おまけその6『焦がれた鍛冶屋』
※イリアスが生まれるよりもだいぶ前のお話。
「夢を見るのは勝手だが、人を巻き込むんじゃねぇよ」
俺は葉巻に火を付けながら、地べたに転がっているガキにそう吐き捨てた。
『俺は立派な騎士になる!だからそれに見合う強い剣を打ってくれ!』なんて意気込んで扉を壊す勢いで乗り込んできたガキに、こうして世の中の厳しさを教え込むなんざ、鍛冶屋の仕事じゃねぇってのに。
「はぁ……はぁ……っ!俺は諦めないぞ!また明日――」
「営業妨害だ。相手にしてほしけりゃ鍛え直して来年にでも出直せ」
ガキを無視して仕事場へと戻る。このターイズで騎士を目指すガキは少なくない。小さい頃から強く、誇り高い騎士を目の当たりにしてりゃ、仕方のないことなのかもしれねぇが……共感はしかねる。
俺はそういう連中に巻き込まれて迷惑を被った側だ。あんな目をした幼馴染共の鍛錬に突き合わされ続け、青春時代を思い出そうにも、馬鹿共と打ち合っている記憶ばかりだ。
あいつらは騎士になりたいという強い想いを抱き続け騎士になった。だが俺にはそんな焦がれるような想いは抱けなかった。
気づけば大人になっていて、選べる仕事なんざ無駄についた腕力を活かせるもんくらいだった。
「なんだ、トール。相変わらず渋い面してるな」
「今朝、朝一で昔のお前等に似たガキが乗り込んできてな。おかげで今日の仕事の調子が最悪だった」
「ほう、騎士を目指す少年か。いやぁ、思い出すなぁ。カラとトール、三人で鍛えあった日々を」
夜になってそんな幼馴染共と酒場で飲む。昔はどっこいどっこいの腕っぷしだったが、鍛冶屋と騎士、数年も経てばお互いの実力差はハッキリとついているのが空気だけでわかる。
こいつら、それなりに立場のある騎士になりつつあるってのに、この関係が続いているのがなんとも奇妙な気分だ。
「そういえば俺達の時も似たようなことをやったな。鍛冶屋の爺さんに武器をくれって乗り込んで、俺とボルが店の前に縛り上げられて吊るされたっけか」
「そうそう、トールはボコボコにされた後、壊した棚を作り直させられてたっけな」
「思い出させるなよ……」
まあその時に見た、鍛冶屋の爺さんの仕事をする姿が妙に印象に残ってたんで、大人になった時にハンマーを握る切っ掛けになったんだが……。
とはいえ、正直鍛冶屋の仕事を始めて十数年……まともなやりがいなんざ感じた覚えもねぇ。その爺さんが生きてりゃ、色々話も聞けたんだろうがな。
「そうだ。トール、そろそろ新しい槍を頼んでも良いか?」
「ああ、俺も新しい槌が欲しいと思ってたんだ」
「もうガタがきたのかよ……。いや、俺の腕が悪いからなんだろうけど。二人共それなりに給料も増えてるんだろ。もっと腕の良い鍛冶屋に頼んだらどうだ」
酒の席だからか、ついにそのことを口にしてしまった。
俺が鍛冶屋になった話を聞き、この二人はすぐに自分達の装備を依頼してきた。
駆け出しの鍛冶屋にとっちゃ、仕事をもらえるだけありがたい話ではあったんで、その時は了承していたんだが……熟練の鍛冶屋に比べたら質が悪い武具を提供している自覚はあった。
騎士として成長した二人の実力に見合っていない出来。その証明として、俺の造った武具は尽く壊れていった。それでもこの二人は十数年間、俺に依頼を続けている
「まあお前の腕がそこまで良くないのは知ってる」
「同じく」
「お、喧嘩売ってるのか?」
「だが俺達のことを誰よりも理解している鍛冶屋はお前だ。噂や評判だけを頼りに命を預ける道具は選べないんでな」
「すぐに壊れるのにか?」
「使い勝手が良いのは事実だぞ。俺もカラも何度か他の所で新調したことはあったが、なんだかんだお前のところを選んでいるからな」
理解……か。そりゃこの二人のことは小さい頃から嫌というほどの付き合いだ。武器をどう使うのか、どう使いたいのかくらいは把握しているつもりだ。
「……ま、気兼ねなく壊せるからな。そりゃ使い勝手は良いだろうよ」
「おう!まーたすぐに壊すから、数本くらいストックしといてくれよ」
「ちったぁ大切に扱いやがれ!」
幼馴染との差に思うところはあったが、それでもこの関係は嫌じゃなかった。いつかは切れる関係でも、もう少しだけ続いてくれたら……そう思いながら日々は過ぎていった。
「約束通り出直してきたぞ!」
「約束なんざしてねぇよ」
