ゆえに連携する。
『俺が貴様を得ることはない。そうあの男と約束した。ゆえに貴様が自らを差し出しても、俺は貴様を受け取らない』
私が対価を告げる前に、碧の魔王は私にそう言った。ししょーを助けるためには、この腕を治さなければならない。そうでなければ話にもならないと理解していた。
そのための対価ならば、私はなんだって差し出す覚悟はあった。あの魔王の魔族となり、未来永劫道具として生きることだって受け入れられた。
自惚れているつもりはないけど、私の才能にはそれなりの価値があるはずだと思っていた。
だけど碧の魔王はししょーとの約束を優先したのだ。自分の益のために私を利用しないと決めていた。私自身に価値を見出すことはないと、はっきりと告げてきたのだ。
『貴様は何を差し出せる。俺が価値を認めるものを、捧げることができるのか』
ししょーさえいれば、他に何もいらなかったのだ。だから私が持っているものなんて、たかが知れている。そう考えた時、私は自分自身がとても無価値な存在のように感じられた。
『できますよ』
私の代わりに応えたのはラクラだった。迷いなく、悩むことなく、いつもの調子のまま。碧の魔王でさえも、ちょっとだけ驚いていたように見えた。
『簡単なことですよ、ウルフェちゃん。こんな時、尚書様ならどうします?』
ししょーのことを考えた。もしもししょーが私の立場なら、何を対価にしただろうと。そしてすぐに分かった。
ししょーだって同じだ。お金もそこまでないし、誰もが欲しがるような宝を持っているわけじゃない。だけどししょーなら、この魔王が求めているものを生み出すことができるだろうと。
私は何も持っていない。それでも何かを生み出すことはできる。何かしらの結果を残すことができるんだ。私はこの魔王のことはほとんど知らないけど、それでもこの人が今欲しているものくらいは理解している。
『――勝利を。貴方に私の勝利を、対価として捧げます!』
元通りに治った両腕は、以前にも増して自由に動かせているように感じる。腕に流れる魔力の感触、濃度、全てが思い通りに扱えている。一度失ったことで、これまで以上に腕の感覚を意識できるようになったのだろう。
私がトールイドさんのところに向かうと、トールイドさんは既に新しいガントレットを用意してくれていた。ししょーはセレンデから帰ってから、すぐに新しいガントレットを注文していたらしい。
ししょーはどこまで私の動きを予測していたのだろうか。私にはわからない。でもきっと、ししょーはこんな私にだって期待してくれている。
「――いつまで触っているの?」
「っ!」
落下の最中、ザハッヴァと視線が合う。危険を感じ取り、魔力を一気に噴出してザハッヴァを床へと投げた。
ザハッヴァはそのまま床へと叩きつけられる。だけどあの一瞬でザハッヴァは反撃を行っていたようだ。
切断され、舞っている数本の髪の毛が視界に入る。もう少しザハッヴァを投げるのが遅れていれば、私の頭部はあの蜘蛛の足に貫かれていたのだろう。
この人もあのムールシュトのように怪我や死を恐れていない。再生する体だからという理由だけじゃない。この人は最初から自分の生死に無頓着なんだ。
「魔力量は凄いけど、それだけね。こんなのであたしの足止めをしようだなんて、安く見られたものね?」
ザハッヴァは肩から生やした蜘蛛の足を使い、体を起こす。最初に殴りつけた時も、床へと叩きつけた時も、少しも手加減はしていない。
純粋に体が硬く、魔力強化の質も高い。流石にムールシュトほどじゃないけど、多少の傷は一瞬で治癒してしまう体だ。今まで通りに戦っていたら、まず勝てない相手だろう。
「ご安心を。私もいま――」
遅れて落下してきたニールリャテスが、蜘蛛の足の薙ぎ払いで壁へと叩きつけられた。一応奇襲しようとしていたみたいだけど、相手は視野も広い。
「貴方なんか最初から眼中にないわよ。私と同じだけ生きているくせに、心を保っているくせに、まるで覚醒できない出来損ない。生きていて恥ずかしくないの?」
「あいにくと、最高の人生を生き続けている身ですから。私には恥じる資格がないんですよね」
ぐちゃぐちゃに潰された頭部を再生させながら、ニールリャテスは手にしたナイフを見せびらかす。同じナイフがニールリャテスを薙ぎ払った蜘蛛の足にも刺さっている。
あのナイフには魔力が込められている。ただそれはニールリャテスの魔力じゃない。魔力を込めたのは『紫』さん。そして込められた魔力は既にニールリャテスの魔法によって、蜘蛛の足へと流し込まれている。
