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おまけその3『ドコラの拾い物』

 ※十五年ほど前の話。


 人並みだった昔を思い出そうとすれば、その後の孤独の方を先に思い出してしまう。

 いるのが当然だった家族のことで覚えているのも、暖かかったはずの笑顔ではなく、化物の仲間入りとなった醜い成れの果てばかりだ。

 だから思い出そうとするだけ野暮な話。さっさと忘れてしまうのが賢い生き方なんだって、何度も自分に言い聞かせてきた。

 それでもこうして、なんでもない時に思い出そうとしてしまうのは……未練なんだろうな。


「――コラ、ドコラッ!聞いてんのか!?」

「あん?」


 酒で出来上がったヘイドの大声に、比較的マシな現実に戻される。俺としたことが、ほろ酔いからの黄昏気分から少しばかり寝ぼけていたようだ。

 夕暮れ時から飲んでいてこれだからな、我ながら良い身分だよ。


「ったく、これだから出世頭様は。俺のような下っ端人生まっしぐらな奴の話は聞けねぇってのか?」

「悪いな。聞く気がなかったのは事実だが、つい寝入っちまった」

「それどこに悪びれてんだよ!?」

「そりゃあ聞く気がなくて聞かねぇのは当然だが、ただ寝入っちまって聞いてねぇのは俺の不備だろうがよ」


 ヘイドは酒癖が悪いが、飲み始めの方は意外と面白い話をしたりして、退屈はしない。暗部としちゃ問題ありの人間だが、酒の席の置物としては二流くらいだ。


「自分の不手際についちゃ、さっくり非を認めるのな」

「身寄りもねぇ難民が生き残るにゃ、自分で自分の面倒見なきゃならなかったからな」


 俺の故郷、スピネは死霊術によって生まれたアンデッドによって滅びた。衛兵見習いだった俺は何もできなかった無力感を抱え、難民としてメジスへと辿り着いた。

 生きるためにはなんとしても働き口を見つける必要がある。俺は身につけられる技術はなんでも身につけ、さらには国を失った者という立場を逆に利用し、メジスの暗部へと入隊することができた。


「おーおー、ご立派なこった。それが出世のコツってわけか」

「いいや。コツは私情を挟まねぇことだ。お前は戦いを楽しみ過ぎてんだよ、ヘイド」

「人を躊躇いなく殺せるのが暗部の条件だろうが」


 人に育てられた以上は人を殺しにくくなるってもんだ。だから自分の感情を殺せるか、殺すことを楽しめるような奴でもなければこの仕事は務まらねぇ。


「愉快だからと人を殺すような奴に、重要な情報を託すようなことはできねぇだろうが」

「――まぁ違いないな。殺すことだけを目的として暗部を使おうとする奴がいりゃ、俺も出世できんのかね?」

「そんときゃ、俺みたいな連中を顎で使えるだろうよ」

「そりゃ夢のある話だ!つっても次の大司教候補を考えるとなぁ……」

「夢で終わりそうだな」


 今のところ盤石なのはエウパロ=ロサレオ、セラエス=ジャストアの二人くらいだろう。どちらも秩序を重んじるタイプで、ヘイドのような殺人を楽しむ輩を重宝するとは思えない。

 まあセラエスの方には少しばかり闇を感じる。障害を排除する道具としてならば、ヘイドにも出世の道は残されているのかもしれないが……性格的には合わねぇだろうから、ヘイドが下につくことはないだろうな。


「なら美人さんの下につくのも悪くねぇんじゃねぇか?ほら、『一切撲滅』のマーヤとか、『流星拳』のフィリアとか!あのへんも可能性はあるんだろ?」

「バーカ。ああいった英雄様は出世しても、俺達のような闇は抱えねぇよ」

「ちぇ」

「それにフィリアに至っては、とっくに結婚して子持ちだぞ。出世ルートにゃいねぇよ」

「マ、マジでか……俺密かに憧れてたのによ……」

「密かなままで良かったな。相手はターイズの騎士様だそうだ」


 相棒のフィリアがターイズへと移り住んだことで、マーヤも前線を離れてターイズにある支部へと移った。なのでメジス近辺で次の法王や大司教となるのは確実に野郎で間違いない。


