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ゆえに合掌。

 各地で魔族達が完全覚醒へと踏み込み、最後の闘いが始まったのだと実感する。

 ウルフェやラクラの復帰については、二人や『碧』の性格を考えれば十分にあり得る展開。ただそれでもザハッヴァやラザリカタの完全覚醒の力が未知数な以上、楽観視することはできない。


「君はどこまで彼女達を理解できているのかな?」


 人様の心の中でそれを見ている男二人。横にいる成也は物見遊山、この様子だと時空魔法の進捗は既に最終段階に入っていると考えて良いだろう。


「どこまで……か。ザハッヴァはシンプルで分かりやすいな。自身を導いた黒の魔王に対する献身。彼女の為に死ぬことだけを考えた歪んだ愛情で自己を保ってきた。ラザリカタは……彼女自身には長い時を耐える素質はなかった。乗り越えることができたのは常に自分の在り方を思い出させてくれたメラビスの影響がある」

「メラビスの関係まで見通せるのか。まるで隣で見ていたようだね」

「隣にお前がいたのに、黒の魔王に喧嘩を売るような真似をしていたのが引っ掛かった。ワザと小物のフリをしていると気づいてからは、その理由を辿った。あとはまあ、成り果て連中の名前や状態を示唆する単語が出た時の反応とかだな」


 黒の魔王がイドラクとウカワキの名前を出した時、ラザリカタは僅かに反応を示していた。さらにザハッヴァが黒の魔王に他の魔族は皆死んだと口にした時、ラザリカタの眉が動いていたのを覚えている。

 黒の魔王が魔族として有力な人物の名前を出した時、そこにいない誰かを想像し、皆死んだと言う言葉に否定の意思を示したのだ。

 ラザリカタがただメラビスという男に依存していたのであれば、彼女は完全覚醒には至れなかったのだろう。

 完全覚醒に至るには自身を見失わないことが不可欠。そこには誰かのためだけではなく、自身のためが含まれていなければならない。

 ザハッヴァは自らの死を捧げるため、ラザリカタはメラビスの求めた自身で在り続けるため、自己に対する異常なまでの執着を発揮することができているのだ。


「オーファローは……聞くまでもないね。自我を失わないためには、自己を観測し続ける要因が必要となる。その最たるものがエゴイズム、自己中心的であればあるほど、魔族としての適性は高い。自分を認識できるのは自分自身だけだからね」

「他人のためであろうとも、本質的には自分のためであれば条件は満たせるって感じだな」

「純粋な忠誠心や復讐心を持っていた連中には、我欲が足りなかったわけだ。もっと自分を好きになっていれば、生き長らえただろうに」

「自己愛だけじゃ足りないだろうけどな。ザハッヴァもラザリカタも第三者を絡めることで、自らの在り方を強く意識できているわけだし」

「人はそれを依存と忌避するからね。だけどそんな彼女達だからこそ、自らの次元を昇華させることができたわけだ。彼女達は魔王と同じく、この世界の次世代の住人として君の仲間達の前に立ち塞がる。弱肉強食の世界の成り立ちとしては、旧人類は淘汰されるのが自然なわけだ」

