さしあたって宝物。
街の様子もだいぶ賑わい方が変わってきた。間もなく収穫祭、それに向けての準備が街の人々の間でも行われ始めたのだ。収穫の無事を祈る収穫祭。国だけではなく村々でも同時開催されるとあって祭事の道具を買出しに訪れる村人達の姿も多い。
ユグラ教の人達は大忙しだ。何せ村ごとに行われる収穫祭全ての主催運営を行うのだ。とは言えこちらにこれといった負担は増えていない。強いて言うならウルフェの先生をしているマーヤさんが激務のために、教えを乞うウルフェが凄く暇をしているのだ。
マリトはマリトで収穫祭の準備があり、異世界学習はしばらくお休みとのこと。そしてラクラが家に大量の道具を持ち込み内職をさせられている。祭事で使う道具の作成だとかなんか。それも時間の掛かる一部のパーツのみである。邪魔しては悪いと家を出てぶらぶらしているのが現状だ。
「しかしちゃっかりお土産を要求してきやがって……まあ頑張ってるだけの報酬はあって然るべきだな」
「そうだな。そして君は相当暇そうだな」
「マリトのところもマーヤさんのところも忙しい。バンさんも同じく。昼間から『犬の骨』でたむろするわけにもいかない。そりゃ暇にもなる」
「鍛錬と言う言葉があってだな」
「よしウルフェ、普段から頑張っているウルフェに何か買ってやろう」
「ほんとうですかっ!」
おいと呼び止めるイリアスの声を聞き流し、ウルフェの頭を撫でる。ラクラにも土産を買うのだ。ウルフェにも何か買ってやらねば割に合わないだろう。
「ウルフェの部屋にある物はサイラに作ってもらった服と、借りてきた本ばかりだからな。私物を増やすことは悪くない」
「以前荷物が嵩張るとか言っていなかったか君は」
「こっちはあまり持たない主義だから良いんだよ。それでもウルフェよりかは色々部屋に置いてあるんだぞ」
主に大量の羊皮紙とペン、そして服が少々。後は宝物入れと相棒、そしてこっそり買っていた彫刻用ナイフだ。木の棒だった相棒を木刀にクラスチェンジしたり、人生ゲームに使用したダイスの制作はこれで行っていたのだ。うーん、それでも少ないもんだな。
「それに少しは甘えることも覚えなきゃだな。ウルフェなら大体の我侭は聞いてやるぞ」
「ラクラや私とはえらい差があるのは気のせいか」
「気のせいじゃないぞ。ウルフェには色々なことを教える必要がある。生き方や心構えだけじゃない。人の頼り方や甘え方も知っておく必要があるんだ。将来ウルフェにとって必要のないことでも、ウルフェを頼ったり甘える奴だって出てくるだろう。その時にそのことの意味を知っておかないとただの迷惑としか感じられないようになるんだ」
普通の子供なら親に甘え、我侭を言い、受け入れられ、拒否され、甘やかされ、叱られ、笑い、泣き、成長する。そして将来相手から受けている感情がどういうものなのかを経験則で把握するのだ。
だがウルフェにはそれがない。何もない時代が多く、他者との付き合い方が不十分なのだ。マーヤさんやイリアス、そしてラグドー隊の立派な方々がいるとは言え、彼らからは弱さを学べない。
彼らの規律正しい生活に触れれば甘えようなどとは思わないだろう。事実ウルフェは勤勉で従順だ。しかしそれはそのようにしか成長できていないだけのこと。
ウルフェには様々な想いを抱いて欲しい。その上で自分を正しく形成することを望む。ちなみにイリアスも幼い頃は通常の家庭だったのだがそこから先が偏った人生だった。そういったわけで同年代のサイラと仲良くさせるよう手を回したのだが、どうやら上手く行った模様。
「それだとラクラが適任ではないのか?」
「アレに過度に干渉すると真似をしそうで困る。適度な距離をとらせ、反面教師にしたい」
自由に育って欲しいとは願っているが、ラクラのような性格の弟子は持ちたくない。それでも甘やかしてしまいそうで、もう悲惨な結末が目に見えている。大丈夫だよな、大丈夫だよね?
