おまけその9『なお実行された』
「いって、指の皮挟んだ……」
「ししょー!大丈夫ですか!?」
久ぶりにウルフェの成長を見るため、エクドイクの魔力が込められた鎖を使った魔力操作を披露中。
童心が疼いてのハプニング。ブランコの鎖を掴んで変な持ち上げ方をした時、指の内側が挟まれた時の痛みを思い出すなぁ。
「つねられたくらいだって。生物みたいに動くものだから、つい触りたくなってな」
「これ木でも軽くねじ切れます」
「思ったよりも物騒だった……気を付けます……」
公園の遊具ではなく、重機械レベルの危険度である。
エクドイクの鎖は呪いや浄化魔法を込めてのデバフや属性攻撃の印象が強く忘れがちだが、物理的な武器としても十分物騒ではあるのだ。反省反省。
「以前俺の鎖に絡まっていたことを思い出すな」
「あったなぁ、何回か」
「何回もあるのはどうかとは思うがな」
エクドイクは暇を潰す時に鎖を使った鍛錬を行う。それはちょっとしたアスレチックのようなものであり、童心に帰りたくなるのである。
「その鎖に捕まったくせに学びが浅いですよ、尚書様。ふー、ふー」
「お前は殺意を込めて向けられてたろうが」
隣にいるラクラはちょっと掌に火傷を負っている。
原因は先に鎖に炎を纏わせる技を披露した際に調子に乗り、出力過多で熱が手元まで伝わってしまったことによる。
ただの炎程度なら熱くなってから手放すくらいは余裕だったろうに、鎖の色が変わるまでの超高温なんかに一瞬でするから……。
「……」
「イリアスは触っちゃダメ」
「ぬぬぬ……」
いつもイリアスには親しげなウルフェだが、私物への愛情が絡む時はその限りではない。
つい当事者以外も張り切りそうな空気の中、魔力の込め過ぎで鎖を破裂させるという実績を達成している彼女への信頼は低いのだ。
ウルフェの鎖の操作練度は極めて高くなっており、しなやかに動く生きた蛇のように動いている。
滑らかさだけで言えばラクラの方が上だが、こちらの方はどちらかと言えば精密機械のように等速で動き続けているので生物感は薄い。
この成長には指南役のエクドイクも満足気に頷いている。
「柔らかくしたり伸び縮みしたりできるようになったので、木材を運ぶ時にちょうほーしてます!」
「操作については言うことはないな。魔法による属性付与は……」
「それはやらなくていいかなと」
「――そうだな……」
エクドイクが凹んでいる。
ウルフェが覚えたいことは鎖本来の用途における利便性の向上だ。
伸縮性やサイズの変更、自在に動かせる程度で十分なのである。
鎖に属性付与を行うのは、エクドイクにとって鎖が最も強い武器だからこそ。
ウルフェの攻撃性能を上げるのならガントレットに付与する鍛錬をするべきだし、そういった細かい技能を身に着けるよりも思いっきり魔力を込めてシンプルに殴った方が強いだろう。
「エクドイク、寂しそうだな」
「イリアス、鎖に触れさせてももらえない立場でその台詞は虚しくならないか?」
「ぬぬぬ……」
「多少は寂しくはあるとも。だがウルフェが自らの成長の方向性を意識し、学ぶ内容の取捨選択を明確にできるようになったことは喜ぶべきことだ」
「皮肉に対し満点の回答だな」
「ぬぬぬ……」
もう少しこの悔しそうなイリアスを弄りたいところだが、そろそろ不機嫌の矛先がこちらに向きかねない。
ふむ……ウルフェにはイリアスからも学びたいこともまだまだ多いはずだ。
ターイズ騎士団は戦闘こそ魔力強化に偏った集団だが、野営などのサバイバル技術などには多くの魔法を取り入れており、生半可な魔法主体の戦闘職よりも引き出しが広い可能性すらある。
自立した冒険者を目指すのであれば、ターイズ騎士の持つ魔法技術はかなり重宝するはず。
ターイズ魔界で過ごす日々が増えつつあるウルフェならば、そういった技術を学びたい頃合いだろう。
良い感じに誘導し、『ああ、それならこういう魔法とかを学ぶのはどうだ?そうなるとイリアスが適任だな』とイリアスがウルフェに良い顔をできるよう少しばかり助け舟を出してやろう。
「ウルフェ、戦闘面以外で身に付けたいものとかはあるのか?」
「うーん……けいえいがく?」
「そっか……俺も勉強したいし、今度一緒にバンさんのところにいくかぁ……」
「わぁぃ!」
「ぬぬぬ……」
すまないイリアス。人には向き不向きと言うものがあってだな、『黒』から人類の未来を託され背負っているお前にも背負わせたくないというものはある。
「……ところで、イリアスはラッツェル隊の編成の方はどうだ?忙しいのだろう?」
「それはまあ……色々とな……」
「元々お尋ね者だった俺では手伝えることも少ないが、相談できることがあれば気軽に頼って欲しい。もっとも同胞が傍にいるのだから、心配はないだろうがな」
「他の隊長達からのご教授を一緒に嚙み砕くとかそれくらいだけどな。騎士道についてはまだまだイリアスから学んでいきたいところだ」
「ぬっ……!」
ナイス、エクドイク。イリアスの目にやる気が戻ってきた。
ちょっとワザとらしい話のすり替えではあったが、こうも他者に対して空気が読めるようになったのは成長の現れとも言えよう。
まあこの後ちょっとやる気に満ちたイリアスに長めの座学を聞かされる可能性はあるが、変に拗ねられたままで付き合わされるよりかはマシだろう。