「一人の天才が人工的に創り出した新人類に滅ぼされるなんて、B級映画も良いところだっての」

「違いない。下手に人気が出たところで、続編でコケそうだね」


 愉快からくる笑いというよりも、嘲笑気味な成也。成也はこの世界を変えてきた側、この結末へと向かっているのは自分のせいなのだと理解しているのだろう。


「こんな安い会話をする理由は、暇潰しの挑発か」

「うん。好みの問題とはいえ、僕とは違う選択をした君だ。皮肉の一つくらいは言いたいからね」


 成也が時空魔法で世界をやり直すことは、ある意味ではこの世界に生きる者達に対する優しさなのだ。

 黒の魔王を放置していれば、いずれは黒の魔王は復活する。それこそ第二第三の『俺』を呼び出し、新たな駒とする可能性もあるし、それ以上の手段を見出すかもしれない。

 世界を滅ぼす存在がいるリスクを未来永劫背負わせるくらいなら、全てをやり直した方が最終的な被害者は少なくなる。

 興味や優しさを失ったとしても、巻き込んだ以上最低限の償いは含める。そう行動しようとしている成也の思惑とは逆に、『俺』は皆を巻き込んで最後の戦いを始めてしまった。

 勝とうが負けようがリセットされてしまう世界。ならばこんな過酷な経験をさせることに意味はあるのかと、成也は非難しているのだ。


「事なかれ主義なのは一緒なんだがな」

「大惨事だらけじゃないか。無難に生きたいと願うくせに、君の血は熱すぎる。彼らは君に感謝するかもしれないけど、君の心は痛むだろうに」

「そのへんはお互い、入れ込み過ぎなんだろうな」

「……そうだね」


 成也も悔いている。黒の魔王を生み出してしまったことを、彼女に力と術を与えてしまったことを。黒の魔王にとってこの道がどれほど過酷なものなのかを理解していながらも、彼女に自ら歩んでほしいと願った結果が今なのだ。


「『俺』はお前を説得するつもりはない。全てじゃなくても、お前の苦悩くらい想像できる。『俺』なんかの言葉が届かないことは理解しているつもりだ」

「理解を求めているつもりはなかったんだけどね。まあ、横からグチグチと言われるよりかはありがたいかな」

「それでもこの今に後悔はない。『俺』はまだあいつらを信じていられるからな」

「……羨ましいね」


 成也はこちらを見ずに、手に持っていた袋からハンバーガーを取り出す。ってハンバーガー……こいつ、人の記憶から現代のジャンクフードを再現しやがったな。


「いやぁ、未来のジャンクフードってのは良いね。ながらで食べられるし、美味しいし」

「……一個もらえるか?」

「君は今精神だけの存在だろう?どうやって食べるのさ」

「くそぅ……」


 最初からこうして茶化して終わるつもりだったのだろう。成也に『俺』を気遣うつもりはなくとも、個人として生きてきた癖がそうさせているのだ。

 放り投げられたハンバーガーの紙くず。それからは孤高の勇者、湯倉成也が歩んできた道、それがどのような心境で歩まれてきたのかが少しだけ伺えた。

 でも拾うようには言っておこう。黒の魔王絶対不機嫌になるし。


 ◇


 完全覚醒したザハッヴァの身体能力は想像以上。それでもウルフェちゃんだけはなんとか反応ができております。

 ニールリャテス殿は攻撃を回避しきれずとも、コアへの直撃だけはしっかりと避けている模様。ちょっと視界から外している間には復活し、ザハッヴァへと攻撃を仕掛けております。ただ毎回肉片を散らす光景は、なかなか心臓に悪いですな。

 そう思っていると、下半身だけで飛んできたニールリャテス殿が隣で復活。


「くわー!何度も何度も蜘蛛の足でペチンペチンと!もっとこう、プスッと噛み付いて、ちゅーちゅー私の体液を吸うとか、そんな扇情的なやり方を所望します!絵にならないじゃないですか!」

「確かに蜘蛛の習性を考えると、動く対象は獲物、捕食対象のはずですからな。食事が不要な分、その本能を対象への殺意に置き換えているとも考えられますな」


 これまで距離を取り、見に徹していて気づいたことが何点か。まずザハッヴァには既に人としての自我はないようです。

 常套手段では弱いものから狙うべきなのですが、ここまで私に対する攻撃は一切なし。あの複数の眼は確かに私を視界に捉えているようなのですが、おそらくは自身に向けられている敵意や、敵の脅威度を単純に推し量って行動しているのでしょう。

 ナイフなどの投擲を行えば、面倒な敵として反撃される可能性もあるのでしょうが、設置系の罠などを使っている間は敵対心を向けられることはなさそうです。


「動きだけならまだ対応できますけど、あの体が厄介ですね。ウルフェちゃんの渾身の一撃が通ってません。以前我が王がウルフェちゃんの拳を素手で止めた時の技に近いですね。魔力で受け止め、体内で変化させ続けることで衝撃を殺すやり方です。我が王の場合はそういう体に腕を変化させていましたが、ザハッヴァは素でその仕組みを実行できる体に変化している感じでしょうか」


