おまけその8『夏の墓参り』
夏、暑いですね。寝る時にすらクーラーが必要になりますが、寝冷え対策に長袖を着ながら寝るというよくわからない生活スタイルとなっております。皆さんもお気をつけて。
異世界ことここトレイツドにも季節はある。最北のトリンが最も温帯な地域だったりと、感覚は狂ったりもするのだが、季節の催し物などはどこの世界も似たようなものとなる。
夏場に墓参りをする習慣については仏教的な観念とかがあるのだが、そこは日本人の湯倉成也が手を入れた世界。親しみやすい風潮を導入してくれたものである。
「まあ冬場に墓掃除するよりかはマシなんだろうけどさ」
今『俺』はターイズにある墓地を訪れている。ハイヤやガゼンの墓参りはこの前済んだし、今日は日当たりの悪い、質素な共同墓地だ。
ここにはターイズ領土内で罪を犯し、故郷や身寄りがなく、弔ってくれる人がいない者達が眠っている。知った顔としてはドコラを始めとした山賊同盟の連中や、ラーハイトによって差し向けられたメジスの暗部の一部。冒険者のパーシュロ等が挙げられるか。
一応管理人がいて、申し訳程度には清掃を行っているのだが、今回はお願いをして掃除させてもらうこととなっている。
「こいつら仲良く眠ってんのかな。いや、無理だろうなぁ……」
あまり思い出したくもない思い出に浸りながら掃除を行っていく。単純に降りかかる火の粉として払った連中もいるし、私怨で命を奪った者もいるのだが……まあ、世話になった奴もいるのだ。当人に伝わることはないだろうが、細やかながらの礼くらいはというやつだ。
そんなわけでせっせとやっていると、待ち合わせ相手のエクドイクが現れる。
「もう始めていたのか」
「一緒に始めると、俺の作業がほとんどなくなるからな」
エクドイクもこの墓の掃除をしたいとのことで、一緒にやることになっていたのだが……明らかに掃除道具等を持ち合わせていない。予想通り鎖と魔法でどうにかする気満々である。
「殺めた俺が懇切丁寧に掃除したところで、パーシュロは嫌がるだろうからな」
「違いない」
エクドイクは自身の願望のためにパーシュロを手に掛けた。今はその柵から抜け出し、穏やかな人生へと進みつつある。救われたからこそ、自分のせいで犠牲になったパーシュロへの罪悪感は残っている。
だがそうさせたのは『私』だ。元々仲間というよりは利害の一致した関係でしかなかったわけではあるが、関係とは変化していくもの。かつて共に襲ってきたエクドイクとギリスタは今や親友同士といっても過言ではない関係だ。パーシュロとも似たような道を進めた可能性はゼロというわけではない。思うところも出てくるわけで。
結局似た者同士として墓を掃除している。仮の話を考えたところで生産性なんてものはないのだろう。ただ、こうして墓を掃除する気にはなるわけだから、たまにはそれも悪くない。
「ふむ……いっそ表面全体を削り取ったほうが速いか」
鎖を縦横無尽に動かし、表面の汚れや苔を削るエクドイク。傍目から見たら墓に猛攻を仕掛けている壮絶罰当たりな奴でしかないのだが、実際墓は新品同様の状態にまでなっているのである。先に掃除しておいてよかった。
「こんなものか」
「なんか一回り小さくなってないか?」
「数年後くらいにこっそりと作り直せば問題ないだろう」
「ずるくなったもんだよな、お前も」
「褒め言葉として受け取っておこう。ところでイリアスはいないのか?」
「管理人小屋の方で清掃作業をしているぞ」
エクドイクや『俺』と違い、イリアスには彼等に対する罪悪感というものはない。明確な敵として殺めたのだから、それこそ淡々と魔法で掃除を済ませようとするだろう。それはそれで良いのだが、掃除される側は複雑そうである。人のことを言えた義理ではないのだが。
そんなわけで世話をしてくれている管理人を労わせた方がまだマシかなとお願いしておいた。一応フォローしておくが、ご両親の墓参りの際には近況報告がてら丁寧に掃除していたからね?
