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ゆえに相対する。


「さーて、コアはどこですかねーっと……」


 地上に降り立った私達はザハッヴァのコアを探す。肉体は破壊できたけど、コアを撃ち抜いたわけじゃない。この飛び散った肉片のどこかに、コアはまだ残っている。

 異なる魔王の魔力を受け、負傷した傷は容易には癒えない。侵食された箇所を切り離して再生させる必要がある。それはコアの状態でも同じ、コアの周りを覆っている肉を切り捨てなければザハッヴァは再生できない。

 コアの場所を見分けられなくても、剥き出しの状態にさせれば見つけることはできる。この状況下で動く肉片があれば、その周囲の全てを吹き飛ばせば良い。


「――見当たりませんな。仕留めたとは思えませんが……」

「それは同感です。あの程度の一撃ならば私だって死にません。再生するために様子を伺っていると考えていいでしょう」


 ニールリャテスは近場の肉片を踏み潰しながら、ザハッヴァのコアを探す。ミクスもニールリャテスも少しの油断もない。さっきの一撃でザハッヴァが倒れていないと、敵の強さを信じて疑っていない。

 たとえコアが見つからなくても、上の階の戦いが決着するまでこの警戒は解かない。ニールリャテスが部屋全体の様子を把握している以上、外に出ることはできないのだから。


「既に部屋から脱出した。そう思わせるように動きを抑えている可能性もありますな」

「ないですね。二重底になっている床の下にも、私の神経を繋げていますから」

「床をぶち抜かれた時とか、痛くないのですかな?」

「体の中の膜をぶちぶちされる感触くらいのものですよ。気持ち良いくらいです」

「おぉう……。そこまで敏感にしているのであれば、部屋を抜けられた時には気付けるでしょうな」

「ただ奴の肉片には濃い魔力が残っていますからねぇ。コアの場所の特定は難しそうですが――」


 ニールリャテスが反応し、それを察知したミクスが間髪入れずに視線の先へとナイフを投げた。

 そこには人の姿をした再生途中のザハッヴァがいた。服どころか肉体も満足に回復しておらず、半分ほどしか再生していない頭部の奥には球体、コアが覗いている。

 ミクスの投げたナイフはそのコアへと突き刺さり、ザハッヴァは声にならない悲鳴を上げて苦しみだす。

 私も魔力を腕に込め、既に懐へと飛び込んでいる。この距離なら外さず、的確にコアを――


「罠です!下がって!」

「っ!?」


 ニールリャテスの大声に反応し、溜めていた魔力を噴射して距離を取る。その瞬間、ザハッヴァの周囲が見えない壁に押しつぶされるかのように歪んだ。

 重力魔法、それも自身を巻き込むような攻撃。そんなことをすれば剥き出しのコアは無事では済まない。いや、ニールリャテスは罠と言った。ならあそこに居るザハッヴァは偽物?


「いい反応ね。でも再生するだけの時間は稼げたわ」


 声のした方向に、体を再生させたザハッヴァがいた。人型にこそ戻っているけど、その傷は完全に治っている。私達が偽物に反応している間に、コア周りの肉を一気に回復させたようだ。


「残った肉片で分身を作り出しましたか。コアまで偽装してくるとか、手が込んでいますねぇ。残存する魔力は大丈夫です?」

「コア以外の肉を全部捨てるのは初めてね。おかげでほとんど残っていないわ」


 ザハッヴァは小さくため息を吐きながら、衣服の再生に取り掛かる。外見こそ完全に元通りだけど、奴は多くの魔力を失っている。私達が入念に練った奇襲の策は決して無駄じゃなかった。このまま続ければ、ザハッヴァはほとんど魔力を使えない状態で戦闘をしなければならない。