 体内で自身の肉は動かせずとも、流れる魔力はある程度自由に操作ができる。衝撃を魔力で受け流すことができれば、不動のままでも敵の攻撃を吸収できるということですな。

 ターイズの騎士達にも近い技がありましたな。あっちは魔力強化した筋肉も総動員しての、瞬間的な技術ではありますが……ふむ。


「となると、やり口としては……」

「さっさと策の一つでも思いついてください。あの蜘蛛の近くだと体が異常に重く感じるんですよ。ウルフェちゃん凄い集中力で回避してますけど、体力が尽きたらあっという間に捕まりますよ」

「策なら一つ思いつきましたぞ。膳立てはしますので、ウルフェちゃんと連携の方を頼みます」

「……そうすぐに思いつく辺り、血筋ですよねぇ」


 ニールリャテス殿に簡単な指示を伝え、準備に取り掛かる。被弾が許されるニールリャテス殿と違い、ウルフェちゃんは一発でも致命傷に届く危険な状況。ここはニールリャテス殿の方に合わせてもらうとしましょう。

 移動速度は比べ物にならないほど速くなっておりますが、直線的であるのは一目瞭然。ならばウルフェちゃんの動きから敵の動きも先読みできる。

 一手、二手、先読みの精度と手数を増していく。予測と結果との違いを確認し、感覚を調整。三手、四手……どうせここで最後の思考、限界なんて超えて回転させていけ……!

 五手、六手……口に生暖く、鉄の味が入り込んでくる。鼻血を腕で拭い、目を凝らし続ける。

 そして七手までの先読みが安定。罠の配置を整え、ニールリャテス殿に合わせるタイミングを手信号で伝える。これで準備は万全。

 ザハッヴァの動き、ウルフェちゃんの動き、その両方と私の介入の最終結果が求めた状況になるタイミングを見計らい――


「ウルフェちゃん!右の壁に真っ直ぐ飛びついて!」


 私の合図にすぐさま反応し、ウルフェちゃんが移動する。ザハッヴァはその動きに即座に対応し、ウルフェちゃんとの距離を詰める。

 ザハッヴァの足による攻撃は、敵の前まで移動した後に精確に狙いを定めて放たれる。つまりは獲物のすぐ近くで必ず足を止める。

 そこに仕掛けてあったのは古典的な落とし穴。魔力も何も仕込んでいない、ニールリャテス殿に伝えて用意してもらったもの。部屋の構造を自在に変えられるからこそ用意できる即興の罠。

 もちろん落下するまでの間にザハッヴァは復帰できる。それでも落とし穴に嵌った瞬間だけは状況把握に本能が使われる。完全に動きが止まるのだ。

 それを見てウルフェちゃんが迷わずに壁を蹴り、拳を振り上げる。


「ニールリャテス殿、合わせて!」

「とっくに!」


 ウルフェちゃんの反対側には『紫』殿の魔力を帯びた槍を握ったニールリャテス殿が詰めている。既に槍は突き出されており、ザハッヴァの体へと命中している。

 刺突ですら吸収する驚異的な体。その中では魔力の流れが異常なまでに活発化しているのでしょう。ですが流れというものは一方通行でなければならないもの。同時に別々の方向に流れが発生すれば、それは激しくぶつかり合うことになる。

 ニールリャテス殿の攻撃に対応していたザハッヴァの肉体は、ウルフェちゃんの攻撃を受け流す状態になれない。左右から流れてくる水流がぶつかりあえば、水は激しく飛沫を上げることになる。


「――っ!?」


 ウルフェちゃんの拳がザハッヴァの外骨格を粉砕し、ニールリャテス殿の槍もまたその体へと深々と突き刺さった。

 肉体に与えられた痛みに、狂うように動くザハッヴァ。

 二人が攻撃を仕掛け始めた時、私も既に駆け出していた。攻撃を受けた虫が取る行動は、咄嗟の反撃、またはその場からの逃走。落とし穴に嵌り、槍に貫かれている以上逃走は困難。ならば次のザハッヴァの行動は一つ。


