な被害を与えた者、中には依頼主と揉めて相手を恐喝、殺害した者もいる。

 とは言え、現在この国にはラーハイトを倒したウッカ大司教、そしてエウパロ法王、ついでにラクラと彼が知るだけでも強者が三名はいる。そしてあの日こちらを護衛していたイリアスのことも知っていて不思議ではない。そうなると悪名が高くても実力が無い者はほとんどが除外できる。

 もちろんラーハイトのように頭脳タイプな冒険者もいるだろうからそういった臭いがする相手は候補から外さずに覚えておく。


「お、この冒険者は凄そうだな。女でありながら身の丈よりも遥かに巨大な剣を使う血に飢えた戦闘狂。大規模な魔物退治の際に最前線で最も多くの魔物を仕留めるも、自我を失い他の冒険者まで襲い掛かる。止めに入った冒険者を含め大半を死傷させた……なんでこんな奴を残しておくんだよ」


 意思疎通の取れない魔物退治が苛烈なのは想像に容易い。戦争以上に冒険者の心に負担が掛かることだろう。だがどう見てもこいつのやらかした事は発狂と言った類の暴走ではない。自覚した上で暴挙に出た狂人と見て良いだろう。

 流石にこんな手の付けられない狂人をこんな大舞台に送り込んでくることはないと考えたいが、いずれ相見える可能性もないとは言えない。


「名前はギリスタ、燃える様な赤い短髪に右目に大きな鉤爪の刺青。乱杭歯の様な刃が付随する大剣を持っている。街で出遭おうものなら一目でわかりそうなものだ――」


 辛い、何が辛いって言葉の通りなんだもん。一目で分かるであろう風貌の女が視界の先にいる。燃える様な赤い短髪、右目に大きな鉤爪の刺青、乱杭歯の様な刃が付随する大剣を背負っている。

 ここが日本なら有名人のコスプレかな? ははっ、と笑う所なのだがどうもそういうわけにはいかないようだ。散々能書きを垂れた矢先にフラグ回収とかもう流行りでもないだろうに、いい加減にしてくださいよ。


「どうした急に立ち止まっ――」


 イリアスも見つけた模様。どう見ても手配書に書かれているギリスタと一致する。白昼堂々と祭りの賑わいの中を闊歩している。

 ――落ち着こう、落ち着くんだ。確かにあの女がギリスタだとしてただの観光客である可能性も否定はできない。ラーハイトの送った刺客ではない、ただの犯罪者である可能性だって――ああ、ダメだ。こっちと目が合った途端凄い良い顔してきやがった。二人で凝視していたんだ、そりゃ気付かれるよな。暢気に露店を眺めていたギリスタはこちらに歩み寄ってくる。 


「イリアス、ここで暴れられると不味いよな?どこが良いと思う?」

「できれば城門外が好ましいが……広場は騎士達の出し物として演舞用のスペースがあったはずだ」

「完全に放置もできないよな、アレ」

「無論だ。幸いにもこちらに殺気を向けている。移動すればすぐに追いついてくるだろう」


 なるべく人だかりの少ない場所で迎え撃つべきだろう。イリアスとてその体は一つ。できることは多くても同時にできる数には限りがある。


「よし、ウルフェ担いでくれ。屋根伝いで広場を目指すんだ」

「はいっ!」


 久々に女性の肩に担がれる。ウルフェはその場で跳躍し屋根まで到達する。イリアスはワンテンポ遅らせるつもりでまだ動いていない。

 ギリスタの様子は――って、なんだ?彼女はまだこちらに近づいていない、だと言うのに背中にある剣を握り、構え出した。

 視線はこちらを見たまま笑っている。まさかこの距離からでも攻撃が届く――いや、違う!