「――っ!」
蜘蛛の足が爆ぜる。魔王とその魔族は他者の魔力を受け入れない。その性質の中でも他の魔王の魔力はより強い拒絶反応を示す。その威力はミクスが緋の魔王相手に証明してくれた。
蜘蛛の足は再生しようとしているが、上手く再生できていない。
苛立ち顔を見せたザハッヴァは負傷した蜘蛛の足を根本から切断した。他の魔王の魔力に侵食された箇所を完全に取り除いたのか、今度は瞬時に回復していく。
再生能力に秀でた魔族相手じゃ、決定打にはならないかもしれないけど、それでも瞬時の再生を防げるのは大きな利点だ。
以前はそこまでの本数は用意できなかったけど、今回は違う。『紫』さんは無色の魔王が敵になることを想定していて、十分な数の魔具を準備していた。
「いやぁ、良い威力ですね。うっかり自分を切ってしまうと、私の体も爆ぜるのでちょっと扱いが怖いですが」
「呆れるわね。やり方は賢くても、他の魔王の魔力を借りようだなんて。純度は薄くても魔王の魔力、自分の魔力を使おうとは思わなかったの?」
「微塵も思いませんねぇ。だって、私の体に流れるのは我が王の魔力ですよ?他所の女の体に流し込もうとか考えるはずがないでしょう?」
「そうね、それは同意だわ。今のは忘れて」
「忘れましょう」
殺し合う敵同士なのに、腐れ縁であるかのように語り合う二人。余裕があるのとは少し違う。二人は何も気負っていない。この殺し合いも、自らが生きる上で当然の過程なのだと受け入れているのだ。
変に意識する必要はない。そこで揺らぐような心を持ってはいけない。私は今ここにいて、目的を持ってこの腕を振るうのだ。
右腕に魔力を込め、ザハッヴァに正面から飛びかかる。私が蜘蛛の足の射程に入った時にはザハッヴァの視線は私へとはっきりと注がれている。このまま攻撃を続ければ、間違いなく串刺しになる。
そのタイミングを狙い、右腕の魔力を逆に噴射。突進を止め、蜘蛛の足を誘い出して掴む。持ち上がった蜘蛛の足の下を一本のナイフが通過し、ザハッヴァの肩へと突き刺さる。ニールリャテスが既に放っていたナイフ、魔力を刃から外に流し込む魔法は既に発動済み。
「こんなもの――」
「させない!」
ザハッヴァがナイフごと自身の体を抉り飛ばそうとするために、残った蜘蛛の足を使って刺突を行う。その動きを先読みし、蹴りを当てて軌道を反らす。蜘蛛の足は攻撃を見誤り、ナイフの刺さった付近の肉が爆ぜる。
左肩付近が吹き飛び、姿勢が傾いているザハッヴァ。そこに攻撃を仕掛けようと踏み込むも、既にその目は私を捉えている。踏み止まり、一度距離を取る。
焦る必要はない。私達にとっての勝利は、碧の魔王達の戦いが終わるまでの間、ザハッヴァをこの場所に留めておくこと。ザハッヴァを倒すことはあわよくばで考えておけば良い。
本能に従って獲物を狙う蜘蛛のように、この敵はどんな状況でも隙を狙い続けてくるのだ。決して集中を切らせてはいけない。
「殺意が足りてないわね。足止めする気満々。つまらない連中」
「そこはご安心を。隙を見て殺しますので。用意もしっかりとしてあります」
「あ、そう。テドラルを助けたいなんて微塵も思わないけど、貴方達の思惑通りになるのも癪なので、さっさと殺すから悪く思わないでね」
傷を再生させながら、ザハッヴァの体が変化していく。報告にあった覚醒状態への変異。人型から蜘蛛の肉体へ、人の名残は上半身のみ。
足の数も八に増え、手数も増えてくるだろう。あの手足を掻い潜って拳を叩き込むには、私一人の技量じゃ足りない。だから――
「お気になさらず、こちらも手段を選ぶつもりはありませんからな」
「っ!?」
ザハッヴァを叩きつけた床。そこは予め打ち合わせをしていた場所。床下には用意した重力魔法の魔法陣が仕掛けてあった。ザハッヴァを叩きつけたことで亀裂の入っていた床は、魔法陣の発動によって完全に崩壊する。
この部屋の床と壁は二重に存在していて、壁の奥には多くの罠が仕掛けてある。自在に変形する碧の魔王の居城、その特徴を最大限に活かした罠の部屋。設計を行ったのはミクスだ。
二重の床下に隠されていたのは粘性の高い液体。一度付着すれば簡単には拭えず、特定の薬を混ぜると硬質化する。そしてその薬はこの部屋の壁や床にたっぷりと撒かれている。
ザハッヴァの蜘蛛の足に付着した液体が、薬に触れて硬質化する。もちろんこれでザハッヴァの怪力を封じ込めることはできない。だけど関節の全てを完全に固定された状態では、咄嗟の反撃はできない。
