さしあたってやりすぎは良くない。
朝食後に現れる突然の来訪者。大きな荷物を背負って息を切らせながら現れたのは、『犬の骨』給仕係のサイラだ。
「おはようございます、お兄さん!」
「サイラだー」
「おう、来たか」
サイラは鼻息も荒く、周囲を興味深そうに眺めている。そりゃあ憧れのイリアスの家にお呼ばれもすればテンションも上がるだろう。
「随分と大荷物だな。一体何事だ?」
「ああ、今日は以前から依頼していたイリアスの服を持ってきてもらったんだ」
「わ、私のか?」
初めてウルフェの服を作って貰った折に依頼していたイリアスの服だが、サイラにとって満足のいく服の完成は難航していた。と言うよりも創作意欲が高まり過ぎていた模様。作っては作り直しての繰り返し。
なお合間にウルフェの服を数着用意してもらっていた。オーダーメイドにしては随分と安く済みましたね。
「この前経過報告を聞きに家に遊びに行ったんだが、えらい事になっていてな。一度持って来いと招いたんだ」
「そうなのか……それでこんなに」
「いや、一割もないぞ」
「なんだと……」
「イリアス様のために作った服を厳選して持ってきました!」
「そんなわけだ。全部受け取る訳にもいかないから、早い所試着して選んでやれ」
「あ、ああ」
そんなわけで二人はイリアスの部屋へと向かっていった。その様子をお茶を飲みながらラクラが呟く。
「あんな可愛い仕立て屋さんがいらっしゃるのですね。私も私服欲しいです尚書様」
「そうか、がんばれ。値引き交渉くらいは考えてやる」
「ウルフェも、もうなんちゃくかほしいです」
「おう、ウルフェはもう少し私物を増やさなきゃな。欲しい物はどんどん言え。買える物は買ってやる」
「はいっ!」
「ひどーいーっ!」
ラクラは毎日同じ聖職者の格好だ。仕事着でもあるのだが、ゆったりしたローブは私服としても有用である。それで良いのか聖職者。
ついでに言えば服選びの手間を省けるというメリットがあるとのこと。悲しい理由である。
それを言えばウルフェも似たような物だが実はサイラには同じ服以外にも何着か用意してもらっている。ウルフェに対しては手早く作れるのだが、イリアス相手となるとそれなりに時間が掛かってしまうのだとか。
サイラはまだ修行中の身。スタイルも良く美人であるラクラなら、モデルとして協力すれば衣装の一つや二つ手に入るだろうが……そんな楽はさせたくない。こっそりとサイラには手を回しておくとしよう。
「じゃーんっ!」
大量に持ち込んだ服の中から一着が決まったらしく、イリアスとサイラが降りてくる。うん、誰だ。
「イリアス、きれー」
「まあまあ!」
イリアスの私服はメンズのような物が多かったのだが、サイラの持ってきた服は完全に女性らしさを意識したデザインだ。スカートの時点で二度見するレベルだ。
しかし普段鎧を身に纏いゴリラゴリラしているイリアスのイメージとは大きく離れている。ふんわりとしたカーディガンも柔らかな印象を受ける。
「変では……ないか?」
「良いと思うぞ。騎士とは思えないほどだ」
「それは褒めているのか?」
「ああ。いつもとはだいぶ印象が違うが、そういう服も似合うんだな」
「そうか、ありがとう」
「じゃあそのまま出かけてきてもらうか」
「はぁっ!?」
「服は実際に相手に着せ、その様子を見ることでより創造力が湧いてくるもんだ。そういう訳で今日はサイラのためにその服を着て出かけてもらおうと思ってな」
「待て待て、私には陛下から任せられた君の護衛がだな」
ごねるイリアス。と、そこで新たな来客がやってくる。待ってました。
「坊主、おるかの――なんじゃこのべっぴんさんは」
「か、カラ爺!?」
「代わりの護衛なら呼んでおいた。出かけるつもりはまるでないが、それでもとごねられるのは目に見えていたからな」
「君と言う奴は……」
「ふぁっふぁっふぁっ! 良いではないかイリアス。たまには母親好みの格好しても罰は当たらんよ」
「それともイリアス、家で待機しているだけと言うのにカラ爺が代役では不満とは言わないよな? そこまで言うならラグドー卿を呼び出すが」
「止めろよ!? 絶対に止めるんだぞ!?」
かくして真摯な説得の甲斐もあって、イリアスとサイラは二人で街を廻ることになる。同い年の二人組だ、お互いの性格から考慮するに上手く行くだろうさ。