 有利は私達が握っている。だけどザハッヴァのあの余裕が不気味でしょうがない。


「なけなしの魔力で服を再生させるのですか?殿方はいないのですから、全裸でも良いでしょうに」

「人としての最後の魔力だもの。人らしく使いたいじゃない」

「おや、それはつまり私達相手に追い込まれたと認めたわけですか」

「――そうね。この前にやり合った奴らに比べたら、雑魚しかいないと侮ったあたしも愚かだったけど……貴方達にはその必要があると認めてあげるわ」


 ザハッヴァの体に亀裂が入ったように感じたと、イリアスは言っていた。その言葉の意味が今ならわかる。

 私の中に流れる獣の血が、私自身の意思を無視して距離をとってしまった。今目の前にいるのは人の皮を被った怪物。その怪物が殻を破り、外に出ようとしている。


「人としての全てを捨てるつもりですか」

「全てじゃないわ。魔王様に対する愛だけは残ると確信しているもの」

「愛……ですか。愛する者の暴走を止めようとは思わないのですか?愛する者のために人を捨てることが正しいと?」

「あたしは知っているの。あたし達を使い捨ての駒として使ってでも、人を滅ぼそうとしている理由を。あの方の絶望を、覚悟を、あたしは知っている。だからあたしは魔王様のために人を殺す。愉しんで殺す。そう命じた魔王様が、あたしなんかのために後悔しないように、あのお方の駒に相応しい無慈悲で冷酷な蜘蛛になったの」


 ザハッヴァは虚空を見つめている。憧れと優しさと、溢れんばかりの愛情が含まれた瞳。それはきっとこの場所を見ている誰かに向けての眼差し。

 少しだけ、ザハッヴァの気持ちがわかったような気がした。『愛する人が望む私でありたい』、そんな想いを私も抱いたことがあったからだ。

 ししょーに従順で、ししょーの言葉に喜ぶ。ししょーが導く上で、最善の結果を出し続けられるウルフェであろうとした。

 愛する人が最も求めている自分になりたいという願望の誘惑は、そう簡単に覆るものじゃない。ザハッヴァはその想いだけで、数百年も変わらずにいられたんだ。


「愛の形を討論するつもりはありませんが、ここに居るのは愛する者のために戦う者達。どちらがより強いのかは興味がありますね」

「人であることを捨て、成り果てることすらできない半端者の愛なんて、比べるまでもないので」


 ザハッヴァが腕を上げ手首を素早く曲げると、地面に落ちていた小さな肉片がザハッヴァの手元へと飛んでいく。蜘蛛の糸を放ち、引っ張り上げたのだろう。

 その肉片は魔具である指輪が取り付けられていた舌だった。彼女はかつての自分の舌から指輪を引き千切り、それを愛おしそうに眺めながら付着した自分の血を舐め取った。

 短距離での転移を可能とする魔具。ただし自身の魔力が存在する場所にしか転移できず、この部屋の外には転移を阻害する結界が展開してある。

 この部屋の中でも移動用の手段として使えなくはないけど、それらの対策はミクスがばっちり用意してある。指輪を使ってくれるのであれば再びザハッヴァの隙を突くこともできるけれど……。


「魔族達に魔具を与える時、魔王様はあたしに言ったの。どのような形を望むか……って。だからあたしは迷わずに指輪と言った。どんな力を使えようとも、あたしにとってはどうでも良い。指輪を魔王様から戴いた。それだけで十分なのだから」


 ザハッヴァは大切な物を保管する場所として、自らの体内が最も相応しいと言わんばかりに指輪を自らの舌へと乗せ、ゆっくりと飲み込んだ。

 そして再びこちらへと視線を向けた時、それは起きた。


「っ!?」


 全身に何かが覆いかぶさるような感覚。私だけじゃない、ミクスやニールリャテスもそれを受けている。

 錯覚ではなく、これは何かの力が働いている。ザハッヴァの戦い方から真っ先に思いついたのは重力魔法。

 だけどミクスは周囲のいたるところに魔封石を設置している。広範囲に影響を及ぼすタイプならそもそも無力化できるし、対象の周囲を狙うにしてもミクスだけは大丈夫なはず。

 つまりこれは魔法ではなく、重力そのもの。ザハッヴァは魔法以外の手段で、私達の周りの重力を操作していることになる。


「この程度、大した問題ではありませんぞ!せいぜい自重の数倍程度、魔力強化で耐えられます!」

「いやー辛いです。私としては胸の大きさの分、貴方達よりも遥かに影響を受けていますからね!」

「やかましいですな!?引き千切りますぞ!?」

「それは止めて。紫の魔王に一回やられかけて、結構効いたんです」


 確かに重力魔法の攻撃にしては、その威力は大人しい。ししょーのように魔力強化ができない人には辛いかもしれないけど、私達は皆それぞれ全身に戦闘に十分な魔力強化を施すことができる。


