ゆえに答えを。
やや長めです。
黒の魔王として戦わされた後遺症は、成也によって完全に治癒されたはずなのだが、それでも身体が思うように動かない。人の域を超えた動きをしたという経験が、肉体の感覚を狂わしてしまっているのだろう。
そんなわけで元気ではあるのだが、イリアスの肩を借りて黒の魔王の城から脱出中。機能性もなにもない、ただの象徴としての建築物は歩いていて妙に虚しい気持ちになってくる。
「なんつーか、よくわからないうちに終わっちまったな」
「そうですよね。尚書様、この先どうなるんですか?」
黒の魔王と語り合ったイリアスはさておき、ハークドックとラクラはセレンデ魔界に来てから何もしないまま全てが終わっている。いやまぁ、あんな神クラスの異世界転移者監視の超人バトル、入り込む隙間があるわけないんだけども。
「黒の魔王の方はもう心配ないが、湯倉成也の時空魔法の使用は結局止められないからなぁ」
「えぇ……じゃあ兄弟、俺達の歴史は消えるんだよな?」
「まあそうなるんだが……お前ら、そこまでショック受けてないな?」
「そりゃ……どうしようもないだろ、あれ」
魔力とか何も感じられない素人でも、成也の異質さははっきりと分かった。探知能力に特化しているハークドックならこの世界で誰よりも絶望を感じ取れていたのかもしれない。
「最初見ただけで気を失ってましたものね、ハークドックさん」
「しかもなんか本能様弄られちまったし……俺の本能様、どうなっちまったんだ……」
成也にとって、ハークドックやラクラは背景にある家具に過ぎないのだが、その家具が倒れていたら直すよねくらいの感覚で干渉したのだろう。
そりゃあ最終局面を見守る中で白目向いて気を失った男がいるのは嫌だよね。
「ユグラについてはハッキリと言えることはわからない。私達はあの男に何かをしたわけではないからな。だが黒の魔王は君に体を返す前に、私に目で語ってくれた。『そこまでの啖呵を切ったのならば、背負ってみせろ』と。私達がこの世界で人の未来を背負えるのか、その答えが出るまでの間はきっと彼女がユグラを留めてくれるだろう」
黒の魔王の想いは『俺』にも伝わっていた。成也ですら捻じ曲げられなかった頑固者が見極めてやると言った以上は、それなりの時間を稼いでくれるだろう。
「赤の他人に唆され、黒の魔王への贖罪の機会を設けたくらいだ。当人からの最後の我儘なら、あの男は喜んで付き合うだろうよ」
「黒の魔王が我々を見捨てた時が、この歴史が終わる時ということだな」
「そういうこった。だがこれからが大変だぞ。この世界の住人はこの世界の仕組みに理解や興味を示せないように創られている。誰もがお前のように剣を通じて語れるわけじゃないんだからな」
問題はまだまだ山積みだ。この世界の人間は神の運営の妨害となる知識を得ることが難しい。論理的に考えることのできるマリトでさえ、海の外のことに意識を向けるだけでもやっとなのだ。
誰もがイリアスのような超人バトルを経由して知識を得られるわけではない。そんな時代がくるということは、弱者は完全に淘汰されてしまっているだろう。
「難しい話してんなぁ……。でもさ、海の外にも他に大陸があるとか、考えたことも無かったよな」
「そうですよねぇ……。あ、でもちょっとは興味ありますよ。やっぱりこのトレイツドとは違った味のお酒を作っているのでしょうか」
「ラクラはそればっかりじゃねぇか」
……んん?今、何か明らかに違和感のある会話が横で流れたような気がしたんだが。今こいつらトレイツドの名前とか海の向こうの大陸の話題を平然としてなかったか?