魔力を込めた一撃をザハッヴァの胴体へと叩き込み、魔力を炸裂させる。ハークドックの奥の手に比べれば、圧縮の差で威力は低い。だけど私の魔力は他の魔力に浸透しやすく、魔族の体は魔力で創られている。
「あ、ぐっ!?」
この一撃は体を破壊するためのものじゃなく、衝撃を全身に伝えるためのもの。全身に衝撃がまんべんなく届けば、体のどこかにあるコアに必ず届く。
消費する魔力に比べ威力が低いから、私以外じゃ使いどころのない技。だけど私には有り余る魔力がある。惜しむことなく、存分に魔力を流し込める。
「効いていますぞ!追撃を!」
「うん!」
コアを直接破壊できずとも、心臓を直接はたく程度には効果がある。どれだけ肉体を強化しても、コアは硬くはできない。
このまま攻撃を続ければ動きを封じ続けることも可能だし、魔具の攻撃をコアに届かせるだけの余裕も作れる。
「――調子に、乗らないで!」
硬質化した液体を力技で砕きながら、ザハッヴァは地面を強く叩く。その衝撃でザハッヴァの体は宙に浮き、一瞬で部屋の中央まで上昇する。目を凝らして確認すると、ザハッヴァは周囲に糸を取り付け、それで姿勢を保っているようだ。
「やはり身体能力が凄まじいですな。アレを抑え込むのは中々に骨が折れますぞ」
「もう一人隠れていたのね。本当、人間って姑息な真似ばかりするわよね。だけど場所が悪かったわね。こんな吹き抜けで天井の高い部屋、あたしに自由に動けと言っているようなものじゃない?」
「言いませんよ。ここが誰の城か、もうお忘れですか?」
「っ!?」
ザハッヴァの姿勢が崩れ、落下してくる。ここは碧の魔王の城で、ここにいるのはその城の管理を任されているニールリャテスだ。
部屋を自在に改装することができるのであれば、壊すことも簡単にできる。蜘蛛の糸が付着した箇所を一斉に崩せば、ザハッヴァを支えるものは何もなくなるのだ。
「吹き抜けにした理由は単純。貴方のような本能だけで戦う女に、そんな驚きの顔をさせるためですよ」
ザハッヴァは冷静で、咄嗟の判断にも優れている。だけどイリアス達はザハッヴァのことを『本能に頼り過ぎている』と評価した。
自らの身体能力が優れ過ぎているから、本能のままに動くことが最適解だと心身で自覚してしまっている。ならその咄嗟の判断を先読みできるように誘導すれば、いくらでも隙を作り出すことができると。
体を浮かすために使った足以外は、未だに硬質化した液体がまとわりついている。さらには空中で動きを奪われ、指輪による転移の方向も直線に絞られている。
ミクスとニールリャテスは既に壁に這わせている蔦を使って、高い場所へ避難している。私も壁を蹴り、ザハッヴァよりも高い場所へと駆け登る。
「ささ、ウルフェちゃん。思い切りどうぞ!」
落下しているザハッヴァの上空に、ミクスは一本の槍を放り投げた。ナイフよりも更に多くの『紫』さんの魔力を封じ込めた槍。石突の部分が大きく、平らに造られている特注品だ。
槍へと飛びつき、回転している槍の石突目掛けて拳を振るう。石突の部分は壊れるけど、私の一撃は全て槍へと集約される。
「やあああぁっ!」
セレンデの地下遺跡で、『紫』さんと一緒にセラエスを倒した時の技。あの人は私が殴って飛ばした槍の威力をその手で覚えていて、この戦いで活かすことを思いついていた。
ドラゴンの頭を吹き飛ばす私の一撃を一点に集中させて、硬い魔族の肉体の奥へと届かせる手段を。
私の拳を受け、加速した槍はザハッヴァの蜘蛛の体へと深々と突き刺さり、その体を地面へと叩きつける。
「ぎっ、あっ!?」
槍から溢れる魔王の魔力が、ザハッヴァの体の奥へと流れ込む。変身しより濃くなったザハッヴァの魔力と、『紫』さんの魔力はより激しく拒絶しあい、ザハッヴァの肉片を大きく撒き散らしながら爆散した。
考えながら戦うし、なんなら高い学習能力もあるザハッヴァ。
だけど基礎スペックが高すぎて、本能に身を任せたほうが手っ取り早いことを体が覚えているのが欠点。
一回限りの奇策には尽く引っ掛かります。
あけましておめでとうございます。
TRPGのシナリオを発売したり、勇者の肋骨が書籍化したりと色々と執筆業の方も人生のウェイトを占めてきた昨今。今年はどこまで作家として伸びることができるか、頑張りどころですね。
とりあえず無難の方は今年中には完結予定ですが、果たしてどこまで伸びるのか。