さしあたって広いです。
本日は忙しい中マーヤさんにも時間を貰い、教会にて話し合いの場を設けさせてもらった。
「では本日の議題、ラクラのポンコツを治す方法について始めてきます」
「そんな天変地異みたいなことが!?」
「マーヤ様っ!?」
なお今回の討論はイリアス家のメンバーにマーヤさんを加えた編制でお送りします。とは言えウルフェには本を読ませているので実質は四人での討論だ。
「ラクラには完全なポンコツではなく長所もあります。そこでいつものをやった上でラクラを分析してみようと思います」
「いつものと言うと相手を理解するということか」
「その通り。やらかしている大惨事には目を瞑り、ラクラという一個人を理解した上で正しい登用法を見つけるつもりだ。マーヤさんに時間をいただいたのはユグラ教での視点が欲しいためです」
「なるほどね、わかったわ」
「私としては尚書様に養っていただければそれで十分なのですが」
「ラクラ、椅子の上で正座」
さて、まずはラクラの経歴を聞くとしよう。
ラクラ=サルフ、年は25歳独身。メジスにあるユグラ教運営の孤児院にて拾われる。
比較的他人との交流を好むが、ある程度まで関係が深まると相手の方から疎遠になり始める。
具体的な理由としてはラクラは孤児院の頃からハプニングを起こしており、大抵周囲の人間が巻き込まれているためである。
とは言え無視されたり虐めを受けるようなことはなく、適度な交友関係を持ちつつ順調に成長。
孤児院を出た後はユグラ教の聖地である大聖堂に勤務する聖職者となる。聖職者を目指した理由は過去に出会った聖職者より素質があると言われたことが切っ掛けで興味を持ったのだとか。
しかし細かい作業などが苦手で事務作業は絶望的、仲間からは避けられ、常に上司から怒られるため逃げるように実戦訓練へと没頭していた。その頃に一通りの魔法を習得している。
最初にラクラの実力に気付いたのはウッカ大司教、鍛錬を目撃しその筋の良さに気付き弟子に取る。とはいえウッカ大司教は普段から他者とのコネクション作りに忙しくラクラへの直接指導はほとんどなかった。
『この基礎をやってれば良い』『できるようになったか、じゃあ次はこれ』『忙しいのだ、鍛錬を見ている余裕は無い……そうだ、これを練習しておくのだ』
などと言った単発的な指導の下ラクラはその能力を磨き上げていく。そして初めての魔物退治にて規格外な優秀な実績を残し、一気に司祭まで上り詰めた。
だが相変わらず他のことがてんでダメであり、他の大司教のグループに関われることもなくウッカ大司教の部下として現在に至る。
「ウッカ大司教はコネクションには秀でているけど他の才能が乏しくてね。でも全てを努力で最低水準までには伸ばしているわ。何もかもが人並みでも大司教でいられるのはその努力の賜物ね」
「ラクラの上司らしく特化型の人間というわけか。しかもラクラと違ってポンコツではないと」
「そうねぇ、だけど調子に乗り出すと大抵やらかすのは良く似ているわ」
努力家なのに慢心しやすいとはなかなか稀有な人間だ。成功の味を知ってしまったが故の堕落なのだろうか。ラクラにいたっては成功すらしていないでこの有様なのだが。
「それで坊やはラクラについて分析できたのかしら?」
ラクラを見る。正座の影響で足が痺れて地面に倒れている。
「ええまあ、大よそは。ラクラは悪く言えば複数のことに対応できない、良く言えば一つのことに対して極限にまで集中できるタイプですね」
現代ではアスペルガー症候群とも言われる症例にも近い。障害があるレベルにもなればコミュニケーション能力などにも影響を及ぼす症例だが、ラクラの対人スキルは常人とさして変わらない。軽度と言うより似て非なるものだろう。
どちらかと言えば才能の形が特殊と言うべきだろう。そして彼女の人生はそれを上手く活かせてきた結果だ。
「一言に仕事と言っても複数の工程があります。ラクラはそういった仕事の切り替えの連続が続くと、集中力を維持できなくなる傾向が見られました」
