おまけその7『殲滅の刃』
そういえばミクスの『殲滅の刃』のお話書いてなかったということで。
「そういえばミクス、ミクスの二つ名ってどうやってついたの?」
「ウルフェちゃん……食事中に私の黒歴史を掘り起こしてきますか」
ターイズへの定期連絡ついでにこちらへと顔を出したミクス。そんな彼女と昼食中、ウルフェがポツリとミクスに質問をした。
ミクスの二つ名、『殲滅の刃』は冒険者界隈では非常に有名なものであり、冒険者としての彼女は元王女であることよりもそちらの二つ名で知名度を得ている。
一応『俺』はマリトやエクドイク辺りから聞いているのだが、ミクス本人はその二つ名を気に入ってない。
理由は二つ、一つはあまりにも物騒な名前であること。もう一つは『殲滅』の力を持つ『蒼』と殲滅被りしてしまっていることがあげられる。
「言いたくない?」
「隠しているわけでもないですし、調べればすぐに分かる話でもありますからな……ですがこういう話を自分ですることは些か気が引けると言いますか……」
わかる。自分の武勇伝を語れる奴ってのは基本的に周囲に格上がいないか、成し遂げた事に対して強い達成感を抱けた人物だけだ。
ミクスからすればやりたいことをやった延長線上の行動だし、身近には若くして賢王と呼ばれた兄がいるのだ。
「偉業であることには違いないんだがな」
「それはそうかもしれないのですが……そうだ!ご友人、私の代わりにウルフェちゃんに説明をお願いしたく……!」
「なんでさ」
「自分の口から語るには気恥ずかしい事ですが、ご友人から語られるのであれば『ああ、ご友人は私のことをここまで知り尽くしてくれているのだな』と嬉しさで相殺できる気がしないでもないので」
「その気恥ずかしい事を全部知られていることに対して、余計羞恥心が芽生えたりしないか?」
「――ご友人からの羞恥でしたら、ご褒美にもなるかなと」
「上級者ムーブ止めよう?」
トリンでの一件以来、塩対応されてもどこか嬉しそうな素振りすら見せるミクス。原因は分からんでもないのだが、ウルフェの教育に悪い光景は見せてほしくないと願いつつ。
「ウルフェ、ミクスがターイズから外に出て、冒険者になった経緯は知っているか?」
「へーかが穏便に王位につけるようにって聞きました」
「そうだな。ミクス本人も認めているから客観的に言うが、マリトの王位継承は最初から盤石だった。多少の支持があったミクスが競おうとしても時間の無駄になる程度にはな」
「ですな!」
「それでもミクスも十分過ぎる程に文武両道だったんだが、元王女が他国の官僚になることは色々と難しい。だから武の方を活かすことにしたわけだ」
「頭を使うよりは身体を動かす方が好きでしたからな!」
「そんな潔さを汲み取り、先代の王の推薦でミクスはモルガナの冒険者になったわけだ。ただ特別扱いされるのが嫌で、実績を積み続けていた」
既に気恥ずかしそうにしているミクスをよそ目に、ウルフェに説明を続けていく。
ターイズ王家が身に付ける魔力強化や武術は世界最高水準のターイズ騎士団のそれだ。幼少期からそんなものを本気で身に付けていた才女の実力は言うまでもない。
さらに他国の王からの推薦のあった冒険者ともなればスタートダッシュも完璧と言えるだろう。
ただミクスはターイズ王家であることを捨てて冒険者になった立場。自らの実力だけの出世を望み、最底ランクからのスタートを望んだ。
贔屓ではなく、客観的に認められるようにと多くの実績を効率良く積み、ミクスは異例の速度でランクを上げていく。
普通なら自分を抜き去る新人の存在なんて目障りなだけなのだが、王族御用達の処世術を身に付けていたミクスは、格式を重んじるモルガナの冒険者達にも評判は良く、『いやまあ、あれだけ休みなく依頼をこなしていれば、当然なんだろうけど……』と苦笑いされる程度であったとか。
『ゲッシュヴァ盗賊団の隠れ家の発見を依頼する』
ゲッシュヴァ盗賊団はゲッシュヴァ率いるならず者達の集団。冒険者崩れもいれば、他国の元兵士等もいたそうだ。
ゲッシュヴァも元は腕利きの冒険者であり、ギリスタやパーシュロのような問題を起こしたことで表の世界を歩けなくなった人物。培った土地勘を活かし、クアマ兵の追跡を許さない巧みな襲撃を繰り返していた。