「つかお前詳しいんだな、暗部かよ」

「今知ったのかよ」


 そういう俺も実はちょっとだけ残念に思っている。『一切撲滅』のマーヤは俺の故郷、五年前にスピネを滅ぼした死霊術師を倒してくれた恩人だ。せっかく仕えるのなら、彼女の下が良かったという思いもあった。


「はぁ……むさい男の下で働くんじゃ、やっぱり任務を楽しむ以外に生きがいは見つかりそうにねぇな」

「ロクな死に方しねぇだろうなぁ、お前」

「かもな。だけど俺に取っちゃ相応の死に方だろうぜ。ま、お前よりは長生きしてみせるさ」


 こいつよりも先に死ぬことになるって、未来の俺はどんだけ外道に落ちるってんだよ。


「俺はちゃんと国のために貢献すんだから、お前よりかは長生きするっての」

「どうだかな。お前みたいな奴が意外とやらかすんだぜ?」

「お前に言われちゃお終いだ」


 その後酔い潰れたヘイドを路地裏に投げ捨て、帰路につく。

 ああいう馬鹿と飲む酒が数少ない娯楽というのも泣ける話だ。だがそれもマシだと思える自分がいるのも哀れな話。


「……実際マシなんだよなぁ」


 何もかもを失い、途方に暮れていた。それが今では馬鹿を馬鹿にしながら酒を飲んでいる。実に上等な人生じゃねぇの。ここまでしてくれた分の礼はしっかりとこの国に貢献してやらないとな。

 らしくない忠誠心というやつを鼻で笑い、心地よい気分で歩いていると、ほのかな風と共に魔力の流れを感じ取る。


「こんな場所と時間に魔法を使うのかよ」


 異様な事態を前に酔いが覚め、現在の自分の装備を確認する。スピネの一件以来、各大国での諜報活動は活発化している。関係の悪化したセレンデからのものもあれば、メジスの者が死霊術師を倒したという話から、何かしらの情報を得たのではないかという他国の邪推からくるものもある。そんな連中がワザワザ魔法を使う理由に、ロクなものはねぇ。


「もうちょい酒を飲んどくべきだったな……っと」


 上層部からも、密偵については殺すつもりで捕獲を行なえと指示を受けている。捕まえることが最上だが、逃がすくらいなら死体を証拠にした方がマシって話だ。

 周囲の地形の再確認、近くには孤児院がある。そっちの方向に逃げられ、孤児を人質にでもされたら面倒だ。ここは一息で瀕死に追い込んで――


「……なんだありゃ」


 魔法の反応があった場所、そこは現在使われていない資材置き場だった。そして覗き込んだ先にいたのは十歳前後の少女の姿だ。

 ボロめの衣服を見るに、近くの孤児院のガキだろう。日もくれるという時間帯で一人遊びにしちゃ性格が根暗過ぎる。

 暫く観察して分かったのは、どうやらあの少女は魔法の練習をしているようだ。ゆっくりと魔力を集め、じっくりと構築を行い、それを発動させる。

 出現したのは小さな灯り。ありゃ魔法の初歩を教える際に、指導する奴が実践して見せるものだな。

 まるでそこに素人がいるかのように、丁寧に丁寧に魔法を発動させていやがる。繰り返し、何度も何度も、全く同じ大きさの灯りが灯されていく。


「――なんの遊びだ、そりゃ」

「わきゃぁっ!?」


 気づけばその少女の背後まで接近していて、つい声を掛けてしまっていた。予想の斜め上の叫び声を出され、念の為周囲に探知魔法を使用する。……大丈夫そうだな。


「悪いな。驚かせちまったか」

「え、え、あの……おじさんは?」

「お兄さんな、お兄さん。あー……心配せずとも、ユグラ教のモンだ」


 孤児院の運営はユグラ教が行っている。そして俺も組織としてはユグラ教の派閥内の人間だ。怖がらせず、嘘をつかない回答としちゃこれが無難か。


「ユグラ教の方ですか?でもどうしてこんな寂れた場所に……もしかしてお友達がいないんですか?」

「いる。さっき路地裏に捨ててきたがな」

「酷いっ!?」

「魔法の鍛練か?それにしちゃえらく初歩的だったが」

「……そうなのですか?以前孤児院のお姉さんやお兄さんが教わっている時に見た魔法をそのまま練習しているのですが……」


 なるほどな。魔力がほとんど安定していない十歳前後じゃ、魔法の訓練は受けさせてもらえない。もう少し年の過ぎた孤児院の連中に職業の斡旋をする連中が、魔法の適性を調べるために簡単な魔法を教える時があるが……それを遠目に見て覚えたってわけか。