ラクラがイリアス家に来たときに掃除を任せた際、何度か叫び声が上がった。これは作業中にハプニングが起きていたのだが、その叫び声にはある程度の間隔があった。
掃き掃除、雑巾がけ、道具の処理と作業を切り替えるタイミングで集中力を切らせてのトラブルだ。だがそれぞれの工程はしっかりと行われている。部屋を見たがとても丁寧に掃除されていた。
他にも『犬の骨』で食事に集中するあまり、酒への自制が取れなくなったりしている姿も確認できている。
「ウッカ大司教の教え方も効果的でした。複数のことを一度にさせるわけではなく、一つのことを極めさせてから次の工程に移らせていた。だからラクラは短期間であらゆる魔法を習得し、実践の技の錬度が高い」
「そうね、でもその推論だと戦闘が秀でているのは不思議じゃないかしら? 実戦では単調な作業だけでなく様々な行動をとらなければならないのよ?」
「そこはラクラがきちんと成長していることが分かる点です。ラクラは単調な鍛錬を続けて、様々な技能を自分の手足と同じくらいに順応させていた。そうなれば戦闘で行う各工程はラクラにとっては手足を動かす程度のもの。つまりは戦闘という一つの工程に集中できる状態だったと見て良いと思います」
もしも鍛錬が未熟であれば複数の工程の組み合わせと認識して、ラクラは実戦でも大惨事を起こしていただろう。だが事務経験などの壊滅さから逃げたラクラは鍛錬のみに専念し、一つ一つの工程を完璧に習得した。
そしてウッカ大司教の単発的な指導方針も彼女にはドンピシャだったのだ。結果習得した一工程は一動作へと格下げとなり、動作の組み合わせの戦闘を一工程として集中することが可能となったのだ。
「恐らくですが戦闘中に攻撃と支援を切り替えさせればラクラは即自滅すると思います。初陣ではそういった切り替えを指示することもなかったのでしょう。だからひたむきに戦闘に集中できたラクラは他者よりも成果を出すことができたんだと思います」
「なるほどね。それじゃあそれを踏まえた上でラクラに仕事を任せるには――」
「はい、単純な工程一つを延々と任せれば人よりも効率的に動けるはずです」
マーヤさんは腕組をして考える。そして何かを思いついたのか裁縫道具を持ってきた。用意された物を細かく見ると、刺繍の道具もある。
「坊やの言っていることが本当なら、一つのことに集中させれば良いのよね? ラクラ、しばらくこれをやってみなさい」
そういってラクラに刺繍セットを渡し、図案の絵を見せる。うお、何だこの凝った建築物は。
「あ、大聖堂ですね! これを作れば良いのですね?」
早速ラクラは作業を開始する。糸に針を通す段階から周りの道具を地面に落したりするものの、作業に入り始めてからは黙々と作業を行う。
いや、それだけではなく速い、ていうかおかしい速度だ。最初こそゆっくりだったのだが、今ではミシンで作業しているような速度で糸が布の上を泳いでいる。ていうかもう図面すら見ていない。間もなくして図案通りの見事な刺繍が完成した。
「できましたっ!」
「……なるほどね、凄いものだわ」
「通常の業務などができない欠点はありますけど、使いようによっては数人分の仕事をこなせると思いますよ」
ただし、ラクラがポンコツなのはそのままだ。それは能力的な意味ではなく――
「これならラクラにも任せられる仕事を考えられそうだわ」
「本当ですかっ!? あ、でも今の生活みたいに尚書様に養ってもらえたらなぁー……ちらっ」
こいつは精神的に堕落しているのだった。集中力の欠如だけではなく、短絡的かつ楽を好む精神構造をしているのだ。
それ故に、楽だからと自分でも嫌だと認識している魅了魔法を躊躇無く使ったり、本の捜索の際に自分からの意見をほとんど言わなくなるなどの言動が見られたのだ。こればっかりは擁護できん、ウルフェの前では尚更である。
