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ゆえに悟る。

 今の黒の魔王の体は非力な彼の肉体を使っているが、それを魔剣の特異性により本来の肉体さながらの魔力強化と同等の状態を維持している。

 だがそれだけなのだ。当人が持つ魔力、扱える魔法、ユグラから与えられた超越者としての力は全てを失った『万能』ではない状態が今の彼女なのだ。

 間違いなく今の黒の魔王は過去最弱。この魔王に挑むのならば、今以上の好機は存在しないだろう。


「っ!」


 しかしそれでも強い。緋の魔王、アークリアル、これまでに幾度となく自分よりも格上の相手と相対してきたが、この黒の魔王は別物だ。

 距離を取る時も、詰める時も、交わる剣戟の一つ一つも、その刹那に込められている意思の強さに揺れがまるでない。

 余裕の有無、精神の揺らぎ、そういったものを全て排除し、隙を探す余地すらない。極限にまで研ぎ澄まされた集中力を維持し続けているのだ。

 彼の体に剣を向けることへの躊躇いも既に失われている。雑念を抱いていては、間違いなくこちらが殺される。


「――貴様はこの大陸の名を知っているか?」

「何……?」


 繰り返される剣の応酬はそのままに、黒の魔王が再び口を開いた。反射的に口を開いたが、余計な言葉を考えつく余裕はない。

 それでも問い掛けられた言葉の意味を、頭が理解しようとしている。この揺らぎを攻められては不味いと判断し、一度距離を取る。

 黒の魔王は剣を携えたまま、こちらを見ている。威圧感はそのままだが、すぐに仕掛け直す様子はない。

 その与えられた余白に、私の頭は再び思考に入る。この大陸の名……セレンデ魔界というわけではない。過去に名前はあっただろうが、その歴史は既に時代の流れに埋もれていて専門家以外は知るよしもないだろう。


「言っておくが、土地の名称ではない。貴様らの国々、我らの魔界、その全てを含めたもの。海に囲まれた、この大地に名付けられた名のことだ」

「……」


 言葉の意味は理解できている。だが、その理解した内容の先を考えることができない。この妙な感覚はなんだ。確か似たような話を陛下がしていたような……。


「知らなければ教えてやろう。この大陸の名はトレイツド。そしてその名の意味することは……十三番目。この大陸は『神』によって十三番目に創られた箱庭。奴の探究心を満たすためだけに存在する実験場だ」


 上手く頭が回らない。黒の魔王の言葉に動揺しているのか、その言葉の意味を理解しようとするだけで、夢を見ているような気分になる。

 だが黒の魔王が動き出すと、体が反射的に対応を行った。首を狙った迷いのない一撃を、剣を縦にして防ぐ。


「……ぐっ!?」


 踏み込みの速度や剣速、それらを完全に見極めて受け止めたはずの一撃に、体が吹き飛ばされた。

 腕を通して感じるのは、途方もない怒り。込められた怒気だけで、私の体は容易く跳ね飛ばされたのだ。


「そして貴様らはその事実を理解できないように調整された、都合の良い実験動物だ」

「実験……」


 何かが体の中に流れ込んでくる。これはなんだ。黒の魔王の力?外部からの干渉?違う、これは……。


「おい!さっきから何言ってるのかわからねーけど!言葉で動揺を誘うとか狡くねーか!?」

「狡くはないさ。君達の思考は世界に制限されている。世界の真実を語る『黒』の言葉を正面から受け止めることができないように創られているんだ。だけどね、クソ野郎の干渉ってのは万人向けの粗悪品だ。生死を分ける程の戦いの最中なら、精神は極限にまで研ぎ澄まされる。人の生存本能が干渉を超えて言葉の意味を受け止めることができるようになるってわけだ」