「イリアス、止めろっ! ()()()()()()()()()()()()!」

「あーっはぁっ!」


 掛け声と共にギリスタは大通りの中央で大剣を豪快に振り回す。巨大な衝突音が周囲に響き渡る。その衝撃でギリスタの側にいた人々が吹き飛ばされる。だが斬られた訳ではない、その斬撃はイリアスの剣によって止められていた。イリアスも気付いていたのだろう。周囲の者を跳ね除ける突進で躊躇なく飛び込むことで最悪の結果だけは防げた。


「躊躇なく無辜の民を狙うか、外道が!」

「だってぇー、逃げようとしたのはそっちだよねぇー?民を守る騎士様ぁー?」


 ギリスタは続いて追撃の一撃を振り下ろす。再び轟音と共に振動が周囲に伝わる。二合目の衝撃を以て周囲の者達はようやく現状の危険さを理解し、騒ぎ始めた。


「皆離れろ! 巻き込まれたなら即座に死ぬぞ!」


 イリアスの声と共に周囲の人々が逃げ惑う。集団パニックが発生してしまった。とは言え今は周囲の人々には距離を取ってもらう他ない。

 イリアスが突き飛ばした人々も現状を理解し、離れ始めている。だが一合目の衝撃で吹き飛ばされた人達は逃げ遅れている。大剣の間合いから離れてはいるが彼等は周囲に散らばっている。つまるところイリアスはその場を動けない。動けば即座に動けない彼等が大剣の間合いに入ってしまう。


「ししょー、どうしますかっ!?」


 ウルフェが彼らの様子を心配してこちらに声を掛ける。周囲に人が残っている状態ではイリアスとて戦いにくい。だが彼らを全員避難させることができるのか?

 突然の衝撃で吹き飛ばされた者達は徐々に起き上がり避難を始めている。だがその中には地面に打ち付けられ、そのダメージで満足に動けていない者もいる。避難している者達に、残された者を連れて行くように指示を出すか? いや今は自分の身が最優先となっている。指示を出したところで従ってくれる者はいないだろう。


「……ウルフェ、近くに行くぞ」

「でも――」

「これだけ騒ぎを起こしたんだ、すぐに他の騎士達も駆け寄ってくるはずだ。それまでの時間を稼ぐぞ」

「……はい」


 屋上から飛び降りイリアス達の側に寄る。何合目かで鍔競(つばせ)り合いになり、両者の剣が止まる。イリアスの腕力に拮抗しているのかこの女!?


「馬鹿っ! 何故今のうちに逃げない!?」

「あらぁー、そっちまで来てくれたんだぁー? うーれしぃー!」

「昼間っからとち狂った戦いを始めてくれたな。ギリスタ、で間違いないか?」

「はーいぃ! その通りぃ、ギリスタちゃんでぇーっすぅ! 私の事をぉ、知ってるのねぇー?」


 拮抗状態だと言うのにギリスタには余裕があるように見える。イリアスも負けていないのだが思うように動けていないようだ。

 見ればイリアスの足が地面に陥没している。なんつー剣圧、いやさっきの轟音からしても物量的な重さも相当ありそうだ。ひとまずはウルフェに降ろしてもらう。


「ラーハイトも物騒な奴を送り込んでくれたもんだな」

「あーらぁ、あららぁ、何の話かしらぁー?」

「とぼける必要はない。ラーハイトが先日()()()()()()()()からな」

「あらぁ、そうだったのぉ?私はぁ、聞いてないんだけどねぇー。ラーハイトも人が悪いわねぇー」

「嘘に決まってるだろ馬鹿がッ!そんなハッタリに引っかかるとは迂闊だな」


 突如怒声がギリスタの背後から飛び込んでくる。いつからいたのか、明らかに強そうな冒険者風の男が立っている。全身を黒いアンダーで覆って、その上から軽装な鎧を装備している。ウルフェと同じ武器だろうか、黒いドラゴンを象ったガントレットが目につく。