「イリアス、今日から家賃と食費をきっちり回収しろ。ウルフェの分はこっちが出す。払えない奴は追い出せ」
「そんな尚書様っ! 私は養ってくださらないのですかっ!? 私達の仲なのにっ!」
「うるせぇ、お前との仲が夫婦になっても生活費と家賃は出させるわっ!」
「そんなぁっ! 夫婦になるのならせめて家賃だけでもっ!」
かくしてラクラはユグラ教の教会にて再び仕事をもらえるようになった。だがマーヤさんはラクラの回収を拒否、イリアス家にはポンコツ聖職者が居座ることとなる。
マーヤさんがラクラを追い出したのは彼女の精神的なクズさを本質的に感じ取っていたからではないでしょうか、と推測する。
「なるほど、ラクラからは何か不健全な気配を感じていたけどそういうことだったんだね」
異世界学習の休憩がてらにマリトにラクラの経緯を話す。マリトも薄々ではあるがラクラの堕落した面を感じ取っていたのだろう。
「君が彼女へ向ける言葉がやや辛辣だったのが気になっていてね。最初はラッツェル卿と同じで仲が良いだけかと思ったがどうも扱いに杜撰さを感じていたんだ」
「そういえば……確かに私と似ているが、微妙に扱いに違いがあるなとは思っていたが……」
「そうなのか、自覚は無かったな」
言われて思い出してみれば、ラクラへの言葉遣いが砕けてきたのは彼女のダメな面を感じ取った辺りからだ。
本能的に感じ取っていたのだろうが、そう思えば自分の対人センサーもまだまだ現役の模様。
「それにしてもいい場所だな」
いつも室内は息が詰まるとのことで現在は城の中にある庭園を散歩している。広さもさることながらその手入れの度合いは実に見事で、自分は西洋世界にいるのだなとしみじみと実感できる。
「だろう? 俺の自慢の庭園なんだ。素人目でも職人技が分かるだろう?」
「ああ、地球では西洋――西の大陸で好まれる大掛かりな庭園と良く似ている。世界でも誇れる庭園の姿を見たことがあるが、ここはそこにも負けていないな」
「そうだろう、そうだろう。あ、でもその言い方では君の国ではこう言った庭園は見られないのかな?」
「ああ、日本では華やかさよりも侘び寂びを重んじた庭園が多い。質素で物足りなさを感じながら奥深い、不足の美を感じさせるものだ」
「豪華であれば良いと言うわけでもない。花の咲かない時期の庭園にも良さがあるようにそういった面を押し出していると言う感じかな」
「そういう感覚で良いな。実際その目で見れば感嘆の声が漏れるだろうが」
やはり石庭と言った物は言葉で説明するよりも、その場で眺めて初めてその良さが伝わる。
以前石庭の模様を作る光景をメディアで見たことがあったがもう少ししっかり覚えておけば良かった。一朝一夕で真似できるとは思えないが、感覚を伝えることくらいはできたかもしれない。
「他には鉢の上で小振りな木々を育てる盆栽と言うものがある。野外の木々を小さな鉢で再現すると言うのは、老後の楽しみとしては非常に味わい深いものだ」
「それは面白いね。室内でもできるかな?」
「日光が入れば大丈夫だとは思うが……ああ、この世界なら魔力も栄養源になるし代用はできるかもな」
「なるほど、自分の魔力を与えて植物を育てると言うのも面白そうだ。黒狼族の暮らしている森には希少な植物もある。今度手に入れてみようかな」
「環境が違うと育成は大変だろうがな。ああ植物で見事と言えば『黒魔王殺しの山』に生息していた木々は特に美しかった。水晶で作られたかのような木々が夜には美しく発光していた」
「伝承には聞いているけど流石にそれを手に入れるのは気が引けるなぁ。生きて戻れる者がいない死の山なんだ。騎士達に取りに行かせたら王としての評判が下がりかねないからね」
魔力を持つ物を一方的に捕食するスライムが生息する山。そこにある植物を取って来いと言うことは言うなれば死者を出せと言うことだ。かぐや姫の五つの難題に近いものを感じる。
魔力のない人間ならばその脅威はある程度下がるのだが、だからと言って行きたくはない。この世界で該当するのは子供くらいだが、彼らに命がけの冒険を強いるような王ならその国の命は長くはないだろう。