「……いや、なに言ってんだお前……?」

「あはは。馬鹿にも分かるように言ってあげるよ。二人は剣を通して語ろうとしている。次野次を入れたら殺すから、黙って見てようね」

「……お、おう」


 いつもならば外野の会話は耳に入っても思考に混ざるようなことはないのに、ユグラの説明が、今の状況の理由を物語っているのだと理解できる。

 黒の魔王の剣を受け止めた時、彼女の言葉の意味が理解できた。そして私自身が生まないようにしていた感情が湧いて出てきたのだ。

 原理は分からないが、黒の魔王の話を聞くには彼女と戦う以外の手段はないという話らしい。


「……こいっ!」

「――この世界は『神』の実験場だ。海で隔たれた数多の大陸の上で、異なる世界が存在し、奴はその結果を観測している。人間達は互いの世界に干渉、興味を持てないように創られ、自らの箱庭の中だけで生き続けている」


 淡々と語る黒の魔王から放たれる剣戟からは、彼女の身の内にある感情が伝わってくる。これは慟哭、抑えきれないほどの憎悪を訴えようとしている。


「それが事実だとして、どうして人を滅ぼすことに繋がるっ!?」

「言っただろう。我々人間は、『神』の実験動物でしかないと。トレイツドは外部からの干渉を意図的に引き起こされるテストケースとして利用されてきた。異世界からの差異を持つ存在、異世界人を世界へと招き入れながらな」


 視界の隅にユグラの姿が入る。この世界は度々異世界から現れた者が歴史を変えてきた。そう聞かされたとは聞いていたが、それが何者かの意思によるものだとはこれまで考えてきたこともなかった。いや、考えることを許されていなかったのだろう。


「異なる世界との差異は、世界に変化を与えた。その結果があの戦乱の時代だ。異なる人種が生み出され、差別が生まれ、自らの周りだけを繁栄させようと多くの衰退が引き起こされた!」


 一つの目的のために生み出された変化は、その目的を満たすだけには留まらない。時として残酷な結果を生み出し、多くの悔恨を残すことにもなるのだろう。

 黒の魔王の時代の話は他の魔王からも聞いている。魔王という共通の敵が存在しなかった時代の人々は、各々が異なる存在を敵として争っていた。

 人種、住処、血筋、様々な理由から敵を生み出し、排除しようとする凄惨な時代であったと。

 今の時代でも国家間での緊張は少なからず存在する。亜人に対する偏見もそれなりにはあるだろう。

 それでも、それが人々を殺す理由にはならない、あってはならないと各国の大半が考えられるのが今の時代だ。


「故郷が燃え崩れる光景も、愛しき者達が腕の中で力尽きていく喪失感も、怨敵を屠った後の虚しさまでも!『神』や異世界人にとっては成果の一つでしかない!箱庭で飼う愛玩動物の反応として興味を示す程度だ!だから奴らは繰り返す、何度も何度も世界をかき乱し、好奇心一つで新たな惨劇を生み出す!」


 黒の魔王が抱いていた気持ちは本物だったのだろう。故郷で愛すべき仲間達と共に過ごした掛け替えのない日常への感謝。それを奪われた怒りや憎しみ、復讐に費やし擦り減らした心。

 それらが全て『神』や異世界人の実験の果てに生み出されたものでしかないと悟った時の心境が、剣を通して私の心へと染み込んでくる。


「だから人を滅ぼそうというのかっ!」

「そうだ!この世界に生きる以上、探究心を満たそうとする『神』の干渉からは逃れられない。だから私は都合の良い実験場として浪費されている世界を、奴の手から解き放とうとしているのだ!」

「そんなことに、その先に意味があるとでも思っているのか!」


 黒の魔王の思想を受け入れてはいけないと、気持ちを奮うように剣を振るう。

 黒の魔王の話は真実だ。それは理解できる。彼を通じて感じていたもの、何故異世界から人が現れるのかという疑問の答えがそれなのだ。

 この世界を創り出した神ならば、異なる世界から人を呼び寄せるといった発想も手段も存在しうる。そしてその目的も歴史と比べていけば納得がいく。

 ショックはある。これまで過去に存在した勇者達の所業、ユグラが魔王を生み出したことも、全て神が求めていた変化だというのであれば、その変化に巻き込まれ未来を狂わされた者達の立場はいったい何だったと言うのか。