イリアスと違ってこいつらは黒の魔王と戦っていない。あの二人の壮絶な語り合いの内容をほとんど理解できてないはずなんだが……。
「お前ら、黒の魔王とイリアスが話してた内容……理解できてるのか?」
「ピンとはきてねぇよ。この大陸が十三番目だとか、神様とかに管理されてるとか、急に言われてもしっくりこねぇよなぁ?」
「そうですよねぇ。あ、でも尚書様のような異世界から来る人が影響を与えているというのはわからないでもないですよ?尚書様もいっぱい美味しいご飯作ってくれていますし!」
「なんで理解してるんだよ!?」
「理解しちゃダメだったんですか!?」
こいつらがピンときてないのは、そもそも興味を持たないことに対して考え事をしない連中だからだ。だが明らかに話の内容を理解しているし覚えている。
原因を考える。イリアス達の戦いの余波?いや、余波程度でどうにかなるのならば、そもそもイリアス達本人が斬り合う必要もないだろう。
となると理由は別々にあるのだろうか。……十分にある。ハークドックは成也に本能を弄られ、人間としてのブレーキが麻痺しているような感じだ。ならば知識に対する抑止も同時に麻痺している可能性がある。
ラクラは……真なる『盲ふ眼』と持ち前の高い集中力あたりか?賢さの足りているマリトもそれなりには抗えたのだから、賢さはなくとも集中力に秀でていればワンチャンスがあっても……。
そうか。神様とやらは個別に認知抑止の呪いをばら撒いているわけではない。人間という生物にそういった仕組みを取り込んでいるだけだ。平等に与えられてはいるが、公平に与えられているわけではない。
ならば様々な要因でその抑止を振り切ることができる可能性は大いにある。少なくとも目の前には三つの事例が存在しているわけだし。
「どうした、急に力の抜けた顔をして」
「いや、神様の妨害については、意外とあっさり解決するかもしれないなと思ってな」
「……?まあ早く解決することには越したことはないだろう」
「そうだな。結局は人間達の問題ってことか」
過去の学びを忘れない。これは地球の歴史においても永遠の課題となっている。
戦争を経験した者達の多くは『二度と繰り返してはいけない』と心身ともに理解し、後世に伝えようとする。
彼らは言葉や文書、行事など様々な手段を考案し実施してきた。だが当事者でない未来の者達にはその重さを正しく受け止めることはできない。
当事者がいなくなれば、戦争の爪痕もやがては癒え、掠れていく。残った僅かな痕跡を重々しく伝えようとする過去の者達の言葉を過剰だと思うようになる。
そして過去に囚われないことを是とする者が現れ、進化や改革などの言葉と共に忌避されていた行為に踏み込もうとする。
「時代の流れで変わっていくものは多い。だが僅かであっても変わらないものも確かにあるのだ。その僅かの中に我々の意思や想いが残るように尽力するだけのこと」
「理想はそうだな」
「理想を叶えてきたのが人間だ。これまでも、これからもな」
少なくともイリアスが生きている時代については何も問題はいらないだろう。マリトを始めとした各大国の王達も話の分かる人達だ。
この世界にはエルフ等の長生きの人種も存在するし、なんなら不老不死の魔王や魔族もいる。当事者が世界に居続けられる環境は地球に比べ遥かに有利だろう。
だが魔族が時の流れで自分を見失うように、魔王達の考えや想いも不変ではない。もしかすれば今後何かしらのトラブルによって滅ぼされてしまう可能性もある。
時が無限に流れれば、極僅かな可能性も馬鹿にはできない。世界は永遠に全てを失うリスクを背負い続けなければならないのだ。だがそれも人が人として生きるためには必要なこと。
呆気なく全てが終わってしまうこともあるかもしれない。それでもイリアス達のように未来のために生きようとした者達は確かにいた。その尊く誇らしい命の輝きが存在した事実は残るのだ。
「ま、頑張るんだな。できる限りの協力はするからさ」
「ああ、頼りにしているぞ」
そんな彼女達の生きた証の中に、自分という存在が残せたら。どれほど素晴らしいことだろう。
だけどそれとは同時に、『俺』が異世界人であることを考えてしまう。この世界の人達は神の思惑により、外の世界から招かれた異世界人によって大きく運命を狂わされてきた。