「君もある意味反面教師にすべきではないのか?」
「世渡り上手とダメ人間を一緒にしてくれるな。さてウルフェ、何が欲しいか言ってみろ」
「えーと、うーん、……はいっ、きまりました!」
ちなみにこれはウルフェを知るためでもある。ウルフェが何を欲するのかでウルフェが誰の影響を濃く受けているのかが分かる。
「ぶきがほしいです!」
「お前の影響かイリアス!」
「私か!?」
「ウルフェもししょーみたいなぶきがほしいです」
「こっちだったか……」
言われて見れば今まで魔力放出の強さだけで活躍してきたようなものだ。戦闘などを行うのであれば、まともな武器を持つのも良いのかもしれない。
とは言えこの相棒こと木刀レベルではウルフェには不足だろう。魔力を込めれば十分な破壊力は期待できるが都度武器が破壊されてしまう。当然ながらこいつを渡すわけにもいかない。
「そういえばウルフェはラグドー隊で色々な武器を試していたと思うが、どう言った武器が好みなんだ?」
「……よくわからないです」
「どの武器でも一通り同じように扱えていたからな」
ふーむ、ウルフェは万能型だとは聞いていたがそこまでなのか。肉弾戦もこなし、武器も大体使いこなせる。一通り学ばせるのも良いが、戦闘において万能タイプと言うのは言い換えれば器用貧乏だ。イリアスレベルにまで育った後ならば色々覚えて損はないが、まずは一つに絞らせた方が良いだろう。
「とりあえず武器屋を見に行こうか。実物を見れば欲しいものも見つかる可能性もある。なければ専門家に聞いてみるのも良いだろう」
「そうだな。私も最近訪ねていなかったが、そろそろ鞘の修理をしたいと思っていた。案内しよう」
案内されたのは街外れにある一軒の店だ。玄人好みの寂れた雰囲気が、現代日本人の童心をワクワクさせてくれる。
「トールイド、いるか?」
イリアスは中に入り声を掛ける。続いて中を覗くと思わず声が漏れた。視界に映るのは大量の武器、その大半が剣と槍だが槌にナイフ、鎖鎌のようなものまで見える。棚には埃が積もっているが、陳列されている武器の全ては日々手入れされているようで新品そのものだ。
眺めていると店の奥からしわくちゃなボロ着を身に着けた七十代ほどのお爺さんが姿を現す。うおー、あれだ。パッとしない感じだが実は超腕の良い鍛冶屋感が半端ないね。
「なんだぁ、ラッツェルの嬢ちゃんか。最近見ねぇと思ったがついに剣が逝ったか」
「生憎トールイドの鍛えた剣はしぶとくてな。今日は鞘の修理を頼もうと思ってな」
「どれ見せてみろ、……お前っ! お前なぁっ!? 鞘は鈍器じゃねぇんだぞ!?」
あ、凄い真っ当な人だ。今まで誰一人としてイリアスが鞘のまま相手を倒したことに触れた者はいなかった。一応日本では刀の鞘も立派な武器として使っているのだが、少なくともイリアスの剣の製作者の意図ではないようだ。
「そうは言うがな。時折抜こうとすると引っかかるのだ。だからそのまま振るう機会が増えたのだ」
「そりゃこんだけ歪んじゃあ綺麗に抜けんわ! ……なんだぁ?連れがいるんか」
「ああ、今日はついでに連れに合う武器を選びに来ている。こっちはウルフェだ。ウルフェ、こちらはトールイドだ」
「ウルフェです、よろしくおねがいします」
「ほう、亜人さんか。――すげぇ魔力量だな。鍛錬が浅そうなくせに、お前とどっこいじゃねぇか。それに比べてそっちの兄ちゃんはなんだ。明日にでも死にそうな弱さだな」
「弱さになら自信はあるな」
「そりゃ強かだな。ところで兄ちゃんも武器を選ぶのか?」
「いや、これで十分だ」
そういって自作の木刀を見せる。相棒がいれば武器なんて要らないのさ。
「いや、せっかくだから買えば良いではないか。安物でもここのは質は良いぞ」
「身の丈にあってるから良いんだよ」
「ふん。確かにその体じゃうちの武器はろくに扱えそうにねぇな。木製の部品の手入れに使う油があるから、それでも見てくと良い」
「まじか、それはありがたい」
木刀と言えど手入れは必要なのだ。市場ではニスのようなものはなかなか見当たらず、バンさんに手配してもらおうかとさえ思っていたところだ。待っていろよ相棒、お前に光沢と言う名の輝きを与えてやる!