「でも一度で良いから見てみたいものだ。やはり素晴らしかっただろう!?」
「ああ、初めて見たこの世界の風景だったが、一目で異世界だと実感できるほど幻想的な場所だった」
マリトは心底羨ましがっている。植物の話で盛り上がる二人を静かに見ているのはイリアス。テンションの違いは一目で分かる。
「イリアス、退屈そうだな」
「いや、二人が楽しそうなのは分かる。ただあまり共感はできていないと言うかだな」
「ラッツェル卿も木々の良さは分からずとも花を愛でる時くらいはあるだろう?」
「いえ、その……ああ、武器ならば目を惹かれ愛でるときはあります!」
暫しの沈黙、顔を見合わせればマリトが悲しい顔をしている。多分こちらも似たような顔をしているのだろう。
「人それぞれだよねぇ……」
「そうだな……」
「?」
首を傾げるイリアスを前にして、ウルフェには自然の美しさを教えてあげようと心に留めておくのであった。
「話は変わるが、君は年齢的には家庭を持っても良い頃だ。見合いなどに興味はないかい?」
「凄い唐突だな、だけどそれはマリトにも言えることだろう」
いやむしろ跡継ぎの必然性を考えれば、誰よりも急がねばならない立場だろう。
「そうだね、周りからはいつも言われてるよ。だけどなかなか好みの女性がいなくてね」
「見合いはやってるのか」
「時折食事会に顔を出しては貴族の娘達と会話しているね。ただまあーこれだって娘には遭遇していない」
「そういえば地球でこの時代背景だと一夫多妻もありだが、現代では重婚は違法になっている国ばかりだ。こっちではどうなんだ?」
「重婚は別に違法ではないね。王が複数妻を娶るのは跡取りを確保するためには必要なことだ。俺も周りから第三王妃くらいは用意しろと言われているよ。有力な貴族にも複数の妻を娶る者はいる。とは言え基本は一夫一妻だね」
一人でも急かされると大変だと言うのに三人ともなると大変だろう。こちとら女性の知り合いでさえ両手で数えられる範囲だ。
「そういえばマリトには腹違いの兄弟とかはいるのか?」
「ああ、父は三人の王妃を娶っていて、俺は第一王子だったよ。あとの二人は女しか産めずに妹が四人程いるかな」
「誰を世継ぎにするかでは揉めなさそうだな」
「そうだね。男が俺しか生まれなかったことを天啓と信じて父はあっさりと王位を譲って隠居したよ。男女関係なしに王に向いていたのもあったけどね。ほとんど問題も起きなかった」
第一王子が優秀であり、他の世継ぎは女のみ。そりゃあ周囲の反対もほとんどなく王になれただろう。
「未だに一人にも会えていないが、もう嫁いだりしたのか?」
「ああ、父とその王妃達は皆城の敷地内の離れに住んでいる。妹達は好きな相手に嫁いだり、冒険者になったりでこの国を離れた」
「冒険者になったのかよ」
「政略結婚も視野にはあったがさしたる旨味のある国もなし、好ましい国は既にいい歳の王だったり王子が幼すぎたりで時期が悪くてね。国に残すくらいならば好きに選べと言った結果だよ」
一般的な王族の風習を考えれば破格の寛容さだ、だからこそ後腐れは少ないのだろう。ただそうなるとマリトに何かがあった場合の保険が足りていない。周囲が妃を求めているのも納得できる。
「そこで話は戻るけど食事会に君も参加しないか? 毎度毎度虚しい見合いを一人で続けていると精神的に参りそうでね」
「貴族の娘か、礼儀正しい子が多そうだな」
「表向きはね。でも腹に一物を抱えていたり、とんだ世間知らずのどちらかだ。愛でられるかと言われると正直ね」
そりゃあそういった場所でマリトに接してくるのは妃の座を狙う女性か、親の意思によって参加させられている箱入り娘と言った手合いだろう。
ラクラのように食事とかお酒目当てで現れる可能性もあるがあれはノーカン。
「そういわれるとあまり気乗りはしないな。迂闊に手を出していい相手でもないだろうからな」