掃除が終わり、すっかりと見違えた墓。こっちは汗をかいているのだが、エクドイクは涼しい顔のままである。
「随分と綺麗にしちゃって……」
「ここにはドコラも眠っている。ラクラが世話になった分くらいは面倒を見なくてはな」
「それもそうか」
「そうだ、同胞は今度セレンデに向かうのだろう?俺も近々メジスに向かうつもりなのだが、一緒にどうだ?」
「おう、よろしく頼む。トリンにもついでに良いか?」
「――ああ、わかった」
散々迷惑を掛けられた相手ではあるが、理解して共感もそれなりに得てしまった相手もいる。一々縁のあった故人を気にしていたら、そのうち墓参りだらけの日々になるのだろうが……行ける余裕があるうちくらいは行っておきたい。
「あら、尚書様にエクドイク兄さん」
「む、ラクラ……にミクスか」
ラクラとミクスの手には花が握られている。今日の予定を話していたからな。一緒に来るとは思っていた。
「なんだかハイヤ殿の墓よりも綺麗になっておりませんかな……」
「すまない。掃除の方はもう済ませてしまった」
「別に良いですよ。手間が省けただけです。あとは水でも掛けておけば大丈夫。たぱたぱー」
「それで良いのか聖職者」
二人の目的はどちらも多少なり接点のあったドコラの墓参りだろう。エクドイクから聞いた話では、ラクラに聖職者を目指すように助言した人物でもあるのだが……当人は未だ知らない模様。エクドイク曰く、そのことを思い出そうとしたら教えるとのこと。
「荒くれ者達ですし、お酒の方が良いのでは?」
「嫌ですよ、もったいない。お墓にかけるくらいなら私が飲みます!」
一応酒も持ってきているんだが、今供えると回収されそうなんで、あとでこっそり置いておくな、ドコラ。なおエクドイクはそっと干し肉を備えていた。干し肉て。
そんな視線に気づいたのか、エクドイクは静かに笑う。
「パーシュロの好物だ」
「あー、噛み千切れるし、噛み続ければ味も出るからな」
乱雑にも丁寧にも食べられるし、日持ちも良い。気分屋な冒険者としては相性の良い食べ物だろう。
「奴はあのガントレットで炙っていたそうだが」
「アレって魔力を燃やすんじゃなかったっけ……」
「一応独特の風味がつくらしい」
そういやギリスタも以前『またパーちゃんの干し肉食べたいわぁー』って言ってたな。ちょっと気にはなる。確かターイズの宝物庫にまだなかったっけ。今度マリトに聞いてみよう。
墓参りが済み、イリアスと合流して墓場の管理人の小屋周りの清掃を手伝う。
一般の墓地とは違い、罪人用のものともなればその利用頻度は少なく、役人が交代で時折世話をしている程度。現在の管理人も墓の手入れよりは小屋の手入れだけで手一杯と言った状況だ。おかげでやることはそれなりにあったのだが……罪人を埋める道具とかの手入れは少々気分的にアレではあった。
「こういった墓参りも、季節の風物詩といった感じで悪くないですなぁ……」
正午を過ぎ、気温も最高潮とのことで少々の休憩タイム。皆物陰でゆったりとしている。
ハイヤの墓参りの際には、皆もうちょっとしんみりしていたのだが……今回は親しくてもドコラだ。皆ケロリとした様子で雰囲気を味わっている。
「涼しい場所でゆったりできるのが一番なんだがな」
「お年寄りみたいなことを言いますね、尚書様。同意ですけど」
「あはは……。ご友人の故郷では納涼にはどのようなものがあるので?」
「納涼かぁ……怪談……怖い話とか?」
「怖い話ですか?」
「そう、背筋が凍るような怖い話をして暑さを忘れようって感じの」
しかしここはファンタジーな世界。お化けも怪物も存在するのである。そりゃあゴーストとかアンデッドは怖いけども、魔物にカテゴライズされちゃっているからね。どちらかといえば野生の肉食動物に対する感情に近い。
「背筋が凍る話か……。命の危機ともなれば、あのオーファローとの戦いの中でも、寒気は感じたからな」