「あっはぁー、騙されちゃったのぉー? ひっどぉーいぃー」

「ラーハイトのチキン野郎がそんな真似するかマヌケッ! だがギリスタには良いひっかけではあった。そこは評価しよう」


 何だこいつ、キレ気味に喋ったと思ったら表情まで大人しい好青年に切り替わってやがる。情緒不安定とかそういう問題ではない気がする。


「ごめんねぇープァーちゃんー」

「変に伸ばすな口縫い合わすぞっ! いい加減普通にパーシュロと呼んでくれよ」


 確かリストにそんな名前が……あった。パーシュロ、『拳聖』グラドナの弟子であり後継者候補であったが、同門の弟子達を大勢殺したとして破門される。その後は冒険者や用心棒として生計を立てる。

 実力は確かだが、かなりの気分屋で仲間や依頼主を何度も殺害しており、それらが明るみになった以降は裏の住人として活動している。こいつもろくな奴じゃないな。しかし狂人に気分屋、ラーハイトもつくづく相性の悪い相手を送り込んできてくれたものだ。と言うか敵の援軍は来ているのにこっちの援軍は来ないのか!?


「そぉーそぉー、他の騎士様達の到着を待っているのなら無駄よぉー」

「なんだと?」

「人払いの結界をこの周辺に張ってもらってるのぉー。去るものを追わずぅ、来る者を拒むぅ、そんな結界なのよぉ?」


 周囲の様子を確認する。言われて見ればこれだけの騒ぎを起こしておきながら周囲が静か過ぎる。先ほどまでパニックで逃げていた人々の声すら聞こえていない。となれば現状だけでどうにかするしかないのか。

 現在イリアスとギリスタの半径十メートル周囲には五名、動けない一般人達がいる。ギリスタの武器は異常な重さ、加えてイリアス相手に力負けしないレベルだ。以前戦ったギドウのアンデッド状態と互角、もしくはそれ以上と見るべきだろう。そしてイリアスとしてはあまりギリスタに大剣を振るって欲しくない状況。打ち合う衝撃で一般人達がダメージを受ける距離なのだ。あまり時間を掛ければパーシュロが動き出す可能性もある。


「イリアス、距離を作れ!」

「できない、ここでこいつを自由にしては周囲の者達に危険が――」

「距離を取るんじゃない、()()と言ったんだ!」

「――そうかっ!」


 イリアスがギリスタの大剣を跳ね除ける。これでギリスタは再び大剣を振るうことができるようになった。

 だが――


「ひとまずお前が離れろっ!」


 イリアスの蹴りがギリスタを後方へ吹き飛ばした。ギリスタは即座に空中で一回転、以前見せたカラ爺の様な動きで大剣を地面に突き刺しその威力を殺しきる。


「痛いわぁー女性のお腹を蹴るなんてぇ、酷い騎士様ねぇー」

「ああ、それは悪かったな、だがもう蹴る必要はない!」


 今度はイリアスがギリスタに斬りかかる。位置がずれたことで二人の剣戟が発生させる衝撃の範囲から一般人達は逃れている。これでようやくまともに戦闘ができる。だが動けるようになったイリアスの攻撃をギリスタはしっかりと防いでいる。少なくとも以前戦った暗部以上、山賊の首魁であったドコラレベルと見て良いだろう。