「あるとも……っ!『神』は我々が何を訴えようとも聞く耳を持たない。奴が考えを巡らせるのは結果を見てからのことだ。だからこそ破滅の未来を奴に見せつけ示すのだ。貴様の干渉は世界を破滅に導くだけだと!」

「っ!黒の魔王、貴様の語る神とは自分勝手の権化のような存在だ。例え貴様が人間を皆殺しにしこの世界を滅ぼしたとして、そのような存在が貴様の思い通りに省みると思っているのか!?」

「奴に情は通じない。通じるのは結果から得られる統計だ。奴の過ぎた干渉がことごとく破滅を招くのならば、奴も考えを改めざるを得ないだろう」

「ことごとく……?」

「身勝手な『神』の干渉で、狂った世界がここだけだと思っているのか?既に滅んでいる世界がないと本気で考えているのか?」


 私達のいるこの大陸、この世界は十三番目。ならば少なくとも他に十二の世界が存在し、同等以上の歴史を歩んでいることになる。

 既に一度、この大陸は数百年前に魔王達の手によって滅びかけている。他の大陸にも近しい危機が訪れていれば、その中に滅んだ世界もあるのかもしれない。

 海の向こうに、知らない世界があり、それが知らぬ間に滅んでいたという事実。実感など湧かない。湧くはずもないのに、黒の魔王が語る真実として受け止めたそれは、私の中から負の感情を生み出そうとしている。


「仮にその神が結果から省みる存在で、既に滅びた世界があるのなら、なぜこの世界の未来を是正しない?」

「私は『万能』の力で『神』の記録を垣間見た。滅びた世界、私達の先を生きていた者達の最後を。彼らは皆、世界の滅びを嘆くだけで、訴えはしなかった。『貴様のせいだ』と奴を糾弾しなかった。ゆえに奴は未だ、その原因を確かなものとして定めてはいない。だから私は伝え示すのだ。直接奴に言葉を届け、世界の滅びの根本的原因が奴自身にあるのだと!」


 腕に掛かる剣圧に骨が軋む。今の体にそこまでの体力があるとは到底思えないというのに、その勢いは衰えるどころか、言葉を重ねるごとに増していく。

 黒の魔王は世界の真実を知り、神の玩具として消費される人間達の未来を嘆いている。神の干渉から逃れられない我々人間達の未来を守るために、今の世界を犠牲にしてでも神に訴えようとしているのだ。

 怒り、憎しみ、悲しみ、どれほどの想いを抱けば、この世界の最後の一人となる覚悟を背負えるのか。

 この魔王は狂ってなどいなかった。迷うことなく、ただひたすらに世界の未来を守ろうと足掻いている。今生きているこの世界ではなく、遠い未来に生み出されるであろう世界がより平穏であることを祈りながら。


