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おまけその2『ヤステトの自己満足』

(※時系列的には最終話の少し前)


「こんなことまでつき合わせてしまって、すまないね。ヤステト」


 黒の魔王に関連する戦いが終わり、各国が日常を取り戻そうとしている中、俺は一人リティアル様に呼び出され、滞りなく仕事を終わらせた後、酒場にて二人で飲むこととなった。


「俺にとって、貴方に必要とされることは幸せの一つです。お気になさらずに。それよりも、俺になにかモラリのことで相談があるのでは?」

「本当にすまないね……」


 用事としては誰にでもできる簡単な仕事。それだけならばモラリにでもやらせれば、あいつは俺以上に嬉々として働くことだろう。

 ならば本命は今この時、酒の席で語る話なのだと推測できる。しかしこの非常に申し訳無さそうな顔、見ているこちらの方が心苦しくなるほどだ。


「謝る必要はありません。リティアル様とあの馬鹿がどのような結末を迎えようとも、俺は受け止める覚悟をしています」

「最近あの子のアプローチが激しくてね……」

「それについてはむしろ俺が謝ります。申し訳ありません」


 リティアル様が俺達に対し、真摯に向き合ってくれるようになってからというもの、モラリのリティアル様に対する想いは日増しに過激になっている。

 元々俺達の性格を熟知した上で、上手く制御していたのだ。そこに真心がこもれば当然の結果とも言えるだろう。

 ただ最近ではただの恋する乙女ではなく、獲物を狙う獣のような目でリティアル様を見ることも多々見受けられている。


「先日ランドスレから密告があってね……。なんでも商会からかなりきわどい下着を買ったとか……」

「妹分のそんな話はあまり聞きたくなかったですが……。まあ、異性へのアプローチとしての常套手段ではあるそうですから」

「そこまではまだ良いんだけどね」

「良いのですか」

「なんか、睡眠薬も一緒に買ったそうなんだよ。結構強力な奴」

「いや、本当にすみません。ちょっとあいつ殺してきます」


 あの馬鹿、本気でリティアル様を食うつもりだ。ランドスレが商人としての信用を捨て、顧客情報を流してまで警告するほどに本気なのだろう。


「いや、良いんだ」

「微塵も良くはないと思いますが。むしろそれを見逃したら、俺はなんのためにここに呼ばれたと――」

「君にはモラリのしようとすることを、見逃してやってほしい」


 リティアル様は自分の犯した罪を悔いている。だからこそ自分の幸せを避けようとしていた。それでもモラリは逃がそうとしなかった。意地でリティアル様と幸せになろうとしているのだ。

 そんな妹分の必死の行動を、責めないでやってほしいとリティアル様は俺に根回しをしようとしているのだ。ああ、これはあれか。父親に娘との結婚を認めてくれと言うような感じの。

 どちらも不器用なものだ。いや、リティアル様はモラリに合わせてくださっているのだろう。


「……リティアル様がそこまで言うのなら……多少は叱る程度にしておきますよ」

「ありがとう。まあ私は大丈夫さ。一回りも歳の離れた女性にせまられるのだから、悪い気はしないしね」

「本音は?」

「ちょっと怖いね。でも私が撒いた種だ」

「ツドァリやスマイトス、コミハだって黙っていませんよ」

「君がモラリを許せば、彼女達も強くは言えないさ。あの子達も媚薬とか買ってるそうだし」


 頑張れハークドック、頑張れエクドイク。リティアル様を襲おうとしている奴を見逃す以上、お前達を助けるわけにはいかなくなってしまった。今度愚痴くらいは聞いてやる。

 その後、リティアル様は他愛のない話を始め、俺はそれを静かに聞いていた。ツドァリが迎えにきた時には、リティアル様はすっかりと酔い潰れて眠っていた。

 愛を受け入れ、幸せになろうとする報告一つを済ませただけで、ここまで気が緩むとは。俺達もまだまだ努力をしていく必要がありそうだ。

 それでも進展があったことは好ましいことだ。その細やかな幸福を噛み締めながら、一人で酒盛りを続ける。


「しかしそうなれば、リティアル様とモラリが結ばれるわけか」


 今までは恩人であるリティアル様と、手の掛かる妹分の幸せを願いながら生きてきた。そこには自己満足のためという理由もあった。だからこそ俺は黙々と生きてこれたのだ。

 それが最高の形に収まるのであれば、俺の生きる目的は達成されたということになる。


「……ふぅ」


 リティアル様は今後も俺を幸せにしようと尽力してくれるのだろう。だがあの人から与えられたものだけで満足していくわけにもいかない。俺は俺で新たに生きるための糧、自己満足の目的を探していくべきなのだろう。


「あらぁー?なーんか見たことある顔ねぇー?」


 喋りながら肩を組んできたのは、リオドの冒険者ギリスタ。こんなところでと言いたいところだが、ここは裏稼業にも精通する者が利用する酒場でもある。この女がいても、不思議ではない。