「あらぁ、嫌だわぁ、貴方ってぇー私より強いわねぇー」


 だが地力の差ではイリアスに優位がある模様。イリアスの連撃を捌けてはいるが反撃には出られていない。しかし――


「こっちの存在を忘れてるんじゃねぇよガキ、よもや二対一が卑怯とは言うまい?」


 ギリスタの背後からパーシュロがガントレットの一撃をイリアスに見舞う。イリアスがその攻撃を防ぐが押し返されてしまう。その隙をギリスタが逃さず詰める。


「もちろん私も忘れちゃぁ嫌ぁよぉー」

「それはこっちのせりふっ!」


 大剣を振りかぶったギリスタにウルフェの蹴りが入る。ギリスタは再び後方に吹き飛ばされる。今度は完全に意表を突かれたようで受身を取れず地面へと叩きつけられる。


「あらぁ、あらあらぁ、可愛い子犬ちゃんが突然飛び出してきたわねぇー?」


 ギリスタはゆったりと起き上がる。気だるそうに、ゾンビのように、それでいて余裕を感じさせる。


「パーシュロォ、私動物の世話って苦手なのよねぇ、そっち任せても良いかしらぁ」

「獲物を勝手に選んでんじゃねぇよクズがっ! 物足りないが良いだろう」


 ギリスタがイリアスに、パーシュロがウルフェに狙いを定める。イリアスの方はまだ良いとしてウルフェの方が心配だ。倒すよりも倒されないように時間を稼ぎ、イリアスの合流を待つべきだろう。


「ウルフェ、勝ちに行くなとは言わないが無謀な攻めは控えろ。相手の力量を正しく測れ」

「はいっ!」


 ウルフェの突進の一撃をパーシュロはガントレットで受け流す。その衝突を合図としてイリアスとギリスタも再び斬りあいを始めた。先ほどと同じ形でイリアスが力と速度でギリスタを追い込む。


「まともな斬りあいじゃぁ勝てないわねぇ、それじゃあこういうのはどうかしらぁ」


 ギリスタが剣を引きながら半歩下がる。自分の剣の間合いからイリアスを離した。だがイリアスも止まるつもりはない。即座に距離を詰めようとする。


「いただきまぁすぅ!」


 突如大剣が分かれた。鋸状に見えた大剣がまるで鰐が口を開けたかのように開いたのだ。イリアスは急停止、そして後方へ飛ぶ。上下から襲い掛かる牙は空を切り、互いの顎同士で激しい音を立てる。


「――魔剣の類か」

「そうよぉ、この剣は魔族が使ってたとされている子なのぉー。血を飲み肉を食い千切り骨を噛み砕くのが大好きなのよぉ」


 ギリスタの剣はまるで生き物のように蠢き出す。そして再び巨大な口を開く。


「さあぁ! さあぁ! さあぁ! さあぁっ! とっても美味しそうな騎士様を踊り食いましょぉ!」


 ギリスタは噛みつく大剣を振り回す。閉じて、開いてを繰り返す剣の動きは完全なランダム。上から下に振り下ろす際に口が閉じようものなら、左右の斜め上からの斬撃になる。

 斜め下から上に振り上げる際に口が開こうものなら足と頭部を同時に襲う斬撃に切り替わる。間にいれば噛み砕かれ、回避しようにも剣の振りと噛み合わせはまったくの不規則で難しい。攻めに転じればあらゆる攻撃が同時に行われるのだ。無論、剣が不規則に形状を変えるのであれば防御は難しい筈だ。しかしイリアスが返す刃をギリスタはしっかりと防いでいる。剣の不規則な動きをしっかりと熟知しているのだ。


「面倒な武器だ。捌き難い上に()()()()()()()とは」

「そうよぉ、この子の噛みつきは周囲の魔力も喰い取っちゃうのよぉ。たとえ攻撃が当たらなくてもねぇ」


 なんてことだ、それが本当ならばああやって戦うだけでイリアスは相当な速度で魔力と体力を削られていると言うことになる。イリアスの表情からではどれ程の魔力を奪われたかは定かではない。だが体感できると言うことは最低でも一割前後は奪われていると見ていいだろう。ウルフェの方は大丈夫か、視線を移す。


「雑魚過ぎてやる気もでねぇなクソがっ! 魔力の高さだけは認めるが他は未熟も良い所だ」


 ウルフェは小刻みな攻撃を繰り返すも全てを回避、防御されている。ラグドー隊を相手にしている時と同じように技術の差がありすぎる。幸いなのは相手がまだ本気になっていないと言うこと。一撃の反撃も行っていない。このまま様子見をしている間にイリアスが状況を打開してくれれば良いのだが。