「鍛冶屋なのだから武器を勧めたらどうなのだ……」
「その兄ちゃんにはその木剣が似合いだ。自分の強さを理解して自分に合った武器を用意できてるんだ。俺の出番なんざ道具を貸すくらいだ」
「褒めてもらえるのは嬉しいが、正直これを振るのも疲れる」
「それくらいは鍛えろ、才能がなくても腕が動けば振るくらいできらぁ」
ごもっとも、やっぱりある程度は鍛えなきゃダメかー。そんなこんなでイリアスとトールイドさんは奥の作業場へ向かった。すぐさまハンマーで叩いている音が響きだす。
こちらも店の中でも――とといかんいかん、ウルフェの武器を見繕わねば。ウルフェは言われるまでもなく色々な武器を物色している。手にとっては軽く振って感触を確かめている。
「他の武器や棚にぶつけないようにな」
「はい、ししょー」
武器のことは専門外だ。個人的な偏見で言うなら素手が一番似合っているとさえ思っている。もっともそれはウルフェの活躍した場面での装備が素手であったからこそだ。
メジスの暗部相手では奇策が成功しただけで技量の差は圧倒的であった。不慣れな武器を手に取っていればウルフェは確実に負けていただろう。そう考えると魔力操作が行いやすい素手の方が総合的なポテンシャルは高いのではないだろうか。
しかしウルフェは武器を欲しがっている。素手の方が良いと今更言うのも気が引ける。いや、待てよ? そうだあの武器ならば……。
懐から羊皮紙を取り出して早速イメージした図案を描き始める。
「まったく、鞘は剣と違って芯がねぇぶん柔らけぇんだ。無茶な扱いは程ほどにしやがれってんだ」
「しかし手頃に殺傷力を抑える時には重宝するのだ。必要な時は使わざるをえない」
よく言うよ。鞘のままで巨大な男の胴体吹っ飛ばした奴がよく言うよ。
「そんなに言うんだったら今度鞘だけ別に作ってやる。意図されない使い方は道具を傷めるだけだからな。それで白いのはどうだ。良い武器は見つかったか」
「ううん、どれがいいかまよいます」
「だろうな、体を見りゃ分かる。どの武器にも順応しやすい体つきだが、悪く言えばまだどの武器にも適しきっちゃいねぇ。これだって武器は見つからねぇだろうよ」
「うう……ししょー、えらんでください。ししょーがえらんだぶきならだいじょうぶです」
ウルフェは困った顔でこちらに懇願してくる。自分のスタイルを決める選択だ。自分で決めろと言いたいところだが、今回はウルフェに甘えさせたいと言う名目がある。
「ま、そうくるよな。トールイドさん、ちょっと相談なのですがこれを見てください」
と見せるのは先ほどの羊皮紙。トールイドさん、少し眉を歪ませ唸りだす。
「なるほどな、そういう戦い方か。確かに面白そうだが……この図案だと強度が難しいな。ここにはこうして……」
ペンを手に取り、図案に描き込みを足していく。どうやら職人の血が騒いできた模様。こうなれば老いも若きも関係なく、二人で相談しあう。トールイドさんもやはりこういった武器の開発には心動くものがあるようだ。
「ちなみに無粋な質問ですけど、値段としてはどれくらいになりますかね」
「こっちとしちゃあこういった仕組みを入れた武器は初めてだから上手く行くか微妙だからな。材料費と後は時間分の労働代は貰うとして……他の費用は勉強させてもらうとして、こんなもんか」
羊皮紙に書かれた金額はなかなかのお値段。その辺に並べてあるでき合いの武器より一回りは高い。とは言え今の所持金ならば当面節約に徹すれば払えない額ではない。
「よし、それじゃあ頼みます」
「即決か、愛されてるな白いの」
「……ししょー、いいんですか?」
ウルフェが心配そうな顔でこちらの顔色を窺っている。値段が高いことに勘付かれたといったところか。金銭の大切さはしっかり学んでいるしな。
「払えない額なら払えないと断っているさ」
「じゃあ決まりだな。白いの、ちょっとお前の体の寸法を測る。ついてきな」
「は、はい」
「ところでどれ位掛かります?」
「収穫祭関係なく普段から暇していてな、今日からでも着手できる。明日の夕暮れには仕上げてやる」
そして次の日、ウルフェは完成した武器を装備した。完成した武器を見てイリアスも納得だと頷く。
「なるほど、ガントレットか」
ガントレット、平たく言えば鎧で言う腕の手甲と腕当の合体した物。籠手である。ガントレットは数キロの鉄塊とだけあって装備したままの打撃は申し分ない。実際に西洋の歴史ではガントレットでの攻撃技も存在し、武器としてのガントレットも存在している。