もちろん発展や進化もあっただろう。だが黒の魔王のような存在を生み出すほどの怨恨も生み出したのも確かだ。
知った顔の皆は『俺』を受け入れてくれるだろう。必要だと言ってくれるだろう。だがこの世界の未来を生きる者達からすれば、きっと……。
「ならばそのことについても少々話をしようではないか」
「――え?」
知らない声に顔を上げると、そこには一人の男が立っている。異様なまでに凛然とした佇まいに、よくわからない装飾品などが一体化している奇抜な格好。体の一部には鉱石のようなものが埋め込まれている。
異質なのはそれだけではなかった。男に唖然としていて気づかなかったが、今まで肩を貸してくれていたイリアスの姿がない。ハークドックやラクラも忽然と姿を消している。
いや、そもそもここはセレンデ魔界にある黒の魔王の城じゃない。奥行きも何もない黒の世界。明かりも何もないはずなのに、目の前の男や自分の姿だけははっきりと認識できている。
テドラルの創り出した空間に近いだろうか。つまりここは『俺』がさっきまでいた世界ではなく――
「私の創り出した空間だ。そして……名乗る必要はないな?」
「……神様が何の用件ですかね?」
この段階でこんな登場の仕方をするような存在は、それしか考えられない。黒の魔王が憎み、成也やテドラルがクソ野郎と呼称していたこの世界の創造主。
「ナハハッ!そうだ。そのクソ野郎だ。ちなみに人間に侮蔑された程度で気に病むようなことはないが、喜ぶことはないからな。謙る必要はないが、多少の敬意は払ってほしいところだ。そうすれば椅子くらいは提供しよう」
「ノータイムで心読んでくるし、妙にフランクだな!?」
なんか想像していた一般的な神様とだいぶイメージが違う。もっとこう威厳のありそうな爺さんとか、女神様だったりとか、いっそ絵にできないような謎の存在だったりとかさ。
こんな明朗快活な兄ちゃんとか予想をだいぶ裏切られた気分だ。
「勝手に想像して裏切られたとは、随分な物想いだな。そもそもお前達人間は神というものに対する認識を間違えているぞ」
「認識というと全知全能とかそんなニュアンスの話か?」
「そうだ。神とは全知全能だ。されど全行ではない」
「全知全能に至れる存在ではあるが、その全てを行って証明したわけじゃない……か」
「うむ。無限に時を生き、無限に学習し、無限に能力を伸ばし続ける。神同士で格差もあれば、人に敗れるモノもいるだろうな」
人と話す時、会話を円満に行うために無意識に相手を『こういったタイプの人だ』とカテゴライズすることがある。今目の前にいる神様を同様にカテゴライズするのならば、知識欲に貪欲な研究者といった印象を受ける。
まあオフの日とかは山や川でキャンプしてそうなアウトドアな印象もあるけども。
「つまりあんたみたいな感じで、世界を創りながら学習をしている神様がいるのも自然なことだと」
「うむ。そもそも神が世界を創る理由とは、神にとっての需要があるからに他ならない」
「神を模した不完全な人間を生み出すことに、何らかの需要があるのか?」
「そこだ。その認識が間違えている。神が自らを模した人を創ったのではない。神が創り出した不完全な生命体が、神を模した人へと進化しているのだ」
地球では人は猿から進化したとされている。更に遡れば海に生息していた単細胞生物にまで遡れる。アダムとイヴのような神話的な考えもないわけではないが、科学的に証明されているのは進化論の方だ。
人が想像する神の姿は人と酷似している。だが先に存在していたのが神なのだから、実際には人が神の姿を模しているわけだ。
もしもそこに神の意思が介在していないのであれば、生まれた生命体は自然の摂理の中で神に近しい存在に成ろうとしていることになる。
「……不完全が完全へと近づくこと、その要素を調べたいってわけか」
「そうだ。神は無限に成長し、既に完全でありながらより完全へと至る存在だ」
「完全なのにその先があるってのは矛盾してないか?」
「人の尺度で測るでない。矛盾の壁すら超えるのが神だ。人が神へと近づくその過程や要素は無限にあり、それらは神が自らを更に高めるための因子となりうる。ゆえに私は世界を創り、より秀でた人の存在できる世界へと昇華できるように観察干渉を行っているというわけだ」