「ああああっ!」


 余計なことは何も考えず、ウルフェちゃんへと飛びつき体ごとザハッヴァから引き剥がす。私の背中に激痛が走るも、ザハッヴァの攻撃はウルフェちゃんには届かせなかった。

 視線をニールリャテス殿の方へ向けると、彼女は蜘蛛の足に頭部を貫かれていた。それでも彼女の口は嬉々として笑っていて、槍に込められていた魔法を発動させた。

 完全覚醒へと至りさらに濃密となったザハッヴァの魔力が、異なる系譜の魔王の魔力と混ざり拒否反応を起こす。平たく言えば、これまでにない大規模な爆発。

 その衝撃は宙にいた我々をも吹き飛ばす。ウルフェちゃんが魔力を噴出し、二人一緒に回転しながらその勢いを殺してくれるも仲良く壁へと叩きつけられた。


「ミクス!大丈夫!?」

「だ、大丈夫ですぞ……背中の魔力強化をましましにしておりましたが……あぐっ!?」


 呼吸をするだけで涙が出るほどに痛む。どうやら肉だけではなく背中側の肋骨も数本抉られているようです。急いで魔力を集中させ、痛みを抑える応急処置へ。


「姿勢を楽に!」

「背中を骨ごと抉られた経験がないもので、どの姿勢が楽なのやら……。それよりも、ザハッヴァの方を……っ!?」


 視線の先では飛び散っていた肉片が集まり、元の姿へと戻ろうとしているザハッヴァの姿がある。既に原型が判るほどまでの再生、ウルフェちゃんがすぐさまに飛び出してもその妨害には間に合わな――


「ああ、訂正しておきますね。我が王に勝利を捧げられるのであれば、私の血肉なんて、いくらでも食わせてあげますよ」


 再生するザハッヴァの頭上から、ボロボロのニールリャテス殿が飛び乗る。その体には槍が突き刺されており、既に魔法が起動させられている。

 再生の最中だったニールリャテス殿の体は、槍に込められた魔力によって破裂。異なる魔王の魔力を帯びた血肉が同じく再生途中のザハッヴァの傷口へと降り注ぐ。

 それは熱された鉄板に注ぎ込まれたワインのように、グツグツと煮えたぎりザハッヴァの傷口を焼く。再生しながら混ざり合い、小規模の破裂を繰り返しているのだ。

 その激痛にザハッヴァが怪物としての悲鳴を上げている。生物としての、純粋な痛みによる拒否反応。

 その痛みを感じているのはザハッヴァだけではない。原型を留めていないニールリャテス殿もまた全身で痛みを受け続けているのだ。


「あはははっ!痛いですねぇ!私もとっても痛い!これ以上にない生きている実感です!」

「――っ!ウルフェちゃ――」


 私が言うよりも速く、既に彼女は飛び込んでいた。私にはもう満足な援護ができない。ニールリャテス殿の方も限界が近い。この瞬間を逃せば、勝機がなくなるのだと。最後まで勝利を求めることを忘れていなかった。

 ウルフェちゃんはザハッヴァ達の煮えたぎる血肉の中へと腕を突っ込み、その中を探っていく。


「っ!これだあぁっ!」


 勢いよく引き抜かれた腕。魔王の魔力が拒否反応を示し合う血肉によって、ウルフェちゃんの腕は見るも無残なまでに焼き尽くされている。だけどその手の中には確かに、ザハッヴァのコアが握られていた。


「――ッ!?――ッ!」


 声にならない叫び声を上げるザハッヴァのコアから、おぞましい速度で肉が生えてくる。ニールリャテス殿の魔力の侵食から解放され、自由に再生できるようになったからだ。

 だけどそのコアは既にウルフェちゃんが握っている。彼女は両腕へと膨大な魔力を集め、自身の目の前で力の限りぶつけ合った。








ターイズでメジスの暗部相手に使ったハンドクラップを思い出しますね。


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― 新着の感想 ―
[良い点] たくさんありすぎて! [気になる点] この世界を濃く堪能できるほどのタフな読み手であるか、自身を確認しつつ問いつつ読みすすめてきました。 私は魔族系かも。 [一言] 『放り投げられたハン…
[良い点] ザハッヴァの黒の魔王に全てを捧げる生き様好きだった。 [一言] ハンドクラップ懐かしい。 ニールリャテスの即死ダメージ覚悟でゾンビアタックを繰り返す戦闘スタイル好き。
[一言] 主人公の察する能力があいも変わらず狂ってる……。 一人は背中を抉られ、一人は再生出来るとはいえ木っ端微塵、そして最大戦力は片腕がズタボロ……流石にここから再生されると辛いですよね……このま…
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