ドコラのところの山賊同盟と比べれば規模は小さいが年季は遥かに長く、まともな痕跡を残さず、神出鬼没な盗賊団としてクアマの悩みの種の一つだった。
国での対処が困難だと判断したクアマは冒険者ギルド達に合同での掃討計画を依頼した。
モルガナのランク3にまで出世していたミクスは、その盗賊団の掃討計画の一端を担うことになったわけだ。
「少しリスキーではあるが、実力には見合ったものだったろうな」
「私だけの依頼ではなかったですからな」
他の冒険者達が襲撃跡からの追跡を試みている間、ミクスはクアマ領の村々の情報を調べていた。盗賊団を追いかけるのではなく、獲物を先に見出して襲撃を先回りしようとしたわけだ。
ゲッシュヴァは頭の切れる頭領、ただ逆を言えば理詰で動いているわけである。クアマ兵の監視の隙を突き、襲撃することで旨味のある村を獲物としていた。
ミクスの読みは当たり、張り込んでいた村にゲッシュヴァ盗賊団の襲撃が行われた。
「流石ミクス!」
「普通ならそのまま盗賊団を尾行し、隠れ家を特定。ギルドに報告すれば任務完了だったわけなんだが……ミクスは盗賊団への襲撃を決行した」
「手柄狙い?」
「あはは……まあそういう感じで――」
「ゲッシュヴァ盗賊団の襲撃を受けた村は、事前にミクスの情報提供と説得により、その襲撃を事前に知っていた。金品を諦めて避難に徹していれば、人的被害もなく過ごせると判断していたんだろう。だがクアマ本国への報告には数名の死者が出たとあった。掃討計画の為とはいえ、自分達が汗水垂らして蓄えた物を奪われることを良しとしなかった村人が抵抗してしまったんだろうな」
「ご、ご友人、そこまで知って……」
ミクスからすれば死者を出さずに盗賊団の情報を手に入れられる算段だった。だが村人全員の説得に失敗し、死人が出てしまった。自身の依頼こそ達成したが、そこには犠牲が生じてしまったのだ。
「無謀な真似をした村人の自業自得ではあるんだろうがな。それでも自分の計画の甘さからの犠牲者だ。自分の実力を示すために犠牲が出たことをお前は許せなかったんだろうな」
「――ええ」
盗賊団の隠れ家は森の奥にあった廃村。そこを改良し、小さな集落化して潜んでいた。
大した抵抗もなく、金品を手に入れて気を良くした盗賊団達が宴をしている最中、ミクスは一晩掛けて村の周囲に大量の罠を仕掛けた。
そして明朝、ミクスは盗賊達の寝ている家屋全てに火を放った。慌てて飛び出した盗賊達は外で事切れている見張りを見つけ、襲撃があったことを悟る。
廃村に残っていてはさらなる襲撃があると判断した盗賊団は金品を持てるだけ持って別の隠れ家へと移動を開始しようとする。
だがその逃走経路は既に罠だらけ。森の中を進む度に四方から様々な脅威が迫ってくる。
「ロープや落とし穴を起点として、四方八方から猛毒を塗ったナイフが飛びかう危険地帯と化しておりましたな。あの時の森はちょっとした芸術作品でしたぞ」
「歩きたくねぇな……」
「もちろん仕掛けた罠は全てが終わった後に回収しておりますとも。ナイフ代も馬鹿になりませんからな!」
どれだけの時間が掛かったかは不明だが、ミクスは盗賊団を皆殺しにした。報告を受けたモルガナの冒険者達は森の内部で盗賊団達の死体を確認することになる。
ミクスの報告書には全ての死体の詳しい位置、死亡するに至った負傷の種類の説明、死者の風貌まで事細かく、淡々と記されていたらしい。
その報告書の件があり、激情に駆られての行動とは思われず、『できると判断したから皆殺しにした』と事情を知った者達の背筋を冷やす結果として語り継がれることとなった。
「熱くなった頭を冷やすついでに、報告書を丁寧に書き上げたんだろうけどな。悪人、且つ衝動的とは言え、皆殺しにしたわけだ。埋葬くらいはきちんとしてほしかったってのもあるか」
「んー!この見透かされている感じ、服を透かして身体を見られている気分ですな!」
「クネクネすんな。ま、この一件で『殲滅の刃』なんて物騒な二つ名が知れ渡るようになったわけだ」
「私としては、上手くいかなかった仕事でしたからな。自慢気に話すなんてとてもとても……」