この神様は本気でより良い世界を創ろうとしている。そのためにより多くの検証を重ね、結果を踏まえた知識を得ようとしている。
だがその視点はあまりにも高みにあり自己中心的だ。変化を与えようと思えば、必ず変化を与え、世界の人々がどのような想いを抱こうとも、必ず最後まで結果を観測する。
完璧な博愛主義者は人を救うのも殺すのも同じ感情で行うことができる。全てを平等に接し、平等に対処するからだ。
なればこそ、湯倉成也のような個を最大限に愛する絶対差別主義者からすればクソ野郎と呼びたくなるのも理解できる。
「それで、今回は満足のいく結果は得られたのか?」
神様は頷き、いつの間にか用意されていた椅子に座る。それを見た時には『俺』も既に用意されていた椅子に座らされていた。
いかにもこれから腹を割って話をしようという雰囲気だが、拒否権というものはないのだろうか。
「本来私が人間と意思疎通を行う時は、その魂に直接問い掛けを行う。その本質に触れ、直接答えを聞き出すのだ。だがこの世界の魔力を持たないお前相手に同じ方法をすると、色々精神に不具合が起こる可能性があるのでな。人間らしい方法を選んだわけだ」
「拒否ったらダイレクトで魂と対話するってことですかね」
「ナハハッ!私とて人を粗雑に扱いたいわけではない。話が終われば、元の時間、場所に戻すのだ。諦めて私の余興に付き合ってもらおう」
この世界の頂点連中はフリーダム過ぎやしないか。いや、一番偉いからこそ何でもありなんだろうから、こうして多少の気遣いを貰えるだけ感謝すべきではあるんだろうけども。
「先にお前にとっても確認しておきたい結果を語ろうか。湯倉成也は黒の魔王と共にこの世界の監視に回った。時空魔法の使用は諦めてはいないだろうが、当面は人の成り行きを見守るようだ」
「……そっか。神様はそれで文句はないのか?」
「もとより文句などありはしない。あるのは手間の程度を天秤にかけた判断の結果だけだ。湯倉成也が時空魔法を使い、歴史を修正すればその間の労力がほとんど無駄になる。だからこそ制止した。しかし湯倉成也は諦めず、抗う力を高め続けた」
「それで成也を諦めさせる労力が、時空魔法の被害を上回ったと」
「その通り。私としては時空魔法でやり直すのであれば、なるべく早い段階で行ってほしいところではある。時間軸を共有する他の世界の検証結果は同じままなのだからな」
「二度手間が嫌だって程度なわけか。成也を排除しようとは思わなかったのか?」
労力の規模が大き過ぎてパッとしないが、それでも神様にとっても制止をしたくなる程度に無茶をしようとしていたのが成也だ。
諦めさせるのではなく処分する方向にあれば、力の差が明確だった時に話は済んでいただろう。
「湯倉成也をこの世界に招き、力を与えたのは私だ。そしてアレの干渉による結果を観察するのが目的だ。なのにアレの生み出す結果を全て否定しては招いた意味がなくなるだろう」
「本当に労力の大小だけで干渉の是非を決定する感じなのな。それで成也がやり直しをした後は、別の異世界人で検証をし直すと」
「そうする予定ではあるな。アレの意思を考える以上、やり直しの結果には然程期待もできない。次はもう少し世界を変える気概を持てる現地人と関わらせるつもりだ」
湯倉成也が世界をやり直した後、何をするのかは明白だ。黒の魔王が人のまま平穏に生きられるように最大限にサポートし、それが終われば世界に見切りをつけるだろう。
神に招かれた異世界人としての役割をも放棄し、歴史の変化は今以上に小さくまとまってしまうことになるだろう。
だから次の異世界人を用意し、黒の魔王以上に世界を変化させようとする人物と組ませる。それこそオーファローのような過激な発想を持つような奴とだ。
「なるほど、クソ野郎だ」
「ナハハッ!少しは隠せ」
「隠しても秒で心読んでくるだろ。まさか回収してたりしてないよな」
「オーファローは悪くない要素ではあったが、最後には現状に満足してしまったからな。厄介な病に感染したものだ」
「そっちこそ隠す気ないのな」
オーファローの背後にいたのはこの神様だ。神様に対抗できる成也がその背後の存在を認識できない時点で、対象は嫌でも絞られる。
成也当人は認識できなくとも、何かしらは感じていた。もっともあいつは黒の魔王以外に興味はなかったので、探るような真似もしなかったわけなんだが。