その次の年、追い払ったガキが姿を現した。俺は再びそのガキをボコボコにしてやった。去年よりは少しだけ手応えを感じたが、所詮は魔力強化もできねぇ十歳くらいのガキだ。
「くそ……魔力強化の差か!?」
「違ぇよ。そんな身の丈あってねぇモンを振り回してりゃ、お前の実力なんざほとんど発揮できねぇよ」
ガキは大人の剣と同じくらいの長さの木の枝を持ってきていた。大雑把に削られ、無理やり剣の形に整えようとしていた痕跡がある。
「じゃあ剣を造ってくれよ!俺に合うやつ!」
「お前に鉄は十年早ぇっての」
俺はガキから木の枝を奪うと、道具で削って木剣に仕上げて投げ返した。最初は目を輝かせて木剣を眺めていたガキだったが、すぐに我に返って不満そうな顔を見せた。
「俺は騎士になるんだ!こんなオモチャが欲しいわけじゃないんだ!」
「うるせぇ。そのオモチャすらまともに振れねぇ奴が抜かすな。振れるようになったら出直してこい」
その次の年もガキはやってきた。少し背が伸び、木剣を握る姿も少しばかりサマになっているように見えた。
「約束通り出直してきたぞ!」
「だから約束なんざしてねぇよ」
ガキはそれなりに木剣を振れるようになっていた。まともに乾燥もさせずに造った木剣だ。適当に打ち込んでりゃ一ヶ月も持たなかったろうに、大切に扱って素振りばかりやっていたんだろう。握りは黒く汚れている。手垢だけじゃなく、血も相当滲んでいるようだった。
「はぁ、はぁ……畜生……っ!なんで……一撃も……!」
「そりゃ剣を振ってきた年数が違うからな」
「……なぁ、おっさん。なんでそんなに強いのに騎士にならなかったんだよ……」
「――焦がれねぇからだ。誰も彼もが騎士様のような、誇り高い役目を目指してぇって想っているのなら、それは自分の夢しか見えてねぇお前さんの視野が狭いだけだ」
騎士を目の当たりにした時、幼馴染共の目の輝きを見て『ああ、俺はきっと立派な騎士様にはなれないんだろうな』と悟った。
同じ道を歩いても、必ずどこかで差が開く。それを受け入れていくだけの人生なんてまっぴらごめんだった。
「……夢だけを見てちゃダメなのかよ」
「――悪かねぇよ。ガキの頃から視野が広くても、そいつは本気で何かを見据えることができねぇ。真っ当な騎士になるにゃ、お前くらいの熱意はなきゃな。そら」
木剣を手入れしてやってガキに投げ返す。幼馴染共を嫌というほど見てきたからこそ、はっきりと分かる。コイツは将来良い騎士になるだろう。甘やかすつもりは微塵もねぇが、身の丈に合わねぇ武器を使って変な癖が付くのを無視する理由もねぇ。
「……また来年来るよ」
「くんなくんな。せめて騎士になってから出直せっての」
結局ガキは毎年やってきた。年々剣術も上達し、時には志を同じくする友を連れ、煩わしい幼馴染共に似たまま、予想以上に成長していった。
「トールイド!今年も約束通り出直してきたぞ!さぁ俺に剣を――」
「そらよ」
「……え」
ガキが成長し、幼馴染共が見習い騎士になったのと同じくらいの歳になった日に、俺は一本の剣をくれてやった。
こっちは年々体の動きが鈍るってのに、相手は年々良くなるんだからな。魔力強化もできるようになれば、いよいよ俺が負けることになる。この歳で痛い思いをするのはごめんだ。
「今年入隊試験を受けるんだろ。ついでに俺の宣伝もしてこい。代金はそれで許してやる」
「……ちょ、ちょっと待て!俺はお前に勝ったら剣をもらうって約束だったろ!?」
「してねぇよ、そんな約束。山賊かお前は」
ガキは剣を抜き、その刃を眺める。最初に木剣を貰った時よりも、ずっとガキの顔をしてやがる。
「……俺、この剣大事にするよ!」
「すんな。さっさと使い潰せ。そんでさっさと給料から新しい剣を依頼しに来い。今度からはきっちり金を取るからな」
「えぇ……」
結局そのガキ、オミロスは予想通りに試験を突破し、ターイズ騎士の仲間入りを果たした。まああっという間に幼馴染と同じ隊にまで入ったのには少しばかり驚かされたが。
その後もオミロスとのやり取りは続いた。むしろ増えたと言うべきか。
「いやぁ、トールイドの剣はやっぱり良いな!」
「馬鹿野郎、そう思うならもう少し申し訳無さそうな顔で来い。笑顔で剣を使い潰した報告をしに来る奴があるか」
「だってさ、トールイドの剣は年々凄くなってるんだ。その剣に負けないように強くなれてるって実感があると、嬉しくて嬉しくて」