 ただ既に出来上がっているのか、それなりに酒を飲んでいる俺からしても酒臭い。


「ヤステトだ。リティアル様の部下と言えばわかるか?」

「あー!あーあーあー!思い出したわぁー!なんかいたわねぇー!良い筋肉ねぇーっ!」

「うざ絡みをするな酔っぱらい。ほら、変な姿勢だと転倒して危ないから椅子に座れ」

「――ヤスちゃん?」

「誰がヤスちゃんだ」

「ごめんなさいねぇ?罵倒から急に優しくしてくる人に会ったのって久しぶりだったからぁ」


 むしろいたのかと言いたいところだが……ああ、そういえばギリスタは昔、あの気分屋で有名なパーシュロと組んでいた時期があったな。

 生者に亡き者の面影を重ねる……か。この若干の面倒くさい気配はソライドを思い出すが、あいつとはそこまで仲が良かったわけではない。


「……そいつの代わりにはなれないが、今日は気分が良い。相手くらいにはなってやろう」

「えぇー本当ー!?じゃぁー戦いましょー!」

「どうしてそうなる」

「ここ最近まともに剣を振ってないのよぉー!」


 今は戦後処理でどの国も自国の安定化に意識を向けている。冒険者としての戦闘が必要な依頼はないし、狡い真似をする輩は大人しくしているので、裏稼業の出番はもう少し先のことになるだろう。

 戦闘狂にとっては確かに退屈な日々とも言える。だからこそのやけ酒なのだろうか。


「……良いだろう。相手になると言ったからな」

「わぁぃ!」


 もちろん店中から喧嘩なら外でやれと言わんばかりの視線を投げかけられていたのでギリスタの分の会計も済ませて酒場を出る。

 そして街を出てすく近くの開けた場所で手合わせを行った。

 結果は俺の圧勝だった。ギリスタの攻撃は重かったが、俺の結界を突破することはできなかった。魔剣の力で結界の魔力を食われかけた時は多少焦ったが、適度に弾けばそれも大した問題ではなかった。

 俺はギリスタの気が済むまで斬撃を弾き続け、動きが止まった段階で反撃を行った。適度に全身打撲で地面に転がされたギリスタは、荒い息を吐き出しながら笑っていた。


「満足か?」

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、……ええっ!貴方ってとっても頑丈なのねぇー。腕が上がらなくなるまで剣を振ったのなんていつ以来かしらぁ……。今はとっても幸せよぉー」

「それはなによりだ」

「ふぅ……。大きな戦争も終わって、この世界ってどんどん平和になっちゃうのかしらねぇ……」

「――そうなるだろうな」


 魔王という共通の敵はなくなった。普通ならば再び各国が自国の利益を考え、他国との諍いの種が育つことになるのだろう。

 だがユグラの星の民を始め、多くの者が本当の脅威の存在を忘れてはいない。そしてリティアル様もまた、今までとは違った方法で落とし子達の未来を守ろうとするだろう。

 少なくとも、俺達が生きている間の世界は平穏で無難な世界となっていくのだろう。


「皆変わっていくのねぇ……。寂しいわぁ……」

「戦闘狂に平和は酷か。変わろうとは思わないのか?」

「だって私、今の私が好きなんだもん」


 変化を求める者がいれば、不変を求める者もいる。

 世界が変化を求めてしまえば不変を求める者は取り残されてしまうことになるのだろう。

 ギリスタは戦闘狂ではあるが、聡い面もある。この世界がどのような未来になっていくのかを悟り、変われない自分の未来を憂いているのだろう。

 変われない者はやがて数を減らし、異端として扱われる。それこそ、周囲から存在が浮き彫りになっていた俺達落とし子のように……。


「そうか。俺はより良き世界になってほしいと願っている。少しでも多くの者が幸せになればと、そのために生きられたらと」

「素敵な思想ねぇ。なら私も幸せにしてくれないかしらぁ?」

「――ああ、良いぞ」

「へ?」

「俺を思う存分斬りつけて幸せだったのだろう?なら今後、お前を幸せにし続けてやる。その変われない狂気を、受け止め続けてやろう」


 結局は俺も人だ。自分の気分が良ければそれにこしたことはない。

 恩人が幸せを受け入れたことに気分を良くし、そこから生まれた気まぐれから一人を幸せにできた。俺はその事実に少しばかり満足感を得た。

 そんな些細な幸せの連鎖をさらに繋げられたら、それはきっと今よりも良い気分になれるのだろう。


「あらぁ?それってもしかしてプロポーズぅ?」

「プロポーズ……それも悪くないな。一心不乱に剣を振るうお前の姿は中々に色っぽかったしな」

「ぷっ!酷い趣味ねぇ!?」


 動けないギリスタを肩に担ぎ、空いた手で魔剣を回収して引きずっていく。


「悪趣味なのはお互い様だ。さて、飲み直すぞ。返事はその後にでも聞く」

「そこは先に聞きなさいよぉ」

「酒が美味くなる返事なら、飲みながら聞いてやる」

「私の返事を肴にしないでよぉー」


 変われない者であっても、幸せになっても良い。そんな綺麗事を臆面もなく口にできたら、それはきっと愉快なことに違いない。次の自己満足の目的はこれで決まりだな。



9/10にコミカライズ24話(プレミアムでは25話)が更新されましたね。

しれっと最終話で結婚済みだったギリスタも25話で登場します。

なので今回はそのへんの馴れ初め話でもとの内容でした。こいつら勢い良いな。見習えよ主人公。





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― 新着の感想 ―
[一言] 子供達が勇者をボコボコにするのをみたかった。
[一言] ギリスタさんに先を越されるヒロイン勢… 情けなくなくない?(煽り
[一言] リティアルさんとこの少女陣、 肉食過ぎてこわっ!!
感想一覧
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