オーファローは成也が現れたのと同じ時間軸を生きており、異世界人が世界に与える影響に理解がある。
もしも異世界人と組ませれば、良し悪しはさておき歴史に大きな変化を与える結果となっていただろう。
成也が時空魔法を使った時、共に過去に戻す手筈で接触していたようだが、結局オーファローは最後の最後で面白みのない善人へと戻ってしまった。
「湯倉成也が私を嫌っていたのでな。私がオーファローを次の駒として使うことを認識すれば、ただの嫌がらせで処分していただろう。次の駒を選定する手間分の隠匿を行っていただけに過ぎん」
「そらやり直した後の世界をメチャクチャにしそうな奴がいたら、雑草感覚で処理するだろうよ」
「確かにな。だがオーファローは初め、お前と組むことも視野に入れていたようだぞ」
「全力でご遠慮願うっての。それで神様。あんたは成也が時空魔法でやり直しをした後の干渉については話してくれたわけだが、今についてはどう思っているんだ?」
「観察対象であることには変わりない。湯倉成也によるやり直しが行われないのであれば、引き続き経過を観察するだけのこと。やり直しが行われた場合は継続的な観察こそできなくなるが、それなりの結果は得られよう」
要するにどう転ぼうが、観察を続けていくだけだから問題ないと。黒の魔王が人間を滅ぼし、この神様に訴えようとしたことさえも、当人からすれば結果の一つとして統計される事象でしかないというわけだ。
「黒の魔王の行動は、あんたの今後に何かしらの影響を与えられていたのか?」
「そのことも湯倉成也による干渉の結果の内容だ。重要視することはないが無視することはない」
「デメリットの一つとして受け入れはするってことか」
「既に同じような結果を辿った世界もあるのでな。だが新たな結論も生まれてはいる。トレイツドでは私の干渉を認知できないように対策は施していたが、人間はその対策を超えて私の存在を捉えたのだからな」
世界が神によって弄ばれている。その事実を知った人間は、自分達を神の手から逃れさせるために破滅の道を選んだ。
それを回避するために神の干渉について、人間達は興味を持てない、理解することができないといった仕組みが加えられた。
だが湯倉成也のような理に干渉する術を持つ存在や、イリアスのような超人的な能力を持った者はその対策を突破してしまうということが結論付けられた。
「ついさっきも例外者がポンと現れたわけだしな」
「男の方は湯倉成也の干渉の結果だが、女の方はこれまでの流れの末だ。トレイツドの人間達は既に理に干渉し始めているからな。これから先も多くの例外が生まれることは想定されている」
もちろん神様の力ならば、その対策をより強固なものにすることはできるだろう。だが頂にいる者達を基準に調整を行えば、通常の人達にとってはあまりにも過度な干渉となる。
それこそ神という存在そのものを意識することができなくなるのだろうし、それが神だけに終わるとも思えない。幽霊や直感、目に見えない要素に意識を向ける機能なども制限されることになるだろう。
「いっそ干渉を止めるという結論には、まだ至らないわけか」
「私が観測を行う理由は、不完全が完全へと至る要素や過程を検証するためだ。検証のためには新たな要素、比較対象は必要不可欠となる。そもそも私という存在を認知することで、目を見張るほどの変化を得た結果も存在しているわけだ。私の干渉が完全に不要だと結論づけることはないだろうな」
「弄り方としちゃ、酷いもんだけどな。海に食料となる魚がいることを知っているのに、興味を持てないとか、いつ自己矛盾に陥ってもおかしくないだろうに」
「ナハハッ!そればかりは私の実力不足ではあるがな。いや、お前の世界の神の実力過多と言うべきか」
人間達が海や星の認識どころか宇宙銀河まで観測できている世界、かなりの規模ながらに安定していると言えるだろう。
そういう意味ではこちらの世界の神様はこの神様よりも格上ということになる。まあだからこそ、そんな地球から転移者として成也のような人材を取り込むといった実験を行っているのだろうが。
それにしても参った。この神様も成也と同じく、とてもじゃないが言葉で懐柔できる要素が何も見つからない。