「別に攻撃じゃないのデ。強いて言うナら、あたしの魔王様に対する愛の重サ?」

「物理的に愛が重く感じる女は同性でも引きますよ。あと他人へ愛を押し付けないでください」

「抑えきれなくなってるダケナノで。ダって、ほラ、モウ、ナニも、オサエなクテ、イイノダカラ」


 ザハッヴァの体が裂け、内側から巨大な蜘蛛の足が飛び出した。皮膚や肉が裂け、骨が砕け、まるでその体が異世界に通じる扉であるかのように、周囲に血飛沫を撒き散らしながら巨大な体が這い出してくる。


「魔王……サマ。ザハッヴァ……ハ、アナタヲ、愛シテ……オリマ……ス……」


 人としての殻が、人として最後の言葉を綴り、その中から巨大な蜘蛛が世界へと顕れる。そこに人としての面影は微塵もなく、ただ周囲へと向ける無差別な殺意だけが私達の体へと伸し掛かる。


「最終的に蜘蛛になるだろうとは思っていましたけどね。いやぁ、完璧に蜘蛛ですね」

「殺意は伝わってきますが……。ニールリャテス殿……あれ、理性とか残っていると思いますか?」

「蜘蛛に理性なんてあるんでしたっけ?多分ない――」


 ニールリャテスがミクスを突き飛ばす。その動きに気づいた時にはニールリャテスの上半身はバラバラの肉片となって、宙に飛び散っていた。

 転移魔法じゃない、今のは圧倒的に速かったんだ。動き出しに意識を集中していた私が、ザハッヴァの動き出しを見きれなかった。

 それでも反射的に飛び込んでいた私は、ミクスの正面に移動し狙いを定めていたザハッヴァへと拳を叩き込む。だけど殴った感触がおかしい。以前碧の魔王に拳を止められた時のように、私の拳の威力が殺されてしまっている。


「ウルフェちゃん!」


 ミクスの声に、攻撃がくるのだと直感する。視線の先には何もない、ならばくるのは逆側。攻撃がくると思われる方向へ拳に貯めていた残りの魔力を噴射し、距離を取る。

 何かが横を掠める。空気を穿ち、周囲を空間ごと薙ぎ払うかのような衝撃に体が飛ばされる。

 魔力を噴射し、姿勢を立て直しながら飛ばされた先の壁へと着地し、飛ばされてきた方向を見る。そこには振り回した足をゆっくりと戻すザハッヴァの姿があった。

 目で追いきれないほどの攻撃。セレンデで戦ったムールシュトのことを思い出し、嫌な汗が流れる。

 ムールシュトの突進は、全てを乗せた一撃。そこには人としての技術も含まれていた。だけどザハッヴァは違う。ただ純粋に、生き物として動きが速過ぎる。

 言葉通りに嘘を真実に捻じ曲げるラザリカタ、無限の熱で近づくものを全て焼き尽くすオーファロー、この二人に比べて通常戦闘を行っていたザハッヴァにはどこか平凡なイメージがあった。もしかしたらザハッヴァは二人に比べ、魔族として特別な力を持たないのではないかと。

 だけど違った。ザハッヴァは魔族として得られる恩恵を全て近接戦闘能力に注いでいる。それこそ緋の魔王が持つ『闘争』の力に匹敵するような身体の超強化。この世界に存在する生物の理を超えているんだ。

 強化としての力は緋の魔王の方が優れているかもしれないけど、緋の魔王は人の体で、ザハッヴァは蜘蛛の体を強化している。元々の身体能力では蜘蛛の方が圧倒的に高い。それが人以上の大きさともなれば、まともな比較にすらならない。

 加えてザハッヴァの周りでは、常に重力魔法が発動しているかのように体が重くなる。動けないほどじゃないにせよ、身体能力で劣る相手に更に差をつけられている状況だ。


「ふぅ、ふぅ、ふぅっ……!」


 高まる感情を、息とともに強く吐き出して鎮める。これまでに私が大敗した相手、緋の魔王やムールシュト。その二人よりもさらに高い身体能力を持つかもしれないのが、目の前にいる蜘蛛の怪物なんだ。