「見目麗しい娘は多いから眼福にはなると思うよ」
「ふむ」
そういうことなら確かに付き合う程度なら構わないかもしれない。表面上だけとは言え、心の癒しになる可能性は大いにある。
「しかし陛下、彼は若い者より年上の者を好むので難しいかと思われます」
「え、そうなの?」
突然イリアスが斬り込んできた。一瞬唖然とするが我に返る。
「イリアス、いきなりなんだ。マリトに誤解を植えつけてくれるなよ」
「……違うのか? 私なりに君を見ていて至った結論なのだが」
「その行程を聞かせてくれ」
「君が接している女性への態度を見るに、マーヤのような年上の女性が好みなのかと」
「そりゃあ目上にはちゃんと接するぞ。マーヤさんが守備範囲なのかと言われたら範囲内ではあるが、年上好きと言う訳じゃない。守備範囲は広い方だ」
「なん……だと……」
驚きの顔を見せるイリアス。お前本気でそう思っていたのかよ。そしてマリト、声を殺して笑ってるんじゃねぇよ。
「いやしかしだな、君が接している女性への対応を見るに――」
「ウルフェは面倒を見ると決めた立場なんだからそういう目で見ないようにしているだけだ。ラクラは見た目は良いが中身が酷いからあの扱いな」
「わ、私はどうなのだ?」
「お前は脳筋だからなラクラに近い。ああ、見た目は好きだぞ」
「そ、そうなのか」
「そもそも最初にウルフェの面倒を見る際に、ベッドに潜り込まれては自制が利かない云々の話をしただろうに」
あとサイラにウルフェの服を仕立ててもらった時もそうだ。露出の多い服は流石にドギマギする。イリアスの鎧姿に慣れていればなおのこと。そういう意味ではイリアスと一緒にいるのは安心できるのだ。
「……そういえばそうだったな」
「まあ邪な目では見てないから安心しろ。大体お前は女扱いされるのは嫌だろ。その辺多少なりとも気は使っていたんだぞ。最初だけな」
「最初だけって……今はどうなのだ?」
「男女関係なく力技で全てを済ます奴だと思っている。一応意識の片隅に性別が女だと言う認識は残っているかなというくらいだ」
「むぐぐ……」
最初の頃はイリアスの境遇を聞いて、女性扱いすることを避けようとしていた。これは本当だ。だがしかし、山賊やら森やらを薙ぎ倒している姿を見ているうちに『ゴリラだ』という感想しか湧いてこなくなっていた。
これらの記憶を完全に消去した上で見る分には綺麗な女性であると認識できるのだが……。そしてマリトはいつまでツボに入っているんだ。
「なるほどなるほど。ラッツェル卿が女性でありながら今の立場にいることに何の不満も示さない理由はそれか。これは愉快だ」
「ひとしきり笑いやがって、大体読めたぞ。お前こっちに家庭を持たせてターイズに繋ぎ止めたいとかそんな魂胆だろ」
「もちろんだとも。本の内容が分かった以上、君はこのターイズに留まる理由もないからね。だが俺としては君はターイズに必要だと思っている。欲しい者のためならば手も回すよ」
「すぐには出て行かないさ」
「今はね、でもエウパロ法王との対談が過ぎてその後はどうなるかな。元の世界に戻る方法を探しにメジスに行くかもしれないだろう?」
それはありうる。メジスには他にも地球人の残した本が眠っている可能性がある。そうなれば元の世界に帰る手段もあるかもしれない。
「最終的に元の世界に帰る方法を探す手伝いをしても良いと思っているけど君のことだ。ある程度繋いでおかないとふらっとどこかに消えてしまいそうだからね。でも一人で見合いするのが寂しいのも事実、別に君だって新たな出会いが嫌だと言うわけじゃない筈だ。付き合ってくれても良いだろう?」
「そりゃあな、だが腑に落ちない」
「貴族の娘が好みでないならどういった女性が良いんだい? ラッツェル卿が良いなら祝福するけど?」
「陛下っ!?」
「そりゃ悪くはないがな。イリアスには騎士をやらせてやれよ」
「それもそうだね、いやいやごめんごめん」