こちらの言葉に対し、淡々と結果と自らの意思だけを伝えているだけで、影響を受けるような様子がまるで感じられない。
成也と違って、自重せずに心を読んでくるあたり、小細工や打算のある提案は意味がない。
そもそもこんな話題をしているのは『私の干渉を拒むのであろう?好きにするが良い。私は今後このくらいの感覚で見届けるとする。なのでその旨を人に伝えておくが良い』とか、そんな感じの意味合いだ。
「ナハハッ!言語という回りくどい手法を使っているわりには話が早くて助かっているぞ」
「成也が顔を見せようとしないからって、『俺』を使うなよ……」
「他にも用件があるのだ。そのついでに言伝を頼めるのならば、頼んでも良かろう」
「……『資格』のことか」
この場所に連れてこられる前に考えていたこと、その内容を読んだ上で語りかけた言葉の意味。それらからこの神様の目的の一つは薄々と感じていた。
魔王となるのに必要とされる対価、その一つは名前だ。魔王となればその名前は世界から奪われ、自らの手では二度と取り戻すことができない。
成也は名前を残したが、魔王となるには名前に匹敵する因子を対価にする必要があった。
世界から観測し、その個だけが持つもの。失っても魔王として存在できる因子。
「うむ。湯倉成也は蘇生魔法の対価として『資格』を支払った。だがお前にはまだその『資格』が残っている。私の世界の住人ではないお前には、地球の住人である『資格』がな」
世界が個を観測した時に必要となるのは識別番号、つまるところ名前だ。だが成也には名前の他に、世界が成也を認識できるものがもう一つあった。
それは異世界人としての立場、地球人であるということだ。
「本来異世界人を招くには、然るべき手続きが必要となる。不正な手段でこの世界へ現れた存在であっても、お前には私から条件を提示される権利がある」
「世界同士の間にも法みたいなものはあるんだな」
「明確に存在しているわけではないがな。とはいえ、好き勝手に招いていては秩序が乱れるだろう?」
自らの世界に優れた変化を与えるために、その世界より優れた世界の要素を招き入れるのはシンプルで手っ取り早い手段だ。その結論が存在する限り、数多の神々は優れた世界からの要素を獲得しようとするだろう。
無限に世界が存在するのであれば、神様も無限に存在していることになる。その神様達が一斉に優れた地球の人間を招き寄せるようなことになれば、地球の人口は瞬く間にゼロとなるだろう。優れた畑を持つからと、何の対価もなく作物を持っていかせる農家はいない。
より優れた世界を創れる神からすれば、未成熟な世界の神の干渉を好き勝手にさせる道理はない。
それに招かれた人間が無条件に協力するわけではない。もちろん未発展な世界といってもそこに存在する神は人間よりも遥かに優れている。脅すなり力尽くで服従させることもできる。
だが良き変化を求める上で、無駄に敵対心を持たせたり、萎縮させたりするような真似が無意味であることは神達も重々承知。だからこそ体の良い対価を提示するなどして協力するように交渉していたのだろう。
それこそ才能を生み出せる才能、理に干渉する力のような快適に生きていけるような有り余る特典、さらには場合によっては元に世界に帰ることができる権利などを与えて。
「今度は『俺』を駒にしようってわけじゃないよな」
「そこは心配無用だ。私が求めるのは世界を進展させようとする者だ。無難に生きようと考える停滞思考を持つお前を好んで使うつもりはない。だが今回の一件では湯倉成也の面白い結果を招いたわけだ。少なからずは機会を与えるくらいの恩寵はあるとも」
「気に入っていただけたようで何より。それで、提示する条件ってのは……」
「元の世界、地球へと帰る道。そしてこの私の世界で、私の世界の住人として生きる道だ」
この世界へと転移してからというもの、地球に戻る手段を諦めたことは一度もなかった。次元魔法の存在を知り、そう簡単にはいかないと理解した時でさえもだ。
それが今目の前にポンと現れた。しかもこれ以上の対価を支払うことなく、安全で確かな方法が。
「……」
自分の中で答えは決まっている。なのに即答することができない。これが未練からくるものなのは理解している。『俺』は今までにその未練を断ち切れないでいたのだ。手段が提供されたからといって、いきなり断ち切れるものではない。