「戦いは抜き、もうちょい日常的な話題で。死んだ人間が枕元に立っているとか」
「死霊術か」
「そうじゃないんだ。やっぱり説明がいるな」
存在しないはずのものが存在する。そんな恐怖の感覚をファンタジー世界の住人に認識させるのは難しいのだが、どうにか説明を試みる。
それだけでは足りないので、気づいたら怖い話とか、そういった感じのテイストもありということを伝える。
「要するに、日常で共感するような恐怖体験を話し合うことで良いのですかな?私としては、兄様の怒声を聞いたときなど身が竦みますな」
「ちょっと違うが……まあ、そんな感じでいいか」
影でイリアスが頷いている。気持ちは分かるが、もう少し弱めに頷こうな?流石のマリトも傷つくぞ。
「大聖堂の結界を壊してしまった時は怖かったですね」
「それは共感できないですな……」
「よく職を失わなかったもんだよな」
「ええと……あ!今日も一日頑張りました!ってお酒を飲もうとしたら、あると思っていたお酒がなかった時は同じくらい怖かったです!」
「それはちょっと分かりますな」
それらを同じ系列の恐怖として語られているのを聞いたら、エウパロ法王はどんな顔をするのやら。そっちを想像する方が怖いわ。
「尚書様もなにかあります?」
「日常的に命の危機に瀕していたからな……。まあ日常だし、魔喰とかに襲われた話はなしとして……」
「それはそれで十分に怖いがな」
「マリトに教えてないはずの予定とか、何故か把握されているとかも抜きにして……」
「ど、どこから漏れているのでしょうなぁ……」
「うーむ……共感……共感……。ああ、このメンツなら一応経験はしているか。『理解』のやり方の話なんだが」
ピタリと全員の動きが止まる。ガーネの仮想世界で『俺』の肉体、精神状況を体験できる機会があったが、そこで『俺』は皆に『理解する』ことの実践を行った。
一度自身という存在の価値を無にし、外部から得た相手の要素を組み立てていく。役者などがよくやる『登場人物になりきり、役に入る』に近い手法だ。
結果としては大不評。当面の間使用禁止にもなったほどだ。エクドイクも完全覚醒へと踏み込み『俺』になりかけた際に、手法を身につけてはいるが『普通に人のことを理解できるようになった方が良い』と記憶を封印してしまったそうな。
「アレはダメです……」
「あの恐怖体験は確かにくるものがありましたが……、そこから更に怖い話……と?」
「そこまで怖いってわけでもないんだがな……。アレで麻薬中毒者とか、自殺志願者のことを理解してしまった時に、色々と大変だったって話を――」
「聞きたくない!そんなことは聞きたくないでありますよ!?」
「だめかー。戻れなくなりそうで大変だったーってオチなんだけど」
「オチを聞かされても夢に出かねない恐怖なのはわかりきっていますよぅっ!?」
もちろんそういった失敗を経て、『人として生きていてヤバイ奴には成らないようにしよう』という教訓は出来上がっている。死にたくて仕方なかった時期の『蒼』とか理解しないようにしていたわけだ。本人は魔王だから死ねないけど、こっちは死ねるのだ。そりゃあ喜んで自殺しかねん。
「でもまあ悪いことばかりじゃないぞ?主観的客観的に狂人とか理解できると、『ああ、こうはならないように自制しよう』って気持ちが強くなるしな」
「それで一歩間違えたら狂人の仲間入りなのが問題なんだぞ」
「イリアスの言う通りだな……やはり同胞が一番怖いな……」
「お前乗り越えたんじゃないのかよ。あと饅頭こわいみたいなオチにするなっての」
「……饅頭こわい?なんだ、それは?」
余談、ご近所さんの影響でそれなりに詳しかったのもあり、落語ネタは皆に大好評。当面の話題作りに役立つ結果となった。
ただその中で特にマリトが落語を気に入ってしまい、当面ほぼ毎晩のように呼び出されることに。シェヘラザードの千夜一夜物語のような展開になったのはいただけない。