「そんなモン、ちょっとやりゃできただろ。やるなら……いや、お前の年齢じゃ、まともな魔法も教えちゃもらえねぇか」

「……はい」

「そいつは仕方のねぇことだ。複雑な構築やら、大量の魔力を使用する魔法を使うことは肉体にもそれなりの負荷がある。その年でやろうもんなら、すぐに体内の魔力バランスが崩れて、二度と魔法が使えねぇ体になるぞ」

「……はい」


 こいつの年でも魔法の鍛練をしている奴はそれなりにいる。だがそういうのはきちんとその成長を見届けられる大人が傍にいることが条件だ。

 孤児院育ちのガキが、強くなるために無理に鍛練をつもうとすれば、自らの魔力バランスが崩れ、かえって悪い結果になることの方が多い。

 だから孤児院では魔法や魔力強化を教える年齢はしっかりと定められている。少女もそういった説明は受けているのだろう。


「そこまで魔法の鍛練をする理由はなんだ?」

「これくらいならできそうかなって……」


 頭を掻く。見たままの通りなのだろう。この少女はどこか不器用な印象がある。どこかトロそうだし、優秀そうな雰囲気なんて微塵もない。それなりに人間を見てきた俺が見る限り、きっとろくに出世しない人生で終わることだろう。

 この歳で自分が周りよりも劣っていると自覚している。そんな残酷な事実を受け入れてしまえている。それでもとすがる行為を止める資格が俺にあるのだろうか。


「……はぁ。これくらいの規模ならお前でも大丈夫だろ」


 ゆっくりと魔力を構築し、少し離れた位置に生えていた雑草へと結界魔法を叩きつけて切断する。切断された草を見て、目を丸くする少女。


「わぁ……」

「結界魔法の応用だ。結界魔法は厚さを調整できるし、発動さえすれば展開も速い。薄く素早く展開すりゃ、立派な刃物くらいにはなるのさ」

「でも結構切れ味が悪いですよ?石で切ったほうがまだ綺麗に切れますよ」

「うるせー、ぶん投げるぞガキ」

「ぴぃっ!?」


 大して集中もしていなかったし、なんなら俺は暗器を主体とした戦闘スタイルだ。

 熟練の聖職者なら、本物の刃物並みの切断力はあるんだろうが、そんな努力をするくらいならナイフの特訓するっての。


「こいつは実戦向けの技じゃねぇんだ。より薄く、素早く展開することで魔法の構築、発動の精度を向上させる魔法の鍛練の一つだ。今までの魔法の練習に比べりゃ、少しは将来に繋がるだろ」


 結界魔法はシンプルでありながら、それでいて奥深い。ターイズの騎士達は全身に纏う服のような結界を展開し、メジスの聖職者達は悪魔達の爪や牙を阻む壁として展開する。

 魔法の修練が未熟な者には徹底して結界魔法を練習させる教官とかもいたしな。ガキにやらせるのならこれくらいで十分だろう。


「……」

「やってみろ。それとももう一度見るか?」

「い、いえ、やってみます!」


 少女は大きく息を吸い込み、魔法の構築を始めた。結界を展開し、草が少しでも揺れりゃ上出来ではあるが――


「えいや」

「えぇ……」


 少女は難なく結界魔法を放ち、草を刈り取った。その精度や切れ味も俺が放ったものとほとんど差がない。いや、差がないというよりこれは……。


「できました!」

「……おいガキ、今の魔法をもっと速く、もっと薄く放ってみろ」

「は、はひ……。ていや」


 続いて放たれた結界魔法はより速く、より鋭く草を綺麗に切断してみせた。魔力強化した俺のナイフにゃ程遠いが、ガキ共が扱う刃物に比べりゃ数段切れ味が良い。

 魔法に対する理解力はまだまだだが、構築を行う時の集中力がかなりのものがある。ここまでの集中力、一体どうやって……っ。


「……おいガキ」

「できました!おじさんよりも綺麗に切れました!」

「ふんぬ」

「ぴゃいぁっ!?」


 とりあえず少女を草むらへぶん投げて、周囲を確認した。周囲に残る足跡はどれもこのガキのものばかり。それでいて、人が通る道には雑草が一本も生えていないことに気づいた。