「お前の内にある葛藤は理解している。だが私が条件を提示したのだ。その口で、その言葉で思っていることを語ってみよ」
「……ったく、カウンセラーの真似事までしてくれるとはな。……当然どちらの世界にも未練はある。特にこの世界ではこれまでに得られなかった多くのモノを得ることができたわけだからな」
「文明レベルの低さ、自らの境遇からの命を落とすリスクの高さ。より明確な弱者として生きるのはそれなりに孤独で、心苦しくはあっただろうな」
「それでも魔法という神秘的な力があり、将来性も高い。人間関係に至っては命を狙われる立場であることに目を瞑れば、最高とも言える」
「世界を創った身としては、嬉しいことではあるな。そう、お前の天秤の傾きはこちらの世界にある。だが振り切れていないのは何故だ?」
地球での暮らし、この世界での暮らし、優劣を決める要素は多々あれども、それぞれの世界で過ごした日々のどちらが良かったかと聞かれれば迷うことなく答えることができる。
それでも頑なに未練を残した理由は何か。それは黒の魔王の感情を通して明確になっていた。
「この世界は『俺』にとってとても良い世界だ。超人達相手に命の危機に晒され続けたり、神様が自分勝手に実験をしている事実があったりしても、この世界で生きた日々に感じた想いは本物だ。黒の魔王と同じように、この世界を愛しているし、この世界を守っていきたいという気持ちもある」
「それでもまだ揺れるのか」
「心満たされる特別な世界だと、自分が求めていた世界だと思っていた。だけど全てが良いコト尽くしってわけじゃない。悪い奴もいれば嫌な思いも散々に味わってきた。そしてついには目覚めさせられた」
この世界は理想の夢なんかじゃない。多少の違いはあっても同じ、今を生きる現実なのだと。
「だから無意識のうちに思ってしまっているんだろうな。もしかしたら地球……元の世界でも同じように満たされて生きることができていたのかもしれないって」
地球だから上手くいかなかった。あんな世界だから満たされなかった。そうじゃない。『俺』はこの世界を生きたように、元の世界でも生きていたのか?心の底から誰かを信じ、想いを託せるような生き方をしていたのか?
ひょっとしたら、この世界を愛せたように、元の世界も愛することができたんじゃないのかと。
「嫌悪した世界への罪悪感か」
「『俺』は自分と身の回りの連中が無難に生きられればそれで良かった。だけどまあ、身の回りの定義があまりにも適当過ぎた。なにせ気づいたらこの世界の命運を賭けた戦いにも巻き込まれてたわけだからな」
「世界をも身の回りに含めてしまったがゆえに、元の世界も身近にあるのだと悟ったわけだな」
この世界を受け入れられた以上、元の世界を否定したままではいられない。それほど世界は安易に切り捨てできるものではないと理解してしまった。
ましてや『俺』はこの世界の人間ではない。ならば『俺』が本当に生きるべき世界がどこなのか、その答えを出さなければならない。
「――気持ちの整理としてはこんなもので十分だな」
「そうか。いや、そうだろうな。お前の心の中には既に答えが存在していた。これはそれを吐き出すためだけの準備に過ぎない。では改めて提示しよう。『資格』ある者よ、お前が選ぶ道を私に告げよ。私はその願いを対価なく叶えてやろう」
神様評価:
黒「人の話とか絶対に聞かない。結果で語るしかできない傍若無人の極み」
成也「徹底した博愛主義かつ合理主義。結果で語るだけだからそもそも会話する意味がない。しかもなんなのあの爽やか姿、神々しい冠や杖よりも麦わら帽子と釣り竿の方が似合うじゃん。誰得のギャップなんだよ」
テドラル「二人の愚痴を聞いていると、なんかもう関わるだけストレスたまりそうだから関わりたくない。俺インドア派だし」
5月14日にコミカライズ4巻が発売されます。ラクラが登場し、初めてラーハイトと接触した話の決着までのところですね。
ウッカ大司教が主人公かというくらいに活躍し、主人公がラスボスかというくらいに黒い顔してます。あとウルフェがどんどん可愛くなってます。
小説版を書いた作者当人が読み直すほどに上手く面白く異世界でも無難に生きたい症候群を表現してくださっていますので、是非お手にとってみてください。