「万人を救うなんて無理。ミクスは頑張った。偉い」
「ウルフェちゃん……」
ミクスなら村が襲撃された際、抵抗しようとしていた村人の存在に気づけたはずだ。目標の達成を諦めれば、彼等を助けることはできたのかもしれない。
しかし都合よく助けが入れば、先回りされた事実を盗賊団が知ることになる。活動に変化をつけられ今後の襲撃の先読みがより困難になっていただろう。
ミクスはその事実を天秤に掛け、抵抗した村人達を助けない選択をとったと思われる。間違いではないが、自分の判断で人を見殺しにしたという結果は残る。
助けなかった人達のためにも、必ず盗賊団を殲滅しなければ。そんな激情が常人では成し遂げられない偉業、『殲滅の刃』を生み出したわけだ。
◇
笑いながら人を殺め、財を奪う者達。
そんな連中と同じと思われたくないからと、一人、また一人と仕留めたのを確認しながら、淡々と作業を繰り返していた。
一人でも生かせば、更に無辜の民が命を脅かされる。これは害悪の駆除、徹底して殲滅しなくてはならない。
胸の内は熱かったけれど、頭の中は常に冷水を浴びたように冷え切っていた。私はここまで無駄なく人が殺せるのだなと、少しだけ自嘲したのを覚えている。
最後に残ったのはゲッシュヴァ盗賊団の頭領、ゲッシュヴァ。他の盗賊達と比べ、その実力は確かなもの。一撃で仕留めるつもりが攻撃は防がれ、顔を隠していたローブを破られ素顔まで見られた。ゲッシュヴァは私の顔を見て、自嘲気味に笑っていた。
『驚いた。まさかこんな小娘がか。ワシを追い詰めるのは拳聖か真眼のどちらかと思っていたんだがな……』
相手は手練の元冒険者。決死の覚悟で挑んだものの、私の顔を見たゲッシュヴァの動きは最初の奇襲を防いだ時と比べ、明らかに手を抜いたものだった。猛毒のナイフがゲッシュヴァの腹部へと深々と突き刺さり、決着が付くまでそう時間は掛からなかった。
私は腑に落ちず、なぜ手を抜いたのかを尋ねてしまった。
『居場所を作れず、失った負け犬。それでも、他者の足を引っ張ってでも、生き続けたいと意地汚く足掻くクズ共のためにワシは頭をやっていた。嬢ちゃんが綺麗に間引いてくれたおかげで、手間が省けた』
私はゲッシュヴァに怒りの言葉をぶつけた。お前達が奪った財も命も、罪のない者達が懸命に育んできたものだと。
けれどゲッシュヴァは涼しい顔のまま、息絶える最期の瞬間まで私を嘲笑っていた。
『――育ちの良い嬢ちゃんよ。ワシ等は理解なんざ求めちゃいない。得られるとも思っちゃいない。そうしなければ生きられねえってだけだ。ま、それでもワシにはできねぇことをやってくれて、感謝しているぜ』
いっそ意地汚く命乞いでもしてくれれば、突き放しながら殺せたものを。
兄様と同じように正しい判断をしたはずなのに、自らの失敗から出た犠牲に心を揺らし、激情に駆られた挙げ句にこの後味の悪さ。
私にとってゲッシュヴァ盗賊団の一件は後味の悪いものとなって終わった。私についた二つ名もその事を思い出すだけで、呼ばれても良い気分になれたことはなかった。
自分の実力不足。そう割り切って冒険者家業に専念し続け、気づけばランク2まで上がったのが私のこれまで。
「ごちそうさまでした!」
「イリアス達に茶菓子でも買っていくか」
いやぁ、流石ご友人。私の過去に対してもあそこまで調べを入れていたとは……。しかしそこまで調べられたということは、やはりドコラの山賊同盟の一件についても知っておられるのでしょうな。
ガーネで『金』殿が王となってから、ガーネでは賊行為そのものがほとんどできなくなっていた。国の運営方針を仮想世界で検証できる『統治』の力によって、賊達の行動は全て先回りで読まれ、数で勝るガーネ兵によって制圧されてしまうからだ。
やりにくさを感じた賊達はターイズへと流れ、ドコラというカリスマのある頭領の元に結託していった。
ドコラの手腕はゲッシュヴァを超えるものであり、規模も被害も瞬く間に肥大化していった。頭領が冒険者どころか暗部出身で、しかも禁忌である死霊術を手にしていたのだから当然と言えば当然なのでしょうが……。
実直なターイズ騎士達は山賊同盟の動きに翻弄され、対処に追われていた。その中で兄様は私にも依頼の手紙を送っておられました。