「ふーっ!」
「坊主、わし辛いんじゃが……」
「ウルフェ、カラ爺相手にそんなに警戒するなよ……」
「尚書様、私も遊びに行きたかったですー」
カラ爺とウルフェの関係もいい加減何とかせねばなるまい。ラクラはどうでも良い。
そういったわけで秘密裏に用意していたアイテムを、ついに公開する時がきたようだ。
「家の中でじっとしているのも退屈だろう。そこで少しばかりの余興を用意させてもらった」
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サイラと共に街を巡る。市場だけではなく、服屋や靴屋と普段行かないような店をサイラは良く知っていた。同じ年頃だというのにここまで行動範囲に違いがあるとは思いもしなかった。
それにしても周囲の目が気になる、おかしなところはないだろうか。いや、この姿なら他者だと誤解されてもおかしくはない筈だ。そう割り切るしかないだろう。
これはサイラのため、そう思えば耐えられないことはない。
「ふう、行きたい所は大体回れました! 創作意欲もばっちり! イリアス様、少し休憩しませんか?」
「ああ、そうだな」
広場の長椅子に座って一息を入れる。まったく、彼の謎の行動力には困った物だ。もう少しそれを自分磨きのために使えないのだろうか。
ウルフェと違い彼は勉学も鍛錬も好まずにのらりくらりと逃げている。そんなことだからマーヤの憑依術にも未だに頼りっきりなのだ。
せっかく彼の護衛になったのだ。もう少し規則正しい生活を行わせるべきなのだろうか。だがあまり厳しくすれば彼は巧妙に逃げ出す可能性もある。そう考えると前途多難だ。溜息が漏れる。
「あ、あのイリアス様、退屈ですか?」
「ああ、すまん。今の溜息は彼に対してのものだ。前々から鍛錬から逃げたり姿を見せないことも多かったが、こういったことをしていたのだなと」
「お兄さんはよく様子を見に来てくれてました。それでー他にも色々とっ!」
その色々が気になるのだが……。よもや手を出してはいないよな。いやサイラは可愛らしい街娘で、彼の対応も比較的温和に感じている。
しかし彼女が彼を好んでいるのなら悪い話ではないのか?いや、あまりいい気はしないので悪い話に違いない。
「この前なんてバンさん――ええとこの街で有名な商人の方に私の服を紹介してくれて、ウルフェちゃんと同じ黒狼族へ送る衣服の依頼を取り付けてくれたんですよ!」
黒狼族はこの街でもちらほら見るようになっている。ウルフェに見繕ってもらった服に近いセンスを感じる物を着ていたのだが、ひょっとすればサイラが作った物なのだろうか。
「ウルフェへの服は良い物だった。黒狼族への服も良い物ができたのではないか?」
「はいっ! 黒狼族の皆もとても気に入ってくれて、お礼の品をもらったんですっ!」
そういってサイラがつけている首飾りを見せる。質素な感じではあるが光沢のある鉱石が目に付く味のある物だ。
「それは凄いな。彼らはまだこの街に馴染んでいると言うわけではない。相手との交渉も色々手探りな状態だろうに」
「そしてそして! その実績を認めてもらってバンさんのお抱えの服屋さんに弟子入りさせてもらえることになったんです!」
サイラの話は聞いている。彼女は普段『犬の骨』の給仕をこなし休日には独学で服を作っていた。そして将来的には店を構えたいと、そのための技術を学びたいと。
だが職人が弟子を取ると言うことは将来店を継がせる場合だけ、商売敵になるであろうサイラを受け入れてくれる者はいなかった。
しかし彼女はこうして目標に向けて大きく前進している。同じ年頃の者がこうして自ら選んだ道を確かに進んでいるのだ。
「凄いなサイラは」
「ふぇ?」
「私は父のような騎士になりたいと子供の頃から鍛錬の日々だった。剣術は身につきその甲斐もあり騎士にはなれたが、そこから停滞している日々だ。だがサイラは着々と前に進んでいる。同じ年頃の者として素直に尊敬する」
「そ、そんなことないですよ! イリアス様の強さはターイズでも五本の指に入るじゃないですか! 今は若いだけできっと実力が認められれば騎士団団長だって!」