「飽きたな、そろそろ死ねやこの雑魚がぁっ!」


 突如動きが加速し、パーシュロの拳が振り下ろされた。ウルフェはそれを咄嗟に防御するが威力を殺しきれない。弾き飛ばされ壁に叩きつけられる。


「ウルフェッ!」


 だがウルフェは即座に壁を蹴り、パーシュロに飛び込む。


「ところでギリスタが魔剣使いで相方である俺がただのガントレット使いだとは思ってないよな? 燃え尽きろや獣がぁ!」


 パーシュロの両腕が黒い炎に包まれる。迎撃の火拳がウルフェに届く瞬間、ウルフェが真横に弾ける。ウルフェは咄嗟に魔力放出をして突進の軌道を変えたのだ。だがそうしなければ勝負は決まっていた。ウルフェの突進して来た方向が巨大な黒い炎に包まれる。それは壁まで届き、壁を黒く炎上させる。


「石作りの壁が燃えているだと……!?」

「このガントレットから生み出される炎は物を燃やすが、その実炎ではない。対象の魔力を燃え上がらせる特質を持たされた魔力なんだよぉっ!」


 そりゃあご丁寧に説明どうも。しかしそれは不味い。要するに魔力を燃やす魔力と言うわけだ。その炎はウルフェが回避に放出した魔力に引火し、一気に燃え上がっている。

 もしも魔力の塊であるウルフェが直撃を受ければと思うとぞっとする。引火した瞬間に魔力放出で引き剥がせる可能性はあるが、炎を灯油の水圧で吹き飛ばすようなものだ。下手をすれば大炎上は避けられない。

 実力差もあると言うのに相手には必殺の炎がある。どう贔屓目に見てもウルフェが不利だ。だが戦闘に割って入ればいよいよもって足手まといになるだろう。話の通りならば魔力のないこちらには引火しない筈ではあるが、普通に周囲の空気や土は燃えるだろうし、そもそも肉弾戦が通じない。

 今できることはギリスタ、パーシュロのことを少しでも理解してその突破口を見つけることだけだ。だが相手は理詰めではない。不条理な暴力を以てこちらを虐殺しようとしているのだ。こういう手合いは()()()()()に収まるか微妙だ。

 しかしそんな弱音を吐いている場合ではない。少しでもできることをするべきだ。くそ、体に巻きついている鎖が重い。……鎖が重い? いや待て何で体に鎖が――


「ぐあっ!?」


 突然全身に強烈な圧迫感を受け、体が浮く。あまりの突然のことで即座に状況が飲み込めない。何があった、現状を把握するんだ。

 ――今この体は鎖で締め上げられている。そして建物の屋上からぶら下げられている。上を見上げる。そこには上の空を見つめながらぶつぶつと呟いている男がいる。両腕から伸びる鎖がこちらを縛っている。

 大人一人を雁字搦(がんじがら)めにしている長さを消費しておいてなお、その男の両腕には素肌を覗かせまいと鎖が巻きつくしてある。


「ししょーっ!?」

「まだいたのかっ!?」

「当然いるわよぉ、私やパーシュロじゃぁ人払いの結界なんて張れやしないんだからぁ。でも良い仕事じゃないエクドイクぅ」


 迂闊だった。相手の強さに意識が向き過ぎていてその数については意識の外だった。ギリスタもパーシュロも単体で十分な脅威だ。二人が現れたことでそれで終わりだと勘違いしてしまっていた。体を鎖が生き物のように締め付けてくる。


「ぐっ、がっ……」


 不味い、意識が遠のく。こいつらがラーハイトに従ってこの場にいるのならば目的は本、またはその本を解読できる存在だ。つまりここで気を失おうものなら、もう目覚める可能性はかなり低い。そこまで思考が回った時にはもう、完全に意識が途絶えてしまった後だった。


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[気になる点] 本国という表現がこれまで何度が出てきたが、王都や首都の間違いではなかろうか?
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