 誰も使っていない資材置き場、本来なら雑草が生い茂っていてもおかしくはない。

 だがこの少女が何度も何度も通うもんだから、往来の道のように綺麗に均されている。どこを探しても、他の人物が入った痕跡は、この少女の足跡の痕跡に塗りつぶされていた。

 一週間や二週間とかじゃねぇ。何ヶ月、下手をすりゃ年単位でこの場所で初歩の初歩である魔法を練習していたということになる。

 背筋に嫌な汗が流れた。もしもこの少女がもう少し賢く、他の魔法を覚えようとしていたら、間違いなくこの魔力のバランスを崩して死んでいただろう。


「……こりゃ、捨て置くのは罪だな」


 草むらへと移動し、目を回している少女を引っ張り上げる。そしてピシャリと立たせ、頬を軽く叩いて目を覚まさせた。


「はっ……!?」

「おいガキ。お前には素質がある。孤児院を出たら聖職者を目指せ」

「聖職者……?」

「そうだ。正直お前はトロ臭いし、多分ドジとかいっぱい踏む無能のままだろう」

「酷いっ!?」

「だがその素質は本物だ。俺が今日教えた鍛練を忘れずに続けていれば、その素質に気づく奴は必ずいる。魔力量は増やさず、その精度だけを磨け、そうすりゃ立派な聖職者になれる」


 魔法の才能はあるが、暗部としての才能は微塵もない以上、俺が面倒を見ることはできない。それでも今俺が肌で感じたこの感覚を、聖職者の誰かが感じ取れば、こいつの才能はきっと芽吹く。


「……聖職者になったら、お給料もらえますか?」

「おう」

「お腹いっぱいご飯食べられますか?」

「おう」

「おじさんみたいな人をあごで使えますか?」

「シメんぞコラ」

「ぴゃいっ!?」


 危ねぇ、ヘイドと会話するノリで首を締めかけたわ。こいつ色々と不遇な境遇にありそうな気がしたんだが、わりと強かに生きてやがるな。


「まー偉くなれりゃ、可能性はあるだろうがな。でも偉いやつにゃそれだけの責任があるんだ。多くの連中の未来を左右するような責務を、お前が背負えんのか?」

「そんなの背負いたくはないです」

「くっそムカつくくらい自分のために生きようとしてんな。だが気に入った。お前、名前は?」

「……ラクラ」

「そうか、ラクラ。お前はイイ女になるだろうよ。立派な聖職者になったら、また会おうぜ。体の方もイイ女になってたら、男としても相手にしてやらぁ」

「……でも私が聖職者になる頃にはおじさんはもっとおじさんに……」

「せいや」

「ぴゃいぁっ!?」


 俺はラクラを再び草むらへと投げ捨て、その場を後にした。妙な感覚、あの少女とはまたどこかで出会えるような運命を感じた。

 あの歳であの性格だ。女としちゃ色々と終わった奴にはなるだろうが、きっと俺が背中を預けても良いと思えるような聖職者にはなるだろう。

 思わぬ掘り出し物を見つけたことで、少しばかり気分が高揚し、酔いが戻ってきた。帰ったらもう一杯だけ引っ掛けて寝るとしよう。




コミカライズ更新に合わせた書き下ろし投稿です。

今回はラクラとドコラの初顔合わせの過去編です。


ラクラは数年でドコラの顔すら完全に忘れてしまいます。ドコラの方も色々あって忘れてしまいましたが、セレンデの地下遺跡で再会した時に思い出したようです。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「そんなわけでドヤる。」の伏線回収でしょうか ラーハイトがいなければドコラとラクラの共闘とかあったのかなと考えてしまいますね
[良い点] 全部 [気になる点] なし [一言] 本編読破後久々に読ませて頂きました。 読んでる途中自然と涙が溢れてきました。 本当に素晴らしい作品だと思います。 これからも頑張ってください。
[一言] ドコラ・・・ 序盤で主人公を引き立てる敵役で出ただけのキャラだと思っていたのに、死んでいるのに後々まで活躍しましたね。 なんというか、噛むほどに味のあるスルメさんですね。
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