「恥ずかしいことに騎士になってからはずっと鍛錬と警邏の仕事だけだった。ようやく功績を挙げることができたのはつい最近のこと。だがそれも私個人の力ではない」
「それを言ったら私だってお兄さんが機会を与えてくれたんですよ! 一緒じゃないですか!」
そうだろうか。サイラには機会を与えただけでそれを掴み取ったのは彼女個人の実力だ。私の場合は様々な者の協力があって成し遂げた実績だ。
彼がいたからできたサイラと、彼がいなければできなかった私とは違う気がする。
「むぅ、その顔は違うって言いたそうな顔でしょ!? 進む速度は違うかもしれないけど、イリアス様が身に着けた強さは本物じゃないですか! その努力を自分で否定するなんて間違ってます! 私なんて進路こそ好調だけど技術はまだまだなんだから。イリアス様が卑下してたら私なんてもっと下なんだよ!?」
「そんなことは――いや、悪かった。過度な謙遜は相手を不快にさせると言われたことを忘れていた」
「そうです、少なくとも私はイリアス様の強さを知ってるし、尊敬してるんだからっ!」
これほど正面から自分を認めてくれる者は珍しい。彼はなかなかそういうことを口にはしてくれないし、ラグドー隊の者達にも認めてはもらっているが、面と向かって言ってくれることは少ない。
それに比べサイラは真っ直ぐで自分の思ったことをしっかりと伝えてくれる。少しばかり恥ずかしい気持ちもあるが悪くない。どうも私はおだてられてることに弱いようだ、気をつけよう。
だけど、少しくらいは気持ち良さを味わっても許してもらえるかもしれない。
「……そうか、ならお互いに尊敬し合っているわけだな」
「そ、そうなります!」
「なら立場は対等だ。そう畏まった呼び方は止めて欲しい。様などつけずにイリアスと呼んでくれ、サイラ」
「え、いや、あの、その……」
「なんだ、私とはやはり違うと言いたいのか?」
「うう、その言い方お兄さんみたい……」
言われて見ればこんな意地悪な言い方をするのは自分らしくもない。影響されたのだとすれば彼だ。彼のせいにしよう。そう思えばこういう意地悪も案外気兼ねなく使えるものだな。
「そうかもしれないな。だがいつもの私では言い出しにくいことだ。利用させてもらうとしよう。それにサイラだって口調が随分砕け始めているぞ」
「それは、その……それじゃあ……イリアス、これで良い?」
「ああ、これからもお互いに仲良くしてくれると嬉しい」
「――うん、不束者だけどよろしくねっ!」
この年になって初めて同じ年、同じ女としての友人ができた。進む道は違えど夢に焦がれ、自らを磨き続ける者。そういった点では似たもの同士なのかもしれない。
「今度はウルフェちゃんも一緒に買い物に行きたいねー!」
「そうだな、あの子も喜ぶはずだ」
ウルフェもこの街に馴染み始めている。あの子ともきっといつかは親しい関係になれるのだろう。
今まで踏み込んだことのない一歩はなんのことはなかった。今の自分に足りてないものは、こういった未知への一歩を進むことで新たに見えてくるのだろう。
彼はこうなることを理解して私を送り出したのだろうか、そうならば感謝せねばなるまい。帰ってすぐは周りの目もあるから恥ずかしい。今度二人きりになった時にでも礼を言おう。
サイラはそのまま別れて帰って行った、夜には『犬の骨』での仕事があるとのこと。従業員も増えたことで自分の進みたい道への努力を積み重ねる時間もできてきたが、それでも生活費などは楽ではないとのこと。
これからはそういったことも含め、彼女の努力を労ってやろう。彼女が私のことを応援してくれたように、私も彼女を応援できるはずだ。
しかし残った大量の服はどうしたものか、サイラは私のために作ったから是非着て欲しいと言っていた。随分とスペースを圧迫しそうだ。それに鎖帷子が入っている洋服箪笥にしまうのは気が引ける。
彼の手が空いた時にでも新たに購入するとしよう。それが良い。
すっかり遅くなったが家に帰宅、せっかくだからこのまま皆で『犬の骨』に行くのもいいだろう。
「今帰った、皆ただい――」
そこは多くの屍が転がる戦場と化していた。