なにせオミロスは本当に自重せずに剣を使い潰してきた。その剣の消耗具合は幼馴染共よりも激しかったのだ。
才能だけなら稀代の天才、あのサルベット=ラグドーにも匹敵するやもしれない。
俺はそんなヤツの消費ペースを少しでも落とそうと、必死に剣を造った。あいつが騎士になってからの数年間は恐らく一番技術が伸びた時期と言っても過言じゃねぇだろう。
おかげで鍛冶職人として俺は騎士様達の中でもそれなりに知られるようになり、仕事もかなり増えることになった。
「そうかよ。俺としちゃ、お前に使い潰せねぇ剣を打ってやるのが最近の目標だからな」
「それは無理だな。俺はまだまだ強くなるし」
「こいつ……」
「そうだ、今日はそれとは別にもう一つ話があるんだ」
「なんだ?」
「実は結婚することになったんだ。だからその結婚式に是非トールイドを招待したい」
そりゃあ強くなるはずだ。気づいた時にはあのガキが結婚するまで成長していたわけか。鏡は見たくねぇなぁ。
「花嫁次第だな。ちゃんと美人か?」
「ああ。ついでに腕っぷしも強い。この前本気でやったのに負けたくらいだ」
「ターイズ騎士に勝てるとか、化物じゃねぇか」
「でも可愛いんだ。それで、来てくれるんだろう?」
「俺は親でもなけりゃ、職場の仲間でもねぇんだけどな」
「それでもトールイドは俺の師の一人だ。両親や仲間の騎士達と同じくらい、俺の晴れ姿を見て欲しいと思っているよ」
「……そうかよ。ま、お得意様の頼みとあっちゃ、断れねぇな」
そう言って俺は葉巻に火を付けながら、職場へと戻った。オミロスは差を感じ続けていた幼馴染共と俺が同じだと言ってくれた。その言葉が少しだけくすぐったく感じた。
オミロスはそのまま成長し、ついにはターイズ騎士団の中核とも言えるラグドー隊の副隊長にまで昇進した。奴の年齢を考えれば、それがどれほどの偉業なのかは鍛冶屋の俺にも理解できる。
「いやー、イリアスが可愛くてな……」
「副隊長が惚気にくんな」
それでも俺の前にいるオミロスは昔のガキの面影が残り続けていた。これが歴史に名を残すかも知れない男かと思うと、俺が今まで抱いてきた悩みとかどうでも良くなっていた。
「仕方ないだろう?イリアスには誇らしい騎士である父として振る舞わねばならんのだ」
「ダメな面を見せられる俺の身にもなりやがれ」
「すまん、すまん。お詫びといってはなんだが、剣の依頼を一つしたい」
「なんだ?お前の剣ならこの前――」
オミロスが机の上に置いたのは名も知れない大きな鉱石。だが三十年以上も鍛冶屋をやっていれば、一目みればその鉱石がどれほどの価値を持つものなのかが分かる。
一介の鍛冶屋じゃ決して拝むことすらない。それこそ伝説の素材と言っても過言じゃない特級品だ。
「オミロス、これは――」
「メジス――フィリアのつてで入手したものだ」
聞けばオミロスの妻、フィリアは元々悪魔払いの聖職者。メジスから独立した小国スピネの出身らしい。
スピネと言えば、数年前に禁忌とされている死霊術を扱う者の仕業で滅んでしまったと言う話を幼馴染から聞いている。
フィリアは故郷を失い、嘆いていた。もう少しメジスやセレンデのような大国が迅速に対応できていれば、大勢の命を救えたかもしれないと。
そして今は国同士の友好関係を築く術を模索し、活動しているのだとか。
「それとこれが一体何の関係があるんだ?」
「国同士、隠し事があることは仕方のないことだ。だがそれでも互いに歩み合う姿勢を示すことは大勢の心を動かす切っ掛けとなる。フィリアはターイズとメジスの技術の粋を組み合わせた創作物を造りだそうとしているのだ」
ターイズの技術、メジスの技術、それらを組み合わせた至高の剣を造り出す。単独では成し得ない偉業を達成することで、互いの心の距離を狭めようというのがフィリアの目的らしい。
そしてフィリアはこの鉱石をオミロスに託した。ターイズ騎士の未来を担う者の代表として、オミロスこそがその剣の担い手に相応しいと。
確かに夢や理想としてはとても聞こえの良いものだろう。だが――
「なぜ俺なんだ」
「トールイド、私は貴方こそがこの国きっての名匠だと思っている」
「馬鹿を言うな。俺よりも腕の良い鍛冶屋は他にいる」
「いるのかもしれない。それでも貴方を置いて託せる者はいないんだ。これは私と妻の願い、未来なのだから」