『現在ラッツェル卿に討伐の任を与えているが、望みは薄い。次の一手としてゲッシュヴァ盗賊団を壊滅させたお前の手腕を借りたい。一ヶ月程度を目安に返事を求む』
兄様からの依頼となれば一目散に馳せ参じたかったのですが、正直私は二の足を踏んでおりました。
兄様は『殲滅の刃』となった私の実力を期待してくださっていましたが、あんな無様な姿を兄様に見せたくはなかったわけで。
けれど常に依頼を受け、足取りを捕まえるのも難しい私にこうして手紙を届けるあたり、相当に問題視しているのも窺えましたし……といった感じでした。
結局悩んでいる間に、山賊同盟はご友人とラッツェル卿によって討伐されてしまったわけで……私は内心ホッとしておりました。
その後、兄様から手紙を貰った時には驚きましたな。手紙にはご友人がラッツェル卿と共に山賊同盟を討伐した経緯や、エクドイク殿達との一件が記されておりました。
『俺の友人を守ってほしい』
理解を以て山賊同盟を追い詰めたこともそうですが、兄様の言葉から友人という言葉が出たことには何度も手紙を読み返すことに。ご友人には会う前から興味津々でしたとも。
あとはもう言わずもがな。流石兄様、人を選ぶ目は確かでございましたとも。
「――それにしても、やっぱマリトの妹だよな」
「どういうことです?」
「ゲッシュヴァ盗賊団の一件だ。激情に駆られて普段以上の成果を出すところとかマリトとそっくりだと思ってな」
「似ている……ですか」
「そりゃあ普段は賢王として、何でも完璧にやってる奴だけどさ。マリトの一番の才能は感情を行動に乗せられることだ。手合わせでラグドー卿を震わせたり、言葉だけでイリアス達を萎縮させたりすることができる。それは自身の強い感情を相手にはっきりと伝えることができるからこそできる芸当だ」
脳裏に蘇ったのは、幼い時私を助けるために熊の前に立ち塞がった兄様の姿。
両腕を折られながらも武器を手に取り、背中越しでも私が震え上がる程の声で熊を威嚇していた。私はこの姿を見て、兄様と私との間に遥かに格の差があることを思い知らされたわけで。
「……似ているのでしょうか」
「ああ。ゲッシュヴァはお前に命乞いとか、恨み言を言わなかったんじゃないか。いや、いっそ礼でも言ってたか?」
「――どうしてそれを」
「分かるさ。お前が本気で怒って、本気で追い詰めたんだ。言葉なんてなくても十分に伝わっていただろうよ。それこそ自分の言い分すら言えないくらいにな」
「そ、そうなのですか……」
「当人としちゃ、死刑台の上での最期の言葉のようなもんだ。そこに嘘はないだろうから、そのまま受け取っとけ」
ゲッシュヴァは本当に私に感謝をしていた?仲間を殺され、自分も手に掛けられて……それなのに私にできないことをやってくれたからと、感謝を……。
ご友人の素振りから、気遣いの言葉だけとは思えません。きっとゲッシュヴァのことも調べていたのでしょうな。
「なんと言いますか、自覚がないので色々と複雑な気分ですな」
「そんなもんだ。詐欺師っぽい言い方にはなるが……お前のことをちゃんと理解している『俺』が言うんだ。信じてやってくれ」
「……ではご友人、今私が考えていることは分かりますかな?」
「マリトとルコへの茶菓子も一緒に選んで欲しいと思っている」
「わお」
この悶えるような気恥ずかしさは、自分の葛藤を見透かされていることによるものなのでしょう。
「ついでにその後、二人きりで出かける服でも選んで欲しいとかか?」
「はっ!?その発想はありませんでしたが、最高な計画ですな!」
「しまった……先読みが過ぎた……」
でもその奥にはじんわりと暖かい心地よさがあります。ご友人は私の心を理解しているだけではなく、理解した上で向き合ってくださっている。
思えば『僕』殿もそうでしたな。私に重荷を背負わせないために、わざと突き放すような真似を繰り返していた。
本当どこまでも自他共に無難に生きて欲しいと願っている方なのですな。
コミカライズ再開ついでの更新です。
コウ先生の体調不良が心配でしたが、連載再開まで快復できたようで、ホッとしております。
人間身体が一番の資本ですから、皆様も健康面は大切に頑張っていきましょう。