「……そうか」


 私の心が折れれば、それで対話は終わり。黒の魔王は私の命を奪い、再び黙したまま世界を滅ぼすために進み続けるのだろう。

 既に戦争の勝敗は決している。黒の魔王はこの世界を滅ぼすことなく、倒れることとなるだろう。そしてユグラが時空魔法を使い、世界ごとやり直す。

 それでも黒の魔王自身が揺らぐことなく、世界を破滅へと導こうとした事実は残る。ユグラが時空魔法で全てを無かったことにしたとしても、神はその事実を認識できるだろう。

 この世界を生きる者が、神が異世界から招いた変革者の干渉を阻み、意思を貫き通す結果を神へと叩きつける。

 ユグラが時空魔法を使うことは、彼女にとって敗北などではない。神の使徒であるユグラが彼女を変えることができなかったという勝利の証明となるのだ。

 黒の魔王は彼と似ていると、少しだけ感じた。

 ガーネで金の魔王の仮想世界を使った勝負をしていた時を思い出す。

 その世界に存在していた別の彼は自らが泡沫の存在だと知った時、現実世界の彼や私達へと牙を向けた。

 記憶を消され結果しか知らない立場ではあるが、別の世界とは言え、あの彼が私の心を殺すまでに追い詰めたという事実はそう簡単に信じられるものではなかった。

 だが今ならそれが納得できる。あの世界の彼も、今の黒の魔王のように憤怒していたのだ。

 容易に創られ、使い捨てにされる世界に嘆き、その世界に生きる者として糾弾した結果なのだ。

 動きの鈍った私に、黒の魔王は容赦なく剣を振り下ろす。彼と似た彼女の想いに納得できたのであれば、この剣をこの体で受けてしまうのも間違いではないのだろう。


「――だがっ!」

「――っ」


 黒の魔王の渾身の一撃を、同じ渾身の一振りで弾き返す。

 確かに理解はした。黒の魔王の想いも、行おうとしていることの正当性や意味、価値、それら全て、剣を通して受け止めることができた。

 その怒りは抱いて然るべきもの。間違っているなどと言えるものか。止まれなどと言えるものか。

 それでも、それでもだ。私はこの世界に滅んで欲しいなどと思いはしない。皆が命を失って良いなどと納得などはしない。


「結論だけで言えば、貴様の行いは正解なのかもしれない。神へ貴様の慟哭が届けば、遠い未来に数え切れない命や心が救われるのかもしれない。だがそれでも貴様の導く結末を受け入れるつもりはない」

「ならばこの先の未来も、人々や世界は神の玩具として使い潰されるべきだとでも言うのか!」

「貴様にはその未来しか見えていないのだろう。だが私には遙か先の未来など見えてはいない。生きているこの今を、この世界だけを確かな現実として受け止めている。私達が生きているのは今、この世界だ!神や異世界の者達にどれほどかき乱され、狂わされようとも、その事実は変わらない!」

「そのような狭き視野で世界を語るかっ!」


 黒の魔王の表情に、隠しきれない怒りが浮かんでいる。放たれる斬撃も、その威力を増している。既に私の地力を超えた威力、普通ならば防ぎきれるものではないのだろう。

 それでも私の剣は黒の魔王の剣を弾き返すことができている。まだ私はこの魔王の言葉を聞いただけだ。対話とは互いの言葉を交わしてこそのもの。私の言いたいことは何一つ言っていない。


「ならば問おうか、黒の魔王。その広き視野の中で、貴様には愛した者達や自分の世界がどこまで鮮明に見えている?どれほど真っ直ぐに向き合うことができている?よもや貴様が救おうとしている別の世界と等しく同じに見えているわけではあるまいな。それは最早人の視野ではない。貴様が嫌悪している神と等しい視野だ」

「――っ!」


 本来ならば私のような存在の言葉は、耳に届くことはないのだろう。だが今私は黒の魔王と剣を交わし、剣を通して自らの意思ごと相手に伝えている。

 彼女は私の心を折るために、最も心に響く手段を用いた。だがそれは逆に、私であっても彼女の心を揺らがす好機でもあるのだ。

 今ハッキリと理解した。彼が世界をこの戦争に導いたのは、このためなのだと。この時、この場所で、黒の魔王と剣を通じて語り合うために、彼は自らの体を捧げ、私をここに導いたのだ。






別の世界の彼=通称三郎や四郎とか。はたして何割の読者が覚えているだろうか。


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― 新着の感想 ―
ユグラも世界リセットよりも神を殺れよ
[一言] そうか…まっすぐなイリアスだから説得できるのか…
[一言] こんな激アツ展開で主人公不在(いるけど)ってマジ?
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