 ◇


 この侵攻は『黒』、人間達の両陣営にとって事実上の最終戦。テドラルと碧の魔王、どちらか敗れた方の陣営の敗北が色濃くなるもの。

 人間達にできることは、最善の状況でテドラルと碧の魔王を戦わせること。おそらくはテドラルと共に向かったザハッヴァは、今頃手痛い歓迎を受けていることだろう。


「勝ち負けなんて、僕にとってはどうだっていいことだけどね」


 ラザリカタもメラビスを連れ、最後の陽動に出た。あの様子では完全覚醒へと踏み込むつもりなのだろう。

 完全覚醒へと踏み込めば、その体は自身に刻まれている恐怖の象徴へと変貌してしまう。一度でもそこに踏み込めば戻れないと、僕たちは本能的に理解できている。

 だからこそ僕は創り出した独自世界の中でしか全力を出さないようにしている。あの空間は干渉された理の中、魔族として完全覚醒したとしても元に、従来の姿を取り戻すことができる。

 でもザハッヴァもラザリカタも、僕のように理に干渉する術を磨いてこなかった。彼女達には一度踏み込めば戻れない一方通行の道しかないのだ。

 ラザリカタはまだ会話ができるかもしれない。彼女の恐怖の象徴、それは捻じ曲げられ、真実となった嘘。人が生み出した概念ならば、人としての自我を保てる可能性は大いにある。

 だけどザハッヴァは蜘蛛だ。蜘蛛に人の心があるはずもない。『黒』の魔力が流れている以上、本能的に人間を殺す存在として役には立つだろうけど、今後はイドラクやメラビスのように、意思のない怪物として存在するだけだ。

 完全覚醒を経て成り果てる分、僕ら魔族で制御できるかも怪しい。場合によっては処分する必要もあるだろう。


「無様だね、『黒』。あれほど人を導こうとした君が、今では人を破滅にしか追いやれないなんて」


 僕は自分が成した悪事以外のことをほとんど覚えていない。だけど悪事に関わることは驚くほど鮮明に覚えている。

 僕は何人も殺し、追いかけてくる連中も殺した。人は悪意を持って行動すれば、驚くほどに他者を凌駕できる。僕を悪の道へと誘ってくれた男の顔だけはどうしてか思い出せないが、今では感謝の気持ちしかない。

 悪意を持って他者と向き合う。この時ばかりは僕は僕として存在していられる。

 そんな僕を『黒』は改心させようとしてきた。僕は被害者であり、道を踏み外してしまっただけなのだと。

 彼女はユグラと共に僕を追い詰めてみせた。逃げられないことを悟った僕は、最後に攫っていた人間を彼女の前で殺してみせた。

 僕は嗤って『君が僕を改心させるなんて言っていたから、その人は死ぬことになった』と言ってやった。

 彼女は怒り、僕を殴り続けた。痛みはあったが、痛快過ぎてそのまま死んでもいいとさえ思うほど嗤ったのを覚えている。

 僕は踏み外してなんかいない。僕は始めから悪として生きる存在なのだ。善人なんかじゃ、絶対に、ない。


『オーファロー、君は善人だね』

「……っ」


 あの男の顔が脳裏によぎる。これまで誰かを本気で憎んだことはなかったから、ここまで人を意識するのは新鮮だ。

 この戦いが終わったら、あの男をどうやって殺そう。そんなことばかりを考えてしまう。できれば苦しめたいけど、あの男とは二度と口をきかないほうが良い。下手に会話をしてしまえば、さらに不快な気持ちにさせられてしまうだろう。