オミロスの瞳は昔と変わらない。夢に焦がれ、直向きに向かおうとする宝石のような瞳。俺にこの男の意思を曲げることなどできやしないだろう。
「……わかった。どの程度になるのかは保証もできねぇが……俺の全てを注ぎ込むと約束しよう」
「ああ!ありがとう、トールイド!」
俺はそうして一本の剣を造り上げた。たった一人のガキだった男の夢に巻き込まれ、その熱に心を焦がれ、あらゆる点で今までの俺らしくない俺として、全てを注いだ。
だが……俺はその剣をアイツに渡すことができなかった。剣は完成したが、仕上げの作業としてメジスに送っている間にオミロスはあっさりと死んでしまった。
ターイズに現れた魔族、その襲撃から民を護るためにアイツは命を賭して戦って逝ってしまった。
オミロスの生き方に文句をつけるつもりは微塵もねぇ。ただ……俺の全てを託した剣を目にした時の、アイツの顔は見たかったが。
◇
「トールイド、いるか?」
ターイズに帰ってから初めて立ち寄るトールイドの店。決戦に際し、ウルフェの新しいガントレットを間に合わせてくれた礼を言いたかったのだが、戦後の色々な処理に追われ、つい来るのが遅れてしまった。
どうにか時間に余裕ができたので、イリアスと共に足を運んだ次第である。
「おう。ラッツェルの嬢ちゃんと兄ちゃんか。ついに剣が逝ったか?」
「ああ、見事にな」
そう言ってイリアスは前に使っていた剣の残骸を机の上に置く。ザハッヴァとの戦いで力尽きてしまった彼女の愛剣を見て、トールイドはあんぐりと口を開けた。
「おま……いったいどんな化物と戦ったら、こんなに壊されるんだ!?」
「どんな……魔族だな」
「お……おう……。そりゃ仕方ねぇ……な」
もう化物中の化物でしたからね。身体能力だけなら魔族中最強なんじゃないかなってくらいだし。
「ひいては一本剣を依頼しようと思ってな」
「そりゃ構わねぇが……ん?お前さん、今装備している剣は――」
「ああ、これか」
イリアスは聖剣を抜き、トールイドへと見せる。その刀身を見たトールイドはピタリと動きを止め、暫くしてから僅かに震えた。
「……そうか。ちゃんと届いたんだな」
この聖剣はイリアスの父の為に、イリアスの母が他方に手を回して造り上げた一本だと聞いている。そしてその刀身を打ったのが、ラッツェル家のお抱えの鍛冶屋である名匠トールイド。
この聖剣はメジスで完成を待つ間に持ち主を失ってしまった。その後はマーヤさんの師匠の関係者のところに保管されていて、レアノー卿がそれを回収してイリアスに届けたのだ。
「ああ。この剣のおかげで、私は先の戦いを生き残れた。他の剣ならば、ザハッヴァやラザリカタのような覚醒した魔族や、黒の魔王相手に生き残ることは出来なかっただろう」
「そうか……黒の魔王と……黒の魔王とっ!?」
コクリと頷くイリアスを前に、唖然としているトールイド。そりゃあおたくの剣を使って、伝説の魔王と戦ってきましたよなんて言われたらそうなるわな。
「そうだとも。黒の魔王の扱う魔剣相手にも打ち負けなかった最高の剣だ。なにせあのユグラもこの剣を褒めていたからな」
「ユグ――」
「イリアス、とりあえずゆっくり話そうか」
一度に驚く情報を何度も流し込んでいては相手の心労が絶えないだろう。ちゃんと丁寧に説明してあげないとダメだぞ。
そんなわけで『俺』達はトールイドに、これまでの経緯を語ることにした。もう今更隠すようなこともないしね。
話を聞き終えたトールイドは静かに葉巻に火を付け、一服をする。
「なんつーか……夢のような話だな」
「ここから先、進む未来も夢物語のようなものではある。だがそれでも皆やこの剣があれば、やっていけるだろうという確信がある。トールイド、貴方にも是非手伝ってもらいたい」
「……ま、夢に巻き込まれるのも悪かねぇか」
トールイドの表情は穏やかだ。その微笑みはイリアスだけではなく、その背景にいる人達にも向けられている気がする。
「ただこの剣で鍛錬するのは少しばかり気が引けるのでな。一本頼もうと思う」
「そらそうだ。聖剣で鍛錬なんざ、お前の親父さんでも驚くだろうよ」
……こいつターイズから帰ってから数日は聖剣で素振りしてたぞなんて、口が裂けても言えないな。
コミカライズの方でトールイドが登場しましたので、そのへんのお話を少々。
イリアスのお父さんの成長を見守ってきた、燻り続けていた鍛冶屋のお話です。