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えー、発端は家にカラ爺を招くということでウルフェとの仲をどうにかしたいと言う思いからだったのです。彼らの共通点は鍛錬くらいなもの。それではいつまでたっても関係は良くならないだろうと、一緒に遊べるレクリエーションを用意したのですよ。
机の上に広げているのは地球では馴染みの深いボードゲーム。ダイスの目だけ進み、お金を得たり、様々なイベントを経てゴールを目指す物。
そう、人生ゲームなるものです。相棒を木の棒から木刀にランクアップさせた凝り性、それはこのゲームにも集約されていた。
超巨大なマップに数多の分岐点、イベントマスで引けるカードの種類も百枚に及ぶ。さらには相手を妨害するアイテムカードなども実装、戦略の幅が広がるのだ。
地方の農民からはては王様までなれるというこの世界基準でありながら成り上がりの幅が広い大規模なゲームだ。
一周目に関してはルールの説明もあってそれなりに停滞しながらもゲームの面白さを理解してもらい円満に済んだ。だがそこでラクラと言う奴が余計なことを言い出した。
「せっかくですから、最下位の方にはおしおきを与えるのはどうでしょうか」
即行で賛成の意を示したのはウルフェ、そうなればカラ爺は強く反対できず追加ルールが採用。一位が最下位に罰を与えるものとなる。
ただしその場で決めていてはウルフェが一位カラ爺が四位となった場合、ラクラが一位でこちらが四位となった場合にまともな罰ゲームが行われるとは思わない。
なのでゲーム開始前にそれぞれが一位になった場合に四位に与える罰ゲームの内容を宣言させることにした。
これならウルフェの出した罰ゲームが師匠にも降り注ぐことになり、然う然う重たい罰ゲームは発生しないだろうと踏んだのだ。しかしウルフェは容赦しなかった、ついでに言うとラクラもだ。
最初ウルフェの罰ゲーム内容を聞いた時は耳を疑った。ついでに自分の教育が間違いではと後悔しかけた。とは言え純粋な罰を考えたのであれば、確かにウルフェらしくはあると納得することにした。
ウルフェからはこちらが四位を回避できるであろうと言う信頼があってのこと。ラクラは自分が行う罰ゲームなのだから誰でも良いという迷惑思考だ。
結果全員のやる気が上昇していた。何が不味いって、相手を妨害するアイテムを導入していたのが不味かった。
これで足の引っ張り合いが発生する。ラクラは常にこちらを、ウルフェは常にカラ爺を執拗に狙っていた。男二人は場の空気を読みつつの均等分けだ。
そして肝心の結果なのだが……。まずこのゲームで一番強かったのがウルフェだ。何と言うか、ダイスの出目を操作できている感がやばい。
二番目は製作者、そりゃデータは全部頭に入っているので戦略の幅が最も広い。あとヘイトを稼がないように二位と三位をキープし続けていたのも大きい。
三番目はカラ爺、普通のプレイヤーだ。ラクラは毎回ギャンブルコースに手を出して自滅していた。
こちらの出す罰ゲームは精々『次のゲームを空気椅子で行う』とか『次のゲーム中一位の椅子になる』程度だったので大した被害はない。
だがウルフェの一位の際のダメージが酷く、ラクラはその被害をもろに受けていた。あまりに酷いので全部は伏せる。一つ例を挙げるなら『炭を食う』だ。
ひたすらに酷い目に遭うラクラ。それでも容赦しないウルフェによってついにカラ爺も罰ゲームの餌食になる。
瀕死になっていくカラ爺を見て喜ぶウルフェであったが、ラクラのギャンブルがドンピシャリ。一番やばい罰ゲームを直撃されてウルフェも半死状態になる。
これで終わるかと思いきや、最後の最後で三人が結託、同じ罰ゲームを宣言。二位三位を死守してヘイトを稼がないように立ち回っていたのだが、流石に罰ゲームなしで切り抜けていた製作者は最後の最後でヘイト管理を達成しきれず、一対三に持ち込まれついに破れてしまうのであった。
他の三名も今まで受けた罰ゲームのダメージが蓄積しダウンした。かくして生き残る者が誰もいない人生ゲームが幕を閉じた。
ああ、炭の味とか、覚える機会なんてないと思っていたよ……ぐすん。
「何をやっているんだ君達は……」
そこでイリアスが帰宅、全員お叱りを受けるのであった。
しかしこの日からウルフェとカラ爺の仲は多少ではあるが良くなった模様。人生ゲームはウルフェとラクラのトラウマとなったため、丁重に封印された。