 違う。相手の神経を逆撫でするのが得意なだけの男を相手に、何を意識している。変わらない僕のままでいい。ただ悪として悪意を向け、その命を奪うだけで良いんだ。


『だってそうだろ。君は悪人を目指さないと、耐えられないんだろう?』


 指で頭蓋を貫き、脳を焼く。忘れろ、その言葉は忘れろ。その言葉の意味を考えるな。何も認めるな、何も受け入れるな。興味のない雑音として、僕の記憶の中から消し去れ。

 頭の中を焼くことで、意識がボヤける。元から痛みの感覚を麻痺させているから、痛みはない。むしろ脳が焼けることで揺れる意識の感覚が心地よい。


「……まずは役目を果たそう」


 魔物達の誘導は済んだ。だが知能の低い魔物達ではあの土の壁を越えることは難しいだろう。

 僕個人が壁を越え、人の密集している場所で照らせば場の混乱は狙える。それなりの数も殺せる。

 だけどそれじゃ残りの人間全てを僕一人で焼き殺さなきゃいけなくなる。それは面倒だ。

 ザハッヴァはターイズ魔界で碧の魔王のとりまきと、ラザリカタもどうせ馬鹿正直に正面から突撃して敵の主力と戦っているだろう。

 つまり現在の段階で発見されていない僕が、魔物達が人間達の守りを突破する切っ掛けを作らなくてはならない。

 あれほどの大規模な壁、何度も再築することはできないはず。ともなれば直接の破壊が最も手っ取り早い。

 そのまま照らして溶かすとなると時間が掛かる。負荷は大きくとも、独自世界に壁を取り込んで覚醒状態で溶かしてしまうのが最速だろう。

 壁に穴が開けば、愚直に進む魔物達は嬉々として侵入するだろう。碧の魔王の魔物に焼かれながらの強行突破となるだろうが、それなりの数はなだれ込める。碧の魔王は今頃テドラルと殺し合っているのだから、僕が奴の魔物を処理するのも悪くない。

 気付かれないように壁に接近することはそう難しいことじゃない。魔物の群れに紛れ込み、あとは碧の魔王の魔物の動きを目視で確認しながら接近していけば良い。

 空を飛ぶドラゴン達は魔物が密集している箇所を優先的に狙っている。魔物を焼き払うブレスが命中し、数が減った箇所へと移動。そうすれば次の攻撃が飛んでくるまでの間は安全に移動することができる。


「しょせんは魔王の感情が形になった存在、単純な命令しか受け付けないか」

「だが単純な命令でも全体の流れというものは生み出せる。そしてそれを利用する者を見つける手掛かりにもなるわけだ」

「――少し驚いた。もう戦える状態になったんだ?」


 僕の頭上に影を差す存在がいる。鎖を編んで作られた銀色の翼を翻し、僕を見下ろす男が。

 蒼の魔王の魔族、エクドイクといったっけ。殺しそこねたことは覚えていたけれど、まさか再び僕の前に現れるとは思わなかった。


「皆のおかげでな。オーファロー、お前はここで止める」

「周囲に伏兵でも隠しているのかな?だとしても無駄だろうけど」

「ここには俺一人だ。理に干渉できる存在を相手にできるのは、同じ立場の者だけだからな」

「まるで完全覚醒に至れたみたいな言い方だね」

「ああ、辿り着いた」


 以前と戦った時に比べるとエクドイクの雰囲気が違う、その表情からは不安といった感情が読み取れない。単身で僕に挑もうとしているのも、それだけの自信を得る何かに至ったからか。

 この短期間で完全覚醒に至れるのか。可能性は低いが、それがないと断言するつもりはない。僕らという成功例が存在した以上、理論的には可能だと証明されている。そして人間側には碧の魔王を始めとして、四人もの魔王がいる。


「……そう、じゃあ試してあげよう。それが本当なのか、本当だとして、数日そこらで得た力で僕に敵うのかどうか」


 たとえ完全覚醒に至れたとしても、理に干渉する術の練度には差がある。脳筋のザハッヴァや愚物のラザリカタと違い、僕には純然たる才能があり、それを努力によって伸ばしてきている。

 このエクドイクという男は、あの男の仲間。奴の希望の一端。それを焼き尽くせば、少しは気が晴れるだろう。

 脳裏にあの男の言葉が蘇りそうになるのを振り払い、口角を上げてエクドイクを見据える。


「さぁ、始めよう。世界を蝕む炎陽の無慈悲さ、その摂理を教えてあげるよ」

「太陽はいずれ沈む、摂理を思い出すのはお前だ。オーファロー」


 このエクドイクの言葉を信じるのであれば、これは次世代の力を持つ者同士の超越した戦い。気分が高揚しないわけがない。


ニールリャテス、この作品で被ダメージランキング一位なのでは?

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― 新着の感想 ―
[良い点] もうエクドイクが主人公でいいよ
[一言] エクドイクさん出番ですね!楽しみにしてます! 書籍読破しました。炭を食べるの詳細がわかりました。すごかったです。
[良い点] いよいよ対魔族戦の大詰め、といった空気感。 ……あれこれ思い返すとエクドイク、ほんと波乱万丈にもほどがある経験を得たうえでの主人公感。 [気になる点] ニールリャテスさん、確かに最初から全…
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