イリアスの目指しているのは父親のような騎士になること、このタイミングで国のトップから寿退社を強要するのは酷い仕打ちだ。
しかしマリトは臆面もなくこちらを欲しいと言っている。主導権を握られたままでは、どんな女性と既成事実を作らされるかわかったものではない。だがあまり過激な対抗策を取っては周囲の目もある。一計を考えなければ。
「よしマリト、この件に関しては互いに公平な条件をつけようじゃないか」
「ふむ? 話を聞こうか」
「お前がこっちに家庭を持たせようとするのなら、こっちもお前の妃候補を見つけてやる。それで公平だ」
「つまりこちらが一人の女性を君に勧めるたびに君がこちらに一人の女性を勧めると言うわけかい?」
「ああ、王様の財力で手当たり次第に攻められちゃ一溜まりもないからな」
マリトの妻になるのであればそれは王妃という勝ち組だ。だがこっちはただの異世界人だ。そんな男を繋ぎ止めるために利用される女性を大量に生み出すのは避けたいところだ。
とは言え全く興味がないわけでも、期待していないわけでもないのは事実。数が限られればきちんと相手にふさわしい女性を見分けなければならない。マリトもこちらの好みを分析してくれるであろう。
「数で攻めようものならこっちも数で攻められる。こちらの負担なく君を繋ぎ止めるためには君に相応しい女性を見つけてこいと言うわけだね。こちらとしても君が本気で薦められる女性と会える。どちらがより選定眼が優れているかの勝負にもなる……なるほど、良いね」
マリトの性格からして日常への変化は望む所の筈だ。ついでに言えばこの勝負を言い訳として周囲への逃げ口上ができるのだ。『彼が私に相応しい女性を見つけてきてくれると約束してくれたのだ、私はそれを待つ!』とかそんな感じで。
こうしてマリトとの間に奇妙なルールができ上がる。細かいルールを決め裏技などに頼らないと誓い合うのであった。
城を後にしたその帰り道、イリアスはいつもながら不機嫌そうに文句を言ってくる。
「君という奴は……陛下を変な遊びに巻き込んで」
「互いのためだ。あと巻き込まれる女性のためでもある」
「勝負事に巻き込む時点で感心できんぞ」
「そういってくれるな。マリトのあの様子からしてお前が王命で嫁がされても不思議じゃなかったんだぞ」
「それは……否定はできないが……でも――」
「他の女性だってそうだ。王様からの圧力でこんな男に押し付けられちゃ堪ったものじゃない。紹介するならきちんと相手の立場を思ってするべきだ。こっちもちゃんとマリトが納得する相手を見つけるつもりだし問題はないさ」
イリアスだけではない。自分の歩みたい道をマリトの暴走で捻じ曲げられるのは納得で誤魔化せるにせよ、遠い先に悔いが残るだろう。
マリトは賢王だが、聖人ではない。国のためならば本当にあらゆる手段を考えてくるだろう。
「そう、だな」
「マリトがこっちのことを考えて紹介してくれる女性なら、会ってみたい気持ちもあるがな」
「君のことを考えて、か……素朴な疑問なのだが君の好みはどういう女性なのだ?」
「さてな、可愛い子や美人は普通に好きだが偏った好みはない。過去に好きになった女性も様々で断定はできないな」
「本当に守備範囲が広そうだな」
「そりゃあ誰を好きになるかなんて、その時にしか分からないんだ。自分勝手な理想でその出会いをふいにしたくはない」
「なるほど、君らしい答えだった」
イリアスは呆れたように笑う。そうやって普段からもう少し力を抜いていれば女性として意識しやすいものなのだが、それもまた彼女の個性と言うことにしておこう。
「イリアスの好みの男性像は父親のような騎士辺りか?」
「好ましくは思うだろうが、憧れとしての理想だからな。そんな御仁に会えたとして、恋心を持てるかは分からないな」
「むしろ剣を向けてそうだな」
「君はな――いや、そうかもな」
性別の違いなど関係なく、イリアスとはこういう関係であり続けたいものだ。ただし暴力はなしでお願いします。