「なんだかんだ皆の成長感じられてなによりだな」
「尚書様は成長しているのですか?」
「成長期はもう過ぎていてな。むしろここからはガタも……」
「切実さを感じますね……。まあ私も実際ほとんど成長していませんし……」
「何を言うラクラ。同胞の傍にいてからと言うもの、お前の性根は然程変わってはいないが、お前を見る周りの目は確かに変わってきている」
「……そんなことはないです!」
「いや、俺が十分に満――」
「ならどうして私のお給料は上がらないんですか!毎日こんなにカツカツなんですか!」
「……それはお前の酒の浪費癖が酷いからだろう」
「うえーん!エクドイク兄さんの酒雑魚ー!」
ラクラが泣きながら去っていくのを唖然と見送るエクドイク。
ちなみにエクドイクはそこまで酒に弱いとかではなく、ラクラが強いだけだ。
兄妹でたまにサシ飲みとかをする時があるが、大抵その場合はラクラのペースに合わさせられ潰れている。
「同胞、これは俺が悪いのか?」
「正論は時に人を傷つける。とはいえ今の会話は別にエクドイクが悪いわけでもないぞ」
「そうか。だがなんというか……妙に罪悪感がだな」
「――それを持てるのなら、お前は本当に成長しているさ」
殺し合っていたというか一方的に殺そうとしていた関係からそこまで汲み取れるようになったのだから、エクドイクは良い兄になったもんだ。
◇
思わず誤魔化すためにエクドイク兄さんにすごく安い罵倒をしてしまいました。
でも尚書様の前であの言葉はまだ言ってほしくないと言いますか……。
悪意のない私を認める言葉なのも理解してはいます。本当なら喜ぶべきこと。
私を簡単には見捨てないと告げてくれた尚書様の想いの分だけ頑張った成果、それが言葉になろうとした……けど――
『お前は変わっていなくてもお前を見る周りの目は少しずつ変わっているだろうが』
『それでも限度はあると思いますよ。エクドイクさんが満足する程って到底無理にしか思えません』
『今のままじゃ苦労は絶えないだろうな。だが人間は不変じゃない。変わらないままでも周囲の目が変わるなら、内面の僅かな変化でも外の変化は相当なものになるさ』
『変わらないと思いますけどねぇ』
『変わるまでは付き合うさ』
それを聞いてしまえば、二人の約束事が終わりそうな気がしてしまって。
そんなやり取りがあったことをエクドイク兄さんは知らないでしょうに。
本当的確に人の心を動かす発言をしてくれますよね、あの人。
そんな兄さんだからこそ、『蒼』さんを救えたわけですが……。
そしてほら、人の心を動かすと言えば――
「よくもまあ覚えていたもんだな」
「むぅ……笑い飛ばしてくださいよ、尚書様」
私の誤魔化しの裏、私が今何を思い、何に憂いているのかを理解してしまっているのでしょう。だからこうして一人で私を追いかけてきた。
来ちゃうかもなぁとは信じていましたけど、実際に来られると覚えていてくれた嬉しさとそれを踏まえたうえでこうして対面している恥ずかしさが何とも……。
「人の約束を変わらず大事にしている奴を笑えるか。こっちが滑稽になる」
「狡い言い方ですね」
「俺も覚えていたんだから、お互い様なんだよ」
「それならまあ……」
嘘はついていない、本音で言ってくれている。
この気持ちもお互い様、そう思えば悪い気はしません。
「ま、今の良さを惜しむ気持ちはわかるけどな。変化を怖がるようになったら、未来に期待が持てなくなるぞ」
「それはそうなのですが……私はあまり先の展望を見据えることができませんから」
「そこは信頼してもらえるように頑張るさ。変わることが楽しみになるようにな」
もちろん信頼していないわけがありません。
この人ならきっと私にとって居心地の良い場所であり続けてくれる。
私が変わろうと、変わるまいと。
結局は私が納得できる未来に導いてくれるのだって。
それでもそう言ってもらえるのは嬉しいものなのです。
そんな言葉を引き出そうとしている私はちょっと狡いのでしょう。
「はい。頑張ってくださいね、尚書様。私の頑張りは歩合制ですので!」
「おう。ちなみに見せたいものがあってな。最近時間もあったから進めていたことなんだが」
「ほむほむ、なんでしょう?」
「お前の腕に着ける鉤爪の図面だ。自信作だぞ」
「そこまで覚えていてっ!?」
「マーヤさんも乗り気でな。次やらかしたら三日くらいは鉤爪生活だからな。お前の改造計画も歩合制だから忘れるなよ」
「欠片も嘘の気配がないのが怖いですっ!?」
でもそこは流石尚書様、私よりもずっと狡猾なのです。
だから遠慮なく甘えられるし、狡くて自堕落なままの私でいられる。
そしてちょっとは上回れるように頑張りたいなぁと思えるようになったのは私なりの成長なのでしょうか。
私自身は変わっているつもりはないけれど、この感じのままで変われるのなら……それもありなのでしょうね。鉤爪は嫌ですけど、本当に。本当に。
お久ぶりです。
今回は7巻巻末のオマケ話に沿った完結後の小話をば。
本来はコミカライズの連載再開後の単行本発売に合わせたかった小話ですが、勇者の肋骨のアニメ化や漫画原作者としてのワークで中々時間が取れずにおりました。
隙を見てちょびちょびと書かせていただきますので、気長にお待ちください。