ウルフェのために作られたガントレットは当然ながら武器用なのだが、防具としても使えるようにしてある。肘の可動域を妨害しないギリギリの範囲まで複数の金属を組み合わせたプレートが張られている。単純な硬度としての金属としなやかで柔軟性に優れた金属を組み合わせることで、防御に使用した際の腕への衝撃を最小限に抑えるようにしてある。また魔力を注ぎ込みやすい希少な金属も層の中に含まれているために、魔力強化の恩恵も受けやすい。
盾ほどではないが、強固なそれは攻撃を受け止めると言うよりも弾くのに適した構造となっている。拳の部分にも同様に衝撃から拳を守る構造を組み込んでいるが、手先の器用さを落とさないために手のひら側には一切の金属は使用されていない。本来ならば剣を持つ際に攻撃を受けやすい親指周りの箇所には、金属をリング状にして設置し防ぐのだが別に拳を握るだけなので不要だとそれを取っ払っている。代わりに布地にも魔力を浸透させやすい物を使い、以前使用した猫騙しも使えるようにしている。
手を余すことなく使えるようにしたガントレット、じゃんけんもできるし箸も使える。格闘戦用に特化した装備だ。
「ウルフェの突進力やその攻撃力は高いが、肉弾戦だとどうしても身体への負担が大きい。ラクラの結界クラスともなれば素手では本気で殴れないだろう。だがこれなら思う存分攻撃ができるだろうと言う魂胆だ」
また拳周りにはひときわ大きいプロテクターが取り付けられているが、これにもきちんと理由はある。ついでと言ってはなんだが、足回りにも似たような形の鉄靴と臑当の組み合わさったものを用意してもらっている。
「できれば体回りの防具も特注してやりたかったが、そこはでき合いでも済ませられるだろうからな」
「……」
ウルフェは指を動かしてみたり、拳と拳を軽くぶつけ合ってみたりとで新しい武器に興味津々である。
「白いの、武器を試す前にお前にはこれを渡しておく」
トールイドさんはそういって羊皮紙の束をウルフェに渡した。
「これ……は?」
「兄ちゃんと一緒に考えた仕組みについての説明書だ。この籠手がどういう使い方ができるのか色々書いてある。しっかり読んでおけよ」
「は、はいっ!」
その後、しばらくの読書タイムの後兵舎にてガントレットの試運転を行った。結果は上々、完全に使いこなすにはやや複雑過ぎるがウルフェならすぐに使いこなせるだろう。
その日の夜、ウルフェは夕食後すぐに風呂に入って自室に篭った。気になって部屋の外で聞き耳をしていたが、どうやら鼻歌交じりで装備を手入れしているようだ。気に入ってもらえてなによりだ、邪魔はしないでおこう。
「尚書様ぁー! 私にも何か良い物買ってくださいよぉー!」
「うるせぇ、『犬の骨』で良い酒買ってきてやっただろうが!」
当然ながらラクラのリアクションは想定内のことだ。そのためにゴッズから良い酒を見繕ってもらったと言うのにこいつは……。ちなみに先日酒を購入したので本日はその酒を用いて成人組での卓飲みを行っております。そのせいでこちらもややテンション高め。
「形に残るものが良いんですぅー! あ、指輪とかどうでしょう? 薬指に嵌められる指輪欲しいなぁー、ちらっ」
「仕事場に括りつけるための首輪と鎖なら特注してやっても良いがな」
「酷いっ!? そこはせめてネックレスにしてくださいっ!」
「落ち着けラクラ、そもそもそういった贈り物は日頃の感謝を伝えるための物だ。ラクラは彼に世話になってばかりだろう?」
「そうですけど、尚書様ならきっとワンチャンスで買ってくれると思うのです!」
「ねぇよ、そもそも結構な額使ったからお前に回せる金などない!」
「じゃあ貯まったら良いんですね!?」
「お前に恩義でも感じねぇ限り贈り物なんてしねぇよ!」
「入居祝いとか友人料とかくれたって良いじゃないですかぁー!」
「出て行って欲しいし絶縁料なら考えてやらんでもないぞ」
「うわあああんっ! イリアスさああん! 尚書様が冷たいぃぃ!」
もう嫌だこの酔っ払い。手軽に喜ぶ品を考えて出てきたのが酒だったのだが、現在進行形でミスチョイスだったと後悔している。とりあえずこいつにばかり飲ませるのも癪なので、こちらも自然とペースが上がる。
「なぁに、なんやかんやで彼に恩を売ることは難しい話ではないだろう。ところでその理論だと私には贈り物をしても良いのではないか? 私もいついかなる時も贈り物は歓迎だぞ? ていうか寄越せ」
「こ、こいつも酔っ払ってやがる!?」
大人達のだらしない夜は過ぎていく。その頃ウルフェはそんな喧騒を意に介することなく、ガントレットを抱きしめて安らかに眠っているのであった。